キルゼムオールレポート・1








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第1話/ドクトルJ降臨




「出てけ。」





 その春の日……渡恭子の朝は、拘束されて始まった。

 枕元には目覚しと携帯とこわしや我聞の全巻セット。

 壁のポスターには燃えてードラゴン。

 両手足には拘束用のチェーン。

 うん、獄普通の―― 牢獄では普通の女子高生の朝の光景ですね。

 ええ。嘘に決まってます。

 そんな日常とはかけ離れた状態に、起き抜けの頭では反応しきれないのでしょう。「お?」と少々間の抜けた声を発した恭子に声を掛けるのはガスマスクとマントを身につけた、小柄な赤毛の少年の姿。


起きたようだな小娘。では改造術式を始めよう。 超強いボディーにしてやるぞ。感謝するがいい!

 3時まで起きてて思い切り睡眠時間が足りない上、起き抜けにこれでは、夢と思うのも無理はないです。

 しかし、いかに恭子が夢だと思っていようとも、ところがどっこい夢ではありません。

 どこの裏カジノの店長だ。

 でも、沼の店長な台詞はいいとして、「リクエストがないなら勝手にやるぞ」と、混乱している恭子をよそに現実にドリルとメスは迫ります。


 いきなりの展開に、恭子の脳内に走馬灯のように駆け巡るのは後悔やら妄想ノートの処遇やら。

 しかし、思い出の領空侵犯は「ハイハイそこまでー」の一言とともに突如振るわれたバットによって終了しました。

 まぁ、動けない状態で顔の両サイドにメスとドリルが降りかかってきた瞬間には一個大隊が襲い掛かってきたようですが、シューティングゲームのような戦力差をリアルで味合わなけりゃならないような圧倒的な絶望感は即座に安堵感へと変わります。


 恭子をバットの一振りで救い出したのは、従姉のエーコだったのです。

 救い出されたとはいえ、何故お盆以来疎遠になっていた従姉がここにいるのか、また、不審者がいるのに父の反応があまりに平凡なのか、という疑問を抱いた恭子は混乱の中、説明を求めます。


 リビングで説明されたのは恭子の常識を超えていました。

 初めて見た従兄弟・阿久野ジロー

 父の仕事を手伝っていたから親戚の集まりにも参加しないことが多かったという、その初対面の従兄弟にのっけから殺されそうになったことを抗議する恭子ですが、殺人犯だと思っていた従兄弟は「改造だと言っただろう?殺す気ならとっくにやっている」と斜め上の回答を返します。

 想像の外からの回答に「冗談はよせ」と抗議する恭子に対し、ジローの言葉を肯定する一言を発したのは父でした。

たぶんその言葉の通りだよ、キョーコ。2人の実家は悪の組織だから」

 あまりにもあっけらかんと説明したおじに「ンなあっさりと説明しちゃ駄目でしょ。構成員」と慌てて口止めを試みるエーコでしたが、状況は口止めをしても無駄な域にまで達していることを説明し、恭子の父は現実を受け止められない恭子に二人の実家について説明するのでした。


 その組織こそ、世界征服を狙っていた悪の組織・キルゼムオール。


 世間体もあって、親戚付き合い的には肩身が狭い部分もあったようですが、幹部が文字通り家族という辺り、実にアットホームな悪の組織です。

 きっと、海の家で焼きそば作ったり、着ぐるみで風船配ってたり、時々は周辺のゴミ拾いもやってたりする、地域密着型だと見受けられます。

 サモン・アラクネ覚えたことで以降のボスをより一層強敵にしてしまったクレバーな魔法使いも極東支部にいたに違いありません。

 残念ながら、嘘です。

 てか、明らかに違う組織(ダイナストカバル)です。


 ま、『台無しのカバ』はさておき、キルゼムオールの天才科学者・ドクトルJとして格好の改造素体を前に黙っていられるジローではありません。


 マッドサイエンティストとしては当然の思考回路。

 しかし、一般人には気に入ったら即改造、などというそんなイカレた思考回路はただただ迷惑なだけです。

 近寄らせたら本気で改造されることを察し、接近すらも許さない、とばかりに灰皿やら分厚い辞書をぶん投げて攻撃する渡恭子・乙女座15歳。そのコントロールは実に的確で、威力の上でも申し分なし。近接戦闘だけでないことを証明し、改造素体としての適性はますます高まるばかりなのでした。


 しかし、ジローにとっては改造はただ本能に根ざしただけのものではありません。


 ジローにとって改造とは、感謝の証であり、友好の現われ。

 世話になる駄賃代わりにただで改造してやろうというのに信楽焼きのタヌキとかを投げつけられてはたまったものではない、と不当な扱いを抗議するジローに、恭子は制作期間一ヶ月の軍艦模型を頭上に掲げたところで思い止まるのです。


 波○砲(の名を借りた本体による特攻)を止める原因になったのは、タヌキの直撃を受ける直前に放たれた「世話になる」というジローの言葉。

 ですが、説明を求めようにもジローはタヌキによって沈黙しています。


 その15年の人生の大半を研究所で暮らしてきたためでしょう……藤木キャラにしては意外に打たれ弱いジローに代わって説明するのはエーコ。

 世界を狙う悪の組織がある以上、その野望を挫く正義の戦隊があるのも自明の理。


 ましてや、季節は春……番組改変期です。


 季節的にも正義の戦隊と悪の組織は最終決戦をせねばなりません。

 そのような思い切り世知辛い背景が本当にあるのかどーかは知りませんが、キルゼムオールと同じく妙にアットホームな雰囲気でご近所の皆様に親しまれているであろうどこぞの正義の戦隊との最終決戦が行われたのは一昨日のこと。

 正義の側の緑色と最高幹部の一人が半ばいちゃラブ入ってしまい、緊迫感に欠けていることは想像に難くない―― しかし、いえ、だからこそ大首領的には別の意味で最も負けたくなかったはずの最終決戦はキルゼムオールの敗北に終わり、阿久野家は一家離散の憂き目を見てしまったのです。


 本来ならば世界征服を目指していた悪の組織の壊滅を喜ぶべきなのでしょうが、そこは日本人の感性と人情。親戚が一家離散した、ということに衝撃を覚えて思わず心配してしまう恭子でしたが、エーコは実にあっけらかんとした口調で家族は無事であることを告げるのです。

 しかし、身体は無事ではあってもアジトが壊滅した以上、阿久野家の家族が住む場所を失ったと言う事実に違いはありません。

 そういった経緯もあり、一家は散り散りになり、路頭に迷ったエーコとジローの二人に手を差し伸べたのが、渡家のおとーさんでした。

 部屋も余っているし、息子も欲しかった。何より、フサフサアフロに改造してくれるという義理堅さまで持っている。こんな得がたい甥っ子を世話しない理由などありません。

 まぁ、ついでに有線式ロケットパンチまで標準装備されている、というのはいかがなものか、とは一瞬だけ思ったようですが、折りしもサンデーでは代表的な漢武器であるロケットパンチの遣い手が退場したばかり。


 渡りに船とはまさにこのことです。


 と、まぁそんなこんなで家主の賛辞の言葉を受け、床に残していたダイイングメッセージを消しながら蘇生したジローは改造の素晴らしさ―― 長所を伸ばすことも、弱点を強化することも思いのままの素晴らしき改造人間生活のヴィジョンを示します。



 胸部の貧相な装甲に強化手術を施すことで、超重量、高性能の増加装甲を追加することも思いのままだ、と。



 逆鱗でした。




 イイ笑顔とともに繰り出されたのは、柔軟性と瞬発力に満ちた筋肉が生み出した、鞭のようにしなうハイキック。

 無駄な肉がない分殺傷力を果てしなく高められた、どっかの原始人であってもダウンを奪えそうな廻し蹴りをジローの頚椎に叩き込み、恭子は登校します。

 NGワードを述べたジローに退去を命じて。

 そのやり取りから、エーコは恭子と自分の最大の違いに触れたら自らの立場とか生命とかが光速で危うくなるであろうことを肝に銘じるのですが、ジローが刻み込んだのは、恭子の改造素体としての素晴らしい資質。ついでに言えば、刻み込んだ場所は肝にではなく、その頭脳。

 本当ならばタヌキを喰らった時よりもダメージは深刻なはずなのですが、痛みよりも歓喜が先に立ち、ジローは目を輝かせて立ち上がります。


 そこにフルスイング。




 姉の余りの仕打ちに抗議するジロー ―― しかし、エーコはそんな弟に溜息をついて言うのです。

 組織は壊滅し、最早ジローはただの一般人。


 組織が壊滅し、娘の一人はどこの馬の骨とも知れない正義の緑といちゃついているので、大首領も組織を『ネオ』とか『ゲル』とか言いながら模様替えする気も暫らくは起きそうにない。

 もうこの際いい機会だからジローは常識を身につけるように、と、ボストンバッグを手に半ば拗ね気味に家族の解散を宣言した大首領こと父の言葉を忘れたのか、と迫られて、ジローもうめくばかり。

 うめくジローに止めとなる一言が放たれます。


「そもそもここに住めないとまた野宿よ?」


 こんな時代だからこそ、雨ざらしの辛さは身に染みていました。


 だからこそ、エーコはジローに先ほどの失言をフォローするように言うのですが、悪の科学者のプライドがそれを許しません。

 しかし、プライドよりも、八双に構えられた金属バットへの恐怖が上回りました。

 ―― 殺られる!

 横に薙ぐことよりも、縦に振り下ろすことに適した必殺の構えと笑顔から放たれるプレッシャーを感じ取り、渡家を飛び出すジローの背中に、先が思いやられるとばかりに溜息混じりの呟きをもらすエーコですが、彼女も渡家のおとーさんもこれから始まるであろう楽しい生活に胸を躍らせるのです。

 まぁ、家主に発信機つけてるのは、流石の悪の組織の大幹部といったところですが、それを目の前でバラされてもなお笑顔でいれるおとーさんの方がむしろ恐ろしい逸材です。

 神殿は信用出来ないと思いませんか?地域密着型の悪の組織に興味はありませんか?

