日報バインダー8










桃子登場!我聞&國生とGHKにも変化の兆しが―― そして、辻原の行方は!?








第69話 辻原の行方




「いい加減な理由だったら お姉さん大激怒ですよ!?」




 眼鏡と退職届を残し、工具楽屋を立ち去る辻原……無人の社屋に背を向け、決意の込められた薄い笑みを口元に張り付かせるその姿は誰にも悟られることはなかった。





 だが、その気配に気付いた者がいた。それは、『タリズマン』の解析に尽力し、社のロッカールームに泊り込んでいた優だった。気配に気付いて目覚めた優は、寝ぼけ眼で伸びを一つ打ち、事務所へとその気配を探しに行く……だが、事務所には誰もいなかった。


 気のせいと断定し、もう一眠りするために踵を返そうとした優は、社長の席の置かれた違和感に気付く。





 その違和感の正体は、眼鏡と退職届――「へー、辻原くん 辞めるんだー」言って、漸く気付く。「って何じゃそりゃあああ!?」寝ぼけきっていた意識が、即座に覚醒した。





 覚醒した意識が、辻原が未だ近くにいることを告げる。事務所を飛び出た優は、いつもの緑色のジャケットを発見……ターゲットを補足し、「まてコラ ヒゲメガネ――!!」手にしたコーヒーの空き缶をロックオンしたターゲットに向けて投げつける!


 空き缶を後頭部に受け、思わず動きを止めた『辻原』に、突然提出された退職届を手に詰め寄る優だが……別人だった。変わり身の術を使ってまで行方を眩ます辻原に憤慨し、『変わり身』であるただのサラリーマンに怒りの矛先を向ける優――かっこつけた退場をぶち壊しにしてくれた優の姿に、電柱の影に身を潜めていた辻原は……観念した。





 そして再び事務所……応接テーブルで対峙する辻原に、優は「いい加減な理由だったらお姉さん大激怒ですよ!?」と年上のはずの辻原に詰めより、我也についての僅かな情報を十曲から引き出し、我也救出への希望を見出したこのタイミングで退社しようとする辻原にその理由を質す。





「………今だからこそ、です」薄い笑みを見せながら、辻原は優に答えを返した。我聞に教えることは何もない今、自分に出来ることは一つであり、そのたった一つの出来ることこそが自分を正道に引き戻してくれた工具楽屋―― そして、我聞への恩返しになるのだ、と……。





 再び場面は変わり、真芝本社ビル―― その会長室に、昨日モニタリングを失敗させた第八研の面々が召喚されていた。「失敗はしたものの、その証拠も一切残していない以上、それについて文句を言われる筋合いはない」と言い切る十曲だが、凪原はモニタリング班を飛び越して独自に行動する第八研に皮肉をぶつける。





キミ達に任せたせいで、適当な相手で商品をテストされてはかなわないからね!」十曲も皮肉には皮肉で応じ、一触即発の空気が流れる。





 その空気を断ち切ったのは、椅子の男……この部屋の主である真芝グループ会長であった。ターゲットである“こわしや”を倒せば“青”シリーズの商品化を明言し、全てを決める唯一絶対の結果を出せと言い放って第八研を部屋から退出させる。





 真芝の……そして、第一研が着手し始めたばかりの、グループの根幹に関わるであろう大プロジェクト・“マガツ”――その情報を漏らすやも知れない第八研を実質おとがめなしとするその裁定に異を唱え、こわしやとの接触を避けることを進言する凪原であったが、会長の意志は変わる事はなかった。


 利用価値のあるうちは有能、なくなれば無能、そして、無能は不要――その冷然とした理、そして、50を過ぎてもなお鋭さを喪わぬ眼光を会長に向けられ、凪原は苦虫を噛み潰しながら、不承不承それに応じた。


 凪原が圧倒されたその頃、第八研の面々は廊下でブリーフィングを行っていた。


 敵であるはずの我聞の方が余程気持ちいい……そのような腹の底では何を考えているのか判らない『味方』に囲まれた現状を打ち破り、抜け出すには、我聞を倒すのが最良。だが、逆を言えばその我聞を他の研究所に倒されれば即座に無能と断ぜられ、切られることは避けられない。山岡のその言葉が、三人に重くのしかかる。


 が、その重すぎる空気も一瞬で消えた。


 我聞に勝てる兵器を作ることは、天才である自分以外には不可能――!いつものようにそう言い放つ十曲にやはり大安心する千紘と、これまたいつもの如く限りなく深い頭痛に悩まされる山岡。そのいつもの光景に水を差す声が、「なるほど―― いいこと聞いちゃった―――! そのクグラガモンっての倒せばいいってワケね」どこからともなく響いた。


 声の出所は、千紘の肩口に止まったテントウムシ……いや、テントウムシを模した第5研の虫型盗聴ロボット『パタパタくん』!会長に呼び出された第8研の会話から情報を引き出そうと、抜け目なく狙っていたのだ。


 声の主である第五研所長・桃子・A・ラインフォードは、盗聴器の向こうで無邪気に言い放つ。「新兵器も完成したことだし、一気に出し抜かせてもらっちゃおーかしら―――?」その背後には、巨大なシルエットと何故か無意味にポージングを決めている二人の人影があった。


 一方、再びの工具楽屋の事務所に、優の驚きの声が満ちた。無理もない。その原因となった辻原の言葉は「真芝に潜入して、我也を助け出してくる」という、ほぼ不可能に近い極秘の作戦だったからだ。真芝の容赦のなさに触れ、辻原を止めようとする優だが、辻原の決意は変わらなかった。このまま我也の真意がわからないままでは、気がついたときには我聞の敵になっている、という最悪の事態が起こることも考えられる、それだけは避けなければならない、と辻原は静かに言い切る。


 工具楽屋を大事に思っているが故の言葉――その気持ちは同じである優には、辻原の決意を止めることは出来なかった。その決意を受け止めた優は、辻原をこのまま送り出すことを認める。ただし……戻ってくる場所を残すために、退職届とメガネは預かったままで――。


 こうして、再会を期した『盟友』の別離は――笑顔で締められた


 夕方、学校から出社した我聞たちは辻原の『長期休暇』の旨を優によって告げられる。『我也の探索に打ち込むため、長期休暇を取って自由に行動する。我聞が一人前になったから後は任せる』という優の言う『辻原からの伝言』に感涙を漏らす我聞ではあったが、辻原の離脱と我也の行方ばかりに意識を奪われていた他の三人の気付かなかった一点に、中之井が言及した。「ウム、ところで……その間、どうやって仕事とってくるんじゃ?」


 その言葉に、ただ沈黙が降りかかるばかりだった。












第70話 クグラガモンはどこ?




「相変わらず性格ねじれてんな、おめェ。 素直に言えばいいのによォ」




 天を裂き、地を踏み割り、音を抜き去る仙術。


 その仙術を駆使して身一つでどんなものも壊すこわしや……天才である彼女にはにわかにはその存在は信じ難いものであった。だが、その存在を信じようが信じまいが、彼女はその仙術使い・工具楽我聞を倒す必要があった。それこそが、弱冠14歳にして真芝グループ8研究所所長の座、その一つを物にするだけの天才である彼女を競争相手である他研究所を出し抜き、その頂点に立たせる術なのだ。








































トップへ
トップへ

戻る
戻る