キルゼムオール・レポート7








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第59話◆黄村の下克上


「よりどりみどり! 今こそ手下を手に入れるチャンス!!」




 三葉ヶ岡にやってくる春!そして新入生!!


 入学式に至り、下級生を迎え入れようとする部活生に混じり、ジローもキルゼムオールの勢力を拡大しようと大張り切りです。
 ファンクラブとしての活動以外にも部活をこなしているアキユキの二人もまた、それぞれの部に新入生を呼び込もうとしていますが……演劇部に新人を引き込めていないユキはまだしも、アキは陸上部に三人の新入部員を確保―――― と、何故卓球部じゃないッ!?


 あ、いや、藤木先生の盟友の一人である福地翼先生が既に「タッコク」でそのネタやってるから、やったとしてもネタ被りでしかありませんが。


 ですが、三人の新入部員は新入部員で読者の妄想以上の兵揃い。アキと同じ部活に入部出来たことに早くも興奮し、ハァハァしてる百合ばかり。


 一部同人作家の方のアップが激しくなってきた模様です。


 まぁ、読者の妄想やら何やらはさて置きまして、それがたとえアキがユキの嫁として確保されていることに衝撃を受けるような困った後輩達であっても、先輩として慕われることはむしろ喜ぶべきこと。そんな後輩達を先達として導くことが何よりの責務なのだ、とジローは未熟だった自分を指導し、そして誰よりも早く認めてくれたかつての先輩の厳しさと、その奥にあった優しさを懐かしみます。


 家族経営やなかったんかい、キルゼムオール?!と言うツッコミはさておきまして、ジローは時計柱に立つと、緑谷を戦闘員として従えてキルゼムオールの戦闘員を大々的に募集するのです。


 しかし、戦闘服がダサかったのでしょうか……指指された坊主頭の少年は目をそらしました。


 ならば、とツーテールの少女……藤木作品的には、“ギガグリーン”の作中でいい雰囲気だった小さい姉上を「ひゅーひゅー」と無表情に囃し立ててた娘に酷似している少女に白羽の矢を立て―――― 全力で回避されました。


 ええい、こんなにもいい組織に入らないとは何事だ?!ちゃんとタンピン三色ドラドラおやつと昼寝つきという、今のご時勢にはありえないいい職場だぞ!?


 いや。まだモラトリアムしたいし。第一、その戦闘服、戦闘員も脱ぎたがってるくらい不評じゃん。


 そんな言葉なき反応にキレたジローは、オートマントを駆使して新入生達を拉致する道を選びます。実に悪らしいやり方ですが、そんな方法は当然ながらキョーコが黙ってはいません。


「やめんか」


 時計塔の上まで駆け上がるとともに顔面にミドル。


 相変わらずのスパルタ調教でジローを沈黙させ、実に手慣れた手際でいそいそとジローの遺体(死んでません)を回収するキョーコ達に、新入生達は感心するやら引くやら。


 緑谷の妹も、やはり兄の知り合いであるジローは変な人なのだ、とびくびくおびえながら実感するのですが、その怯えというアンテナは、彼らのやり取りをただ一人腕組みしながら眺めていた存在を感知するのです。


 学ランに身を包むのは、金髪に白い肌を持つ外国人―― 感知の網に引っかかるのもむべなるかな。


 しかし、回収したりされたりで大忙しのジロー達が感知の網を張ることはありません。人はいつでも自分のことで手一杯なのです。


 ともあれ、三葉ヶ岡高校が新入生を迎えたということは、ジロー達が進級したということでもあります。


 キョーコの邪魔によって手下を得ることが出来なかったジローは不満を露わにしますが、進級してもなお同じクラスに振り分けられたことを喜ぶ三人娘。


 そして、そんな三人以上の喜びを以って、薄い漢こと緑谷と入れ替わりにこのクラスに振り分けられたことを喜ぶ漢が一人。


 創造主の代弁者として覚醒した黄村でした。


 二度のメイン投入の反応は上々。というか、人畜無害で存在感のない緑谷よりも読者の共感は間違いなく上!いよいよ俺の時代がやってきた!このチャンスを逃がすわけにはいかない、と力の入る黄村と対照的に、緑谷は無念を押し殺しつつも、休み時間に会いに来ればいいだけ、と強がります。


 ですが、そんな強がりすらも出来ないほどに落ち込んでいるのがシズカでした。


 別のクラスに入ることは許されない、とでも思い込んでいるのでしょうか、ジロー達の輪に入ることも出来ないまま廊下で泣き崩れ、元気に妄想劇場を展開する彼女にギャラリーも少々掛ける言葉を見失うのですが、家でニートの世話に勤しむ乙型のアホ毛アンテナにすごい邪気を感知させるほどの妄想電波はアクティブレーダーとなって彼女に一つの存在を感知させるのです。


 ともすればジロー以上ではないのか、と思われる存在の気配にシズカがかすかな戦慄を覚える中、黄村を交えたいつもの面々の話題はジローの突飛な思いつきに至ります。


 まぁそうは言ってもジローだし。


 いや、実はあれはキョーコちゃんが身体を許さないから浮気を狙っているに違いない。


 倦怠期なんじゃないのか?


 勝手気ままな想像で語りますが、ジローの思惑は違いました。


 首領となるにはやはり人望が必要。


 しかし、この一年で得ることが出来た手下はゼロ。


 むしろ、ポチを師と仰いだり、ブラックシノノメに好き勝手されたりと、自ら進んで下に下にと潜り込んでいる印象は否めませんが、結局誰一人として配下に迎え入れることが出来なかったことは焦りとなり、ジローを無謀と言ってもいい行動に走らせたのです。


 そして、ジローの焦りをさらに増す事件が起こります。


 黄村にもフィギュア部の後輩がいたのです。


 入学初日からフィギュア部に入るという辺り、剛の者というより他ありませんが、黄村に後輩がいた、という事実に対してあからさまに動揺するジローの姿に、黄村はジローの焦りを見透かしたかのように、「……あれ?ひょっとして――― 阿久野さん、誰からも慕われてない?」上から目線で言うのです。


 流石は創造主によってジローを上回る『真の悪』の称号を受けた漢。容赦ありません。


「悪の…えーと なんでしたっけ? けっこう大したことないんスね」さらに抉りにかかる黄村にジローも本気を出しさえすれば、と応じますが、黄村にしてみればあんなきゃっきゃうふふなハーレムで何もしないというヘタレ科学者の本気などはたかが知れています。


 出せるものなら出してみろ、とばかりに吹き出しながらさらに煽る黄村に追い込まれる一方のジローですが、その耳に届いた、階下を眺めていたクラスメイト達の声にジローは活路を見出すのです。


 校舎裏ではなにやら揉めている一年生と思しき生徒達。三対一ということもあり、止めに入らないと単なる揉め事に収まらないかもしれない―――― とあらば、その揉め事を仲裁すれば、人望は回復するし、手下としてゲットすることも可能!


 その思惑とともに二階の窓から飛び降りるジローでしたが、地面に降り立ったジローの上に落ちかかるものが存在しました。


「渡さん達もメロメロよ!!」と、下心全開ではありますが、ここでいいところを見せてやれば、という部分でジローと同じ方法論を選んだ黄村です。


 脳内通信空手300段の実力を見せ付けてくれるわ一年坊ども!


 いや、脳内で通信空手かよっ?!


 ……思わずツッコんでしまいました。


 しかし、サンドバッグ代わりに吊られた牛肉を叩くことすらも怠った脳内過激派な黄村は、三年とちょっと前までランドセル背負ってたとは思えない老け顔の一年生三人の迫力を前にあっさり屈しました。


「さすが黄村くん…!身内にゃ強いが他人に弱い…!」緑谷の評価そのままに二秒で失禁し、土下座するダメっぷりに、目の前で見ていたジローはもちろん、一部始終を見守っていたキョーコ達も「フム、変態な上にやっかいな男よ…」「ダメじゃん」「えらいのがクラスに入ってきたな…」あっさりと評価を下すのです。


 黄村の下克上があっさりと終結し、厄介な変態ポジションに落ち着いたところで改めて仲裁に乗り出したジローでしたが、恐らくは中学時代から培ってきたであろうヤニくさい息を振りまきながら、一年生達は自分達の行為の正しさをアピールします。


 何だよてめー、さっき女にやられてたヘタレじゃねーか?


 俺らは今からこのガイジン指導しなくちゃいけねーんだよ。何ならてめーもやっちゃうぞ?


 言葉の端々に侮蔑を覗かせる三人に、ジローは評価を下しました。




 オートマントの拳×3。




 こいつらなどを手下にしたところで品位が下がるだけだ。悪のエリートの手下ならば、エレガンテを心得ておかねばならんのだ。


 査定を終え、不採用の評価を下したジローは、三人に絡まれていた少年に声を掛けますが、その外国人の少年は不意に学ランの前を開けるとともに、懐から一本の苦無を取り出すのです。


「いきなりトラブルば!忍失格たい!」


 唐突に腹を切ろうとする少年の手首をはたき、腹切りを阻止するジローですが、腹を切ってわびることこそが日本の流儀だ、と信じて疑わなかった少年はジローの行いに驚きを隠しませんでした。


 むしろ、ネイティブな創造主がパチモンくさい『漫画九州弁』を使ってきた方が驚きでした。


 下手な九州弁は、ネイティブには挑発行為にも等しいからなぁ。


 藤木先生はきっと多大な無理をしたに違いありません。


 ともあれ、パチモン九州弁を操る少年は、ジローの「腹切りよりはむしろ特攻の方を選べ」という言葉に痛く感動を覚えたのでしょう、「さすがですたい兄さん! 器がでかか」土下座で感服を示します。


 兄さん?あれ、いつの間に芸人に?!まぁまぁキョーコちゃん。確かに下手なお笑い芸人よりは面白いからいいじゃない。


 脳内に『?』を浮かべ、怪訝そうに彼らを見下ろすキョーコたちですが、その少年は別に弟子入りしたわけではありませんし、いくらジローが虚弱であるとは言ってもオクレ兄さんと化したわけでもありません。


 何より、『芸人で言えば』というボケが成立していたのは、今はなきHXLの亡葬遺体くらいのものですし、『アルク兄さん』ことアルクベインが別企画にクロスしに行った今となっては、少年漫画業界で『兄さん=芸人』というボケはそうやすやすとは使えません。


「オレん名前は阿久野サブロー!!」そのネタが使えない、と言わんばかりに自らの正体を明かす少年。「ウクライナ出身!よろしくたいね!」


 予想外の答えに戸惑うジロー達。


 ベガスに一山当てに行った親父が、世界を股に掛けての子作りをしていたのか。実は野球チームが出来るほどの兄弟がいるのではないのか―――― そんな疑いを振りまきながら、新年度はスタートするのでした。






第60話◆阿久野サブローくん


「あなたへの言伝ばい」




 ジローを『兄さん』と呼ぶ少年・サブロー。


「筋がいいな、お前」と、借り物のミニ四駆で芸を披露したと思しき彼に声を掛け、養子にしたという逸材……親父の野郎、世界を股に掛けた子作りをしていたわけではないようでしたが、いくら両親がいないとはいえ、簡単に養子に迎え入れるあたり、倫理観については大して強いものを持ってはいないことに関しては変わりないようです。


 その経緯、そして、ジローのいる学校ならば融通が利くだろうということで三葉ヶ岡高校へと入学してきた理由を語るサブローですが、なぜか部室棟の天井にぶら下がって受け答えするその姿は奇妙そのもの。


 降りて来い、と命ずる赤城会長の言葉も、「忍びですけん」の一言できっぱり拒否します。


 しかし、憧れと実像とは果てしないずれがあることを、サブローは身を以って知りました。


 はっきり言えば、鬱血。


 長時間逆さになって天井にぶら下がっていては、頭にばかり血が昇っている上、手足に血流が回り辛いこともあり、咄嗟の時に動けるはずはないのです。


 動けない忍者など、ただの的―― 的に成り下がったサブローのにわかっぷりに、赤木会長と黄村、そしてアキは容赦なくツッコミを入れるのです。


 そんなコントが繰り広げられる中、ジローとキョーコは舞台袖でその大騒ぎを眺めつつ、大首領について言及します。


 養子だなんて、無茶する人だったんだね、おじさん。


 というか奴は大雑把なだけだ。


 不満も露に大首領への愚痴をこぼすジローですが、その苛立ちの矛先はジローを兄さん、と呼ぶサブローにも向かいます。


 兄さんが駄目なら、やはり兄上っすか?それともアニキ?