 再度出てきた台無しのカバへのリスペクトはさておき、三葉ヶ岡高校―― 1−Aの教室では爽やかな朝の空気を澱ませる怒りの塊が鎮座いたしておりました。

 ですが、魔神の怒りを鎮めるのはいつも決まって娘の笑顔。怒りを具象化したかのような存在であっても、二人の友人に声を掛けられてその怒りを鎮め―――― いえ、すいません。いかに友人とはいえ、話が胸囲に及んだら怒りは倍増するようでした。

 しかし、怒りの内圧が一気に高まったことによって瞬間的に爆発させたことが逆に功を奏したのでしょう、ひとまず魔神様のお怒りは収まり、その原因について語るだけの余裕は生まれました。


 恭子の言葉の端から男の臭いを感じ取った友人の一人、淡いウェービーヘアが印象的な、どことなくのんびりとした印象を与えるユキの「もしかして男の子関係?」という言葉に対し、ポニーに纏めた黒いロングヘアーと制服の上から纏ったジャージからも快活な体育会系というイメージをもたらすもう一人の友人・アキは「キョーコに男?ありえん!」そうばっさりと切って捨てるのですが、ユキの読みは当たっているといえば当たっていました。

 途端に思春期の娘さん達特有の好奇心を剥き出しにして恭子に問い質す二人ですが、二人の想像しているような恋愛対象の入る要素などない、むしろ迷惑極まりない存在である従兄弟が突然やってきた事を恭子は告げようとします。


 しかし、説明に用意した言葉から『悪の組織』『改造』という要素を抜いてしまったら、さらにエロっちくなってしまうのが言葉のマジック。そして、そのマジックに即座に気付くほどには、恭子は色気づいておりませんでした。

 言葉を吟味すること数秒―― 知らぬ間に大惨事に至っていたことを脳内のモーちゃんフジイによって知らされた魔神様は、誤解を解くために仕方なく二人に真相を明かすのです。

 魔神様の言葉に出てきた『悪の組織の科学者』という珍妙なフレーズに、ズケズケとした喋りではあるものの、常識人のアキは普通の反応を返しますが、ちょっとばかり普通とは違った感性を持っているユキは意外な回答を出します。


「でも要は文化が違うとこで育ったってことだよね その人。

 だったらその改造とか言うのもその人なりの誠意なんじゃないかなー?

 恭子にとって、その視点は盲点でした。

 しかし、そう言われてみたら納得できなくもない。

 ユキのその言葉に改めて自分の言動を振り返り、ちょっと言いすぎたかも、と思い直した恭子でしたが、残念ながらここは学校。肝心のジローはいるはずもなく、次の授業も始まろうとしている。

 しかも次の授業は体育。一刻も早く更衣室に向かわなければなりません。

 話を中断し、更衣室へと向かう準備を始めた恭子達の耳に飛び込んできたのは、学校を―― 特に女子の荷物を狙った空き巣が多発している、という担任の言葉。

 その言葉を受け、漢らしく「カバンごと持っていけばいいや。それが一番メンド臭くなくていいし」と言い切るアキと「コスプレ衣装入ってるから人目に晒すのは避けたいな」と、何気に爆弾発言カマしているユキですが、恭子はそんな大荷物になるのを面倒に感じ、とっとと更衣室へと向かうのです。


 思い返せば、それが間違いの始まりでした。


 ややあって、人気のなくなった教室の窓から侵入する影一つ。


 カバンに仕込まれた発信機の信号をキャッチしてようやく学校まで辿り着いたジローです。


「この町は来たばかりでよくわからん」と、電車を間違えそうになったキルゼムオールの幹部・ブラックレディーに似た愚痴をこぼしつつ、カバンからの発進信号を確認するのですが、そこでようやく教室に誰もいないことを悟ります。


 わざわざ出向いてやったというのに出迎えもない―― 手下の癖に生意気だ。ならば、と身の程を思い知らせるためにカバンに改造開始。


 何でもかんでも改造。これ、常識です。

 しかし、常識が通じない闖入者がやってきました。

 帽子にサングラス、マスクを装着した太った男。

 免罪符を得たかのようにメタボメタボ言うなこの野郎。ストレートにデブ言われた方がもっと気が楽だ。

 文章書いてる手品師野郎(デブッチョ・カッパーフィールド)の歪んだ怒りはさておき、恭子が戻って来たときに改造カバンを作動させるというタイミングを図るため、ジローが影で見ていたことには気付くことなく、不審な動きを繰り返していた太った男はたった今完成した改造カバンをやり遂げた男の顔で掲げ、回収の後、即座に離脱を計ります。

 さて、そのような仕打ちに治まらないのはジローです。

 キョーコのために完成させた改造カバン。余人に触らせる訳にはいかん、返せ!

 しかし、返せといわれて返すような奴はそういません。

 ましてや変質者であり、不審者であり、犯罪者。当然逃げます、カバン持ったまま。

 ああ、ドツボだ、それ。

 そんな読者の読み通り、キルゼムオールの天才科学者の解説を聞かないという不届き者には当然ながらお仕置きが下されます。

 マントを展開させる。

 それまでごく普通のマントのように見えていたマントが、自らの意志を持つかのように動き出しました。

 それもそのはず。ジローのマントは鉄をも斬り裂く攻防自在・変幻自在のオートマント。

 アンカーのように床にその一部を打ち込んで固定し、カタパルトとして射出するその姿にSPARCを思い出すのは多分ごく一部の漫画好き。

 でもジローもまた天才科学者とはいえ、『ALCBANE』の主人公・台場巽よりははるかに分厚い紙のあっち側の住人。

 そもそもあっちはクライムハンターで、こっちは悪の科学者。その差はあまりにも大きすぎます。

 また、装備のポテンシャルでは業界十指に入るとはいえ、装着者のその性質の差が出たのでしょう。自らを弾丸とする特攻攻撃は僅かに逸れました。

 変質者から逸れた軌道の先にあるのは引き戸。

 慣性の法則は正確に働き―― 誤爆。

 金属バットの直撃を二度も食らっても死なないジローの頑強さをもってしても即座に復活出来ないほどに、その誤爆の威力は大きすぎました。

 かくして、誤爆の隙を見逃さずに逃走を開始した変質者とジローのアイテムチェイスが、幕を開けるのでした。

 穏やかな春の日の下、校庭では体育の授業が進んでいます。

 しかし、晴れやかな空とは違いどんよりと曇っているのは恭子の心の中。

 ユキの言うように、言いすぎだったことが引っ掛かっていたのです。

 過ぎた言葉を反省し、話ぐらいは聞いてやろう、と思い直しては見たものの、やはりそれまでには時間があることで少々踏ん切りがつかない―― そう思った矢先、唐突に校舎の中から魔界の空気をまとってやって来た影二つ。

 そう。変質者とジローでした。

 シナリオの舞台を拡大し、侵蝕率をゴリゴリと高めてやってきた別の世界の住人に、恭子は自らの目がおかしいのだと光速で結論付けますが、カタコトになって侵蝕異世界の影響をやり過ごそうとするささやかな抵抗は、前を走るトラペソヘドロンの手にある荷物によって、溶鉱炉の前のアイスクリームの如くに融けました。

 面倒くさい、と教室に置いていったカバンの中には妄想ノート。

 絶対に見られてはならない妄想ノート。

 美化した自分イラストやら、自分ヒロインの恋愛小説やらを克明に記した妄想ノート。

 でも大丈夫!

 その年頃を経験した人ならば、かなりの人に覚えがあるはずです。

 ないとは言わせません。

 だって俺もその年頃にはウィザードリィの小説ノートに書いてたし。

 あー、何時の間にか悪のパーティ最年長のキャラの年齢(31・盗賊・人間)超えちゃったなぁ。

 つか、このサイトのコンセプトから考えてみたら、当時と殆んど同じだ。


 …………いつまでも少年の心を持っている、と言っていただきたいッ!!


 鬱を通り越し、開き直った馬鹿はいいとして、妄想ノートを人に見られることよりは戦うことを選ぶ武闘派怪人素体・恭子は逃げる変質者の前に立ちはだかります。


 油断してそのまま襲い掛かってきたらしめたもの。カウンターのハイキックで迎撃する準備は出来ています。

 しかし、ジローに追い立てられ、追い込まれていた不審者は逆上してナイフを取り出しました。

 ちょっと待て!武器に対する準備は出来ていない!

 思わず身を竦める恭子でしたが、痛みはいつまでも襲ってきません。

 恐る恐る目を開ける恭子の目の前に転がっているのは、触手のように自在にうごめくカバンの取っ手にその身を縛められた犯罪者。

 驚きに目を見張る恭子の耳に、「つまらん!!」上空からの怒りの叫びが届きます。

 叫びの主はもちろんジロー。

 オートマントによって空に舞い上がりつつ、男なんぞ縛っても少しも面白くない、と力説するのですが、恭子は一切合財乳がないので男と大差ありません

 てか、無乳を亀甲縛りにしようとした辺り、正直15歳な割にマニアックもいいとこです。

 しかし、マニアックな自らの趣味を悟られまいとするジローはついでに怒りも乗せて蹴りを叩き込みます。
 ジロー・ワイルド・ドリルキック―― 漢の浪漫武器の代表格、ドリルを模して展開・収束したオートマントをまとって放たれた飛び蹴りによって、潔くない三下はついに倒れるのでした。


 悪の幹部として、民間人に刃物を向けるという、悪の美学に反する行いを縛めただけに過ぎないジローですが、周囲の人間にはそうは見えません。


 むしろヒーロー扱いです。

 しかし、『幼稚園バスをバスジャックする&ダムに毒を投げ込む』という、ゴレ●ジャー時代から続く悪の組織の定番中の定番は、正直刃物よりも悪辣ですが、それはOKだとしたら、悪の組織の価値基準というものが判りません。

 ともあれ、緊張の極みから解放され、へたり込んだ恭子を案じて駆け寄るアキとユキに恭子は無傷であることをアピールするのですが、しゃしゃり出られたことで改造カバンを使わざるを得なくなったジローには心配してやる義理はありません。


 しかし、傍から見たらその行為自体が心配の現われであり、「キョーコを改造する」という言葉もただの照れ隠しにしか見えません。


 そこを指摘するアキとユキにジローは反論を試みますが、その必死になって否定する姿こそが、二人の言葉によって一歩引くことが出来た恭子にも、ジローの言動を表面とは違うものに見せる材料になってきました。

 一歩引いて生まれた心の余裕から「ありがと。助けてくれて。 ちょっとかっこよかったよ?」虚をついての踏み込んで、カウンター。

 恭子の放ったクリーンヒットに、アキとユキも快哉を上げます。


 しかし、カウンターを喰らったジローも一筋縄ではいきません。

 そう来るならば、と反撃を開始します。

 カウンターで喰らった屈辱は、妄想ノートの音読という最強のカウンター返しで返す!

