キルゼムオール・レポート6








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第49話◆素人(アマ)のひとりごと


「その代わり… 本気でいくよ?


 深夜1時、エーコさんはおかんむり。


 寝ていたところを叩き起こされ、正座させられているジローにキョーコ、乙型も堪ったものではありませんが、そんな事情は知ったことか。


 何しろ、キョーコを助けに山奥を一人彷徨っていたというのに、いざ戻ってみると事は終わっている上、皆さんエーコのことを忘れて寝てやがる。こんな理不尽見たことない。あー、もーこげな薄情な家族やったげな、信じれーん。


 明らかにネイティブな九州人じゃないとわからないイントネーションに変化させ、嘘泣きを開始するニートを「めんどくさい」「こうなった姉上はやっかいだ」とあっさり見切るキョーコとジロー。


 しかし、高性能な服従回路(イエッサー)を搭載している乙型には嘘泣きを見抜くことなど出来ません。


 思い切りめんどくさがるキョーコに懇願し、エーコを慰める方向に軌道修正させるのですが、乙型の嘆願もあってエーコが要求したのはビールとおつまみ、そして――


「ロ――ン!メンタンピン三色ドラドラ跳満、12000!!」


 麻雀でした。


 少年誌なのに少年置いてけぼりもいいところですが、そもそも創造主曰く「この作品は36歳男性・独身が対象」なので問題無しです。


 しかし、三四234ABCEFGGG『二』←ロンでは、リーチ掛けないかがない限りドラ2にはなりませんし、闇に降り立った天才の漫画を読んでいたにも関わらず、麻雀にハマっているのは最近、と言う辺りからして、「もしかしてルール知らないの?」とツッコミたくなりましたが、まぁ、このところの福本漫画のネットでの過剰と言ってもいい流行っぷりから鑑みるに、そういった人は案外多いのかも知れません。


 そういえば、俺や藤木先生が高校の頃なんだよなぁ、連載始まったの。


 ちょっと昔を懐かしんだのは兎に角、可過分所得が少ないメンツが四人中三人なので金銭的に打撃を与えることが出来ない以上、ラス引いたものはトップの命令を聞く、というルールに落ち着いたこの勝負で、と、実に的確な表記で記された順位表に刻まれるのは、一回戦、二回戦を大勝ちしたエーコと二戦トータルでちょい浮きの乙型とキョーコ、そして一人沈みのジロー。


 折角温泉まできたのに、それっぽい思い出作らないと、ご満悦のニートはジローをパシらせつつ力説。


 俺もそれが言いたかったんだッ!!


 いや、だって、我聞の頃からずっとだよ?イベント事がメインの騒動終わったら流されるのって。


 はじあくの文化祭に至っては、準備だけでメインイベント自体をスルーされたし。


 ともあれ、二回戦の『一分以内に午後ティー買って来い。あと、焼きソバパンもな。金は出しとけ』と言うタスクを達成させたニートは、三回戦の『一発芸』を乙型に、四回戦の『犬耳と首輪つけて“犬のお巡りさん”のコスプレ』をキョーコにやらせてますます増長……つか、きっと間違いなくコスプレ道具はユキに頼んで借りたに違いありません。多分、見返りとして写メってることでしょう。


 はーっはっはっはっ、ゆかいゆかい――!!余は満足じゃ。


 増長しきり、すっかり王様気分のエーコに、屈辱は食っても結果的には安上がりな解決法で機嫌を直したことにキョーコも一安心。


 しかし、時間は既に4時に近づき、そろそろ切り上げないといろいろ大変なことになる、と心配する乙型の気遣いの言葉を受け、これを最後にすることを宣言する王様ですが、最後ということで、王様ゲームの対象を『トップ→ラス』というものから『トップ→全員』に変更します。


 真っ先に乗ってきたのは、勝負根性だけはあるジロー。そして、変形合体に憧れを持つ乙型も、夢の変形に手が届くチャンスを狙ってその話に乗り、二人が乗るのであれば仕方ない、とキョーコもまたその話を受諾します。


 この機会にジローとキョーコにキスさせることを画策していたエーコとしては、キョーコの火つきの悪さだけが懸案ではありましたが、スムーズに和了れている王様気分のニートは気付くべきでした。


 それまでの四戦でやけにロン和了が多かったことに。


 そのくせ、トータルでキョーコがたいしたマイナスにはなっていない、と言うことに。


 眼鏡の位置を直し、接待モードから本気モードに移行することを宣言したキョーコは、超速攻で和了を連発。


 仮面を脱ぎ捨て、ネット対戦でも東風のキョーコ、と呼ばれるほどの超速攻型雀士としての素顔をさらけ出したキョーコが四連続和了で場を支配し、抜け出します。


 手は安くとも早く和了することで、『相手に態勢を作らせない』という持論を展開するキョーコですが、エーコもまた差し込みだけで勝たせてもらったわけではない、と、中を暗カン!カンドラをモロに乗せた後にも続けてジローの捨てた西を明カン、乙型の捨てたGも明カン―― そしてリンシャンをツモってそれにカンドラを乗せたエーコが繰り出したのは、三カンツに翻牌二つとトイトイ、そしてドラ8も交えた怪物手!


 アカギ見てる、という割に大明カンは責任払いという訳ではなさそうなので、乙型が飛んで終了と言うことにはなりませんでしたが、それでもなお突っ走っていたキョーコを捉え、逆に突き放すには充分。


 キョーコが速攻の妙手としての素顔を見せると言うのであれば、こちらもツキ麻雀の恐ろしさを見せてくれる、とキスさせるために本気を見せるエーコですが、ネコVSジャッカルと言う図式を思い浮かべるサンデー読者はどれくらいいるのでしょう?


 この激流に初心者はついていけません。飛ばないだけまだマシではありますが、それでも勝負に行くことは出来ないと、オーラスの二軒リーチにもただただベタ下りする乙型。


 恐らくは確定三暗刻も込みのBE待ちのエーコと、タンピン手のBEH待ちのキョーコ。


 待ちの広さではキョーコが若干有利。しかし、Hはエーコが暗刻で持っているため、実質同テンの二人の間には、いつしか罰ゲームと言う意識は消え去り、ただただ好敵手と高めあうという心境のみが漂います。


 そして飛び出たBに、同時に飛び交うロンの声。


 今回のサブタイからして「ダブロンありだったな」という南の旦那の声が聞こえて来そうです。


 しかし、それは捨て牌ではありませんでした。


 □□□發發發中中中七七BB『B』←ツモ


 エーコが強運ドラ爆麻雀ならば、ジローはまさしく豪運ビギナーズラック麻雀。


 ネコとジャッカルどころか、園長までいたようです。


 ラス親の大三元四暗刻のダブル役満で乙型を飛ばし、最下位から一気の捲りで逆転勝利を勝ち取ったジロー。


 このことは強者二人が忘れていた罰ゲームという事実を思い出させます。


 何をやらされるか、ということに思い至り、思わずエロ妄想に走ってしまうキョーコは、変なことを言おうものなら言葉の途中でKOしてやる、とアップライトスタイルで身構えるのですが、キョーコの想像に反してジローが発した一言は、『もう一勝負』。


 遊び呆けて夜更かしする、ということが少ない、悪なのに『悪い仲間』には恵まれることがなかったが故の純粋培養っぷりから来る発言に安堵するキョーコですが、あからさまな安堵っぷりでエーコのツッコミを誘発するとともに、徹マンを経ての車中での爆睡の中、うす胸を背中と間違えられるという恥ずかしい寝言をブチカマすことで、おとーさんの涙を誘うのでした。






第50話◆キタカZ太陽


「うむ、いわゆる人工太陽だな」


 とある冬の日曜日。三葉ヶ丘高校の体育館に集められたのはいつもの面々。


 声優の講演会場の設営準備を任せられていたというのに、コロッと忘れていた赤城会長によって集められ、この冬一番の寒さの中で設営作業に駆り出されている事に釈然としないキョーコ達ですが、予定もないからとノコノコ集まってしまったのは他でもない自分達。不承不承ではあれ作業をするものの、パイプ椅子の冷たさはモチベーションを凍りつかせて削ぎ落とします。


 つーか、今調べてみたけど……田村ゆかりって福岡市出身だったのか。何の声優やってるのかさっぱりだけど、そういった事情もあるから今回名前が出たのかも知れないな。


 ついつい講演会ではなく福岡県人会を開催しそうになりはしたものの、比較的温暖な湘南の海を臨む彼らにとってこの寒さは、それだけの現実逃避をするには充分すぎるもの。


 『誰もいない学校』と言うシチュエーションに興奮し、やたらとテンションを上げるジローのようにはいきません。


 一同のあまりのテンションの低さを見かねて、ジローが取り出したものは掌に乗るサイズの人の顔が刻まれた太陽のような何か。


 その名もキタカZ太陽―― 所謂人工太陽です。


 体育館の範囲くらいなら充分に暖められる、と範囲を設定し、起動するとともに宙に浮かび上がったヤツは閉じていた目と口を盛大に開き、ハイテンションな表情とともに熱を周囲に振りまきます。


 つーか、いとも簡単に核融合反応を起こしてやがります。その気になれば、今週(2010年9号)のサンデーにおいて夢シミュレーターで七日で世界征服したパンドラよりも軽く世界征服も出来るだろうに……つくづくジロー達のボンクラっぷりが有り難く思えてなりません。


 ともあれ、冬の体育館と言う極寒の地に暖かな光をもたらす人工太陽に、役に立つアイテムも作るのか、と感心するキョーコでしたが―― 甘すぎでした


 作業がはかどるに連れ、汗を掻く一同。


 青木や黄村は滴り落ちる汗にまかせて既に上半身はTシャツ一枚だったり、肌を晒して筋肉に満ちた体躯を誇らしげに衆人に晒したり。


 アキもまたジャージやその下のスウェットを脱ぎ、上半身はタンクトップのみだったのですが、いつもならその我が侭なボディを晒すことを避けていたはずの彼女は、突然それまで構築してきたキャラとはやや違った方向に走りよし! あたしももー脱ごう!タンクトップの裾を手にした両手を勢いよく引き上げることで、水玉柄のブラを晒してしまうほどの漢らしい脱ぎっぷりを衆人環視の元で行います。


 待て止めるなキョーコ!!暑いなら脱ぐのはフツーの行為だ、と青木も黄村も言ってるぞ!!


 ええ……当然ながらアイテムによって引き起こされた異常です。


 キタカZ太陽とは、元々スーツによって強化された正義の連中のスーツを奪い、戦力を削ぎ落とすために開発されたもの。


 暑いから脱ぐ、というごく自然な行為に走らせるために、少々というか多少というか多々という程度―― 平たく言えば、頻繁に全裸になるエーコと同程度頭のネジを緩めさせる、という効果を持たせていたこのアイテムが無事に作動していることを確認し、満足げな表情を浮かべるジローを「やっぱりアレなアイテムかー!!」とりあえず助走をつけて放った蹴りで黙らせることに成功したキョーコは支配者として止めることを命令します。


 無論、ジローとしてもそろそろ止めなければ熱を持ちすぎてしまうということもあり、オートマントを伸ばして回収を図るのですが……既に手遅れでした。


 音を立てて燃え尽きるオートマントの巨大な手。


 そう!既にキタカZ太陽は手に負えないほどの熱を帯びていたのです。


 このままでは全員裸体を晒してしまう、という事態に、キョーコはとりあえずジローを締め上げてどうにかするよう要求するのですが、赤城会長は慌てず騒がず宣言するのです。


「落ち着けお前ら。こんなのは外に出たらすむだけだろ」


 『このまま行けば女性陣の裸が見れる!』芽生えてしまった邪心故に、この単純な解決法に気付かなかった緑谷は、「女性の肌は見たいが、イヤな気持ちにさせるのはよくないからな。男は変態でも紳士たれだ!」続いて発せられた、自らの邪心を打ち消しつつ、一度は否定した『変態』と言う要素を自ら受け入れた会長の一言に激しく恥じ入ります。


 僕が間違ってました、会長!だから三日くらいは従います!!