 忍者ならまず兄者を選択肢に入れるべきです。


 ちなみに拙サイトでの一押しは『あにさま』です。次点は落語家っぽく『兄(あに)さん』で。


 しかし、苛立つジローは血が繋がらないとはいえ、恩義ある大首領の息子であり、戸籍上では兄となるジローにまとわりつくサブローの態度が気に障ったのでしょう。「兄と呼ぶなと言っている!!」大声で応じます。


 突然の感情の爆発に戸惑う一同。しかし、その矛先であるサブローは一切動じることはありませんでした。


 むしろ大きいと思っていたジローの器の案外な小ささに軽い嘆きの言葉をこぼすとともに、学ランの裏に隠し持っていた幾つもの苦無の一本を抜き出したサブローは、目にも止まらぬ動きでジローの背後に回りつつ、その首筋に無造作に突きつけて日本にやってきた真の理由を告げるのです。


 その一つは大首領からジローへのメッセンジャー。


 “社会勉強もいいが、チンタラしてたら次の大首領の座はサブローのものにするぞ。組織復活の目途が立ち、早ければ来年にはキルゼムオールは再び世界征服に動くことが出来るようになった以上、ダラダラモラトリアムさせておくわけにはいかんから心しておけ”―― 大首領からの言葉を裏付けるかのように、サブローの実力は極めて高いもの。


 血統ではなく、実力がものを言う悪の組織において、道具に頼り続けてきたヘタレ科学者としては身体能力に長けた『弟』の登場は正直ピンチです。


 ましてや、サブローのもう一つの役割は大首領への報告役。


 キルゼムオールの首領の座が魅力的なものであれば、讒言され放題、足引っ張られ放題です。


 …………魅力的ではない、ということなのかッ?!


 キルゼムオールの首領の座はこの際さておいて、組織の再開の目途が立ったということに一同は祝福の言葉を向けるのですが、ジローのテンションはそれほど上がってはいないよう。


 本当に遊んでいたわけではなかったのだ、とやる気も新たに、再び手下を手に入れるためにファンクラブの部室を出て行くのですが、その言葉の醸し出す不自然さはキョーコには一目瞭然。


 雰囲気のおかしさには初対面のはずのサブローも気付きますが、手下を手に入れにいく、と部室を後にしたというのに勧誘するせずにただ屋上の給水タンクの上に寝そべってまんじりと時を過ごすジローの違和感の原因は、自分にあるのだと沈み込むサブローの思いとは別のところにありました。


 キルゼムオール壊滅から一年の刻を経て、組織は着々と復興に向かっているというのに、自分は何も出来ていない。


 手下はいないし、社会勉強もまだまだ。何より、こっちに来てから初めての目標であるキョーコを服従させる、というタスクすら成し遂げてもいない。


 その焦り……そして「オレは、あと一年しかここにいられん」決して短くはない、しかし、長いとは言い難い月日の先にある別れの予兆こそが、ジローを苛立たせていたのです。


 気に入り出したこの風景が。


 日々を過ごす中で得た絆が。


 待ち望んでいた『組織の復興』という悲願が達成されるとともに喪われてしまうという皮肉。


 しかし、ジローはただ嘆くだけではありませんでした。


 研究所の中だけで生きていたならば得ることの出来なかったこの輝かしい日常をより一層光り輝かせるためにも、進級記念撮影をするためにジロー、そしてキョーコを追いかけてやってきたいつもの面々も交えて、ジローは万感の想いを込めて言うのです。


だからあと少しの間、オレと仲良くしてくれ。オレはここが気に入っている」


 その言葉でキョーコが思い出すのは、阿久野家の一同と過ごした夏の日々でしょうか?


 ジローには帰る場所がある。


 自分の生活とは縁遠い、暖かく、のどかな生活がある―― って、悪の組織でそれはどうよ?


 つーか、ミスリード誘って書いてみたけど、一般人なはずのキョーコの生活の方こそタチ悪いようにしか見えないな。


 まぁ、のんべんだらりと時々妄想ノート書いてる生活が果たして健全と言えるのかどうかはいいとして、ジローの不器用で真っ直ぐな願いは、誰にも断る理由などありません。


 別れは確かに来るもの。


 だったらその時まで悔いなく一つ一つの思い出をしっかりと心に刻み込むことこそが、自分達に出来る最善の選択。


 こうして記念の一枚を撮ることも、消えない思い出を作るには最適。


 デジカメのタイマーをセットしつつそう言うユキですが、シャッターが降りる直前にその手に現れたのは、かの変身光線銃。


 やっぱりこのプレゼントはユキに最も渡してはいけないものでした。


 西洋風の騎士の姿のコスプレをするユキはまだしも、ふんどし一丁サラシ巻きのジローにやっぱりキルゼムオールの下っ端戦闘員姿になった緑谷、脱ぎキャラとしての地位を固めるかのように裸の階段を踏みしめる赤城会長と化粧廻しに大銀杏を結い上げた黄村……裸グループから外されたかのように、ダンボール製の装甲をぞんざいに身に着けたフルアーマー・青木ZZ。


 そして、フラダンサー姿のアキと臍の辺りまでばっくりと開いたライダース姿のキョーコ。


 露出度に見合ったメリハリを持つアキはまだしも、キョーコの平坦なまな板では、誰も得しません。


 かくして始まる追いかけっこ。


 どうやらこの武闘派女子二名はフルプレートの騎士であっても素手で倒せるようです。


 でも、ファリスの猛女殿を相手取るのは死ぬと思う。


 何はともあれ日は暮れて、家路を歩むジロー達。


 夕焼け空の下、ジローとキョーコの二人と別れたアキユキは、キョーコの明るさを取り戻す一因となったジローとの別れの日が微かに見えたことを実感すると、世話焼きババアとして恐れられた彼女達の本気を出すことを誓います。


 その割りに強引な攻めでキョーコに警戒されるばかりなのはどうよ?


 そして、二人の世話焼きババアにさらに徹底的にマークされることになったジローはというと、自らの大人気なさを悟ります。


 思えばサブローも公私共に後輩であり、手下も同然。


 そんな後進を指導鞭撻することこそが自らの定めた目標だというのに、焦って妙な態度で接してしまったことは反省しなければならない。


 その意味を込めて、一人暮らしで何かと困っているであろうサブローの元へと向かうジロー。


 しかし、サブローの住む場所に到着した時、ジローの態度はさらに硬化するのです。


 海を見下ろす高級マンションの最上階は、リビングだけで渡家の敷地が収まるほど。


 ナイトガウンに身を包み、ブランデーグラスに注いだ白牛乳を軽く呷るサブローは「あ、大丈夫っス、親父さんから充分な生活費もらっとりますけん。 ここで一人暮らしばがんばります!」碧い寝ぼけ眼で決意を語る!


 片や自分に回るはずの生活費が姉のガリガリくんに変わる生活。


 片や既に天下を取っているかのような豪華な生活。


 待遇の差にむかつくジローの怒りもさもありなん。ギャンブラーだけあって、やっぱり大首領の経済感覚は破綻しているようです―――― が、ここをエーコが嗅ぎ付けたら、リビングに鎮座する大画面テレビくらいは軽くガリガリくんに変わっていることでしょう。


 ニートが同居している、ということで経済格差が生じているのであれば、ジローは怒りの矛先をエーコに向けてもいい、と読者はちょっと同情するのでした。






第61話◆兄弟の距離


「兄弟ってどげんしたらよかとでしょーか?」




 朝の日課の散歩も終わり、ポチとジローも食卓へ。


 ですが、この日の渡家の食卓はいつもと少し違いました。


 箸使いも器用にジローの席で粕漬けパリパリかじってるのは、高級マンション住まいのはずのウクライナ人。


 ある意味納豆好きなセルビア人よりもハードル高いです。


 何をしにきた。もしやスパイか?!そう問い質すジローですが、朝の食卓に溶け込み、ニートやボンクラメイドロボにもすっかり受け入れられているサブローは、突然のブルジョワジーでは到底覆い隠せない貧乏性を示すかのように口の中に食べ物を詰め込んだままその詰問に答えます。


 忍たるもの主に仕えて支えることこそが本懐。スパイげなありえません。


 なんか、忍者と侍ごっちゃになってねぇ?と尋ねたくなる回答です。


 というか、絶チルでも侍っぽい思考回路に嵌まり込んだ忍者がサプリに活躍の場を求めている辺り、サンデー的には忍者と侍に大差はない模様……つーか、藤木先生&椎名先生、またもやネタが被っちゃった模様です。


 椎名先生的には最早何度目か数えるのも億劫になってきたに違いない、絶チルとの他作品とのネタ被り……そして何より、ハヤテや金剛番長はフォローしたのに、はじあくについてはまたもやどスルーされたという悲しい現実はさて置きまして、跡取りレースのライバルであったはずのサブローが、戦わずして軍門に降ったことは手下を求めていたジローにとってはもっけの幸い。


 しかし、残念ながらこの手下は少々限度を知りませんでした。


 毒見、と称してジローの分のご飯と秋刀魚と味噌汁の大半を腹に収めていたサブローが、やはり大首領の送り込んできた敵であることを空腹感とともに認識するジロー。


「この子はお父さんが選んだ子よ。兄のあんたがそんな調子でどーすんの!」たしなめようとするエーコですが「本来サポート役はあたしなんだけど、この子がやるなら楽ちんでいいや!(意訳:もっとドンと構えなさい、次期首領!)ニートの本音と建前は逆でした。


 エーコが心底働いたら負けだと思うようになって来たという、既に理解されている事実をとっとと諦めて、ジローは改めてご飯と味噌汁を一人寂しくよそうと、この事実を受け入れた上で登校します。


 しかし、サブローの猛威は学校でも続いていました。


 ジローらに遅れて2−4の教室へとやってきた緑谷と黄村が見たのは、教室に突如として出現したミステリーサークル。


 宇宙人の襲撃か、それとも単なるいたずらか、と怪訝に思いつつ、円の中心で苦虫を噛み潰した表情で腕組みするジローに近づく二人は、そのミステリーサークルがなぜ発生しているのかを身を以って悟ります。


 円周に足を踏み入れるとともに、パンツ一丁の姿を晒す二人!


 黄村的にはいつものことですが、緑谷としてははじめてのヨゴレポジションに、ユキは喜んで写メります……つか、子供生まれたら事あるごとに写真撮りまくるんだろうなぁ、ユキは。


 神出鬼没の大泥棒もかくや、と言うべき早業で二人を半裸に剥いたのは当然サブロー。


 主君であるジローに近づくものへのボディチェックのために、とりあえず剥いてみたらいい、という判断を下した、とりあえず、キルゼム砲の超距離外射程からの攻撃には通用しないことは間違いないサブローの警護ぶり、そして、怪しいと認定されたらロープで天井に逆さ吊りにされるというリスクまで背負いこまされた結果、アキユキをはじめとしたクラスメイト達は『だったらジローに近づかなけりゃいい』という結論を出したのです。




 とりあえずアキは剥かなきゃ駄目だろッ?!




