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『RED 〜LIVING ON THE EDGE』二次小説〜ORENGE




「―― なんして?なんして俺(おい)がアメリカやら行かなならんとか?!」
 伊東雄簾治22歳。自慢やなかバッテンが、現在無職 ―― 正直、地元のオバチャン連中の視線に晒されるのが苦痛だけん『こげななんもない田舎やら出たか』とも思うちょった。
 ……バッテンが、突然「そげんテレテレしとるとやったら、アメリカに行かんや」ち言われたら、そうも言いたくなる。

「ひい爺さんの遺言タイ!ホントのことを言うたら遺言を聞いた爺さまか俺が行かんばならん、ち思うとったバッテンが、爺さまは十年前に死んどるし、ウチには暇やらなかけんの。暇なモンが行った方がよかろうが!」
 焼酎の入ったコップを開けて親父が言う。

 言うように、親父には確かに暇はない。葦北の海岸近くを走る国道に面したこん床屋を、お袋と二人で切り盛りしよる親父がそれなりに長い休みを取ってアメリカにやら行こうとしたら、近所の連中にそれこそ何をいわれるか判ったものじゃあなか。
 しょんなか―― 諦めて呟く。
「……遺言ち、アメリカに何ばし残したつか、ひい爺さんは」

「そいは判らん。バッテンが―――― よっぽどの心残りのあったとやろうな」
 俺の呟きに答えて、親父は床の間に向けて振り返る。

 床の間には、もはやその本来の役目を果たす事はない、黒光りする古ぼけた家宝が立てかけられていた。


 RED LIVING ON THE EDGE 二次小説






 〜ORENGE〜出会い、生まれる色



「……れ、レッ…ド?」
 赤い荒野に、異口同音の声が流れた。

 元からの赤味に加え、流された大量の血を吸った事で更に赤味を増したラコタの聖地に横たわるのは二つの遺骸。

 その名の如く総身を夕陽よりもなお赤い朱に染めた平原部族と、陸軍の証である青褪めた制服を纏った生まれ定かならぬ白人の、二つの骸。
 その凄惨な様に、そして、満身創痍になりながらも辿り付いたそこに、求めていたものがないことを悟ったことで、沈黙が生れ落ちる。
「……遅かったな」
 降り積もるかのような沈黙を破ったのは、残された者達の中でも人一倍小さな者だった。 
「レッドは言ってたぜ、『話したいことが山ほどあった』ってよ」
 立つ事すらままならない―― いや、胸を撃ち抜かれ、生きていること自体が奇跡とも言える細い息の下から、巨体の黒人に抱えられた小さな『最後のアパッチ』は日本人を睨みつける。
「何よりも!誰よりも!お前に話したいことが山ほどあるって言ってたのに、どうして間にあわねぇんだ!」
「ち…チリカちゃん」
 もう一人の黒人―― 西部きってのお尋ね者だった“ライトニング”ベイカーが遠慮気味にそう嗜める通り、『間に合わなかった』ということは間違いだ、ということは、チリカにも判っていた。
 日本人の放った一発の銃弾がなければ、この場に横たわっていた死体の数と種類に大きな変動があったことは間違いない。


 しかし、ウィシャ族最後の長としてこの長い復讐の戦いに臨み、文字通りの《死闘》の果てに復讐を果たしたレッドがその死に際して誰よりも―― 死を賭してレッドの下に駆けつけたもう一人の『最後のウィシャ』であるスカーレットよりも、ウィシャの滅びとともに喪った親友(コラ)・オセオラよりも、その声を望んだのは、日本人の親友であったことも間違いない。

 虚しいと知りつつも、その遣る瀬無さが、チリカを憤らせ、弱々しいながらも強い叫びを上げさせていた。

「そぎゃんやな―――― 確かに、間にあわんかった」
 その叫びに矮躯の日本人―― 伊東伊衛郎は力なく応じる。
「俺(おい)は、また友に置いて行かれッしもうた。また、友にあぎゃん悔しげな―― 悔しさで張り裂くるごたる顔であの世に行かれッしもうた、ちゅうこつか」
 双眸から滲む涙を拭う事なく、レッドの遺体の傍らに座り込む伊衛郎。

 その胸の上に横たわる愛銃―― S&W M03A7“HATE SONG”も、その銃身に取り付けられた長大なナイフも赤黒い血に塗れ、ここで繰り広げられた凄惨な戦いを物語っている。
 愛しむ様に友の愛銃を撫でる伊衛郎の瞳に、決意を帯びた光が宿った。
「バッテンが……一人では行かさん」

 超重量を誇る“HATE SONG”が持ち上げられる。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
 お調子者の黒人の声が響く。
「何考えてやがるんだッ、テメエッ!」
「やめて、おじさま!」
 最後のアパッチと最後のウィシャもまた、逆手に握られた“HATE SONG”の銃身に秘められた意図を察して声を張り上げる。

