キルゼムオールレポート・3








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第18話◆格付けされる男


『力を示すしかあるまいな』




 渡家では、今日も今日とてジローを呼ぶキョーコの声が響きます。


 お風呂見てきて。ポチにごはん持ってって。電球かえてって言ったでしょ!呼んだらすぐ来なさいよ!


 さながら召使いと言わんばかりの扱いに、さしものジローもキレますが、キョーコには『ジローが社会に適合するために必要な経験を積ませるために、簡単な仕事を任せている』という錦の御旗があります。


 やりたくなければそれでもいい。それだったら改造させないだけだし――キョーコのまだ覚えていたというより他にない――と言いたいところですが、記念すべきコミックス1巻発売日(九州では)なので、覚えていて当然です。というか、覚えていなけりゃ買って読み返せ!


 その言葉を前に、完膚なきまでに敗北を喫したジローは、毅然とした態度で炎天下の下言いつけられた庭の草むしりをこなすのです。


 外犬のはずのポチも屋内に避難するほどの容赦ない陽射しを受け、大幅に損失した水分を補給するとともに師匠と仰ぐポチにこのところのキョーコの態度の変化の原因を尋ねるジローに、ポチは一つの答えを示します。


『うむ。それは格付けが済んだ、ということだな。』


 社会性の強い犬ならではの発想です。


 何より、渡家のおとーさん相手にすでに格の違いを見せつけているポチが言うから説得力は倍増です。


 格下に見られていることにショックを受けつつも、今もなおキョーコを手下として改造する、と言い続けているジローにエーコは呆れつつも、むしろ今頃気付いたの?と言いたくなるほどの尻に敷かれっぷりを指摘するのですが、コミックス出てるんだから再確認は簡単です?さぁ、420円持って本屋へGO!(ファンサイト要素)


 しかし、気になるのはなぜ今になってジローをこき使うのか。


 想像し、思い当たる節を探すエーコ。


 働かざるもの、食うべからず。


 実にシンプルな一言が、ニートの胸を抉ります。


 無乳になることはキャラや正装的に許されざること―― その一念で闇に降り立った天才の生き様を描いた漫画を放り投げ、ダミー用の就職情報誌を手に取るエーコにジローの脳裏には疑問符が張り付きますが、エーコの謎の行動に構う暇はありません。一刻も早くこの状況を打開せねばならない、とさらに師に進むべき道を問うジロー。


 自分にとって大事な家族の中での序列を競うことに、ポチはいい顔をしませんが、どうしてもというジローに根負けしたポチは、一つの提言を為すのです。


 つか、外から見たら見事にαシンドロームの末期的症状です。


 犬が最上位に立つ渡家という図式に、元犬飼いさんとしてはちょっと心配になってきてしまいますが、それはさておき舞台は唐突に江ノ島を望む海岸線へと移ります。


 ジローの『短距離走をするぞキョーコ!』と言う言葉に連れ出されたキョーコの目には不信感がありありと映るのですが、「ただの性能チェックだ。他意はない!なんならオレも一緒に走ってやる!」と不信感を必死になって拭うジローに仕方なく付き合うことを決めました。


 その中でちゃっかりと「終わったらちゃんと仕事してもらうからね」と約束を取り付ける辺りは流石というべきでしょうが、目先の勝負事に目を奪われて、後のハードワークを気にしないジローにはそのような約束など大したことではありません。


 そう!圧倒的な力を見せ付け、格上であることを示せば、パシらされることもないのです!


 その安直な発想で始まった『体力測定』ですが、大いなる誤算がありました。


 耐久性は高いものの、日々の生活をオートマントに頼り切ったジローには基礎的な体力がなかったのです。


 『石破ラブラブ天驚拳』のTシャツが風を切るのを蒼白な顔で眺め、ジャイロボールがスコアボードを叩く横でポチとのボール遊びに興じ、軽々と腕立てをする横で体力と気力の限界を感じ、交差二重飛びの脇で亀甲縛りになり、リンボーでガラスの腰をイわせ、砂崩しでは欲張りすぎて一発で旗を倒し、『いっせーのせ』では余裕のストレート負けを喫し―― あまつさえ、逆上がりも出来ないという醜態を晒してしまいます。


 どうやら今週はジュビロ先生と被ってしまったようです。


 どーでもいいことですが、『ミッション女子高生』さんこと商店街の花屋『花の藤木』の娘さんである裕美さんが、この被りで悲惨なことになりゃしないか、心配でなりません。だって……ジュビロ先生だし(あんまりな言い草)。


 それはさておいて、力の差を見せつけることは出来たものの、そのベクトルが逆方向だったことに傷ついたジローに掛けられた「あんた弱すぎない?」容赦ない追い討ちの言葉は、ジローのなけなしのプライドをズタズタに引き裂き、ジローは号泣とともに脱兎のごとくその場を後にするのです。


 そして夜は更けましたが、まだ帰ってきていないジローが流石に心配になったのでしょう、キョーコは洗い物をする手を止めながら11時をやや過ぎた時を指す時計を眺めます。


 横で並んで洗い物をするエーコは戻らないジローもまぁ男の子だから、と意地を刺激された弟の所行に苦笑するばかりなのですが、ジローも居ない今こそがいいタイミング、とばかりにそもそもの原因となった、ジローに仕事を押し付けていた理由を尋ね、その理由がもしジローの行為にあるのであれば、改めさせるように言うのです。


 しかし、エーコが懸念していた理由ではありませんでした。


 誕生日会を催してもらったことで、ジローやエーコから『お客』というイメージがなくなってしまっていたことを、家族の一員として捉えていたことを……しかし、軽く仕事を頼んでみようと思ってみても、一人っ子ゆえの不器用さが邪魔をして、つっけんどんな言い回しになってしまっていたことを述べるキョーコ。


 そして、その言葉とともに小動物的に落ち込むキョーコはエーコにとってツボでした。


 あーもう家族家族!何なら嫁にしちゃるけん、あたしの嫁にならんね!


 その筑後弁なノリが織り成す百合展開が理解出来ないキョーコはエーコの抱擁に必死に抵抗しつつ話題を再びジローに戻すのですが、ジローが今何をやっているのかは、エーコにはお見通しでした。


 そして翌朝、ジローが夜の校舎窓ガラス壊して回っているかも知れないと心配していたキョーコはエーコの予想通りの光景を目にします。


 近所の公園で、Tシャツにジャージといういでたちのまま逆上がりを一晩中練習し、そしてマスターしていたジローの姿を呆れつつ、しかし半ば安堵の表情を交えて眺めていたキョーコの口から漏れたのは溜息一つ。


 そして、その頑張りを認めないわけにはいかない、と仕事を押し付けすぎていたことを詫びるキョーコにジローは勝ち誇り―― 力尽きました。


 鉄棒を握り締め、身体を支えていた右手が限界を突破し……左手一本で支えきれなかった身体は当然ながら引力に引かれます。


 顎を痛打して自爆KOされたジローはそのままキョーコにぶつかって倒れ―― 図らずもキョーコの膝枕で眠りに囚われてしまうのです。


 完眠しているジローを起こそうと二度、三度とその頭を軽く叩くキョーコではありましたが、スイカ並みの音を響かせていてもなお貫徹していたことで得た眠気から自由を取り戻すことは出来ません。


「全然、悪じゃないじゃん、あんた」思わず頬をほころばせるキョーコ。


 努力を惜しまないジローの姿に、悪の組織の幹部だというのに全く悪らしくないという印象を抱き……そして、気付きました。


 そういや私、お姉ちゃんやジローのこと全然知らないや… こいつのいた悪の組織とかって一体どんなとこだったんだろ?


 巻も改まり、新展開への取っ掛かりとしては最適なタイミングでのその疑問。


 しかし、その疑問をこの場で問うことは出来ません。


 肝心なジローが寝ているから。


 そして何より、その場を通りかかったアキとユキが、何が起きたかを理解してしまったから!


 疑問よりも何よりも、誤解を解くほうが先、と結局疑問を有耶無耶にすることにしたキョーコ。しかし、契約については有耶無耶にすることなく、やっぱりジローをパシリとして扱うのでありました。





第19話◆モンスターシスター


「この黒雲は!!」


 今日もまた、いつものように新聞の求人募集広告を眺めるエーコ。


 しかし、エーコの求める“タンピン三食昼寝つき、ブラックどころか悪の幹部経験者も大歓迎”な職場などはありません。


 タンピンについて判らない、という人は、麻雀が出来るお父さんかお兄さんにでも聞いてください。


 しかし、くつろぎながらニート脱出を目論んでいたエーコが電話に出たその時、安息の日々は終わりを告げました。


「もしもしエーコか? 私だが」


 着信音にやってきたキョーコに対して、ニートをやめて暫らく旅に出ることを宣言するエーコ。いつも行動が唐突且つ大胆、もっと言えば傍若無人なエーコではありますが、ニートが転じて人生の旅人になったところで大したことなど出来やしない、とキョーコはエーコの行動を静止しようとするのです。


 しかし、エーコが引き戸を全開に開いて全裸で逃走しようとしたその時は……既に手遅れでした。


 頭上に広がるのは、先程までの青空をピンポイントで覆い尽くす分厚い雨雲!