 ……失敬、取り乱しました。




 ともあれ、憤慨しているように見えない半裸の黄村と同じく半裸であるものの憤慨することも出来ずにただただ恥ずかしがるばかりの緑谷、そして服を着ている―― というか、乙型ならずとも感知出来るほどダダ漏れの妄想電波を振りまいていた結果、服を脱がすまでもなく速攻で『怪しい』と認定されたに違いないシズカが宙吊りになっているという異様な光景に、さしものジローも声を荒げようとするのですが、このシュール通り越してちょっぴり犯罪チックな光景が広がる教室にやってきたのは担任の藤田先生。


 よかった。おっさんだからっていつまでも冷遇されているわけじゃないんだ。


 この流れで、今度はおとーさんの名前を出してくださいお願いします。


 しかし、影が薄い緑谷であろうと区別なくその毒牙に掛けてきたサブローが、やっと日の目を見た影の薄いおっさんに容赦しない道理はありませんでした。


 背後で蠢く怪しい気配に「ま、待て! この方は教官だ!怪しくは――」慌てて制止に入るジローでしたが、時既に遅し。


 気をつけろ サブローは急に 止まれない


 そんな標語が脳裏に浮かぶかのような見事な早業で、間に割って入ったジローを剥くことで、ヘタレ科学者改め全裸科学者のいっちょ上がり。


 写メるユキに、顔を赤らめつつもがガン見するアキ、そして気配を察したのでしょう……宙吊りでありながらも振り返って網膜にジローの裸を焼き付けるシズカ。


 弁明しようにも、肝心な犯人はとっとと姿を消している以上、この裸の宴がいつもの乱痴気騒ぎの延長にしか見えない藤田先生には通じません。


 かくして半裸と全裸のまま正座で説教受ける三人。服を着せない辺り、藤田先生は結構なスパルタな方のようです。


 説教が終わり、いそいそと服を着るジローに「次はうまくやりますけん」と雪辱を誓うサブロー。しかし、如何に弁明しようにも、裸を晒されたジローの怒りは早々収まることなどはありません。


「キサマのやってることはただの迷惑行為にすぎん!少しは考えろバカモノが!」


 そう説教するジローは、だったら何をすればいいのか、と指示を仰ぐサブローに自分で考えろ、と突き放すとともにサブローの常識のなさを嘆くのです。


 しかし、「ほっほう?」その言葉はキョーコからしてみたら『あんたが言う?』というものでした。


 ちょうど一年前にキョーコがジローに対して思ったままのことをサブローに対して感じ、憤るジローが可笑しくてたまらないのか、ジローを皮肉るかのような笑いを浮かべるとともに、キョーコは今のサブローがどのような心境にあるのかを伝えます。


 大首領に素質を認められて家族として迎え入れられたものの、兄弟……ひいては家族を知らない生活を送り続けてきたサブローが、何をしたらいいのか判らないという漠たる不安を感じ、あの… 兄弟ってどげんしたらよかとでしょーか?」その末に渡家にまでやって来ていたこと。そして、そんなサブローを見かねてジローがいない朝食の場に連れて来たのだとキョーコは明かします。


 ……ニートは頼られる存在にはなれていない模様です


 まぁ、年長者であるはずのエーコの自堕落っぷりはさておいて、キョーコの言葉に、自分が今何をすればいいのかを理解したジローは、キョーコに先に帰るように伝えるのです。


 サブローがいるであろう大方の場所の検討はついている。


 体育倉庫にこもっていたサブローの手には手製のジロー人形。


 到底ダミーにはなれそうにもない不恰好な人形を手に、身代わり人形を作った、と得意気に語るサブローの姿に苦笑を一つ漏らし―――― 右拳の一撃!!


 威力で勝るオートマントではない、しかし、体重の乗った素の拳の一撃をサブローの左頬に叩き込むと、突然のことに驚きの声を上げるサブローに対して「オレはお前が気に入らん!!」真っ向から声を叩き付けるジロー。


 唐突にやってきて、やれ弟だ、やれ跡継ぎ候補だ、と勝手なことを並べ立てているのが気に食わない。


 親父に言われたからとはいはいと従っているだけではないか。


 拾われたからといって何も考えずに従う辺り、親父もいい犬を手に入れたものだ。


 いや、むしろ親父の目が曇っているだけの話だろう。


「親父さんの悪口はやめんね!!ホントに器の小さかねあんた!!」悪口雑言を並べ立てるジローに応じるのは、顎を突き上げる右拳。


 かくて始まる罵詈雑言交じりの殴り合い。




 悪のエリートの本気を見せてくれるわ!


 なんてやきさん!したらこっちは野良犬の強さをみせちゃるけんな!




 そんなこんなで日は暮れて、精根尽き果て倒れる虚弱児二人。


 耐久力だけ高い科学者と、成長期に栄養足りてなかった忍者とが真っ向勝負で殴り合えばこうなるという、見事なまでのダブルKO。


 あまりにぐでぐでな、勝者なき殴り合いを護衛兼監視対象者と繰り広げたなど報告することなど出来はしない―― 不貞腐れてそう毒づくサブローに、「くっくっく。ようやく本音を出したな」ジローは勝ち誇った笑いを浮かべるのです。


 本音も言えないようでは家族になれん。もっと無理せず自分を出せ。


 ベコボコに殴られ、蹴られた末に今のキョーコとの関係を築いたジローがたどり着き、導き出した結論はそういったもの。


 しかし、姉上みたいに本音のみで生きていると、一年経っても未だにニートということになります。限度というものはしっかり教えたほうがいいと思われます。


 そして生まれたばかりの絆を深めるかのように、一杯のラーメンをすすり合う『兄弟』。


「サブロー!チャーシューは兄のものだ 手を出すなー!」


「一杯分しか金持たんとによく言うばい このダメ兄キ!」


 迷惑そうな顔で大騒ぎする二人を眺めるラーメン店店主の微妙な顔をよそに、兄弟喧嘩はますます盛り上がるのでした。






第62話◆本当に、拾ったんだ!!


「お前にはまだ早い!これは―――」


 今日は町内清掃日。


 仕事をサボらないと体調が悪くなるエーコはまた一つ大欠伸を漏らしつつ、乙型の不在を嘆きますが、残念ながら乙型はなかつがわでバイト中。


 日頃乙型に押し付けてきたのがありありとわかるようです。


 しかし、エーコと違ってジローはやる気満々。


 ただでさえ地域密着型悪の組織の次期首領である上に、廃品も有効に活用すれば資源どころかアイテムの素材として使えることを実証しているだけあって、ごみの分別にもしっかり目を光らせて、サブローの細かいミスも許さないほど。


 そんなジローのチェックもあって、雑木林の陰に隠れた一角に人目を避けるかのように捨てられていた、雑誌の入ったダンボールを見つけたサブロー。ジローに報告し、回収、処理することを確認するのですが、頷いたジローがふと目を雑誌に向けたその時、悪戯な風がそのページをめくりあげました。


 えらく人為的な風だなおいというツッコミはこの際敢えて避けますが、捨てられてから数時間しか経っていないのか、朝露にも雨にも濡れていないページは容易にめくりあがり、その内に秘められていた内容をジローの目に晒します。


 水濡れについての記述がえらく具体的なのはまぁどうでもいいとしますが、中身を晒した雑誌『プレイボール』に記されていたのは女性のグラビア写真。


 年不相応な体操服を今にも脱ごうとしている『止(とまり)うるね』さんや、深くは言えませんが、挑発的な“馬飛び”の体勢を披露している『祭(まつり)らら』さん……たぶんどっちも元ネタは別雑誌かゲームのキャラだろうけど、残念ながら不勉強な管理人は元ネタは知りませんし、おそらくはジローもろくに知らないはずです。


 何しろ、めくれあがった瞬間にはまだ服は着ていたのに、さらにめくれたページからジローの目に飛び込んできたのはほぼ全裸の女体。


 全裸など、エーコとキョーコのもの―― 片や身内な上、あまりに頻繁に目撃するので有難みなど欠片もないもの、片やあまりに凹凸に乏しすぎて性別など大差ない代物しか見たことがありません。


 




 ………………とりあえず、殴ってもいいかもしれない。




 唐突に取り憑いた黄村の魂はいいとして、ジローには、あまりに刺激が強すぎました。


 驚きの声とともに猛烈な勢いで後ずさり、あからさまにうろたえるジローの挙動不審ぶりに疑問を抱きつつ、その原因を確かめようとするサブローでしたが「待て――い!!」ジローはその無謀な行為を大声を張り上げて押しとどめつつ、無造作に処理されそうになった危険物をひったくり、サブローに軽挙の危険さを説こうとするのですが、事態は待ってはくれません。


「何?何やってんのジロー?」サボってんじゃねーよ、と言わんばかりにキョーコがやってきたのです。


 キョーコの危険さを知らないサブローが、再び何の考えもなしに危険物処理を行おうとするという愚を犯しかけるのをマフラーを引っ張って緊急停止させつつ、野生の勘に従って大慌てでラボ兼自室に逃げ込むジローでしたが、焦る気持ち故でしょう、マフラーを握る右手とは逆の手には、しっかりと件の危険物が握られていました。


 わざわざ持って来たことに対する疑問も当然。「なんでそれ持ってきたと?」サブローはジローの不可解な行動に対する疑問をストレートにぶつけます。


 聞かれたところで正確な理由など掴める訳もない。しかし、言い訳にはもってこいの身体的な変調が自らに起こっている以上、それを使わないわけには行かない―― そう判断を下したのでしょう、ジローは「サブロー、これはまだ推測の域だが――― 」咄嗟に思いついた一言をサブローに返すのです。「この本はとても危険な兵器かもしれんぞ!!」


 何故か目を話すことが出来ない内容。


 呼吸や心拍数も早くなり、正常な判断も難しくなるという心身ともに影響をもたらす、まさに魔性の力と呼ぶにふさわしい敷設型トラップ。


 ジローですらも回避不能のこのトラップを兵器として転用されてしまっては、正義と悪のパワーバランスは容易に崩れてしまう。だからこそ、扱いには慎重に慎重を重ねなければならない―― そういうジローの詭弁をサブローはコロッと信じます。


 将来が激しく不安です。


 そして、その不安は早速形になって現れます。


 危険物、という言葉に対して屋内で爆破処理を行おうとしたサブローを押し留め、何が起こるか判らないので、まずは中身を確認する、という矛盾した行動をとるジロー。


 しかし、一見するともっともらしいジローの言葉をこれまたコロッと信じたサブローは、それを止めることをしません。


 というか信じすぎだ!


 きっと、象牙の印鑑やら水晶のペンダントなんかを買わされちゃうんだろうなぁ。


 風でページがめくれあがったときにチラッと見えた、ああいった雑誌にはつきもののすっげぇ胡散臭い『幸運のペンダント』なんかのような。


 将来が果てしなく不安になったサブローはさておき、固唾を飲みながら危険物の処理を開始する二人。




 ただ一言。




 想像以上でした。




 血の海に倒れ伏し、死を予感するジロー。


 渦巻く女体の全裸に魂を桃源郷だか地獄だか真理の扉だかに持っていかれ、荒尾出身の元ホスト芸人(消えかけ)の魂を代わりにぶち込まれるサブロー。


 そりゃ前の持ち主も人知れず処理したくもなります。


 その危険さは最早手に余る、と悟った馬鹿兄弟は、前の持ち主の判断を是として人知れず元の場所にこの危険物を戻すことを選択するのですが……危険物処理に集中していた二人は、そこに近づいてくる足音に気づきませんでした。


「ちょっとジロー、いつまでさぼってんの? 男手いるんだから早く―――」


 言うなれば、ヘッドフォンつけてビデオ見ていたり、勉強煮詰まってムラムラきてるところに限って気配を消してやってくるおかんのようなものです。


 何なんでしょうあのサイレントキリングっぷりは?こっちも最大限周辺の音には気を配っているといてもなおその警戒網をすり抜けてくるのは、最早腕利き暗殺者レベルです。


 しかも、ノックもせずに突然やってくるところまでおかん入った行動で問い質すのは、もちろんキョーコ。


 しかし、この期に及んでもなおジロー達がなぜ逃げるように雑木林から立ち去ったのかを把握していないということは、すなわち未だ最悪の状況には至っていないということの証明…………現場に残された段ボールの中身は見てないあたり、節穴もいいところ


 まだまだ隠していたはずの妄想ノートをしっかりと読んでいた母の域に達してはいない模様です。


 そして、その未熟さはサブローに容易に背後を取らせます。


 そして咄嗟に放った延髄への手刀でキョーコを気絶させるのですが、本人にもなぜ放ったのか判らない―― しかし、何故か放たないと大変なことになる、という予感に任せて放たれたその一撃はしかし、キョーコにとってはまだ致命傷には至りませんでした。


 脇をすり抜けようとするジローのオートマントを引っつかみ「なんなのか知らないけど…」地獄の底から響くような声を上げて起き上がると「あたしにこんなことするたァ…いい度胸だ!!」さっきまで気絶していたとは思えない勢いでジロー達を追いかける!!


