キルゼムオール・レポート4








第28話 第29話 第30話 第31話 第32話




第33話 第34話 第35話 第36話 第37話




第28話◆名古屋はええよ


「そこで青春18きっぷなるものが!」


 ジローは思ったよりも頼りになる―― そう思った私がバカでした。


 脱がせようとしたジローをとりあえず鉄拳で沈黙させて、キョーコは頼るべき大人に助言を求めます。


 その相手はもちろんエーコ。

 おとーさんの立場、どこにもありません

 それは兎に角、二人の危機的状況を救うべくてきぱきと的確な指示を出すエーコに、キョーコは流石にジローとは一味違う、と思わず感動するのですが、新幹線の中だというのに、やけにクリアな音声だということに彼女は気付いてしまいます。

 しかし、エーコは面接中であり、いつまでもフリーダムなニートのままではいられない、と思い込んでいるキョーコは気付いていませんでした―― 本音ではゴロゴロしてるだけで金が入ってきて欲しいと願っているエーコによって、チケットを探すためにキョーコを脱がせようとしているところを写メられ、あまつさえ、既にユキの携帯に送信されているということには。

 名古屋に到着した一行は、さしあたっての無賃乗車を回避すべく、新横浜−名古屋間の再収受証明を発行することは出来ましたが、結局これから先をどうするか、という具体的な案は出てくれません。

 新横浜−名古屋間ならまだしも、終着駅である博多までの新幹線料金、そして博多−銀水(超ドローカルネタ)間の運賃など流石に高校生においそれと出せる額ではなく、足止めを喰らって途方に暮れるキョーコに、その着信音は天の助けに聞こえたに違いありません。

 本当に近くで見ているかのようなタイミングでの連絡…そして的確なアドバイスに、キョーコのエーコに対する信頼度というか忠誠度はさらに上がりますが、実際見ているから当然といえば当然。言うなれば外れる心配のない宝くじのようなものです。

 そんなサギ臭い策士が繰り出した助言とは、青春18きっぷ!

 モーばーさんとフジイじーさんも青春の象徴たる18歳の気分で丸一日乗り放題!というコンセプトで打ち出された夏や冬の長期休暇シーズン限定のこの特別チケットで行けば、二人で五万円程度の格安運賃で大牟田までの長い道程も移動可能!

 いいことづくめのこの助言に、一も二もなく乗るキョーコですが、キルゼムオール一の策士たるエーコが、このチケットは一日が一単位になるため、翌日から出発するように、という偏った情報を渡していたことには、到底気付くはずもありません。

 まぁ、いきなりキョーコが「いや、今の時期ならムーンライト九州が新大阪−博多間で出てたはずだから、それを狙えば明日の昼前には到着できるはず」などと鉄っちゃんな発言をしても正直困りますが……そもそもムーンライト九州は廃止されてたようでした。

 サポ活動に便利そうだから使おうかな、と思ってたけど、列車が新大阪を出た頃には鶴ヶ丘にいるから、と諦めたあの頃の記憶が懐かしいです(脱線)。

 閑話休題。

 的確な助言に、姉の頼もしさを再確認するジローと、そして、あれで何故就職出来ないのか、と疑問に思うキョーコなのですが……的確な助言が出来る場所にいるからこそということに早く気付くべきです。


 周囲のモブの皆さんが気付いており、ポチも気づけ、と言っているにも関わらず気付く気配を見せない辺り、エーコによるキョーコへのジャミングはほぼパーフェクト―― ファンクラブのカメラ担当・青木はキョーコの写真を撮りたいのであれば、ガリガリくんでエーコを味方につけた方がよかろうと思います。


 ともあれ、切符は手に入れ、あとは朝まで時間を潰すのみ。この手持ち無沙汰な時間をどう過ごすべきか、と思案をはじめたところで騒ぎ出す腹の虫。


 慌しさにかまけて食事もまだだったことを思い出させる大音声とタイミングを併せたかのように漂ってくる八丁味噌の甘い香り―― その源泉は、名古屋名物味噌カツの店『とんとん』でした。


 しかし、予想外の散財で既に予算は底を尽きかけており、やや割高なトンカツなどという贅沢など出来るはずはない。そう諦めようとするキョーコに対し、ジローは組織時代からの秘策を伝授します。


 味噌カツセット1人前にライスを頼み、味噌カツを分ける―― ナイスなアイディアと絶賛するキョーコですが、きっと店員ははんにゃになっているか、ジト目で見てるに違いありません。


 しかし、流石の鈍感力で視線はスルーです。


 ついでに二人に注視しすぎたことで味噌カツをポチに食われたエーコのやけにギラついた視線もスルーしつつ、空腹を満たした二人は名古屋城、テレビ塔、大通り公園、きしめん、大須演芸場、100m道路、ななちゃんの股の下……ありとあらゆる名古屋の名所を巡り、その様をエーコ経由でユキに送信される内に時は過ぎ去り、いつしか日暮れになってきました。


 一日の疲れを拭い去るかのように缶ジュースで乾杯しつつ、キョーコはチケットを無くさなければもっと早く帰れたのに、と詫びるのですが、一日名古屋の街を廻れて楽しかったから、と笑顔で返すジローの無意識のカウンターにやられて思わずドギマギしてしまいます。


 そこに飛び込んできたエーコからの連絡に、着信音をエヴァンゲリオンにしていたキョーコの動悸はさらに増すのですが、その内容は着信音どころではない動揺を誘います。


 曰く、やどやどやどやどやどやど!!!宿はいずこやど!!?


 どこの天性に歪んだ前田利家やねん、というひょうげたツッコミはスルーしますが、キョーコがすっかり失念していた問題が噴出します。


 つまるところ、合い部屋。


 布団は二組なのがまだ救いといえば救いですが、一組しか乱れないんだろ、という訓練された椎名ファンじゃない限り出てこないようなシーンを思い浮かべ、キョーコはジローに釘を刺すのですが―― 既にジローは眠っていました。


 安全が確保されたとはいえ、この野郎、寝てんじゃねーよという複雑かつ微妙な感情が邪魔してしまい、キョーコは二度、三度とアピールをします。


 しかし、反応はなし。


 二重、三重に安全を確認した上で、それでも反応してくれないジローに微かに憤懣を抱きつつ、シャワーを浴び終えたキョーコは気にしても仕方ない、ととっとと床に就き、程なくその憤懣の感情は睡魔の海へと誘われていくのです。


 そんなキョーコ、そしてとっとと眠っているジローに更なる憤懣を抱く存在が、天井裏に潜んでいました。


 もちろん、是非間違いを起こしたまえ!というどこかのエセ貴族なオカルトGメンを彷彿とさせる発想で天井裏に潜んでいたエーコです。


 やはり年季の入った椎名ファンじゃない限り反応は難しいネタはさておき、弟に強引に間違いを起こして欲しがる姉の野望というか欲望は夏の風物詩というべき闖入者によってあっさりと潰えます。


 夜になると特に鬱陶しさを増す昆虫……蚊です。


 天井裏という限られたスペースで蚊の大軍に襲われるという自業自得な状況に陥ったエーコは撤退を余儀なくされ、残されたのは眠る二人だけ―― と思いきや、ジローは起きていました。


 どうしていいか判らないため、寝たふりをしていたのです。


 しかし、寝返りを打つキョーコの寝顔に思わず引き込まれ、吸い寄せられるように近づこうとしたところで、エーコが開けた覗き穴から襲来する蚊が邪魔します。


 しかし、この強大な敵こそが、漢が正気を保つ唯一の手段となりました。


 オートマントを駆使してドーム状の防壁を作り、後顧の憂いは断った!あとは迎撃あるのみ!!


 そうして、夜明けまで続く戦いは幕を開けるのです。


 阿久野姉弟VS蚊……1勝1敗。


 エーコが人知れず敗北を喫したその脇で、夜を徹して白星を刻んだその代償として力尽きて眠りこけるジローへのキョーコの好感度は、肩を貸してやるほどには増すのでありました。


 そして、鈍行列車の刻むリズムは、心地よい眠りをジローにもたらすのでした。





第29話◆九州に突入


「くっくっく…来たな…!ヤツめ!」


 鈍行列車を乗り継ぎ、途中下車もせず、ジロー達を乗せた列車はやっと関門トンネルを越えました。


 九州に入ったら途端に元気になるのが九州人の性!それまでヘタっていたはずのジローも例外ではなく、あそこは前に戦った場所だ。見てみろ、あの山なんか、キルゼム砲の傷痕がしっかりと残っているぞ、と興奮気味に訴えます。


 北九・筑豊地方には悪の組織はないと思ってましたが、どうやら筑後の弱小組織にまで侵蝕を許していたらしいようです。


 筑豊地方在住の悪者としては複雑です。


 そんなテンション高いジローに、はいはい、暗くて見えないけどね―― とやや受け流し気味のキョーコのやり取りに、座席の対面に座っていた、おばちゃん二人も博多弁と思しき方言丸出しで微笑みかけます。


 カップル、と思われてパニくるキョーコに、動画ゲットはならなかったものの、キョーコにジローを意識させることは出来た、とほくそ笑むエーコ。ポチもまた、「愛は馴れアイ」!と些か懐かしい一言でエーコの作戦が真理を衝いていた、と後押しします。


 師匠の後押しを受けることは即ち百万の味方を得たも同然!このままハイパーモードに突入しそうな勢いで、二人の仲を進展させること―― 最低でもキスまでにはこぎつけることを誓うのですが、どこまで行かせようとする心算やねん、この姉はッ!?


