キルゼムオールレポート・2








第8話 第9話 第10話 第11話 第12話




第13話 第14話 第15話 第16話 第17話






第8話◆嫁に〜来ないか




「今日は大安吉日!! この日に来ると決めていたのだよ」




 通り雨は嘘のように過ぎ去って、夜空には満月が浮かびます。しかし、裃姿で天下泰平な笑顔を見せる輔之進と好きなアイスはガリガリ君・チョコ味なエーコに怯えまくっている馬・サザンクロスくん、そして、輔之進とサザンクロスの突進によって破壊された壁の大穴はしっかりと残っていて、これが現実だ、と主張しています。


 その現実を笑顔であっさり受け入れるのは渡家のおとーさん。


 『かつてワンゲル部で仲間だった二十八郎(にそはちろう)と千草さんの息子』と、ジローですらも珍奇だ、という評価を下す以外に出来ない輔之進をあっさりと受け入れている辺り、おとーさんの受け入れ容量は半端じゃなくデカい模様です。


 まぁ、受け入れ容量の大きさは子供のように馬にじゃれ付き、サザンクロスをより一層怯えさせるエーコにも言えますが、そんなエーコでもやはり壁に穿たれた大穴は気になります。


 居住空間に素敵な大穴を開けられたことが迷惑だと思ったのでしょう、ジローに何とか出来ないか、と尋ねるのですが、壊すのは得意ではあっても直すのは苦手、という実に悪の科学者らしい一言をこぼしながら懐をまさぐるジローを突き飛ばして遮り、「出合え!!」の一言で輔之進はどこからともなく三人の黒子を召喚します。
「突貫っ!!!」の掛け声で壊れた壁に殺到し、瞬時に窓を再生した三人の姿に、キョーコはただただ圧倒され、読者はいつかこいつら仙術使う。つかこの中に絶対斗馬はいると、黒子の覆面の下にあるものを確信するのです。


 九条の財力をもってすればこれくらいのことは朝メシ前、と高らかに笑う輔之進の言葉に、キョーコは輔之進が日本の三大企業の一つの九条グループの跡取りであること、そして、大学時代の父がハゲでもなければアフロでもない、ということに対する疑わしさをそのうっすい胸に刻み込むのですが、そもそも何の用でここに来たのか、と尋ねるジローに輔之進はわざわざよい日取りを選んでやって来た訳を語るのです。


 その理由とは、キョーコを嫁にもらうこと。


 互いの父親同士の約束―― 別名・酒飲んだ勢いで為された婚約という、どこぞの『1/2』やどこかの『サラダ』のような、実にサンデーらしい理由で出てきた婚約話にキョーコは明確な拒絶で態度を示そうとするのですが、輔之進にとってその拒絶は大した意味はありません。約束、というものを重んじる名家に生まれた彼にとって、親同士の約束は何より重んじるべきしきたり。


 何より、彼自身がキョーコを気に入っているのです。


 詰め寄られ、まじまじと見られると悪い気はしない。


 よく見たら相手も妄想ノートに記した『たつや』と『かずや』ほどではないにせよ、カイザーに伍するといってもいい美形。


 ですが、キョーコは気付くべきでした。


 自分が発しているフェロモンは、何というか……いろいろ残念な人ばっかりを引き寄せている、ということを。


 そして、キョーコは「いやー幸運だ、このボクに気に入られるなんて! 嬉しいかい!?嬉しいだろう!?」という台詞とともにがっしりと手を握られることでようやく、輔之進もまた、非ッ常に残念な頭を持つ人であるということを知るのでした。


 美形であっても、残念な人の身内になるのは勘弁したい、と改めて拒絶しようとするキョーコですが、輔之進には聞く耳がありません。握った手を引き寄せ、キョーコを連れ去ろうとするのです。


 ですが、「キョーコの手をいつまでにぎっている。三下野郎!」ジローの右手がその手を振り解きます。


 折角の改造素体がが劣化したらどうする。というか、むしろ貴様が気に入らない―― そのジローの言葉に、愛に生きる男、輔之進もまた静かに、しかし沸き立つ怒りを抑える事は出来ません。


 一触即発!背後にポチとサザンクロスのオーラを纏いつつ、男達が戦いの火蓋を切ろうとするのをキョーコは心理的な優越感を感じつつも形だけは止めに入ろうとしますが、サザンクロスの背に跨って薄塩味のポテチをパリパリ喰ってサザンクロスの不興を買っているエーコはその戦いを大いに煽ります。


 そのエーコの顔が、輔之進の目に映り、戦いは終わりました。


 エーコを口説きに入った輔之進の不戦敗です。


 ケンカすっぽかして口説きに入った輔之進に対して「全財産くれるなら嫁になってもいい」とエーコは返答しますが、輔之進はその難題に対して「キョーコは正妻、エーコは愛人」という抜け道を見出します。


 思い立ったが吉日!早速その名案を提示する輔之進!しかし、その『名案』にはキョーコが黙っていませんでした。


 繰り出されたのはスリークォーター気味のフィニッシュブロー!利き腕でない分威力は低かったものの、それでもなお顎がグラグラになるスマッシュを繰り出した未来の嫁に、輔之進はさも心外、とばかりに抗議の呟きを漏らすのですが、キョーコによって「ただの女好きじゃない!」と断じられ、輔之進は痛みを忘れて雄々しく宣言するのです。


「ただの女好きではない!!無類の女好きだッ!!!」


 魂の叫びに、キョーコはおろか、ジローですらもどん引きしました。


 正々堂々と雄叫びを上げる輔之進に、ツッコミを放棄して見守るばかり―― この隙が、すべてを決しました。


 合図とともにやって来たのは、牛百頭。


 折角直したばかりの窓を突き破って、しかし、あくまで礼儀正しく、全国各地の名産地からやって来た結納金代わりの名牛たちが、渡家のリビングを占拠する中、輔之進はキョーコをさらってこのままハネムーンへとしゃれ込みます。


 ジローがそれを止めようにも、牛で身動きが取れず、頼みのエーコもサザンクロスが輔之進の合図で竿立ちになったときに投げ出されたポテチ達の死を悼んでおり、妨害する暇はありません。


 しかし、単独では駄目でも、コンビなら―― ジローは、エーコに一つの指示を出すのです。


 一方その頃、渡家から遠ざかる馬上でキョーコは輔之進に精一杯の抵抗を示していました。


 しかし、破壊力に満ちたキョーコの蹴りの威力の源は、柔軟性に富んだ筋肉が織り成す。スピードで殺傷能力を引き上げる回し蹴りならば兎に角、、体重の乗らない前蹴りが何発当たろうとも、輔之進のアタックを退けるには至りません。


「子供は1ダース作ろうか!」野球チームどころか、フットボールのチームすらも出来そうなその口説き文句とともに近づく唇に、天の助けを求めるキョーコ!


 満天の月の下、月光を背に受けて助けにやって来たのは、悪の科学者でした。


 その身に似合わぬ剛力を誇るエーコによって投げられ、馬を越える加速をつけて飛来したジローの助けを得て、輔之進の愛のベーゼを空振りさせたキョーコは照れ隠し気味にジローを褒め称えるのですが、あくまでジローにとっては改造素体を守るための行い。褒められるのも少々筋が違う、とばかりにあっさり切って捨てるのです。


 あまりにも素直な答えは、苛立ちと怒りを生みました。


 尻を触るのが目的じゃない?そんな貧相な尻に興味はない!胸に続いて尻までとは何事だ!そこに直れ!


 かくして、月下で始まる痴話喧嘩。

 ですが、痴話喧嘩の暇はありません。奪われた未来の嫁を追いかけて、人馬一体屋根の上を駆ける輔之進!


 しつこさに、蹴りで迎撃しようと身構えるキョーコですが、そのいつ終わるとも知れないチェイスを止めるためにやって来た影が、電線の上に現れます。

 戸棚から見つけてきたスナック菓子・『ガール』をぱくつきながら電線の上に立つことで抜群のバランス感覚を、そして、ジローを射出しながらも何時の間にか前に立っていたことでスピードを見せつけ、必ずしもパワーだけではない、ということを証明したキルゼムオールの最高幹部の一人、エーコはキョーコは既に嫁になれない、ということを告げるのです。


なぜなら!キョーコちゃんは!

 すでにそこのジローのものなのだから!! こっちが見てて恥ずかしくなるくらい ラブラブなのです!!」


 突然の宣告に驚きの声を上げるキョーコとバカ殿!

 驚きの後に、抗議の声を上げようとするキョーコを「いいからここはお姉ちゃんに任せんしゃーい!」押しとどめ、エーコはすっかり九州女子の気風の良さで、ドキドキデート大作戦の開幕を宣言するのです。


 ただし、ジローには『デート』という言葉の意味すらも理解出来ていないのでありました。





第9話◆偽装デート


「お前がオレのものだと証明する。少し上を向け」


 キョーコの腕の中には、眉毛犬のぬいぐるみ。

 無乳の戦闘マシーンには似つかわしくないぬいぐるみ。

 その異様な光景に、さしものジローもドン引きしますが、キョーコのその漢らしい部屋にぬいぐるみなどというものがなかったことは既に知り尽くしている。だというのに人が変わったかのような行動をとったことが脳の劣化の前兆、そして、そこから来る改造素体としての性能の低下を案じたのでしょう……ジローは勇気を振り絞って一言「どうしたんだキョーコ、その猫なで声……なんか悪いものでも食ったか!?」変貌したキョーコに声を掛けます。


 ジローの疑問に引きつりながら応じるキョーコですが、あまりにも不自然で、ぎこちなさ過ぎるその対応に、演出家の駄目出しが入ります。


 道のど真ん中、というあまりにも邪魔すぎる場所に聳え立つ電信柱の影から熱を帯びた演技指導を行うのは、言わずと知れたエーコ……キョーコを嫁に迎えるためにやって来た九条グループのバカ殿―― いえ、若殿・輔之進を振り切るために立案された偽装デート計画がうまく行くかどうか、そして何より、エーコの中に存在するGHK参謀閣下と同じ種類の野次馬根性が満たされるかどうかは彼ら二人の演技力にも掛かっているのです。


 しかし、そこはデートというもの、いえ、色恋沙汰自体にも縁がない二人です。

 デートどころか嫁という概念すら持たない上、組織の中でも高い作戦成功率を誇っていたエーコの立案した作戦に従わざるを得ないジローはもちろん、「もしかして演技だというのにジローを意識しちゃってる?」という挑発に乗せ、あっさりと俎上に乗せることが出来たものの、持ち前の漢らしさが邪魔をしてうまくことを運べないキョーコという難物二人に念を押すように演技指導を施して、電信柱ごとエーコは立ち去ります。


 折りしも休日の街中はカップル揃い。意識しないはずだったキョーコも、思春期らしい超反応で、『デート』という名の作戦行動に勤しみながら並んで歩くジローを意識してしまいます。


 いつもと違うキョーコの視線が気になったのか、ジローはキョーコの不安を和らげるためにエーコの策の成功率の高さを述べるのですが、いかんせん悪の組織の作戦です。キョーコに言われるまでもなく、露見して、最終的には失敗するのが倣いである以上、この場合の成功率は視聴率的な成功率だと思われます。


 つまり見世物としての成功率です。そこに気付こう。


 しかし、ジローにしてみれば、このデートというものは単なるキョーコを確保するための作戦、という理由を上回る動機がありました。

 世間から隔絶され、研究開発に没頭していたジローには全ての光景が全て新鮮なものであり、その驚きと輝きに満ちた世界を体験するのはこの上ない楽しさがあるのです。

 友子とめぐみん、あと、藤木先生のブログで見たことある、某エロコメ漫画のヒロイン格の宇宙人だか悪魔だかの後ろ姿(←実は知らない)や、預金を勝手に流用して金庫を強化するという、業務上背任の容疑が限りなく濃い支店長を抱えていながら信用金庫から銀行にステップアップしてた不破銀行が覗く街中を眩しそうに、楽しそうに歩くジローの姿に安心しつつ、しかし、少しばかりの落胆を覚えるキョーコなのですが、右手を包むような感触に不意を打たれます。


 さも当然のようにジローに右手を掴まれ、キョーコは驚き、エーコは興奮の度合いを強めて潜伏していたポリバケツから顔を出し、通りすがりのモーちゃんを驚かせる!