 ここで捕まるわけにはいかない、と咄嗟に取り外したオートマントを投げつけ、遠隔操作で足止めをするジローですが、所詮これも一時しのぎ。一刻も早く元の場所に例の危険物を戻して然るべき処置を行わなければ、待つのは完全な破滅のみ。


 迅く、速く戻さないと――― 焦る気持ちを抑えることなく駆け抜けようとするジローですが、その前に現れたのは、近所の屋根から下りてきたジャージ娘。


ジローさんこんにちはー!! 山菜をたくさん盗っ… 取ってきたのでお裾分けを…」


 おいちょっと待て正義。今聞き捨てならないこと言わなかったか正義?


 そんな不届きな正義見習いには天誅が下ります。


 天誅というにはあまりに煩悩に支配されているようですが、サブローにとっては知ったことか。


 すれ違いざまに分銅つきロープを取り出すと、「邪魔者は排除!!排除ばーい!!」瞬時にエビフライ縛りを完成させて障害を排除します。


 味方につけたら心配になるくらいに頼もしいサブローの煩悩まみれの実力に、ぶっとい汗流して微妙な表情を浮かべるジローですが、何はともあれ目的地はすぐそこ。雑木林の中に逃げ込めば、何事もなかったように全てを処理できる。


 しかし、湧き上がった安堵は立ちはだかるニートに阻まれました。


 キョーコから連絡を受け、二人を捕らえるべく待ち構えていたのです。


 再びエビフライ縛りを完成させようとするサブローでしたが、ニートは日頃の自堕落さを感じさせない動きでサブローの背後を取り「どろっぷ!!!」臍で投げる本格的なジャーマンでサブローの抵抗を灰燼に帰しました。


 これはアレですか?『ちょっと本気出す』という、ニートの幻想を体現したということでしょうか?


 ここまで来ると、ニートの中のニート。キングオブニートと呼んでしまってもよさそうです。


 抵抗を実力で排除したエーコは、動揺するジローにここぞとばかりに「やはり、いかがわしい本かね」とどめの一言を投げかけます。


 投げかけられた一言に思い切り反応し、綺麗にアウトを食らうジローでしたが、エーコの続く言葉は意外なものでした。


「でもま、いいんじゃない?男の子なんだし」


 女子の裸に興味を持つのは当然のこと。むしろ常識的な反応が出来るようになったと喜ぶべきこと。


 理解の深い一言に、後ろめたさを感じ続けてきた馬鹿兄弟は感涙を流す……のですが、いかんせん全裸がデフォルトになっているエーコです。今までジローが裸に興味を持てないのではないのか、という疑いがあったのは、自分の露出癖にも責任の一端がある、と自覚したほうがいいと思います。


 しかし、感涙に咽ぶ馬鹿二人はそこには気づきません。ただただエーコの懐の深さに安堵し、信頼するのみ。


「んじゃそれ貸しなさい。うまく計らうから」


 安心して手渡すプレイボール。


 しかし、エーコが笑顔で受け取ったプレイボールは、間髪入れずにリレーされます。


 当然、オートマントに四苦八苦しながら何とか追いついたキョーコに。


 野郎!売りやがった!!


 そう思う暇もありませんでした。いや、もしかすると目の前で行われた行為について理解することは出来なかったのかも知れません。


 驚愕する三人と、ほくそ笑む一人。


 そして、必死に弁解しようとするジローの言葉には聞く耳持つことなく、「この、エロ兄弟!」キョーコは二人の新たな異名を定義付けるとともに、清掃活動終了後の大反省会を命ずるのです。


 危険物処理、という正当な理由も聞き届けられず、暫くの間エロ本魔人という不名誉な渾名で呼ばれることになったジロー。サブローにはお咎めなし、となった裁きには当然ながら不満たらたらですが、おそらくは反省会でその裁きを下したであろうキョーコもまた、自らの平坦な胸という悲しい現実によって容赦無くない胸をさらに抉られて打ちひしがれるのでした。




第63話◆町内けいどろ


「楽しいな!!けいどろ!!」


 いつに無く真剣な表情でアキに掴みかかるジロー。


 しかし、その突進をかわし、挑発するかのように――― いや「鬼さんこちらー!」実際に勢いあまって電柱に激突したジローを挑発しながら、アキは不敵な笑みを向けます。


 そんなアキの背後に現れたのは赤城会長。


「おおっとそこまで! おとなしくお縄につけい!」


 両サイドは壁。前方にはジロー、後方には赤城会長。実に理想的なプレッシングで標的を追い込み、あとは包囲を狭めるのみ。


 しかし、いかなる頑強なプレスも『高さ』という要素には無力!


 平面ならば逃げ場の無いこの状況も「なんの!」壁の上からの支援が打開します。


 ご近所の屋根の上から、立体的な逃げ場を生み出したのはシズカ!


「協力プレイってのもあるんだぜ――!」「すみません、ジローさん!」身体能力に定評のある二人の連携で、まんまと包囲を突破されたジローですが、その表情には悔しさよりも楽しさこそが先に立つ!


 それもそのはず。九州ではなかなかなじみが薄い上、小学校にも通わなかったために経験することがなかった“けいどろ”を、ジローのためにと仲間達が企画したのです。


 流石はT○KIO好きの創造主。『鉄腕D○SH!』を髣髴とさせる企画です。


 しかも、芸能人がやるだけあってある程度の世間体を考えなければならないあちらと違い、こちらはある程度の恥なんて知ったことか、な一般人。


 ましてや、高校生でありながら虫取り花火ザリガニ釣り……そんな小学生な夏休みの過ごし方が出来る奴らが揃っているのです。知力・体力・チームワーク……使えるものはフルに使って勝利を目指すのも自然の道理!!


 小学生と同じことを、身体能力が飛躍的に増した高校生が実行する辺り、周囲にとっては正直タチ悪いことこの上ありませんが、当人達にとっては真剣勝負!「勝ったら夢のふぁみれすで晩御飯」という目標に闘志を燃やすシズカならずとも、燃えないわけはありません。


 しかし、いつまでも一箇所に固まっていては、再びプレスの網に掛ってしまった時に待つのは一網打尽の四文字のみ。


 その危険をプレスを分散させることによって避けつつ、万一の際に“刑務所”から捕まった仲間を脱出させるためにも『泥棒』チームは一旦散会することを選びます。


 見れば既にキョーコはその場を離れ、必勝の策を実行に移しているとのこと。


 この万全の構えで負けるはずは無い―― そう確信し、女性陣に緑谷を加えた『泥棒』チームは各々逃走経路を選ぶのです。


 しかし、『警察』側にも――正しくは、この企画を打ち出した黄村にも一つの思惑がありました。


 ジローのため、という表向きの目的に隠されたもう一つの思惑とは、すなわち「捕まえる時抱きつくために決まってます」


 この本能に根ざした欲望の前には、多少の小細工など全くの無意味!!


 古来、人間は欲望を叶えるがために努力し、営々と積み上げてきた―― その人の強さを今こそ思い知るがいい!!


 そんな腐敗した『警察』を呆れ顔で眺める女性が一人。


 クリームソーダを一口含み、安全のためにも絶対に捕まるわけには行かない、と決意を新たにするのは、改造……もとい、変装によってすっかり姿を変えたキョーコです。


 さらさらロングヘアーのカツラにコンタクト。


 コンプレックスをかなり刺激されはしているものの、胸パッドは念には念を入れて三重にした上、攻撃力と機動力を犠牲にしてもロングスカートで身を固め、シークレットブーツで高さを得るという力の入れようではありますが、変身後のキョーコの解説図には一つ重要な抜けがありました。


 拘束による戦力の低下においてもなお変わらぬ破壊力を誇るキョーコアームまでもが図解で表されたのに、何でも溶かす胃袋となぞのキョーコぶくろが入っていないのは片手落ちもいいところです!


 と、不完全ながら怪獣大百科の仲間入りを果たしたキョーコはさておいて、本陣の目と鼻の先で監視するという自らの策の見事さを自画自賛するキョーコが、逃げ惑う仲間達、そして警察側の右往左往振りをクリームソーダを啜りながら高見の見物と洒落込んでいたその時、人ごみに紛れて逃走経路を確保する二人組の『泥棒』がいました。


 必要以上に警戒を続け、相方に張り詰め過ぎを指摘されたのは緑谷。


 いつも通りに振舞っていれば、持ち前の影の薄さで周囲に溶け込むことが出来るよ。それにサブローくんと髪型的には被るんだから、向こうも判らないって―― と、微妙にひどいニュアンスで語る(言ってません)ユキの言葉が正しいことは百も承知。


 しかし、渡クラブの皆さんの底意を見抜いていた緑谷は警戒を解くわけには行きません。


 絶対に守り通してみせる―― その決意とともに、警戒の網を広げる緑谷でしたが、「緑谷君!ウデウデ!腕貸して!」味方であるはずのユキの行動に対しては、あまりに無警戒すぎました。


 彼ら『泥棒』を探す『警察』青木の目を誤魔化すために、カップルの振りをしてやり過ごそうとするユキ。


 どぎまぎしながらも『これは演技。これは演技なんだ』と心の中で連呼し、落ち着きを取り戻そうとする緑谷でしたが、右腕に触れる柔らかい感触は、緑谷のなけなしの冷静さを容赦なく破壊しました。


 鼻血の海に沈みこみ、緑谷、轟沈。


 ですが、折角標的を見つけたというのに、突然殺人事件が勃発しては、警察としてはそちらに対処せざるを得ません。抱きつくという目的を捨て、容疑者を任意で同行する方向に青木が切り替えたことで、捕まりはしたものの、結果的にはユキの安全を守ることが出来た緑谷がやり遂げた男の顔でヴァルハラへと旅立つその脇では、


「止まれこのムダおっぱい!!」「んだとモジャ毛!!」いつの間にかすっかりいいライバル関係になっていた二人のチェイスが繰り広げられていました。


 プールの時といい、今回といい、何かと縁のある二人の再度のぶつかり合いですが、身体能力の高さは互角でも、日頃から陸上部で鍛えている自称次期エースのアキの足さえあれば、如何に運動能力に優れた赤城会長とはいえ引き離すことは容易い!


 しかし、それも立ちはだかる障害がなければの話。


 アキの行く手に突然現れた半裸の男。


 驚く暇も与えずに、その手に握った投網を投げつけ「ぐふふふ… けーさつなめんなよおっぱい!」自由を奪ったアキに近づくのは当然黄村。


 パンツ一丁で嫌がるおっぱ……おっと、訂正訂正―― アキに近づくその様は実に犯罪チック。


 純粋に警察の職務を実行しようと確保に動いた赤城会長をブッチャー張りの地獄突きで黙らせてからゆっくり確保に乗り出す辺り、警察の正義はどこに行ったのか問い質したくなります。


 しかし、確保し、寝技に持ち込もうとする黄村に襲い掛かる流れミサイルがありました。


 ジローに確保されたシズカを裁判なしで死刑に持ち込もうとする乙型の発射した乙型キャノンでした。


 確保したらこうして『牢屋』まで抱えていかなければならないのです、とでもだまくらかしたのでしょう。お姫様抱っこで抱えられたシズカの妨害電波があまりに強烈だったのか、狙いに正確性を欠く乙型の砲撃によって破壊される街にやってきたのは本物の警察官。


 助けを求める黄村でしたが―――― 「……… 何でキミは半裸なんだ?」異常事態に何か事情を知っていると思しき発言を漏らした変質者に、警察官が取る行動はあまりに簡潔でした。


「ちっ… 違っ!? ボクはけーさつで!」「……話は署で聞くから」


 そんな引っ立てられる黄村の声を背に、当事者である赤城会長とアキはそそくさとその場から逃走するのでした。


 そして警察の本陣である公園では、バイト中だった乙型の介入によってシズカを取り逃がしたものの、三人の大泥棒たちが既に拘留されており、このまま時間になるまで過半数の確保を続ければ警察側の勝利は揺るぎない。


 ……なるほど、そういったルールがあるのか。こっちの方では制限時間も何も無いから、『鬼がカウントしている間に一度隠れている場所から出てこないと駄目』というルールで縛ってたなぁ。


 いつまでも隠れていたら興醒めするだけだから、いいルールです。


「でも必ず助けに来るやろねー。 特にあのキョーコっていう人全然見とらんし」


「ふむ。確かに見とらんな。 でもキョーコのことだ。きっとマヌケに見つかる!」


 好き勝手に言うジローの言葉に少しムカつくキョーコですが、目と鼻の前でやいのやいのと騒いでいるのにまるで気づかれていないその事実は、間抜けがどちらなのか、ということを知らしめるためにはもってこい!


