FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート8








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第69話◆


「花の都大東京♪ばーい!」


「エーコさんが!!エーコさんが東京行きたいのに!!」


 そんな駄々こねるニートの叫びをスルーして、東京の親類の方のところへとお届けものを届けることになったジローとサブロー。


 多分恐らく『エーコじゃ遊んで任務を忘れる』という大姉上の判断があったに違いありませんが……東京に到着したジロー達の大騒ぎっぷりから考えるに、ジロー達でも大差ありません。


 でも、確かに10年以上前に就活で一度だけ行った東京のコーラは別の意味で一味違いました。


 当時はすっかり350ml缶が主流だと言うのに、250mlしかないというのはどーゆーことだコラ?!


 九州の田舎モン舐めんな?




 ちなみに埼玉では350mlでした。




 それはさて置き、三度地下鉄の乗り換えを間違ってようやく到着した目的地でジロー達を迎えるのはジローの祖父の妹の大貫シズエバーちゃん。


 『最後に見たのはこげんか小さか時』と指で1cmほどの大きさを示すシズエバーちゃん―― 流石は悪の組織。子供は科学的に試験管で生まれるようです(大嘘)。


 予定の時間から大幅に遅れたことで、乗り換えに手間取ったことを見切っているのでしょう、疲れただろう、と二人を迎え入れるシズエバーちゃんですが、そのアパートの一室は一昨年に連れ合いに先立たれたシズエバーちゃんが一人で住むにはやけに広く、閑散としています。


 地元ではご近所の老人の皆さんに囲まれて過ごしたからでしょう、気になって尋ねるジローに対して、それでも友達もいるし、楽しくやっている、と笑って返すシズエバーちゃんですが、そんな流れを無視してサブローは冷蔵庫を漁ってアイスを発見します。


 高校生だし自重しろサブロー、と指摘するジローですが、サブローも負けずに飛び級で高校生になっているけど、本来ならば 13歳の中学生でまだまだ子供の部類なんだから遠慮する必要はない、と主張するのですが―― むしろ悪の組織的には年齢詐称の方が相応しくないか、とツッコミ入れたいところです。


 ですが、ツッコミの変わりに入ったのは、エーコのフルスイングよりも痛いシズエバーちゃんの拳骨。


 組織の人間が暴れたら家が壊れる、と放った容赦ない一撃の後に、いい笑顔で二人をカキ氷屋に誘うバーちゃんに、老人には優しく、という思考が染み付いたジローは自分はアイスを取り合って暴れていたのではなく、サブローに遠慮と常識を叩き込もうとしていただけなのだ、と弁解しようとするのですが、そんな弁明も強引なシズエバーちゃんと遠慮を知らないサブローの前には無力。


 あー、やっぱり阿久野の女だわ、このバーちゃんも。


 そんなこんなで白玉小倉練乳がけをご馳走になったジローですが、その第一の感想として『キョーコやエーコに食わせてやりたかった』と女性に対する服従回路(イエッサー)が備わっていることを示し、サブローの「うん、兄さんが頭のまったく上がらん人ばい」の一言で追認したことで、シズエバーちゃんは一計を案じます。




 すなわち、東京案内とともにジローに女性の扱いのレクチャーを行う、という、実に阿久野の女入った計画に、煽られてものの見事に乗せられたジローは、サブローとともにカキ氷を掻きこんでいざ東京見物へ!!


 移動の電車は痴漢防止のためにも女性を窓側へ。


 置換、と間違えるジローのボケはスルーされますが、護衛対象のキョーコの方が強いので問題なかろう、と思わざるを得ないのは、やはり一年半の連載の中で読者は訓練されてきている、ということの証明なのでしょうか?


 浅草寺のおみくじでは大人気なくレディファーストを主張して、やはり阿久野の女という血統の確かさを知らしめたシズエバーちゃんは、秋葉原の電気街で興奮するジローに後継者がきちんと出来るのか、という意味合いで組織の将来を不安がるのですが、そのサポート役であるはずのサブローは電気街を押しのけて秋葉原のメインストリームを形成している文化に捕らわれかけるという、もっと不安な姿を見せているのです。


 今ならまだ間に合うッ!引き返せッ!!