 そんなどこぞのほぼ全てのシリーズで[武力:100]に設定されている武将の忠誠度じみた緑谷の言葉を背に受けつつ、対策を練るべく一旦外へと出ようとする赤城会長でしたが


 ―――― べいん!!


 奇妙な音とともに、その雄々しき姿は見えない壁に押し戻されます。


「ああ、気密性向上のために囲ってあるから今は出れんぞ?」


 バリアまで張っているとは、本気で優秀な開発能力です。


 ただ、この技術力は今回ばかりは仇でした。


 脱出出来ないまま、巨大なサウナと化した体育館に篭る熱に晒され、作業どころではなくなってきた六人をよそに、パンツ一丁になって喜びの踊りを舞う青木と黄村。


 読者サーヴィスとしては誰も喜ばないため、早いところどうにかしないといけませんが、微妙な高さにあるため、何かを投げて壊すこともままならないと、物陰に潜んで電池が切れる1時間をどうにかやり過ごそうと試みるに留まる一同。


 しかし、そんなことを言っては天井に挟まっているバレーボールの説明はつきません。緑谷は諦めが早すぎます。


 ですが、誰も喜ばない読者サーヴィスの時間は終わりに近づきます!


 既に脱ぎたがっているアキをキョーコが押さえ込む横で、熱にやられたユキが気付いたのです。


 葉っぱ一枚あればコスプレである、ということに。


 ですが単なる葉っぱでは駄目です。由緒正しくイチジクの葉でない限り、初めて林檎を食べた人のコスプレにはならない、ということには気付けない辺り、熱による侵蝕は末期的なもの。


 そして、その『脱ぎたい』という衝動を優先してしまう末期症状はアキやユキはもとより自分達にも確実に忍び寄っていることをジローは実感します。


 せめて熱の逃げやすいスーツであれば、たとえここがタクラマカン砂漠であっても砂漠の戦士(カーリマン)として生き残ることは出来たでしょう。しかし、なまじ動き易いジャージとTシャツという服装であったことが災いし、熱の洗礼をモロに受けてしまうことになった彼らに忍び寄る魔の手は、高いカリスマ性を以ってこの状況に立ち向かってきた赤城会長にも容赦なく延びるのです。


 その無慈悲に暑い手に掴まれた会長は、最期の理性を振り絞るかのように失念していた、全裸状態を見られたらえらいことになると言う事実を叫んでTシャツを破り捨て―― その身を野生の衝動に任せるのです。


 最期の理性に依る叫びとお約束が呼ぶように、明日の講演会の設営準備を忘れていた赤城会長への恨み節を漏らしながら体育館へと歩を進めるのは、副会長の轟サチコさん。


「さっさと会長辞めないかしら」と、毒通り越して殺意すらも抱いているのではないかと思しき、目つきと同じくキツい発言とともに生徒会室を出立する彼女が近づいていることを知ってか知らずか、この危機的状況をどうにかせねばならない、と情況を好転させる何かを捜し求めるジローは、その目の端に一本のロープを見出すのです。


 きっと、柔道部の握力鍛錬のために準備されていた、天井から二階の手摺りに括りつけられたロープを使って直接打撃を加えれば、いかな熱量を持っていたとしてもどうにでもなる。


 一本の蜘蛛の糸の如き光明を見出したジローは早速その光明に縋ろうとするのですが、その歩みはマントを握る手によって止められます。


 今までアキを抑えていたキョーコが、ついに理性の限界を突破したのです。


「あんたそのカッコ暑苦しいわねー!!あたしが脱がせてあげよう!」


 ようやく光明を見出したところで足止めを喰らい、焦るジローは緑谷に何とかキョーコを抑えるように指示を出すのですが、キョーコの箍が外れたということは、すなわちキョーコが抑えていたアキもまた、衝動に身を任せることに何ら抵抗が無くなったのです。


「はっはっは、それじゃ不公平だろキョーコ。まずは自分からだ!」「あー、そっかー!」


 衝動こそが全てとなった二人に今や障害はありません。


 辺りを百合の空間に替え、「じゃあ おたがいに」と互いの衣服を脱がしあうキョーコとアキ!!


 なんというか、ありがとうございました!と言うより他にありませんが、ユキが機械によって刷り込まれた衝動を写メるという根源的な衝動に上書きしてしまう程に強力な百合空間の破壊力は、ジローの歩みを確実に緩めてしまうもの。


 しかし、その光景に心を奪われ続けるわけにはいきません。


 ジローの目には、今にも体育館に近づかんとする轟副会長の姿が映ってしまったのです。


 耳に入る「よし、もー下着も脱ぐかー!」「お?全部いっちゃう?」という声を振り払い、2階へと続く梯子を昇るジロー。


 ですが、心の中に杉清修を住まわせていないジローは、煩悩に勝てませんでした。


 階下で響く「いっせーの、」声に合わせて「せっ」思わず振り向くジロー。


 そして、そのタイミングは、轟副会長が引き戸を開くタイミングと同時。


 心の杉清修般若心経を唱えさせることが出来なかったために全てが手遅れとなった―― ジローが痛恨を悟ったその時、轟副会長の目に飛び込んできたのは三人の裸族。


「ん?副会長?」「キミも全裸になりにきたのかね?」


 そう。ぬか喜びだったのです。


 しかし、そのぬか喜びゆえに副会長は気を失って倒れ、全員退学という最悪の事態は回避されました。


 その身を犠牲にして、あと、停学という処分を受けたことで恐らくは皆勤賞も不意にしてジロー達を守り抜いた三人の勇者達が大空にキメる笑顔に緑谷が敬礼を送る中、轟副会長は来るべきクーデターの日を夢見、ジローは冷静に考えてみればその声が男か女か判りそうな判断力を喪わせ、自分を振り向かせた女体の恐ろしさを痛感するのでした。








 でも、創造主曰く下着で物足りなかった人は次回をお楽しみにー。と明言しているため、その恐ろしさはあくまでも饅頭のような怖さになるのだろう、という想像は容易に出来るのでありました。






第51話◆精神トレード


考えるまでもない!!!


 今日もジローは庭先でアイテムの製作中。


 自覚なき変態集団として名高い渡キョーコFCの中でも、特に異彩を放つ黄村のコロッケパンに釣られ、人間の中身を交換するための機械を作ることになったジロー。


 ネットで知り合った女の子とのOFF会が控えてはいるけれど、そのプロフィール画像として使っているのは、バスケ部員として爽やかな汗を流している弟の画像。


「似ているけど、オレのほうがちょっと太め」とくそずーずーしいことを述べる黄村に流石のジローもどこからどうツッコミを入れていいものやら、と言葉に詰まるほどですが、コロッケパン5個という負い目はその言葉を封じます。


「写真を間違ったと言えばいい」とあっさり返すジロー。人間、素直が一番だぞ、と言わんばかりの突き放しっぷりではありますが、やはりコロッケパンという名の呪縛は大きすぎたようで、ジローはそのためのアイテムである精神トレードを完成させるのです。


 それと時を同じくしてやってきた黄村は、ジローを心の友、と称して弟を呼ぼうとするのですが―― ジャイアニズムに満ちたその発言を縛めるかのように、黄村はコードを足に引っ掛けてしまいます。


 すっ転ぶ拍子に弾みでOFFになっていたスイッチも入れてしまい、そのまま倒れる精神トレードから発せられるスパークがその場にいた二人と一匹を襲います。


 その火花が納まった頃、直立する一人と一匹、そしてしゃがみ込んで舌を出す一人が状況を認識するまでの時間は数秒。


 突然自分の手に現れた肉球に驚くジロー。


 しゃがみ込む自分の姿に慌てふためく黄村。


 動じることないものの、しゃがみにくさをやや不便がるポチ。


 そう!精神トレードによってジローの精神はポチに、ポチの精神は黄村に、そして黄村の精神はジローの身体へと三角トレードされていたのです。


 なるほど、師匠の目線はこの低さだったのか。いやはや、人間の身体は座り込みにくいものだな。これじゃあ速く走ることも出来ないだろう。


 あっさり順応し、互いの身体の新鮮さを認め合うジローとポチに対して突っ込む黄村。しかし、ジローが慌てない理由はありました。


 リセットすればすぐに元に戻るのです。それはもう慌てるのが馬鹿らしいほどに。


 ならば一安心、と胸を撫で下ろす黄村でしたが―――― ネタの神様はそんな安心が大好物でした。


 腑に落ちたと同時に近所の電柱から降ってきたのはジャージ姿のシズカ!


 勿論着地点には倒れたままの精神トレードが転がっています。


 ただでさえ廃品回収で得た素材だけあって衝撃には脆い上、全体重が乗っかった踏みつけに晒されてしまっては、精密機械である精神トレードは持ちこたえることは出来ませんでした。


 慌てることなく、正門から入るように注意する黄村の姿をしたポチをよそに、ジローと黄村は蒼ざめ―― そして、チャンスを喪ったジローの姿をした黄村は怒りを爆発させました。


 これでもう人生に望みは無くなった!どうしてくれる!


 そう責める『ジロー』に対して、詫びを入れるシズカ。「こ、このお詫びはなんでもしますので――」恐らくは『弁償は勘弁してください』と続くであろうその言葉は、黄村の性癖を刺激するのです。


 いつもの如くに「なら、とりあえず素足で踏んでください」と、瞬間脱衣の末にジローの身体で訴え、庭先に寝転ぶ黄村。『ジロー』の言葉に一瞬引くものの、そんな趣味も世の中にはあるのだろう、と思い直し、しかしやはり躊躇しつつ、頭に電流を走らせるシズカは、「なっ…何をしとるか黄村ー!!」とツッコむポチの中に入ったジローの言葉を聞き逃しました。


 そして、そのまま覚悟を完了させるために転進し、邪悪な反応を察知した乙型と入れ違ったシズカと、自分がそのような性癖の持ち主なのだ、と誤解されたことをジローが抗議する中、黄村は気付いてしまいます。


 ジローの体ということは、乙型やエーコ、ひいてはキョーコと一つ屋根の下、きゃっきゃうふふな生活が待っているのだ、ということに!!


 当初の目的である『ネットで知り合った女の子』との間で天秤に掛けますが―― 選ぶまでもなし!


 ネチケットとしては最低最悪ですが、気付いてしまったからには欲望を達成する以外ない、とばかりに行動に移す黄村は、まず第一に全ての事情を把握しているポチの身体に入ったジローの介入を防ぐためにジハクシールを剥がして口封じ。


 これで、何を言おうともただの吠え声。


 微妙に口調や態度が変わった『ジロー』に感づかない乙型のボンクラっぷりにも助けられ、渡家に潜入を果たした黄村が目にしたものは、昼も近いというのに下着とTシャツでうろつくニートやら、疑問を感じず傅く乙型の姿。


 なんだ、ここはパライソじゃないか。こんな環境で生活していたとは阿久野のやつめ、うらやまけしからんヤツだ。


 しかし、いつもはそんな黄村の発想のさらに上で、エーコは全裸でうろついていることもあります。ディフォルメされてるので、嬉しくもなんともない……むしろ、だらしなさの方が先に立ってしまって、いろいろ諦めを感じずにはいられないけれどッ!!