 今の今まで目の前に座っていたのに気付かなかった警察達を驚かせ、皆を一気に解放しようとするために席を立った大泥棒キョーコ―― ですが、折悪しく、目線を動かした赤城会長と目が合ってしまいます。


 しかし、視線が交差したのはほんの一瞬。


 見知らぬ女性から目を離し、牢屋側へと向き直るとともに再度警察・泥棒関係なく盛り上がる仲間の姿に、キョーコはただただ立ち尽くすばかり。


 いくら勝つことが目的とはいえ、その楽しさは仲間がいてこそ増すというもの。勝つことだけにこだわり、結局孤立してしまったことで感じてしまった疎外感がキョーコの胸に忍び寄ります。


 ですが、『な、なんてね!好都合じゃない! こっそり助けに―――』その孤独感と真に間抜けだったのは自分の愚かしさを無理矢理振り払うかのように一歩を踏み出したところで、誰かが彼女の肩を掴みました


 驚き、そして半ば以上の期待をこめて振り返る。


「捕まえたぞキョーコ!」


 そこにある、『期待通り』の顔には勝ち誇る笑み。


 予想通り間抜けに現れたキョーコをいとも容易く捕まえたことに気を良くし、残る一人であるシズカを確保することで完全なる勝利をものにすべく更なる闘志を燃やすジローに、変装を得意とする神出鬼没の大泥棒は、自らを捕らえたジローがいかにしてこの完璧な変装を見破ったのかを問い質すのです。


「は?遠目で見てもバレバレだったぞ?まァ、歩き方で確信に至ったが」


 採寸せずにキョーコのほぼ完全なコピーである乙型を作るほどキョーコを観察してきたジロー故の答えでした。


 というか、下手すると、写真と比較対象物さえあれば上下一式仕立てることが出来るナポリ在住の仕立て屋(ザリガニ)以上のスーツ職人になれるかもしれません……まぁ、ジロー的にはスーツはスーツでもモビルスーツの方を作ってしまうかもしれませんが。


 そんなジローの答えに呆れたように苦笑を一つ。


 そして、その苦笑は瞬く間に歓喜に満ちた笑顔に変わり―― 「ハイハイ分かった分かった! 仕方ない、捕まってあげよう!」キョーコは自らを常にマークしている鬼警部に観念したかのように「何だ?捕まったのに嬉しそうだな」「べっつに―――」シャボントーン飛ばして右手を差し出すのです。


 しかし、奪った、と確信した瞬間こそが最も油断を招く瞬間なのは、フットボールでもバスケットボールでも同じこと。


 上空高くから飛来したシズカのチョップが、最後の最後の瞬間に翻る!!


「さ!手錠は切りました!逃げましょー!!」「しまった!油断した―――!」


 いろいろ台無しにされて、呆然と立ち尽くすキョーコをよそに、タイムリミット直前でめいめい逃げ出す泥棒達。


 何というか、どことは言いたくないけど優勝懸かった最終戦を筆頭にした節目でのロスタイムの被弾率が半端無いJリーグの某チームを思い出さざるを得ない光景です。


 …………サカつく6でもものの見事に『長居の悲劇』って言及されてたからなぁ、ウチ。


 わずかなりとも俺のようなセレサポの積年の無念と悲しみを味わ……いやいや、試合に勝って勝負に負けた、という言葉を噛み締めたキョーコが、複雑な思いをコーヒーの苦味とともに流し込むその横で、シズカとアキは元気に二回目のお代わりを要求します。


 そして、なんだかどこかで見たことあるようなファミレスのウェイトレスが一度目のお代わりを要求するサブローを交えた三人のお代わりさん達にやや呆れ気味に応対するその脇では……見なかったことにされた黄村の代わりとして用意されたパンダのぬいぐるみが、沈み込む敗北者達を静かに眺めるのでした。




第64話◆ジロー改造計画


「うん、そういうイミの改造じゃない」


 楽しかった黄金週間も過ぎ、季節は初夏の色を濃くしていく頃、浮かれ気分の新入生達も落ち着いて、二年生も『先輩』としての自覚が芽生え始める頃……だと言うのに、いまだ浮わつき続けているのが約二名。


 そう、我らが世話焼きババァ、アキユキです。


 そんな五月は何の季節か、と問う彼女達に、訊かれたキョーコはいや わかんない…五月病?」とあんまりな答えで返しますが、判っていないキョーコに、世話焼きババァ達は実に判り易い実例を指し示します。


 そこでは教室の入り口で入り待ちしていたと思しき一年の女子生徒と、待ち伏せされていた2−Aのクラスメイトの一人・モリT氏(仮名)


 気持ちをつづったお手紙を貰い、読まずに食べることも出来ないまま、モテないクラスメイト達から怨嗟の叫びと呪いを込めた拳を受けまくるタイシ……実に、創造主の怨念がこもった一幕です。


 こうなったらモテる男を皆殺しにてフラレナオンを強制的に作るんじゃよー、ギャワー!


 思わず心の中のファー様を呼び起こしかけてしまいましたが、恋愛大将タイシという実例を示したアキとユキは、被弾しすぎてキングストン弁を開くタイシからは目を背けつつも、GWという会えない時間を過ぎて、新入生達が先輩達にうっすらと抱いていた想いを自覚するこの季節こそカップル発生率が増す時季なのだ、とキョーコに訴えるのです。


 小芝居交えつつ、興奮甚だしく訴える二人に対して「オーケイ!ステイステイ!ちょい待ち!」呆れつつブレーキを掛けようと試みるキョーコですが……『ステイ』は犬相手に『待て』を躾ける場合に使うものです。


 アキユキがいつの間にわんこと化したのか教えて頂きたい……犬好きとして。


 犬と化したアキユキにハァハァしたくなる気持ちは差し当たって抑えはしますが、興奮するアキユキとは対照的に、キョーコのリアクションは至ってクール。


 200人ほどの新入生の間では、なんか面白い先輩だ、と話題にもなっているんだから、油断してたら取られちゃうぞ?―― そんな言葉でけしかけられても「いいんじゃない?別に」と、スルーしたキョーコはアキユキには目もくれずに人気ライトノベル『続下町カイザー』に没頭します。


 まぁ、二人が如何に意気込もうとも、ジローが渡家にお世話になってからの一年の間、事あるごとに煽って弄って楽しんできたのです。煽られ続けたキョーコに耐性が出来てしまうのも無理はありません。


 しかし、二人にはまだまだ手段が残っていました。


 将を射んとすればまず馬を射よ―― というより、どっちも将だ。


 というわけで、目標を変えた二人の思惑通り、ジローはあっさりと乗せられますが、そこはやっぱり悪のエリート。実力行使でキョーコを狙う勢力にキルゼムオールの力を見せ付けて保有権を確保しようとするのです。


 しかし、そのようなエレガンテでないことはアキユキの好みではありません。


 あくまでも、エレガンテかつ平和裏に。


 というわけで、アキユキの二人が満を持して発動させるのがジロー改造計画ッ!!


 特にユキはキノピーまでも頭に乗せて、どこぞの控えめ胸を思わせるコスプレで、説得力を増強しつつ出てきた『改造』という言葉に恐れおののき、一般人でありながらも改造技術を有しているアキユキに驚愕するジローですが、もちろん文字通りの意味ではありません。


 ジローのボケはさくっとスルーすると、ジローの『常識のなさ』という部分を改善し、キョーコをなびかせるべく、まずは見た目から―― マントは没収。髪は強引に固めて、服も暑苦しい制服から清潔感を押し出す白シャツに。


 そんな改造―― という名の着せ替えモードに突入した二人にジローは苛立ったのか、それとも女所帯に生まれたが故のお約束である着せ替えトラウマを穿られたのか、怒りを爆発させるジローですが、改造するのは何も外見だけではない。内面もまた変わらないとキョーコをゲットすることは出来ない、と言いくるめるのです。


 そして取り出したのは『ときめき超兄さん』


 これで女心を理解する術を会得するのだ!と渡されたそれはいわゆるギャルゲー。


 しかし、急に先週までのボトム近辺からトップ近くに掲載位置が変動していたことで、読者を驚かせたとは言え、ジローはアニメ化が決まった落とし神ではありません。


 二秒でバッドエンドになってしまい、アキに笑われるジロー……ですが、この無慈悲なBGMの中でジローは気付いてしまいます。


 ―― ゲットしたところで、改造する以外にどんな楽しみがあるというのだ?


 気付き、思い直してしまったジローをカプればそれだけで楽しいじゃないか、と説得するアキですが、残念ながら実地での体験を含まない言葉には重みがありません。


 『楽しさ』を証明しなければ、捕らえかけた獲物を逃してしまう―― そう判断したユキは「カップルは抱き合ってる!そう!抱き合っても怒られない!」アキの谷間に顔を半ばほど埋めてジローの離れかけた興味を呼び戻す!


 キョーコにそれほどの谷間はありませんので、実例にはちょっと弱いです……いえ、破壊力は大きいですが――つか、代われるものなら代わらせて頂きたいですお願いします。


 と、まぁ読者が我を忘れてしまうほど、おっぱいの魅力は捨てがたいものの、実例としての弱さがネックになったことでためらうジローには、もう一つ懸念がありました。


 キョーコに抱きついては怒られるだけだ。チャレンジすることこそが研究を発展させることに繋がるものではあるとはいえ、失敗することが判っている以上、好き好んで失敗しに行く必要はない。


 そう尻込みするヘタレ科学者ですが、ユキはジローのそんなヘタレた意見に「それは違うよ!」喝を入れるのです。


 早くに母を亡くしたキョーコは、ああやって意地を張ってはいるものの、心の奥底では誰かに支えてもらうことを望んでいるのだ。しかし、いくら親友であるとは言っても、二人はいつまでも一緒にいることは出来ない―― キョーコを支えることが出来るのは、ジローだけなのだ!


