『D−LIVE!!』短編〜スーパークロス(1)〜




『成田空港にダーヴィッツ公子が乗った専用機が……今、降り立ちました!


 フランスとドイツの国境にあるヴォルスンク公国は大きさにして埼玉県の半分程度、人口に至っては―――― 』


 六畳間に物々しい警戒の色とそれに倍する祝賀ムードを感じさせる映像と音声をもたらしていた14型のTVの電源が唐突に切れる。





 欠伸一つを漏らしてTVのリモコンを操作したのは、幼さの残る顔立ちの少年。





 のんびりとした朝のひと時を崩した携帯電話を忌々しげに握ると、少年は呟く。


「日曜日だって言うのに―― 今から急な仕事って……何があるんだ?」


 愚痴はこぼすが、入って来た『仕事』をキャンセルする心算はない。








 それこそが、あらゆる分野のスペシャリストを集めた国際的人材派遣会社“ASE”―― Almighty Support Enterprise ―― の中でも切り札的存在として立ち回り、前年の犯罪組織『キマイラ・コネクション』との暗闘によって生じたASEの致命的な危機を救う働きを見せた『ASEドライバー』である少年――斑鳩悟の、ちっぽけだが譲れない誇りである。








 コタツのぬくもりを惜しみつつ、頭を掻きながら立ち上がると―― 斑鳩は伸びを一つ打った。











 D−LIVE!!


 Extra Episode


 〜スーパークロス(1)〜











「百舌鳥が引退しているだって?!」





「は、はい……現在、百舌鳥さんはもうASEドライバーを引退しておりまして……」


 東京都は千代田区―― 国際的にもトップクラスの企業だけあって、日本の政治経済の中心といっても過言ではないこの場所に堂々と聳え立つASE日本ビルの一室で、幅広い体躯の男に気弱そうな女性がその見た目同様に気弱に応対する。





 百舌鳥―――― ASE日本支部の前支部長であり、かつては《デスマシン》の異名を取るスーパーマルチドライバーとして名を馳せていた百舌鳥創の雷名は世界の表裏を問わずに轟いており、十一年前の任務で受けた負傷のためにASEドライバーとして引退を余儀なくされたにも関わらず、未だにその腕を頼って依頼を持ち込む人間は後を絶たない。





 百舌鳥がASE日本支部長を辞してから半年―― その度に窓口となる気弱な女性こと増尾彩は弁明し、百舌鳥の後継者であり、一月前のASE崩壊の危機を救ったASEドライバーとして世に一躍名を馳せた斑鳩を依頼人に紹介するのだが、その性情に些か気忙しい部分があるのだろうか、今回の依頼人は納得いかない、とばかりに増尾に詰め寄る。


「そんな……今回の依頼はあいつじゃないと勤まらないってのに―― 今からでも遅くはない。あいつの引退を撤回してもらえないか?!」


「そ、そんな無茶な」





 縦横ともに幅広い、熊のような体格の男に猛然と詰め寄られ、細身の増尾は気弱な栗鼠の様相を呈して後ずさる。





「おいおい……相変わらずだな、沢路」





 開け放たれた分厚い扉から聞こえるその声は、増尾にとっても熊のような男―― 沢路にとっても懐かしい、天の助けの如き響きを孕んでいた。


「百舌鳥!」


「百舌鳥さん!た、助かったぁ


 その声の主は百舌鳥創―― 非常勤の相談役としてASEに籍を戻した、かつてのスーパーマルチドライバーであった。











「安田から連絡があったから心配で来てみたが……相変わらず話を聞かない奴だな、お前は」





「なんだ百舌鳥!いるならいるとそう言ってくれれば―― 」


 振り返った沢路の言葉が途絶する。





 四十半ばの百舌鳥の右手には、その年齢に似つかわしくない杖があることを見出したから。





 そして、その杖の色が、ASEドライバーを引退せざるを得ない理由を物語っていたから。





 十一年前の負傷によって右目の視力を失い、それから十年以上もの長きに渡って残る左目を酷使し続けたために、今では完全にその目は光を映すことはない。


 その証とも言うべき白い杖を見たことで、沢路は巨躯を萎めたかのように消沈し、呟く。


「あ……すまない」


「いいさ。俺も年を取ったというだけの話だからな」


 いかばかりかの感傷を乗せた言葉を切り、百舌鳥は沢路に問う。


「お前が来た、ということは―― 例の依頼か?」





「ああ。いろいろあって今回は特に厳しい状況だからな。ウチの抱えているスタッフじゃあ苦しいんだ。だからこそ、お前に力を貸して欲しかったんだが…」


「真のことは―― お前も知っているだろう?」語句を並べるごとに徐々に消沈していく沢路の言葉を遮り、百舌鳥は言う。「今はあいつの息子が俺の跡を継いでASEドライバーになっているんだ。暮れのロスの大立ち回りは知っているだろう?」


 


「何!あの時のASEドライバーは斑鳩の息子だったのか?!あれだけの無茶をやるんだから、てっきりお前だとばかり思っていたんだが」





「言っただろう。『俺も年を取ったんだ』って。真の息子がああして独り立ち出来たんだから、俺もお前も年を取って当然と言うものじゃないか?