 外では何かを訴えるかのように『ポチ』が吠えているけど、犬=喋るものという認識が当たり前になっているエーコは異変に気づくこともなく、ちゃんとしゃべれ、という無茶な注意までする始末。


 つーか、それまで無駄吠えしたことなかったんだな、なんというお利口さんだ、ポチ(←元犬飼いさん)。


 そして、ゲームに興じて夜更かししたエーコに負けじと自堕落な生活を送っているダメ人間が、渡家にはいらっしゃいました。


 そう、寝汗を掻いたから、と昼間っから風呂に入っているキョーコです。


 日曜であっても仕事に出ているおとーさんを差し置いて、『昼湯』という小原庄助さんでもやらない身代潰しモードに入っていることをチャンスと見て、不自然な態度で席を立つ『ジロー』。


 その狙いは勿論『キョーコと風呂場でばったり』と言うお約束展開。


 しかし、その展開は既に第2話で通過済み。ましてや、ドッキリ対象が逆だったというサプライズまでついているので、今更狙ったところでネタ的に受けるはずはありませんが、黄村にとってはそんなネタの順序など知ったことではありません。


 ただ、自分の欲望を叶えたい、というのが先にきてしまい、暴走は止まりません。


 暴走が過ぎて現実との境がごっちゃになり、背中の流しっこくらいやってるものだと思っていたのに、話が違う、と言い出す始末。


 かつて交わした約束を一切反古にして、強引にキョーコのうっすい体を求める『ジロー』に、キョーコは異変を感じますが、その奇妙な迫力に気圧され、キョーコは一瞬たじろいでしまいます。


 その隙を逃すまい、と擦りガラス一枚隔てた攻防戦を制する決定的な一手をついに戸口にかけたその時、『ジロー』の横っ面に強い衝撃が届きました。


 破砕音とともに現れたそれは、ジローの精神が入ったポチ!


 絵的には、“白い戦士”の異名を取った秋田犬の闘犬横綱の必殺技の一つ、ジョークラッシュですが、生憎、ポチはサイズ的にもカラー時の体色的にも柴ですので“白い戦士”ではありません。


 つーか、ここでジョークラッシュなんて言葉を出すのも今や世界でも稀だと思いますが、そこはそれ。


 このまま身体を自由にされていては、これまで培ってきた信頼やらなにやらがすべて消滅してしまう、と肌で感じたジローの捨て身の特攻で、ガラスごと黄村の野望を粉砕し、ジローは自分の尊厳を守った―――― かに思えました。


 ただ、特攻で黄村を阻止出来たとはいえ、ジローとポチの肉体、そして、キョーコのうっすい体は相変わらずそこにある、という事象はどうにも変えようはありません。


 ぶつかった衝撃でジローと黄村の精神が再度入れ替わる、というジローにとってのみ予想外の展開もあって、モロにキョーコのうっすい体を目の当たりにしてしまったジローはそのまま鼻血を出して気を喪います。


 慌てて浴室へと引っ込もうとするキョーコですが、お約束の神は一度逃れたはずのチャンスを見逃しませんでした。


 床に置いたままの石鹸ですっこけると、不自然に後ろに倒れて気絶したジローの上へ。


 騒ぎを聞きつけてやってきたエーコと乙型からすれば、“全裸のキョーコがジローを襲った”という図式にしか見えないこの状況に、ニートは小遣い稼ぎと既成事実の確定のために写メを撮り、キョーコの立場とジローの近未来はより一層悪化するばかりなのでした。


 そして、何故だかジローが黄村を責めることなく放免したその頃、忘れ去られた二人についても変化が発生しておりました。


 一つ目は、草壁家の四畳半のスペースを侵蝕するかのように横たわるゲンを踏みしだくシズカ。ジローを攻略するために必要な特訓、という間違った判断を信じ込んでの乱痴気騒ぎに、下の二人も加わって、草壁家の軟弱な基礎には目に見えない大ダメージが確実に迫ります。


 そして、もう一つは消えた『黄村』ことポチ。


 服が嫌だ、と脱いだところで御用となり、警察のお世話となって寂しく過ごす彼の目には、日頃無理矢理服を着せられても文句を言えない犬達の魂からの主張を代弁するのでしょうか……一筋の涙が零れるのでした。






第52話◆愛情チェッカー


「ダウト――!!」




 浮かれたツラしてFC部室へと入って来たのは黄村ヨシヒト。


 先週のエピソードでの活躍を受け、『最近、作者の代弁者として覚醒!』と紹介されるほどのフィーチャーぶりですが、バテレンの日を憎む創造主の代弁者とは思えないうかれっぷりで登場して、チョコレートを自慢気に示す辺りは早速偽者呼ばわりされても不思議ではありません。


 しかし、そんなうかれぽんちな気分も長くは続きません。


 慌てず騒がず赤城会長が取り出したのは、ハートの形をしたレンズを持った何か。


 ターゲットをセンターにあわせ、スイッチON。


「愛情値2」「うん」


 ダウト。


 弾き出された数値が、無慈悲に嘘を暴き立てました。


 そのチョコ義理ですらないな。見栄張って、自分で買ったりしたんじゃない?―― 音速でそう結論付ける青木と緑谷に必死に抗弁する黄村ですが、本来ならば物質を取るために使うべく作成された、物に込められた愛情を数値化するジローのアイテム・愛情チェッカーの前には、嘘はあまりに虚しすぎるもの。


 どこぞのゲヒヒと笑って名物をお救いするひょうげたお茶頭様ならば、他人のものであっても高い数値を示すこと間違いなしの精度が示した2という数値は、黄村の持つチョコをバテレンの日を憎みあまりに顔バレしない隣町で自ら入手したものである、と白日の下に晒すのです。


「みんな…みんなバレンタインが悪いんやー!!もてない人間の身にもなれー!!」法廷に引っ立てられる黄村の、心の底からの叫びが漢達の涙を誘いますが、女性陣にはその大騒ぎは単なるいつもの馬鹿騒ぎ。


 面白そうではあるものの、やはり近寄るのも憚れる、そう言うアキユキの会話を受けて、物に込められた想いを数値化する、というアイテムでチョコに込められた想いを計測するというのも失礼な話だ―― そう言うキョーコに賛同するのは、唐突に部室棟の屋根からぶら下がって登場したシズカ。


 愛を数値で示すというそのようなけしからん機械は見逃しておくわけにはいかない、とその身を以ってその機械の裁定に乗り出すシズカが渡したチョコの数値は、愛情値163!


「本命の数値だっ!!」「オラァ!!」


 緑谷が羽交い絞めにするとともに、青木が左を打ち下ろし、黄村が体重の乗った肘を入れる。見る者の涙を誘う、憎しみのこもった八つ当たりという名の連携攻撃は、ジローの怒りの声を無視して荒れ狂うのです。


 それを止めるべき正義の人は、自らの渡したチョコが本命チョコの適正な数値を弾き出したことに浮かれてしまい、いまやただの役立たず。


 アキならずともポンコツ扱いしたくなるのもさもありなんです。


 しかし、怒りとともに悪以上の悪となり、チョコを貰う男どもを撲滅しようとするファンクラブの一同を止めるものがありました。


「え?じゃあチョコいらないの? せっかくみんなの分作ってきたのに」


 そう。キョーコ達三人は彼らの分のチョコを作ってきてくれていたのです。


 その言葉に、漢達は争う理由を失いました。


 ここが柔道場であれば、畳を重ねて上座を作り、義理チョコの儀式を執り行うほどの歓待ぶりで、それまでの暴虐の数々をあっさり水に流すのです。


 ですが、あいにくとジローは帯ギュを読んではいませんでした。


 死の淵から這い上がり、「愛情値52」そのチョコに込められた愛情が義理レベルである、と算出するジローに、ファンクラブの皆さんは、愛に数値など関係ない。いや、むしろそれがチョコでなくとも構わない。漢という生き物は、女性からいただけるものであればカレー粉でも充分に幸福になるのだ―― と、再度ジローを死の淵へと叩き落とすのです。


 その騒ぎの傍らにありつつ、キョーコはやや思案顔。それには理由がありました。


 その『理由』とは、アキユキと作った義理とは別に、家族用として作っていた三つのチョコ。


 正直数が合わない、と思いたいというか、ポチに食わせちゃいかんだろ!!と元犬飼いさんとして激しくツッコみたいところですが、ポチではなく、お菓子大好きエーコさん(23・ニート)を想定して作った可能性もなきにしもあらずなのでツッコミは勘弁しておきましょう。


 それはさておき、ふと湧き上がるのは好奇心。


 決して、シズカの数値が気になった訳ではない。しかし、本命で163だというのなら、この家族向けのモロ義理だったらどうなるか―― 恐らくは好奇心、猫を殺すという言葉を知らないキョーコは、自己欺瞞の言葉とともに愛情チェッカーのスイッチを押すのです。


 103027。


 予想していた数値とは、桁が三つは違いました。


 混乱して大声をあげるキョーコ―― しかし、どうせジローの発明だから、と思い直したのでしょう……乙型の作っていたジロルチョコで改めて測定。


 165。


 シズカのものとほぼ同じ、本命の数値であることには違いなく、故障しているわけではない模様。


 明確な数値を突きつけられたことに焦り、慄き、そして世界が歪んだかのような実感を覚えるキョーコ。


 ちょっと待ってよ信じらんない。これってつまりあたしはジローにメロメロってこと?


 ふふふ、頭で否定しようとしても、体は正直……もとい!三人分の手間が掛かったからその分の混線込み!とみなしたのでしょう、キョーコは改めてジローの分を作ります。


 103032。


 ええい、チョコケーキにするからいけないんだ!だったら簡単なものにすればいい。


 だったら手作りじゃなくって麦チョコ一粒にしろよ。


 そうツッコみたいところですが、どこか律儀なところがあるキョーコは手作りに拘り、結局作っては数値に驚く、という泥沼に足を踏み入れてしまいます。


 そんなスクラップ&ビルドの果てにある境地へと辿り着いたキョーコは、下町カイザーのDVDを持ってジローの部屋へ。


 コレクターズアイテムとして、マニアには垂涎の的の初回限定版のDVD−BOXに目を輝かせるジローですが、それを持ってきたキョーコがジローに続けた言葉は「こ、これを壊して!!」信じられないものでした。


 下町カイザーのファンを自認するジローも持っていなかった、二度と手に入らないコレクターズアイテムを犠牲にすれば、ジローを嫌いになることが出来る―― その悲痛な決意とともに、キョーコはジローに命令します。


 しかし、代償はあまりにも大きすぎました。


 オートマントの巨大な手によって、DVDに込められた想いもともに粉砕されたことは、キョーコの精神に致命的なダメージを与えました。


 一度は破壊を望んだというのに、沸き起こる後悔と怒りは計り知れず―――― 破壊を為したジローにそのはけ口を求めます。


 前蹴りによる理不尽な一撃でジローの顎を蹴り上げたものの、キョーコの精神は平衡とは程遠くなっていました。


 DVD−BOXという犠牲を払っても下がらない数値に、自分の中にあるジローへの感情がそこまでのものになっていたのか、と知らしめられたことに対する衝撃によって、生ける屍となったキョーコ。


 そんなキョーコの頭を、ジローは優しく撫でました。


 壊したのは箱だけだ。だから泣くな、と慰めるジローに、半ば死人と化していたキョーコの魂は蘇り、そして観念します。


 あの数値は、本当だったかも知れない。


 だとしたら、諦めよう。


 その想いとともに、キョーコはジローにチョコを示すと、その数値を計るように言うのです。


 しかし、その横合いから現れたエーコ、そして、その手にある宅配便がその測定を邪魔しました。


 ただでさえ手が込んでいることもあり、毎年のバレンタインでは主にエーコに大好評のアヤから届いたチョコケーキ。


 その上、今年は離れて暮らしていることもあって気合の乗りも違います。


 だからという訳でもありませんが、その数値は度肝を抜くものでした


 530488。


 ちょっと待った。それはなんぼなんでも大きすぎやしない?一応家族でしょ?もしや、家族なのに?!