 しかし、慌てふためくキョーコをよそに、ジローが示したのは赤信号。


 そりゃ止めて当然でした。


 すべてがバカらしくなり、頭を抱えるキョーコに、エーコのプランにある、とジローが促したのは映画館。


 指定されていた『風とともにペリーヌ』という恋愛映画を前に、尻込みしたものの、エーコのプランならば仕方ない、とキョーコは覚悟を決めます。


 ですが、ジローの視線の先には、アニメ化されていた漢気溢れるかの名作『下町カイザー』。


 カイザーの魂に触れた二人には、最早言葉はいりません。


 そして、漢達は分かり合えたのでした


 まぁ、性別的にはキョーコはひとまず女ですが、そんなことは知ったことか漢、というのは魂であり、生き様です。性別などという些細なことにこだわっていては、大業は成せません。


 しかし、カイザーがその生命と引き換えに放ったカイザービームによって、エーコが期待していたラヴという甘っちょろい枷が外れた二人は、小中学生のデートのような盛り上がりを見せるのです。ありがとう、そして安らかに眠れ、カイザーッ!!


 とはいえ、ラヴと縁遠い結果に終わったことは、エーコの落胆を誘っただけではありませんでした。


 蹄の音も高らかに、電信柱の上に現れた輔之進の表情は勝ち誇っており、彼らのいう所の『ラブラブデート』というものが、取るに足らないものだ、とバカ殿さまの優越感を招いていたのです。


 勝利を確信して宙を舞う輔之進!というか、高いところが怖いというのにやはり宙を舞うサザンクロスの勇気ある跳躍には、拍手を送らざるを得ません。なんという忠誠心なのでしょう!!


 しかし、ジローが手を叩いたのは、サザンクロスへの賛辞の拍手のためではありませんでした。


 輔之進とキョーコのやりとりから、デートというものが何をするためのものだったのか、というものをようやく理解することが出来たことを示す合図として、そして、蚊帳の外に置かれたジローが再び話題の中心に自らを置くための合図として手を打ち合わせたジローは、キョーコの肩を抱いてその小柄な身体を引き寄せると、彼女の所有権を明確にするための行動を起こすのです。


 正面から向き合い、目を閉じるように促す。


 軽く上を向かせてうなじに手を掛ける。


 これから始まる『それ』の予兆に慌てる輔之進に地獄突きを繰り出す(エーコが)


 慌てるキョーコに真剣な眼差しのジローの顔が迫る。


 澄んだ瞳に思わず見とれたキョーコの心拍数が上がる。


 我に帰ったキョーコを覚醒させたのは、額への冷たい感触でした。


 額にサインペンで書かれた『ジロー』の三文字こそが、明確な所有権の証!


 明確に所有権を示されてしまっては、最早輔之進にはキョーコに手を出すことは出来ません。痛恨を胸に撃退される輔之進と見事に強敵の撃退を果たしたジローを前に、キョーコの双眸からは安堵とも自らの発散する『残念な人フェロモン』への悲しみともつかぬ涙が溢れ出すのです。


 ですが、所有権を勝手に主張されることは許せないと言うことは彼女にも理解出来ました。


 だからこそ、キョーコは報復措置としてジローの額に『バカ』と刻み込み、ジローをバカの所有物と定義するのでありました。





第10話◆暗黒ふたたび


「いい加減にしてよ…!!」




 カイザーの死から一夜明け、ふたたび日常がやってきました。


 しかし、朝の清涼な空気を持ってしても、キョーコの眠気は打ち払うことが出来ないらしく、ジローと並んで登校していたキョーコは大欠伸を漏らします。


 デコに『ジロー』と書かれる直前の光景が大欠伸を溢した理由であると悟られまいと、寝不足の理由をデート作戦の疲れによるもの、とジローに説明するキョーコですが、その作戦そのものは成功し、厄介極まりない求愛者である輔之進を撃退することは出来たことは彼女にとっても喜ばしいことではあります。


 とはいえ、同じく厄介なジローと並んで歩くことが気恥ずかしいのか、キョーコは『これも常識ある社会生活のルール』と称してジローを自らの殺傷圏内から外れて歩くことを指示します。


 ゴシップを際限なく膨らませるユキ達にからかわれることを避けたいという意識、そして、それ以上に、何時の間にか彼女の生活に溶け込み、馴染んできているジローに、彼女が違和感を感じなくなって来ていることを悟られたくないと言う意志が働いて、三歩どころか五、六歩は離れて歩くようにと亭主関白っぷりを如何なく発揮したキョーコは、念を押すように『輔之進の話題は隠し通すように……特にユキ達には』と指示を出すのですが―― 遅すぎました。


 教室の扉を開けると、笑顔の輔之進が、そこにいたのです


 アキを愛人に、ユキを今日の恋人に、ふとましい方をお手伝いに、と八面六臂の口説きっぷりを発揮する輔之進の姿に、開け放った扉に向けて思わずダイブしてしまうキョーコでしたが、その痛みが彼女をタチの悪い現実にとどまっていることを告げるのです。


 悪夢の再来に驚くキョーコを守るべく盾になろうとする赤城会長!しかし、回避重視の戦闘スタイルであるキョーコにとって、盾はただの邪魔でしかありません。突進する輔之進を受け止めたことでノックバックを起こした人間の盾・赤城会長を躱しつつ、輔之進に尋ねるキョーコなのですが、その返答は読者的にはあまりに予想できた『転入してきた』というもの。


 ただし、「正式にジローくんの嫁にはなってない。ならば僕にもチャンスはあるハズ!」と豪語する輔之進にそのアイディアを提供したのは「オッス!オラ エーコ!!」予想外な方でした。


 前作に登場してこの上ない存在感を見せたバカ様とも接点がある面白いキャラだし、エーコの策に進んで乗ってしまう辺り、どう頑張っても出し抜く頭は持ってなさそうなのでジローの当て馬には最適、とバカ殿様を是が非でもキープすることを選択肢に入れたエーコに、一杯一杯になりつつキョーコは抗議します。


 妄想ノートに書いていた三角関係はあんなにも理想的だったのに、いざ現実になったらあんなのしか寄って来ない、ということに頭を抱えるキョーコでしたが、現実には妄想以上に厄介な存在がいました。


 そう、ゴシップ好きな友人達です。


 輔之進の言葉に含まれた『嫁』の一言を耳聡く捉え、反応したアキに堂々と応じる輔之進―― そして、未だ諦めていないバカ殿様を敵と見なして排除モードに移行したジローと、彼らのバトルを商売にするエーコやいつものようにキョーコに絡むアキとユキ。




 ……うるさい。


 黙れ!


 あたしの領域に、これ以上入ってこないで!!




 無言の主張が、机を叩くキョーコの右手に込められていました。


「あたしのことはほっといて!!!」自分をネタに騒がれることを苦痛に感じた末の爆発に周囲に沈黙が降り注ぐ中、キョーコはその瞳を潤ませながら全てを拒絶するのです。


 取り成そうとするユキの言葉を「あたしがこーゆーの苦手だって知ってるでしょ?」拒絶し、ジローの言葉を「うるさい!」裏拳で強引に途絶させ、キョーコは教室から飛び出します。


 あまりに重く、暗い負の空気を纏って教室を飛び出したキョーコの姿に、痛恨とともにかつてのキョーコの姿を―― アキやユキが闇色の泥濘から引き上げるまで、他を拒絶し、孤独にただ日々を消化するだけだった中学時代のキョーコの姿を思い出すアキ。


 何が原因なのかはキョーコが語らなかったから判りませんが、暗く冷たい過去の影をキョーコが高校生になってからは微塵も見せなかったことに寄りかかり、からかいすぎたことが、キョーコの爆発と、爆発したことでごく一部の者しか知らなかった彼女の暗黒面を何も知らない友人達に顕わにしてしまったことを悔やみ、謝らなければ、と反省するアキとユキ―― そして、エーコですが、能天気なバカどもは空気を読まずに過去を詮索しようとして、あっさりとアキに一蹴されるのです。


 しかし、ユキは気付くのです。


 そのバカどもの中に、ジローの姿がない、ということを。




 一方その頃、キョーコは自己嫌悪に陥っていました。


 感情を爆発させた末、静けさは取り戻しはしたものの、その静けさは、あくまでも『腫れ物に触れるかのような』という、よそよそしい空気が生み出すものでしかなく、偽りでしかありません。


 偽りの中で生きていかなければいけないのか―― その意識が、さらに彼女の意識を深く混沌とした闇の渦へと沈ませる中、逃げるように駆け込んだ屋上の扉が開かれました。


 扉を開け、問い掛けるジローに、キョーコはさらに自己嫌悪を膨らませる拒絶の声を発するのですが、その声を無視して、ジローは扉から、そして建物の陰に隠れるかのように座り込むキョーコからも離れて屋上の中央に立つと、何かを訴えるかのように天を指差します。


 いえ……訴える、というのは誤りでした。


 天に向けて命ずるように指差した左腕の周囲に、半球の如くにオートマントを展開し、「最終セキュリティ解除、 キルゼム砲スタンバイ」呟く。


 さらに拒絶するキョーコに構うことなく、簡易的なアンテナと化した左腕を介して座標、そして目標を指定して命じた刹那―― 雲が…屋根が穿ちぬかれ、目標とされたキョーコの眼鏡のつるを貫いて、屋上の床に1cmにも満たないごく小さな傷痕が刻み込まれました。


 その軌道上からの一撃で、自らが天すらも統べる力を持つ悪の科学者である、ということを主張するジローに対して、怒らせてしまった痛恨、そして、「からかわれるのが苦手?知ったことか!それは弱い貴様が悪いのだ! 所詮お前は民間人なのだから!」ズケズケと踏み込んでくる無神経さに対する僅かばかりの苛立ちを覚えるキョーコ。


 ですが、続いた言葉は彼女を呆気に取らせます。


「だから―― もっと…ど、努力しろ!」


 いくらジローが天才科学者であっても、メンタル面までは強化出来ない。チキンは改造してもチキンのままだし、ヘタレ社長は自分から変わろうとしない限り、いつまで経っても嫁の尻に敷かれっぱなしで亭主関白など夢のまた夢!