 涙を交えてのその言葉に、ジローとアキもまた揃って涙を流します。


 その想いを知ったからには、燃えない漢ではない。いえ、燃えなければ漢と言えません。


 こうしてやる気を再燃させたジローですが、ユキの流した涙の成分に、大量の塩酸テトラヒドラゾリンとコンドロイチン硫酸ナトリウムが含まれていると言う事実に気付くことはありませんでした。


 こうして完成したスーパージローをキョーコの前に据えたユキ。すっかり興奮して、今回結構アホの子になってしまったアキにすらもたしなめられます。


 ですが、そんな外野に関係なく、キョーコはいつもと違う雰囲気のジローの登場に微かにどぎまぎしつつ、とりあえずは平静を装って一人で行った買い物の荷物持ちをジローに任せようとします。


 抱擁。


 ジローの唐突な行動に、改造の意味がない、と小声で憤るアキユキ。


 しかし、何の前触れもなく繰り出された不意打ちに、抵抗するキョーコに構うことなく、ジローはただ冷静にその行為のもたらしたものを測定します。


 やわらかく、小さく、いいニオイをさせて、あたたかい。


 ……この発言、あったかいなー!やーらかいなー!とおキヌちゃんに抱きつく横島と同じです(椎名ファン要素)。


 ですが、その素直な表現は、おキヌちゃんと違ってただ抵抗するばかりのキョーコに対して、微妙な化学変化をもたらしました。


 抵抗をやめ、赤面するキョーコ。


 ついにキョーコの牙城が陥ちた、と確信し、諸手を挙げて大喜びするアキユキ。


 しかし、彼女達は興奮するあまり、気付いていませんでした。


 彼女がキョーコを観察できるからには、キョーコも注意すれば見ることが十分可能である、ということに。


 そして、これまでの経験から、ジローの唐突な行動には、何か余計なことを吹き込んだ誰かが背後に存在するであろう、ということを、キョーコが容易に導き出せるということを。


 ……でも、それでも毎度毎度乗せられるので、仕掛けを打つ側としては楽しいんだろうと思われます。


 まぁ、仕掛け打つことで楽しむ趣味の持ち主の意見は兎に角として、ジローにひとまず問い質しつつ、辺りを探ったキョーコは、「そっか。仲間思いだね。あんたのそーゆーとこ、すごくいいと思うわよ。 組織に戻っても仲間は大事にしなさいね?」眼下の砂浜でアヴァンティの教授の如くに聞き耳を立てている二人を発見するだけの時間を稼ぎました。


 発見したからには、最早容赦はいりません。


「だから、とりあえずあそこにいる2人をつかまえて」ドスを利かせたその声に、一片の慈悲も含まれていないことは、ジロー達には難なく理解できました。「あたしとあんたも仲間でしょ?」


 チキン科学者に、生命の危機を前にして逆らうだけの侠気はありませんでした。


 こうして、加害者達は初夏の浜辺を全力疾走する羽目に陥るのでした。




 はーどっとはらい。






第65話/緑谷花子の憂鬱


「勇気出せ花子」


「ちょっと抱きしめていいか、黄村?」


 唐突に、いろいろ突っ込みどころ塗れの言葉を投げかけるジローに、渡クラブの中でも群を抜く変態・黄村ですらもドン引きする今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?


 2−Aの皆さんはそれなりに元気です。


 約一名が抱きしめられて、ジローが口走った『キョーコの抱き心地が気持ち良かったから』というファンクラブ的に巨大な突っ込みどころをスルーしてしまうほどに心身ともにズッタズタになりましたが、気にしないでください。


 しかし、快楽に負けたジロー(意図的な言い間違い)が人前だろうと抱きしめに走ってしまうようになった原因を作った一人であるユキはまだまだ不満。


 口直しに、と抱きついたジローの顎に容赦なく膝を叩き込むようでは、到底ラブとは程遠い。


 もっと刺激を!そしてもっといちゃラブを!


 そうなることでこっちもニヤニヤ出来るから。


 その不満を解消する材料を探すユキのアンテナが、廊下から覗き込む一つの視線を察知したのは、必然だったと言えるでしょう。


 2mばかり離れた柱の影では、もう一つの視線が教室を覗き込んではいますが、そんなストーキングモードに入ってハァハァしている視線はガン無視して、おどついた視線を投げる眼鏡娘へと近づき、背後から声を掛けるユキ。


 呼吸を整え、何とか緊張を押さえ込み、恐怖を乗り越えるだけの勇気を振り絞った彼女でしたが、「どーしたの?何か用事?」唐突に背後から掛けられた声は彼女の勇気の許容量を大きく越えていました。


「はわっ!?」驚き、反射的に後ずさろうとする眼鏡娘でしたが、そっちは壁。


 後ろ頭を打ち付けてうずくまる彼女を放置しておくほど、ユキは冷たい人間ではありませんでした。


 とりあえず、たんこぶを冷やしつつ、彼女に事情を聞いたユキは、その小動物系の眼鏡娘が緑谷の妹・花子であることを知り、彼女が恐怖と一生懸命に戦いながら兄のクラスではなく、隣のクラスである2−Aの様子を伺っていた理由を聞き出します。


「おっ…お兄ちゃんの好きな人…だっ…誰だかわかりませんか!?」


 大型連休から食事もろくにとらずに、声を掛けても上の空で溜め息ばかり。きっと好きな人が出来たんだろう、と当たりをつけたのはいいけれど、それが誰だか判らない。


 本来なら隣を伺うことこそがスジでしょうが、隣のクラスでは相変わらずの薄い漢っぷりを発揮しているらしく、話題らしい話題は出ていない模様――って、そっちの方が問題だろ?!


 ピントのずれ方が心配な花子さんではありますが、そのピントのずれっぷり故に超ピンポイントで標的を引き当てたことも知らないまま、ユキにその原因が誰なのかを尋ねるのですが――「それ間違いなく渡キョーコ!私の親友!」こちらのずれっぷりも深刻でした。


 自分自身が―― もっと言えば、無自覚に当てた胸の感触が緑谷を心煩わせていることを知らないまま、キョーコにはジローという同棲までしているステディがいる事実を、微妙に捏造込みで伝えます。


 ……捏造入った時点で事実と違います。


 しかし、『高校生なのに同棲』という言葉に震える小動物には、その言葉は衝撃でした。


 あまりの言葉に怯えるばかりの花子さんに従兄弟だけど、と一応のフォローを入れ、実際はくっついて欲しいのにくっつきそうでくっつかない、と、カップリングは出来ているのに一線を越えないのでもどかしいばかりだからこそ、緑谷も諦めることが出来ないのだろう、という解説をするのですが、そこでユキは一つの策を思いついてしまいます。


 目の前には、強烈な個性を持つ原石が一人。


 庇護欲を刺激する小動物性に加えて、何もないところでも転んでしまうドジっ娘属性まで完備しており、資質は充分。


 ならば利用するのみ―― 降りてきた天啓に加え、手元には変身光線銃。


  少年誌だというのに一線を越えてほしい、という危険思想を保有する危険人物には、躊躇という言葉は存在しませんでした。


 そうしてうす胸バニーに変身させた花子さんに『フラレナオンを発生させてモテモテ作戦じゃよー。ギャワー』と、なにやらファー様チックな作戦を伝授し、緑谷にフラレナオン=キョーコをゲットさせるべく動かすのですが、JKKなユキにはその作戦は上辺のものでしかありませんでした。


 その策の底意は、キョーコの嫉妬心を煽ってジローとの仲を決定的に強める、という一点のみ。


 心の中の青空で、笑顔で決めてる緑谷には、ジロー達のカップリングが成し遂げられた後に彼女を紹介して埋め合わせする、と誓い、自らのフラグを無意識にへし折ろうへし折ろうと動くばかりのユキは、実際には青空に泣き顔で決めてる緑谷の嘆きには耳を傾けることがないまま、この天の導きと呼ぶに相応しい出会いを利用しての作戦を実行に移します。


 校舎裏にジローを呼び出し、その影にはもう一人の標的であるキョーコと煽り役のアキを配して準備は万端。


 さあ、ジローくん。目の前にはバニーという疑似餌があるよ!存分に餌に食いつくがいい!


 しかし、ユキの策には巨大な穴がありました。


 唐突に顔を出したバニーさんには、大抵の人は引くほうを選ぶのです。


 何やらかわいそうなものを見るような微妙な目つきになる三人は、「わ…わたしはウサギ!さみしいと死んじゃいます。 ぴょーんぴょーん。な…なんちゃって…?」バニー花子さんの小動物性から来る精一杯の台詞にもさらにアイタタ、という意識を強めるばかり。


 空振りに終わりそうな策に思わぬ衝撃を受けるユキ。ですが、まだ伝授した最後の策がある。


 心強かったユキのジローの性質を見越した上で記したメモに託したという“最後の策”を、読み上げる花子さん。


「えー…「私は今、抱きつきOKです」…「へい、かまーん」…」


 読み上げて、自らの台詞に驚く花子さん。


 ニューフェイスにいうのは酷ですが……読む前に気付け!!


 ですが、抱きつくことの心地よさを知ったジローにとって、その餌は何より強力な磁性を持つものであることには違いありません。


 目の前に餌を投げ込まれたジローをキョーコが止めたらジェラシー確定。しかし、止めなければ抱きついてしまう―― このジレンマを乗り越えて動いてこそ、ジローとの関係性は強化されると言うもの!!


 自らの敷いた必殺の策に気を良くし、キョーコを釣り上げるそのタイミングを待つばかりのユキですが、釣り師の思惑は、意外な形で外れます。


「すまんが、遠慮しておく」


 キョーコ以外の女に抱きつくことには抵抗がある―― というより、抱きつこうとするとキョーコの顔が浮かぶのでやりにくい。


 だからその誘いには乗ることは出来ない―― そう述べて、バニー花子さんの抱きつきキャンペーンを断りつつ、そのような痛々しい格好を晒していては兄は嘆いているぞ、と、ばかりに説教モードに入るものの、実のところ自分自身が花子さんに『兄さんの友達のマントの変な人』と認識されているとは露とも知らないジローに、結果オーライ、とばかりにアキとともにニヤついてキョーコを無言で煽るユキ。


 どーやら、これくらい図太くないとこのまんがでは生き残ることは難しいようです。


 そして、そんなバイタリティにあふれているからこそ、ただの―― いやいや、かなり変態ではあるものの、登場当初はろくな台詞もなかったネームドキャラから、扱い事態はろくでもないとはいえ、作者の代弁者にまで成長した存在が、その図太さを発揮するためにやってきました。


抱きつきOKの女の子がいると聞いて!オレ!参上!!」


 ただでさえ飢えている上、ジローに抱きつかれて溜まったフラストレーションを解消するという正当な理由もあり、これはもう抱きつかなければならない。


 怯えていようと、拒否られようと、一度口にした以上は、言ったことには責任を持たなければいけない―― それを知らしめるためにもルパンダイブで飛び掛る黄村でしたが――「ビルドアッパー!」後輩を泣かせる不届き者への戒めとして、ジローのオートマントが落下する黄村を上空高くへと再び舞い上がらせました。


 三階建ての校舎よりもはるかに高く舞い上がっている辺り……丈夫だな、黄村。


 窮地を救ってもらったことで、変だと思っていたジローが実は優しい人なのではないのか、と思い始めた花子さんは、とりあえず例を言おうと向き直るジローに相対しますが―― 彼女のドジっ娘レベルは並外れていました。


 歩いている最中、小石があったら転ぶ。なくても転ぶ―― そういう域に達している人は確かに存在します。


 しかし、歩かなくても自分の足につまずいて転ぶ、というのは流石にはじめてです。


 そんな不意打ちを前に、ジローは支えるのが手一杯。


 支える瞬間、自らの手がどこに納まるかまではとてもではありませんが判ろうはずもありません。


 谷間の筋がわずかに垣間見えていたことから、キョーコよりはあるだろううす胸に触れ、慌てて飛び下がるジローでしたが、刻既に遅し。


 一部始終を見ていたキョーコが結果オーライ気味に飛び出したことで、経緯はどうあれ自らの見立てに狂いがなかったことをユキが喜ぶ中―― って、経緯が駄目な時点で見立ては狂ってますが―― 笑顔を張り付かせたキョーコはいろいろ薄い一年生にも負けている、という辛い現実をジローで発散するためにすっかり戦闘態勢。


 ジローの精一杯の言い訳を基準にリズムを刻み、左足で軽くステップを踏むキョーコ。


 しかし、明らかな殺気を漂わせるキョーコの前に慌てて立つと、花子さんは噛みはすれどコケはせずにジローをかばいます。


 今のは自分が悪かったこと。


 何より、触られたけど厭じゃなかったこと。








 問題発言に気付いたのは、戦闘態勢を崩すほどドン引きに引きまくったキョーコの姿を見るまでの数秒間。








 湧き上がる羞恥心に負け、こけつまろびつしてその場を離れた花子さんに、ジローはただ呆れ、三人娘はそれぞれ微妙な表情で見送るだけしか出来ませんでした。


 特にユキは数日後、自らのしでかした軽挙が余計なフラグを立ててしまったことによって、キョーコをいじって鉄板を強化する、という目論見がおかしな方向に向かってしまったことを悟り、ただただ痛恨を悔いるのみ。