 しかし、野望に燃えるエーコの勢い―― そして、走る電車を止めるものが、線路上に存在しておりました。


 太極図を模した仮面に蓑笠の数人の人影と、その真ん中で水干を纏った明らかに違う佇まいを見せる、未だ少年の面影を色濃く残した男性に驚き、運転士は急ブレーキをかけます。


 そして、列車が急減速したその一瞬に彼らはそれぞれ散開し、目的を達していました。


 しかし、よく見てみたら線路……単線です。


 恐らく、乗り継ぎ、乗り継ぎで到着した小倉から『博多行き』の言葉に釣られて福北ゆたか線に間違えて乗っちゃったに違いありません。鹿児島本線はオール複線だから、大牟田に向かうルートにある単線と言えば、あまりにも名前のイメージが悪すぎるので黒崎−博多間を『福北ゆたか線』と偽装している筑豊本線の桂川−吉塚と、同じく筑豊本線からダイレクトに鳥栖・久留米方面に向かっている桂川−原田しかないしッ!!


 ……あ、言っときますけど、俺、鉄っちゃんじゃないですよ?単なるど地元民の生活に根ざした意見ですよ?


 まぁ、どのみちギャラリーの皆さんが引きそうになってるのでこの辺で終わりますが―― 開け放たれた窓から侵入し、ジロー達乗客を包囲する蓑笠の男達に戦慄するキョーコと、何かに感づいたジローの誰何の声が鳴り止まぬうちに、ジローの鼻先に一枚の札が突きつけられました。


「起呪符!」突きつけられた、手を離された札が重力の存在を忘れたかのように空中でその動きを止めている内にその縁を指でなぞり「爆砲!!!」解放。


 圧縮されたエネルギーに指向性を持たせ、解き放つその「術」によって、開け放たれた窓から車外に吹き飛ばされるジローですが、それも一瞬。間髪入れずにオートマントで窓の縁を掴むとともに、オートマントの一端を固めて生み出した拳によって、強襲してきた水干に鉢金の少年ことライバル組織・ゲドウ団の術者、影山ゲンゾウに反撃の一撃を見舞うのです。


 剣呑な出迎えの挨拶に怒りを顕わにするジローですが、ゲンゾウにもまたその怒りに応じるだけの怒りがありました。


 キルゼムオールのせいでゲドウ団が受けた被害の借りがある、知らんとは言わせんぞ、と息巻くゲンゾウにジローも反応するのですが――「お前んとこがなくなったせいで、正義の連中のウチへのあたりがキツくなったんじゃーい!!」思い切り逆恨みでした。


 また、ゲドウ団が潰れそうだというのに、その銃爪となったキルゼムオールの幹部であるジローはのうのうと都会でナウい生活を送るヤングとなってバカ受けしているというのも許せない、ふざけんな、と噛み付くゲンゾウなのですが、そんな死語をぶつけられるジローの方こそふざくんな、というべき心境になっても仕方ありません。


 しかし、ふざくんな、というのは巻き込まれた一般人の皆さんにも言いたくもなることでした。


 早よせんね。俺もまだ仕事あるっちゃけどね。


 私も帰ってからDVD返さないけんとよ。


 作中では標準語に訳されていたそんな抗議の言葉に、ぱっと見には河童にも見えなくもないゲドウ団の戦闘員の皆さんは平謝りに謝ると、幹部であるはずのゲンゾウを急かしたり、迷惑をかけている一般の皆さんに粗品を配ったりとおおわらわ。


 そんなブーイングの原因もやはりジローが手早くやられないのが原因だ、と噛み付くゲンゾウに、倒せない実力のなさを差し置いて責任転嫁されるのは我慢ならんとジローも応戦し、二人はいつしかグルグルパンチで喧嘩を始めるのでした。


 しかし、そんな女子供の最終兵器に苛立ちを隠さないのは、どっかのガングロ中国人よりも遥かに高い殺傷能力を誇る武の持ち主たるキョーコでした。


 もっと武に委ねろ、とばかりに後ろ廻しでゲンゾウを沈黙させると、軌道を跳ね上げての廻し蹴りでジローを沈めます。


 慢性的にラブ成分が枯渇しているエーコが、ラブ供給を邪魔するゲンゾウを排除する策を巡らすより早い、まさにマッハの所行で事を収めると、キョーコは説教モードに入ります。


「なんだこの民間人!このオレを誰だと…」


「あ?」


 蔑む目つきとともに繰り出された一言が、ゲンゾウの何かを刺激しました。


 やべぇ、こいつドMだ。


 そんな気質を最大限に刺激するキョーコがジローのものになる、と知り、「ズルかぞてめ―― !!オレにも!! オレにも都会の娘っコ紹介せんか!!」被説教モードであるにも関わらず、出来ればドSな娘さんを紹介して欲しい、と暴走するゲンゾウにキョーコは次はコメカミを狙う、と容赦ない制裁宣言をするのです。


 ですが、この展開はラブ中毒が極まってしまったエーコには最早耐え切れるものではありませんでした。


 金属バットを持って乱入し、リセットを要求するのですが―― ジローがダイイングメッセージを残すまでもなく、キョーコの目の前で行われた犯行は、それまでのトラブルが何に起因しているのかを全て白日にさらすのでした。


 熊本みかんのみかん箱で反省文を書かされているエーコを横に、立ち去るゲドウ団の皆さんに自重を求めるキョーコと、ゲンゾウの挑戦に受けて立つジロー。しかし、どさくさに紛れて都会の娘を紹介するよう頼む件については突っぱねる辺り、勢いだけで生きていないことは証明している模様です。


 道中知り合った奥様に、こっちでは悪の組織が普通な存在であることを再確認したキョーコは、悪の組織にあるまじき牧歌的な雰囲気に包まれたやり取りをするジロー達に容赦なく小学生レベル?と斬って捨てるのです。


 恋愛感情が小学生レベルの人に言われるのは心外ですが、一言でこの場を支配することに成功したキョーコは、エーコに対してもアヤに一連の顛末を包み隠さず報告することを宣告したことで、エーコの目には明日の地獄がまざまざと目に映るのでありました。




第30話◆阿久野家の女達


「山の朝ってこんな涼しいんだ! 気持ちいい――!」


 22時に到着した銀水駅から、さらに車で40分―― なんぼなんでも時間食いすぎにも程がありますが、恐らくは岩本の交差点の辺りから入った、2t箱車では枝に引っ掛かったり離合に苦しんだりするような山道を経由したのでしょう、ようやく到着したキルゼムオールのアジトは、あまりに普通の田舎の一軒家でした。


 大牟田が主戦場の配送業でもなければ判らないボケは兎に角として、アヤ、そして伯母であるジローの母、エミの歓待を受け、ひとまずは設えられた床で泥のように眠りこけるのです。


 目覚めたキョーコが体験する、初めての田舎の朝。


 コンクリートとアスファルトが大半を占める街と違い、存分に冷やされた山の空気は彼女、そしてポチにとっては新鮮で心地よいもの。


 九州=暑い、と思い込んでいたキョーコは驚くのですが、驚きをもたらすのは、自然ばかりではありません。


 何気なく供された明太子の味が、日頃食しているものとは段違いなのです。


 ただでさえ、福岡は関東人には食い物の話題で驚かれる傾向がありますが、キョーコも例外ではなかった模様です。ましてや、あっちじゃただ塩漬けされた鱈子が主流なだけに、昆布漬けという一手間が入った明太子は基本高級品。


 こんなに美味しいものは値段が張るんじゃ―― 思わず主婦回路を働かせて恐縮するキョーコに、普通にスーパーで売っているもので、別に高いものじゃないから、とエミは笑顔で返します。


 まぁ、そうは言っても破れ明太子じゃない辺り、多少の見得が出ている事は否めませんが、今回の帰省はキョーコへの感謝の気持ちを表すとともに、未来の嫁をゲットするためのプロデュース作業の一貫もあるため、それも仕方ありません。


 ですが、そんな裏を知らないジローは久しぶりのお袋の味に感涙を流すばかり。キョーコの腕前も大したものではあるが、15年以上の間育んできてくれた阿久野家の味はやはり一味違う。特に九州は醤油自体が甘いし、味噌も白味噌中心だし!


 そんな感慨深げなジローのたたずまいを単なるホームシック、マザコンといった甘えの類と断じて斬って捨てるキョーコの言葉に応じ、ここぞとばかりにジローをいじめる阿久野家の女連中!女家族のただ中に息子一人というのは地獄と同義。家族内のヒエラルキーもあいまって、まさに一方的な虐殺ショーとなるのです。


 ですが、昔から甘えん坊だった、と暴露されるジローの過去話を打ち切ったのは、母の一言でした。


「キョーコちゃん達一泊したんでしょ?どうだった?ウチの息子の息子は?