 むしろマッドサイエンティストなら、洗脳の一つや二つ遠慮なくしそうな気もしますが、某真芝の第三研究所の所長とは方法論が違うようです。


 まぁ、怪人と幹部がおやつの取り合いなんかしてたようなアットホームな組織なので、洗脳とか痛覚遮断とかをむしろ好き好んでやってのけていた外道とは方法論が違うのも仕方ないところではありますが、暗黒面にとらわれ、弱気になるキョーコはキョーコらしくないこと、そして、凶暴であることがキョーコがキョーコたる所以であること、凶暴さを取り戻すためなら、力をいくらでも貸してやる、と述べるジローに、キョーコはひとつのことに気付くのです。


「ひょっとしてあんた… あたしをはげまそうとしてる?」


 必死になってその事実を否定するジローですが、必死になればなるほど、そして、その問い掛けるかのような視線を受ければ受けるほど、ジローのメッキははがれてしまいます。


 ―― 非常識で、そして不器用な、しかし、確かに伝わってきた思いに、自然とこぼれる笑い。


 ボロボロとはがれていくジローのメッキに、「でもありがと!なんか、元気出た!」キョーコの裡に巣食っていた闇はいつしか取り払われていました。


 高校生と言うそれまでと違う環境に加え、ジロー達姉弟が同居人としてやってきた新しい生活に、何時の間にか肩の力が入りすぎていたこと、そして、それがあの失態の原因になったことを思い知らされたキョーコは、その肩肘張った自らを変え、今の生活をポジティブに受け入れることを宣言しつつ、彼女を励ますという思いもかけない成長を見せたジローの進歩への驚きを、その内心で反芻するのですが、その驚きは傾れを打って押しかけていたエーコ達によって引き戻されます。


 決して覗きに来た訳ではない、と説得力0の弁明を開始するエーコやアキですが、彼女達に対して、つい先程自らに課した『肩の力を抜いて、自分から変わる』という生き様を実践に移すのです。


「も、もう!ダメじゃない こんなことしちゃ! 今度やったら、お・し・お・きダゾ!」


 よく頑張った!もういい!休めッ!!


 戦闘マシーンから無理矢理萌え方面に走ろうとする、あまりにギャップの大きい方向転換に走るには、羞恥心が邪魔しすぎました。


 ジローが『肩の力を抜いたキョーコ』にドン引きする中、致命的な心の傷を負ったキョーコは、先ほど教室を飛び出した心理状況とはまったく逆のベクトルで、脱兎の如くに逃走するのでありました。






第11話◆ビフォア、アフター




「出ませい黒子隊! やーっておしまいっ!!




 黒い爆発……そして、ジローが“バカ野ジロー”に改名したその日から一夜開け、再びの平穏な朝―― アキとユキの二人は並んで登校しておりました。


 アキの実に立派なボディがジャージに包まれているばっかりなんてもったいない、そのポテンシャルをフルに活用したら楽しいよ!ついでに今度の新刊の売れ行きに貢献してくれたら嬉しいな!と、自らと同じコスプレイヤーへの道へと導こうとするユキですが、下手に賛成しては高校一年生でありながら年齢制限にモロに抵触する同人誌の売上げに貢献するという、後戻り出来ないケダモノ道を歩まされることを肌で感じ取ったのでしょう……間一髪で拒絶するとともに、話題を転換する格好の餌食を見出したアキはその二人連れを示します。


 スケープゴートにモロに釣られて呼びかけるユキの声に応じ、振り返ったそこにあったのは―― 勉強しすぎでおかしくなっちゃった人を思わせる、度のキツい瓶底眼鏡でした。


 友人だというのに、初めて会ったかのような反応を示した二人に、キョーコは横を歩くジローのキルゼム砲によって破壊された眼鏡の修理が終わるまでの代用としてこの眼鏡を使っていること、そして、「眼鏡は所詮眼鏡。視えればいいし、洒落たものを使ったところで似合わない」と、実に男前な持論を振りかざしてアキやユキの抗議を一撃で撃墜するのです。


 ですが、その意見は女好きの中の女好きであるバカ殿様には到底受け入れられるものではありません。


 アキのポテンシャルを活かすことはちょっと場所と時間の問題が大きいことで断念した模様ですが、キョーコのポテンシャルを引き出すには、ちょっと手を加えるだけで充分!ちょっと職にあぶれたこわしや達を雇い入れて編成した黒子隊に命令を下し、キョーコを手入れさせるのです。


 折角修得した仙術は正直宝の持ち腐れではありますが、万能極まりない黒子隊の皆さんのお手入れによって、変貌を遂げたキョーコの姿に輔之進やユキはおろか、日頃はそういった乱痴気騒ぎへのかかわり具合が消極的といってもいいアキまでもが大絶賛!


 ただボサボサ頭に櫛を入れて、眼鏡を外しただけなのですが、体型以外は全くの別人というキョーコの変身振りに、ジローも思わず惹きこまれてしまうのですが、その胸を振るわせるドギマギを否定しようとしているところに話を振られてしまい、ジローは思わず返答してしまうのです。


「い…いや…その… 元の方が…凶暴さがあっていいような…」


 ヘタレ社長に続く、チキン科学者の誕生でした。


 ジローのコメントに、大ブーイングを上げるアキと輔之進、そして、スケブでジローのチキンっぷりを声高に非難するユキが、ジローに見切りをつけてクラスの皆に、櫛を入れるついでにマーキュリー回路でも埋め込まれたのでしょう、Xライダーばりの大変身を遂げたキョーコをお披露目するために、ジローを放置したまま全速力で登校するのでした。


 突然やってきた美少女に野獣と化した男子生徒たちが群がるその様に、いつものキョーコを求めてやってきた渡クラブの皆さんは驚き……そして悲嘆の涙を流します。


 渡さんは地味だからいいのだ!キレイな渡さんなんて渡さんじゃない!あんなんちがう―― !!どちくしょ―― !!


 しかし、所詮は渡クラブの皆さんの趣味は偏ったものでしかありません。マジョリティの圧倒的な物量の前にはマイノリティは駆逐されるのみ。変貌を果たしたキョーコの評判は徐々に跳ね上がり、その日ストップ高を記録したキョーコ株は、キョーコの周りにそれまでに出来たことのなかった人の壁を打ち立てるのですが、その狂乱は元からの株主だったジローを人の壁の向こうに押しやってしまうという事態にも繋がるのでした。


 家に帰っても、待っていたのはキョーコを絶賛するエーコとポチの言葉ばかり。「オレはキョーコを改造したいだけなのだ。多少目立ったところで関係ない」自分に言い聞かせるかのように自問自答するジローですが、キョーコ以外に頼るべき者を持たないジローが感じる孤独はますます深まるばかりです。


 そして、言い聞かせた末に―― もし!もし他にキョーコを改造したがってるヤツがいたらいかん!―― 自分をだまくらかし、ジローは行動を起こしました。


 一歩を踏み出したジローに、無言の声が届きます。


 待っていたぜ?


 遅かったじゃないか?


 僕も連れて行ってくれるんだよね?


 置いていくだなんて水臭いじゃないか?


 志を同じくした漢達には―― 言葉は不要でした。


 この鋼の志で結ばれた、熱き漢の絆を武器に、津波となって押し寄せるにわか野郎どもを押し返す!


 数は多いが、相手にとって不足なし!


 しかし、彼らは思い出すべきでした。


 彼らを結びつけた鋼の絆―― 女子更衣室で生み出されたその鉄血の絆の熱源は、漢であれば誰しも胸に抱いているものであるということを。


 そして、三大欲求の一つに基づいた下心という名のその熱源には、法を侵しさえしなければ貴賎はないということを!!





 多勢に無勢の劣勢でありながら、下心丸出しの溶岩流を真正面から受け止めた彼らが辿った道は、蹂躙の二文字。


 しかし、諦めるわけにはいきません。


 力という力が喪われた身体に、ありったけの誇りを掻き集めて鞭を入れる。


 震える足に、意地という名の芯を通わせる。


 ボロボロでありながら、ジローはただ一念を貫くために立ち上がります。


 ですが、人垣の向こうに視線をぶつけるジローの横合いから、聞きなれた声が響きました。


 思わぬ方向から掛けられたその声にふと目を向けたジローが見たものは、いつものボサボサ頭にいつもの眼鏡をかけたいつものキョーコ。


 人垣の向こうにいると思われていたキョーコの姿に驚きを隠せませんが、その向こうにはさらなる驚きの坩堝でした。人垣の向こうに存在するのは輔之進と黒子隊、そして恐らくは黒子隊が究極の身体コントロール術である仙術を駆使したのでしょう―― 体型そのものが変わったふとましい方でした。


 ―― つか、メイクじゃねぇ、ここまで来たら。


 しかし、輔之進がもたらしたこの狂騒がキョーコがいつもの姿に戻ったことで収まったことで、ジロー、そして渡クラブの面々は安堵しますが、アキとユキは残念がり、その理由を問い質します。


「もしかして、ジローくんのシュミにあわせて!?」期待して問うユキに突っぱねるかのように否定すると、キョーコは、その理由を胸を張って答えるのです。


 あ、いや……胸は張るほどありませんが。


朝の貴重な時間をおしゃれするのに使うのって、超めんどかったから…」


 ダメ人間を引き寄せるフェロモンを発するのもむべなるかな。


 彼女自身も結構なダメ人間であることが発覚したことで、より一層ダメ人間達による崇敬の念を集めることになるのですが、ジローの手に馴染んだ感触を取り戻した頭を撫でられることで、彼女もまた、どことなく和むのでありました。








第12話◆おつかいデビュー


『そういやこいつって… どこまで世間知らずなんだろう?』


「絵礼苦鳥苦産田――!!」


 眼から炎を、頬から髭を生やし、エーコが叫ぶッ!


 叫びとともに放たれた両手が舞い踊り、数秒前まで手にしていたPS2のコントローラーに生じた位置エネルギーを維持したまま高速のコントロールが始まった!


 大牟田の駅から海に向かったトコにあるゲーセン(超ピンポイント)で、炎のコマを復活させた実力を見せてやる!


 その気迫とともに必殺の一撃を放とうとするエーコ!


 しかし、残念ながらエーコの持ちキャラである『下町カイザー』の悪の二大巨頭の片割れ・フジイは典型的な投げキャラな上、連打技はありません。


 キョーコ操るもう一方の悪の巨頭・モーちゃんの超必殺技『地獄PC落とし』の前に惨敗の螺旋に叩き落とされたフジイの亡骸を前に、「フジイ使えない!アニメ版じゃあれだけ強かったのに!」とムキになるエーコと、「超必殺投げや当て身投げどころか投げモーションに無敵時間まであるから、極めたなら覚醒版カイザーであってもそうそう勝てない代わりに、超テクニカルなコントロールが要求されるフジイ使いがレバガチャやってるだけじゃ絶対勝てない」ということをアドバイスすることなく勝ち誇るキョーコ!


 しかし、エーコの本日16度目の再戦要求を受け入れて、今度は『八倉あかね』で受けて立つキョーコでしたが、不意に掛かってきた電話がその一方的な投げ技の宴を終了させました。


 おとーさんからの「やー、ごめんごめん。メモリーカードをケースごと忘れちゃってね。駅まで持ってきてくれないかい?」という電話でした。


「なんだ、おじ上か?」尋ねるジローに受話器を置いたキョーコは答えかけ、気付きます。


 ―――― 今から仕込めば、いいパシリになるかも知れない!


 気付いてしまったからには、あとは実行に移すのみ!


 かくして、ポチの散歩も兼ねて、ジローにミッションが下されるのでした。


 散歩を兼ねて任務に付き合うポチも、尻尾を振りつつ師匠風を吹かせますが、ジローに与えられた任務が重大であると知ると気を引き締め、振り回していた尻尾を、ぴぃん、と立たせることで、『ただのパシリにされた』と思い込んでいたジローの意識を奮い立たせます。


 そんな師弟の姿を電柱の影から覗き見る二人の黒服!