 その光景に、間に合わなかったことをエーコが悟ったその時、雷光がエーコを貫くのです。


 こんがりアフロヘアーになったエーコに、駆け寄るキョーコと窓から顔を出すジローの二つの驚きが寄せられますが、ジローの驚きの対象は、即座にエーコから黒雲へと変化するのです。


 その黒雲を発生させる機械的なアタッシュケースを携えて、逃亡を図ったエーコに対してはその落ち着きのなさを咎めつつ、久々に逢うジローに対してはその息災ぶりを喜ぶのは、ともすれば幼さを感じさせるお下げ髪に理知を漂わせる眼鏡と隙なく着こなしたダブルの軍服を併せることで、むしろ年齢不詳の凛々しさの中にありながらも若々しさをアピールする女性―― エーコとジローの姉、阿久野アヤ(27)でした。


 阿久野家の離散からおよそ二ヶ月……確かに久々には違いないとはいえ、たった二ヶ月の御無沙汰を埋めるかのようにジローに抱きつく様は並の家族の親愛を超えるもの。


 そのザマにニヤつくキョーコに「いつもこうではない!!」と弁明するジローですが、そんな言い訳など知ったことか、と言わんばかりに、キョーコは日頃とはまた違った意味で恥ずかしい姿を晒すことになったジローに対してからかいを込めた笑みを見せるのです。


 アフロになったエーコに対する興味もそこそこにジローに傾注するアヤの姿に、キョーコは彼女も従姉なのか、とエーコに説明を求めます。エーコはアフロからの蘇生を行いながらも「そ。いつもあたしを怒るんだよ」と日頃の理不尽な仕打ちを訴えるのですが、「いやお姉ちゃんのは自業自得」ときっぱりと否定する辺り、キョーコもエーコに対するリアクションを理解してきた模様です。


 しかし、ジローにしてみたら、ついこの間弱さを露呈したばかり。これ以上恥を晒すわけにはいかない、とアヤに何故ここに来たのか、と問い質すことで話題を変えようとするのです。


 その問いに応じて曰く、「エーコに話を聞いてな。キョーコさんとやらから虐待されているそうじゃないか?」従妹であるキョーコの存在を知らない辺り、流石に創造主曰くいきあたりばった……げふんごふん。もとい、流石にキルゼムオールの中でも幹部として活動していただけのことはあります。


 まぁ、エーコも幹部なのですが、お盆に渡家に挨拶していたという面から考えると、エーコは基本的に外交担当なのでしょう。


 ともあれ、キョーコにも言い分はありますが、いかに申し開きをしようとも、言い分など悪の組織の前には通りません。怒りも顕わに詰め寄るアヤの剣幕に焦りつつジローにフォローを求めるキョーコですが、「安心しろ。その程度ではオレはびくともせん。それに…」ジローはワラというにはあまりにタチが悪すぎました。


「キョーコは将来、オレの好きにしていいという約束済みだ!!ヤツの身体はオレのものゆえ!!!


「待て―――い!!」


 案の定の方向に走ったジローに思わず鉄拳で以ってツッコミ入れようとするキョーコですが、そんなキョーコをエーコは全力で押さえ込むのです。


 ええい、止めるな!このままでは私の清純派で通したキャラが。


 まだ言ってたのね、それ。まぁ、それは置いといて、それ以上言ったらお姉ちゃんが暴走しちゃうから。


 そう!アヤが携えていたアタッシェケースに似た機械は父親特製のアヤ専用天候操作装置―― しかも、アヤの気分次第で暴走してしまうというはた迷惑な代物だったのです。


 そして、『組織の跡取りのジローが行きずりの女に騙された』という“事実”に渡家の空気はさながら嵐の如くに猛烈な勢いで攪拌されるのです。


 その怒りを鎮めるためには、ひとまずアヤの言うことを聞かなければ収まらない、と助言するエーコの言葉に折れ、鞭のようにしなうハイキックを一旦は鞘に収めることにしたキョーコに、アヤはその勘違いしたどことなく小姑な眼差しのまま、「あなたがジローにふさわしいか確かめさせてほしい!」キョーコの持つ技術をテストすることを宣告するのです!


 ……どうやら、今回もキョーコのスペックについてもう少し掘り下げる模様です。


 そんな訳で始まったキョーコの家事スキルのテストではありましたが……掃除・洗濯・整頓、とそのすべてにおいて予想を遥かに上回る実力を発揮するキョーコに、アヤはただただ驚き、その見る目が変わっていきます―― が、この歳にしておかんスキルをこれだけ高めているキョーコが侘しいのか、はたまた、キョーコのおかんスキルの中で見逃されつつある、脱ぎ散らかしまくって頻繁に全裸になるほどのエーコの自堕落っぷりは何故スルーなのか、諦め!諦めかッ?!―― と問い質すべきなのか。


 しかし、最後に控えた料理でアヤはようやくキョーコの穴を見つけました。


 阿久野家の肉じゃがでは黒糖を使う!ジローの好みを判っていない以上、認める訳にはいかん!


 ちょっと待て、そんな九州じゃないとなじみが薄い食材使ったパーソナル過ぎることを―― とツッコミたくなる読者ですが、ジローやエーコが『何かが違う』と言い続けていた最後のピースが巧く嵌まる一言を得たキョーコはツッコミ入れるより先にどうしても納得出来なかった部分が合致させるアドヴァイスを送ったアヤに感謝の言葉を送るのです。


 素直に踏み込まれては、折れるより他ありません。かくして、アヤもまた、キョーコの前に陥落するのでしたが……このレシピを教えていたはずのエーコに矛先を向けることについては忘れてはいませんでした。


 そして夜も更け、風呂でくつろぐアヤの耳に飛び込んでくるのは、着替えとバスタオルを用意した、というキョーコの言葉。


 その心を込めたもてなしに、それまで辛くあたったことに対してアヤは詫びるのです。


 自分でも過保護なのは判ってはいる。しかし、女家族の中にあってジローは父の跡を継いで組織を継承する唯一の男。だからこそ、ジローが選んだ相手をテストするあまりにキツい当たりかたをしてしまった。許して欲しい。


 そんな詫びの言葉にキョーコは「気にしてませんから」と受け流し、和解は完全になるのです。


 ―― が、「これからの人生、ジローのことよろしく頼む!」根本的なことは伝わっていないのでした。


 ともあれ、アヤの機嫌を心配していたエーコに首尾よく打ち解けることが出来たことを伝えるキョーコにジローもまた上機嫌。


 よしよし、よくやったぞキョーコ!オレの手下となるためによく頑張った。


 しかし、溜まりに溜まった鉄拳のツケではありましたが、キョーコはその負債を物理的に取り立てる以外の方法を伝授されていたのでした。


「………ジロー? あんた9歳までおねしょしてたって?


 ちょっと待てキョーコ!おねしょと言えばお前も!


 あたしは7歳。あんたは9歳。この差は大きいわよ?


 ジローが言うことを聞かなければ言ってやれ、というお墨付きの下に伝授された秘密の数々―― ついでにエーコの秘密……オリジナルのおしり体操という秘すべき過去までバラされたことにより、アドバンテージは完全にキョーコに移るのです。


 しかし、バラされた者にしてみればたまったものではありません。


 どちくしょー!アヤねーちゃんの行かず後家ー!


 思わず口走ってしまうアヤへの愚痴……しかし、既に背後に立っていたアヤに気付くことなく口走ってしまったそれは、「陰口を聞こえるようにいうとはな。2人とも組織から離れてなまってるんじゃないか? かるーく運動させてやろう」アヤの怒りを呼び起こすのです。


 かくして、始まった特訓という名の制裁に、エーコは再びのアフロを避けるために必死に逃げを打ち、ジローはオートマントでもどうにもならない風に吹き飛ばされそうになるのを庭の立ち木でどうにか堪えようと試みる。


 組織では『鬼軍曹』と呼ばれ恐れられていたアヤ―― かなちん静馬のばーちゃんと同系統であることを如何なく発揮したアヤの特訓によって、渡家の庭は壊滅的な被害を受けるのでありました。





第20話◆はろーわーく


「いっつぁりくるーとすーつ! 就職活動の時着る服デース!」


 いつもなら全裸でくつろいでいることが多いエーコ。しかし、この日はちょっと違います。


 白の上下と薄い緑のシャツに身を包み、姿身の前で決める彼女の異様な雰囲気に二人と一匹は「どーした姉上、そのカッコは?」「えーとOLのコスプレ?」『夜の仕事?』と口々に尋ねますが、どれもこれも不正解。


 なんと、永遠のニートだと思われていたエーコが就職活動に本腰を入れたのです。


 まぁ、「社会人ならプラプラするな」というアヤの説教を受けての行動であり、本音ではやっぱり働きたくはないと断言しちゃえる辺りは流石の一言ですが、アヤの特訓つきの説教に晒されるくらいなら、就職活動に勤しむほうがまだマシだと就職活動を開始した上、いくら『働いたら負けかな』と思ってはいても、働かなくちゃ結局は不戦敗なので、ちゃんと就職はしたいところ。


 しかし、このご時世ではなかなか募集もなかったので、のんべんだらりと全裸でポテチかじりながら新聞眺めてただけのエーコに意外なところから救いの手が差し伸べられます。


 渡家のおとーさんの知り合いが、緊急に女性のスタッフが必要だ、と言ってきたのです。


 エーコの話を聞いて是非話を聞いてみよう、と色よい返事を返してくれたおとーさんの知り合いの命知らずぶりを称えるジローですが、才色兼備の自分が本気になれば欲しがる会社は数多、と豪語するエーコにはジローのそんな評価は心外以外の何者でもありません。


 しかし、世の中そんなに甘くはありません。


 社長さんが惹かれたのは、おとーさんからの電柱担いだり、タンス片手で持ち上げて運べるくらい体力あるからね、という言葉。つまり、要求されているのは元気さと体力です。


 想像していた『切れ者のキャリアウーマン』というイメージとかけ離れた、『雑務ビシバシなOL』といった現実がエーコを打ちのめしますが、こんなご時世で仕事の口がある、というのですから贅沢は言えません。


 いつまでも4杯目をぐっと出す居候でいていいはずはないのです!


 ですが、5杯目を堂々と出すためにも生活費を入れないと、と意気込むエーコにおとーさんは更なる現実を突きつけます。


「他にも候補いるみたいだし、面接次第ってわけだけど。 がんばってね」


 そりゃ当然です。こんなご時世で募集かけている以上、他にも働きたい、とやってくる人がいるに決まっています。


 ですが、ジローほどではないにせよ、やはり現実とは縁の薄い悪の組織の幹部としての生活を送ってきたエーコには面接という現実は想像できなかったようです。そんなおとーさんの言葉にちょっと慌てつつ、「え?他の人達罠にはめて、来れないよーにしちゃダメ?」


 ダメです(微笑み)。


 という訳で、大学は出ているというのに面接はやったことがないというエーコのために渡家のリビングで唐突に始まった面接の訓練。


 てか、エーコが大学出てた、というのが驚きです。


 その驚きはキョーコもまた同じ。


 キルゼムオールの幹部は要大卒だから、と説明するエーコですが、その割りには勉強教えて、というキョーコの視線からはすかさず視線を外すあたり、彼女が卒業資格を持っているのはコロムビア大学やバーバード大学辺りではなかろうかと思われますし、ジローやフミのような高校生な幹部もいます。きっと、キルゼムオールの幹部資格については大首領(父)か参謀(母)が「もうちょっと真面目に生活を送って欲しい」とエーコに対してだけ言ったに違いありません。


 でも、大学卒業してからしばらく経って高校生に勉強教えるとなると、マジ死にますので勘弁してやってください。


 ともあれ、おとーさんを面接官として、簡単な面接の見本をキョーコが見せることになりました。


「我が社を希望した理由はなんですか?」「やりがいのある仕事につきたかったので、自分を活かせるところをと思って選びました」


「学生時代にうちこんでいたものは?」「スポーツです!あと、委員会活動にも精を出していました」


「自己アピールをお願いします」「やる気だけなら負けません!」


「はい不合格」


 受け答えが無難すぎるし、嘘をついてるのが丸判りです。


 嘘なんてとんでもない!ちょっと誇張しただけじゃないの!