 さっぱりとした人、と思っていたエミから飛び出した親父ギャグに味噌汁を吹きつつ何もなかった事を強調するキョーコですが、その回答に思い切り落胆し、何もしなかったジローを責めるエミに対して、キョーコはエミは間違いなくエーコの母親であることを確認するのです。


 収拾がつかなくなりつつある場を鎮め、ゲストであるキョーコをこの近所を案内するようにジローに申し付けるアヤ―― 無論、この命令はジロー・キョーコくっつけ委員会にその様相を変えた阿久野家女衆の策から来るものではありましたが、『あとは若い者同士で』という、俗に言う遣り手ババァな発想で二人の精神的な外堀を埋める事を狙っているアヤの狙いは、エーコとエミの野次馬根性によって超音速で断たれてしまいます。


 ですが、野次馬が犬連れて見物に行こうとしているジローとキョーコの行き先は、ごく近いアジトの跡地。


 ベガスで一山当てて再建費用に充ててやる!心配せやんな!千倍にして返してやっけん!と息巻いて出て行った大首領こと親父の有言不実行ぶりに腹を立てるジロー。


 荒尾競馬の立場がありません。


 まぁ、荒尾じゃ出る馬の実力差が激しすぎるから大した儲けにはならないでしょうが、ジローから伝え聞いた言動から、伯父のスケールの大きさと駄目人間ぶりを感じ取ったキョーコは、アジト以外の案内できるポイントを脳内から検索するジローに尋ねるのです。


「あんたがこっちで気に入ってるところとかないの?」


 その言葉に、ジローは悩みます。


 ないでもないが、あまりに平凡な場所だ、とあまり気乗りではないジローですが、案内された滝つぼは、都会の、しかも湘南という海を中心としたロケーションに慣れ親しんでいるキョーコにとってはこれまた新鮮で刺激的なものでした。


 これよこれ!こういうのを求めていたのよ!とばかりにジローの予想に反して大喜びするキョーコは高揚した気持ちのままに容赦なくせせらぎの中に歩を進めます。


 しかし、やはりキョーコは街育ち。水苔の滑りやすさを知らないまま、狩る者の目つきで魚を追いかけようとしていたキョーコはものの見事に足を滑らせてしまいます。


 少しばかりの沈黙。


 そして、凍りついた時が動き出した瞬間、危険を感じたジローが注意はしようとした、と精一杯のフォローを試みた矢先、ジローの顔を冷たい衝撃が打ち据えるのです。


 この日二度目の液体の洗礼を受けたジローが呆けていた頭を再起動させたそこには、笑顔でまんまと道連れを作ったことを喜ぶキョーコの、全身びしょ濡れな割に色気を致命的に感じさせない、無邪気な笑顔がありました。


 そういったことなら容赦はしない!勝負だ!


 パワーゲイザーに空気投げ……餓えた狼達の対決は餓えによっていつしか中断し、餓えを満たすべく唐突に始まったヤマメ釣りでは素人のキョーコにジローが師となって釣りを教授する―― そんな二人を、嫁かず後家は赤面し、母は涙で、ニートは写メりながら見守るのでした。


 ご多分に漏れず楽しい時間はすぐに過ぎ、日暮れた山中を歩き回った彼らは露天風呂でその疲れを解きほぐします。


 アジトが崩壊した時に、研究所跡地に湧いて出た温泉をそのまま利用している、という露天風呂はある意味怪我の功名ではありますが、研究所を再建するための場所が確保出来てないということに気付いていないジローのボンクラっぷりがちょっと心配ではあります。


 しかし、ジローがボンクラでも、フォローする人材がいればいい!それが優れた嫁だったらなおのこと!そんな一念から……何より、本人の意志関係なく嫁にする気満々なエミは、狙った獲物を逃す気はありませんでした。


「オラ!!」


 不意討ちとはいえ、作中はおろか、サンデー内でも屈指の武闘派として通っているキョーコの首筋に手刀を叩き込み、気絶させる辺りは流石にキルゼムオールの大幹部。


 恐らくは、戦闘能力も抜きん出たものがあるに違いありません。


 そうやって気絶させたキョーコをジローに任せ、既成事実を作らせるか、もしそれがならずとも、紳士的に看病して地道に好感度を上げるか、という二択を迫るエミとエーコ。一人常識人に近いアヤだけが、最も常識的なポチに詫びつつも、その顛末を見守るのですが―― 彼女達は知りませんでした。


 ジローは別名チキン科学者と呼ばれる存在である事を。


 バスタオル一枚に包まれたキョーコを抱えさせられ、哀れチキンは鼻血を出してダウンするのです。


 そんな息子を「あんたが血を出してどうする!血を出させる方やろアンタは!」とこれまたオヤジな発言でエミは叱咤するのですが……そんなことをしたらまず間違いなくキョーコからの反撃によって鼻血どころか七孔噴血して果てるであろうことは、訓練された藤木読者には想像に難くないのでありました。




第31話◆乙女アンニュイ


そうか――いつかジローもお姉ちゃんも…こっちに帰っちゃうんだよな…




「ハーッハッハ!! 愚かな日本の民衆よ!!」「我らが野望のため!!こいつはいただいていく――!!」


 老人宅に押し入り、冷蔵庫を強奪するキルゼムオールの幹部達。牧歌的と言えども悪の組織であるところを見せ付けています。


「ああっ 待って… 待ちなさい――!!」そんな悪の権化達を狼狽しつつ制止しようとする老婆ですが、「暑かったやろ?麦茶ば飲んでいかんね」その言葉の本質は、廃品回収業者に対する労いに他なりませんでした。


 つまるところ、彼らキルゼムオールはご近所の便利屋さんと同じ受け取られ方をしていると言っても過言ではありません。


 町の皆さんは、業者に頼めば高い手数料を取られる粗大ゴミをタダで引き取ってもらい、キルゼムオールはアイテムのパーツをタダで手に入れることが出来るというこの共生関係に、帰省の本来の目的である九州の悪の組織の全体会合に、大首領の名代として出席したジローに代わって、安全メットがない以外はほぼ我聞のような出で立ちで手伝いに来ていたキョーコは、感心するやら呆れるやら。


 しかし、顔見知りの老婆にキョーコを紹介する際に、「ジローのヨメです」と声を揃えてさらりと嘘を吐く辺りに、やはり彼女達は悪の組織なのだ、と確信します。


 つか、従妹という紹介をしない辺りは一体どうなのでしょうか。下手すると、キョーコは従妹であることをきっぱりと忘れている可能性があります……特に、アヤは初対面から嫁扱いですので、従妹であるという認識自体していない可能性があります。早いとこ誰か教えてやれ。


 紹介をまずったせいか、おばちゃんにも『ジローの友達』と認識されてしまったキョーコですが、帰り際にかけられた「仲良うしてやってねー?あの子はええ子やけん」という言葉に……道すがら出会った農家の老人・ヤスダのために、かつてジローが開発したというアシナガグモを彷彿とさせる山道用自転車の異様というかちょっと引くフォルムとは裏腹な評判のよさに……TVの調子を見てもらいたかったのに、というおばちゃんの声に……ジロー謹製の肩揉み機がぞんざいなデザインの割に爺さんには大人気、という反響の高さに―― 日頃のトラブルメーカーなジローのイメージとはかけ離れたジローの人気ぶりに、キョーコは感心します。


 近くに同世代の友達がおらず、老人に囲まれて過ごしてきたからこそ、老人には人気だったのですが、この狭い地域しか知らないというのは将来組織を背負って立つにはあまりに脆弱―― そう判断したからこそ、見聞を広めるためにもジローを外に出したのだ、とアヤは軽トラのハンドルを握る視線も真っ直ぐに述べるのですが、まだまだ非常識な行動が多いというキョーコの評価に少しばかりの落胆とともに言うのです。


「こっちに戻ってくるのはまだ先になりそうだな」


 その何気ない言葉に微かにキョーコの心は揺れ動きます。


 スイッチが入ったことで不意に始まった、嫁かず後家のニートへの説教の喧騒も耳に入らないまま、キョーコは思うのです。


 ジロー達姉弟が飛び込んできたことで始まった今の賑やかな生活も、いつかは終わってしまうということを。


 その時に、自分は前のような生活に戻れるのか。


 妄想ノート書いて満足するだけの生活に戻ることが出来るのか。


 答えは出ないまま、女性三人と満載の粗大ゴミを載せた軽トラは、夕暮れの道を走るのです。


 そして日は落ちたのですが、土曜の大牟田の町は熱気に包まれていました。


 それもそのはず。7月第四土曜日に当たるこの日は、大牟田の夏を彩る夏祭り『大蛇山』の開催される日!


 JR大牟田駅から海側に向かった商店街を含んだ通り……所謂大正町はただでさえ混雑するというのにその混雑度合いはさらに増し、どこぞの元配送員のトラウマを掻き立てます。


 まぁ、トラウマはさておいて、アヤとエーコ、そしてエーコの昔着ていた浴衣を詰めてもらったキョーコは祭りを楽しみつつ、袖詰めを上手くやってのけてくれたエミの手際に感心するのですが……いくら平面の集合体である和服とはいえ、立体から平面に修正する方がもっとキツかったと思います。


 いえ、何の事かは言いませんよ?怖いから。


 しかし、似たような恐怖にズケズケと踏み込んだのはポチでした。


『ところでお前達は浴衣を見せる相手はいないのか?』


 犬の発したド直球に、当然反応する二人の悪の幹部。


 野生の血で危険を察知し、人ごみに紛れ込むポチの密かな外道ぶりに少しばかりの不安を覚えたキョーコではありましたが、それ以上の勢いで押し寄せてくる感情に、そのない胸が締め付けられるのです。


 その感情とは、寂寥。


 ジローやエーコは『ここ』が帰るべき場所。


 キョーコの帰る場所は『ここ』ではない。


 判り切ったことではあっても、寂しさは消えません。


 染みのように拡がる寂寥感にうつむくキョーコ。そんな彼女に、大学生か何かでしょうか、二十歳頃の二人連れが声を掛けるのです。


 ナンパしてきた酔っ払いに対して、あからさまな嫌悪の視線とそれに相当する刺々しい口調で明確な拒否を訴えるキョーコでしたが、酔っ払いには理屈は通じません。


 強引に左手を掴まれ、その手に持ったカキ氷を落としたことで、キョーコは瞬時に武闘家モードに切り替わるのですが、その最大の武器である蹴りは浴衣に草履では振るえません。