 酔った勢いで思わず持ってきてしまって以来、尾行の際には欠かせない相棒であるマイ電柱『そば処 藤原』の影からジローを監視するエーコに、エーコに渡された男物の黒服が実によく似合うのはいいけれど、コーディネイトの第一条件が出っ張りがないこと前提だったことがちょっと複雑なキョーコです。


 通りすがりの水本高校演劇同好会所属・平井信一くんの不審をかってしまうほどに怪しさに満ちたこの服装では逆に目立つのではないか、という懸念を抱いてしまうキョーコですが、エーコの「ジローの生態を観察するのだ!」の言葉に思わず「えいえいおー!」と大声で返してしまっている辺り、自分もまたエーコと大差ないことには気付いていない模様です。


 尾行に気付くことなく任務についたジローが早速目に付けたのは、ガチャガチャという機械。


 『ランダムで好きなものが入っているらしい』というポチからの情報に目を輝かせるとともに、同じく目を輝かせながら「レアものゲット」と口々に叫ぶ子供達の言葉に、レアなステーキあたりが入っていると推察したのでしょう……コロッケやドッグフードが入っているのかも、と目の輝きをさらに強め、キョーコとエーコにその犬レベルの常識力をツッコまれている師弟なのですが、そもそもポチは犬ですのでそのツッコミは意味がありません。


 しかし、ツッコミ以上に虚しいものがありました。


 投入口に記された『1回200円』の文字に打ちひしがれ、ドッグフードへの期待をへし折られたポチの悲しみの遠吠えを背に、ジローは資本主義の冷たさを改めて体感するのですが、ジローに渡すはずの小遣いを遣い込んでポテチ食ったり漫画買ったり酒呑んだりと、自堕落極まりない生活を繰り広げていながら、エーコは弟の貧窮っぷりを他人事のように眺めるのですが、開き直り、ガチャガチャを楽しんでいた子供達に詰め寄るジローの姿には流石に正気に返ります。


 しかし、悪の美学に反するし、それ以上に少年誌の主人公のモラルに反しまくる、という監視班の二名の懸念とは裏腹に、ジローは子供達に言うのです。


「ま…回すとこだけやらせてくれ… たのむ…!」


 突然頼み込んだ高校生と思しき少年にドン引きしつつも、回させてくれた少年達の優しさとあわてっぷりに支えられ、ガチャガチャを回す、という念願を果たしたジローは、裏でキョーコとエーコの涙を誘っていることにも気付かずさらに進みます。


 目に映るのはティッシュ配りのバイト。


 タダでティッシュを配っている、というポチの言葉に反応し、ジローは改造の素材を大量ゲットするチャンスとばかりに箱ごとティッシュを頂こうとして、バイトくんに止められるのですが、その様にキョーコはキルゼムオールの貧乏振りを知らされるのです。


 幹部自らが採集してきた昆虫を改造するしかなかったキルゼムオールがリッチな訳はありません。特に冬場は大変です。


 それはさておき、いちいち金が掛かるかと思えば、またあるときにはタダだったりと言う民間の訳の判らなさを実感したジローに対して、これ以上の失敗を見ていられない、と漢らしく教え、諭すことを約束するポチ。


 いや、犬は犬ですが。


 しかし、『犬に教わるな』というツッコミを入れた二人の心配とは裏腹に、むしろ犬だからこそ余計な知識をもたず、結果のみを伝えるポチの指導はシンプルでありながらハードボイルドで的確です。


 というか、『神はすべての人の心の中にいる』『やめておけ、それ(偽乳)はすでに改造済みだ』『店を守る守り神だ。超強いぞ』と、その的確っぷりはケンゾー先生の領域です。


 しかし、かつて5km先までレーザーで焼き尽くしたという伝説を持つ『守り神』こと、蟹ちりを始めとした蟹料理と、三池名物高専ダゴという庶民的なメニューを両立させた奇跡のチェーン“かに高専”の看板である巨大蟹のオブジェを改造し、360度全周囲にレーザーを撒き散らすという荒業『死のダンス』を放つまであと一歩の域にまで達していたその頃に、キョーコの携帯のカイザーが記す時間はタイムリミットまであと9分。


 今からリカバリーすれば間に合うが、ギリギリであることには変わりない。そろそろ止めに入らないと、このまま遊び続けるだろう、という懸念に駆られ、動こうとするキョーコですが、エーコはたとえちっちゃいこととはいえ、この任務を一人でこなすことでジローの責任感を伸ばそうとしているのだ、とキョーコが安易に動くことを止めるのです。


 意外に考えている、とついついエーコに対して感じていた見切った思考を改めるキョーコでしたが、単に動きたくないだけの話であって、概ねはキョーコが見切った通りでした。


 しかし、事態は急変します。


 時間ギリギリだというのに未だに着かないメモリーカードを待つおとーさんからの電話です。


 軽い気持ちでジローに任せていたものが、実は本当に超重要案件だったことを知り、慌てるキョーコ。何とかしないといけない事態を悟ったとはいえ、自分で言った言葉に縛られ、表舞台に出ることは出来ません。


 折りしもジローは結果的に客を引いてくれたことに喜ぶ、カニ頭なかに高専の店主に誘われ、蟹料理を奢ってもらえる寸前。


 店に入ってしまっては、どうしようもありません。


 最後の手段として、エーコが放ったのは『どこでもバット』でした。


 電柱を担いで歩く筋力をフルに活用しての投擲によって、バットは回転しながらジローの頭に命中します。


 その衝撃により、任務を思い出し、同時にカニを食って師に吐かせてしまうという失態を演じさせるという危険を避けるに至ったジローは駅へと走るのです。


 思い出したからにはあとは走るのみ。ポチの先導もあり、視界に駅を捉えています。


 折りよく信号も青で、辛うじて間に合うところ―― でした。


 ただ、横をすれ違った一人の老女がよろけて倒れなければ。


 スーパー帰りの老女の買い物袋から転げ落ちるネギとじゃがいも。


 残る時間は1分を切っている。別にオレがぶつかったわけじゃない。おじ上が待ってる…!それに、ウィザードリィでもここは[属性:悪]なら放っておくところ。


 しかし、立ち去ろうとしたジローの背中が翻りました。


 アーム状に展開したオートマントが、こぼれ落ちたジャガイモを瞬時に拾い上げたのです。


 思わぬものに窮地を救ってもらった驚き混じりでありながら頭を下げる老婆に、ツンケンとしながらも謝辞を受けて悪い気がしないジローに、監視していた二人も満足そうな笑みを浮かべるのでした。


 ジローとポチを迎え入れるキョーコの顔には笑顔。


 しかし、ジローの顔色は冴えません。


 任務に失敗したという痛恨が、そして、任務失敗後に来るであろうお仕置きタイムがジローの顔色を蒼ざめさせているのです。


 どんな罰も受け入れる―― そう述べるジローの右手に納まった「通りすがりのバーさんに貰った」ジャガイモに手を伸ばすキョーコ。


 『戦利品』を没収するとともに振り返ることで、全てを知る顔を見せることなく「たまたまぐーぜんジャガイモが足りなかったから、これで手打ち」ジローも真っ青のツンデレっぷりを見せるのですが、この場合は真っ青の意味合いが違いました。


 キョーコが怒らないことが逆に恐ろしい。天変地異か、それとも死刑執行の前触れか?


 そう言えば知っているかジロー、イタリアのマフィアは殺意を隠して贈り物をするらしいぞ?


 まさか毒殺か―― さらに震えるジローとポチに対し、やっぱり怒りの声が飛ぶのです。


 しかし、ジローが毒殺を恐れたその日の晩のコロッケは―― この上なく旨かったのでした。




第13話◆日記を開いて。


そういやジロー達がウチに来て





 深夜1時に程近いある夜、辺りが寝静まっている中、キョーコは微かな物音を耳にします。


 少し前まで物置として使われていたはずの隣の部屋から聞こえてきたその音に、むしろ安堵にも似た思いを抱くキョーコ。


 落ち武者に恐怖を抱いていたとは思えません。


 しかし、その部屋には霊がいるはずもないということを理解しているからこそ―― ある意味霊よりタチ悪い同居人、ジローがこの深夜に何かの作業をしていることが理解出来ているからこそ、キョーコに恐怖とは程遠い感情を抱かせているのです。


 そしてキョーコは思い返します。ジローとエーコの姉弟がやって来たことで、父一人、子一人の生活が突然終焉を迎えてから一月以上の時を経て大幅に変わった―― 変わらざるを得なくなった自分の生活について。


 まずは朝。


 かつては父と交代だった朝食当番が、ローテーションにエーコを加えたことで楽になった―― と思いきや、ライフパスで『壊滅的な料理の腕前』を振ってしまったエーコがローテーに入ったことで、むしろ救援に回る機会が増えてしまい、逆に登板機会が増してしまいます。


 ですが、地球の裏側に存在するアルゼンチンを守るためにはキョーコの尽力は不可欠!地球を貫通するほどの威力を誇るエーコの料理を完成させないためには連投もやむなしです。


 一方、ポチの散歩と新聞、それとゴミ出し係を担当するのはジロー。


 ジローにしてみれば師匠に教えを請いつつ、アイテムや改造パーツに最適な素材を回収するいい機会。今日もまたゴミ捨て場に無造作に捨てられた貴重な素材の数々を意気揚揚と持ち帰るのですが、ジローにとって……いえ、幹部自ら『貧乏だった』と述懐するキルゼムオールにとってそれは燦然と輝く宝の山だったのでしょうが、キョーコにとってはあくまで粗大ゴミ。エコライフと言われようとも、捨てられたものに手をつける価値観とは無縁です。


 ―― というか、発明自体厄介だ。変なもの作るんじゃない!そんな暇があるのならおとーさん起こしてきてよ!


 そのキョーコの発言にジローはプライドを踏みにじられ、憤慨します。そして、新たな発明の一つを披露することでその利便性を証明しつつ、キョーコの命令に応えようとするのですが―― いかんせんぶっつけ本番です。ローテーにエーコが入った恩恵を受けて惰眠をむさぼることが出来ていたおとーさんのベッドとして設えていたカタパルトベッド……文字通り、カタパルトとベッドを一体化させることで目覚めると同時に移動することを可能にするはずだったその発明は、勢い余っておとーさんを壁に突き刺すほどの威力で、目覚めたはずのおとーさんを再びの眠りに叩き落とすのでした。


 とはいえ、ドタバタした朝はそれだけに留まりません。


 登校、出勤前の手が足りている間に、やれることは出来るだけ多く!