 流石に少年誌なので最後の方のようにツッコミが暴走することはありませんでしたが、並外れた数値に湧き上がったキョーコの疑問は容赦なくジローにぶつけられ、そして、それにジローはさも当然のように答えました。


「他人からの愛が家族の愛より高いわけはない」


 料理の腕前が壊滅的なエーコであってもこれくらい行く、とさらりと言ってのけるジロー。


 嫌な予感とともに、おずおずと質問するキョーコ「………じゃ、じゃあ… 10万くらいの数値だとどんなレベル?」


 その問いに応えて曰く、「家族に近い―― 親戚レベルかな」


 実にあっさりした答えです。


 しかし、そのあっさりとした回答は、無自覚にキョーコの後悔を容赦なくえぐるものでした。


 そして、この日何度目か判らない八つ当たりの嵐にさらされ、ボコられまくったジローは、結局キョーコからのチョコをもらえないまま、一般社会におけるバレンタインへの恐怖を魂に刻み付けるのでした。




第53話◆女のマジ攻防


「この雨で家が壊れてしまったらしい」


 外は冷たく長い雨。


 雪になりきれないまま三日も続く長雨に、ハローワークに行けない、とカメハメハ大王の如き言い訳をしつつ、カールのようなものを食ってるニートの達人はいいとしても、精密機械なので水に弱い―――― 割りにはがっつり温泉に浸かってのぼせていた乙型と、散歩中に濡れなければいけないポチはどことなく憂鬱。


 そして、この長雨は乙型に更なる試練を与えます。


 ジローとポチがじゃれつくキョーコ、といったいつもの風景に混じるノイズを感知する乙型のアホ毛アンテナ。に従って、「あ、お邪魔しますー!」渡家にやってきたのは乙型の宿敵であるシズカ。


 ここであったが百年目!邪悪な正義の来襲を黙って見逃すことは出来ない、とばかりに両手首に内蔵した放電機を開放し、「乙型コレダー!!」シズカを迎え撃つ乙型ですが、シズカの反射神経によって電撃は回避され、その向こうにいるジローを灼くに留まります。


 ジローの死を無駄にはしない、とばかりに憎むべき敵・シズカを殲滅するため、左手を展開・組替えして生み出した『乙型鈍器のようなもの』で近接戦闘を挑む乙型。射撃攻撃が回避されるというのなら近接戦闘でゴリ押しするのみ!


 しかし、そんな乙型を止めたのはキョーコでした。


「ダメだよ乙型ちゃん。草壁さんはお客さんなんだから」


 草壁家が降り続く雨で物理的に崩壊してしまったこともあり、その修繕・補強が済むまでの間それぞれ友人の家にお世話になりに行くことになったのですが、『女友達の家にお世話になる』と称して渡家にやってきたシズカ……確かに間違ってはいませんが、そのターゲットが明確であることを、乙型は相手が正義であることという悪の正論と、多分絶対製作者自身搭載した覚えのない機能に目覚めまくっているアンテナで精一杯主張するのです。


 しかし、見習いである以上は一般人と変わりないこと、そして何より、ジローは乙型がシズカを拒絶する真の理由を理解していない藤木作品主人公らしい朴念仁っぷりを如何なく発揮しているため、泊まる事は問題なし。むしろこの機会に関係を改善して欲しい、とまで無駄に親心を発揮するのです。


 ですが、ジローの役に立ってアピールしよう、と『JUSTICE』印のエプロンつけて意気込むシズカと、ジローを取られまいとする乙型の意地の張り合いは、ジローの思惑を大幅に外れるものでした。


 掃除をしようとするシズカに『お客様なら、仕事なんてせずに居たたまれなくなるまでボーッとするがいいですよ』とその先を制する乙型。


 出端をくじかれたものの、洗濯物を畳む、というジロー直々のミッションを手に入れたシズカがいい気になり返し、ジローの思惑とは裏腹に、夫婦揃ってチキン野郎のキョーコがそのチキンっぷりゆえに参戦を拒んでいることもあって、ジローを巡ってのいがみ合いはむしろヒートアップする一方―― しかし、ジローは藤木作品主人公なので、その根底にある両者の好意には気付きません。


 ピンポイント朴念仁にも程があります。


 そして三日が過ぎ、攻勢に出続けたシズカとそれを迎撃する乙型の戦いが千日手へと向かいつつある中、キョーコが投じた一石が戦況を一変させました。


 雨が降り続いていることで乾かせない、ということもあり、洗濯物をクリーニングに出すことにしたのです。


 勿論ジローの制服もまたクリーニングに出すことになり――思い切りハモりました。


 しかし、この急造デュオは悪い方向にしか向かいません。


 互いに自分が、自分が、と主張し合い、制服の両袖を引っ張り合う二人。


 誰か大岡越前呼んで来い?!


 ですが、徳川吉宗の厚い信頼を受けた南町奉行、大岡越前守忠相が御出座することはありませんでした。


「ああっ、すごい巨大ロボが!」「!? どこですか!? ぜひ私にもパーツを分けて――」


 機転を見せて乙型の意識を逸らし、ついにライバルを出し抜いたシズカはその身体能力を活かしてクリーニング店へと猛ダッシュ!長く続いた雨も上がって、虹の掛かった空も晴れやかにシズカを祝福するかのよう―――― と思いきや、四つの誘導弾が浮かれたシズカを狙って飛来しました。


 嘘をつくとはやはり邪悪。卑怯な相手には最早容赦など無用、とばかりに乙型キャノンに火を噴かせ、遠慮無しの実力行使に出た乙型は、シズカの手から宙に舞ったジローの制服を奪い取るのです。


 浮かれるのも束の間、今度は濛々と舞う爆煙の中から「シズカカッター!!」上がる声!


 どこぞの板垣漫画なら間違いなく描かれることがない心棒もきっかりと切り裂いた手刀の一閃で電柱を横薙ぎに斬り裂き、遠く離れた乙型をその電柱で打ちのめすと、ついに二人の戦いは実力行使へと移り変わるのです。


 ご近所を巻き込み、荒れ狂う破壊の渦に、心配になって追いかけたジローとキョーコは閉口したり、呆れたり。


 むしろ、加害者側に立つジローが後始末を心配する中、その被害も楽しむどころか、屋根の上で激闘を繰り広げる二人の戦いをアトラクションと見なしたかのように、見物料をニートに支払うご近所の平和っぷりが気になるところです。


 ですが、当事者である乙型とシズカは、ニートが小遣い稼ぎに勤しむ太平楽さとは無縁の緊張感に包まれていました。


 街に出てしまったがために、それまでのように修行に打ち込むことが出来なかった事を悔やむシズカ。


 戦闘用にメンテしていなかったことで、ギアに異常をきたしてしまった乙型。


 どちらも傷だらけ。そして、どちらも負けるわけにはいかない。そんな想いを抱え、「シズカWカッター!」「乙型鈍器タイプ水がめです――!」ともに最後の一撃を振るう両雄!


 アナウンサーと化したニートが煽る声にも力が入る!


 しかし、「そこ、」両者の渾身の一撃を止める「までだ!!」巨大な手が割って入りました。


 下らないことでいがみ合う愚かな二人を一喝し、争いを止めるためにやって来たのは当然ジロー。


 なのでしたが、そこはヘタレ科学者の哀しさ……逆に一喝され、たじろいだジローに二人は容赦なく選択肢を突きつけるのです。


 どちらに洗濯物を預けても変わらないだろう、という正論も通じません。


 正論を吐いているはずの自分が責められている理不尽さに加え、背後から感じるド鋭いプレッシャーもまた、ジローに答えを躊躇わせ―――― 数瞬。ようやく辿り着いた回答を天啓としたジローは、悪のエリートに相応しい毅然とした態度で答えるのです。


「選んで欲しくば!!オレを倒してからに―――」


悪のエリートの回答……[A.先送り]


 しかし、ヘタレ科学者のその回答に対して同時に放たれた二発の蹴りは、いとも容易く悪のエリートを屋根の上から叩き落とし、結局二人の戦いはレフェリーのKOによって痛み分けに終わるのでありました。


 


第54話◆狙われた女


「むう…さすがはオレが作った兵器、やりおる!」


 夕暮れ迫る学校の図書館で、鼻息も荒く『怪獣大百科』を借りたキョーコ。


 司書だというのにタバコ吸ってるという、実に本に優しくない先生は「その本借りるのお前が始めてだよ」と呆れておりますが、むしろ、高校の図書館だというのにそんな本を置いている三葉ヶ丘高校の方こそ突っ込まれて然るべきです。


 ですが、掘り出し物を見つけた興奮にテンションも高いキョーコはそんなツッコミを入れることもないほど上機嫌。


 待たせていたジローに快く肉まんを奢ってやることも確約してやるほどです。


 しかし、キョーコを待っている時間を利用してアイテムを管理するためにジローが開いていたアイテムの一覧表を見咎めたキョーコは、5000を越えるアイテムの中にあることは間違いないいかがわしいアイテムをチェックするために、力づくで情報開示を求めたことで、短い平和は終わりを告げるのです。


 多分絶対小さい姉上ことキルゼムオールの幹部・ブラックレディに作っていたであろう『女王様のムチ』というアイテム名に、折檻と使用差し止めを心に決めるキョーコでしたが、ジローの制止を振り切っての強権発動は、キョーコにとっては思わぬ……しかし、ジローにとっては必然の事態を引き起こします。


 ジローの胸座を掴んだキョーコの目に入る、モニターに記されたWARNINGの文字と、危険を察知し、否応なく緊迫感が含まれたジローの声に、何らかのまずいことが起きたのだろう、とキョーコが察した時は……既に遅すぎました。


 キョーコのスカートを霞めて飛来する一発のエネルギー弾。


 地面に着弾し、小さな穴を開けてより数瞬……その穿たれた穴からは想像もつかない大きさの火柱と轟音に驚き、目を丸くするキョーコの首根っ子を掴んで、大慌てでジローは校舎へと戻ります。


 それを追うように、空気を擦過しつつ立て続けに撃ちこまれる四発のエネルギー弾―――― いつぞやの衛星兵器・キルゼム砲でした。


 不正な操作をしたキョーコを敵とみなし、ターゲットロックして狙い撃ってきたのだろう、と推論立て、素人には扱いが難しい、危険な悪のアイテムなのだから、下手に触ってはいけないのだ、と真面目な顔で窘めるジローに、流石のキョーコも素直に自らの非を認め、謝るのです。


 しかし、自らのしでかしたことで起きてしまったトラブルに不安になるキョーコに、「仕方ない、キョーコはしばらくここにいろ。 この端末じゃロックを解除できんからな。家で止めてくる」ジローの一言はさらなる追い討ちとなりました。


 家までは往復で30分。


 この状況で、それだけの時間一人にされるという不安も顕わに、携帯で誰かに頼めばいい、と訴えるキョーコですが、おとーさんが仕事で出ていることが多いこともあって、この時間帯で家にいるのはポンコツメイドとニートと犬くらいです。


 精神的に頼りになるとはいえ、この状況でポチに縋ろうとする程にテンパった発言をするキョーコに対して「いやオレがいかんとわからんだろう」正論で応じると、ジローはダッシュで渡家までの道を往くのです。


「寄り道とかしたらぶっとばすからね――!!」


 暗闇の中に遠ざかるジローの背中に向けて、そう強い口調で訴えるものの、やはり不安は隠せない。


 震えながらジローの迎えを待つキョーコは見慣れたツンツン頭が視界に入ったことで安堵したのでしょう、迎えが遅すぎる、と叱責するのですが―――― ジローは迎えに来たのではありませんでした。


 蛇行しつつ必死こいて走ってきたジローの背後には、一切の容赦が感じられない連続したエネルギー弾の着弾跡。


 オートマントについた焼け焦げと、頭頂部を僅かに掠めたことがありありと判る筋状のハゲが物語るものは――「すまん、解除に失敗した!なおかつオレまでロックされた!」


 キョーコでなくとも「何やってんのよー!」と突っ込みたくなるところですが、学校ほどの階層があれば、キルゼム砲に充填されたエネルギーが切れるまでの間は持つことが出来る、とジローはキョーコを安心させようとしたのですが……ターゲットの反応が一点に集まったことに対する修正プログラムが働いたのでしょう、キルゼム砲は軌道上であるにも関わらず、着弾点を一点に集中させる―― 俗に言うピンホールショットによる超ピンポイント砲撃で校舎というバリケードに身を潜めた二人を狙うのです。


 …………これでインベーダーゲームを思い出すのは、我ながら流石におっさん通り越してると思います。


 こうなったら破壊するより他にない。どうにか破壊出来ないの?そういうキョーコですが、相手は軌道上にあり、破壊することもままならない。


 だから厄介なんだよハイランダーの《天罰(ネメシス)》はッ!!