 しかし、キョーコとは全く別のベクトルで驚きを見せるのがエーコです。


「え!?ウソついちゃダメなの!?」


 駄目に決まってます。


 しかし、あくまで面接は面接官に『この人と一緒に仕事をしたい』と思わせることが出来るかどうかが問題であり、答えが無難すぎるのは逆に印象に残ることはないのです。


 なるほど、だから俺ずっと面接落ちまくってたんだな(無関係)。


 しかし、いつもと違い、猫被ってるキョーコのインパクトは否めないジローは思わずそのインパクトを素直に口走り、キョーコの逆鱗を刺激してしまいます。「だったら手本みせてみなさいよジロー!」


「我が社を希望した理由はなんですか?」「い、いや特にキョーミは……民間の企業はよくわからんし」


「学生時代にうちこんでいたものは?」「い、いやまだ入って二ヶ月だし… えーと…べんきょう…?」


「自己アピールをお願いします」「おお、これなら答えられる!世界は我らキルゼムオールが支配する!!傘下に入っておくといいぞ!!」


 ジロー的には完璧……しかし、キョーコ的にはグデグデ極まりありません。


 でも、ジローはあくまでキルゼムオールの次期大首領!言うなれば自営業です。自営業なので、面接はむしろ行う側です。


 つか、悪の組織に面接を経て入団してくる人がいるとも思えません。


 とはいえ、そこが気になったおとーさんはエーコに型通りの質問から少し外れた質問を出すのです。


「エーコさん。組織では…いや、前の会社ではどんなことをやっていましたか?」


「ん?えっと… 橋作ったりしてたかな?


 何故悪の組織が橋を作るのか?期待していた『幼稚園のバスジャック』と『ダムに毒を流す』という悪の組織の二大悪行が欠片も出て来ない答えにやや落胆するキョーコでしたが、そんなゴレ○ジャー時代からの伝統を知っている高校生は間違いなく偽者です。


 キョーコの高校生としての真贋はさておき、キョーコの疑問に応えて曰く、地域住民の皆さんの要望に応えて、勝手に橋を作ったりすれば、征服した後の民忠誠度が維持できるわ、無許可で住民の皆さんに喜ばれる橋を勝手に作ると国も怒るわでまさに一石二鳥。


 そんなことばっかりしてると、ギガレンジャーだけじゃなく、国連直属のエージェント高校生やらこわしやにまで目をつけられると思います。『男児ひとたび外の出れば三界に敵あり』とはよく言うけれど、自分から率先して敵を作るのはいかがなものか?


 ……よく訓練された藤木ファンでもなかなかついて来れそうにない話になるのは寂しいので、『特命高校』や『進めギガグリーン』等の収録された『私のラクロス部〜藤木俊短編集』の発刊を一刻も早くお願いします小学館さん(ファンサイト要素)。


 とはいえ、悪の組織、という部分さえ置いておけば、いいアピールポイントになることは確かです。前の会社での経験、と履歴書に書いておけばインパクトも大きい、とアドバイスを送るおとーさんに、エーコは先ほどまでの悪の幹部のどす黒い表情から一気にその表情を明るく輝かせるのです。


 ……おとーさん。結局のところ、それ、嘘です


 方便として有効活用する嘘はさておいて、履歴書にアピールポイントを書き込もうとするエーコですが、痛恨に気付いてしまいます。


 履歴書用に頼んでおいた写真を取りに行っていなかったのです。


 面接訓練も結局やっていない、と慌てふためくエーコに、写真はとってくるから、と苦笑しつつ近所の写真屋に向かうキョーコとジロー、そして散歩がてらついてきたポチ。


 面接に四苦八苦するエーコの姿に、ああいった苦労も将来するのだろう、とやや感慨深げに呟くキョーコですが、ジローは苦労するエーコの姿に、自らの不甲斐なさを感じるのです。


 エーコの就職活動にはジローの生活費を稼ぐため、という理由もあるというのに、何もしてやることは出来ない―― そんな自分の力不足を嘆くジローに思わず言葉に詰まるキョーコですが、『フ…いいんだよ 今はそれで』そんな子供達を諭す大人がいました。


『子供はそうやって大人を意識して大人になっていくものだ。 あせらずゆっくり追いついて来い。今はそれでいい』


 そう、ポチです。


 犬に諭されるのはどうかと思うキョーコですが、実際ポチは王者の風吹かせまくってる師匠の中の師匠なので問題なしです。


 そして帰宅した二人と一匹ですが、彼らが持ち帰ってきた写真には致命的な欠陥がありました。


 写真に収まる瞬間、エーコはまばたきしていたのです。


 いや、それ、普通写真屋の人が指摘するから。


 つか、最近は写真屋もデジカメ使うから、失敗してたらその場で撮り直してくれるから。


 まぁ、そこまでやってくれる写真屋じゃなかったかも知れませんが、そんな写真を見てキョーコはジローに耳打ちするのです。


「ジローだったらこれくらい直せるんじゃない? これなら少しは役に立てるでしょ?がんばんなさい」


 姉を思う弟の気持ちを汲んでの発言に、その表情を輝かせるジロー。そんなジローに過剰なスキンシップで抱きつき、タコのように口を伸ばしてキスしてやろうとするエーコの姿に、キョーコは自分もまたエーコを参考にする日が来るのかも、と微笑ましく思うのです。


 ……少なくとも、体型的には参考にすることはありえないと思います。


 また、翌日には参考にしちゃうのもいかがなものか、と思い知ることになるのです。


 エーコが面接に際して送った履歴書に貼り付けた写真は、組織時代の経験がアピールポイントになるから、とジローが気を利かせて引っ張り出した、エーコの組織時代の正装のもの。


 つまるところ、一見すると蝶サイコーな女王様


 ドン引きする面接官の出した結果は、「渡さんの姪御さんとの話ですが……お引取りください」


 写真を確認することなく履歴書に貼り付けて、しかも提出までしたエーコに、さしものキョーコもドン引きするばかりなのでありました。





第21話◆数の論理


「数の多さがファンクラブの正義!」


 今日も部室棟の一室で繰り広げられる、キョーコの改造素案の応酬。


「やはりキョーコくんのイメージに近いのはネコミミ!キョーコ君の野生の俊敏性を表現するにはこれがいい」


「えー?ゴスロリの方がアクションするとよく映えるんだよ」


「おまえ達の話は判った。だが、どちらも弱そうだ。キョーコを我がキルゼムオールの怪人として迎え入れるには、持ち前の凶暴性をもっと押し出すべきだ」


 ジローの意見に一斉に出されるブーイング。そして、そんな彼らに対して行われる「人を使って勝手に盛りあがるなっ!!」キョーコのツッコミ!


 すっかり打ち解けた感のある渡クラブの皆さんとジローとユキ……そして、冷蔵庫も扇風機も揃えている渡クラブの部室を体のいい溜まり場にしてくつろいでいるキョーコとアキは、ババ抜きしながらユキは昔から変人大好きだった、と述懐するのですが……その理論でいけば彼女達も変人になります。


 Siamo tutti un po' pazzi.(我々は皆 少しおかしい)


 唐突に出てきたイタリアの慣用句はいいとしますが、自分もありとあらゆる勉強が睡眠導入剤になるという立派な変人である、というのはスルーしつつも、一つの事実に気付いたのはアキ。


 何で渡クラブの皆さんが部室を持っているのか。


 赤城会長、その問いに応えて曰く―― 「空き部屋だったのを、生徒会長である自分が権限使ってちょちょい、とな」


 しかし、その言葉を遮るかのように無遠慮に入り込んできたのは、数人の男子生徒達。


 二年七組の合唱部所属であり、学生でありながらアイドル活動も行っている山下みのりさんのファンクラブ……通称みのり隊の面々です。


 キョーコ達は1−Aだったのに、二年の山下みのりさんのクラスが『二年七組』となっているのは―― と思ってましたが、コミックスではキョーコ達のクラスは『1−4』に訂正されておりました。乙女座から双子座に訂正されていたのはまだしも、これはちょっと気付きませんでした。やるな、藤木先生。


 構成員は40人を数える三葉ヶ岡高校最大のファンクラブであり、集会の時には体育館を使用しているほどの規模を誇るのですが、揃えてきたグッズを置くスペースが足りないため、渡クラブの部室を接収しようとやってきた、と主張する彼らに赤城会長は抵抗を試みるのですが―― ご本尊であるキョーコが入り浸っている、と主張する赤城会長の権限よりも、ちんちくりんでマニアックな人よりも、万人に指示されるアイドルになびいた人々の数が遥かに多い。数こそ力。力こそパワー。


 その力という名の正義の前に彼らの約束の地から追い出された渡クラブの皆さんは、学食でくだを巻くばかり。


 何とか出来ないのか、と尋ねる緑谷ですが、部室の使用許可には堅物の副会長の許可も必要であり、数の力を得ているみのり隊に軍配が上がるのは明らか。


 頼りにならない生徒会長だ、とアキも溜息をつくのですが、その副会長がいたからこそ生徒会が回っているのは間違いありません。赤城会長をフォロー出来る常識人がいることにこそ驚く方こそが先決です。


 しかし、これで自分を巡っての乱痴気騒ぎが幕を閉じるだろうとキョーコ自身は一安心。溜まり場は惜しいけど、ジローを覗けば概ね平穏な生活が戻ってくる、と安堵の溜息を一つ漏らすのですが、小胸の平穏な生活など、やはりジローが許しませんでした。


「何をウダウダやっとるか貴様らー!!あんな連中の好きにさせる気か!!怒りの叫びを上げ、その怒りの感情そのままに、キルゼムオールの科学の結晶であるストロングロボを亜空間から召喚しようとするジローに、戻ろうとしていた平穏な日々があさっての方向へと遠ざかっていくのを感じつつ、キョーコはマッハキックでジローを無理矢理沈黙させるのですが、ジローもこのまま黙っているわけにはいきません。


 そして、黙って追い立てられることを由としないのは、物置だった空き部屋を使えるようにした渡クラブ、そして、折角のくつろぎの空間として有効活用することが出来たアキユキもまた同じ!


 肝心なキョーコ自身は思い切り置いてけぼりを食らっているのですが、まぁそもそもキョーコの意志を尊重するような斟酌自体ハナからありませんから問題なしです。


 そして、本人ガン無視して盛り上がる部室奪還作戦に一役買うのが、ジローの発明・刷り込みホルム!!