 図らずも武器を封じられた忌々しさに思わず毒づくキョーコ―― ですが、キョーコの危機は未然に防がれました。


「ジローワイルドドラゴン!!!」


 オートマントで二人の酔っ払いを絡め取り、縛めてキョーコを救ったのはもちろんジロー。


 間一髪で救われたこと。畏れと憧れ、そして尊敬の念で受け入れられている地元(ホーム)での熱狂。


 これらがキョーコのジローに対する認識を3割増に高め、蹴りを封じられた事によってパニックに陥っていたキョーコをさらに混乱させるのです。


 落ち着こうと素敵な素数を数えようとするキョーコ。


 ですが「1・2・3・4」―― 混乱は収まるどころかさらに増すばかり。


 思わず涙まで流してしまうキョーコの混乱ぶりを、カキ氷を落としたからだ、と判断したジローは「泣くな!カキ氷くらいオレのをやる!」実に藤木キャラらしい朴念仁ぶりを発揮します。


 混乱したまま、カキ氷のカップを受け取る中、一つの結論に達しようとしたキョーコ。


 しかし、その思考を急速に冷却させる声が横から掛けられました。


「ああ、こいつか。 お前の手下とかいうやつは」


 ゴシック系の衣装に身を包んだ、冷たい色の瞳を持つ小娘に、それまでの弾んだような、甘い気持ちは瞬時に凍りつきました。


 刺すような目つきでジロー、そしてその娘を睨んで、無言で説明を求めるキョーコに、ジローは訳の判らないままプレッシャーに負けて応じて応えます。


「いや…なんか知らんが、会合の後ついてきてな」


 ジローの戸惑い、そしてキョーコの殺意の乗った視線などどこ吹く風でジローに抱きつくと、その謎の娘は言うのです。


「ジロー、こんな無乳女ほっといてウチに来るがいい!」


 アンタに言われたくないわよこのうす胸!


 そう言いたい気持ちを押さえ込み、「まさかジロー…小学生を誘拐?」第二次うす胸・控え目胸戦争の開戦を避けようとするキョーコではありましたが、キョーコの外交努力も空しく……「 ちゅうに!!中二だあたしはっ!! やんのかコラァ!!」いえ、むしろ火に油となりました。


 かくして、かつては神奈川県御川市で勃発したうす胸VS控え目胸の対決は、遠く離れた大牟田の地で面子を代えて行われるのでありました。



第32話◆ドラキュリア首領


「シルバームーンこと枕崎ルナだ。首領だぞ。しゅ・りょ・う!」




 悪の組織ドラキュリア首領、シルバームーン。


 それがジローに懐いてきてたゴスロリ小学生の正体でした。


 お供の蝙蝠従えて、元キルゼムオールのアジトこと阿久野家の卓袱台の上に立ち、キョーコの頭を踏みつけて言う彼女にキルゼムオールの皆さんはドン引きします。


 それを自らの持つ生まれながらの王者のカリスマが為している、と思い込み、優越感に浸れたのは数秒。蹴りを出せない浴衣から本来のTシャツとパンツルックに戻ったキョーコの、キルゼムオールの幹部一同が恐れを抱くほどの戦闘能力を思い知らされ、多分恐らく阿蘇とか熊本辺りで行われていたに相違ない九州地区の悪の組織の大会合からジローについてきたシルバームーンこと枕崎ルナはマジ泣きするのです。


 小学生が首領だなんて信じられない、と疑問を呈するキョーコに中二だ、と抗議するものの、襖の陰に隠れて涙流して抗議している姿は痛みによる教育が行き届いた結果。実にバイオレンス&ハードです。


 しかし、彼女は暴力を前に退く訳には行きません。何故なら譲れない目的があるから!


 その目的とはもちろんジロー。業界内でも高い評判を誇るキルゼムオールのアイテムを開発してきたジローを自らの組織に迎え入れたい、とお供の蝙蝠の気苦労を省みることなくスカウトに来たことを伝えるルナの言葉にキョーコの胸はざわめきます。


 しかし、キルゼムオールの次期首領であるジローはその申し出を受けることは出来ません。


 アタッシュケースに詰められた、ガリガリくんを毎日食ってもなくならない上、おかずを一品増やすことも出来る潤沢な額の大金を提示されても答えはNo!


 何より、キョーコを服従させるという最優先課題が残っている。それが叶うまではオファーを受けるなどとんでもない。そう突っぱねるジローですが、ルナもまた組織を背負って立つ以上、退くわけにはいきません。


 ならば、と、目を見開くルナ……そのジローの前にあったはずの身体が突如としてキョーコの首筋に絡みつくように顕れます。


 霧化―― ドラキュリア……つまりヴァンパイアの血族の特殊能力の一つです。


 そして、ヴァンパイアの能力の最たるものといえば―― それを思い起こさせる、発達した犬歯を覗かせる口を開くルナはキョーコの首筋にその口を寄せ――――


 舐めました。


 どことなく淫靡さを醸し出す光景に、写メ撮るのすらも忘れて思わず見入る一同の薄情さにキョーコは涙を流しますが、まだそれは序の口でした。


「ジローに抱きつけ」


 そう命令するルナに怪訝そうに返すキョーコでしたが、意識せずにジローに抱きついている、という自らに起きた異変の得体の知れなさに再び涙を流すのです。


 血を吸った人間を眷属とし、意のままに従えることこそがヴァンパイアの能力。


 まぁ、血は気持ち悪いから汗で代用してるとのことですが、汗……即ち体液で代用OKということは……ウチは全年齢対象なので多くは語れませんが、同人作家の人達がアップをはじめた模様です


 まぁ、そっち系の妄想はそっち専門の人達に任せることにしますが、自分を勝手に意のままに動かそうとする変態小学生に猛抗議するキョーコに誰が支配者なのかを判らせるべく「頬ずり」ルナは再び命令を下します。


 思わぬ展開に全裸でキスを要求するエーコ……しかし、その手に持っているのはキスにしては胴が短いため、ベラである可能性が高いです。


 ベラ持ってなにやっとんじゃい、助けんかいコラ!


 薄情どころか率先して敵に味方しかねないエーコに滝のように涙を流して抗議するキョーコを操ることで自らの力を見せ付け、この力を以ってすれば、目下のジローの検案事項も容易く叶う。ただ、『ジローの言うことを聞け』とキョーコに命令すればそれで済むだけ―― そう言い、改めてジローを誘うルナ。なんならコロッケ食べ放題もつけるから、と更なる条件を提示するのも忘れません。


 しかし、ジローはそれを是としません。


 キョーコの心をこそ気に入っている以上、心から従えなければ意味がない!形だけ従えてなんとなるというのだ!


 しかし、「押し倒せ」虚弱なジローの言葉はキョーコの圧倒的な身体能力を従えたルナの言霊によって駆逐されます。


 やはり持って生まれた力には勝てないのか―― 背景はどうあれ、キョーコがジローを押し倒したという形が出来上がったことですっかり既成事実モードに突入しており、母とエーコの助力は得ることが出来ない。それを感じ取っているのでしょう。覆すためには最早手段は選べない、とばかりにジローは最終手段を選択するのです。


キョーコ!やはり無乳だな。まるで男にのしかかられているよう――


 その胸と同じく空母の装甲板を思わせる堅固さを誇るキョーコの精神力を刺激する―― その最終手段は通信講座で覚えたと思しきカポエイラによって、中途で沈黙させられました。


 形はどうあれ自らの術の影響から切り離されたことに驚きを隠せないルナに、ジローは術を跳ね返したキョーコの精神性こそが最大の武器なのだ、と述べるのです。


「胸もなく、心も狭い!凶暴!!そう、この内面こそがヤツの―― 」黙れ。


 夜空に二つの花火が打ち上げられ―― 高速を越えて山川の選果場辺りに落ちました。


 みかん農家の皆さんごめんなさい


 そう謝ったかどうかは判りませんが、お供の蝙蝠ことセバスチャンはこの場を丸く治めるために、謝罪とともに何故ジローをスカウトしに来たのか、という事情を語ります。


 実を言うとルナは歴代のドラキュリアの首領の中でも最弱の能力しか持っておらず、ドラキュリアもまた壊滅の危機に瀕しているのです。


 そこで目にしたのがジローの姿。キルゼムオールはギガレンジャーによって壊滅しており、キルゼムオールの中でも高名なドクトルJは今はフリー。ならばドクトルJを組織に招聘して、装備で低い能力を底上げすればいい―― そう思い立ったからこその一連のスカウト騒ぎだったのです。


 弱小組織の窮状を明かされた照れ隠しからでしょう。視線を泳がせながら「欲しいものは手に入れるのが悪の道」と精一杯弁明するルナに、ジローはその頭を撫でてやりながら「なんだ そういうことか!早く言え同志ルナ!」言うのです。


「アイテム開発ぐらいタダでやってやる。いつでも来い」


 困った時はお互い様。ましてや大手ならまだしも、弱小同士手を携えないと、正義との戦いは乗り越えられない―― まぁ、キルゼムオールは乗り越えられずに潰れたけど


 ともあれ、スカウトする心算が逆に懐柔されたルナは、せいぜい利用させてもらう、とキャラに見合った口調で返すのですが、明らかにナデポなので、周囲には照れ隠し以外の何者にも見えません。


 一悶着あっての和解、そして、和んだその場を占めるのは冷えたスイカの香り。


 その甘い香りに引き寄せられたのでしょう―― 近くのせせらぎからやってきたホタルが悪のアジトを照らすのでした。




第33話◆赤ちゃんに乾杯!