 思わずトーキョーN◎VAのプレイヤー発言をしてしまいましたが、そんなアンプラグド・ゲーマーはさておいて、天空高くから放たれる砲撃に逃げ惑うばかりの彼らに救いがやってきます。


 話は聞かせてもらったぜ、とばかりにスーパーロケット花火を背負った乙型です。


 ジロー最高のロボである以上、ジローを守るのは当然の義務。ましてや、相手はジローに『やりおる』の言葉を頂いた衛星兵器。ちょっとシメてやらないといけません―― そんな黒い衝動に駆られる乙型ではありませんが、主に対する攻撃はそれだけで万死に値する以上、破壊してでも止めないといけないというのは乙型もまた理解しています。


 ですが、乙型が理解しているのはそれだけではありませんでした。


「待て乙型!行きはいい!帰りはどうする!? 大気圏突入でお前は燃え尽きてしまうぞ!」


 そう、汎用攻撃家政婦ロボである乙型には再突入機能は存在していないのです。


 まぁ、宇宙家族でもない限り、家庭が大気圏突入など出来るはずもありませんので当然といえば当然です。


 しかし、そのジローの言葉こそが乙型に万難を廃し、天空高く舞い上がる力を与えます。


 たとえ死んでも、ジローを守って死ぬことが出来ればそれこそ本懐。生まれてきた意味を見出せるというもの―― 涙を流して乙型は宇宙へと旅立つのです!


 別れを惜しむ涙を流し、それでもなお自分達を守って笑って死地へと旅立った乙型に、ジローもキョーコも悲しみを禁じ得ず、思わず涙を流します。


 しかし、あくまで乙型が背負っていたのはロケット花火。衛星軌道に到達するには火力が足りませんし、そもそもロケット花火は途中で爆発四散するものと相場が決まっています。


 まぁ、パラシュートロケットなら話は別ですが、笛ロケットなら尚更です。


 星になる手前で悲鳴とともに地上に引き戻された乙型は、宇宙と地球の重力を舐めてたことを涙ながらに後悔し、そんな乙型に、ジローはただただゆっくり自己修復を促すばかりなのでした。


 しかし、地上で漫才している間攻撃しない辺りから見て……キルゼム砲、実は状況を必要以上に把握してるだろ!?


 そんなツッコミはさて置いて、ジローは体育館の地下に秘密裏に建造中だった秘密基地にキョーコを伴って逃げ込みます。


 十六層からなる防壁も備えており、暫らくは持ちこたえることは出来ますが、あのピンポイント砲撃を喰らい続ければいずれは陥とされることも明白です。


 そして、その『いずれ』がごく近くにまで迫っていることを口走るジローに、キョーコは一発逆転の秘策なり方法なりがないのか、と尋ねるのですが―― 「いい方法はない」ジローの応えはシンプルでした。


 絶望感に囚われ、人生の終わりを悟るキョーコ。


 彼氏も出来てないどころか、キスもしてないのに死にたくはない。


 どこの煩悩少年なのか、と問い質したくなる発想ですが、どこぞの煩悩少年だったら、「それまでの短い時間で出来ることを――ッ!」 と叫びつつ飛び掛る局面でただ呆けてしまう辺り、ヒロインの座から猛烈な勢いでスピンナウトすることは辛うじて避けることは出来た模様です。


 そんな、ヒロインとヨゴレの狭間の剣が峰で辛うじて踏ん張ったキョーコの前に並べられたのは、それぞれ基地のPCに備え付けられたキーボードとマウス。


「確実ないい方法はない。だが―― 」


 ジローが示した方法は、ロックを解く為のパスワードを一つ一つ入力する、決していい方法とは言えない、地道な方策でした。


 その桁数は8桁、組み合わせ数にして1000万通り!


 防壁が破壊される方が先か、正解のパスワードを入力し、強制終了させる方が先か―― か細い可能性ですが、座して死を待つよりははるかにまし!


 腹を括ったキョーコはジローとともにパスワードを入力する作業に入るのです。


 キョーコに判りやすい上の数字を任せ、ゲシュタルト崩壊を起こしそうな数列の海を泳ぐジロー。


 ゲームとはまた別の指使いの連続に指を攣らせながらも、一つ一つのパスワードを出来る限りの最速で入力するキョーコ。


 叱咤し、声を掛け合う二人の間にいつしか生まれる奇妙な連帯感。


 その連帯感に任せてジローは口走ります。


「フフフ…!それでこそオレが見込んだ女! キョーコ。もしここをうまく乗り切ったら――」


 その突然の死亡フラグ発言に併せるかのように、基地を揺るがす衝撃と警報音!


 度重なるピンポイント砲撃によって最後の16番装甲が蒸発したのです。


 最早次の一撃に耐える術はなく、迫り来る最期の一撃に、キョーコはただただ身を硬くします。


「いや。3秒差でオレ達の勝ちだ!」


 キョーコが身を硬くする横で、勝利を確信する力強さとともに、チェックメイトを宣告する指し手の如くにEnterを押すジロー。


 モニターの中で無数の数列が躍り、[ACCESS成功]のメッセージが記され―――― 強制終了の命令を下されたキルゼム砲はついに沈黙するのでした。


 1000万通りのパスワード入力をまっとうに繰り返していたのでは、何日掛かるか判らない。ならば、1000万通りのパスワードを一瞬で入力するプログラムを即興で作ってしまえば―― 確実ないい方法がないならば、新たに確実ないい方法を作ってしまえばいい。


 そのジローの機転に、キョーコは始めてジローが天才なのだと認識するのです。


 ……ちょっと待てキョーコ!だとしたら今まではなんだと思っていたのだ!


 そして始まる痴話喧嘩……しかし、その痴話喧嘩も買い食いも生きていればこそ行えるもの。


 思わぬところで実感する生命賛歌に、改めてキョーコはジローの局地的な信頼を確認し―― 思い出します。


 もしここをうまく乗り切ったら――何なんだろう?


 今回といい、バレンタインの時といい、このところ好奇心で危機やら苦難やらを招いているけれど、これくらいならきっと大丈夫、とでも思ったのでしょう。キョーコは好奇心とロマンチックを求める心に任せてジローに尋ねます。


「いや、もしこれを乗り切ったら、お前の改造案に宇宙仕様を検討せねばと思ってな」


 真顔かよコンニャロウ。


 ツッコみたい気分は沸き起こりますが、ある意味らしいといえば最もジローらしいこと。


 溜息一つで諦めて、キョーコはジローと並んで家路を歩むのでした。






第55話◆頭の引き出し


“開けちゃえ!”


 冬も終わりに近づいて、そろそろ試験のシーズンがやって来る!


 という訳で、今回泣きを入れたのはキョーコでした。


 多分ゲームやらアニメやらで時間が潰れた、といったところが真相なのでしょうが(偏見)、地域の清掃活動に出ていたこともまた確かである以上、すげなく断ることも出来ないとジローが渡したのは瓶に入ったカプセル。


 『記憶のヒキダシ開きます』とラベルに記された、記憶ヒキダシンZ、という名の錠剤は、服用した本人のみにしか効能を発揮しないものの、一度見聞きしたものの記憶を収めた脳内の引き出しをその日一日自在に開くことが出来るという効果を持つ優れもの。


 TRPGネタを取り扱っているサイトの主として、『:見たものを正確に記憶し、思い出すエフェクト。判定:<RC> 侵食値:2 対象:自身 タイミング:メジャーアクション』とか思わず書きたくなりましたが、そんな使誰も使わないせいで、版上げ後にはイージーエフェクトにまで追いやられてしまった《写真記憶》なんてものを取得しても嬉しくないというか、うっかりそんなものを取得したせいで「こんな……こんな力なんて欲しくはなかったッ!!」と言わなきゃならない羽目に陥らされるのも迷惑極まりないので、ここではその衝動はスルーさせて頂きます。


 ともあれ、年に三回ほどサンデーの巻末広告になっている『脅威の記憶術』のような効果を持つアイテム―― という説明になると途端に胡散臭くなりますが、単純にテストでいい点を取らせる便利アイテムなどではなく、勉強したことをスムーズに思い出すことが出来るアイテムを渡した上、仕方ないとはいえ勉強を怠ったキョーコにきっちりと説教する辺り、言われるがままにコンピューターペンシル等の便利アイテムを渡して、堕落させるばかりの未来の世界の猫型ロボットよりはるかに良識に満ち溢れている気がしないでもありません。


 まぁ、ネズミを滅ぼすために地球を破壊しようとする青ダヌキを比較対照にするのは間違っているかもしれませんが、悪の科学者としては、良識やらモラルやらが備わっているのは正直どうよ、といったところです。


 それはさて置いて翌日、テスト直前になってカプセルを呑み込んだキョーコの頭に浮かぶのは、かなりの高さを持った無数の引出しを有する箪笥のイメージ。


 一夜漬けで最後のひと仕上げを終えたばかりのキョーコは、少し戸惑いながらもその箪笥の一番上の段を開きます。


 そこに収まっていたのは前日の夜に見たばかりの日本史の教科書!