 何も知らずに、明るい表情で妹の変化を語る緑谷の笑顔は、実に清々しいものでした。






第66話◆触った代償




「妹の様子がおかしい」緑谷の何気ないその言葉でしたが、理由に心当たりのありすぎるジローは衝撃を受けます。


 その理由とはもちろんこの間のタッチしちゃった一件。


 やはり女性の胸はアンタッチャブルなものであることを改めて思い知り、数少ない友人の妹を傷ものにした責任を取るべく、男らしく謝ることを心に誓うジローなのですが、実際に傷ものにしてしまったならば、生きてこの場にいるとは思えません。現場にいたキョーコ的に。


 ともあれ、ジローが漢らしい決意を固く結んだその頃、花子さんもまた、教室でタッチされた一件について思い悩みます。


 正しくは、その後に思わず口走ってしまった『嫌じゃなかった』の一言。


 下手すりゃ変態か痴女扱いされても不思議ではありません。


 しかし、ああでも言わなければ、あの優しかった先輩は星になってしまってもう二度とは還ってこれない。


 ちょっと優しさ云々が過去形になっていますが知ったことか。


 人命か、羞恥かの二択に今もなお煩悶し続ける花子さんでしたが、状況は待ってはくれません。1−Aのクラスメイトが、来客を告げていたのです。


 慌てて立ち上がり、机で腿を強く打ちつけた花子さんでしたが、さらに慌てる事態が待っていました。


 彼女を訪ねてきたのは決意の顔をしたジロー。


 何事かを言いつつ近づきつつあるジローですが、羞恥と緊張でテンパった花子さんにはそれを受け入れる余裕などありません。


 脱兎の如く逃げ出す花子さん…………あ、いや、足は遅いので脱兎と言うよりは満腹の狸か何かのような逃げ足ですが、必死に逃げていることには変わりなし。


 なので、前を見る余裕などありません。


 曲がり角からやってきていたアキにも気づくことなく逃げ惑い……トーストでもくわえていたら運命の出会いになっていたであろうぶつかり方で衝突します。


 早く逃げなきゃ、と焦る花子さんですが、ぶつかった拍子に眼鏡が外れてしまい、眼鏡がないと何も見えない花子さんは必死に眼鏡を探します。


 眼鏡にしては柔らかい感触が手に伝わりますが、構わず揉みしだきつつ眼鏡を探す花子さん。


 アキさん、お勤めご苦労様です(思わず敬語)。


 というか、ちょっと揉まれただけで素晴らしい反応を見せるほどにアキさんを調教……いや、開発……いやいや、成長させたユキさんの手腕にも、今心から有り難うです。


 と、漢らしい決意を忘れて突然咲き誇る百合の花を思わず観賞するジローでしたが、両目に飛来したアキのスリッパがジローを痛みとともに現実をもたらします。


 そうだった。アンタッチャブルな光景の引き起こす魔力に引きずられて思わず見とれてしまったが、謝らなければならないのだ―― そう思い返し、逃げる花子さんを追いかけるジローでしたが、目的を語らぬままに追跡に入ったジローの姿に、アキは事情を察知します。


 前回の感触に味を占めた→もう一度触らせろ→逃走と追跡


 はい、すっかり犯罪チックな誤りです。


 仲間内から犯罪者を出すわけには行かない、と、唯一ジローの手綱を握ることが出来るキョーコを呼びに走るアキですが、仲間内からの犯罪者は既に何度も出ています……主に裸や露出方面で。


 一方、女子トイレという心理的に待ち伏せしづらい場所に逃げ込むことでジローの追撃をやり過ごすことに成功した花子さんは、その仲間内の犯罪者の巣窟に逃げ込みます。


 フィギュア部の後輩が作った、着脱可能コスチュームをまとった三人娘のフィギュアを手に、邪悪というか欲望むき出しの笑みを浮かべる黄村と、彼に惜しみない賞賛の声を向ける赤城会長と青木でしたが、魔窟に等しい部室に逃げ込んだ花子さんに―― というか、いかがわしい期待に胸躍らせていたところで飛び込んできた女子生徒に驚き、折角のフィギュアを取り落としてしまいます。


 しかしそこはムダに身体能力が高い赤城会長。繊細極まりないフィギュアを破壊せぬように間一髪でキャッチし、難を逃れることには成功するのですが、そこに飛んできたのは花子さんを捕まえるために繰り出されたオートマントの無慈悲で巨大な手。


 折角のフィギュアを粉々に粉砕された怒りは、ようやく花子さんを捕まえて説得に移ろうとしたジローへと向けられ、花子さんはまたしてもジローの魔の手から逃れることに成功するのです。


 ……漫画的な強運体質にもほどがあります。


 しかし、強運では根本的な実力差は覆せない、ということは、榊権現こと阪中忠四郎蔵人様も仰っていること。


 ついに校舎裏へと追い詰めた花子さんに迫るジロー!


 端から見たら十分犯罪の香りが漂っておりますが、ジローは悪の科学者なので問題なし……あ、いや、悪の科学者に追い立てられると言う時点で、一般人的には充分に問題ありです。


 そんな問題ありな状況である、ということを自覚せずとも感覚的にはまずい、と理解していることもあり、やはり諦めることなく逃げようとする花子さんは、踊り場の窓をよじ登ろうとするのですが、追いすがるジローがその真下に到達したことから来る羞恥心と運動神経のなさ、そして何より、スカートを押さえて片腕になってしまっては、身体を支えることなど出来ない、という事実に気付くことが出来ないすっトロさの合わせ技によって、花子さんはジローの真上に見事に落下するのです。


 ジローがクッションになり、何とか怪我は避けられた花子さんですが、ジローの顔面に騎乗するかのように座り込んでいる、という状況に慌てて立ち上がろうとした彼女の行動はものの見事に逆効果を生み出します。


 駆けつけた三人娘+緑谷が見たものは、全年齢対象のここではあまり大きな声では言えませんが―― 双子座スタイルのジローと花子さん。


 何が何だか判らない、という空気とともに訪れた数秒の沈黙……その後に響いた、妹と友人の痴態に約一名の兄がショックで倒れる音、そして、ユキのクイックドロゥによるシャッター音が、全てが手遅れになっていた、という事実を示すのでした。


 とりあえずジローをシメた上で説教モードに入るキョーコ。謝ろうとしていたのだ、と反論するジローですがそんなことなど知ったことか。それで泣かせちゃ世話ないわ!


 反論するジローを踏みつけて、今後一切近寄らせることない、ということで迷惑を掛けた侘びとするキョーコでしたが、花子さんは「い、いえ 私なら大丈夫です! も、もっと…近づいてきてください…!」その裁定に対して異議を唱えます。


 また誤解を生みそうな発言で、キョーコに痴女認定されかけた花子さんでしたが、その疑いについては否定しつつも、このまま男性恐怖症を続けていては駄目だ、ということ……そして、変わらなければならない、という決意を語ります。


 妹のその決意に、兄も応えなければなりません。


 兄として、変わろうとする妹をサポートするべくジローにその手伝いを頼む緑谷!


 めっきりアホの子と化したアキにまで「アホばっかりか」とツッコミを受けますが、テンションだけで押し切る彼らにとって、そのツッコミは野暮と言うもの。


「これからは遠慮なく声かけていくぞ!!お前も遠慮なく声かけてこい!」「は、はい!が、がんばります!」


 訳の判らない空間と化した校舎裏に、高らかに声が響く中、ライバル登場を危ぶむ世話焼きババアはキョーコをいじって危機感を煽るのですが「!? あ、あたし関係ないし」この期に及んでもなお無関係を気取るキョーコの反応に、アキユキはキョーコにもまたチキン認定を出すのでした。


 しかし、チキンと言う上では明らかに格上なのが、骨の髄までチキンが染み付いた小動物系属性の持ち主である花子さん。


 声かけも十数メートル離れた場所から行うその様に、キョーコは何故か安堵しますが、十数メートルの距離でもなお『精一杯近づいて声をかけることが出来た』と甘やかす緑谷と、電信柱の影から勇気を出すことが出来た、と喜ぶ花子さんの姿に、かつて大きい姉上によって過保護に育てられたという過去を持つジローですらも、いろいろ薄い緑谷兄妹の将来には不安を隠せないのでした。




第67話◆女子トイレを怖れるな


「すごいぞ…自信に満ちあふれている…!」


 体育倉庫の暗闇の中に蟠る影一つ。


 沸騰し、気泡を発する湯が満ちたミキサー状の何かの前に座り―― 頃合いを見て一片の何かを投じると、蓋をして後は待つだけ。


 このアイテムによって、『女が苦手』という自らの弱点を克服出来る、とほくそ笑むのはもちろんジロー。


 思い返してみれば、地域清掃のときのあの大惨事を引き起こしたのは裸の載った本だった。


 また、女子トイレというある種の結界の発する圧力に負けた結果、女子トイレに逃げ込んだ花子さんを取り逃がして被害を拡大させてしまった。


 そこから導き出された一つの結論ですが……苦手と言うのではなく、すっげぇ好きが転じただけだ、という事実には気付いていません。


 しかし、組織再開前にこの『弱点』に気付いたのであればそれで充分!


 弱点は克服し、消し去るのみ!とばかりに開発したのが“ツメノアカセンジール”!


 このアイテムに爪を入れ、それを煮沸させて抽出したエキスを飲むことで相手の長所を取り入れ、弱点を克服することが出来る―― 多少味に問題があろうとも、総身に満ちあふれる自信の前には味など瑣末事。


 この間戦わずして敗北を喫した女子トイレで行われるモリT氏に関する会話も問題なく聞くことが出来ます。


 そうか、タイシは小さかったのか。だから、ああもモテモテなのに……。


 ……もちろん度量の話ですよ?


「そっちの方がひでぇ!!」とツッコミ入れたくなる、男子禁制の会話に満ちあふれた女子トイレの前でも動揺することなく過ごす事が出来る、という心の余裕―― それをもたらしたポチの爪の威力に感激するジローは、師匠の偉大さに拠って野望に大幅に近づくことが出来た、と確信するのです。


 しかし、ジローは知りませんでした。


 ポチの偉大さは、度量の大きさばかりではないということを。


 ちょうど校庭には迷い込んできた一匹のわんこ。


 もふもふの毛並みの間から覗くつぶらな瞳にすっかりメロメロな女子生徒・いっちゃんが「どこの子かにゃー!?かにゃー?!」てろてろな口調で頭を撫で…………ええぃいっちゃん俺と代われッ!!


 思わず犬好きの読者が取り乱すほどの光景でしたが、撫でられて喜んだもふ子さん(仮名)が『もっと撫でて。ここも撫でて』と言わんばかりにそのお腹を見せることは出来ませんでした。


 ご近所でも評判のドン・ファンこと、ポチの本能に衝き動かされたジローがその微笑ましい光景を邪魔したのです。


 というか、外で飼われているというのに繋がれていない上、日頃からダンディズムに満ち溢れた漢らしさを振り撒いている辺りから鑑みるに、去勢もされていないでしょうから、渡家のご近所では妙に目鼻立ちがはっきりとした、柴の雑種が多数目撃されていると思えてなりません。


 ……なんか、拙サイト的には別コンテンツの某登場人物のモデルとなっている方を思い出す方もいらっしゃるかもしれませんが、わざとそう仕向けているのでそこはまぁ勘弁して頂きたい。


 ともあれ、女性に強くなったと言うよりは、ただ単に人間のメスに興味を示さないだけでは意味がない、と女性に強い人間を探すジローの目に飛び込んできたのは、女子トイレの前でガールズトークに聞き耳立てる豪の者。


 実によく訓練されたサンデー読者としては、帯ギュの5巻というキーワードを出さずにはいられません。


 具体的に言えば、東尋坊で記念撮影してた浜高女子テニス部の三人の脇にあった立て看板の一節。


 つまるところ、はやまるな 考えなおせ


 ですが、帯ギュの連載終了時に2歳かそこらだったジローがそんな読者の毒電波に気付くはずもなく、ジローは黄村の爪を煎じて飲みます。


 満ち溢れる自信以上の何かに戸惑うジローと、ジローがなぜ急に自分の爪を切ったのかが理解できない黄村の前に現れたのが、みのり隊の一同を引き連れたみのりん。


 キャプションに腹黒アイドルと表記されているのが涙を誘いますが、そんな彼女が下僕……いやいや、自らの支持者を集めるために強化を進めるセクシー路線の一環として導入した超ミニスカに反応し、「ああ、お気になさらず ただ単に寝ているだけでのぞこーとはしてません!!ジローと黄村は廊下に仰向けに寝そべってにじり寄る!