「捨て子?!」


 九州から帰ってくるジローとキョーコを出迎えに、駅の改札前に立つアキとユキ。


 若い男女二人の旅行―― 勢いやらなにやらがどう作用したのか。エーコからのメールを基に、何をどうヤったのかを想像して微笑むユキですが、アキはそれでもあの二人じゃグダグダになったまま赤面して落ち、というのが関の山であると的確に想像します。


 だからこそ、二人はキョーコの腕の中に収まっている存在に驚くのです。


「まさか赤さんこさえる程仲良くなるとは」一見冷静でありながら、いくらなんでも乳児まで作ってくるとは予想外だった、と混乱から呟くユキに、そのユキの言葉によってさらに混乱の度合いを増すアキ。


 アンタらちょっと待て!鶏よりも簡単に子供が出来てたまるか!


 九泊十日という、旅行としては長いものの、子供が出来るには十ヶ月ほど足りません。


 いやいや、その辺りは努力と根性で、と食い下がるユキに再び大声を張り上げて否定しようとするキョーコでしたが、その大声に驚いた乳児が抗議の泣き声を上げ、ボケもツッコミもものの見事に破壊されるのです。


 立ち話もなんだから、と、大抵の漫画で『M』から『W』とおなじみの改変をされている駅前のハンバーガー店に河岸を替えて事情を説明するキョーコ。未だに二人の子供説を捨てないユキの言葉を一蹴すると、帰りの車中で手紙とともに捨てられていた、とこの子供を拾った経緯を説明します。


 エーコとポチという頼るべき存在がいないため、途方に暮れてはみたものの、泣く子と悪の人は途方にくれる暇を与えてはくれません。


 将来世界を支配する者として、育児を放棄して子を棄てるなどというけしからん親にガツンと言ってやらねばならない、と声を荒げつつジローが親を探し出すことを主張したこともあり、駅や警察に子供を預けずに子供の親を探すことになったのですが、広い日本の中から手掛かりがないまま特定の人物を探し出すことはそう簡単なことではありません。


 しかし、それはあくまで凡人の範疇。悪の天才科学者・ドクトルJに不可能という言葉は多分きっとありません。キョーコの胸も改造するか遺伝子操作するかで大きくも出来ます。まぁやろうとしたら間違いなく粉砕されますが。


 それはさておき、オートマントの中から取り出したのは、自動追尾キャップ


 ユキがいつもどこから取り出しているのか、と疑問に思う秘密の空間から取り出されたそれは、捕虜の背後関係を探る時に使うために開発したものではありますが、最も親愛を感じているものに対してキャップの上に設えられた矢印の先からレーザー光を発することで方向を、そのレーザー光の色によって対象との距離を把握することが出来るその特性は、赤ん坊が最も親愛を感じている存在である母親を探すにはもってこい。


 これを使えばどこにいようと容易く探し出せる!意気込んで子供を抱え上げるジローですが、急に抱き上げられて赤ん坊は泣き出します。


 親を探すといっているのだ。泣くな!泣き止むんだ!


 乱暴に扱うからだ、はとこ!


 何時の間にか白粉エルフと化したジローとの親等を一つ落とし、グラスランナーと化したキョーコがツッコむ―― この光景をごく単純に夫婦みたい、と茶化しの材料と捉えるユキですが、赤ん坊の泣き方の微妙な差を感じ取ったアキの見立ては他の三人とは違いました。


「おしめかミルクじゃねーか?」


 この中で唯一下に弟を擁する家族構成故に気付いた非常事態に、一同は場所を変える必要性を感じるのです。


 ミルク―――― いくらわたしが揉んで育てたとはいえ、流石に授乳は無理よね、公共の場だし。


 ちょっ?!そもそも出てたまるか!


 そんな会話があったかどうかは判りませんが、無事に哺乳瓶とミルク、そしてオムツを手に入れた彼らは、ユキの嫁であるアキの活躍もあって、とりあえずの急場をしのぐことは出来ました。


 しかし、先を急ごうとジローが抱き上げようとすると、やはり泣く。


 キョーコが抱くと泣き止む。


 この判りやすい光景に、出た結論は一つ。


 アンタ抱くな。泣くから。


 く…悔しくなんかないんだからねっ!悪なんだから恐れられて当然なんだからねっ!


 そう主張するジローではありますが、主役の座を奪った赤ん坊を女衆三人が甲斐甲斐しく世話をする中、怖がられているジローは一人蚊帳の外。役立たずになってしまった寂しさも手伝って、不機嫌さはさらに増します。


 しかし、順調に距離を詰める中、女衆三人はジローに赤ん坊を託して一旦休憩。


 トイレに、と堂々と言う辺りは正直どうよ、と思いますが、そんな常識はジローにはありませんし、赤ん坊もツッコミを入れる立場にありません。


 というか、女所帯で育ってきただけあって、女性にはどうしても押し切られる傾向が強いジローは女性特有の団結力に負け、赤ん坊と二人きりで取り残されてしまいます。


 赤ん坊―― 周囲に散々迷惑をかけて、守られるだけの弱い存在。


 しかし、自分にもそのような時代があったこともまた、ジローは理解しています。


 だからこそ、泣き出した赤ん坊に手をこまねくことなく、なだめようと――「い…いないいないヴァ〜〜〜!!」一世一代の顔芸を見せるのです。


 ただし、ジロー的には屈辱的なその姿は戻って来たキョーコ達に目撃されてしまうのが世の倣い。


 はやし立てるキョーコ達に償いをさせるべく、涙目で攻撃態勢に入ろうとするジロー。しかし、その攻撃モードは無垢な笑顔によってあっさりと解除されるのです。


 ついに成った和解は、ジローに赤ん坊を守る自覚をももたらします。ひしと抱きすくめ、「プ二太郎―――!!」名前まで付けるほど。性別などという瑣末なことにこだわりません。


 そして、程なくして両親は見つかりました。


 育児疲れの末、衝動的に娘を捨ててしまったものの、後悔の念はあまりに大きく、夫とともに町中を探し回っていたと思しき母親に抱かれ、プ二太郎――ではなく、キョーコという名の赤ん坊は満足そうに離れ離れになっていた愛しい母の顔に擦り寄ります。


 強い言葉で両親を諭し、その場を後にしようとするジローに応じて振り返ろうとするキョーコ(無乳の方)。しかし、立ち去ろうとするジローにキョーコ(将来性がある方)は、この日一日で自らに起きた災難が判らないまま、顔見知りになったジロー達に無邪気に両手を伸ばします。


 後ろ髪を引かれる思いが沸き起こり「プ二太郎……!」立ち止まろうとするジロー。


 しかし、悪の誇りにかけて、情にほだされた姿を見せるわけにはいきません。


「だから女の子だって」というキョーコのツッコミにも耳を貸すことはありません。一顧だにせず走り去り、ジローはその場を逸早く離れるのです。


 そして帰りのバスの中。涙を流す姿など見られるわけにはいかない、とオートマントを蕾のように頭部の周りに巻きつけることでやり過ごそうと試みるジローを、『情が移る気持ちも判らなくはないけど、いい加減泣きやめ』とよってたかって弄るキョーコ達。


 将来ジローにも子供が出来るから、その気持ちはその時までとっておけ、と慰めの言葉を向けるユキに、いい事言うじゃん、いつもはラヴでコメる方向にしか向かわないのに、とばかりにキョーコとアキは感心します。


 ですが、その感心は音速で吹き散らされます。


「でー。これでその時のお相手もわかったりー!」


 全裸で放り投げたのは、今日の騒動を解決するのに一役買った自動追尾キャップ。


 放り投げられたのは当然のようにキョーコ。


 キャップに設えられた矢印はやはり当然の如くジローを指し示し―― 八つ当たりの如くに破壊されました。


 この野郎!また製作者が知らない用途を見つけ出しやがったな?!


 しかし、出来レース気味にキョーコに放り投げたユキではありますが、すっかりエーコとともにJKKとして活動している自分やアキにこのキャップを被せてみたらどうなるのかが、読者的には知りたいところではあります。


 エーコ好みの泥沼の多角関係を期待!!


 そして、車中が完全なる出来レース気味の展開で盛り上がるその頃……すっかり忘れ去られていたおとーさんが、ポチすらもいない家の中、一人寂しくみんなの帰りを待ち侘びているのでありました。




第34話◆新学期の憂鬱


「ヤツを気に入ってるからだろ」「うえ――い!?」


 始まるまでは長いと思われていた夏休みも実に簡単に終わり、久々にメンバーが揃った渡クラブの部室では、無事に再会出来たことを喜ぶ赤城会長の声が明るく響きます。


 結局夏休みにこのメンバーで海に行くとか巨大イベントでコスプレ楽しむ―― というか、口八丁手八丁で騙しおおせたアキにユキが際どいコスプレさせることで楽しむある種の羞恥プレイとかはなかった模様です……くそぅ。


 でも、考えてみたら、藤木先生には、二泊三日の合宿の大半を削ってしまったという前科がありました。比率的にも一緒のようなものですし……もしかして確信犯ではなかろーか?


 そんなことはさて置いて、差し込む夏の陽射し以上の明るさに満ちた部室に響く談笑。


 ですが、その明るさと無縁の存在が一つありました。


 緑谷康彦―― 漢字で名前を表記されたのは初めての漢の、生気のない貌に喝を入れるべくチョークを投げつける赤城会長ではありましたが、緑谷にも精根尽き果てるだけの理由がありました。


 未だに夏休みの課題が終わっていないのです。


 しかも、手伝おうにも終わっていないのは美術の課題。手伝うことも出来ません―――― が、ライフパスで『勉強が近づくと眠ってしまう』という特殊能力を得てしまったとしか言い様がないアキが手伝ってもろくな結果にはなりそうにありません。


 だからこそ、三人の女子生徒達は精神的な支援に止めるのですが、その支援は同量の刺すような視線を生み出してしまいます。


 てめー、一人だけモテモテ王国を形成してる心算か?いい気になってると、強制的にフラレナオンを作ることにするんじゃよ、ギャワー!