 もちろん、フィギュア部に黄村曰く『有望な後輩』がいることが曰くありげに示唆されていた部分から鑑みるに、手遅れになることはほぼ確定的です。


 まぁ、将来の大首領と大幹部のオタ気質もまた判りきっていることなので、サブローが多少手遅れになろうとも環境的には変わりないでしょうが。


 学生二人が役立たずになりながらも、道を尋ねてきた外人さんにしっかり応対して、やってきたのは新東京名物となるスカイツリー!


 愛称『むさし』の名の通り、完成の暁には634mもの高さになるこの巨大タワーに、ジロー達はただただ圧倒されるばかり。


 しかし、シズエバーちゃんはちょっと残念そうに「いやでも高いねェ!上まで登ってみたいもんだけど…完成より先にあたしが持たないかもだね」呟きます。


 新しい物が出来れば、古い物はお役御免。東京タワーも名所としての名と電波塔としての機能も譲ることになる―― 古い時代の人間として感じる寂寞の念。


 ですが、「と、いうわけで…」バーちゃんただでは起きません。「登るの手伝ってくれないかい?」


 建設途中とはいえ、今でもなお高さは399mと東京タワーを大幅に超えるもの。当然関係者以外立ち入り禁止である以上、登るには外の鉄骨をよじ登る以外ありません。


 かくしてオートマントを駆使してシズエバーちゃんを抱えつつ外壁を伝ってよじ登るジロー。忍者だけに高いところが好きそうな(偏見)サブローですらもタマが縮むこの高さを登攀するのは骨が折れることではありましたが、バーちゃんの笑顔を見ることが出来てジローもサブローも満足!


 だからこそ、かつては東京タワーの上で戦ったこともあるというバーちゃんの老いを感じさせる一言だけは許さないのです。


 そんな弱気でどうする。完成した時に案内してもらう、という大事な役目があるだろう。第一まだまだ案内してほしい場所はあるし、エスコート術の伝授もまだまだ途中―― そう訴える馬鹿兄弟の言葉に、バーちゃんは呵呵大笑するのでした。


 しかし、その笑いが呼び寄せたのではないでしょうが、屋上にやってきたのは現場監督と思しき作業服の男。


 見回り中に見つけた不審者に、誰何の声を挙げる監督ですが、対応が面倒だ、とみなしたシズエバーちゃんの行動はあまりにシンプルでした。


 ひょい、と宙に身を躍らせるとともに軽い身ごなしで鉄骨を蹴って速攻退場。


「あんたらも逃げんねー。 つかまったら怒られるばい」


 しかし、高さにビビるヘタレ兄弟はバーちゃんと同じようには行きません。


 何とか逃げようとするものの、地上に繋がる出口はたった一つで、そこは当然通行止め。


 結局、二人はとっつかまってこっぴどく叱られるのでした。


 用事も済んで帰宅した二人。


 脳天にいまだに残るたんこぶ作って放免となった二人に、かつて最強の幹部だったというシズエバーちゃんの過去を語るエーコ。


 確かに現在68歳のシズエバーちゃんが現役バリバリだった60年代と言えば、警視庁捜査8課の男やら、孤高のロンリーヒーローやらが冷戦の暗闘華やかなりし頃の悪の組織と死闘を繰り広げていた時代。家族経営の悪の組織であっても勢力維持するためには相当の実力がなければやっていけません。


 昔取った杵柄をしっかり見せ付けられたジロー達。あまりの忙しい展開に振り回されて、エーコたちへの土産を忘れていたことで、代々女性の強い組織であるキルゼムオールの恐ろしさを、今度は現役世代のニートによってきっちり刻み込まれるのでした。




第70話◆開かずの間で2人


「ウチのセキュリティは完璧です」




 いつもの三人に、乙型を加えた面子で遊びに行ってたユキさん家で、閉じ込められたジローとキョーコ。


 以前ジローの侵入を許したという雪辱に静かに燃える新見さんの過剰なまでのセキュリティ態勢はやたら万全で、一度閉じ込められたらおいそれと抜けることは出来ない―― 乙型に対して行った指紋認証システムの実演を経て、設定したはずの新見さんもまたついうっかり閉じ込められてしまうレベルの警備態勢を前に、オートマントを没収されたジローには何も出来ません。