 正直ざっと流しただけだというのに、一条天皇の中宮として嫁された藤原道長の娘の名前まで鮮明に思い出せるその効果もあって、まさに『脅威の記憶術』の広告と同じように細かいところまではっきりと内容を覚えていたキョーコは余裕を持ってテストに臨むことが出来、二週連続でキョーコはジローの天才ぶりを思い知るのです。


 テストが終わってジローに感謝の言葉を述べるキョーコですが、そこで耳に入って来たのがユキとアキの会話。


 ハンカチなくした、と困り顔のユキに「部室とかは?」と応じるアキですが、ユキは試験中になくしたので部室には行っていません。なので、どこに行ったのか判らない、と困惑するばかりのユキのその言葉に反応して、キョーコの頭の中の引出しの一つが勝手にカタカタと音を立てはじめました。


「あのハンカチならファンクラブの部室で使ってたよ?」


 ちょっと待ちなさいユキさん。


 試験中だというのに遊びには行ってたんかい。


 反射的にツッコミましたが、ユキの助けになったことに満足げに微笑むキョーコの脳内で再び開く引出し。


 まさに唐突に、というより他にないタイミングで開いた引出しの中に収まっていたのは『漢前木綿豆腐 5円』の広告。


 危ういところで思い出した重要事項に、慌ててジローを伴って教室を飛び出たキョーコは、改めてジローに感謝の言葉を述べるのですが、その感謝を言葉だけではなくコロッケという形で顕わして欲しいジローには「いや湯豆腐だけどね」音速で言い放つのです。


 ですが、効果が一日持続するこのカプセルの猛威はそれには留まりませんでした。


 日記を見ただけで、それを切っ掛けとして当時何が起こっていたのか―― 書かれていないことまで鮮明に思い出す感覚を楽しんでいたキョーコでしたが、小学生の頃の日記でスキーに行ったことを見た時、引出しから取り出してしまったのは、足を折った痛みと恐怖。


 というか、引出しの方から勝手に開いて内容が出てしまう辺り、箪笥としては欠陥ありまくりです。


 そんな欠陥箪笥から『嫌なことだってあったわけだし』という一言を切っ掛けにして飛び出て来たのは中学時代のキョーコの姿。


 今となっては暗くて痛いばかりの自分の姿に、羞恥心やら自分自身への殺意やらを刺激され、その記憶を振り払うかのようにキョーコは思わず暴れてしまいます。


 そんな奇行を繰り返すキョーコが心配になったのでしょう。ジローはキョーコに落ち着いて引出しを締めるよう促すのですが、ジローが出てきたことによって、今度は引き出しに収められたジローとの思い出が暴走を開始します。


 立て付けが悪すぎるにも程がありますが、そんなジローとの思い出で自己嫌悪に陥りかけた気分が立て直されたことも間違いありません。


 裸を交えた記憶によって落ち着きを取り戻したキョーコ―― しかし、冷静になったところで一つの記憶の引出しが振るえていることに気付いてしまいます。


 位置的には幼稚園に入る前くらいの記憶。


 不審に思う気持ちもありますが、やはり好奇心には勝てずに引出しを開けるキョーコ……猫なら何回死んでいるのか判りません


 しかし、その軽率な行動によって蘇った記憶はキョーコにとって意外なものでした。


 そこにあるのは見覚えのある山中の民家。


 ただ、一つ違うのは母屋の向こうに刺々しい黒い建物が見えていること。


 その光景に、そして、その庭先を走る幼い自分自身の姿に、キョーコはその記憶が見せる状況を悟ります。


 『そこ』は過去の阿久野家だったのです。


 そして、そこにいるもう一人の同じような年恰好の男の子に臆することなく容赦なく、ついでに本を読んでいるその男の子に対する遠慮も一切なくズケズケと話に行く幼い日のキョーコの姿。


 そう!ジローとキョーコは既にこの時出会っていたのです。


 個人的にはやはり相変わらず全裸になってる約一名を含めた阿久野家の三人姉妹に目が行ってしまいますが、それを含めてこの光景は情報としては貴重です。


 特に、キョーコとジローとはどうやら母親が姉妹という関係だというのが見て取れるというのは、こーいった憶測でものを語るサイトでは燃料以外の何ものでもありません。ひゃっほうもっとやってくれ。


 燃料投下で喜ぶサイト主は置いといて、「ジロくん大きくなったらなんになるのー?」「かいじん!すげー強いヤツ!」思い出の中での会話は子供同士の微笑ましいもの。キョーコも思わず頬をほころばせてしまいます。


 しかし、次の瞬間、キョーコが悶絶する事件が発生します―― いえ、既に起きていました


へー! じゃあねー!キョーコねー。 ジロくんのおヨメさんになるー!


 何を言うのか判っていないジローの頬に、唇寄せる自分の姿に驚愕しても、止めようとしても間に合いません。


 今を生きるキョーコに出来ることは、引出しを慌てて締めるとともに、ジローに当り散らすことくらい。


 しかし、そんな混乱しまくったキョーコはジローの本質を理解しきれていませんでした。


 ジローが科学者である以上、自分の作ったアイテムでキョーコが記憶に翻弄されているのが原因というのが明白であるからにはその原因を自ら検証する以外ありません。


 ましてや、キョーコの混乱はジローと出会ったことがあるかどうか、という部分にあるのです。検証しないはずがありません。


 止めようとしても間にあわず、徐々にその記憶を紐解いていくジローの姿に、キョーコは一つの結論に達します。


 ―――― 弱みとして握られる!!こうなったら……殺って物理的に記憶を消去するより他にない!!


 記憶どころか、生命まで消すことも辞さずに粉砕バットを振り被るキョーコ!


 しかし、その大振りすぎる一撃はジローに察知されてしまいました。


「……思い出したぞキョーコ…!」


 大上段に振りかぶったバットをキョーコの腕ごと止め、「フフフ、小さい頃は随分と素直だったのだな! ああもストレートに自分の気持ちを伝えるとは!」凶行を未然に防ぐとともに、過去がもたらした精神的な優位をフルに活かしてキョーコとの会話の主導権を握ります。


 昔のこと、と突っぱねようとしてもなお、それは逆に動揺を示す結果となるばかり。その動揺の原因を悟り、ジローはついに確信へと至るのです。


「……ひょっとして今も―― オレに改造されたくてたまらんのではないのか?」


 OBでした。


 『ヨメになる』を『怪人になる』と解釈し、キスを噛みつきと認識するジローのピンポイントな見当違いっぷりにない胸を撫で下ろすキョーコ。


 よかった。これで殺人罪には問われずに済む。


 しかし、その喜びも束の間。とっとと記憶の引出しを閉めたキョーコと記憶の引出しを開いたままのジローという違いがあったのでしょう。「帰る時「ジロくんといるー!」と言って泣いてるなキョーコ」さらに記憶を引き出すジロー。


 その他にも、カルガモのように後を付いて歩いたり、すぐ抱きついたり、寝る時も風呂の時も一緒にいる……そんな記憶を垂れ流し続けるジローに、一度消えたはずの殺意は容易に蘇りました。


 フルスイングは一度―――― さらに、念を入れてもう一度。


 証拠は消滅し、悪は滅びた、と安心するキョーコは、アリバイを確定させるために……もとい、不安を消し去るために過去の事情を知っているおとーさんに改めて検証を求めます。


 その結果、「意味なんてわかってなかったと思うよー?TVか何か見てマネしてたんじゃないかなー」という言葉によって安心という強い防具を得たキョーコ。


 ディフェンスを強化し、さらに致命傷になりかねない記憶を封じるためにもアイテムそのものを封印するのですが、肝心なところで好奇心に負けまくる辺り、ザルディフェンスには違いありません。


 安心よりも何よりも、美味しそうなご馳走に喜び勇んで喰らいつく腹ぺこガブッチョっぷりをどうにかする方が先決だと思われます。


 しかしキョーコがひとまずの安心を手に入れたその脇で、ジローの身に異変が起きていました。


 殴られた衝撃で、前世の記憶にまで辿り着いていたのです。


 その前世はどうやらツクツクボウシ。


 しかし、求愛を目的とした蝉の鳴き声は翻訳したら『女が欲しい』にしかならないと思われますので、翻訳されることなく乙型を慌てさせ、キョーコを軽く引かせる程度ですんだのは、行幸というより他ないのでありましたとさ。




第56話◆乙女右往左往


「まァいいではないか!たまには!」




 土曜日の夜、キョーコの部屋を訪れたジロー。


 内密に買い物に行きたいが、一緒に出たらバレるから、別々に家を出た上で翌朝駅で待ち合わせるように、という不可解な注文がついたその申し出に、キョーコは少しばかりの不審を抱くのですが、そんなキョーコの疑念をスルーして、頼みを終えたジローはさっさと自室へと戻ります。


 天井モニターで会話するのが手っ取り早いだろ、と言うツッコミを入れたくはなりましたが、多分キョーコに禁止されているのでしょう。心臓に悪いとか何とか言う理由で。


 もしくは、既に破壊されているのかもしれません。


 ともあれ、一方的な物言いで約束を取り付けたジローの言葉のあまりの曖昧さに、キョーコの脳内に湧き上がる妄想のヴィジョン。


 王子様ルックのジローに追い立てられるキョーコ。


 狩りなのかも、と思わずポチを探してしまいたくなりますが、トレントや熊はいても、銀毛の熊犬らしき姿は見当りません。


 ――まさかこれって……デート!?


 正気に戻り、いつもの不可解な行動だ、と思い直してはみたものの、やはりわざわざ三葉ヶ丘駅で待ち合わせるとなるとデートを疑わざるを得なくなるもの。


 普通だから意識する必要は無い―― 大声とともに改めて否定を試みますが、水の仙術使いなパンツマンと仙術抜きの格闘能力は、実のところ一家の中でも最強なのでは、と疑われている工具楽家の長女を含めた一同に不審がられたキョーコは、さらに不審な言動を衆目に晒してしまいます。


 それもコレもすべて、いつぞやの嘘デートの時以来のジローの私服姿を見てしまったから。


 いつものフォーマルウェアに牛乳をこぼしてしまったから、と返すジローではありますが、いつもと違う服装にすっかり呆けてしまったキョーコは、やはり気付いているのか、と、ジローに対する意識を強めてしまいます。


 ですが、向かったショッピングモールでは『お前が好きなものを選べ』と言ったにも関わらず、これがいいだろう、と言わんばかりに男の子向けの玩具類やカイザーのフィギュアを前に勝手にテンションを挙げてはしゃぐジローに、キョーコは呆れるばかり。


 呆れついでに何が目的なのかを尋ね、理由もなく物はもらえない、と釘を刺すのですが、その言葉にジローはただただ言葉を濁すばかり。


 その反応が、キョーコの抱く『実はジローはデートと認識しているのではないのか』という疑念をより一層強めるのですが、そんなことはおかまいなしに、速攻で風船を渡すゴン太くんに釣られて走ったり、その途中で横切ったDIYコーナーに唐突に心を奪われたりと、フリーダムな行動に終始するジロー。


 子供かお前は?


 疑念は横に置いておいてとりあえず暴走を繰り返す入れ込み気味のジローの手綱を引きに掛かるキョーコは、やっと落ち着くことが出来たフードコートで肉うどんを啜りつつ、磯辺揚げ付きの月見うどんをあてがったジローに、今日の目的を改めて尋ねます。


 この間の金属バットによって前世返りしたからでしょうか……心のタンスの立て付けが幾つか悪くなってしまったと思しきジローは、キョーコのその言葉でやっと目的があったことを思い出すと、観念してその目的を語ります。


 曰く、ホワイトデーのため。


 疑問が氷解し、自分の懸念が的外れだったことを悟るキョーコ。


 ですが、新たな問題が浮上します。


 あれ?ボコりまくってはみたけれど、結局ジローにチョコケーキをあげてない。


 ですが、その疑問も続くジローの言葉で解決します。


「乙型やシズカらの好むものを探してたんだが、どうもあいつらの好みがわからん」


 その言葉に去来するのは、一抹の寂しさでしょうか?それともわずかばかりの嫉妬でしょうか?