 渡クラブの皆さんの中に、今も息づくファー様の叫びを感じる緑谷ですが、心の中のオンナスキーを呼び起こしてそれを迎え撃つと、恐らくは朝10時台のローカル情報番組の合間に流れていたCMでたまにはケンカに負けて来るということを覚えたのであろうキョーコが、大牟田名物草木饅頭ではなく、数ある博多銘菓の一つ、にわかせんぺいを渡す脇で、ジローに相談を持ちかけます。


 その内容は、夏休みの課題となる人物画のモデルにユキを起用したい、ということ。


 人物がそのものは渡クラブなだけにキョーコを描いてはいるが、別の素材にも手を出したい、ということを、しかし、声を掛けようにも自分の性格が邪魔をしてしまい、うまく声をかけることが出来なかったこと、そして、結局夏休み中に頼むことが出来ないまま新学期を向かえてしまった、ということをジローに明かす緑谷。


 そんな緑谷の言葉に「おーい、東雲ー」「何ー?」容易く声を掛け、緑谷に代わって依頼しようとするジローですが、緑谷のスリーパーホールドがそんなジローを落とします。


 何をする!?声をかけねば話も伝わらんだろうが!


 そう抗議し、再びユキに声をかけようとするジローを緑谷は今度は鶏のようにキュッと締めました。


 だから何で止める!しかも今度は息の根まで止めようとしたな?!民間人ならそのまま捌かれて食材になっていたぞ、この精肉屋!


 再びの漫才になりつつある状況の中、自分のことだから自分で何とか話はしたいこと、人づてだとユキにも失礼だろう、ともっともらしいことを述べる緑谷ですが、そんな緑谷にジローは、緑谷がユキに特別な感情を抱いているからだ、とズケズケと言ってのけるのです。


 鏡を持って来たくなるのは、万人に共通した思いでしょう。


 ともあれ、そんなジローを放っておいては何を言われるか判らない、と判断したのでしょう、放課後、緑谷はジローとともに自宅で策を練ることにするのです。


 こうして開かれた第一回東雲攻略会議で、ジローもまた渡クラブの皆さんと同じく緑谷の妹に変な人と認定されることになりましたが、キョーコとほぼ互角の戦力を保有する、というか保有していない妹の、眼鏡の向こうにある瞳を涙で潤ませつつ、悪による悪巧みは一応の形を為します。


 その第一段階はいつも一緒の三人を引き剥がし、標的であるユキ一人にすること。


 教師からの呼び出しを受けていた、とキョーコとアキに誤情報を流し、二人をこの場から放すジローですが、呼び出される理由が判らない、といぶかしむ二人はジローになんで呼び出されているのかを尋ねます。


 そこで困ったのがジローです。


 しまった!そこまで考えてなかった…!


 実に行き当たりばったりな発想ではありますが、その行き当たりばったりさが思わぬ言葉を引き出すのがアドリブの楽しさでもあることもまた事実。


「胸のサイズが同学年なのに違い過ぎておかしい! 何か不正があったのでは、と!」


 咄嗟の発言ではありますが、両者のコンプレックスを衝く、実に的確な言霊でした。


 ただ、的確すぎて予想以上の殺気を二人から引き出してしまったジローは、自らが招いてしまった世界壊滅の危機に怯えつつ、残る全てを緑谷の勇気を託します。あとは勇気だけだ!


 どこのサイボーグ戦士なのかは知ったことではありませんが、誰がために戦うのかを認識した緑谷は目的を達するためにユキへと歩み寄ります。


 しかし、下手に勇気を振り絞るのは逆効果。いかに勇気の翼で以って羽ばたこうとも、天空へと至る前にいとも簡単に剥がれ落ち、どこへ落ちたい、と言われてしまうことは必然です。


 しかし、緑谷のポケットには地に叩きつけられるであろう緑谷を再度天高く舞い上がらせるために「落ち着くためのアイテムだ」とジローが用意してくれていたものがあります。


 流石はキルゼムオールの天才科学者!「こんなこともあろうかと」と先を見越してアイテムを用意することに関してはどこぞの宇宙戦艦の技術屋に匹敵します。


 舞い上がりかけた自らをなだめ、左ポケットに忍ばせた、ジローに渡されたアイテムを取り出す。


 ……グラム100円のお茶っ葉でした。


 確かにお茶の安息効果は計り知れません。


 しかし、この場には急須や湯呑みはおろか、湯もありません。


 しかも、あろうことか八女茶でもなく、静岡茶。


 利休宗匠なら怒りで上杉兵をバッタバッタとなぎ倒してしまうところです。


 ジローにはもてなしの心が足りません。


 かくして、落ち着いて本題に入ることが出来なかった緑谷は、ユキのペースに乗せられてしまい、いつものように聞き役に回ってしまうのです。


 一方、大牟田人だというのに静岡茶を買うという不義理をしでかしたジローは緑谷に苛立ちを隠しません。


 ヤツにはまだ落ち着きが足りない!こうなったら風呂でリラックスさせるか、それかショック療法としてビンタで横っ面をはたいてやるより他にない―― 陰でヤキモキしながら一部始終を見守るジローは、介入も辞さない覚悟を見せるのですが、緑谷の動向を注視しすぎていたために、近づく宇宙規模の災厄には気づくことは出来ませんでした。


「先生いなかったけどー?」「ちょっとお話 聞かせてくれるかなー?」


 その頬に宿る怒筋は、本気を表しています。


 やべぇ、こいつら殺る気だ!


 身の危険を察知し、悪の習性として首領さまからのお仕置きが確定している自転車で逃走する本能がざわめくジロー。


 しかし、ジローは逃げません。


 悪の幹部としてではなく、戦友の矜持を守る一人の漢として、勇気を振り絞れない戦友の背中を押す一言をオートマントに託して無謀な戦いを挑む!


 キョーコ達は意地でも押さえる! お前もあきらめるな!


 その一言を受けて、燃えない緑谷ではありません!


 生命を賭けて強大な敵に挑む盟友の死に報いなければ、漢ではない!その思いに後押しされ、ついに緑谷はユキに挑むのです。


 …………が、どうせなら『その時アキちゃんの胸を――』どうしたのかだけは詳しくお聞かせください!!


 百合は大歓迎です!!


 しかし、読者のそんな邪念と緑谷のなけなしの勇気を破砕するかのように飛来するものがありました。


 一分と持たずに吹き飛ばされたジローです。


 飛び道具と化した人体による衝突事故という、なかなかお目にかかれない決定的瞬間を瞬時に取り出した携帯のカメラに収めるユキの目に映るのは、ライナー状に吹き飛ばされるジローと巻き込まれて大惨事に陥った緑谷、そして、その大惨事を作り出した後も鶴の型で構えを取り続ける二人の猛獣。


 その光景に、ユキは慌てず騒がず言うのです。


「すごい!こういうの一石二鳥って言うのかな!?」


 言いません。


 とはいえ、緑谷が胸の中からなけなしの勇気を掻き集めて言いかけた一言はしっかりと伝わっていました。


 カメラ小僧にも慣れているだけあって、『裸はアウトで』『でもコスプレはOK』と嬉々としてモデルを承諾するユキの姿、そして青春の証となる一枚の絵を残す緑谷の姿を、ジローの小細工の理由を知ったキョーコは「そうならそうと言えばいいのに」と呆れつつ眺めるのですが、前日に自分と同じ回答を出したキョーコに対して、ジローは素直に明かせない、男同志の秘密に絡んだ事情があったのだとだけ伝えるのです。


 そんな事情をなぜか理解出来る精神的に漢の中の漢なアキの感涙を横目に、ジローは恋愛相談も楽じゃない、と自らを壮絶なスピードで棚に上げるのです。


 というか、あの姉にしてこの弟あり、と言わんばかりの余裕たっぷりの態度を見せるジローは、ナレーションにまで人のことだとなんとでも言えるジローでしたとツッコまれてしまう有様なのでした。




第35話/期待される男


「鬼の霍乱ってやつだな」


 事件です。久々のカラーです。しかも巻頭です。


 しかし、コミックスでは反映されません。その上、グラビアにカラーページを奪われすぎたため、巻頭カラーとは名ばかりのトビラの1Pだけです。


 しかもしかも、今回の話はそのトビラでやってた牧場話ではなく、牧場から戻って風邪引いてたキョーコを看病する、という話です。


 だからメインになりそうなイベントをあっさりスルーするのは勘弁して下さい藤木先生!!