 それにしても、悟の奴はまだ来ていないのか?依頼人を待たせるとは怪しからん奴め」





 その百舌鳥の言葉を受けるかの如きタイミングで息せき切って駆け込んでくる一人の少年―― 。


すいません、遅れました!一生懸命走ってきたんですけど、慌てすぎて急行に乗ってしまいまして―― 」





 ―― ゴッ!!





「遅いっ!!」言い訳とともに飛び込んできた斑鳩に、一切の容赦のない拳骨を飛ばして百舌鳥は言う。


「も、百舌鳥さん?どうしてここに 目は治ってないはずじゃあ…


 懐かしい痛みと目の前に立つ引退したはずの師の姿に、斑鳩は目を白黒させる。


「そんな事はどうでもいい!お前がしっかりしていないと、俺も安心して引退出来ないだろうが!」


「ああ、やめてやめて」言いながらも、百舌鳥の振るう杖で小突かれ続ける斑鳩。


「こ、これがあのASEドライバー? 信じられん


 盲目のはずの百舌鳥に容赦なく小突かれる斑鳩の様に、沢路は僅かばかりの不安を覚えるのであった。














「で……なんなんでしょうか、これは?」机の上に置かれた緑色の物体に、斑鳩は目を点にしながら訊ねる。





「なんだ、悟。ゴチャピンも知らんのか?まったく、これだから今時の若い者は…


「知ってますよ、ゴチャピンもモックも。いや、知りたいのはそんな事じゃなくって…


 ゴチャピン―― フジミTVの人気子供番組『ポンプッキー』の番組開始当初からのマスコットであり、今もなお幅広い年齢層に認知されているゴチャピン&モックの特徴は、斑鳩も当然ながら知っている。





 問題は、その大きさである。





 その大きさが二十センチの人形程度ならばまだ判らなくもない。





 だが、四十センチを大きく上回るゴチャピンの緑色の頭がそこに控えていては、意図は掴みづらい。





 いや、正確には、そこにある意図など掴みたくもない。


 『夢であって欲しい。嘘だと言って欲しい』その儚い願いがあるからこそ、斑鳩は百舌鳥に念を押して問うたのだ。





 しかし、現実は非情であった。


「知っているなら話は早い。こちらの沢路さんは俺の旧い知り合いでな。今はTV番組の製作会社を経営している。今言ったゴチャピンとモックで有名な―― ポンプッキーも手掛けていてな」


「や、やっぱり。夢であって欲しかった


 百舌鳥の非情な一言に肩を落とす斑鳩。





 ポンプッキーの名物コーナーの一つに、“ゴチャピン&モックのチャレンジ・スポーツ”というものがある。





 一見すると鈍重というイメージをもたらすゴチャピンとモックがその外見に似合わない万能のヒーローぶりを見せる事によって、大人にはインパクトを、そして子供には『頑張れば出来るんだ』という希望を与える、というコンセプトで15年前から始まった名物コーナーだ。





 年に何度かしか放映されていないものの、根強い人気を誇り、この番組が一介の子供向け番組にはない趣を醸し出しているのだが、まさかそれに自分が絡もうとは思っても見なかった。


「知らんのか、悟?お前の親父の真もゴチャピンに入ってマシンを乗りこなしていたんだぞ」





「え?お、親父が?!」


 信じられない、という風情を見せる斑鳩。





 幼くして両親を失い、憧憬とともにその背中を追い続けてきた斑鳩にとって、11年前、関東圏内でも有数の武闘派組織だった江戸山組に雇われた伝説的な傭兵<東洋の破壊王>火浦剛斉との戦いの中で百舌鳥の右目とともにその生命を失った父・斑鳩真の存在はあまりにも偉大なものであった。