 ジロー達がやってくる前から根付いていたその方針もあってでしょう、キョーコは登校前にエーコとともに洗濯物を干していくのですが、その中でキョーコはエーコにあり、自分にないものの圧倒的な存在感に愕然とします。


 カップ四つは確実に違うであろうその圧倒的な差を示す拘束具に興味津々なキョーコに、一応の慰めの言葉を発するエーコ。


 ですが、いくら慰めようとも染色体地図(ジーンマップ)は正直です。豊胸術を施すなり、遺伝情報を組みかえるなりして人為的に弄らない限りはもうどうしようもない事実を知っている以上、エーコに出来ることは一つだけ―― そう、目を逸らしてごまかすことだけしかありません。


 いえ、もう一つありました。


 その『もう一つ』―― ブラをキョーコにつけてその差を認識させるという方法でこの場を有耶無耶にする、というエーコの策にものの見事に乗せられて、コンプレックスを刺激されるキョーコを追い打つかのように、タイミングよくジローがその場に姿を現します。


 ジローに現場を見られ、キョーコはひとまずエーコによって植え付けられたコンプレックスをジローを攻撃するという大小……いや、ノーカンノーカン、代償行為によって慰めることを知るのでした。


 ともあれ、多分3年ほどの求職生活をのんべんだらりと繰り返すであろうニートとポチに見送られて登校する生活にも、ジローに根付いた悪の理論を活用して、近所のスーパー・さいや仁の16時過ぎという、勤め人には到底手を出せないという極悪な時間設定で始まるくせに、『CHA−RA HEAD CHA−RA』とばかりに人が群がるタイムサービスの特売品を勝ち取るという多少黒い術にも慣れてきたキョーコは、馴染んできた『家族四人』の生活の充実を夕食の時に特に感じます。


 家族が増えたことでその好みの幅も増え、料理の作り甲斐も増えてくる。


 好みの幅を増やし、腕を上げていくことで“家族”の笑顔が見れることが、より一層の充実を生み出すという好循環は、明日への活力となり、料理を作る上でのこの上ないモチベーションとなるのです。


 ですが、このモチベーションの高まりは、摂取カロリーも増えるという罠にも繋がります。


 増えつつある体重に悪の組織の陰謀を疑いつつ、同じようにぱくぱくぱくぱく食っていながらまったく体型に変化がない姉弟に嫉妬の眼差しを向けるキョーコですが、彼らには謎の『キルゼムぶくろ』があるのでしょうがありません。『キルゼムぶくろ』を付けたいのならば、改造手術を受ける以外にないでしょうが、それを拒否している以上、キョーコが健康的に筋肉を付けることは、最早必然としか言い様がないのでした。


 そして、キョーコにとって一束増した筋肉を再確認する作業が、食事の後に待っています。


 そう……入浴の時間です。


 まずはジローの存在を確認する―― いない。


 声をかけた後、改めて目視確認―― やっぱりいない。


 一安心して、衣服を脱衣篭へと投げ込むキョーコですが、一糸纏わぬ姿になってやはり気付かされる自らとエーコとの身体性能の格差。


 私が小さいんじゃない。おねーちゃんが大きすぎるんだ。そうだ、間違いない!おねーちゃんが異常なのだ!第一、私にはファンクラブもあるけど、おねーちゃんにはない!


 てゆーか、過去の藤木作品にもナイチチーズには國生FCかなえさん愛好会もあった(※後者については明確な名称はありません)けど、優ねーさんには誰も寄り付かなかったしっ!!


 ……でも、せめてもうワンカップあれば……。


 一生懸命に自分自身を元気付け、慰めようとする努力を、結局自らの一言で無にした虚しさが、寂しい胸を―――― 失敬……寂しく胸を行き過ぎます。


「ならばオレが大きくしてやるわー!!」


 本人、望んでないけどファンクラブを発足させていた御川高校柔道部一年・八倉あかねを忘れていたキョーコの度肝を抜く声が、誰もいないはずの湯船から挙がります。


 ジローかと思って身構えるキョーコでしたが、その正体は、ワンカップ、の一言に釣られてやってきた酔っ払いことエーコでした。


 もし本物のジローだったらどーなってたか、といつものようにキョーコで遊ぶエーコと、いつものように遊ばれるキョーコ。つか、毎回毎回、と言ってる辺り、いつも入浴中に遊ばれているはずのキョーコの学習能力のなさも結構深刻なような気もします。


 まぁ、そんな風に風呂で遊んでたら当然ながら割りを食うのは後に入る者達。


 今回はジローが再度の湯張りを担当するのでした。


 ともあれ、ジローが寂しく全裸で湯張りに勤しんでいる間にキョーコは一縷の望みを託した牛乳を、普通に自堕落な生活を送っていたら何も努力せずに持つ者になっていたエーコはビールを、それぞれ並んで飲み干します―― 当然ながら腰に手をやって!


 そうしてゆったりと流れる安息の時ですが、家族が増える、ということは即ち、安息ばかりでもありません。


 むしろ、戦いの時にもなるのです。


 アニメが観たいです、安西先生。残念ながら劇場版『下町カイザー』じゃないけど!


 ドロドロの愛憎ドラマを!人間の醜さを曝け出すかのようなドロドロなヤツを!


 みんなで観れるクイズ番組がいいなぁ。意外な知識を披露して、ポチ以下になってる威厳を取り戻したいなぁ。


 サイエンス特集を観なければならない!科学者的に!


 チャンネル権を争って意見をぶつけ合う、今時珍しい環境です。


 もしアニメが下町カイザーだったら問題なく多数決が発動していたでしょうが、残念ながら下町カイザーの劇場版第一弾は先週の放送です。


 多数決が望めない以上、決定する手段は拳による!


 という訳で、ジャンケンが発動しました。


 勝者は―――― チョキを出して見事『あまえんぼう将軍』の2時間スペシャルの視聴権を獲得したポチ。


 本放送とやってることに変わりはないんだから、ラストのチャンバラを10分だけ観ればいいじゃないか―― と意見したい四人でしたが、よりによって犬にジャンケンで負けている以上、何も言えません。


 かくして、年齢のせいか、ちょっと殺陣にキレがなくなってきた『徳平ケン』の演じるあまえんぼう将軍をの立ち回りを2時間見せ付けられることで彼らの一日は終わりを迎えるのです。


 改めて日記に書くことで再確認した大きな変化。しかし、日記に書かないと、その変化すらもごくごく些細な日常として受け入れてしまっている自分にわずかに呆れると、眠気が流石に限界に来たのでしょう。キョーコはひとつ欠伸を打ちます。


 そして、床に就こうと椅子から立ったところで気付くのです。


 ジロー達がやってくるまであれほど書き綴っていた妄想ノートに、最近は殆んど手をつけていないことに。


 日記の方が妄想よりもはるかに面白く、そして、非日常に満ちた内容なのだから。


 非日常が日常になってしまっている、という辺り、ある意味どこぞのひらがな四文字の毒キノコのサイトのメインコンテンツのような生活に慣れてしまっているのだろう、と苦笑しつつ床に入るキョーコ。


 そして気付きます―― 天井一杯に広がるモニターに映るジローの顔に。


「お、やっと寝るのかキョーコ」


 その言葉が、この映像がライブで送られていることを、そして、こちらの映像もライブで送信されていることを如実に顕わします。


 不審者が来るなどのもしもの時のために作っておいた監視モニターの映像だ、ということを誇らしげに述べるジローですが、突然床から起き上がったキョーコに怪訝な表情を浮かべます。


 ジローがどこに行くのか、と尋ねた5秒後、返答は横蹴りとともに叩き込まれました。


 プライバシーの侵害だこの野郎!


 オレは見てない!胸の悩みなど知るはずもない!


 その自らドツボに嵌まる発言を遮るかのように、深夜というのに響く破砕音。


 こうして―――― ご近所に迷惑を振りまきつつ、渡家の夜は更けていくばかりなのでした。





第14話/10日はXデー


「そっか… 今年もそんな時季か」





 鉛色の空から絶え間なく降る雨。


 梅雨空を見上げ、ポチとエーコは並んでこの時季の鬱陶しさに対するくさんだ気持ちを呟きます。


 そして、その様を眺めていたキョーコには、さらにもう一つの気持ちが沸き立ちます。今の空の色よりもくすんだ、重い気持ちに、洗濯籠を抱えたキョーコは溜息とともに憂鬱な声を上げるのでした。


 一方、この時季を待ち侘びていた馬鹿野郎どもがいました。


 ジローにアキユキを交えた三人を前に、タクトを振るう赤城会長……そして、タクトに併せて合唱する渡クラブのコンダクター達―― キョーコの誕生日である今月10日を盛大に、そして唐突に祝おうとする秘密計画……『キョーコくんの誕生日をサプライズに祝おう!』大作戦に併せて編成された合唱団の美声を披露して悦に入る赤城会長ですが、インパラに襲い掛かるチーターのオーラを纏った赤城会長の自信満々な態度以上にキョーコの誕生日を知っていたことに驚きを受けたユキや、このストーカー集団が部室まで確保していやがったことに驚愕するアキをこのアジトに招き入れたことには理由がありました。


そのサプライズパーティに参加してもらいたい!なぜならば!! 我々だけでは断られる可能性があるのでね!!」


 自覚はあるようでした。


 ともあれ、その提案に真っ先に乗ったのはジローです。


 誕生パーティの意味を理解しているのかどうかを不安がるアキですが、ジローもアットホームな悪の組織で鳴らしただけのことはあります。


 アキの言葉に応える形で「小さい姉上が勢いで怪人100人作った時なんか大変だった」と誕生パーティに纏わる思い出を語るジローですが―― 『小さい』が小さい頃のエーコなのか、それとも、エーコの下にいる友達に嫌われちゃったと思い込んで、友達代わりに怪人一杯作っちゃうような姉なのか……判断に困るところです。


 しかし、赤城会長にしてみれば、ジローだけでは不安ということもあり、改めてアキとユキに確認を取るのですが、二人は軽くアイコンタクトを交わした上で参加を表明するのです。


 そのアイコンタクトを見咎めたジローを蚊帳の外に、計画の成功を確信した渡クラブの興奮のボルテージは上がる一方!何より、ユキをこの計画の実行側に引き入れたことは間違いなく大きいことです。


 どこからともなく秘密を嗅ぎつけて、覗いて楽しむ老齢の家政婦とか靴職人見習いだったはずの小動物とかと同じ臭いを持つユキが計画外にいたんじゃ、サプライズの意味がなくなりかねません。


 ともあれ、女子二人を加えたことで、サプライズパーティが酒池肉林の宴に変貌するであろうことを正直に力説する赤城会長に、そういったことに敏感なアキは当然ツッコミを入れるのですが、キョーコ以外には興味が薄い赤城会長は彼女に対する印象は外見しかありません。


「いやー、助かるぞ えーと…乳デカ娘」


 さらにツッコミを入れるアキですが、そのツッコミを赤城会長に代わって―― 主に踏まれる方向で受けようとする黄村。そして、ムサい男所帯だった渡クラブに女子が介在するという感動に打ち震える青木と、その慣れない状況に緊張を隠せない緑谷。そして、新たなコスプレ対象を見出し、ターゲッティングするユキ。


 何だこの混沌?