 気になるわッ!!


 衝動的にツッコんでしまいましたが、この読者の持つツッコミ衝動と同じくジローを黄村の如き行動を取らせたものこそ『パンツくらい見せろやこのビッチが―― !!』と、ジローの中で叫びを上げる黄村の女への欲望でした。


 取り込んでしまったものの巨大さと危険さにいまさらながら恐れおののいても時既に遅し。


 通りかかった緑谷兄妹に反応し、花子さんのパンツの色を尋ね―― 久々登場の精肉屋緑谷にキュッと絞められたり、ようやく出て来た蚊に、人に言い辛い場所を刺された女子生徒を『手助け』してやろうとしたり、こちらも久々登場のふとましい方を覗いたり、女子の体操服を着用したりと、自らの意思とは裏腹に黄村の欲望に振り回され、緑谷曰く「……なんだろう、今日のジローくん黄村くんみたい」と、すっかり女の敵のレッテルを貼られてしまいます。


 …………というか、今まで騒ぎになってなかった黄村の巧妙さは、最早信じられないレベルに達しているのではなかろーか?


 黄村ならむしろご褒美のリンチにあい、心身ともにずたずたになったジローは、とりあえず効果が切れるまでやり過ごすために一路部室へと。


 しかし、そこには昼食後のシエスタに入っていたキョーコがいました。


 動揺するジローにささやく欲望―――― 脳内の天使と悪魔が葛藤するはずのシーンでしたが、ジローの理性は葛藤することなくあっさり手を結びます。


 しかし、寝言でつぶやく「ジロー」の一言に、溶け消えたはずの理性は蘇りました。


 調教もここまでくると立派です。


 ともあれ、キョーコの寝言で己を取り戻したジローは自らの拳で自らを、オートマントの拳で黄村の欲望を打ち据えると、欲望に負けて行った今までの行動を悔いて、被害者の皆さんに謝罪して―――― って、ちょっと待て。


 無意識ではなく、意識的にやっとったんかい!?


 唐突に心神耗弱状態から責任能力あり、と自ら認める辺り、いさぎいいのかなんなのか判りませんが、改めて、自らの罪ごと効果を叩き潰すかのように自らを戒め、殴り続けるジロー。


 自傷行為で気絶するまで殴れると言う辺り、ジローの無意識下のリミッターは結構簡単に取り外しが聞く模様です。


 ともあれ、そんな騒ぎを真横でされていては、野生度の高いキョーコは目を覚ましてしまうのも道理と言えば道理。


 目覚めてみたら自らをボコっているジローがいるという状況には、声を挙げずにはいられません。


 倒れたジローに慌てて駆け寄り、介抱するキョーコ。


 薄らぐ意識の中で感じるキョーコの膝枕の感触に、再び蘇る欲望が声を掛けます。


 つくづく強いな欲望!?


 ですが、そんな欲望に負けてやるわけには行きません。


 かくして、ジローは本日二度目の窒息を、今度は自らの手で執行するのでした。


「………いいんじゃない? 女の子が苦手なくらい」


 気絶によって効果が消えたのか、冷静さを取り戻したジローの説明で事の次第を聞いたキョーコはそう語ります。


 この弱点を突かれて負けたらどうする、と反論するジローですが、騒ぐジローにキョーコは慌てず騒がず「まーまー かわいいもんじゃないその程度。 弱点くらいあった方が愛嬌あってあたしは好きよ?」語るのです。


 何だこの無意識ラブコメ発言?!


 ですが、キョーコの無意識ラブコールも大概ですが、ジローもまたそこで深読みできるほどの経験などありません。


 ドギマギしつつもキョーコの言葉を額面通りに受け止めて弱点を棚上げし、鈍感カップルの間には相変わらず進展はないまま、季節は夏を迎えようとするのでした。




第68話◆ロボとプール


「これが…!水の中…!」


 働き者の乙型は、今日もジロー達のために一仕事。


 忘れ物を届けにきた、と挨拶を交わす警備員のおじさんにも顔を覚えられ、充実した日々を過ごして…………待て待て待て待てジローとキョーコ!


 警備員のおじさんに顔を覚えられている、ということは、どっちも今回のように何らかの忘れ物をしたり、緊急の要件で乙型の手を煩わせていると言うことになりゃせんか?!


 すっかり乙型への依存度と駄目人間度が増しているようです。


 ですが、主であるジロー達に頼られることは乙型にとっては喜びそのもの。充実を感じつつ、ジロー達のスケジュールを検索し―― 向かった先はプール。


 梅雨もキョーコの誕生日もまだだと言うのに既にプール開きという辺り、フリーダムな校風は相変わらず。ジローの「ふぃー!!気持ちいい!!もうずっと体育はずっとプールでいいぞ!」という言葉もうっかり実現しかねません。


 そんなジローの姿に…… プール…かぁ…」少しばかりの羨望の眼差しを向ける乙型ですが、残念ながら彼女は精密機械。描写はされていませんでしたが、温泉のときにもやっぱり浸水していたらしく、眩しそうにジロー達を眺めるのがやっと。


 まぁ、コーラは飲めるようですが


 ですが、ジローの経済事情を理解している健気な乙型は水中装備と言う贅沢を求めることをしません。視線に気付いたキョーコにも早い時点で諦めの言葉で返すとともに、二人が忘れていた弁当をプールサイドに置いてアルバイトへと向かうのです。


 とはいえ、キョーコもジローも乙型のそんな眼差しを放って置くことは出来ません。


 そして明けて日曜日。恐らくは新しく買ったのでしょう……いつぞやのキョーコのスクール水着と違ってサイズもぴったりの競泳用水着を纏った乙型は、三葉ヶ丘高校のプールサイドに立っていました。


 休日のプールを使用する―― 仲間内に有能な生徒会長を持つからこそ出来る特例措置に、ジロー達も鼻高々。


 その心遣いはうれしくとも、しかし自分は水が苦手、と口ごもる乙型ですが、彼女の創造主はそれに対する手段を講じないわけはありませんでした。


 取り出したのは悪のアイテム布団圧縮袋!


 あの大質量を圧縮して平べったくしてしまえる時点で、何やら怪しいと思ってはいましたが、あの技術に悪の組織が絡んでいたとは……悪の組織、侮り難しです。


 と、下らんボケはいいとして、唐突な成り行きについていけない乙型をよそに、乙型に圧縮袋をジローが被せたかと思ったら、横でモブ顔してスタンバっていたキョーコが用意していた掃除機をセット!


 流れるような作業で、乙型の真空パックが出来上がりました。


 ただしこれは乙型が呼吸の必要のないロボだから出来る芸当!電撃ネットワーク以外は真似すんな!?


 というか、久々に電撃ネットワークを思い出したぞ?


 爆竹やロケット花火は爆発オチ担当のジローがいるからいいとして……サソリ食うのは、やっぱり黄村かなぁ?


 何やら訳の判らない単語に戸惑う良い子のみんなは、お父さんかお兄さんにでも聞いてみてください。眉をひそめて教えてくれるかもしれません。


 ともあれ、水中装備を整えた乙型をこのまま放って置くはずもありません。


 身動きとり辛い真空パック状態のまま抵抗することも出来ないままジローに抱えられ、水で満たされたプールに投げ込まれることによって水柱を揚げた乙型が見たものは、陸上世界では決して見ることの出来ない光景でした。


 空気とまったく屈曲率の違う水中を通る光の乱舞。


 気泡を纏って飛び込むジロー達。


 通常とはまったく違う、美しさに満ちた光景に乙型は感涙を流しま―――――――――― いや、それ漏電するからッ!!


 間一髪でショートを免れた乙型ですが、周囲の心配をよそに乙型はただただ笑顔!


 あこがれてはみたものの、実際に見ることは適わないと諦めていた世界に触れたことに感動し、それを実現させてくれたジロー達の想いに感激してこぼす溢れんばかりの笑顔は、変態だけど紳士でもある赤城会長の「女性の笑顔は男の勲章」という言葉ならずとも、彼らの心に染み入ります。


 感動したら、次は楽しむ番!


 早速プール遊びの定番・塩素拾いを提案するユキに乙型も元気に応じたその時、「お待たせしました、ジローさーん!」太陽の光を背に、プール目掛けて飛び込んでくる影が一つ現れるのです!


 乙型のアンテナが強く反応したその影の正体は、言うまでもなくシズカでした。


 乙型の上に着地して、ジローに新しい水着をアピールするシズカですが、大胆なのはビキニの水着なのか、それともその水着の材料を校内……それも掲揚していたポールから堂々と調達してきた部分にあるのか、気になるところです。


 ―――― たぶん絶対正義として活動出来ねー。日頃の行い的に。


 と、このようにジロー以外眼中にないこともあって、正義としてのアイデンティティをガラガラと崩壊させ続けるシズカですが、乙型を浮き輪と誤認し、水中に投げ出されてもなお、その身体を覆うポリエチレン100%の袋こそが乙型の命綱である、と判断するだけの冷静さは残っていました。


 袋を破るような内蔵武器が使えない以上、反撃は来ない―― そうと判れば、このチャンスを活かすだけ!


 乙型をライバルとみなしている……というか、不自然なまでにキョーコをライバル視していないこともあり、ここぞとばかりにジローにアプローチを敢行するシズカ。肝心のジローがこれまた不自然なほどにキョーコ以外に殆ど反応しないこともあって、結局は空振り気味ですが、真空パックされてよちよちと動くだけにとどまるライバルの目の前で好き勝手に行動出来るという快感の前には、多少の本末転倒も知ったことではありません。


 ですが、「足つかないからつかまらせてくださいー!」と抱きつく姿の前に、乙型の箍は外れました。


 ついでに両手も手首から外れた乙型は、本来なら乙型キャノンの発射口として使用する手首から圧縮空気を排出し―― ジロー様から… 離れてください――!!さながらウォータージェットの如くに突き進む!


 シズカからジローを奪い取った乙型は、「いや、おちつけ乙型っ!!」ジローの言葉も上の空のまま、生まれて初めて、しかもジローと一緒に泳いでいる、という事実に恍惚としますが―― 残念ながら、高校のプールはそれほど広くはありません。


 夢のような時間は、まさに泡沫のように消え去り……ジローとともにプールサイドに激突した乙型は、派手な水飛沫と電流を巻き上げてショートするのでした。


 かくして過ぎた日曜の午後、夕焼けの道を帰るジロー達。


 ジローの背の上で目覚めた乙型は、自分のせいで皆の楽しい時間が台無しになった、とジローに謝罪しますが、「お前は楽しめたか?」ジローはそのようなことで怒るような、T氏級の小さな度量ではありませんでした。


 ロボにも息抜きは必要。だからこそ、やりたいことがあれば我慢する必要はない!


 そう言い切るジローに乙型は再び感涙を流しますが―― それは本日三度目の漏電の引き金にしかなりませんでした。


 かくして、往年の『ミス・サンデー』の必殺技“ダーリン・パニッシュメント(@椎名高志&村枝賢一)”を思わせる電撃でジローを巻き込む乙型に、今日ばかりは実に影の薄かったキョーコはただただ呆れて溜め息一つ吐くばかり。


 そんな彼らを電柱の影から羨ましそうに眺めるシズカでしたが、「ちょっとキミ、旗のことで質問いいかな?」彼女がしでかした罪の報いは、すぐそこに迫っているのでした。







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