 その偉大な父親が着ぐるみを着込んでバイクを駆り、モンキーターンでボートを制し、複葉機による曲乗り飛行で空を覇していた、というのだから信じられなくて当然だ。


「そうだぞ。この企画が立ち上がってからあいつが死ぬまでの4年の間だけだったが、真がゴチャピン俺がモックを担当していたんだ……聞いているのか、悟?」


 脳裏に浮かぶ過去を懐かしむように呟く百舌鳥だが――





「お、親父がこんな事を…… てゆーか、ASEドライバーって一体


 あんまりな現実にまだ戻って来れない斑鳩なのであった。


「話を聞かんか。まだ殴られ足りんようだな」





「まぁまぁ、気持ちは判らなくもないさ。それに、ここ数年はウチの専属スタントで賄ってきたことで、百舌鳥に頼む事もなかったんだから」


 教育的指導を押し止める沢路の言葉に、百舌鳥はその息を吐きかけた拳骨を収めつつ尋ねる。





「それが俺にも判らない所なんだが……スタントも揃っているだろうに、今回に限ってASEに依頼するというのは一体どういうことなんだ?」


「…ヴォルスンク公国のダーヴィッツ公子が来日してるのは知っているだろう?」


「ああ、なんでも正式な継承権取得の手続きの一環としての外遊、という話だな」





 ヴォルスンク公国―― プロイセン時代からの伝統を持つ山間部の小国であるが、第二次世界大戦の最中もナチスドイツの併呑を免れて独立を保った、尚武の気質の強い国である。





 現在は酪農や林業の他、風光明媚なその自然を活かし、欧州各国の上流階級の保養地として人気を博している所謂観光立国だが、総人口六十万人足らずな上、上っ面のブランド志向が強い日本ではあまり知られていなかったこの小国を有名にしたのは、ダーヴィッツ・フォン・ヴォルスンク公子の存在が大きい。





 若干13歳にしてMITを卒業後、幾つかの企業と提携して繊維やプラスティックの強化素材の他、とある事件で斑鳩も絡んだ事もある電磁波吸着塗料を開発した天才科学者でありながら、そのパテントで得た巨万の富の大半を対人地雷撲滅事業に投じる人道家―― 日本人が飛びつくには充分なエピソードには事欠かない、といっても過言ではなかろう。





「そのダーヴィッツ公子が今回の収録を兼ねたアトラクションを観覧するという話でな―― 万一にも失敗は出来なくなってしまったんだよ。


 ま、局のメンツ、という奴だけど―― 現場にとっては迷惑な話だよ」


 沢路が嘆息するように『事故を起こす事がないスタントマン』というものは世界的にも稀だ。





 スタントの現場が事故と隣り合わせということは、ハリウッド映画のスタントをこなした事もある百舌鳥にも斑鳩にも理解できる。


 ましてや、着ぐるみを着込んでの走行が危険を伴う事に変わりはない。


 故に、失敗が許されないこの状況を乗り越えるために沢路はASEドライバー ―― 昔からの馴染みであり、信頼出来る百舌鳥を頼ろうとしたのだ。





「まぁ、悟もASEドライバーだから心配はいらんさ。しかし……もう一人―― モック役が必要なんじゃないのか?」





「ああ、それは心配ない。ちょっとしたツテがあって、腕の立つドライバーを一人確保出来たからな。


 なんでもレースに出るための資金を稼ぐためにまとまった金が必要だ、ということで吹っかけられはしたが―― 」





「え、ええ――――っ?!」





「ど……どうかしたのかね?」


 突如上がった素っ頓狂な声に驚きの表情で声の主を見やると、沢路は尋ねる。





「い……いえ、なんでも」首を横に振って斑鳩は沢路に返すと、心中でその想像を否定する。


 ―― ま、ロコがこんな事をしてまで金が欲しい、なんていうはずもないしな――うん、やっぱり違う!











 しかし、斑鳩が胸中に芽生えた当惑を否定したその頃、スーパークロスのダートコースがしつらえられた東京ドームのピットの一角で、一人の男が一際大きなくしゃみを発していた。





「……ぶぇっくしゅっ!!」


「なんだ、ロッコ?風邪か?」





「いや、ちょっと鼻の具合がな」


「おいおい、頼むぜ……社長がとびっきりの相方を連れてくるって言ってたのに、お前さんが風邪でリタイアなんてことになっちゃ、何にもなりゃしねぇ」


「相方、か」


 メカニックの言葉にそう呟くと、イギリス人と北アフリカの小国・サーメル人の混血であるロコ―― ロッコ・レイモンドは赤い毛むくじゃらの着ぐるみを見やる。


 ―― 金がいいからって飛びつくんじゃなかったぜ。まったく……日の当たる世界、ってのも楽じゃねぇ。


 確かに報酬の面では文句はない話だった。しかし、故郷であるサーメルでは旧体制であるフンセル派の戦闘隊長『砂漠のジャッカル』と恐れられていた自分が、テレビ局が主催したスーパークロス―― の前座として着ぐるみを身につけてのスタントを見せることになろうとは、思っても見なかった。





 しかし、血と硝煙に塗れることなくマシンと語り合うことが出来る生活が憧憬の果てにあったロコにとって、こうした形であれ、マシンと向き合えることは僥倖である事にも違いはない。


「俺と釣りあう奴がどれだけいることだか」


 慣らし走行を終えたばかりのマシンを軽く叩き、ロコは薄い笑みを浮かべた。





 第二話へ続く。 











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