 これで眠らせた相手にインプリンティングを発生させ、目覚めてから最初に見た対象に半日ほどの間猛烈な好意をもたせる、という効果を持つものであり、元来は人質を操るためのものだった、と踏まれフェチの黄村を実際に眠らせて実演するジロー。


 その特性を利用して渡クラブの人員を一時的に増やし、部室を奪還するに最も大きな説得力をもつ数の力を確保する―― 具体的な案を立案したその時、黄村が目を覚ましました。


 視線の先には緑谷。


『アイラブユ――――!!』


 ユキとキョーコ赤面の展開が、コマの外で発生した模様です。アキは判らないようですが……判ろうとか考えるな、そんなモン!!


 ともあれ、効果は絶大であることは証明されました。ですが、便利アイテム頼みでは制御出来ないときには第二・第三の黄村が発生することもまた事実。失敗を避けるためにも地道なアピールも交えつつ、一同はファンクラブの人員確保に乗り出します。


 改造素体を確保するのと同じノリで数を確保すればいいのだろう、と犬猫牛ライオンキリンと、動物を支配して悦に入るジローや、口下手なアキというマイナス要素はありましたが、ユキのズケズケと踏み込んでくる積極性とブラジル’82の所謂黄金の中盤ばりに連携バッチリな男衆の活躍もあり、みのり隊以上の人数を半数以上を洗脳抜きでファンクラブ要員として確保することに成功した渡クラブの皆さんは、その数の力を背景に部室を占拠したみのり隊から再び部室を取り戻すことに成功するのです。


「だが、こちらにも考えがある。すぐに奪回のため――」


 みのり隊のリーダー格のメガネが言い終わるより先に、刷り込みホルムを染み込ませた布を手に邪悪な笑いを浮かべるジローの背後には、結納品としてバカ殿に全国から連れてこられたままだったのであろう牛の群れ。


 そーいえば、バカ殿はどこに消えたのでしょう(ドクロ)。バカ殿はまだしも、サザンクロスの行く末は気になります。


 淘汰されたキャラたちの行方は兎に角として、ジローの左手にはみのり隊の一同の写真……そして牛達の目にはハートマーク。


 湘南だというのに、宇津保島名物牛追い祭りが開催されました。


 そして、初めて悪らしい悪事を行ったジローをユキの歓声が称える中―― ついに部室は取り戻されるのです。


 しかし、溜まり場を取り戻した喜びに沸く中で一人冷静さを保っていたキョーコはジローに尋ねます。


 あんたがあそこまで怒るなんて思わなかった。この部屋にそんなに愛着があったの?


 キョーコの言葉に言葉を濁すジローですが、遠慮なしに踏み込んできたユキは「なーにいってんの! キョーコちゃんがバカにされたから怒ったんだよ?ジローくんは!」あっさりと言ってのけました。


 否定しようとするけど言葉が出ないジローに、いきなり言われて戸惑うキョーコ。


 お前らやっぱり似たもの夫婦だ。


 しかし、周囲もやっぱり馬鹿ばっかりでした。


「友達バカにされたら怒るさそりゃ!!」「当然だ!」「渡さんは我々の女神なのだからっ!!」


 いまいち噛み合ってない会話ではありますが、何となく納得するキョーコに、詮索が済んで安堵するジロー……そして、そんな彼らをよそに、未だに刷り込みホルムの影響が残っている黄村に緑谷はタイムリミットである残りおよそ3時間という耐久レースを強いられるのでありました。





第22話◆セルゲイが里帰り!


「あー いつもの発作だな」


 雑誌を手に難しい表情を見せる『薄い漢』こと緑谷。


 その表情が気になったジローが声をかけることで薄さが取り払われたのか、その難しい顔の原因となっているのであろう雑誌が何なのかを詮索しにいつもの三人も声を掛けますが、何かを期待して「えっちぃやつ?」と断定するユキの言葉を否定して示したのは、アルバイト情報誌。


 画材を揃えるために、とアルバイトを探しているのですが、いかんせんクラスでも友達を見つけることが出来ないまま二ヶ月以上過ごしてしまい、あまつさえストーカー気味の駄目人間集団に所属してしまっている、社会性の乏しさには定評のある人材です。いぢめられやしないだろうか、うまくいくのか不安で仕方ない、と尻込みしまくりの緑谷の溜息に、一同は一気にブルーになります。


 しかし、ただ一人ブルーにならない人間がいました。


「キョーコ、アルバイトとはなんだ?」


「あーそっか、あんたアホだったわね」


 即答です。


 しかし、説明しないわけにもいきません。


 即ち労働。家でダラダラしていた某ニートが怒られるのはヤだから、とウランよりも重い腰を上げかけましたが、それの簡易版のようなものだ、とごく簡潔に説明するキョーコ。


 その説明を受け、考え込むこと暫し―― 「よし、ならばオレもやってみよう!」意外な返答を返してきたジローに、思わぬところで同志が出来た、とばかりに一気に表情を明るくします。


 突然の意外な答えにキョーコは驚きを禁じ得ませんが、キョーコの追求をジローは目を逸らして「えーと…アレだ、男の友情ってやつだ?」とってつけたかのような答えで返すばかり。


 しかし、キョーコはそれ以上追求することは出来ませんでした。


「じゃ、ちょーどいいや。 二人ともウチで働いてみるか?」


 何かを思い立ったお好み焼き『なかつがわ』の看板娘・アキが、二人にそう提案してきたのです。


 そして放課後。場面は変わって『なかつがわ』……ややラテン人入っている口髭とバンダナからはみ出した長髪、そして、レスラーでもおかしくない筋肉質の肉体を持つ店主こと、アキの父親がアキ、そしてユキとキョーコを出迎えます。


「いやー、相変わらずかわいいな!3人集まると華やかでうれしいよー!」


 ラテンなのは見た目だけではない、と証明するかのような台詞を吐いて、接客ほっぽってキョーコとユキに抱きつこうとするセクハラ親父ですが、その背後からついてきた野郎二人が視界に入った瞬間、突進はまさに凍りついたかのように止まります。


『かっ…かっ…か…かわいい娘が おっ…男を連れて…連れて――!!』


 あまりの派手なリアクションにジローですらもちょっと引き気味の対応を強いられるのですが、どうやらこれは男友達がやってきた時の毎度のリアクションのようです。アキはただ一言、いつもの発作だ、と流すのです。


 しかし、娘に流されようとも、父は流すわけにはいきません。


 親父の一番長い日がやってきた、とばかりに、闘争本能を剥き出しにして投げつけるコテ!


 外れはしたものの、壁に突き立てることで威力をアピールするとともに、娘の胸狙いでやってきたと思しき悪い虫達に宣戦布告の合図とするのですが、二重の意味で恥を振りまく親父にアキは容赦なくラビットブローを叩き込みます。


 ボクシングなら完璧に反則ですが、その反則打撃を前にしても「ムウ…確かにこいつの胸は立派だが」「でもアレはあたしのだよ?」勇者二人は怯むことなくセクハラ発言を繰り返します。


 セクハラに弱いアキはこの流れを断ち切ろうと話題を本題に戻します―― が、セルゲイが休みだから、と二人をバイトに誘った経緯を説明……って、ロシア人ですよ?ロシアじゃないかも知れないけど、少なくともスラブ系の人がお好み焼いてる、ということですよ?


 まぁ、店主自身がラテン人なのですが……国際的にも程あります。


 しかし、ラテンにしては身内にはあまりにもクローズドなアキ親父は、二人がバイトするためにやってきた、というアキの説明に、ものごっついプレッシャーで二人を睨みつけると、さくっとイジメ帰す事を心に誓うのです。


 そして始まるバイト活動。


 まずは焼きのお手本を、と器用に広島焼きを裏返すコツを実演で示すアキですが、そのようなヌルいことなど親父は許しません。


 二人に「さぁやってみろ」とばかりに用意されたのは、高専ダゴ・スペシャル(3人前)もかくやと言わんばかりの、巨大なキャベツの塔。高専ダゴなら鉄板丸々一枚なので、サイズ的には五分以下ですが、相手はいかんせん千切りキャベツです。火が半端に通っていない高専ダゴよりも安定してません。


「ちょっ!それオヤジにしか返せないやつだろ!?」


 娘の言葉に耳を貸す事なく、優越感にほくそ笑むアキ親父!


 しかし、エプロンにさらに巻きつけるかのように纏っていたオートマントを展開させ、幾つもの巨大な手として使おうとしたことに関しては、完璧に予想外でした。


 ですが、いかなオートマントとはいえ、流石に超不安定なキャベツの塔を崩さずに引っくり返すには、精神的なプレッシャーがキツ過ぎたようでした。アキ親父の肝を冷やすことは出来たものの、やはり無理だと諦めるだけです。


 流石のチキン科学者ぶりを発揮したジローですが、それでもなお何をしでかすか判らない、と言う言い知れない恐怖感を植え付ける事は充分でした。


 ならば、と質より量で押しまくるアキ親父の攻勢の前にジロー、そして、そのとばっちりを受けた緑谷は、終業時間にはすっかり廃人となり―― その様を物陰から眺め、アキ親父は勝利を確信し―― 「父ちゃんなにやってんだ?」幼い息子に奇行として受け止められるのですが「いつもの発作だよ、ほっときな」―― いつもやっとんのかい。


 てか、そんなあっさり笑顔で流さないで頂きたいお母さん。


 まぁ、中津川家の皆さんのそれぞれの反応はさておき、初めての仕事で疲労困憊になっている緑谷は、同じく初仕事でズタボロになっているジローに何故バイトをしようと思い立ったのかを尋ねます。


「……水泳パンツ


 気恥ずかしそうに返した答えは、イメージからかけ離れたものでした。


 体育の授業で必要と言われたが、いつもおじ上たちに頼るのも気が引ける。何より、自分のものくらいは自分で稼いでみよう、と思い立ったからこそ、こうして働こうと思った―― その、とてもあの姉の弟だとは思えないジローの答えは、嫉妬に曇っていたアキ親父の目から鱗をボロボロこぼれ落とす事になりました。


「すまねェ…!お前ら…いい奴だったのか…!!」


「? いや、悪の科学者だが…」


 会話、噛み合ってません。


 ですが、勤労の熱気の前には多少の齟齬など知ったことか。


 アキ親父が仕事の喜びを教えてやる、とやや暴走気味に息巻いているその影でキョーコとポチがその様を見ていることにも気付くことなく、いびり出すことを考える事のない本格的な仕事の、それが開始の合図となるのでした。


 それからの二日間、プレッシャーから解放された緑谷はソツなく仕事を覚え、ジローもまたアキ親父や亜紀たちのフォローもあって何とか仕事をこなし……三日分のお給金と連帯感、そして充足感を得た漢達は奇しくも初の連帯感を得たこの場で、再びのハイタッチで祝福し合います。


 そして、勘ぐった詫びに、とアキ親父は交際を認めない代わりに重要な情報を与えるのです。


 深くは言いませんが……87Dです(謎)。





 そして充足感に浸りながら一人夜道を帰るジロー。


 海風も初めての給料を得た充足に心地よく火照る体を冷ますには至りません。


「やージロー!水着は買えそう?」


 ですが、笑顔で待ち受けていた、87Dには程遠いキョーコの一言は、ジローの身体に急速に熱を帯びさせ、一気に汗を噴出させます。


 噴き出した汗が冷めるよりも早く、戸惑いの言葉を投げるジローに「ったく 言ってくれりゃ出してあげるのに。これじゃ居候をいじめてるみたいじゃない」追い打ちの一言を飛ばすと、「つまんない気がねはしないでよね!あんたもウチの人間なんだからね!わかった!?」キョーコは水臭い居候に釘を刺すのです。


 その言葉に素直に頷くジロー ―― そして、その頷きにキョーコは笑顔で応じると、素直ついでに懐の温かいジローに散々タカりまくるのです。


 そして、タカりついでにエーコもアイスをタカることを宣言していた、と告げるのですが……こと稼ぎ、という点においてはジローとエーコの社会人としての経験値はすっかり逆転しているのでありました。





第23話◆三ツ葉通信


「フム、インタビューか…」


 バイトを経てついに資金力というものを得たジロー!