 軽く溜息一つ吐き、「何言ってんの!人に選んでもらうとかダメダメよ!がんばってチョコ作ってくれたんだから!」続いて飛び出す駄目出しで、本人達にそれとなく聞く事を命令すると、渋るジローを「行けっ!!」有無を言わせず送り出すのです。


 さてさて、帰宅したキョーコの、大して面白くない芸人でも大笑いするという妙なテンションの高さに、プロファイラーニートは、このホワイトデーでジローとの間に何か発展が起きたのだろう、と推察しますが、風が吹いただけでジローとの間に進展が起きる、と思い込んでる節のあるプロファイラーの発言なので、キョーコの対応は慣れたもの。


「あたしはジローにチョコあげてないのにありえないよ!」動揺することなく流すのですが、『……義理チョコぐらいあげればよかったかな』内心ではエーコの推察とは逆ベクトルの動揺が走っていました。


 まさかジローがホワイトデーのお返しをするほど義理堅いヤツだとは、という意外さと、なんだかジローが取られてしまったかのように感じてしまう悋気とがなにやら入り混じり、ごまかすかのように発する笑いも、どこか空虚なものになってしまうのでした。


 そして迎えた月曜日。


 繰り越しのホワイトデーとなったこの日に行われるプレゼントのやり取りに、活気を帯びるファンクラブ部室。


 重さが変わるダンベルに、すっかり名前をアレンジされてしまった変身用光線銃、殴っても拳を痛めることがないウォーターバッグ……この場にいない乙型も、新兵装を強化増設されて大喜び。


 ファンクラブの皆さんもまた、一同が力をあわせて焼いてきた妙に絶品なクッキーを振る舞った、ということもあり、活気はさらに高まる一方。ですが、ジローにチョコをあげてない、というのがどことなく負い目になっているのか、その中にあってキョーコはどことなく所在なさげ。


 しかし、そんなキョーコに掛けられた「あれ?キョーコちゃんはジロー君に何もらったの?」ユキからの言葉が、一月前の一件でのことを思い出させました。


 そういえば落としちゃったチョコは渡してないよね?


 そう!シズカからチョコをもらっていたこともあり、ファンクラブの皆さんに渡した義理チョコをジローにはやっていないアキユキにもジローは『お礼』をしていたのです。


 不思議に思うキョーコですが、そんな彼女をジローは手招きして連れ出します。


 連れ出した先にあるのは海を見下ろす竹林。


  見慣れたはずの近所の風景。しかし、夕陽沈む海面と弓なりに広がる海岸を一望する、この天然のパノラマに圧倒されるキョーコ。そんなキョーコに、ポチと散歩している最中にこの場所を見つけたというジローは、「結局お前だけほしいもの聞けなかったからな」この場所を教える、という形でホワイトデーのプレゼントとするのです。


 いやちょっと待って。チョコあげてないというのにお返しするのってどうよ?


 問うキョーコに、ジローは脳内に『?』マークを浮かべつつ「お返し?なんだそれは?」


 エーコから、ホワイトデーというものは、身近な女性に欲しいものをプレゼントする日だと教わっていたジローは、毎年業務用のハーゲンダッツを要求する姉にも健気に渡していたのです。


 キルゼムオールは貧乏だというのに、どうやって稼いでいたのかが気になります。


 ともあれ、その説明でジローの行動にようやく納得が行ったキョーコは、改めてその『プレゼント』を受け取るのですが、来年には欲しいものを教えて欲しい、と訴えるジローに、「いーや、来年も教えない!また別なの考えといてね!」キョーコは笑顔でその訴えを棄却します。


 苦労を強いるあんまりな言葉に「そもそもお前が人に聞けと―― 」抗議するジローですが、ジローに教えなかったからこの夕陽が拝めたことを述べ、キョーコはジローの苦労に報いる形で来年の義理チョコを渡すことを心に誓うのでした。


 そして、渡されたニートへのプレゼントは、キョーコの入れ知恵もあって食べかけのぴの一個。


 働かざるもの食うべからず、という意図を込めたキョーコの言うままに、身の丈に合わない贅沢を要求するエーコは、ジローの周囲の女性全てが喜ぶ中、一人泣き崩れるのでした。















































 …………コミックスでは、多分きっと銀行員の皆さんにアヤ姉さんが「弟にもらったのだ!どうだ凄いだろう!」とジローにもらった何かを自慢してるんだろうなぁ。





第57話◆それぞれの卒業




「ゆくぞ東雲!そろって卒業だ!!」「お――!」





 東雲さん家は大豪邸。


 馬鹿っぴろい脱衣所のある浴場はおろか、御付きのメイドさんまでついてるというマジモンのブルジョアの家に生まれたユキさんですが、そんな彼女にも悩みは当然あります。


 対峙するのは悩みの源となるヘルスメーター。


 勢いをつけまい、とそっと乗っても変わりなし。


 ならば、とばかりに、巻きつけていたバスタオルを思い切りよく放り投げても、大した変化は及ぼさない。


 これならどうだ、と片足で立ってみても……当然無意味。


 ちっとも減らない1kgに気を揉みながら、御付きのメイドの新見さんに濡れた髪をブローしてもらっているユキさんがぱくついているのは寝る前の日課である、KGB上がりのロシアの大物政治家(2010年3月現在)と同じ名を持つプリンの二つ目。


 ちょっと待てぃ、そこぉッ!!


 明確な理由に、「そうやってプリンをお食べになっているからでは? 2個も」顔色一つ変えることなくツッコミ入れる新見さん。


「うわーん!私だってわかってるよ!でも…でもプリンだけは別腹だから…!」あ、本人も自覚はしてた。反省する気はさらさらないようだけど。


「イミがわかりませんが」そんなユキに再び冷静にツッコミ入れる新見さん。恐らくは読み切り版の國生さんと同じ性質を持っている彼女の言葉を受けるかのように、「なるほど、話は聞かせてもらった! お前の卒業せねばならんものはそれかオートマントをなびかせ窓から侵入してきたのは、悪の科学者。


 逃げて!ジロー、逃げて!その読者の叫びも虚しく、いともあっさり新見さんにとっ捕まって逆関節決められるジローですが、ユキのとりなしもあって何とか肩とか首とかがすっぽ抜けたり、新見さんの右手に収まったナイフが血に染められることは避けられるのですが―――― 「ちっ…ご学友ですか…」と残念そうな発言で獲物を逃したことを惜しむ辺り、新見さん……どこぞのデスメイドと同じ魂の持ち主なようです。


 そんなデスメイドに震えながらジローが提案するのは「ふふふ、聞いて驚け! お前のそのプリン、卒業させてやろう」悪魔の契約。


 一も二もなく乗るユキなのですが、新見さんはユキを止めるよりも息の根を止めた方が早い、とでも思ったのでしょう。地蔵背負いで担ぐとともに絞首紐でジローを絞めるとともに、ピンク●ディの曲に併せてユキを戒めるのです。


 新見さんの熱唱が『S.O.S』から『モンスター』…そして『透明人間』に至るまで10分足らず―――― 辛うじて一命を取り留めたジローの協力もあって、数日後には猫獣人コスを身に着けるに至った興奮冷め遣らぬユキは、念願のコスチュームを披露したい、という想いもあるのでしょう、喜びとともに教室へと駆け込むのです。


 教室に突如現れた獣人に思わず驚くアキでしたが、全校見渡してもこんなコスチュームつけて登場出来るのは二人しかいない、と思い直して、驚かせる真似をした親友に一応のツッコミを入れるのですが、いくらがんばっても上がらなかったチャックを上げることが出来た、という事実はツッコミを受け流すには充分なもの。協力してくれたジローにも感謝の言葉を忘れません。


 苦労していたダイエットに成功した秘訣は、ついこの間ジローが作ったばかりの強制契約ペーパー


 これにサインして止めたいものを書くだけで、簡単にやめることが出来るのです!


 長崎辺りに本社を構えるテレビショッピングのノリで今回のアイテムを紹介するジローとユキの実にいいノリのコンビネーションに、「へー そんなんが」 「こんな紙でねー」ラジオショッピングのコメンテーターの如きノリで驚きのコメントを返すキョーコとアキの二人。ですが、キョーコは不思議に思い、とある質問をぶつけるのです。


「でも、わざわざプリンやめさすのにこんなもの作ったの?」ラジオショッピングでは……特にAMではお約束といってもいいほどにおなじみの製作の裏話へと話が及んだことで、「聞いた話だと、間もなく卒業式なる行事があるらしいな。締めくくりの行事らしい…」製作者であるジローは「ということは! それまでに何かを卒業していないときっと怒られる! そのアシストのためこれを作った!」ノリノリでこのアイテムを作るに至った経緯を語ります。


 実に輝かしく、誇らしい表情で語る製作秘話の横で、「せっかくだから二人の分はあたしがもう書いといた!」やはりノリノリなアシスタントがいつものように本人達の許可など気にせずに勝手に契約書にサインをしていたことを明かすのですが、当然ながら、毎度毎度勝手な真似をさせるわけにはいかない、とばかりに二人は抗議の突撃を敢行します。


 ですが、突貫する二人の行動もまた、付き合いの長いユキには既に折込済みでした。


 『中津川秋穂 粗暴な言葉を使わない』 『渡恭子 暴力的なことはやめる』


 この契約に抵触する二人の行動に、現れたのは金属の質感を持った球体。


 二人が殺傷圏内に到達するより早く、球体は電撃で二人を撃ち、戒めることによって、契約を破った場合のペナルティを提示します。


「私だってこんなことしたくないよ?でも――」よよ、と涙を流し、このような振る舞いをする心ならぬ辛さを訴えるユキ。


「2人のおしとやかな姿が見たくなっちゃって!!」


 前言撤回。楽しんでました。


 そんなユキに抗議するアキでしたが、いかに『学習=睡眠』という式が成り立つアキさんとはいえ、再びの痛みを伴った“学習”には流石に屈するより他ありません。


「ユ、ユキ…さん… なんてことを…な、なさるの?」痛みによって調教されたアキの姿に、改めて充分な効果を発揮することを証明したジローとユキは、ダメ人間揃いのいつものメンバーに対してもこの契約書を適用するのです。


『ふまれない』『仕事をさぼらない』『筋肉を見せびらかさない』


 監視ビットからの電撃という強制力もあってか、すっかり様変わりしたいつものメンバー。


 我が侭なボディに加え、ボーイッシュ以外の新味を打ち出してハイスペックさに磨きをかけたアキ。


 溜まっていた仕事をあっという間に片付け、リコールのチャンスをうかがっていた副会長を驚かせる超有能振りを発揮した赤城会長。


 筋肉を学生服に押し込め、女子生徒に安心を与えた青木。


 そして、殴らないキョーコ……すっかり更生したいつもの顔ぶれに、特徴なくてスルーされた緑谷は驚きを隠しませんが、こちらとしては、そんな扱いでも怒らない緑谷にこそ驚きです。


 特徴ない上に友達までいないため、卒業アルバムではクラスメイトの大半から「あれ、こいついたっけ?」という扱いを受けかねない緑谷に、数少ない友人であるジローは彼らが皆それぞれを蝕む課題から『卒業』したことを涙ながらに語るのです。


 人はそれぞれ成長するためには、何かから卒業せねばならないもの。悪の人であってもそれは変わりないようで、ジロー自身もまたこのアイテムによって卒業しなければならないものと決別し、成長を遂げようとしようとしていることを―― それによって卒業式を心強く迎えることが出来ることを誇らしげに語ります。


 勘違いしていることを指摘しようにも、全くもって聞く耳持たないジローと、この状況を楽しみきっているユキが相手である以上、暴走は止まりません。


 ましてや、有能さを前面に押し出した赤城会長と敬語を使って喋るアキの間になにやら微妙な人間関係の変化まで発生しているこの状況をユキが楽しまないはずはありません。


 実のところ、悪の組織よりも悪い奴らじゃね、一般人?


 ですが、ユキがJKKのみならずAAKとしての活動にも乗り出そうと動きを見せ始めたその時、緑谷はいつもの面々の中から一人の存在が消えていることに気付いてしまいます。


「さあ!ふんでください―――!」


 無論、容赦なく電撃が襲い掛かりますが、変態集団・渡クラブの中でも特に異彩を放つそのドM漢にとっては、縛めの雷は罰ではなくむしろご褒美!