 しかし、読者の懇願は牧場で宇津保名物牛追い祭りを敢行しつつ、乳牛とのふれあいでキョーコのコンプレックスを刺激することに成功したエーコには関係ありません。


 むしろ、日頃元気なキョーコをジローに看病させるというレアイベントを面接で見逃すことを気にするばかり。


 つまりキョーコが風邪と無縁のバカ、と認識していたようです。


 しかし、面接すっぽかしてイベントをコンプリートしたいと言うニートならではの欲求は、アヤとの間にも独自の信頼関係を築いているポチがいる以上抑えねばなりません。


 ポチの監視の目が光る以上、アリバイ作成のためにも面接に向かわざるを得ない自らの境遇を呪いつつ退場するエーコをよそに、ジローとポチは寝込んでいるキョーコの下へ。


 季節の変わり目に半袖ではしゃぎすぎたのが拙かったのだろうが、寝てれば治る、と言うキョーコでしたが、カラーページ見る限りではおとーさんも半袖です。


 だから改造手術を受けろ、とあれほど言ったではないか、とジローが言い出す前に布団にもぐりこむキョーコでしたが、続くジローの一言はキョーコの想像を超えていました。


「何を言う! 手下をいたわるのも上司の務め! あとはオレにまかせておけ!」


 その言葉を「わー すごい不安――…」と茶化すキョーコでしたが、それでもジローは初めて会った頃に比べたら格段に社会に適合していることは間違いありません。それ故に、茶化すのも早々に切り上げて「期待してるわよ」キョーコは期待の言葉をジローに投げかけるのです。


 阿久野・渡両家の人類の中では一番の年下……しかも、ポチの犬ピラミッドの中でもポチより下に位置付けられ、ヒエラルキーの中では最下層に位置する己が勝ち得た信頼に感動して打ち震えるジロー。


 鼻息荒く肉じゃがの材料を買い揃え、ドッグフードをねだるポチの言葉をルールの象徴である財布を預かった責任に於いて却下し、タイムサービスの戦場に躊躇なく突貫―― そうしてやり遂げた漢の顔で帰還を果たしたジローとしっかり足を拭いて家に入るポチですが、それに応じる声はありません。


 熱発で声も出しづらい状況にある、と見て取ったポチの言葉に従い、タオルを交換するジロー。こーいった看病イベントのお約束であるこのシーンに対しては『アイ○ノンはないのか?』とツッコミ入れたいところではありますが、そんなツッコミは立て続けに発生する問題に苦慮するジローに聞く暇などありません。


 汗を掻きすぎているキョーコの体を拭いて着替えさせた方がいい、と指示を出すポチに従い、キョーコに着替えを促すジローでしたが、熱で朦朧としているキョーコはジローの存在をろくに意識せずにいそいそと寝間着を脱ぎ出したのです。


「ジロー…背中拭いて―――」


 焦るチキン科学者をよそに、無防備な背中をさらすキョーコ。


 しかしこれは好都合。この隙に普段は取れないデータを回収してくれる!


 しかし、一瞬強気になったもののチキンはやはりチキンでした。部屋から退散し、半開きの扉の隙間からオートマントを駆使してキョーコの背中を拭くジローに容赦なくひよったな、とツッコむポチ。


 これはマントの調子を見るためです―― そう否定するジローでしたが、動揺を見透かされたジローは後は崩れるばかり。


 肉じゃがの鉄則を無視して、先にジャガイモと豚肉の鍋に火をかけつつ火の通り難いニンジンを切り、その上で指まで切ってしまう。


 というか、病人いるんだから、胃腸に負担が掛かる肉じゃがよりかはもーちょっと消化によさそうなものを作ってやるほうがいいと思います。


 ともあれ、吹き零れた鍋に苦慮している端から乾燥機が騒ぎ立て、そっちのフォローに回ったところでお隣さんが回覧板を持ってやって来る。


 中盤の底でアンカーマンやってるかのような体力勝負に疲れ果て、夕食の準備もまだろくに進んでいないままテーブルに突っ伏すジローですが、階段から響く派手な音に疲れた体を引き起こすのです。


 そこにあるのはドテラを羽織ったキョーコの姿。


 体調もよくなったから、夕食の準備に取り掛かろうと降りてきたところで階段から三段ばかり足を踏み外したのだ、と言うキョーコに寝ているよう促すジローですが、キョーコは流石に素人でしかないジローに夕食の準備まで任すのは不安で仕方ない、と返し、ナチュラルに傷を抉ります。


 風邪で味覚が鈍っているキョーコに指摘され、己の無力さを改めて悟らされるジロー……無理に起きてきたことがたたって咳き込むキョーコを背負って二階に戻すことぐらいしか出来ない、と落ち込むジローに、珍しく悪戯心を刺激されたのでしょう……ネコミミメガネをつけてもいないのにネコミミを生やしたキョーコは不意を打つかのようにジローにしがみつくのです。


 当ててんのよ、と言いたいところかも知れませんが、残念ながら背中に当たる感触はドテラの感触以外ありません。


 ジローとしては不満を漏らしたいところかも知れませんが、熱に浮かされたキョーコはジローの不満に構うことなく言葉を続けるのです。


「社会に適合するってことにはさー… 人との関係をきちんとやるってゆーのもあるでしょー。 少なくとも今、あんたは私とうまくやってるじゃん


 思わぬ言葉に動揺するジローですが、病人はジローの動揺など意に介することなくさらに続けます。


「つか下手するとあたしなんかより人間関係うまくやれてんじゃない?ったくムカつくわねー」


 まず間違いなく絡み酒になるであろう未来予想図を見せたキョーコ―― しかし、その抱きついて絡む姿は熱から醒めたら自己嫌悪の嵐を巻き起こすものでした。


  着替えの顛末を思い出したら布団に包まって三日は立てこもると思われます。


 この自己嫌悪を吹き飛ばすためにもジローを殴ろうと物騒な誓いを立て、ダイニングにいるジローに一声掛けようとしたキョーコ……しかし、そこにあるのはトースト、目玉焼き、から揚げを巻いたガレット(推定)等等、昨日のリベンジに、とジローが作った大量の朝食の群れ。


 逆上がりの時にも一晩掛けて会得したその反骨魂を前にして、すっかり毒気を抜かれてしまったキョーコは溜息とともにジローへの撲殺計画を取りやめ、堂々と面接の失敗を語るニートの糾弾大会へと移行するのでありました。




第36話◆私は乙型


「はじめまして。 キョーコ乙型です。乙型とお呼びください」


 猫も出歩く秋の晴れた日。デイトレードで儲けたエーコの奢りで下町カイザー実写版『下町カイザー〜エンプレス強襲!』を観に行ったキョーコとエーコ。


 こんな風に稼ぐことは出来るんだから、多少ニート気味に引きこもっていても問題ないよね?収入あるから、働かなくても大丈夫だよね―― と主張するエーコに対して、日本ではちゃんと額に汗して働かないとちゃんとしない大人だと思われてしまうことには変わりないことをキョーコは述べますが、そんな言葉は聞こえない、とばかりにエーコはダイニングで生活音を立てているジローに土産を持って帰ったことを声高に叫び、誤魔化すことにします。


 さながら午前様になった親父が折り詰めをもって帰って誤魔化すかのような行為ではありますが、少なくとも、ジローがついてこなかったことをキョーコに残念がらせることが出来ている辺り、誤魔化すことは出来たようです。


 しかし、彼女達の前にいるのはジローではなく、Tシャツとチノパンの上下にエプロン姿のキョーコでした。


 思わぬ光景に沈黙する二人……そして、エーコは一つの結論を出します。


「貴様ニセモノだな!?正体を現せー!」「あたし!?」


 思わず全裸になりながら、二人は漫才をはじめるのでした。


 しかし、メガネがなく、アホ毛とセンサーがついた方こそが偽者――正しくは、先週の家事体験でキョーコの苦労を身に染みて感じたジローが開発した家政婦ロボ・キョーコ乙型なのです。


 恭しく一礼する乙型と甲型との区別がつかない―― というか、ジローに紹介されるまで甲型を偽者だと思っていたエーコですが、多大なる違いがありました。


 キョーコには永久に縁のない場所に違いを見出すと、思わずどこぞの虚塵の星になり、「違うー!ここだけ違うー!」エーコは揉みしだきながら叫びます。


 どうやら、乙型の乙とはおっぱいの乙ということで結論が出た模様です。


 対して、甲型の甲はきっと装甲板の『甲』ということになるのでしょう。


 コンプレックスを刺激され、ソバットで撃墜に入るキョーコ―――― しかし、その鋭い蹴りは乙型の片手で止められてしまいます。


 邪魔をするな、と憤るキョーコですが、乙型にもロボット三原則第二項である『人間の安全を守る』を遵守すると言う律があります。


 特に開発者であるジローを守る、という部分は外せない要素であるとキョーコに言い放つ乙型……実に優秀なロボットではありますが、自らと同じ顔でそのような言葉を吐かれるのはなんかムカつく、とキョーコは苛立ちを顕わにします。


 その一触即発の様に乙型を制するジローですが、ジローの言葉に乙型が素直に従うのがまた癇に障り、ジローの趣味の悪さを糾弾するキョーコ!


 エーコが取り成し、ひとまず乙型の性能を見ることにしたものの、優秀な家政婦ロボである以上に全てをジロー優先で行うことがさらにキョーコの苛立ちを誘います。


 あたしの顔で『ジロー様』なんて連発するな!しかもメイド姿なんて漫画が違う!出直して来い!