 最早廃品回収の如くに素材を拾ってくる必要などありません。


 ビバ!資金力!ビバ!新品!


 そうして手に入れた新品のチップを利用して作ったものは、赤城会長の欲求もかなえるネコ耳メガネ!


 メガネに立体映像を生み出すチップを組み込んで、掛けるとネコミミを生やすという逸品です――が、肝心なキョーコには不評です。


 苦情とともにソバット一閃!天性のバネを活かした蹴り技がジローの顎を蹴り砕きます。


 ファンクラブも大喜びだぞ!?知ったことか――ッ!!


 湘南のミニマム番長(胸が)とジローとのやり取りも既に定番の域に達してきた、と眺めるアキユキに緑谷―― のいつもの三人。


 ですが、いつもならそのドタバタを記録するのはユキのみなのですが、この日は違いました。


 何時の間にか『1−A』から『1−4』に変化していたという地殻変動を起こしたジロー達のクラスにやってきたのは、長い髪をヘアバンドでまとめた新聞部の部長・山川マサヒロと、三白眼がよく似合うカメラ担当の部員の田辺さん。ネコミミ姿をデジカメに記録して「これをばら撒かれたくなかったら、判ってるよな?」とでも言わんばかりにジローに取材を申し込むのです。


 そして、所変わって渡家のリビング。最近学校でウワサのジローの特集記事を組みたい。めぼしい学校行事なくてネタないし!と申し込む二人に、どこで嗅ぎつけたかは知らんが、知ったとなればただで返す訳にはいかん、とジローはオートマントを翻して立ち上がり……フォーマルな姿でその取材を受けるのです。


 実に協力的な悪の幹部にツッコミ入れるキョーコですが、拒む理由もないし、組織の宣伝になるからとむしろウェルカム状態。


 ジローを止めてもらおう、と思ったのでしょう、そこにやってきたエーコに対して振り返るのですが、生憎と、そこにいるのはエーコではなく、キルゼムオールの幹部・シャドウレディのフォーマルな姿でした。


 出たがりにも程があります


 オープンな悪の組織にやや面食らってしまうキョーコではありましたが、彼女自身、ジロー達阿久野家の人々のことについて興味が芽生えている事も変わりありません。取材を受ける横で、彼女もまた阿久野家についての知識を仕入れる事にするのです。


 キルゼムオールはやはり大牟田の組織。どうやら田舎には結構悪の組織もあるそうで、キルゼムオールは結構な老舗。


 筑後地方には久留米か筑後にあと一つ別の組織があり、そこの他にも福岡・博多方面に巨大組織が一つあるそうです。


 暴れるだけの広い土地はたっぷりありますが、ヤの字やら族が根強い北九・筑豊には怖くて手が出せないんでしょうか?


 さもありなんです(←筑豊人)。


 しかし、取材する側も悪の組織と正義の対立構図を知ってるわ、九州の正義は強い、という力関係までも知っているわといちいち事情通な模様。


 もしかしたら、正義に内通してやしないだろうか、とも気になるところです。特に田辺さんは。


 まぁ、読者の心配は兎に角として、話題はジローの代名詞といっても過言ではないオートマントに移ります。


「着用者の意のままに動くこのオートマントを一般人が使用した感想を知りたい!でも僕ら怖いからパスね」と、サムズアップで実験台に選出されたキョーコにいい笑顔を見せる新聞部の二人ですが、キョーコにも耐久力以外は虚弱なジローを何とか戦えるレベルにまで引き上げているオートマントの性能を体感したい、という思いは確かに存在します。


 オートマントを纏ったキョーコの姿に、キルゼムオールの改造魔人としての未来予想図を幻視するジローのレクチャーを受け、マントに念を送るキョーコですが、見るのとやるのは大違い。別個に働くベクトル操作になれない限りは、バランスを取る事もままならず、引っ繰り返ってしまうのです。


 きっと、ジローの耐久力はコケ続けることによって培われたものに違いありません。


 また、ここで明らかになるオートマントの新機能!ジローの念であれば遠隔操作も可能!


 ますますSPARC(@『ALCBAIN』)のマニピュレーターっぽくなってきました。あ、いや、スパーキィは自律行動も可能な量子コンピューターではありますが。


 しかし、スパーキィよりもすばらし……いやいや、タチの悪い能力がオートマントには備わっていました。


 必殺技であるジロークラッシュを繰り出させようとしたのに遠隔操作が上手く行かず、キョーコに絡みついてしまいます。


 そう!タチの悪い能力とは、触手プレイ機能です。


 手前味噌で申し訳ありませんが……触手番長もびっくりです……って、よく考えてみたら第1話ではドリルキック使ってたし、赤城会長の捕縛もしてたし、ジロー、そしてオートマントと触手番長との親和性は意外に高いかもしれません。


 はじあくで研究してみたらどないやわぶさん?(私信)


 ともあれ、山川部長が田辺さんのデジカメでしばかれ、ジローがキョーコのハイキックでベコボコに蹴られまくりながらも漢の浪漫が生み出した絆によって取材も滞りなく進み、そしてジローの「組織が復活した暁には世界はキルゼムオールがいただく」という決意表明でインタビューは〆られます。


 その時には就職枠を三ツ葉ヶ岡高校に!ただ、惜しむらくは際どいほうの女性幹部コスチュームも見たかった――と、実に正直な意見をのたまう山川部長に、あれは妹のだからと、ブラックレディとギガグリーンの登場を匂わせる発言で返すエーコという和やかな談笑ムードの脇で、何かに気付いた田辺さんが、最後にもうひとつの質問をぶつけます。


「他の家族の方々は今何を? みなさん組織に所属してらしたんですよね?」


 それぞれ組織復活まで働いたり修行したりの生活を送っている。タフだから心配ない―― そう返すジローではありましたが、田辺さんの応じて返す「早く復活してまた御家族と暮らせるとよいですね」という言葉には、動揺を隠し切れませんでした。


 つか、やっぱりこの人裏で情報握ってるだろっ?!


 実に素敵です。


 ですが、田辺さんの素敵な一言はジローに年相応の、いえ、もっと幼い、すれてない子供の部分を呼び起こしていました。


 滞りなく取材が終わり、三日月の光を受けて屋根の上で佇むジロー。夕食の準備が出来た、と呼ぶキョーコの声に応じて、オートマントを駆使して屋根から部屋へと飛び移るその顔はやや沈みがち。


 散り散りになった家族について考えている事は明らかです。


 そんな煮えきれないジローの後頭部に、「ええい、うっとーしい!!」キョーコは容赦なく蹴りくれました。


 暗く沈んでいるジローなんてジローらしくない。男ならしゃきっとしなさい。


 違うわ!悪がセンチになるはずなかろう!


 売り言葉に買い言葉とばかりに思わず張り合うジロー……そんなジローの頭に再び何かが触れました。


 しかし、物理的な衝撃はありません。


 らしくないジローを元気付けるにはどうやったらいいのか、ということをキョーコ自身理解出来ないまま、照れと混乱を伴いつつ、その頭を撫でるのです。


 同じく照れと混乱半々で背伸びしながら撫でるキョーコの右手を受け入れるジロー……ですが、彼らは知りませんでした。


 エーコとポチが階段の脇からそれを見ていたことを。


 そして、エーコの手には、カメラが握られていた事も、当然知りませんでした。


 そして、ガリガリくんコーラ味で買収されたエーコによって切り取られた、衝撃の瞬間を捉えた写真が収められた三ツ葉通信によって、キルゼムオールの構成員志願者は増すのでした。


 結果オーライ!!


 え……まぁ、志願者とはいっても、『キョーコに手なずけられたい』とのたまうファンクラブのいつもの皆さんではありましたが。




第24話/海パンはもち家からはきっぱ


「これがプールか!」





 降り注ぐ夏の陽射し!シャワーの水の冷たさも、否応なくテンションを高めてくれる!


 テンション高まりすぎて明後日の方向に―― 女子更衣室へと向かってしまうほど!


 むしろそっちに向かってくれた方が良かったけど、残念ながら更衣室に潜入するのは連載6話で既に通過済みなので、今回はなし!


 でもそれでも構いません!


 なぜなら今回はセンターカラー!初回と三話の巻頭カラーと合わせて、カラーは4回目です。この待遇、我聞時代と比べても……あ、殆んど同じぐらいだ(ちなみに、我聞は25話でカラー4回目に到達)。


 とはいえ、一旦は巻末近くまで掲載位置が下がっていながら、ここのところすっかり盛り返して何時の間にかセンターカラーをもぎ取っているというのはそれだけで感涙もの!


 凌いで凌いで、何時の間にかカウンターで一抉り、という、地道で堅実な展開です。


 フットボール馬鹿の……J1でも上位に匹敵する攻撃力と2部でも頻繁に崩壊する守備力を誇るクラブのサポーターとしては非常に羨ましい堅実な――――はっ?!


 失敬失敬。風邪引いてて頭が働いてませんでした。


 まぁ、ぼやきとボケはこれくらいにしときまして、ジロー達がテンションを高めるのには理由がありました。


 なぜならこの日の体育の授業はシーズン初のプールの日!特にジローは一度だけ川で泳いだ事はあるとはいえ、プール自体が人生初です。テンションが上がらないはずはありません。


 ……って、大牟田の川って言うことは―― 大牟田川?白銀川?それとも諏訪川?