 頼みの乙型は同じメイドとしての有能さを見せ付け、上空から侵入しようとしていたシズカをエビフライ縛りで拘束した新見さんに心酔しまっており、救出もままならず、緑川アキユキという、作品知らない人だったら多分一人と思い込んでしまいそうな括られ方をした(←確信犯)三人もまた、ジロー達とは別口でセキュリティの餌食になって拘束中。


 新見さん……ドジっ子とかいう生易しい話じゃありません。


 何はともあれ、仙術使いならいざ知らず、道具もなければ携帯電話も繋がらないとなっては、救出を待つより他にないという状況の中、暇を持て余すあまり、場を繋ぐためになら、ジローに襲い掛かられるのもやむなし、だって撃破出来るし―― となかなか物騒な発想に至ったキョーコは、一つの発想に思い至ります。


 改造後にはどうなるのだろう?


 改造、改造と言い続けてきたジローではあるけれど、『その後』という部分は説明されないまま不透明。その曖昧さが、いつ助けがくるのかがはっきりしない、という現在の不安、そして、もう一つの漠たる不安と重なったキョーコはあくまで過程の話、と前置きした上で尋ねるのです。


「でも改造してポンコツだったら? やっぱそこでお払い箱?


 結構アレなアイテムやら、制御しきれないアイテムなども見受けられたこともあり、確かに気になる話題。


 キョーコのちょっと真剣な眼差しに、確かに怪人の役目は正義のヤツと戦うことだ。だからポンコツなら解雇。当然だな」ジローもまっすぐ受け答え。


 しかし、アレだけポンコツな発言繰り返してる乙型がプログラム書き換えられることもないまましっかり働いている、という事実があるあたり、その辺りの匙加減は結構ユルいと思われます。


 回答を出しはしたものの、唐突に尋ねられては何が何やら判らない、とばかりに尋ね返すジローに対してキョーコの出した答えはもう一つの不安―― すなわち将来への不安でした。


 アキやユキのように打ち込んでいるものもないし、ジローのように継ぐ家業もない。モラトリアム、と言えば聞こえはいいけど、悪く言えば先送りでダラダラ過ごすだけ―― それではいけない、という思いが微かにあったことが質問の理由でした。


 ……ニートは立派に反面教師になっているようです


 しかし、キョーコの明かした理由に対して、ジローはキョーコにとって意外な答えで返すのです。


「だがお前の作るメシはすごくうまいではないか。 あれは一生食いたいぞ?」


 何度目の無自覚プロポーズだ、これはッ!?


 読者的には必然の回答とはいえ、キョーコにとってはあくまで意外。もしかしてわざとやってんじゃないだろうな、と疑いつつ、こっくりさんでその場を誤魔化すことは出来たものの、10円玉が勝手に動く、という不可思議な現象に対する驚きも、持続するのはせいぜい二時間がやっと。


 高校時代の音楽の時間に暇持て余してやった俺が言うのです、間違いありません(←勉強せぇや学生)。


 勉強の手を抜いてたことが響いている読者の過ちは兎に角として、その二時間の時を経てキョーコの元に誤魔化すことが出来ないものがやってきます。


 その名も生けとし生けるものならば逃れることが出来ない生理現象。


 犬ならば遠慮なく吠えたたて散歩を要求することが出来ますが、キョーコも生物学的には女性の端くれに片足を辛うじて乗っけているだけあって、流石に異性であるジローの前で主張は出来ませんし、漏らすことなどもっての他!