 いや、ずっと家においてたから流石にやられたことはないけど、やられたとしたら絶対へこむっス。

 しかし、精神攻撃も行き過ぎたら物理攻撃によって抹殺されるのが世の常です。

 かくして、ジローのカウンター返しは無乳メガネ娘の左足によって粉砕されるのでありました。

 そして事件も落着、夜もふけて、わだかまりも溶けました。

 ただし、追い出すことはないにせよ、この晩にあてがわれたのは渡家の愛犬・ポチの小屋。夜露を凌げるだけマシと思え、とばかりにジローにあてがわれた小屋は意外に広く、ポチもおとなしい。

 なんだ、いい環境じゃないですか。

 一晩ばかりとは言わず、ポチいる限り生活したいくらいです(←犬派)。

 コレに懲りたら社会の常識を学ぶように、と命じるエーコに不承不承応じるジローですが、失敗、そして反省は悪の科学者には縁遠いもの!ジローはこの屈辱をバネに必ずや恭子を手下として改造し、キルゼムオールを再興することを誓うのです。

 そのテンションにつられて遠吠えをはじめるポチ。

 こいつら基本同レベルです。


 しかし、気配を察すると同時に遠吠えを止めるポチと違い、窓を開けられるまでその危険に気付かないジローの差が、ジローの命運を分けました。


 ――Let’s Shout!


 かくして、小屋から顔を出すだけの的と化したジローは、容赦ない投擲攻撃の標的となるのでありました。


 ―― 合掌。



第2話◆ジハクシール




ん?どうした? 食事かね、マドモアゼル?


 キョーコとジローの騒々しい出会いから一夜明け、爽やかな朝がやってきました。


 朝食を作るために早く起きなければならないキョーコはまだしも、日曜の朝だというのに早くも起きだしているエーコに対して、キョーコは意外な面を見せた従姉の生活サイクルに感嘆の呟きを洩らします。

 しかし、事実はキョーコの読みとは違いました。


 悪の組織は夜行性。ましてや幹部ともあろう者が暗躍せずして何とする。

 組織はなくとも刻み込まれたその魂はきっちり宿しているエーコは、その夜は一晩中起きていたのでした。

 組織なけりゃただのニートです。

 返す返すもニート脱出おめでとう、藤木先生(ファンサイト要素)。


 という訳で、今から寝ようとしているダメ人間を横目に、キョーコは『新聞を取りに行くついで』と称して前夜に投擲攻撃で沈黙させた迷惑な従兄弟・ジローの様子を窺いに向かうのです。


 しかし、そこにいるのはキョーコの気配を察して跳ね起きたポチのみ。ジローの姿はありません。

 尻尾をぶんぶか振り回し、くっきりとした眉毛の下にあるつぶらな瞳をより一層キラキラと輝かせるポチの口元には血の跡はなく、ジローの遺体を骨も残さず喰らい尽くした、というご近所づきあいに支障をきたすような事態には至っていない模様です。

 かと言って、あとの楽しみに取っておこうと小屋の周りに穴を掘って埋めた形跡もありません。

 となると、お仕置きがキツ過ぎたことで外に逃げ出した可能性が最も高い。

 あんなのを世に出すわけにはいかない。狩りの時間ね。

 緊急事態に武闘派ヒロイン・キョーコが呼び起こしたハンターの魂を感じ取ったのでしょう。しょうがない、とばかりに家の中を指し示して「ジローならシャワー浴びにフロ場へ言ったぞ」と促す渋い声。

 最悪の事態に至らなかった事に安堵し、声の主に軽く礼を述べるとキョーコは人騒がせな従兄弟に嘆息し―― 気付きました。

 時事ネタ・CMネタは容易に風化する、ということを。

 そして、風化しやすいCMネタを、ポチがしっかり拾ってしまっていた事を。

 エーコの続く一言で、これが自分の幻聴で無いことと、そして、ポチにジローの遺体を食われるよりももっとタチの悪い事態に陥っていた事を悟ったキョーコは、ポチを風化しやすい体質にしてしまったことをジローに質しに向かうのです。


 そう、ひとっプロ浴びてこざっぱりしたジローが悠々と身体を拭いている更衣室へ。

 脳裏に響き渡る効果音からも、メガネをかけていなくても一目瞭然という部分からも、インパクトは絶大なものであることは想像に難くありません。


 思わず謝るキョーコに対して、何らかの用事があって怒鳴り込んできたと言うのに、用件も告げずに突然謝りだしたキョーコの挙動にジローは訳が判らない、とばかりに詰め寄るのですが、流石にキョーコも年頃の乙女。妄想ノートに書くことは憚られていた部分を剥き出しに詰め寄るジローの顔面に、目を瞑りながらも的確なスクリューブローを叩き込むのでした。

 “お風呂でばったり”イベントは欠かせないイベントには違いない。しかし、読者サービスの見地から言えば男女逆でしょ?さぁ、主客所を入れ替えてもう一度。

 表情をそう述べるエーコの言葉を目を三角にして拒絶すると、ポチをどこぞの携帯電話のCMのマスコットキャラの如くに喋らせたことをキョーコは責めます。

 何勝手に改造してんのよ。サンデーにやっと帰ることが出来たばっかりだというのに、いきなりマガジンに行っちゃうじゃないの。

 ですが、キョーコの叫びをジローは否定して、「だからお前はアホウなのだ!」さながらどこかの流派・東方不敗の師匠の如くに王者の風を吹かせながら、懐から一枚のシールを取り出して高らかに宣言するのです。

 そのシールこそ、心の声を音声化するジハクシール!

 欺く事が出来ない本心を音声化することによって、文字通り、捕虜を尋問する際に使用する事が主要な目的なのですが、このように動物に使用する事で動物とも意志を通わせる事ができるという―― 実にオチが読みやすいアイテムです。

 そのようなベッタベタ……もとい、便利アイテムを風呂の場所を聞き出すために使用した事を問われて答えるジローに、キョーコはノリツッコミで応じると、ジローの頭をヘッドロックの形に掴み、さらに拳の雨を降らせるのです。

 拳よりも装甲板の方が痛い、と涙ながらに抗議するジローを見かねてキョーコを止めに入るエーコと渡家のおとーさん。しかし、「ポチがしゃべれるなんて面白いじゃないか」と言ってポチを抱き上げようとする所を、「気安く触んな」ときっぱりと言われています。おとーさん、家主なのにポチに対するカリスマはない様子です。

 カリスマのなさを指摘され、おとーさん、キレました。しかし、いかんせん怒りを基にしたハイパーモード、明鏡止水の心を持つポチには通用しません。


 背景で繰り広げられているガンダムファイトは兎に角として、エーコはこの家に厄介になる以上はこの家のルールに従う事、ひいてはキョーコの言うことを聞く事をジローに命じるのです。


 おとーさん、ルールとしては認められていないようです。

 しかしそれで収まらないのがジローです。エーコの命令ではあるものの、キョーコは改造素体として予定している相手であり、あくまで手下なはず。キルゼムオールの科学者だった自分が従わなければならない道理などない。


 ということで、ジローはヒエラルキーを確定させる事を心に決めるのです。

 さて、前日の騒動もあって決まっていなかったジローの部屋も決まりました。物置代わりになっていた部屋をあてがわれ、ジローは目を輝かせます。

 あとは荷物を片付ければ―― とエーコと渡家のおとーさんは片付け作業に入り、キョーコはキョーコで様々雑多な日用雑貨や夕食の買い物に向かいます。

「部屋に入るなよ?下着とか漁ったら殺す」とジローに釘を刺すのを忘れずに。

 エーコがかわいらしい顔をしていてもやはり悪の組織の幹部である事を、タンスをダンボールを乗せたまま持ち上げているところから明らかにしている中、ジローは自らの部屋からこっそりと顔を出しました。


 キョーコがいない隙を見計らって彼女の部屋に潜入し、その弱点を探すために。

 具体的に言えば妄想ノートをふたたび白日の元に晒すために。

 しかし、そのために用意した天元突破ドリルは、家庭用の電圧、という泣き所もあって作動しませんでした。

 てかどっから出した?

 まぁ、そんなツッコミは野暮ってものです。下手に動いたら動いたで危険だし―― 版権的にも

 ですが、ジローがドリルを出した意味はありませんでした。

 そもそも、鍵も掛かっていませんでした。

 一人相撲を繰り広げていた自らのテンションが恥ずかしくなったのでしょう、ジローは弱点を捜し求めて部屋を物色しますが、キョーコの弱点は見つかりません。正確には見えてはいるのですが、隠してもいないので逆に怪しまれもしません。

 ある意味なんか今週の絶チルのサプリと被ってなくもないような気がします。

 椎名先生、またやらかしちゃったみたいです

 てか、実は予知能力者なのかもしれません。

 まぁ、超能力まんが描いているうちに目覚めちゃった椎名先生はさて置いて、冷静になってキョーコの部屋を見回してみるジローは、イメージしていた「オンナノコの部屋」とは大違いの、実に漢らしい部屋である印象を抱きます。

 枕元に我聞全巻や少年向けのプラモという渋いセレクトは、『毛 知安』先生作の伝説の絶版漫画“下町カイザー”全15巻というマニア垂涎のラインナップでさらに明らか。

 突然現れたトラップを、回避する術はありませんでした。


 全巻読破に要した時間は2時間ほどだったでしょうか。目から流れる心の汗と、貴重な時間を浪費してしまったことを悔いつつも、カイザーの非業の死には流れる涙を止めることは出来ません。

 心の中で生きるカイザーに報いるためにも、目標を達成する事を誓ってさらにジローはキョーコの弱点を探すのですが、衣服やスーファミは出てきても、弱点らしきものは出てきません。