「性能的には問題ないからいいじゃん。楽できるし」とニートはニートらしく仕事しないで済む方を優先しますが、楽だけで済ませきれないのが複雑なところ。


 しかも、キョーコには一つの引っ掛かりがありました。


 ―― あの子いればあたし改造する必要なくない? あたしより素直だし…


 機械に嫉妬するのは馬鹿らしい。しかし、ジローがキョーコに執着していた要素が乙型の登場で消えてしまうのではないのか、という言い知れない不安は消すことは出来ません。


 そんな漠たる不安を無い胸の片隅に感じたキョーコですが、その不安を確認する機会は、意外に早くやってきました。


 充電によって3時間ほどスリープモードに入るため、その間の家事は行えない、と礼儀正しくキョーコに述べる乙式に、ジローの好みはこんなものなのか、という疑念を抱くキョーコでしたが、考えてみればこれはチャンスです。


 外見もほぼ同じで声もまた同じ……一見しても見分けがつかないのであれば、入れ変わることが出来るではないか―― そう気付いたキョーコはコンセントの傍に正座する乙式と衣装を交換してジローの下に向かいます。


 衣装替えの最中に立体と平面の差を思い知り、破壊衝動に駆られますが、我慢出来たようです。


 カイザーのマグカップにコーヒーを注ぎ、向かったジローの自室では、乙型がジローを優先していることがキョーコに不評であることから、ジローがAIの改良のためのプログラムを構築していました。


 しかし、肝心のAIは苦手な分野であり、乙型に使用しているものも親父の構築していたものを流用しているため、今一ついじり方のポイントが判らない、と『乙型』にこぼすジロー。


 ジロー個人の趣味ではない、と一つ安堵したキョーコ。しかし、最も重要な疑問が残っています。幸い、まだバレてはいないことをいいことに、乙型のふりをしたままキョーコはさらに核心に向けて問うのです。


「ですが、あの子…じゃない私みたいなロボを作れるのであれば――― 特にキョーコ様にこだわる必要はないのでは? キョーコ様は多分素直に従ったりされないでしょうし―――」


「うむ。生意気で腹立つときは多々ある!」その言葉の後半部分に対して頷くジロー。「だが―――」しかし、前半部分には否定の言葉を述べるのです。


それでもキョーコはオレにとって特別なのだ。 ただ改造して手下にして終わり、というわけでない。なんというか――出来れば一生そばにおいておきたいくらい特別なのだ」


 問うたのが『乙型』であると信じ込んでいるからこその意外な言葉に、思わず赤面してしまうキョーコ。その様を熱暴走だ、と判断したジローはその異常をチェックしようとするのですが、何気なく頭を掴んで真正面に顔を向かせるその仕草はキョーコにとっては不意討ち以外の何者でもありませんでした。


 反射的にハイキックを見舞い、ジローを撃墜すると、そのまま部屋を飛び出すキョーコ。


 しかし、それでもなお胸の動悸は治まりそうにありませんでした。


 一方、頚椎にハイキックを喰らってKOされたジローは乙型に生じた不具合が暴走を引き起こしたこと、そして、その異常に野生の勘でキョーコは気付いたからこそ乙型に対して警戒を続けていたのだ―― と結論付けると、息も絶え絶えなままリビングにいるキョーコに乙型の危険性を訴えるのです。


 しかし、そこにいるのは機嫌を直して乙型に接するキョーコ。


 自分自身に対してはメンドくさいから、と櫛も入れないという駄目人間なのに、乙型の髪を梳って満足そうに微笑むキョーコと、手入れされたことでキョーコよりもむしろ工具楽陽菜さんにその外見イメージを近づけた乙型の和気藹々とした光景に、狐につままれたような印象を覚えたジローは、「女とはよくわからん…」一言呟くのでした。




第37話◆モーターエモーション


『なんでしょうか…?このモーターの高鳴りは…』





 秋雨そぼ降る町の中、雨宿りするメイドが一人。


 秋雨前線に居座られたのか、止まない雨を憂鬱そうに見上げるメイドに驚くリーマンなモーちゃんを一顧だにしない彼女は勿論研究のために赴いたメイド喫茶で佐々やんに肘鉄食らわせた(捏造)バイトメイドなどではなく、一週間前にロールアウトされたばかりの家政婦ロボ・キョーコ乙型。


 銀色の糸の如くに降りしきる雨の中、差し出す右手に生じるスパーク―― 防水処理されていないため、水に濡れると故障は免れません。


 しかし、今晩のおかずは創造主であり、何よりも優先すべき主であるジローの好物である肉ジャガ―― 高名なSF作家の生み出した三つの律をブッちぎるに足る理由であるとみなし、強行突破を試みる乙型の姿に、「そんな重い肉ジャガ食いたくはないぞ」傘を片手に案の定、とジローは溜息を一つ漏らすのです。


 自らはオートマントで雨を凌ぎつつ、傘を差す乙型に対して、手下ではあるがそれ以上にファミリーである以上、最優先は自分を設定するように選択するのが、自分の望む手下だ、と乙型の頭を撫でながら釘を刺すジロー。


 これこれ、製作者までロボット三原則を無視すんな?


 しかし、この行為は乙型に理解不能なモーターの高鳴りを引き起こします。


 この原因不明のモーターの異常がなんなのか理解出来ない乙型は、人間の医学書で確認しますが、人間にはモーターなど搭載されていませんから、当然モーター異常も記載されていません。


 AIに関係する異常であるということは想像出来ても、具体的に何が原因なのかが特定出来ない乙型はこれは故障であるとみなします。


 『ロールアウトからたったの一週間で故障』という、サンデー的にはドジっ子ロボのビッグネームである初代ミソッカスでも達成出来なかった記録を打ち立てた自らのポンコツっぷりを呪いつつ、ジローからのメンテナンスを受けることが最良の手段だろう、という結論を下す乙型。


 しかし、思わぬところから原因が判明します。


 乙型に掃除を手伝って欲しい、と乙型を探していたキョーコにパシらされたジローが姿を現したその時、再びあのモーターの異常回転が発生したのです。


 主を見て異常が発生するというのでは家政婦ロボとしての役割など果たせようもない、とばかりに心眼を開くべく幕末期に名を馳せた、琉球王家伝来の暗殺術を得意とする盲目の殺し屋を思わせる目隠しをする乙型。


 しかし、仙術使いでもそれなりの修行を積まない限り開眼などしない心眼です。もし乙型が男性型ならば、一朝一夕に開眼するようなら苦労はしない、と帖佐理来さんが蹴り入れるに違いありません。


 ソナーによるセンサーといった機能でも搭載していれば話は別でしょうが、良くも悪くも人間並に出来ているという、サンデー的には『よく出来てるなぁ』『よく出来てるでしょう』という会話で締めたくなる乙型はあちこちにぶつかった末、何かの遊びをやっているのか、と尋ねるジローを突き飛ばしてしまいます。


 思わずティンベーとローチンを装備してしまう乙型ですが、設計されている以上のことが出来ない以上、心眼に目覚めるといういちかばちかの方法に頼ろうとするのではなく、自らに搭載された機能をフルに活用してこの不具合を解消しようと試みます。


 その甲斐あってか、「ジロー様お茶です」ジローにお茶を出すことに成功しました。


 しかし、さながらからくりサーカスに登場する自動人形のように腕を蛇腹状に伸ばして3mほど先のジローにお茶を出す、という不自然極まりない行動に出た乙型に疑問を隠せないジローが何気ない所作で盆の上に乗せたお茶を渡そうとする乙型の手に触れたところで限界がきました。


 慌てて熱々のお茶をジローにぶちまける、という失敗を犯してしまい、これではジローに仕えることが出来なくなる、と打ちひしがれる乙型。


 一週間の間で見せ付けていた優秀さとは嘘のようにかけ離れた数々の奇行と、その落ち込み具合を心配に思ったのでしょう……ロードショーの『となりのカイザー』とドロドロの恋愛ドラマでチャンネル争いを繰り広げていたキョーコとエーコは揃ってジローにメンテナンスを受けることを提案します。


 その言葉に従い、ジローの自室に向かう乙型。


 しかし、そのAIにはノイズにも似た躊躇いが走ります。


 確かにジローのメンテナンスを受ければこの数々の不調は治るだろうことは理解出来る。


 理解出来てはいても、この高鳴りがなくなるのは嫌だ―― そう思い、ドアをノックすることを躊躇う乙型でしたが、ドアの方から開きます。


 外から感じる気配を不審に思い、ジローの方から扉を開いたのです。


 喜びと躊躇いとが入り混じる表情で俯かせていた視線を引き上げる乙型ですが、床からジローの顔に至るその途中にあるものが乙型の視線を固定します。


 入浴後、まごう事なき全裸で涼んでいたジローの将来は、まず間違いなく「全裸でうろつくな!」とキョーコや娘の怒りを買うであろうことを確信させるに至るのですが、将来ではなく現在、その途中にぶら下がるものが決定打になり、乙型は熱暴走を引き起こしてしまうのです。


 ダウンした意識が回復した乙型の目に映るのは、ロールアウトしたときと同様の雑然とした室内と部屋の主であるジローの姿。


 行動がおかしくなっていた原因である悪くなっていたところを取り替えておいたから安定するだろう、と告げるジローの言葉に、『これでちゃんとジロー様に―― お仕えできる―― 』安心する乙型。


 しかし、安堵とは裏腹に零れ落ちる涙。


 無くしてしまったと知って、初めてその『感情』こそが何よりも優先したい、大切なものである、と悟った乙型は「戻して…ください!あれは…私の…」ジローに縋りつき、涙を流すのです。


 …………情緒面ではマシン番長の域を大きく越えたようです。


 突然縋りつき、戻して欲しい、と訴える乙型の行動に困惑しつつ、悪くなっていたのは熱で悪くなっていたヒューズであり、そこを交換しただけだ、と返すジロー。


 AIは専門外だし、強引に変えてしまって壊してしまうのも避けたいところなのでしょう、そう述べるジローは、抱きつく乙型の頭を撫でてそろそろ開放してくれ、と訴えるのですが、なかなかに恥ずかしい、と訴えたジローに対して乙型は照れ隠しのように掌底を打ち込んで返すのです。


 渡家の屋根を破壊してジローを天高く舞わせた乙型は、ジローが残してくれたモーターの高鳴りを大切にする、と赤面しながら謝辞を述べるのですが……ジローの言いつけ通りに、優先順位をジロー自身よりも上位に置いてしまったことによって、肝心のジローにクリティカルヒットを叩き込んでしまう、という本末転倒振りには気付いていないようなのでした。


 そして翌日、登校する二人を元気よく送り出す乙型に、すっかり調子を取り戻したようだ、とエーコは微笑みかけるのですが、ともに渡家の留守を預かるニートに対して「いえ、全然ダメです!」朗らかに微笑み返す乙型。


 その箒を持たない側の手には、カメラを睨みつけるジローの写真が一葉握られているのでした。












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