 実にイイ笑顔で電撃を享受し終え、満足そうに横たえていたふくよかな体を起こすパンツ一丁の黄村にキョーコは勿論どん引きしますが、むしろその視線も悦びの源へと変えてしまいそうなのが恐ろしいところ―――― ただ、人としてもFCとしてもどうよ、というより他にない域に突出しているのは否めません。


 そんな黄村に動揺し、卒業出来なくてもいいのか、と訴えるジローでしたが、変態紳士はパンツ一丁で堂々と返すのです。


「卒業する時期など自分で決めるさ! 自分のケツくらい自分で拭けんでどうする!」


 パンツ一丁侠客(おとこ)立ち!無駄に漢らしいセリフで返す黄村は、滝の如き感涙を流すジローに「というかお前 なんか卒業式を勘違いしてないか?あれ3年の行事だぞ?」更なる追い討ちをかけてくるのです。


 示された衝撃の事実に、悪の科学者は悪だというのに素直に自らの非を認め、思わぬ間違いに巻き込んでしまったことを詫びるべく、贖罪として、その身を仲間達に差し出します。


「あ、だがキョーコは破壊力高いから多少手加減を…」悪なので微妙に潔くないオチは付きましたが、覚悟完了して座り込むジローを取り囲み、一同はそれぞれ手薬煉引いて――――




 ―――― デコピン×4



 悪気も無かったんだから、まぁこれで勘弁してやろう。


 そうだな。悪気があったのもいるけど、そっちはまぁ丁寧に仕置をつけてあげればいいからな。


 そんな笑顔の復讐者達に取り囲まれたユキの裁判はで――次、ユキさん こちらへ」「カマーン」再審なし弁護人なしの即日結審で執り行われ―― 東雲雪路被告は、一年以上続いた連載の中で初の敗北を喫するのでした。






 合掌。








 そして舞台は移り、帰宅したキョーコの目の前に置かれていたものは、キリンやライオンがプリントされた、すっかり古ぼけた一枚のタオル。


 それがジローが卒業しようとしたもの―――― 子供、特に幼児が特定の人形や玩具を離さずに持ち続け、それに執着することで安心感を得る、所謂心理学的にライナスの毛布と呼ばれる依存状態から脱却したい、と思っていた事を知られ、赤面するジローは、「ええい!笑いたくば、笑え――!!」開き直って叫ぶのですが、「笑わないよ〜〜?」すっかり弱みを握ったキョーコは笑いを堪えつつも得意気に弱みを握ったことをアピールし、手加減した分の精神的な埋め合わせを果たすのです。


 しかし、弱みを握られ、凹んだジローに対して結果はどうあれ、卒業しようとすることは間違ってはいない、と助け船を出すとともに、ポチは一人のニートを示します。

 見ろジロー、あれがダラダラしすぎて無職から卒業できなかった者の末路だ。


 引き合いに出されたエーコは『イジメカコワルイ』と即座に身構え、戦闘態勢に入るのですが―――― その姿は俺より強い奴に会いに行った結果、無職を貫いているホームレスのそれなので、ニートは結局無職からは逃れられそうにないのでした。




第58話◆男達の語らい


「花見酒か」




今夜の渡家はアキユキを招いてパジャマパーティー!

 キョーコとエーコもホストとしての役割もそこそこに、ガールズトークで賑々しく盛り上がる!

 タンクトップにジャージと、どノーマルなチェック地の上下のパジャマだなんて二人とも色気がない。こんな風にYシャツオンリーで下を穿かない位で悩殺しないと。

 上から目線でニートは言いますが、頻繁に全裸になる人が色気を語っても、色気通り越して変質者です。

 何より、タンクトップにジャージというラフな格好も、着る人着たら破壊力絶大だし。

 まぁ、個人的な趣味はさておきますが、エーコの上から目線での指摘に腹を立てたのでしょうか「見せる相手もいないのに」やれやれ、と言わんばかりの溜息とともにキョーコは斬り捨てます。

 一刀の下に斬り捨てられたことが響いたのか、アキまで巻き添えにしてズボンを奪い去る変態仮面!

 そんな千載一遇の光景にユキも黙ってはいません。解禁された風呂上がりのプリンを放り出して携帯に手を掛け、後でたっぷり遊んでやろうとばかりに写メろうとするのです。

「フム、確かに」そんな大騒ぎに違和感一つ。「キョーコは女のくせに色気が足りん。この際みんなで矯正してやってくれ」

「何しとるか――っ!!!」

 唐突に現れた違和感は、音速の蹴りで排除されました。

 日課の監視を蹴りで邪魔され、苦情を訴えるジローですが、この日ばかりは男子禁制ガールズトーク。下半身をガードしつつ、蹴りだけで済んだだけでもありがたいと思え、と言わんばかりにジローの言葉をきっぱりばっさりと排除して、「次のぞいたら一週間無視するからね!」キョーコは天岩戸と化した自室のドアを閉じるのです。

 そんなジローに対するのはおとーさん。

「女の子はああやってたまにガールズトークをするものだよ。今日のところは放っておくべきだね。 逆にこっちはこっちで盛り上がろ―」

 その申し出に、ジローもまた望むところとばかりに乗るのです。

 しかし、夜が更けてもなおもまだ盛り上がる――――主に、アキさんの最も顕著に盛り上がった部分をネタに、羽交い絞めにする無乳と、揉むややまし乳がちょっぴり犯罪的な香りも漂わせるコンビネーションを発揮しつつ盛り上がる女性陣に比べ、男性陣は多勢に無勢、ということもあってとっととネタが尽きてしまいます。

 というか、『谷間に入れるもの』について膨らませたいところではありますが、当サイトが全年齢版というのがこのときばかりは残念です。

 すっかり凹んだおとーさんを慰めようとするジローの脳裏に走る天啓。

 誰よりも頼りになる存在が、玄関先にいるじゃないか―― 自信に満ちた凛々しいその顔立ちに思いを至らせるとともに駆け出したジローでしたが、ポチは生憎おデート中で、そこにあるのは誰もいない犬小屋。

 というか、鎖もありません。渡家のセキュリティは一大事です。

 自由気ままに番犬としての役目を放棄していたポチのフリーダムさに、心ならずも凹んでしまったジローですが、その耳に届くざわめきにいつまでも凹んでいるわけにはいかない、と再び闘志を奮い立たせます。

 話のネタが尽き、芸人のビデオを見に来た今この時こそが挽回のチャンス!ここで漢としての威厳を見せてやる!

 小粋な手品でステッキを花束に―――― シカト。

 その程度では駄目だ、おじ上!次!!

 しかし、あっさりアウトを宣告されてはおとーさんも立つ瀬はありません。じゃあお前やってみろ、とばかりに無茶振りで返すおとーさんに、ジローは一世一代の一発芸で返すのです!!

 オートマントを全身に巻き付けてのミイラ男―――― ガン無視。

 くぅっ!!まだだ……もう一度だ!ナウなヤングに馬鹿うけなエリマキトカゲでッ!!

 いや、それも古いよジロー君!!

 ビデオの芸人にのみ傾注していたオーディエンスは再び部屋へ。リビングに取り残されたのは、すっかり滑った二人の芸人だけ。

 滑った自分への腹立たしさは、いつしか相手への不満へと変わり「ジロー君 世間知らずってこと以上に天然過ぎやしないかい!? そんなんで悪の首領になれますか!?」「おじ上こそへたれすぎだろう!キョーコに実権握られて!」ついにはじまる掴み合い。

 ですが、その取っ組み合いをつぶらな瞳が見ていました。

 たった独りであってもお客はお客。お客の前で無様な姿を晒すわけにはいかない!

 一度は萎んだ芸人根性に空気を入れなおし、表情を輝かせる二人。しかし、「あ、お気になさらずに」その『お客』は彼らの芸に惹かれて残っていたわけではありませんでした。「皆さんの飲み物取りに戻っただけですので!」

 芸のなんたるかを理解しないまま、滑り芸人二人にとどめを刺した乙型は「おすもう…ですか? お続けください!」意識ぜずにさらに念入りに追い討ちまで叩き込み、ジローとおとーさんの精神的なダメージは極大に膨れ上がるのです。

 精神が疲労の極にあって動くのが億劫になるとはいえ、空腹はやはり耐えられないもの。ましてや、暴れたことによって空腹感がさらに増した以上、それを満たすことは今この場においての何よりの優先事項。

 腹の虫の合唱を機に、二人は矛を収め―――― 腹を満たすべく海沿いの道へと向かうのです。

 少し前からすれば微かな温みを感じさせるとはいえ、まだ冷えた夜気から逸早く逃れるかのように、この辺りでは珍しいおでんの屋台に駆け込んだ二人は、互いに先ほどの諍いを詫びますが、おとーさんは、日頃の薄さを取り戻すかのように、キョーコ相手ではどうしても手を上げることが出来ないからこその殴り合いというコミュニケーションを久々にとることが出来たことを満足げに語ります。

 …………こう見えて、実は武闘派だったのかもしれません。

 そんな意外な一面を見せたおとーさんは上機嫌な心持ちもそのままに芋焼酎をロックで頼み、下戸だと思い込んでいたジローに更なる意外な一面を見せるのです。

「最後に飲んだのは…ボクの奥さんが死ぬ前だったかな」

 九割ほどの笑顔に、少しばかりの影が差したおとーさん。

 そんな彼に昔馴染みの姿を見たのでしょう、「……あれ?おめェさん渡くん?」ほんの僅かに遠慮をしつつ、魔王の一升瓶に蓋をした屋台の親父が問い、おとーさんもまた、この屋台が昔馴染みの親父が牽いていたものなのだと理解するのです。

 昔は東京でやっていたものの、肝臓を悪くして一時期閉めていた店をここ湘南で久々に再開した初日に、昔馴染みの客が偶然ながらやってきたことを喜ぶ親父。

 その話題は、場所は違えどこの屋台で出会ったことが馴れ初めになった嫁――つまりはキョーコの母へと移ります。

「ひょっとしてそのボーズ息子か!」

 やべぇ、この親父全く客の会話聞いてねぇ!?

 ですが、「うん。そんなところです」おとーさんは親父の勘違いを否定することはありませんでした。

 ただ、鷹揚な笑顔でおでんを頬張るジローを見やり、変わらぬ笑顔で親父に応じると、おとーさんはジローに在りし日の馴れ初めを語ります。

 やはりというか、案の定、キョーコ母は阿久野家の側の……悪の組織の一員だった模様です。


 そして、東京遠征でボコられまくったウサを晴らしてくだ巻いてたのが出会いだった、と語るおとーさんのコップに舞い降りる一片の桜の花びら。

 さながらそれが、今は亡き妻が訪れたかのように感じたのでしょう。感慨深げに一口呷ると、微かな感傷に身を委ね―――― 「今にも奥さんがその暖簾くぐってきそうだよ!」呟くおとーさんの言葉に併せたかのように、暖簾が揺れるのです。


「お、渡君おったね! 聞いてよ!正義のヤツらがさー!」


 幻視と同じ顔に、おとーさんが思わず眼を見開くのは仕方ないことかもしれません


 しかし、その台詞は過去に根ざした幻視の中の妻が発するものとは根本的に違うもの。


「お父さん、ジロー! いないと思ったらこんなとこにいたんだ!」


 二人して淋しそうにしていたことが気になって、せめて夜食でも、と誘おうとしていた娘の、『現在』に息づく台詞に、負け犬二人は最後の最後で一矢報いたことを喜び、二人だけにしかわからないハイタッチを交わし、しみじみと更けゆく夜の屋台は、女性陣五人とデートを終えたポチを交え、夜を賑やかに彩るのでした。







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