 まさか完璧超人か?弱点が出てこないと言う事実から、ジローの胸中に焦りが蔓延していく中、一つの引き出しに手を掛かりました。

 出てきたものは布製の丸いもの。

 広げてみると、白とブルーの横縞の三角の布を縫い合わせたかのような布きれ。


 スカート履きのハイキックでも晒される事のなかったそれがもたらす宇宙開闢級のダメージが、ジローを襲いました。

 あまりの衝撃に沈黙する事数秒。下着などに興味はない、と衝撃から立ち直ろうとしたジローでしたが、思春期の好奇心はそれを許しませんでした。


 目を瞑って直したはずのそれを再び手にとってしまい、そこで時間切れ。

 部屋に戻ったキョーコが見たものは、窓の開いた部屋。

 自分が開けて出て行ったのか、それとも父が換気で開けたのか、釈然としないままにキョーコは窓とカーテンを閉めるのです。

 間一髪で窮地を脱したものの、ジローは自らの胸を満たす情けなさに苦痛の表情を浮かべます。

 これではただの間男です。

 図らずも絶チルのサプリと被ったからでしょうか、あまりの情けなさにジローの心の中の真木司郎が涙を流している様を見て、ポチが声を掛けます。そう、渋さ満点のあの声で。

 ポチ、漢です。漢度は間違いなくこの渡家に存在する男衆の中ではトップです。あまりの漢っぷりのよさに、ジローも涙を流して師と仰ぎます。

 しかし、マントを羽織って夕陽の中で師匠を前に涙を浮かべると言う、どっからどう見てもGガンのパロにしか見えない光景も音速で終了します。


 弱点が判らないなら、キョーコにジハクシール貼りゃいいだけじゃん。

 気付いたからには、あとは行動あるのみ。

 夕食の準備が出来た、と呼ぶ声もする。


 誰が主人か判らせる時が、ついにやってきた。

 意気揚揚と扉を開く。

 ささやかで暖かな、そして、心を尽くした食卓が、そこにありました。

 そう、昨日のゴタゴタのせいで出来なかった、エーコとジローの歓迎会の準備が出来ていたのです。

 ジローへの侘びの意味を込めて、ジローが好きだと言うコロッケも用意して。

 料理もうまかしいい嫁になれる。むしろあたしの嫁にならんね。


 現在消息不明の三女と同じく筑後弁を操ることで、キルゼムオールのベースが筑後地方にあったことを証明するエーコの矛先が、不意にジローに向かいます。


 不意に話を向けられて、思わず強がってしまうジローですが、その漢らしくない姿を見かねたポチは本音を語らせるべくジローの右手に収まっていたジハクシールを奪うと、すぐさまジローの背中に貼り付けるのです。


 ポチ、何かと頭良過ぎです。


 『この程度の歓待でオレを屈服させようとは片腹痛い!せめて10倍の歓待を以って当たらねば、オレを屈服させる事など出来はせぬ』と、追い詰められた提督のような物言いをしていたジローでしたが、ジハクシールによって本音を吐かなければならないジローの台詞は、「くっそう!! 可愛いではないかキョーコ!!」瞬時に本音に変わります。


 ほら読み通り。


「生意気だからギャフンと言わせてやろうとしてたのに、可愛い所を見せられてしまっては惚れてしまうだろ!!」と、さらに続く本音の声に本音を吐いた側も吐かれた側も慌てふためく中、とどめとなる一枚の布キレが落ちてしまいます。

 そう、キョーコの部屋で思わず手に取ってしまった縞のパンツでした。

 結局、怒れる魔神様の逆鱗に再び触れたジローは、せっかくのコロッケを食わせてもらえないまま歓迎会を終えるのでありました。



 でも、犬にコロッケは大変危険だと思います。アレがコロッケでない事を祈りたいです。




第3話/見事なカラダ




「どうやらオレはお前が必要らしい」




 夜空には満月が、高いところには悪の幹部がよく似合う。

 今日も今日とて屋根に登って月光にその影を落とすその姿は、当然ながらジロー。

 しかし、猪突猛進の悪の科学者・ジローの脳裏に渦巻くのは、ハイキックやらブルマやらストライプ―― いやいや、その源泉であるキョーコの姿。

 ジローは経験したことないその感覚に戸惑い、迷い、そして、自らの気持ちと向き合って、一つの結論を出すのです。


 そして翌朝。寝る前に読んだ下町カイザーの続編を脳内で補完し、納得行く結末に再編しようとする、二次創作書きの初期症状を夢の中とはいえ発症させて周囲をドン引きさせる修羅の道へと足を踏み出そうとしたキョーコの眠りを「ぐっもーにんキョーコー!!」ジローの声が引き裂きます。

 朝も早いと言うのに爽やかな笑顔でズケズケと踏み込んできたジローに抗議の呟きをもらすキョーコですが、キョーコの抗議もお構い無しにジローはさらに踏み込んで続けます。

 キョーコを見ると、胸が高鳴ること。心が躍ること。組織にいた時には感じなかった感情が、キョーコを思うだけで湧き出してくること。それらの感情をストレートにぶつけるジローにキョーコは赤面してしまいます。


 無理もありません。普通に見れば、充分に愛の告白です。

 しかし、残念ながらジローは普通ではありませんでした。

 常識が備わっていないこともあり、ジローが自らの中で出した答えは、ラブコメではなくどたばたコメ。

 ただでさえつり橋効果の疑いも強いのに、そう簡単に恋愛感情に結び付けていられるか!と言わんばかりのせめてもの意地を感じます。

 つか、キルゼムオールの怪人は、その名称が判っているだけでも『デスカブト』『キラークワガ』『ポイズンモンシロー』と、素体は基本的に昆虫ベースであることから考えると、キルゼムオールが健在だった頃に人間を強化改造した可能性は正直低いです。


 そんなところに降って湧いた優秀な改造素体。興奮するのも当然です。

 あ、いや、どう見ても我聞がいることもありましたが、ギガグリーン一人に倒されていた辺りから考えれば、きっとアレは再生怪人の類です。

 それはそうと我聞で思い出したけど、今週(2009年8号)のサンデーの枠外特集は『サンデー歴代ヒロイン特集』だったけど、こわしや我聞のヒロイン・國生さんがきっちり出ていたことについては評価しよう。

 しかし、工具楽屋が『家具楽屋』と誤植されてたり、隣のクラスなのに『同級生』となっていたのは許せねぇ!間違えるなコンチクショウ!!

 ……と、超増刊ネタとか旧作ネタを引っ張りすぎて、ついていけない人が出てしまうのは問題だから話を戻しましょう。


 ジローにとってもこれだけの可能性を秘めた人体の強化改造は初めてのこと。興奮を隠し切れない様子で迫ります。


 しかし、そうなったら今度はキョーコが収まりません。


 このドキドキを返せこの野郎、と殴り飛ばすキョーコにジローは当然抗議しますが、その抗議は受け入れられることはなく、キョーコは今日も今日とてジローの魔の手から逃げようと試みるのです。


 そして、そんな光景を面白くなりそう、と眺めるエーコと、朝からチャーハンと言うちょっと重たいメニューで胃に負担をかけようとする渡家のおとーさん。

 騒がしさはあるとはいえ、ポチに『モジャ夫』と呼ばれている辺り、大黒柱に威厳のない渡家は、今日も平和でした。


 しかし、キョーコは学生。騒々しくも平和な渡家に留まるだけではいけません。


 という訳で、キョーコは登校するのですが、授業のせいで気詰まりしそうな学校が本当は癒しの空間だったのだ、と、なにやらくたびれた社会人一年生のような感想を抱き、半死半生となっているキョーコをアキとユキは心配げに見下ろします。


 その原因があの従兄弟にあるのだろう、と尋ねるユキに力なく答えるキョーコに、「男ってのはわからん生き物だから」と、ちょっと聞きかじった程度の知識で応じるアキですが、ユキはそこからさらに一歩前に進み、「そりゃ何かしらのドキドキイベントはございますよね――!」と踏み込んだ質問でさらに切り込みます。


 その質問に最初に思い出すのは前日の朝の衝撃映像。確かにあのインパクトは大きかった。


 続いて思い出すのはファーストコンタクト。ドキドキというか、あの思い出の領空侵犯は死ぬかと思った。


 心臓に悪い記憶をまさぐられ、思わずうめきをもらすキョーコの反応を、肯定と見た二人は好機とばかりにさらに詰めよりますが、その反応はむしろ生命の危機によって生まれたものだから、と必死に否定するキョーコの耳に、意外なところから意外な声が飛んできます。


 声の源はカバンの隙間。


 カバンの中から覗く目と、僅かに突き出た左手の指。


 正直謝ってしまいたくなるホラー的なインパクトに、ヒロインらしからぬ声を上げて驚くキョーコに、カバンの中を亜空間に改造した、とジローは豪語して、説得は持久戦に入ることを宣言するのです。


 つくづくどうしてこれで負けたのか、正直不思議なくらいです、キルゼムオール。




 ポイ。




 カバンを三階から投げ捨ててはいけません(ポイ捨て自体しちゃいけません)。


 血みどろになり、必死の抗議をするジローに、キョーコは「お前は死んだはずのッ!?」とばかりに驚きますが、ジローが持久戦のためにカバンの中に持ち込んでいた『下町カイザー』のコミックスがのっぴきならないことになってしまった事を知らないアキとユキは、ジローに対する認識はあくまで中庸です。


 先入観なくジローに接することを選択し、ごく普通の挨拶に終始します。


 その挨拶に対して彼なりの普通で応じるジローですが、その発言はあまりに抽象的であり、取りようによっては思春期女子の想像の翼を際限なく広げるものでした。


 主に肉体的にエロスと縁のなさそうなキョーコが、何時の間にかあっち側に行っていたことは、アキとユキ、そして、その他の同級生に衝撃を与えます。


 しかし、その誤解に収まらないのは、クラスでは清純派だった、と自称するキョーコです。その間違ったイメージを払拭すべく、涙混じりに繰り出したハイキックでジローの顔面を捉えると、粉々に吹き飛ばされた本来のイメージを探すために教室を駆け出すのですが、いかんせんキョーコです。色気的には清純派の定義に入るだけの最低限の条件は満たしていない気がします。


 せめておキヌちゃんとか國生さんレベルは必要です。


 はい。キョーコには、奇跡(作者ドーピング)でも起きない限りは無理ですね。


 ですが、一撃を喰らったジローはキョーコの本質を誰よりも知っています。


 何が清純派だ!潔く武闘派ヒロインとして改造手術を受けるのがいい!