 はっきり言ってどれもこれもドブ川です。


 八女まで足を伸ばして矢部川とか、南関、玉名の方にまで足を伸ばしたのかもしれませんが、下手に県境越えたりしたら、別組織との縄張り争いも発生しかねません。


 きっと、縄張り争いの末に、グリー○ランドで、ギガレンジャー相手にどっちもとっちめられたんだろうなぁ(ほんわ)。


 とはいえ、テンションが高いのはジローばかりではありません。


 合同での授業となった二年生―― 赤城会長と青木もキョーコの育っていないうっすいちちとしりが拝める、とハイテンションになっているのです。


 一人だけ別クラスの黄村がちょっとだけ不憫ではありますが、奴がいたらさらにカオスになっていたことは否めません。つか、そこら中に裸足の女子生徒達がわんさかといるだけに、無闇矢鱈と踏まれたがるのは目に見えてます。


 いくらスルー力に優れた先生とはいえ、流石にそんな事は許されません。


 さて、黄村が教室で怨念のこもった涙を流す中……赤城会長の存在に気付いたキョーコをはじめとした三人が姿を現します―――― ええ、まな板です。


 スクール水着に包まれた、大理石のような手掛かりのない平面に歓喜の声を上げる赤城会長と青木に蹴りを叩き込み、いつか見返してやる、と詮無いことを呟くキョーコ。そんなキョーコに、ジローは諭すように言うのです。


 ―― プールサイドでは、ふざけないこと。


 カイザーの語った人生訓ですが、いつものジローとは違った、やけに笑顔に溢れる落ち着きのない所作に、キョーコは一つの事実に感づくのです。


「ひょっとしてあんた…プール楽しみにしてたの?」


 図星でした。


 必死になって否定するものの、間髪入れずになされた「あ、ジローくん。もう入ってもいいって」「とうっ」ユキの陽動にいとも簡単に引っ掛かり、子供のようにはしゃぎまくるジローは、周囲の視線に気付いて赤面するのです。


 ですが、そんなハイテンションっぷりをはじめて見せるジローが、体育教師の気まぐれを呼び起こし、授業が自由時間になったのは間違いありません。ジローはそんな自分を崇め奉るように要求すべきでしたが、そのような余裕はありませんでした。


 崇拝を要求するくらいなら、テンションに身を任せて躍動する方が有意義、とばかりに一斉にプールに飛び込むジロー達一同。


 個人的には高校時代にプール授業がなかったので、楽しさが今一つ掴み辛い部分はありますが、実に楽しそうです。


 しかし、楽しいひと時ほどすぐに過ぎ去るもの、というのが世間の常識。頃合を見計らって、先生はプールを楽しむ生徒達に向かって言うのです。


「実はプール周りの清掃をやらにゃならんのだ。1年か2年、どっちかいればいいんだが…」


 かくして、唐突に始まった掃除を賭けての対決は、平等にじゃんけんで決めたはずなのに、なぜか見たことある人ばかり。


 きっと、ダイスの神様に似た神様の力でも働いたのでしょう。


 しかし、二年生のメンツに田辺さんがいないのは少々惜しい気がします。運動は苦手なのかもしれませんが、創造主はその辺りの融通を利かせて欲しかったです、はい。


 しかし、創造主は別の意味で運命的な対決を用意していました。


 キョーコと争うことになろうとは、と涙を流す赤城会長の悲劇……ではありません。


 ガウンを纏った、二年生の謎の人物の物語、でもありません。


 その対決とは、即ち水泳部の二年生とキョーコとのマッチアップです。


 運動神経に恵まれたキョーコではあるものの、水泳部さんは本職ゆえに地力で勝っています。ですが、アキに匹敵する身体的特徴の持ち主であることが災いしました。水圧による抵抗を受け、抵抗値の低いキョーコの追い上げを許してしまうのです。


 本職には屈辱としか言いようのない同着―― しかし、キョーコにとっても抉れ……いやいや、身体的特徴からくるトラウマを抉られての屈辱を背負わされての痛み分け。


 そして、第二泳者は実況の緑谷曰く、文武両道に秀でた赤城会長と運動神経に関してはキョーコに伍するアキという、身体能力ではほぼ互角の二人。


 ですが、解説のユキのいう所の抵抗力の高さが勝敗をを分けました。


 抵抗を生み出す身体的特徴について言及され、羞恥に赤面しつつユキを後で泣かすことを宣言するアキではありますが―――― うん、絶対無理


 むしろ、笑顔でさらに追い込まれることは必然です。


 更なる羞恥プレイを予感させるやり取りを差し置いて、先着した赤城会長から謎の第三泳者に交替する二年生。しかし、当然ながらガウンを着たままでは泳げません。少なくとも、泳ぐことが出来たとしても競争にはなりません。


「ふ…いよいよボクの…出番か!」満を持してガウンを脱ぎ捨てた謎の人物―― 海パンではなく、白越中も眩しいその正体は、バカ殿様こと九条輔之進でした。


 正直言って、ジロー達のクラスに転入したまま、すっかりフェイドアウトしたと思ってました


 多分、藤木先生も忘れていたに違いありません。


 その証拠にキョーコも記憶から消去し尽くしているわ、ユキも褌にしか興味を示さないわと散々な扱いです。


 ですが、ボケてる間にビート版持って飛び込むジローを猛烈な速さで追い抜き、水をものともせずに掻き分け、ぐいぐいと引き離すそのスピードは、モーターボートもかくやという勢い!


 ……それもそのはず、サザンクロスに乗ってました。


 プール調教でありながら鬼のタイムを出すとは、どれだけ優秀な馬なのでしょう。きっと、競走馬として登録されていたならば、GIの一つや二つは軽く獲れていたに違いありません。


 馬を使うのは反則だ!そうツッコむキョーコ達ですが、バカ殿とサザンクロスは人馬一体の生徒として登録されているというのは赤城会長の弁。


 ならばこちらも便利アイテムを!大丈夫!ジローはオートマントのサポートがなければ戦うことすら出来ない虚弱な悪の幹部なんだから、アイテムとは一心同体と言ってもいいくらい!


 ちょっとシャレにならない一言を心に浮かべ、ジローに指示を出そうとするキョーコですが―――― 肝心のジローは戦いをすっかり忘れ、プールを心行くまでエンジョイしておりました。


 野生を捨て、『犬』から『わんこ』になったかのように遊び呆けるジローを尻目にゴールインする輔之進はジローに勝ち誇りますが、浮かれるバカ殿様のジローは意外そうな表情を浮かべると、周囲にとってあまりに意外な一言で返します。


「楽しんだ場所をキレイにして帰るのは当たり前だろう?」


 悪の人とは思えない、実に澄んだ一言が、掃除を押し付けようと思っていた一同の心に羞恥心を呼び起こしました。


 結果、約一名の心に敗北感を、多数にピュアな思い出を呼び起こしたジローは、自覚のないまま真の勝者として君臨するのでありました。





第25話◆山下みのり




『胸を見た』『胸を見たな』


 昼休み、昼食を取っている最中のジローを訪ねてやってきたのは、制服をノースリーブに改造している女子生徒。


 いつぞやのみのり隊の面々を引き連れて「あ、キミか!すごーい!ホントにマントなんだー!」笑顔を見せる彼女こそ、現役女子高生アイドル、山下みのりその人です。


 敵首魁自らがお礼参りにやってきたのか。その意気は買ってやる。だがオレが出るまでもない。よしやれ!緑谷!!


 流石の悪の幹部らしい振る舞いですが、緑谷が何時の間にか四天王最弱の男、という位置付けにされてしまったことに対する不満と憤りの言葉を投げかけるのをよそに、「やだなァ そんなんじゃないですよー!」みのりは笑顔を崩すことなくジローとの間合いを詰め、ジローの右手を両手で握ります。


 学級新聞でみた、とやや前屈みになり、両手を合わせるようにジローの手を握ることで強調された、『みのり』と言う名に相応しい豊かな胸を真正面から視界に映したジローは、みのりのファンクラブの面々を責めないでやってくれ、という一言を受け入れます。


 しかし、そのアピールのためにやってきたわけではありません。現役女子高生アイドルだけあって、これから写真撮影が行われるのだが、衣装のネタが切れているため少々マンネリ気味は否めない。なのでジローのアイテムを使って斬新な写真をとりたい、と頼み込むみのり。


 衣装さんの立場ありません。


 しかし、キョーコがそれに待ったをかけます。


「いや、でもこいつバカですよ? セクハラとかしてくるんで止めた方が」


「誰がバカだ!」ジローは反射的にそう応戦しますが、キョーコにしてみたらついこの間触手攻撃を喰らっただけに反論は許しません。


 そんなキョーコに対して向けられたみのりの眼に宿る、やや見下ろす感じの光。その視線に野生の勘を刺激されたキョーコが怪訝な瞳で見上げたところで、みのりは絶妙のタイミングで一言を投げかけます。


「あなたが阿久野くんと一緒に移ってた渡さんね? 何?ひょっとして彼女?


 超反応で否定するキョーコですが、その否定の言葉は即ちジローを遠慮なく借りることが出来るということを保証する、という事実を追認することになります。


 そこまでを計算したのでしょうか、みのりはとどめとなる一言を投げかけます。


「お願い出来ない?天才科学者様?」


 ジロー、ものの見事に絡めとられました。


 天才、という、これまで何度も言い続けてきたにも関わらず、誰も認めてくれなかった殺し文句にコロッとやられ、いとも簡単に協力を約束したジローを連れ去り、慌しく立ち去る一行に、キョーコは呆れ気味の溜息を一つ漏らすのです。


 そして二日後、みのりの写真集発売というニュースとともに、その中で使われたであろうネコミミ、ネコシッポを装着したみのりの写真、そして撮影の中にジローの協力があった、と言う記事を載せた三ツ葉通信が発行されます。


 概ね好調な評判に、新しくやってきた大胸の方は喜びますが、レギュラーなうす胸の方は奇跡が起きた、とばかりに呟きを漏らします。


「はー…あんたが役に立つとはねー」


 そんなキョーコの一言に続くみのりの賛辞。キョーコを押しのけながらの甘言は大いにジローの自尊心を刺激し、放課後の約束を取り付けることに成功するのです。


 かくして一人さびしく家路を歩むキョーコ。暮れなずむ河原に降り、手にした石を水面に投げつけますが、水面を滑るように対岸にまで届いた水切りの快哉も、たった一人では虚しく掻き消えるばかりです。


 そんなキョーコの胸の内も知らず、ジローは食卓で学校でのみのりのことを話題に盛り上がります。


「なんなら組織にスカウトするか? あれはいい―― 」


 ばんっ!