 その三つの制止の声に応えるかのような、寂しげな微笑みが伊衛郎の表情に宿っていた。

「俺(おい)は死に場所を探しちょった。
 ……友の―― 幼馴染み達ん死に様に怖気づいてしもうた自分を殺しとうしてならんでメリケンに来て……バッテンが、死にきれんまま、臆病モンとして生き恥を晒して生き続けっしもうて――――結局、最後の友までも失うてしもうた」
 溜め息。そして、続ける。
「そいも……二人じゃ。日本から一緒に逃げてきた古か友と、生き恥を晒し続けてきた俺にサムライん誇りば思い出さしちくれた親友(とも)……どっちもこん戦いでおらんなっしもうた。もう、俺の生くる場所は――どこさんなか(どこにもない)
 諸肌をはだけ、諦観に満ちた息をつく。
「だけん……もうよか」
 覚悟は出来ていた。
 伊衛郎は強く息を吸い込み――亡き友の形見の刃を振り上げ――――――















パカぁ!
















 乾いた音が響いた。
 僅かな痛みを伴ったその軽快な音に伊衛郎は思わず振り返り、
「あ……アニー…ど、の?」呆然と呟く。

 血と泥、そして埃に塗れてもなお整ったその表情を大粒の涙に浮かべる金髪の娼婦――アンジーことアニー・ホワイトナイトは力強い眼差しとともに伊衛郎を責め立てる。
「なぁにが『だけん……もうよか』よ――勝手なこと……言ってるんじゃないわよ」
 拳と同じく、声に力はない。
 だが、力なくよろめきながら放った拳は如何なる銃弾よりも伊衛郎に衝撃を与え、伊衛郎が振り上げた両腕の行き場を喪わせるには充分だった。
「大体あんた言ったでしょ?『目になってもらわんばならん』って……用が済んだらその目だけを置いてくたばろうだなんて虫が良すぎるにも程があるってもんでしょうが」
「バ…バッテンが、俺ん目は――――」
「あー、もー、うーるーさーいー!グダグダ勝手なことを言わないで男らしく責任とんなさいよ!」
 反論を有無を言わせずに封じ込め、アニーは伊衛郎へと力尽きたかのように倒れ込む。
「せ、責任っち何がか!?」
「……うるさい」
 倒れ込むアニーを抱き留めつつ伊衛郎は返すが、戸惑い混じりの言葉を呟き一つで封じ込めたアニーは、伊衛郎を不満そうに睨めつけていたその目を安堵の形で閉じ、続けた。
「大体さ……私だってレッドと一緒に死ぬつもりでいたのに、あんたが『目になってくれ』なんて言うから死にそびれちゃったじゃないの。こーなったら、これからあんたが見るもの全部一緒に見せてもらうからね。また死のうだなんてしようモンなら、容赦なくぶっ飛ばすわよ」
「み、見るもん全部ち……言うこつは……」
 添い遂げる――――婉曲な言葉の裏に隠されたその意図に困惑する伊衛郎とは対象的に、閉じた瞼に涙を滲ませたアニーは照れを隠すかのように「どーでもいいでしょ、そんなことは」ぶっきらぼうに言い切る。
 閉じた瞼を開き、真っ直ぐに見つめるのは、血塗れの身体を紅い大地に横たえたもう一人の“本気で惚れた男”の姿。
 押し寄せる悲しみを奥歯で殺し、アニーは伊衛郎に体を預けたままの姿勢で言う。
「こーして生き残ってしまった以上、レッドの分も生きなきゃ割に合わないわ――――――レッドの分も生きて、世界を目に焼き付けて、あの世で遭った時に精一杯悔しがらせてやるんだからね」
 振り絞るかのように言った言葉は、涙とともに赤い大地に落ち、染み渡る。
 赤い大地は夕陽と血に染まり、より一層のその赤みを増していた。


 * * *


 かつて血と涙を吸い込んだ赤い大地を駆けてくるのは、白髪の少年。
「イエロ――!!イエローなんだね!!」
 バファローの群れをすり抜けて、二匹の狼の仔を伴って――――
「いや………イエローは俺の………」日本人の戸惑いなどお構いなしに、無垢な笑顔で駆けて来る。
「ずぅ―――っと話を聞いてきた!!ずぅ―――っと会いたかった!!」
 初めて出会ったはずのその少年に、「あ………あれ……なんして……涙の……」日本人――伊東雄簾治――の目から溢れる涙は止め処なく。
「だからさイエロー!!俺さ!!話したいことが山ほどあるんだ!!」
 溢れんばかりの言葉を矢継ぎ早に繰り出す源は、待ち続けた者の“魂”の記憶。
 涙を溢れさせるのは、世界を巡り、受け継がれた二人の“目”の記憶。



 かつて赤い大地に立ち、そして再び海を渡った黄色い肌の日本人の裔と、安息の地を求めて旅を続けてきた赤い太陽(ウィシャ)の子の“今再びの出会い”を祝するかのように、太陽は高く照り続けていた。



オレンジ――――その名は赤と黄色が交じり合い、生まれる色の名――――







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