 しかし、アキが会長に死の鉄槌を振り下ろそうと突撃を敢行する光景をよそに、誕生パーティにつきもののプレゼントを用意するように伝える青木の言葉に、根源的な問題である、財力がないジローは思案するばかりなのでした。


 しかし、ジローは財力がない程度ではへこたれません。


 ジローの経済力をストップしているエーコとキョーコを最もよく知る渡家のおとーさん、そして最も的確な判断が出来ると評判のポチに何か手段がないものか、と相談するジローに、おとーさんは一つのビデオカメラを示しました。


 古い方でメーカーにも部品がない、と突き返されて修理も効かない。


 安直に『買い換えればいい』とメーカーが言おうとも、大切なのはこのビデオカメラとカメラが噛みこんだテープに刻まれた思い出というかけがえの無い財産。


 どうにか直してもらえないだろうか、と頭を下げるおとーさんに、「フ… おじ上… このオレを誰だと思っている!」ジローはその技術力をフルに駆使して見事にプレゼントとして再生を果たさせることを誓うのですが―― その無駄に大きな気合の入った声でキョーコに感づかれそうになります。危ういところをエーコの麻酔が救うのですが、ポチにはしっかりと外道扱いされるのです。


 ともあれ、エーコという協力者がキョーコにバレないように主に猫じゃらしを振りかざして注意を引きつける中、祝う側はただただその持てる力をフルに駆使して迫り来るその日を万全の態勢で待ち受けます。


「オレの弁当を食ったのはキサマか――!?」「キサマこそオレのカルピス呑んだろ――!」と夕陽の中で殴りあうこともあるようですが、そこはまぁご愛嬌。元凶であるユキが心の中の河合○緒子を押し止めながら彼らの青春のぶつかり合いを涙を流して見つめながら時は過ぎ行き―― Xデーを前に、ジローのプレゼントは完成をみるのです。


 喜びのあまりにジローを抱き締めるおとーさん。ただでさえ筋肉の権化な上、ジローによって強化改造済みなのでその筋力はさらにアップしています。致命傷そのものは受けることがないとはいえ、藤木作品の登場人物の割に打たれ弱いジローはそのベアハグで死の手前まで追い詰められるのですが、飛来してきた思い出の一個大隊を何とかやり過ごすことに成功したジローはエーコの応えに応えてテープに残された映像を再生します。


 そこに映し出されたのは、ごく一部を除いてキョーコに似た特徴を持つ一人の女性。


 病床にありながらも穏やかな笑顔を見せる彼女の姿に、おとーさんは感慨深げに呟きを一つ残すのでした。





 そしてXデー当日。


 HRも終わり、ジローを連れて帰途につこうとするキョーコをオートマントで捕縛し、会場である渡クラブの部室へと連行するのは当然ジローの役目。


 陰鬱に響く雨音を跳ね返すかのように響くのはキョーコの疑問と驚きの声と、自信に満ちたジローの声……そして、部室の扉を開くとともに響いた彼女を祝う一同の声!


 しかし、サプライズパーティの成功を確信しての陽性のざわめきの中にありながら、キョーコは微かな驚きの後に、再びその意識を沈ませます。


 この日が祝福とは程遠い日であることが―― 彼女が生まれた日であるとともに、幼い頃に母親との永久の別れを余儀なくされた涙の記憶が、どうしても彼女を悲しみに沈ませるのです。


 湧き上がった空気が重苦しく沈む中、せめてプレゼントだけでも―― の青木の言葉も拒絶するキョーコ。しかし、そんなキョーコに対して「人は必ず死ぬ。 悲劇のヒロインにでもなったつもりか?バカか貴様」ジローはドラスティックな言葉をぶつけるのです。


 あんまりな物言いを非難するアキと緑谷の言葉を遮り、ジローの言葉の『正しさ』を理解するキョーコですが、彼女自身その『正しさ』を受け入れることもまた出来ない、ということを吐露すると、キョーコは雨の降り続く部室棟の外へと駆け出すのでした。


 キョーコを飛び出させた元凶であるジローに飛び掛り、天誅を下す渡クラブの面々をよそに、ジローだけが気づいたアイコンタクトの意味を―― キョーコが誕生日を祝っていなかったことを知っていたことを……知っていたからこそ、強引にではあっても、何とか彼女に誕生日を笑って迎えて欲しかったが故にこの計画に乗ったことを告げるアキ。


 結局、その想いは空回り、親友を傷つけてしまったことを悔いる彼女に、赤城会長もまた、調べれば判ることだったこの事実を突き止めることなくキョーコの傷を抉ってしまった痛恨を恥じるのです。


 しかし「アホか貴様らー!!」ジローは沈み込むばかりのこの場を劇的に変化させます。


 その言葉ばかりでなく、「オレを誰だと思っている! この程度…まだ序の口だ!!」ビデオカメラに何らかのガスを噴きつけるという行為も伴って。


続行だ!! パーティは主役無しでは終わらんぞ!!」


 そのガスの効果でしょう―― Gガンダムを思わせる腕組みとともに顕現したのは、キョーコの母の姿!!


 突然現れた『巨乳のキョーコ』に、自らの中にあるキョーコ像が崩れつつあると感じた赤城会長は恐れおののく中で、黄村は「アリだな…」と宗旨換えも辞さない覚悟を示すのでした。




第15話◆誕生日が命日


「いつまでも逃げ続けるがいい。 いやな現実からな」





 キョーコが部室棟から逃げ出したその頃、渡家にも雨は変わらず振り続けていました。


 陰鬱な雨を吹き飛ばすかの用に楽しんでいるであろうジロー達に思いを馳せ、羨ましそうに微笑みをこぼすエーコに対して同じく笑顔を見せる渡家のおとーさん。


 ですが、その笑顔の意味はエーコと少し違っていました。


 全てを知っているからこそ……そして、全てを知らないジローこそが頑ななキョーコの心を変えてくれるであろうことを信じるからこその笑顔を宿し、おとーさんは雨空を見上げます。


 その視線の遥か先にある三葉ヶ岡高校―― 駆け出していったキョーコを探して一同は学校中を捜しますが、結果は芳しくありません。


 事、ここに至っては、「必ず連れてくるから待ってろ」と言い置いたジローに全ての期待が掛かるのですが、慌てふためく渡クラブの皆さんの姿を見るに、本当に信頼しているかどうかは疑わしいというより他ありません。


 しかし、渡クラブの信頼度とは裏腹に、ジローはいとも簡単に墓地に佇むキョーコを発見します。


 捧げられた菊花と、雨に打たれる様が忍びないとばかりに差し掛けられた傘が、その死を悼む気持ちが薄れることなく残っていることを証明するその墓前に独り佇んでいたキョーコは、呆然としながらもこの場を突き止めたジローに「なんでここが…」と小さく質します。


「お前には発信機をつけてある!」と、なかなか台無しな台詞を吐くことで答えとしたジローではありますが、いつもならプライバシーの侵害を訴えていたキョーコのテンションは全く上がることなく、ジローもそのトーンの低さにやや平行してしまい―― そこで気付きました。


「おば上の墓か?」


 いやいやいやいや、そこでやっとかよ?


 思わずツッコんでしまいましたが、やはりツッコミ入れるはずのキョーコはローテンションのまま「うん。ちょうど三年目かな…」と受け答え、空気は陰鬱さを増していくのです。


 そんな重苦しい空気を嫌気してジローはキョーコをパーティに連れ戻そうとしますが、キョーコはそれを拒否します。


 祝ってもらえる資格なんかないから。


 病院から動けなくなってたお母さんに、わがまま言って困らせてしまったから。


 大好きだったのに、『大嫌い』なんて言ったのが―― お母さんに最期に言った台詞なんだから。


 だから、戻れない。祝ってもらう資格なんてない―― 理由を打ち明け、ジローに詫びるキョーコですが、ジローはそんなキョーコに溜息をひとつ吐くと懐を探り、プレゼントするはずだったビデオカメラを取り出すのです。


 キョーコとの最後の会話をした後の、キョーコの母が―― 心にもないことを口走ってしまった娘に対する気持ちを吐露する彼女の『思い出』が映っているそれを見ることで、キョーコに全ての答えを知ることをジローは促すのですが、キョーコはやはり拒否するのです。


 傷ついた気持ちの母を見ることが、母の娘であった自分に止めを刺されてしまいそうだから―― そんな現実なんか、観ることは出来ないし、観たくない。


 深く沈みこみ、分厚い闇色の殻に閉じこもるキョーコ。


 しかし、ジローは同情しませんでした。


「いいだろう。そんなに逃げたいのなら… その原因を取り除いてやる」


 軽く放り投げたビデオカメラが中空を漂うのは一瞬。


 二つの拳状に集約されたオートマントが、ビデオカメラを挟み込み……圧壊します。


 現実味を欠いた光景に呆然としていたキョーコですが、さらに言葉を継ぎ、地に落ち、雨に濡れるビデオカメラに止めの一踏みを加えようとしたジローの姿が彼女を強制的に現実に引き戻します。


 それは最期の思い出。


 無くしたくない。


 無くしちゃいけない。


 守らなきゃ!


 そのためには―――― 逃げちゃ駄目だ!


 渦巻く思いが、彼女を衝き動かしました。


 その身を盾に、ビデオカメラを――母の最期の思い出を守るキョーコにジローは言います。


「母が大切なのだろう。なら逃げるなキョーコ。


 お前の母は…お前の泣き顔なぞ望んじゃいない


 その言葉とともに、ビデオカメラから立ち昇る炎―― そして、炎の影に映るのは―― 誰あろう、キョーコの母の姿!


 物に宿った思いを立体化するというジローの発明品の一つ、メモリーファイアが映し出すその姿を、涙に濡れた瞳のまま哀しみ、そして喜びが綯い交ぜになった複雑な表情で見上げるキョーコと、ジローはバラバラになってもなお鮮明にその姿を映すほどに強い母の思いに驚嘆の呟きを漏らすジロー。


 キョーコの誕生日に帰ることが出来なかったことを詫びる母の表情は、暗く、重い。





 と思ったのは一瞬でした!


「なんて言うと思ったかこのおバカ!!一方的に言いたいこと言って逃げやがって!!


 あたしだってそげんかあんた大っ嫌いたい!!」


 途端に筑後弁を交えてまくし立てることで、やはりキルゼムオールの源流は筑後地方にあることを、そして、ジローはキョーコにとって母方の従兄弟である、ということを証明するとともに、「大体あんたは小一までおねしょして…」と、身内であることをいいことにキョーコの秘密を遠慮無しに暴露するキョーコの母!


 キョーコは何とか遮り、誤魔化そうとしますが、あくまでそれは映像でしかありません。キョーコの妨害など、まさに見当違いであるといわんばかりに「あと何アレ 変なノート!!暗いシュミを…」と、キョーコが秘密裏に書き綴っていたはずの妄想ノートについても呆れ返りながら非難叱責の雨を降らせるのです。


 ごめん、この手の叱責については身に覚えありすぎる。


 という訳で、予想外のダメージをキョーコと約一名のひらがな4文字のキノコにも与えつつ、腹に溜まっていた憤りを吐き出してスッキリとしたのでしょう、キョーコの母はようやく一番伝えたい言葉をビデオに託すのです。


「いつもは我慢してるあんたのわがまま。最後に聞けてよかったよ。


 甘えてくれてうれしかった。あんた誕生日でもないとわがまま言わないから


 迫り来る死期を誰よりも強く感じながら、それでも娘に向けるのは笑顔。


「キョーコ、幸せに…幸せになりなさいね」


 笑って死を受け入れ―― その上で、娘の幸せを託して逝ったその女性こそ、母。


 思い残すことなく旅立ったことで立体化させることは―― もう、ない。


 しかし、託された言葉は生命ある限り残る。


 託された言葉を受け止め、涙するキョーコに背中を貸すジロー。


 雨は、いつしか上がっていました。








 笑顔を取り戻したキョーコの周囲にやはり生まれる笑顔の輪。


 その笑顔を取り戻すきっかけを作り、今は再び破損したビデオカメラを修理しているジローに、キョーコは感謝の気持ちを込めてその名を呼ぶのです。


 有り難う、の言葉をいうには照れ臭く。


 かと言って、言葉にしないのは忍びない。


「ごめん、呼んでみただけ」


 満月は、ただ見下ろすだけでした。





第16話◆家庭教師にトライ


「テストなんて嫌いじゃ――!」


 三葉ヶ岡高校の授業は体育ばかりではないッ(挨拶)!!