 その口説き文句を胸に、身体が言うことを聞かないのであれば、代わりの足を使えばいい、とばかりにオートマントを展開して改めて説得に向かうジローでしたが、武闘派ヒロインによって改めて三階から蹴り落とされるのでした。


 ジローを撃退し、屋上の片隅で自らの清純派路線を確認するキョーコ。


 クリスマス―― 光覇明宗の偉いお坊さんが言っていた、一人でいないとサタンがやってくる日。


 バレンタイン―― バテレンの日?


 ホワイトデー ―― 一ヶ月で三倍のボッタクリ金利の合法的取立て日。


 海辺でナンパ―― 私の後に立つな!


 オーケー、問題なし。ちょっと釈然としないけど、浮付いた気持ちなんか何一つない。そう自らのマインドセットを行うキョーコ―― きっと、キョーコの辞書では、“清純派=武闘派”なのでしょう。


 だからこそ、悪いことをした、と言う気持ちもない。故に、ジローの行動が嫌がらせにしか思えてこない。


 何が悪いと言うのだ―― 結局のところ、従兄弟と似た結論に基づいたその思考の袋小路に入り込んでしまったキョーコの耳に、聞きなれた声が飛び込んできたのは、その時でした。


 背後の給水タンクの上から掛けられたその声の正体は、面白そうだから、とつけてきたエーコ。


 見た目はどっかの演劇同好会の会長ですが、思考はむしろどこぞの陽気なマッドサイエンティストと同一の彼女は、弟が兄弟の中でも最もクソ真面目であったこと、そして、家業を優先して学校にも行かなかったからこそ、今の常識のない彼になってしまったのだ、とキョーコに言うのです。


 その事情を知り、流石に一方的にこちらの事情を突きつけるばかり、というのは良くないと思いなおすキョーコではありますが、それでもなおあちらの論理でこちらの生活を破壊されるのはたまったものではありません。


 ならば、とエーコは秘策を授けます。


 これならイチコロ、という秘策です。


 ただし、訓練された藤木ファンならば、その秘策はGHKデルタ1の秘策と同じものだ、ということは一目瞭然。


 下手するとヘタレ科学者のいっちょ上がりです。


 ですが、ジローは栄光あるキルゼムオールの天才科学者。どこかのヘタレ社長とは一味違います。


 まぁ、國生さんの視線にあっさりヘタレた我聞と違い、プレッシャーをプレッシャーと感じないだけ、というだけの話でもありますが、キョーコの視線を受け止めて、ジローはキョーコの要求したギブ&テイクを受け入れます。


 いとも簡単に厄介なジローをコントロールできたことに喜び、キョーコは秘策を授けたエーコに尊敬と感謝の眼差しを向けようとするのですが、彼女は感じ取るべきでした。


 授業前だというのに、屋上にあまりに多くの人の気配があることに。


 そして、エーコの背後には、スナック菓子やクーラーボックス、のぼりがあったと言うことに。


 かくして、エーコに伝授され、ジローに宣告した交換条件―― 言うことを聞いたならば、身体を好きにしていい―― この言葉を実況のアキや解説のユキをはじめとした数多くのギャラリーの前で公言することになったキョーコは、エーコからもハシゴを外されて、エロスかどうかは兎に角としても、確実に自らが目指している清純派ヒロインの道からはスピンナウトするのでありました。



第4話◆危険分子は排除




「聖戦 発動じゃああ!!」




 闇の中、一葉の写真を手にする男の姿が一つ。

 写真の中に収まるのは、なぜかカメラ目線のジローと、すみっこでありながらも明らかにカメラを意識しているエーコの姉弟。

 キルゼムオールの情報が流出しているはずもありませんが、盗撮にしてはあまりにもお粗末過ぎます。

 まぁ、流出してるとか何とか言う前に、「写真撮らせてー」「ウム、よかろう」というやり取りがあったという可能性は否定出来ません。というか、この作品世界のユルさからしてその可能性はむっちゃ高いです。



 ……さて。



 その写真に収まっているジローそのものについてというよりは、ジローとキョーコとの関係を重視した説明を受けた、丸メガネをつけた古代進、と呼ぶに相応しい風体の『会長』と呼ばれた男は、嫉妬からでしょうか―― その説明が『キョーコの体はオレのもの』発言に至ったその時、ジローの写真をビリビリに破り捨ててしまいます。


 由々しき事態だ。よろしい、ならば戦争だ。

 緊急事態にあることを自覚し、彼ら―― 渡キョーコファンクラブは敵の存在を認識するのでした。

 一方、『アキ』こと中津川秋穂(なかつがわ・あきほ)と『ユキ』こと東雲雪路(しののめ・ゆきじ)は、思わぬところからやって来た友人、キョーコの浮いた話に興味と興奮を隠し切れません。


 言うなれば永久の凍土を割って種が芽吹いたようなものです。

 エターナルキョーコブリザード、相手は死ぬ。そう言われ続けていた鉄壁(主に乳的に)キョーコに浮いた話です。興奮するのも当然といえば当然です。


 しかし、肝心なキョーコの反応は鈍いというか、出来るだけ忘れておきたい。てゆーか触れるなこの野郎。といった、極めて消極的なもの。


 その面白くも何ともないリアクションを無理矢理にでも活性化させるべく、「もうジローくんに体を好きにさせたげたの?」と、爆弾を直球で投げつけるのは当然ユキ。


 興味はありつつも清純派を気取りたいアキには出来ません。「ユキさんすげー」と、すっかり精神的に舎弟です。


 勿論、清純派を自称していたキョーコにも効果は絶大でした。なんと言われようともゴール前に鍵をかけてしっかりと守る心算でいたキョーコのディフェンスラインはユキの一言で完全に崩壊してしまいます。


 キラーパサーなユキの揺さぶりを受けてゴールを割られてしまった以上、守りに徹することは出来ません。キョーコはジローに絡んだその会話に参加せざるを得なくなり、結局傷口を広げる一方なのでした。


 さて、そんな傷だらけのキョーコを幸福そうに眺める視線が4つありました。

 誰も気付かないというか、気付かない振りをするのがせめてもの情け、といった感もあるその四つの人影こそ、一見すると文学少女に見えるのに実際は学校で妄想小説なんて書いている戦闘マシーンという訳の判らないギャップにやられてしまった変態男子の集団である渡キョーコファンクラブ…通称『渡クラブ』の四人の猛者たち。


 ……どうにもゴロは悪いです。


 しかし、ゴロは悪かろうとも、どっかズレまくっていようとも、ナレーションがフォローまでもなく立派なストーカーな彼らはキョーコの姿が見れればそれだけで幸せ。踏まれたならばそれだけで満足行く死を迎えてしまいます。泥なんてなんだい


 『満足行く死』の一言で思わずガマの変化を前にした真由子になってしまう、実によく訓練されたサンデー読者はさて置いて、HRの時間がやって来たことで仕方なく渡クラブの面々は解散し、自らのクラスへと戻ろうとするのですが、彼らの理性は担任の後に存在する不審人物によって吹き飛びます。


 マントにガスマスク、右手には巨大な工作用ドリル。


 確かに恐ろしいです。基本男にヘタレが多い藤木作品とはいえ、渡クラブの一人がやったように失禁の一つや二つしてもおかしくはありません。

 ですが、むしろその不審人物を自然に流している担任にこそ恐ろしさを感じます。


 担任といい、渡家のおとーさんといい、この作品の大人のスルー力は並大抵ではありません。


 で、思わずあまりにも心当たりがありすぎる不審人物に飛び出してしまったキョーコに、「なんだお前ら知り合いか」とジローの出で立ちについては軽く流したまま、ジローがこのクラスに転入してきたことを告げるのです。


 信じられないその言葉に驚くキョーコですが、ジローにしても、エーコが面白がって考えついた『ガッコウに通って社会常識を身につける』という案はキョーコを監視下における上、自らの上達振りをアピールできるまさに一石二鳥の策。


 乗らない訳はありません。


 ですが、キルゼムオールの科学者であることを音速でバラしたり、キョーコの体は予約済みだとアピールしたりと、自己紹介から常識はありません。


 ひとまずジローはその自己紹介で『凄いキャラがやって来た』というインパクトをクラスメイトの面々の脳裏に刻み込むことには成功したようですが―― せめて『改造』の一言をつけろこの野郎、とばかりにジローの頭に飛び左後ろ蹴りを捻じ込むキョーコの姿は、ジローの刻み込んでいたインパクトを速攻で上書きするのです。


 しかし、キョーコが武闘派ヒロインであることを知っている渡クラブの面々はクラスメイトのようにはいきません。


 予約済み―― そのあまりにも大きい一言が響き渡ります。


 そして――“予約キャンセルさせちゃえばいいじゃん?”


 天啓にも似たその響きが会長の脳裏を揺るがしました。


「全ては渡(わたり)さんのために――!!」

  ……通して書いたら、絶対に『わたさん』にしか見えないな。


 書き起こしているヤツの愚痴は兎に角として、キューピッドに扮したキョーコの導きの元に、彼らの聖戦は始まるのです。


 そう、これは聖戦なのだよ。聖戦だからこそ、女生徒から制服を失敬するのもオールオッケー(犯罪です)。


 第一、ハーマイオニー化・女装はサンデーの最近の流行!


 綾崎ハーマイオニーや皆本ハーマイオニー、メカ皆本ハーマイオニー、京介ハーマイオニーといった本流に加え、某頭脳はオトナ・身体はコドモの名探偵漫画ですらも、別作品からの客演してきた泥棒がメイドに化けるというトンチキ極まりないことをやっています。だから、新作だろうと遠慮なくどんどん取り入れるべし!