 みのりの話題がその域にまで達したことで臨界点を越えたのでしょう。キョーコの左手が、卓を破壊するかのような勢いで叩きつけられました。


 思わず怯えるジローにポチ、そしてジローの話に相槌を打っている間にポチから玉子焼きを奪われてしまったおとーさん。一応は『蚊がいた』とその場をごまかすキョーコですが、エーコにはそんなごまかしは通じません。


 部屋に戻ったキョーコの脇に現れたかと思うと、ここぞとばかりにジェラってる、とキョーコをいじって楽しむのです。


 無論、キョーコは否定しますが、打ち込まれた言葉の楔はそう易々とは抜けません。


 いつもなら五人で昼食を取ってはいましたが、妙に意識してしまってそれどころではない、とキョーコは一人屋上で昼食を取るのです。


「…まさかあたし本当にジローを…? いやまさかっ…」


 赤面しつつ独り否定するキョーコの耳に、突如飛び込んできた陶酔気味の一言。それは、みのりを賛美する声でした。


 不審に思って陰から覗き見るキョーコの眼に飛び込んできたのは、みのりと、揃いの法被を纏った、総勢40人を超えるみのり隊の一同。


 いや、気付こうよ。それだけの人数には最初から。


 しかし、キョーコは人の気配と同時に気付いてしまうのです。すべてはキョーコの人気を奪う為のみのりの策略である、ということを!そして、キョーコが目立つ最大の理由であるジローを骨抜きにして、みのり隊の一員とすれば、この学校ナンバーワンに返り咲くことも容易いこと!


「この学校のナンバーワンはあたしじゃきに!!」


 地を出して、土佐弁になるみのりに熱狂的につき従うみのり隊の皆さん―― ついにキョーコにこのツッコミを許してしまいます。


『この学校にはまともな人間はいないのか』


 学校に妄想ノートを持ってくるような、キルゼムオールの改造素体が言っても説得力はありません。


 しかし、キョーコにしてみたらこの乱痴気騒ぎは、彼女のイライラの原因を理由付けるものになりました。


 安心して、ジェラシーだと思い込まされそうになっていた自分を思いっきり後付けな詭弁でごまかし通そうとするキョーコですが、その自己欺瞞も長くは続きません。


 折悪しく、ジローが屋上にやってきたからです。


 流石に本人の前で利用して、引き込む算段をするわけには行かないとばかりに必死こいてただのファンクラブの会合だ、とごまかすみのりにあっさり騙されているジローを見ていていてもたっても入られなくなったキョーコは、ここでいっちょバラしてあげよう、と満を持して登場しようとするのですが―― 気付いてしまいます。


 それこそがジェラシー故の行動だと思われてしまう、と。


 思われる、ではなく、モロです。


 ですが、それに気付いていないキョーコはどこぞの赤い人よろしく冗談ではないっ!!と否定し、断念しようとし―――― やっぱり行動に移してしまうのです。


「ちょっと待ったー!! どこかの使者!ハンケチ仮面参上ー!!


 これで完璧!バレるはずない!と弁当を包んでいたハンカチで頭半分を覆い隠したキョーコは自らの完璧な変身振りをやや誇るかのように決めポーズを取るのですが―― もちろんバレバレです。その正体に気付いていないのは、新たな正義の出現に思わず身構えるジローぐらいです。


 ……やっぱり親族だ、こいつら。


 やたらとない胸を誇らしげに逸らし、ジローに真実を語るハンケチ仮面!


 しかし、否定するみのりの言葉も虚しく、ジローは返します。


「知ってるぞそんなこと?」


 ジローが惚れ込んでいたのは豊饒な胸元ではなく、あくまでもみのりの悪の資質。その才能が高ければスカウトしようとも思っていたが、他人にバレる様ではまだまだ甘い。


 悪の道はあくまでも厳しいものなのだ、と生まれついての悪のエリートは悪の矜持とともに語くとともに一般世界の人材不足を嘆いた上で続けるのです。


「やはり使えるのは俺が惚れ込んだキョーコのみか」


 直球過ぎる一言はハンケチ仮面の羞恥心に突き刺さり、その報復措置として放たれた跳び蹴りがジローの顔面に突き刺さる!


 かくして、みのり隊は二連敗を喫することとなりましたが、キョーコにはジローを意識する感覚を、ジローにはハンケチ仮面という謎の正義の存在を警戒する意識を生じさせ、二人の間には暫らくの間妙な溝を生まれるのでありました。




第26話◆ジロー動く


ピンポンパンポーン 緊急校内放送です




 暑い、暑いといいつつもテンション高めのキョーコ達。そんなテンション高めのキョーコ達三人の様に、悪いものでも食ったのか、それとも連日続くこの暑さに脳をやられたのか、とジローは不安がるのですが、緑谷は「いやいやちがうよジローくん、もうすぐ夏休みだからだよ」そんなジローの不安を苦笑とともに否定します。


 しかし、学生生活自体が初めてなジローにとって、夏休み、という単語自体が未知のもの。やっぱり判らない、と首を傾げるジローに改めて説明するために「そう!!夏休み!!!生命が色めき立つ躍動の刻、夏!!! 心も体も開放的な刻、夏!! 学生が一番楽しみにしている刻!!それが夏休み!!」教室に飛び込んできたのは赤木会長ら三名のファンクラブの皆さん。


 ですが、夏休みと言うことは、彼らはキョーコに会うことが出来ない地獄のひと時!この残酷な運命を作り出した神を呪うのも無理ない話です。


 知らんがな、とアキに突き放された彼らを夏休み明けには逢えるじゃないですか、となだめる緑谷ですが、その発言は、キョーコのクラスメートではないというハンデを背負っている彼らにとっては、持つ者の傲慢な余裕でしかありません。


 悔し涙を消し去る程の熱い怒りを裏切り者にぶつける渡クラブの一同に、笑顔で仕置人に加わろうとする、仕置き人ネーム『コスプレの』ユキはさておいて、ジローはようやく学校には『夏休み』という長い休みがあることを理解します。


 部活の合間に待っている商店街の温泉旅行を心待ちにしているアキに例年の如く北海道の祖母の家に行くユキ―― そして、そんな二人に合わせるように、涼しい部屋で一日ゴロゴロゲーム三昧の日々を過ごす、と夏休みの予定を明かすキョーコ。


 夏関係ない、とツッコミ入れられるキョーコの予定とバランスを取るかのように虫取りザリガニ釣り花火と、それぞれの夏の予定を上げていく渡クラブの皆さんに、やはりツッコミを入れるアキ。


 きっと、黄村とフジイ&モーちゃんが小学生差し置いて近所の用水路辺りで縄張り争いする様が見れるでしょうに……残念です。


 とはいえ、まとまった休みだからこそ、それぞれが計画を立てて過ごせる、ということを理解したとはいえ、ジローには未だ実感がありません。


 どれくらいの休みなのか、と尋ねるジローに「大体40日くらいかな」と応じるユキ―― その何気ない一言は、ジローにとってあまりに大きな衝撃でした。


 でも長いといってもすぐ終わるのが夏休みなのも確かです―― 長い様でいて儚い、さながら人の一生のようなものだからこそ、いい思い出を作るためにもどこかに行こう、と音頭を取るユキは、「例えばコミケでコスプレ大会とか」、となかなか外道な提案をカマシます。


 年を経ると傷にしかならないからやめようや……な(微笑)。


 その案に、一も二もなく賛成票を投じる赤木会長達ですが、コミケそのものが判らないのでツッコミそのものが入れることが出来ないアキに変わってツッコミ入れるキョーコの意見が優先され、音速で却下されました。


 しかし、キョーコもどこかに行く、という案そのものには賛成です。だからこそ、「まだそっちの方がいい」と緑谷の案に乗って『海に行く』という妥協案を受け入れるのです。


 緑谷の奴……案外策士だな。


 しかし、孔明の罠に嵌められたことに気付かないキョーコですが、ふとある事実に気付きます。


 そこにジローがいないのです。


 夏休みの計画で盛り上がっていたために気付かなかったその些細な一点に彼らが気付いたその時―――― 緊急の校内放送が彼らの意識を引きつけます。


 教室に据え付けられたモニターに映る、立派なヒゲの持ち主である校長が重々しい声音で述べた一言は、全校生徒にとってあまりにも衝撃的なものでした。


 曰く、「今年の夏休みですが―――― 中止となりました


 突然のことに思考停止する生徒達の目に飛び込む映像は「って言えってこの生徒が」校長の背後に立つ悪の黒幕、ジローの姿でした。


「夏の休みが40日間もあるとは驚きだ!こんなムダなことはない! 将来わが配下におく民衆になまけものはいらんのだ!! よって夏休みは中止する!!」


 悪の独裁者の突然の宣言に、停止していた思考を怒りで解凍させるとともに一斉蜂起する民衆ですが、いざバスティーユへ!と息巻く民衆達の前に立ちはだかるのは、空手部や柔道部をはじめとした、体育会系の部員達!


 いつぞやの刷り込みホルムによって、言語中枢をあやふやにしながらも戦闘能力を高めたジローの忠実な手下として生まれ変わった彼らは、ジロー達がいるはずの放送室までの高い壁となって立ちはだかっているのです。


 とはいえ数で押せば何ほどでもない!向こうが高い壁を用意するならば、人海戦術で突き崩す!その一念とともにネームドキャラの活躍に全てを託して、名もなきクラスメート達は体育会系の部員たちに躍り掛かります。


 その屍を越え(死んでねぇ!)、突き進む彼らですが、悪の独裁者として目覚めたジローには容赦という言葉はありません!


 レアフィギュアに引き寄せられ、閉じ込められる黄村!


 コンニャクで顔を撫でられて戦意を喪失する青木!


 トリモチに引っ掛かって身動き取れない赤城会長!