 という訳で、これまで授業風景が体育ばかりしかなかった1−Aの教室でも、数学の授業が進んでいました。


 常識はなくとも、数式は万国共通!とばかりに数学の難問を完璧に解き上げるジローに教師をも含めた教室のそこかしこから賛辞の声が挙がります。


 そして、比較的近い位置にあるジローのその能力を有効活用しよう、とユキは思い立ち、明日の実力テストを前に総仕上げとして教えてもらおう、とアキに提案するのですが―― 困ったことに、アキはテストの存在すらも忘れておりました。


 そして放課後。ユキの提案によってジロー、そしてキョーコに助け合いの精神による勉強会の打診がなされます。


「勉強会については構わないけど、ユキはそもそも勉強得意じゃなかった?だってほら、学年でも上位なんだし」とキョーコは問うのですが、その言葉に応じてユキは、す、と右手を差し上げると、絶望の具現化した姿を示します。


 そこにあったのは、体育の授業しかなかったあの頃を懐かしむアキの姿でした。


 今まで観測されたことすらなかったのに、唐突に観測された数学の授業…そして、テストを呪うばかりのアキですが、ンな量子論に基づく発言をしたところで、また、『絶チルと展開がまた微妙に被ってるから』とメタな拒否をしたところで、一旦観測された以上、現実として発生するのが世の習いです。


「いや、テストは大事だぞ」テストの重要性を説くジローではありますが、「組織でもテストせずに使ったアイテムでひどい目にあったものだ!」と、その肝心な『テスト』の部分でズレが生じています。


 つか、『透明クリーム』もその類だったようでした。


 しかし、その『ズレ』を目ざとく見て取ったユキはアキの『部活で忙しかったし、先日の誰かの誕生日もあったことだし』言い訳を聞き流すとともに戦力の確認を行います。


「作文!!」「発明と改造!!」「体育!!」


 三人揃えば文殊の知恵、とは言いますが―― 駄目人間が三人揃ったところで結局は一山いくらの駄目人間の束でしかないことを思い知らされたユキは視線をす、と外します。


 自信を持っていたのに駄目人間側に組み込まれたことにショックを受け、抗議を行うキョーコですが、妄想ノートの中身とまでは行かなくとも、作った文章を人に見せたがらないようでは戦力を語るもおこがましい限りです。小説系の同人誌もあっとやけん、そっちに手を染めてみるのもどぎゃんね?


 福岡県在住の二次創作書きからの悪魔の誘いはいいとして、足手纏い三人を抱えてしまってはユキもまた共倒れになってしまいます。重量オーバーの危険を回避し、どうにかして戦力の補強を計ろうと試みるユキですが、そんな彼女の眼、そして、キョーコの野生の感覚が、えらく人為的な風に吹かれてやってきた数枚の紙を捉えます。


 そこに記されていたのは、大半が90点以上というべらぼうに優秀な中間考査の成績。得難い人材の存在に眼を輝かせ、その持ち主を探すユキとキョーコの目に映ったのは、誰あろう、渡クラブの皆さんでした。


 どうやら彼らが自由に行動出来るのは、成績が優秀だったから、という部分もあるようです。


 ともあれ、さりげなくアピールして戦力としては申し分ないことを主張する彼らの参戦に心強さを覚えるユキですが、会場を提供するアキからはNGが出されます。


「八人は物理的に無理!せめてあと一人だけ…」その言葉を聞くが早いか「渡さんと勉強会!他にも美少女が二人も!男としてここは引けぬ!!」開始されるジャンケンに勝ち残り、選ばれたのは、渡クラブの中でも些か影の薄い緑谷ヤスヒコ―― 実は3話からいたクラスメイトなのに誰にも気付かれなかった不遇の漢でした。


 てか、俺も気付いてませんでした。だって、体力測定の時にも制服だったしさっ!


 ですが、キョーコとユキの言い訳と慰めは即ちお近づきになれるチャンスとも同義です。影の薄い人生にこうして光を当ててくれた創造主(藤木先生)に感謝する緑谷ですが、このままの勢いで天に召されかねない彼にジローが一抹の不安を覚える中、ユキは目的地であるアキの自宅を示すのです。


 お好み焼き『なかつがわ』―― アキの世話焼きな性分も、恐らくは大阪焼きをベースにした実家の手伝いの中で培われたのでしょう。


 難を言えば、『なんして高専ダゴやナカとやろか?』と、大牟田出身の創造主のベースを押し通して欲しかったという部分はありますが、読者のわがままなのでどーでもいいです。


 それはさておいて、通された自宅の二階にあるアキの部屋は、漢らしいアキの性格を現す無造作に脱ぎ散らかされた服にバーベルやバットとボール、創造主が『描くのは得意です』と仰っていたサッカーボールと、意外に少女趣味な部分を持ち合わせていることを示すぬいぐるみ、そして、押しも押されぬ武闘派ヒロインであるキョーコをも唸らせる新しいサンドバッグと日々の鍛錬がもたらしたトロフィーの数々が並んだ、ある種混沌とした空間。


 てか、客が来るのが判っているのなら、押入れにでも押し込んどこうよ。


 しかし、部屋の主を差し置いて片付けを進めるキョーコとユキを差し置いて、漢二人はもうドキドキものでした。


 女の子の部屋に入ったことがないことが緊張感に繋がっている緑谷、そして、部屋のセキュリティが甘いことで緊張感を覚えるジローと、その理由のベクトルは全くの逆なのですが、結論として緊張感を覚えていることに緑谷は共感するのです。


 そして、片づけが終わった頃を見計らったかのように、『ますらお』の四文字を記されたTシャツを纏ったアキがせめてもの侘びに、と烏龍茶とお菓子を持って登場したことで、本題に入ります。


 不安に思われていたジローですが、数式は万国共通。余計な感情を交えることなく教えることで、生きた教科書と化していると言っても過言ではないジローはオートマントをアンテナペン代わりにして一つ一つを正確に指摘します。


 同時に三人分のチェックを行い、巾着結びにされてしまうのはまぁご愛嬌。


 そして、ジローの正確な添削をさらにフォローするのは非常に良く当たるユキの勘。


 何か裏取引してるんじゃねーのか、といわんばかりに良く当たるユキの予想でテスト範囲を絞り込み、ジローがその部分を添削する―― 非常にいいコンビが発生するのです。


 しかし、即席のコンビよりも長い時をかけて培われたのがキョーコとアキとユキのトリオです。


「2人はすでにわたしの嫁なのでよろしく!」


 笑顔で言い切るユキの言葉を否定するキョーコとアキですが、ジローはユキの嫁発言を信じ、ここはオランダか、はたまたテキサス州か、と愕然とします。


 しかし、そんなジローよりもある意味大きな驚愕を引き起こす存在が緑谷でした。


「ボクなんかクラスにまだ友達いなくて」


 入学式から2ヶ月以上経っているのにこの発言はあまりに重いものでした。


「友達ってなんだ?」と発言するジローよりもある意味深刻です。


 だからこそ、ユキは嫁の記録を引っ張り出すのです!


 引っ張り出されたアルバムに収められているのは、揉んで育ててやったアキと、育てる価値無しと放置しておいたキョーコ、そして、キョーコを指して『今も同じ胸のサイズ』と言っておきながら、大して人のことは 言えないユキの、三枚の洗濯板時代の記録。


 揉まれていない、と否定するアキに、キョーコを育てなかったことを猛抗議するジロー、そして、育っているという嘘を虚しく主張するキョーコを交えて盛り上がる中、滝のように感涙を流す緑谷ですが……この盛り上がりの中で一人で涙を流している時点で、影の薄さは払拭出来ないんだろうなぁ、と確信するばかりです。


 脱線しつつも本筋を進め、いつしか夜も更けてきた頃―― 夜以上に暗い気配に包まれている人が約一名。


 予定の半分も進んでいないアキです。


 勉強よりも騒いでいる時間が多かったことを批難するジローですが、ジローもまた騒いでいたことに違いはありません。


 だからこそ、アイテムでどうにか出来ないのか、とキョーコは促すのですが「いや、そーゆーズルみてーなのはいらねェよ。実力ごまかしてもしゃーねーし」アキはその申し出を拒否します。


 どっかのの○太に聞かせてやりたい一言です。


 しかし、意気込みだけは立派ですが、体育以外はほぼ睡眠時間となっていたアキにとって、数式とは見るだけで即座に眠りの園へと誘われてしまうもの。


 睡眠導入剤として数学のテキストを採用したくなる勢いで眠るアキに、三人は顔を見合わせて溜息一つ。


 この体たらくを放っておくわけにもいかない、と、朝まで付き合うことを苦笑とともに宣言し、改めて座りなおすキョーコにジローは自分にも待ち受けているテストの存在を述べるのですが、正論を吐くジローに対して、キョーコは笑顔で返すのです。


まーあたしも帰って寝たいけど―― 友達だしね」


 睡眠時間を削っても、たとえ翌朝の体調が落ちようとも、友達のためなら乗り越えられる!


 現実逃避にお好み焼きを焼いてこようとするアキを机の前に固定して。


「おかわり焼いてきた!」と称して何時の間にか逃げていたアキに眼を三角にして。


 腹が膨れたことでアキに続いて眠りに引きずり込まれるキョーコに雪中行軍のように声を上げて。


 寝惚け眼のアキに糸のように細い眼をしばたたかせながら。


 寝惚けて木刀振りかざして襲い掛かってきたキョーコに、オートマントの真剣白刃取りで難を逃れて。


 やることなくなってきたので、眠気覚ましにコスプレしつつ、ジローにも着ぐるみを着せて刻は過ぎ―― いつしか疲れ果てた5人はそのまま雑魚寝してしまいます。


 カーテンの隙間から差し込む朝日を受け、逸早く目を覚ましたジローと緑谷の体調は最悪。これからテストを迎えるコンディションとは言い難いものです。


 しかし、仲間とともにやり通したという事実もあって、気分は晴れやかです。


 友達、というものを知らないジローと、友情とは縁がなかった緑谷に生まれたその感情―― それこそが友情。


 軽く拳をあわせてハイタッチ。友情という名の新たな絆で結ばれた二人は、その絆を確かめると、未だに眠りの園にある三人に目を向け―― 目を奪われました。


 咲き誇るのは百合の花!アキを中心に、左手にアキのTシャツを毛布と思い込み、巻き取ろうとするキョーコと、右手には無意識でありつつも、長年の習性で揉んで育てているユキを従えて描かれたその川の字は、あまりに鮮烈で、刺激的でした。


 あまりにもけしからん光景に、さりげなく起こそうとする二人ではありましたが、さらに揉まれて軽くうめくアキの姿に、二人は漢の友情の証として、この光景をそっと胸にしまうことを選ぶのでした。


 そしてテスト期間も終わり、無事に赤点なく切り抜けることが出来たことを笑顔で訴えるアキをキョーコは素直に祝福し、ユキはそのために尽力してくれたジローと緑谷にも礼を述べることを告げます。


 無論、アキとしてもその心算です。


 変な奴らだと思っていたけれど、意外にいい奴だった。正直見直した―― と言いかけたアキですが、彼女達の目の前で繰り広げられていた光景は、その評価を台無しにするものでした。


 黄村が起こした火で煮え立った大釜の上に、青木によって簀巻きにされて吊り下げられたジローと緑谷に、初登場時の女装でやっぱり目覚めてしまったらしい赤城会長が、所謂女王様ルックで鞭を振り振りチーパッパ、とばかりに問い詰めます。


「勉強会でどんなドリーム見てきたー!?吐け―― !!」


「見てません!フツーでした 会長ー!」


 友情の証である朝に咲き誇る百合について喋ったら、記憶がなくなるまで殴られかねない―― だからこその沈黙なのでした。





第17話◆ブラックシノノメ


「服に着られている…?」





 梅雨も過ぎ去り、期末テストも終わり、季節はすっかり夏です。


 しかし、衣替えになってもジローは服を替えることはありません!