 つか、ええ加減完結させろよ……探偵ネタも泥棒ネタも。


 というわけで、キョーコにぶちのめされた傷を癒すべく男子トイレの洗面所に向かったジローをターゲットに、いろいろと歪んだオペレーションが幕をあけるのです。


 そんなことはつゆ知らず、洗面所でハンケチを濡らして患部を冷やしていたところを突然抱きつかれ、「渡さんじゃなく、私を好きにして下さい」と懇願する、やけにゴツい女子生徒に思考をおよそ3秒停止させたジローですが、志願してやって来たならば、と拒む理由はありません。当然ながらジローは『彼女』の申し出を受け入れます。


 もちろん『彼女』は会長です。自らの裏声が美少女ボイスである、と信じ込み、脛毛処理もおざなり……そもそもハーマイオニー化は主役級にのみ与えられた特権なのに、ぽっと出の脇役風情でありながら『ミッションは成功した!このままこやつの評価をガタ落ちさせてしまえば全ては終わるわ』とちょっと目覚めかけながら思い込んでいる辺り、勘違いも甚だしいです。


 そして、身のほど知らずな勘違いは身を滅ぼすことに繋がることも、彼は知りませんでした。


 無論、ジローが受け入れたのは、改造素体として志願してきた、ということ。


 オートマントによって戒められた会長は、やっと自分のキャラ、というものを理解するのです。


 しかし、理解したところであまりにも遅すぎました。


「キョーコの胸を大きくするための実験台になってもらうとしよう」


 ―― キョーコの胸を大きくするのは、それほどまでのリスクを伴うものだったようでした。


 一方、渡クラブの一同からの報告を受けて件の男子トイレへと向かったキョーコの脳裏には「女の子なら誰でもいいのか?そもそもあたしを好きにしたかったのじゃないのか?」という、聞かれていたならば、取り様に拠らずとも、確実にアキを赤面させ、ユキにいじられることは間違いない言葉が渦巻きます。


 つくづくここにジハクシールがない事が悔やまれます。


 男子トイレの扉の向こうからはやけに野太い悲鳴と「痛くはない 安心しろ」というジローの諭すかのような言葉。


 ユキが期待し、アキが赤面しつつもやはり興味に勝てずに覗き込もうとする光景がそこにあるのか―― そう思いつつ開かれた引き戸の向こうでは……汚された自分への鎮魂の涙を流す会長の背姿と、全部ひん剥いてやっとそれが男だったことを知ったジローの姿がありました。


「まァいい、男だろうと関係ない。 お前の体、好きにさせてもらうぞ」


 その言葉に「?」マークを頭に張り付かせるアキと、敏感に反応するユキをよそに、耽美系という妄想ノートに描く新ジャンルを幻視してしまったキョーコは、会長の悲鳴を無視して静かに引き戸を閉ざすのです。


 状況を把握できていなかったアキをユキが自らの得意分野へと誘導し、彼女を毒しようとする中、この事態そのものを見なかったことにしようとするキョーコでしたが、渡クラブの一同によって閉ざしたはずの扉は開かれ、結局会長の巨乳化プロジェクトは『なかったこと』になるのでありました。



第5話◆なれるぞ?




「アホかきっさまァァァアアア!」




 悪の組織の幹部は高いところが好き!


 ついこの間まで悪の幹部をやっていたエーコもまた、崖の上や鉄塔の上といった高所に立つことが大好きです。


 買い出しに出ていたものの、ついつい日頃の習性で鉄塔の上に立ってしまった彼女は、眼下に広がる風景と地上をはいずる愚民どもを見下ろすその眺めのよさを楽しみつつ、電線の上を通るといった無駄に優れたバランス感覚を買出しから帰途についていたその頃、三葉高校では、ジローに対する渡クラブの皆さんの誤解が解けていました。


 まぁ、とりあえずでキョーコにボコられたジローの頭には一個80円のブロックが食い込んではいますが、それは即ち『まぁ、コレくらいやってもジローなら死なない』という信頼の証です。気にすんな!


 しかし、渡クラブの面々の誤解が解けたとはいえ、今度はジローが納得いきません。ジローは彼らに何が目的で近づいてきたのかを問い質します。


 それに雄々しく応えるのは、白ランを纏った会長レッド赤城、マッチョなカメラ野郎会員ブルー青木、何かにつけて踏まれたがる会員イエロー黄村、一見まともそうに見える会員グリーン緑谷……彼ら渡クラブの4人の漢達!


 ですが、高いところから飛び降りるとともにポーズをとって見得を切る、という彼らの行為は、ジローにとっては天敵である戦隊を思わせるものでしかありません。


 反射的に攻撃してしまうジローですが、決めポーズ中の攻撃は、ジュネーブ条約にも南極条約にも反しています。赤城会長はジローのその常識のない行為に当然ながら猛抗議し、ジローをたじろがせるとともにキョーコを感服させ、ついでに、ユキの興味を引くという三つの偉業を同時に成し遂げます。


 そんなわけで唐突にやって来た渡キョーコファンクラブの面々に、アキはもちろんキョーコ本人も驚きの色を隠せませんが、知られなくて当然です。彼らはあくまで遠くからキョーコを見守ることで充分―― 中にはダイレクトに踏まれたい、という性癖の持ち主もいますが、彼一人をピックアップするまでもなく、渡クラブの皆さんは既にキョーコの薄い胸や腰や尻を想像して感涙を流せるほどの変態揃いなので問題ありません。


 肖像権を侵害されているという怒りに震えるキョーコをよそに、ジローが従兄弟であり、居候である、ということに安堵する彼らが明鏡止水の心を取り戻そうとした矢先でした。


「いや、イトコって結婚できるよ?」


 確信犯的なユキの言葉に、渡クラブの皆さんの心は細波立ち―― 「よくわからんがキョーコの体ならオレのものだぞ?」ジローの付け髭とブランデーグラスを伴うダンディズムに満ちた言葉と振る舞いに、会長をはじめとした渡クラブの一同は怒りとともにハイパーモードに突入します。


 しかし、戦いを決意したとはいえ彼らはやはり一般人。戦う手段もUNO、クイズ、将棋、『いっせーのせ』と、あまりに平和的……気軽に致命傷を与えることが出来る戦闘マシーンのキョーコのようにはいきません。


 それはそーと、緑谷が勝負の題材に選んだ『いっせーのせ』ですが……ウチの方(福岡県筑豊地方)では『んー』とで呼んでました。全国各地でなんと呼ぶのか……よかったら掲示板にでも情報頂けたら嬉しいです。


 それはさておき、買出しから帰ったエーコがポチをアイスで懐柔したのと刻を同じくして、キョーコはジローの言う『体を好きにしていい』という言葉の真の意味を語るのです。


 他にどのような意味を持つのをユキによって語られるのは、アキの手によって阻止されましたが、改造、という言葉には流石に常識のない渡クラブの一同も疑問を覚えてしまいます。


 こうなったら力ずくでも―― そう思った矢先でした。


 スケブを持った会長が、ネコミミにステキ改造されたキョーコのイラストを示したのは。


「こんな感じのネコミミ娘にしてもらえるなら協力は惜しまんがどうかね!?


 天才の出現です。


 雷鳴の如きインパクトに、否定的だった空気は一気に逆転しました。


 いやいや、犬耳に首輪とリードも捨てがたい。メガネありもいいけどメガネ無しも。ウサ耳もいいじゃないか。尻尾が弱点なのは決定事項―― 一気に活性化した空気に誘われ、ユキもまたこれまで培ってきたコスプレ知識を披露してキョーコの魔改造会議に加わろうとします。


 約一名には不評ですが、多数決は民主主義の常識だし、何より改造素体の意見はあってなきが如し。キョーコを蚊帳の外に盛り上がるのです。


 ですが、悪の組織は独裁組織。会長の出した意見はジローの一存で却下されます。


 魔改造であるからには巨乳は必須!巨乳大好き。女子高生最高ー!心の中に息づく今は亡き安藤&島さんの赴くままに、ジローは主張するのです。


 ですが、その主張は思わぬ反撃を呼び起こします。


 小さいは正義!小さいからこそ渡さんなのだ、大きくしてどうする!本人も気にしているんだから、そこには触れるな!まったく、これだから素人は困る。


 安藤&島さんというスーパーバイザーの意見を否定する、矢継ぎ早の反対意見の数々に困惑するばかりのジローには、渡クラブの皆さんを飛び越えて、鷹のように飛来したキョーコの右脚を躱す術はありませんでした。


 そして翌日―― キョーコの怒りが収まらないまま、ということもあってメシ抜きで学校に来たため、空腹感も限界に近づいてきていたジローは一縷の望みを託して自販機を操作します。しかし、というか、当然ながら自販機は慈善事業ではありません。金出せやこの野郎、とばかりに沈黙を守る自販機に、科学者としての習性で機械の声を感じ取ったのでしょうか、オートマントを使っての実力行使に出ようとします。


 たかが機会の分際で何事だ!こうなったら従順な自動販売ロボットに改造してくれる!


 ですが、「何やっとるか、阿久野ジロー?」の声とともにジローの実力行使は寸でのところで止められました。


 振り向けば、そこにはキョーコの手下どもの姿があります。


 マルクス主義の敗北と資本主義の残酷さを、空腹感によって知らされたことを述べるジローに救いの手を差し伸べたのは、会長でした。パンぐらいは食わせてやるから、改造案について意見を戦わせたい、という赤城会長の言葉に、感謝の改造を行おうとするのですが、それは超却下しつつ、彼らはファンクラブの部室へと向かうのです。


 ファンクラブを自称するだけあって、そこはぬいぐるみやフィギュアや写真やイラストといった、360度全てがキョーコだらけという、流石のジローも驚きの魔窟。


「本来ファンクラブだから部室はないけど、会長は生徒会長でもあるからウラからちょちょいと」とは緑谷の弁ですが、明らかにストーカーの所行だというのにOK出してる三葉ヶ岡高校の教員の皆さんは、正直眼が腐ってるか節穴かのいずれかだと思われます。


 というか、こんなの会長にして大丈夫なのか、生徒たち。


 しかし、ジローにはツッコミ入れるだけの常識がないのでスルーです。ただ、そういった面でスルーすることが出来ないジローであっても気付いたことがありました。


 近距離から撮影された写真がことごとくブレてしまっているのです。


 普通に撮らせて、と頼んでも断られてしまったため、隠し撮りで対応しようとしたブルー青木に対し、キョーコは野生の勘に基づく超反応でことごとく対応し、近距離からの撮影を阻止され続けていた―― ますます改造素体としての資質は増すばかりです。

 ですが、彼らの『表情豊かなキョーコのいい笑顔を収めたい』という望みには不純さは殆んどありません。少しはあるかもしれませんが、そこはそれ。

 だからこそ、このような言葉が口を吐いて飛び出すのです。

「透明にでもなってもっと近づけばチャンスは増えるかもしれないっスけどねー」

「なれるぞ?」


 即答とともにジローが取り出したのはその名もズバリ『透明クリーム』!