 しかし彼らはへこたれません!ジロー、そして校長を追い、ついに彼らは屋上に悪の首魁を追い詰めることに成功するのです。


 校長の目に浮かぶのは、刷り込みホルムの影響を受けた証であるハートマーク。恐らくは「ワシも夏休みが欲しいんじゃよー!孫と遊ぶ時間をぎぶみぃ!」と訴えていたであろう校長を洗脳し、虜にしたに相違ありません。


 『山川みかん』のダンボールを仮の机とし、校長が校則変更の書類にサインを行えば全てが終わる、と、ほくそ笑むジローを批難するキョーコ、そして「なまけたりしないから!」と訴える緑谷ですが、「人はリズムを失えば簡単にダメになる!オレとて組織がなくなり宙ぶらりんになった時には……!」自らを、そして、身近にいるダメになったモデルケースを挙げることで、人は統制されなければならないのだ、と訴えます。大衆は豚だ!ブタは人間に養われねばならない! 養われねば…… ごはんが食べられないじゃないか。ごはんが食べられなければおなかがすくじゃないか。


 と、訓練されたサンデー読者のボケはスルーしといてジローの主張は続きます。


「そもそもこんなおもしろい学校を休んでどうする!授業とかお前らとかすげ――おもしろいのに!


 この歳にして夏休みをはじめて経験するが故の、すれ違いでした。


 しかし、ジローの命令が下り、必要書類にサインが書き込まれようとしたその時、キョーコが携帯越しにとある人に連絡を入れるのです。


「うんお姉ちゃん。そ、なんかお姉ちゃんの悪口を。うんジローが」


 思わず天を仰ぎ見るジロー。


 その目に映る、一点の光。


 何かに夏空を反射して生じた光は徐々に大きくなり、人影となり、流星の如き勢いで屋上に着地します。


 校長に退避を促すジローですが、遅すぎました。


 屋上にクレーターを穿ち、現れたのは携帯でキョーコからの連絡を受けていたエーコ(23・無職)。


 かくも長い休みですっかりダメになっているニートとはいえ、好きでニートになってるわけじゃない!それもこれも就職難が悪かと!あたしはいっちょん悪くなかと!!と、さながら我聞終了後、はじあくの連載を勝ち取るまでの3年間の創造主の苦労を物語るかのように訴え、怒りの鉄拳を振るうエーコによって、ジローの悪事は潰えるのでした。


 返す返すもニート脱出おめでとう、藤木先生!(ファンサイト要素)


 ですが、40日も怠けていては、やっぱりダメになってしまう。勉強はどうするのだ!と、気が気ではないジローは生徒達を統制する道を捨てきれない、と訴えます。


 そんなジローを安心させる一言を「大丈夫よ、安心しなさいジロー」投げかけるエーコ。


学生にはちゃーんと宿題ってものがたっぷりあるから


 元社会人の『長すぎる夏休み』ばかり見ていたが故に知らなかった事実を知り、一安心するジローでしたが―― ジローが安堵する横で、すっかり宿題について忘れていたキョーコとアキは、学生の無慈悲な現実を思い出して二人して沈み込むのでありました。





第27話◆夏と若い男女


『せっかくだからキョーコさんも来ないか?』




 ミンミンゼミのなく頃に、遊びに来たアキとユキを前に荷造りをしているキョーコ。


 まさかの夜逃げか、それとも駆け落ちか。目を輝かせて尋ねるユキにキョーコは応じて言うのです。


「あ、ジローと旅行に行くの。一週間泊まりで」


 折角遊びに来たのに、あまり構うことも出来ずに悪いかな―― 二人にややすまないと思いつつ、キョーコは荷造りを進めるのですが、燃料を透過された二人に斟酌は無用でした。


 燃料に着火し、火が点いたかのように赤面しつつ叫ぶアキに、その瞳を大いに輝かせるユキ。


 大騒ぎする二人の爆発的な反応振りに、自分の言葉がどれほどのものだったのかを理解していなかったキョーコは久々に脳内のモーちゃんとフジイに登場願いました。


 フジイの投げた速球を、真っ向からピッチャー返しで弾き返すモーちゃん―― そのイメージ映像とともに、キョーコは二人が大騒ぎする理由をやっと掴みました。


「最近の若い子は進んでますわね」「あらやだ。そうは言っても二人は一緒に住んでるわけですから」「まぁ、ハレンチざます」「まったくざます、奥様」突然の井戸端会議に赤面しつつ否定するキョーコですが、奥様二名は聞く耳持ちません。


 ましてや、そこにジローが現れたりした日には、さらに悪化します。


 懸命に否定し、「せっかくだから来ないか。というか、既にチケットは手配してある。来なかったら無駄になるからな」という、誘いの域を通り過ぎ、最早命令の域に達した大姉上ことアヤの誘いに応じてジロー達の里帰りについていくということをようやく説明し終えたキョーコ。


 ジロー達が世話になっているから、という言葉に乗せられて了承したのですが、これがアヤによって企画されたジローの嫁のお披露目会になるのだ、と言う未来予想図をキョーコは知りませんし、アヤに会ったことがないアキユキもそこまでキョーコが気に入られていることを知るはずもありません。


 ただ、壊滅していたキルゼムオールのアジトが復興した、ということに素直に感心する二人に、「ああ、まだ完全復活には遠いが、居住区は直ったらしい。いいところだぞ!自然が多くて平和でな」ジローは自慢げにうそぶくのです。


 確かに自然が一杯です。前の仕事で最後に通ったのは4年前なので開発が進んでいても不思議ではないのですが、ホントに山の中なので、そうそう開発が進むこともないと思われます。


 きっと、近くに静馬神社があることでしょう。


 しかし、単なる親戚づきあいかと少しの落胆込みの安心した表情を二人が見せたところで、状況は一変します。


「ごめん!!私は一緒には行けなくなった!」


 チケットの指定日と面接が重なったため、一緒に帰省することが出来なくなった、と両手を合わせて詫びるエーコの言葉に、キョーコは顔を朱に染めつつ驚き、アキとユキはそれぞれ整っていた髪を自らくしゃくしゃにして「ホントに二人きりだよキョーコ!」「そうねジロー!」来るべき二人の未来予想図を演じます。


 アキが女役になる、というのはちょっと予想外でした。しかも、よりにもよってキョーコ役だとは……サイズ的に納得いかない部分をひしひしと感じます。


 ともあれ、キョーコはゲストなんだから、ホスト役としてはリードを忘れるな、というエーコの命令に応じて調子に乗り、アキとユキの妄想力をさらに掻き立てるジローにツッコミの蹴りが入り、その日は更けていくのですが―― 夜が更けてもなおキョーコは眠ることが出来ません。


 ジローと二人きりの旅行、という部分が引っ掛かり、妙に意識してしまって眠りに就くことが出来ないままゴロゴロとベッドを転がり回るキョーコは大きな不安とその隙間にある感情に苛まれ「………ジローはどう思ってんのかな…」思わず呟いてしまいます。


「呼んだかキョーコ?」


 まだ天井のモニターは設置されたままでした。つか、あの騒動で壊されてもおかしくなかったのに残っている辺りがちょっとびっくりです。


 しかし、初めてその存在を明らかにされた時には驚きと怒りで満たされていたのですが、こうして不安に刈られている時には顔を見て会話できる、というのが逆にありがたいと感じてしまうもの。少しばかりの冷静さを取り戻したキョーコはモニター越しにジローと会話するのです。


「なかなか寝れなくてな 明日の旅行のことを思うと


 あるイミお前のことを、 親父達に認めてもらいに行くわけだしな」


 あっという間に冷静さは蒸発しました。


「オレの手下として、な。はたして親父達が認めるかどうか」


 蒸発したと思った矢先に飛び出た発言で、再び冷静さは取り戻されました。


 ですが、今度は意識しすぎていた自分に怒りが先に立ち、結局キョーコは寝不足のまま朝を迎えるのです。


 そして開けて翌日。駅のホームで初めて乗る新幹線に、来た時には鈍行列車だったジローは目を輝かせますが、そんなジローにキョーコは虚ろに答えるばかり。


 期待で眠れなかったんだね。いや、もしかすると既に前夜祭を!?―― そう結論付けるユキに、本来ならばマッハキックでツッコミたいキョーコも今回ばかりは泣いて抗議するばかり。しかし、いつもならそのやり取りをさらに加速させ、火に油を注ぐ役回りのハズだったエーコが中断させます。


 その手に握られているのは、新横浜⇒博多の新幹線のチケットと、博多⇒大牟田市内のチケット。


「ま、あんま気にせずに楽しんで!日頃のお礼なんだし!」


 笑顔で言い放つエーコにようやく元気を取り戻したキョーコは、その言葉通りにこの旅行を単純に楽しむことを宣言し、改札で待つジローの下に駆け出します。


 そんなキョーコの姿を感慨深げに見守るアキ。


「キョーコが旅行行くのなんてお袋さん亡くなって以来だから。なんかこっちがうれしくなっちゃって―― 」照れ隠しに鼻の頭を掻きつつ笑顔で言うのですが―――― アキの見立てはあまりに甘いものでした。


 一方、初の新幹線に子供のようにテンションを上げるジローと、そんなジローに、旅行に行くこと自体が久しぶりだ、ということを思い出し、徐々にテンションを上げようとするキョーコなのですが、早速トラブルが発生します。


 チノパンの尻ポケットに入れたはずのチケットがないのです。


 前ポケット。帽子の中。谷……見栄を張ろうとも、挟めるほどの谷間など最初からありません


 バッグを一通りまさぐり、さらにもう一度確認。


 そして、蒼白になりながらキョーコは呟きます。


「な、なくしたみたい。チケット」


 その呟きに応じるかのように、四、五列前の席から二人の様を眺める一つの影が、「計画通り」とばかりの笑みをこぼしつつ冷凍みかんの皮を剥いていました。


 もちろんエーコです。


 旅にトラブルを発生させ、そのトラブルを二人で乗り越えた時にこそ愛が生まれたり生まれなかったりなんかしちゃったりして、と二人のトラブルを演出するべくチケットを掏り取っていたエーコは、面接をでっち上げてまで二人と別行動を取っていたのです。


『無職とはヒマなことと見つけたり』


 はしゃぐエーコに対し、キャリーバックから顔を出したポチが一匹泰然自若とうそぶく中、ポチとおなじく冷静さを保っていたジローは慌てず騒がず解決策を見出し、言うのです。


「よし、とりあえずまずすべきことは―― 脱げっ


 どこかに入り込んでいる可能性をまず第一に考え、その可能性を潰すことがまず肝要!あらゆる可能性を検証し、不可能を潰していけば、最後に残ったものが真実だ―― かのコナン=ドイルも言っていることだ!だから脱げ!


 オートマントの助けを借りて、可能性を一つ一つ潰していこうとするジローに、ほんの少し感じていた頼もしさを音速で消去しつつ、キョーコはこの旅行の前途多難さを実感するのでした。


 そして、この旅行を夏休み中に留まらず、多分秋の文化祭辺りまではいじれるであろう面白おかしいネタに仕立て上げてくれるであろうエーコとの協力体制をユキが深める中、舞台は福岡・大牟田へ……そして、次のコミックスへと続くのでありました。





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