 なぜならば、服とは身嗜み!


 だらけてすっかり駄目人間になってる某ニートが身近にいるジローには、悪の改造学生服は譲ることが出来ない一線なのです。


 マンガがマンガなら、イギリス編に登場してサヴィル・ロゥのスリーピースを着こなすこと間違いないエレガンテへの拘りを持つジローですが、ラフな格好が好きなキョーコとユキにはその拘りは理解出来ないもの。


 いっそジャージとかでいい、と、どっかの上州出身の仕立て屋漫画を描いてる漫画家の素敵な職場図を彷彿とさせる駄目極まりない一言を吐く二人ですが、「だめだよ2人ともー! 服は大切だよー? 印象すごく変わるんだよー?」とある一人がその駄目人間の意見を却下します。


 コスプレに一家言を持つユキこと東雲雪路さんです。


 2人がコスプレしたらハマり役はいくらでもある、というのになんともったいない!たとえ2人の身体的特徴が筑後平野であっても耳納山脈(みのうさんみゃく・筑後地方の山脈……まぁ、創造主の出生の地である大牟田ではなく、久留米ですが)であっても、そっち方面の趣味の人は星の数ほど!マニアックな人気で新刊の売上げに貢献してくれること間違いなし!そう言って、コスプレ道に引きずり込もうとするユキの話を、野生の勘でキョーコは「いや、誰もコスプレの話はしてないよ?」の一言でぶった切ろうとしますが、タイミング的に言えば『ひまわりのみなさん、百式親方のところで出張コスプレ編』(意図的な表現)が終わったばかり&『仕立て屋』の単行本も最新刊が出たばかりと言う、『王様の仕立て屋』読者でもある某キノコにとっては“図った”としか言い様がない絶妙のタイミングのこの話題を、引っ張らない訳はありません。


 その話に食いついたのは薄い漢こと緑谷。ユキがコスプレをする人だと知り、意外な表情を見せるのですが、そのメインコスが女王様系と知るや否や、即座に半ば恍惚とした表情をしている辺り、本質的には服従本能に満ちた、犬のような性質をしていることは間違いない模様です。


 しかし、コスプレというものについて理解は出来ないものの、服装の乱れは心の乱れ、を旨として、未だにスタイルを崩さない悪のジェントルマン・ジローには、その服に対する強い拘りには通じるものがあったようです。


 刊行から2000年という世界一のベストセラーにも“男には男の、女には女の姿を”―― と言う一節があるように、幹部には幹部の、戦闘員には戦闘員の姿を、という拘りを持つ気を引き締めるために、いざと言う時には正装で固めることこそが、あのガスマスクスタイルこそが本来の正装なのだ、コレはカジュアルな仮の姿に過ぎないのだ、と豪語するのですが、ユキにとっては、あの一瞬の変身術こそが気になるところ。興味津津と問い掛けるユキに、得意満面で応じるジローが懐から取り出したのは、変身用光線銃!


 瞬時に物質変換することによって服を変換させる、という、まさに錬金術の産物、というべきこの光線銃を試してみたい、と躊躇なく放った光線銃の光はユキを包み込み……露出度の高い服装に変化させました。


 つか、誰とは言わんが、キルゼムオールの女幹部、ブラックレディのそれです。


 まぁ、どっかの両親が共働きの緑といちゃラブっているであろう誰かにはまだまだ眼鏡と黒髪と、おっぱいのサイズが足りてはいませんが、それでもなお、緑谷とアキを赤面させ、ナイチチーズを結成していたはずのユキにさえ谷間があることを認識してしまったキョーコに八つ当たりの送り襟締めを敢行させるには充分です。


 しかし、コスプレマスターのユキにはコレくらいはお手の物!まだきわどいのを着たこともあるし、むしろまだ足りないくらい、とばかりにおかわりを要求するユキの表情は輝いています。


 その輝きをメモリーに収めようと、ノリのいいクラスメイト達も参加して突如始まる撮影会というグデグデになりつつある展開に、キョーコとアキはその収拾のつかなさを危惧するのですが、転機は訪れます。


 もちろん、悪い意味での転機です。


 簡易版だから持続時間はせいぜい15分しか持たない。だから実害はないと言い切るジローの言葉を嘲笑うかのように、ユキはさながら煽情的な女幹部の態度でジローの耳に息を吹きかけつつ変身光線銃を奪い取ると、その射出口を緑谷に向けると銃爪を引きます。


 緑谷の姿が全身タイツに目と口の位置に三つの穴を配した仮面を纏ったいでたちのキルゼムオールの戦闘員の姿に変わる!


 かっこわるーい!と不満の言葉を述べる緑谷ですが、生来の犬気質を刺激されたのか、はたまた、幹部には絶対服従というプログラムが備わっているのか、ユキの言葉に従い、四つん這いになる緑谷!


 そして訪れる踏みつけられる感覚……黄村ならむしろ大喜びでしょうが、薄い漢にはまだ刺激が強すぎます。


 古来、化粧で人は変身すると言う。しかし、コスプレ衣装がマインドセットを行うと言う、ジローにも予測不能な主客処を変えた現象によってユキはキルゼムオールの幹部、ブラックシノノメへと変貌を遂げてしまいました。


 コレつかって侵略してりゃ良かったんじゃね?と思わせることこの上ない威力を発揮した光線銃の虜となり、周囲に被害を及ぼすユキにより、戦闘員と化すクラスメイト達!


 一旦退却を選んだアキですが……遅すぎました。


 今日も今日とてキョーコの姿を覗きに……げふんげふん。キョーコの尊顔を拝みに来た渡クラブの一同の前で、教室から飛び出したところで彼女を打ち抜いた光線は、夏服の丈の短いスカートと上は夏の体操服、ポニーに結い上げた黒髪というアキの姿を、テンガロンハットとビキニ、そして革のガンベルトにブーツと言う、口笛と荒野のRPGの、知安がテキトーな場所にある酒場でも何度か見たことのある渡り鳥のようないでたちに、トレードマークの一つであるポニーテールがツーテールに変化させてしまいます。


 神奈川県御川市在住の、必殺技・瞬天降魔脚という御川高校生が見たら、同じ系譜であるにも関わらず、絶大な違いが存在するその姿に、怒りで何をしでかすか判りません。


 多分、バンダナ巻いたパンツマンが八つ当たりでボコられるかとは思いますが。


 しかし、その姿―― 下町カイザーの『セクシー女』の姿となったアキにジローが驚くのは、うっすい胸以外には興味なしな、ある種漢前な性質を保持しつづけている赤城会長の『痴女』という評価から来るものでもなければ、下町カイザーの登場人物の姿に変じたことを羨ましがりつつ、やはり自分には無理がある、と確信したキョーコの複雑な思いから来るものでもありません。


 組織のデータ以外の衣服を装着させるという、自分の知らない機能を発揮していることにこそ、ジローは驚いていたのです。


「なるほど…マガジンがメモリースティックになっているのか。 私の所有するコスプレデータがそのまま使えるようだ」


 おいちょっと待て製作者。


 製作したはずのジローにすらも思いもよらなかった汎用性に逸早く気付き、「日本をコスプレ大国に!!」コスプレによる支配を開始し始めたユキに驚愕するキョーコですが、読者的には『セクシー女』のコスプレをユキがやってた、ということに驚愕したいと思います。


 しかし、ジローはリセットを押せば元に戻るし、大した野望ではないから、と時間切れになるまでの時間放置することを選択。事なかれ主義の日本人らしい発想です。


 しかし、急変する事態はジローの選択を嘲笑います。


 渡クラブの三人を貫いた光条は、かつてキョーコの改造予定に対してイヌミミにして首輪つけたいとリクエストしたユキの性情を写し取るかのように、三人を犬の着ぐるみや犬耳つけたいかつい海パン野郎へと変じさせると、その姿に見合った習性をそれぞれにさせるのです。


 恥じらいを喪い、カメラに取られる悦びを顕わにするアキに、犬の如き態度を取る三人。


 あ、いや、犬耳海パンとなった青木だけは、何がなんだか判りませんが。


 しかし、ジローとキョーコが驚くのは一瞬。ユキ……いえ、ブラックシノノメは二人に相応しいコスとして、ロミオとジュリエットをメモリーから検索しようとしていたのです。


 その言葉に一目散に逃げ去るキョーコに、ジローもまた不吉さを感じてその後を追い、辛うじて追撃を振り切った二人は、視聴覚教室の教壇の後に潜み、時が過ぎ去るのを待ちます。


 残る時間は5分もない。やり過ごせば、全ては元に戻る―― その安堵からでしょう。ジローはロミオとジュリエット、というものについてキョーコに尋ねるのですが、その精神的な弛緩……そして、キョーコがその説明に口ごもる隙に、ブラックシノノメは着実に彼らに近づいていました。


 扉を開き、コスプレの新世界に到達するがいい、とばかりに銃口を向けるブラックシノノメに、最後の手段としてジローは実力による排除を実行しようとするのです。


 しかし、この暑い昼日中、しかも正装にオートマントと言う服装で散々逃げ回り、辿り着いたのは暑いを通り越して熱いくらいの夏の使われていない視聴覚教室、ということで、ジローの身体は限界に達していました。


 熱中症により、ダウンしたジローの隙を突き、放たれた光線は過たずに二人を打ち抜き……中世イギリスの装束へと姿を変えてしまうのです。


 ブラックシノノメが好む―― そして、藤木作品にはすでに二度目の登場となる演目であることで、多分造物主も好んでやまないのであろう『ロミオとジュリエット』……シェイクスピア作品の中でも最もポピュラーなこの作品の肝であるラブシーンを、衣装に操られて演じるキョーコ!


 ですが、ジローにはその呪縛はありません。


 そう!あくまでこの衣装によって操られるのは一般人!ジローのようなキルゼムオールの構成員には、耐性があるのです。


 しかし、耐性があるはずのジローはなぜか動けません。


 迫り来るキョーコの顔が。


 その朱に染まった頬が。


 『ロミオ』を求めてさまよう唇が、ジローを呪縛していたのです。


 ですが、特等席で劇的な一瞬を観察しようとしていたブラックシノノメの手にある変身光線銃は、ジローの間合いにモロに入っていました。


 ―― カチ。


 リセットを押すことでブラックシノノメはユキへと、ジュリエットはキョーコへと、そして、十把一からげな戦闘員は単なるクラスメイトへと戻り、難を逃れたジローですが、呪縛していたものの正体は掴めぬまま。そして、呪縛に囚われていたままでも良かったのではないのか、という感情に驚き、一生懸命に否定するのです。


 そして、戦闘員からクラスメイトへと戻ることにより、緑谷もまたバカ殿様と同じく一クラスメイトへと格下げされた末に消滅するのではなかろうか、と危惧してしまう中、ジローは夏服に衣替えすることを決意するのでした。






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