 全身に塗るだけで透明になれる、隠密行動のためのアイテムでしたが、いかんせん全身に塗る必要があるために使い勝手が悪いという欠点を抱えている発明だった、と述懐するジローに、会長達は半信半疑の眼差しを投げかけるのですが、ジローは一宿一飯の恩義は忘れない漢です。パンの恩返しを兼ねての「使ってみるか?」の一言に、騙されたと思って実行に移す会長の右腕が―― 透けていきました。


 その光景に渡クラブの面々は一気に興奮の度合いを高めます。


 何というか、このノリは『透明人間になれる薬を手に入れたぜ』という台詞ではじまる、10年前のコンタクトのCMを思い出します。


 あのCM、サンデーの巻末アンケートで村枝先生も絶賛してたよなぁ……『頭いいなお前!』って、あのCM考えついた人に言ってやりたいです。「頭いいなお前!」


 書き手のノスタルジーはさて置いて、透明になったもの同士は認識できるという事実に首を傾げる彼らに、光学的に透明になっているのではなく、次元座標をズラして透明になっているように見せているだけだから、同一の次元にズレた者同士が互いを確認できるのは当然、とジローは説明しますが、いかんせん彼らは一般人。ジローの説明では判りません。


 しかし、その疑問を解消するために黄村は格好の素材を発見しました。


 素材―― すなわち部室棟の近くを歩くショートのオデコさんとロングさんをターゲッティングするとともに、彼女達の行く手に転がり、踏まれる

 踏まれフェチとしての性癖を満足させつつ、性能チェックも行える一石二鳥のアイディアを見事に成し遂げ、感涙に咽ぶ黄村をはじめとした渡クラブの会員の絶賛を受け、ボツになった程度のアイテムでこれほど喜んでいただけるとは、とばかりに満足の笑いを浮かべるジローが、肝心な部分を言及しようとした矢先―― 会長は閃いてしまいました。

 次のキョーコの授業は体育。

 そして、体育の前にやることは―― ええ、もうオチは見えましたね?

 しかし、欲望の前にはオチなどは無用!神からの天啓を胸に、渡クラブの皆さんの祭りが始まろうとするのでした。

 …………が、ジローも同じクラスだからサボってちゃまずいような気もしますが。



 ちなみに、はじあく世界の『創造主』の意見はこうです。



 * * *



31. Posted by ふじき 2006年11月17日 02:35


>すがたけ さん

姿を消す、などというのは理来の美学に反するみたいです。

覗きには覗く側にリスクあってこそ見える光景はすばらしい。

漢ですな。

覗きが男らしいかどうかは別として(笑)



 * * *





 神がこう仰ってるんですから、まぁ、オチは決まっているでしょう(笑)。





第6話◆見えない男達




「胸に貴賎なし!」





 女子更衣室。


 男子が踏み入ること適わぬ領域。


 その禁断の園に、五人の漢達―― ジローと渡クラブの面々―― はついに足を踏み入れます……ジロー謹製の透明クリームを塗って。

 多少の罪悪感があるのか、緑谷は「よくないことですよね」と述べはしますが……。


「それも青春!!」赤城会長の金言は緑谷の揺らぐ心を押さえ込み、逆に緑谷の忠誠心を7上げます。

 大体一日で1目減りする、と思ってくれれば幸いです。


 たとえ忠誠心を100にしても音速でガタ減りするあたり、呂布とか三好三人衆、松永弾正みたいな奴です。


 しかし、ノリでついてきたはいえ、何が行われるのかは判らないジローは、渡クラブの皆さんのハイテンションの源がどこにあるのかがさっぱり判らず、ただ、諜報活動なのか、それとも別の目的があるのか計りかねて周囲に目を配ります。


 そこで行われるのは、当然ながら着替えでした。


 御仏が導いた桃源郷であり、見つかれば死は免れぬ禁断の地で繰り広げられる眼福を、渡クラブの皆さんも思わず落涙とともに拝んでしまいます。


 日頃はキョーコのうっすい胸を信奉している彼らでも、大地母神もかくやという、メロンを思わせるようなけしからん胸を前にしては、豊饒の神を礼拝するのも当然というもの。


 そして、悪の組織の幹部として神に背を向けていたジローが計り知れぬプレッシャーを受けているのも当然のこと。


 そう、乳は須く神!そこに大小の差による貴賎はないのです。


 だから映像を見せてくださいお願いします(懇願)。


 その懇願を聞き届けたのか、それとも人間メジャーとしての才能を持っていたのか、ユキがアキへの攻撃を敢行します。


 第一話から数えて数日。その短期間でまた成長を果たしたけしからん成長力を確認すべく、揉みしだき、中に手を入れるユキは、「えーやんけー へるもんじゃなしー」とさらなる攻撃を続けますが……揉んだら、むしろ増えます。


 そして、人間メジャーは気付くのです。


 ―― この瞬間も、成長を続けている、と。


 その恐るべき成長力をまざまざと見せ付けられては、無乳側の人間にはたまったものではありません。


 こうして責められていてもなお、無乳を引き離し続ける不届き者に裁きを下してもらうべく、ユキは無乳の中の無乳であるキョーコに裁決権を委ねます。


 有罪か、それとも無罪か。じっと見極める。


 声を掛けられ、振り返る。


 判決、死刑。


 判決の一部始終を、傍聴人は見届けました。


 ただし、そこにはふとましい方の鉄壁のディフェンスが立ちはだかっていました。


 キョーコの存在に気を取られすぎ、肝心なところに立ちはだかるふとましい方にブロックされ続けた渡クラブの皆さんが、その横で繰り広げられる判決までのやり取り、そして、刑の執行に思いを致さなかったのはキョーコへの信仰心からでしょう。


 しかし、ハイキックでダウンを奪われたことによる効果はあるでしょうが、必ずしもキョーコを信奉していないジローは、視線にキョーコがさらされなかったことに安堵にも似た思いを覚えます。


 とはいえ、ジロー自身にも何故安心するのか、その原因は判りません。


 ごく微かな戸惑いを覚えるジローですが、明確な混乱と正体不明の当惑、と種類は違えど自身を見失いつつある彼らの意識を覚醒させるものがありました。


 そう、一人冷静さを保っていた赤城会長の言葉です。


 確かにこの場は桃源郷。しかし、我々には大義があるはず!その大義を為すこの好機を活かさずして何とする!


 しかし、密集したこの陣形で下手に動いては命取りであることもまた確か。この密集陣形で、特に密度の高いポイントを好き好んで突破する馬鹿は、ブラジル人ぐらいしかいない。急にボールが来たら動けなくなる日本人には無理だ!


 しかし、燃える漢達にはジローの言葉は耳に入りません。むしろ、この難関に突破してこその漢である、と逆にモチベーションを高めます。


 まず動いたのは青木―― カメラを持って突進するや否や、振り向き様のバッグの一撃でメガネを破砕されました。


 続いて動いたのは黄村と緑谷―― あまりにタイミングよく振るわれた肘と裏拳で顔面を痛打し、撃沈。


 そう!透明である、ということは、認識もされないまま意図せぬ攻撃を受けてしまう、ということでもあるのです!


 立て続けに倒れた仲間達の不甲斐なさに、赤城会長は今は亡き青木の魂が宿ったカメラを持って(生きてます)キョーコの立つ更衣室の最奥へと突き進みます。


 男には、引けぬ状況(とき)があるから


 その男気に釣り込まれたのでしょう、ジローもやっと動きます。


 肩を並べ、同じ目標を見据えて動く―― この時、漢達は分かり合えました。


 全てを理解した男達には言葉は不要。微笑みでコンタクトを交わし、ついに最後の一人であるふとましい方の城壁を突破しようとした矢先―― 時間が来てしまいました。


 当然、透明クリームの制限時間です。


 乾くと透明の効果が切れ、同時に硬化してしまうと言う致命的な弱点を持つがゆえに脱出には向かなかった発明品がもたらしてくれた極楽の時間は終わり、地獄の責め苦が待つ状況に、絶望の涙を流す渡クラブの皆さん。


 しかし、その絶望をこそ笑って切り抜けることが出来るのが、キルゼムオールの天才科学者・ジローでした。


「この程度ピンチなら、何度もくぐってきた!!」


 その言葉とともにオートマントを展開……既に身動きをとることが出来ない四人を窓から投げ落として脱出させつつ、次につなげるための戦略的撤退を図るのです。


 四人の同志を無事に脱出させ、自らも脱出を図ろうとオートマントをさらに起動させたジロー。


 しかし、ここでもまた、あのふとましい方がいい働きをやってくれました。


 まんまと逃げおおせようとしたジローのオートマントの一部を踏みつけ、さながら蝋で固めた翼で太陽に挑んだギリシャ神話の英雄の如くに地面に叩き落としたのです。


 しかし、地面にしては柔らかい―― 柔らかい、というにはちょっとゴツゴツとしている感触もある。


 その右手に収まる感触がなんなのか。それを確認したジローの視線の先には……キョーコの胸がありました。


 いやいや、キョーコに胸はない。でもある。ないものがある―― あるのかないのかどっちなんだ(ピプー)?


 どこの世紀末救世主だ、貴様。


 しかし、ジローの意図はどうあれ、結局は突然現れたジローに押し倒された格好のキョーコの怒りは、世紀末救世主どころの騒ぎではありません。


「これは本意ではない。お前の貧弱な胸を触る気など毛頭ない!」そう述べようとするジローに「てめぇに明日を生きる資格はねぇ!」とばかりに繰り出された右足。


 しかし、透明クリームの副作用でオブジェと化しているジローは蹴り剥がされたその時の体勢のまま再びキョーコに倒れこみ、再び押し倒す格好になってしまいました。


 かくして、女子更衣室、という場所を忘れさせる『熱烈なアプローチ』と、ユキが携帯から世界に羽ばたく証拠写メで徐々に内堀を埋められていくことになったキョーコはジローを袋叩きにしただけでは怒りは冷め遣らず、当分の犬小屋生活を言い渡すのですが、ジローもまた、右手に残った感触に、ポチの武勇伝を聞き流すほどの興奮に支配されるばかりなのでありました。


第7話◆落ち武者現る


「ハイヤ―――――ッ!!」




 覗き事件から数えて、ジローが犬小屋生活から脱する程度の時間が経ったある日―― 朝の住宅街を二人の御川高校の女子生徒が登校していました。


 ドラマ化しているにも関わらず、漫画版は絶版という不遇の名作・下町カイザーを話題に取りとめもない会話とともに歩を進めていた彼女達に「キミ達っ!! そこの幸運なキミ達っ!!」朝に相応しい爽やかな声が掛けられます。


 しかし、声はすれども姿は見えず。その声の主を探して二人は周囲を見回します。


 その二人の怪訝そうな仕草や表情を意に介さず、『このボクに声を掛けられて嬉しくない女性はいなかったね』と豪語しつつ、日の丸をあしらった扇子を広げる『彼』は、一本の電柱の上に存在していました―― 馬に乗って


 というか、某第八研究所のバカ様みたいな素晴らしく爽やかな彼の笑顔よりも、『こわい たかい』と耳を伏せて怯えつつも電柱の上に乗っている馬の方が大いに素晴らしいです。


 しかし、その素晴らしくも常識外れの光景についていける精神を持っている人はごく限られていることも確かです。


 『道を教えて欲しい』と爽やかに頼む彼を置いて、二人は一目散に逃げていくのでした。


 とはいえ、彼らの町に爽やかな侵入者が登場したことを知らないジロー達は今日も今日とて日常を生きています。


 同級生も、記録会だというのに勝負にこだわり、オートマントを展開して走行を妨害するジローに遠慮なくツッコミを入れるほどにジローに慣れています。


 そんなジローとクラスメイトにキョーコは半ば呆れながらも実に味のある表情を覗かせて、人間の適応能力の素晴らしさを実感するのですが、その適応が極まり、ジローが社会に溶け込んだならば、身体を好きにされる―― そのオチを振り払うように、その肢体を躍動させるのです。


 ジローに改造素体として見込まれるだけあって、その運動能力は小柄であっても抜群!おっぱい以外は見るからに体育会系なアキも一見すると物静かな文学少女なはずのキョーコにどうしても勝てない、と悔しがるほどです。


 キョーコが走り高飛びのクラス最高記録を叩き出す様から、ジローと赤城会長はともにキョーコの運動神経の図抜けた高さ、という部分に着目するのですが、フィジカルを強化することでその破壊力を高めるべきだ、と主張するジローに対して、赤城会長はそのギャップこそがポイントなのだ。変えてはいけない、と持論を曲げず、漢達は同じ死線を潜り抜ける事で結ばれた固い絆を反古にしてでも議論を戦わせようとするのです。


 ですが、キョーコの放った「ジローに毒されてのぞきとかやんないでくださいね?」の一言で、ジロー一人だけに罪を被せて逃げを打つ辺り、固いはずの絆は案外脆かったようです。


 それはさておき、これだけのパワーを誇るキョーコがなぜ部活に入っていないのかが不思議でならないアキは、心底もったいなさそうに「どっかの部活に入れば即戦力だぞ」と呟くのですが、父一人、子一人の生活を続けているキョーコにはそんな暇はありません。


「キョーミないし、家事が忙しいから」と返すキョーコに、アキは「家事ばっかりしてるから、色気が!」と涙に咽びながらさらに返すのです。


 裏返せば、アキの色気の源は部活しているから、とも言えます。


 きっと彼女のやってる部活はバレーやバスケだとお思いの方もいらっしゃるでしょう。恐らくは正しいでしょうが、あえてここで卓球を推します。


 地味に感じるかもしれませんが―― 甘いッ!!卓球は横にも小刻みに、そして激しく動きます。縦揺れだけじゃありませんッ(最低力説)!!


 最低な発言はさておき、色気がないならなくてもいい……いや、むしろそれがイイ、という特殊な性癖に基づく需要があることをユキは示すのですが、キョーコはその特殊な性癖の持ち主達のギラついた視線ごとユキの言葉を撃墜します。


 しかし、キョーコの色気を話題にした、結局は話す甲斐のない話は唐突に幕引きのときがやってきました。


 授業中である以上、無駄話をしている暇はないのです。


 なお、この場合の“無駄”は『キョーコに色気なんて無駄』という意味の“無駄”です。お間違えなきよう。


 授業中だというのに無駄話をしている四人に、体育教師が「こらー!なんだお前らー!授業中だぞー!!」と注意するその言葉にアキが気を取られた瞬間、渡クラブの皆さんはアキを驚愕させるほどの身体能力を発揮して瞬時に散開するのです。


 彼らのポテンシャルの高さ―― そして、ポテンシャルの無駄遣いぶりに冷汗を掻くアキを尻目に、「まー 色気とかなくてもジローくんがいるしね!!」ユキは結論を出すのでした。


 それはさておき、帰宅したジローとキョーコに元幹部のニートことエーコを交えた三人は食後の後片付けの最中にTVの恐怖特集を眺めておりました。


 『オフィスに出没する落ち武者の霊』という、ギャップ萌えな話を平然と眺める二人と違い、無敵のはずだった武闘派ヒロインはあからさまに蒼ざめて小刻みに震えます。


 それを見て、行動しないエーコではありません。


 某ホームレスが連続攻撃を喰らって気絶している柄をデザインされたエプロンを纏った彼女は、珍妙な表情と奇声でここぞとばかりにキョーコを威嚇して、無敵の武闘派ヒロインが小動物に変わる様を楽しみます。


 ゲンコツが効かない相手はどうにも苦手、と、物理攻撃には向いている分、どう頑張ってもゴーストスイーパーにはなれそうにないことを明かすキョーコは、自らの失態を隠すかのようにジローとエーコに逆に尋ねるのですが、エーコの場合は人生そのものが好奇心と興味で占められているので問題なし。ジローに至っては、『改造出来るのであれば興味深い。出来なければ興味なし』と、やはり改造こそが全ての価値基準の中心に収まる模様です。


 仲間を求めていたのに結局孤独を実感するばかりに終わったキョーコが、紙風船の如き人情を嘆いたその時、彼女の恐怖感を増すかのように電話のベルが着信を告げました。


 渡家のおとーさんでした。


 キョーコが恐怖に囚われていたその時に降り出したのであろう雨に降られて二進も三進も行かなくなったおとーさんが、駅まで迎えに来て欲しい、と頼んできたのです。


 その頼みに応じてエーコが車を駆っておとーさんを迎えに行き、家に残されたのは宿題を片付けるジローと残った洗い物を片付けるキョーコの二人。


 ……どーやら体育以外にも授業はあったようです。


 雨音と食器の微かな音のみが支配する静かな夜―― 「なんか家に人がいるっていいねー」ふと水を向けて、奇妙な沈黙を破ったのはキョーコでした。


 父一人、子一人の生活を続けるなかで感じていた孤独な時間が、今はない。


 一人では怖くて見れなかった怖い番組も、誰かがいるから観ることが出来る。


 この奇妙な同居人との生活が始まることで生まれた、そんな何気ない有り難さを実感するキョーコに対して、ジローは家族や構成員の誰かしらに囲まれて暮らしていたこともあり、孤独とは無縁な生活を送っていたことを―― そして、研究開発の邪魔になるほど騒がしいことや、おやつの取り合いといった煩わしさもあった、ということを述べるのです。


 しかし、そんな煩わしさも羨ましい、とばかりに笑顔で応じたその時、地の底から響くかのような轟音とともに、一筋の稲光が走りました。


 そして訪れる闇―― 停電です。


 つか、落雷一発で停電する辺り、この辺りの送電線、軟弱です。


 余程田舎の方が強いんじゃないんでしょうか?


 最近は雷で停電しなくなってきた、送電線が異様に強い田舎モンの疑問はさておきまして、落ちたのであろうブレーカーを戻すべくそちらに向かおうとしたジローに対して、キョーコはホラー特集なんか見たあとで独りにはなりたくない、とジローに寄り添ってくるのです。


 急激に上がる心拍数に戸惑うジローの様に、キョーコも「やっぱりアンタも怖いのか」と尋ねるのですが、経験したことのない心拍数の急激な上昇にジローは「これは武者震いだ」と返し、落ち武者への恐怖に縛られていたキョーコの恐怖心をさらに煽るのです。


「そんなに落ち武者落ち武者いうな!寄って来るでしょ」と非難するキョーコに、ジローは冷静に「今時落ち武者などいるはずがない」と返します。


 『今日から俺は』の伊藤(ウニ頭)を前にしたら、そのような言葉は言えません。


 いや、あれは本当に面白かった。三橋の『さまよう鎧だ』がちょっと滑り気味だった分、より一層面白かったです。




 戻します。




 科学者としてオカルトには興味を持たないジローは、キョーコが感じることを拒否しようとした音を耳にします。

 その音は、蹄音。


「落ち武者が馬に乗ってやって来た!」と、恐怖に駆られてジローにしがみつくキョーコ。


 しがみつかれて混乱し、心拍数の上昇にのみ気を取られるばかりで『落ち武者はそもそも馬に乗らない』とツッコミを入れることも出来ないジロー。


 そんな混乱のリビングに、住宅の屋根を駆けて飛び込んできたのは、一組の人馬!!


 恐怖で意識を手放したキョーコと同じように、消えぬ恐怖をぴったりと伏せた耳で現わしながら、窓ガラスを叩き割って渡家に申し訳なさげに侵入してきた馬に対して、咄嗟に反応したのはさすがの一言でした。


 しかし、即座に展開したオートマントは「はっはっは! このボクが賊のわけがないだろう!」馬上の人影が振りかざす扇子によって叩き払われます。


 そして、次の瞬間ジローにとって信じられない光景が広がります。


 鉄をも斬り裂くオートマントが、扇子によって切り刻まれたのです。


 伸縮・変幻自在のオートマントを切り裂いた闖入者に誰何の声を上げるジローに、裃を纏った馬上の青年は応じて答えます。


 彼こそは、未来のヨメであるキョーコを迎えに来たという九条輔之進(くじょう・すけのしん)!!


 どっかのバカ様に似ているのも当然!実は親戚筋という九条輔之進……そして、気弱でありつつも妙に礼儀正しい馬の登場で場の混乱の度合いは増しつつ―― キルゼムオール・レポートの第一弾は終了するのでありました。




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