 出来ることと言えば、嫌な脂汗を掻いて我慢することくらいです。


 ですが、我慢もそろそろ臨界点へと差し掛かってくる―― といったところでようやく救出部隊がやってくるのですが、若い男女が密室で二人きり、というシチュエーションは救出部隊を率いるユキにとって、即売会で入手しまくったピンク色の妄想力を掻き立てるには充分過ぎる舞台でした。


「若い男女が2人きりでやることはひとつですね」 「……おすもう?」


 比喩的には正解を口にした乙型はスルーされますが、救出部隊はここで一つの結論を導き出します。


「もすこしそっとしとこーか」「ご休憩を30分延長でよろしいですか?」


 切迫している状況だというのに、よりにもよって救出部隊によって絶望に叩き落されたキョーコは抗議するのですが、その抗議も年がら年中ピンク色のフィルターがかかっているユキには通用しません。


 つーか、真っ最中ではもっと慌てます。


 しかし、限界を突破しようとしていたキョーコの耳に飛び込む「いいから開けろ!!もらすぞこれは!!」ジローの声。


 既に知られていたのか、と羞恥で真っ赤になるキョーコでしたが、「もう限界だぞ!!オレは!!」まったくそのような素振りを見せることなく続けて声を張り上げるジローに、羞恥の思いは掻き消えました。


 かばってくれた、という思いがキョーコの胸中に広がるよりも早く抱え上げ、『トイレまでの道案内』と称してそのまま開け放たれた扉から脱兎の如く駆けていくジロー。


 悔しいけれど、こういう時には絶対に助けてくれる―― そう意識しようとしている自分を必死になだめるキョーコですが、なだめようとすればするほど意識は強まっていくと言うのが世の中の常。


「しかし意地っ張りなのはお前の悪いところだな。 そこは直さないと将来不安だぞ?


 まァ、そこがお前のかわいいところではあるがな


 はい、また無自覚にラブコメりました。


 意識が強まったところでの再び食らった意識の外からの一撃。


 K.O.には充分過ぎる破壊力を秘めたその一撃にやられ、その日一日ポンコツになるキョーコ。


 仮面のロンリーヒーローのコスプレに着替えさせられても、ユキの追及を受けても、精神的に抜け殻となったキョーコにはほとんど意味を成さないのでした。




第71話◆丹沢に星は降るなり


「よし、それじゃあみんなで星を見に行くか」




「ジローさん、星って興味あります?」


 昼休み、シズカのその問いに頷くジロー。


 軌道上に攻撃衛星を配し、いついかなる時もこの星を支配すると言う野望を忘れないキルゼムオールの次期首領としては当然の回答です。


 ですが、シズカは正義としては聞き逃してはならないはずのそんなジローの野望に満ちた言葉をあっさりスルーすると本題に入ります。


 一昨日降った雨のせいで、自宅の屋根には大穴が開いてしまったけれど、そのお陰で自宅では今星が綺麗に見えており、実にロマンチック。その光景をともに味わって欲しいので「星なら丹沢にいい星見スポットがあるぞ」―― 家族すらもステルス対象にしてジローを誘おうとしたシズカの言葉を遮って登場したのは最近緑谷以上に影が薄い青木と赤城会長。


 ステルス機能を解除して登場した青木に遮られた上に、赤城会長の追撃もあって、ジローを招待すると言う野望はあっさり潰えたシズカの落胆っぷりは歴史に残るものではありましたが、彼らが望むものは後世の歴史家による記録ではなく、仲間で共有出来る記憶!


 というわけで、丹沢山中に星を見に行く一行なのですが、星空観賞のスポットだけあって街灯一つない山道は、キョーコにとって恐怖の対象以外の何者でもありません。


 何もないところに怯え、自ら踏み折った小枝の音にビビッてユキに抱きつくほどのビビりっぷりを発揮します。


 ……つか、まだ生きてたんだ……あの『幽霊に弱い』って設定。


 いつぞやの温泉では残留思念宿してた人と同一人物とは思えません。


 そんな今思い出したかのような弱点など弱点と認めない、とばかりに「抱きつくならジローくんになさい」とそっけなく返すユキ。この暗闇の中でジローとキョーコをつがわせたい、という世話焼きババァの目論見とは裏腹にスキンシップなど夢のまた夢の行動しか取らない、という苛立ちがそのそっけなさを生み出しているのかもしれませんが、一方のジローはジローで暗闇の中で足を滑らせたシズカを助け起こすというJKKの皆さん的には失点でしかないポイントを重ねます。


 この状況を打破するためにももっと光を!!


 ゲーテを思わせる一言で、まずはせめてポンコツなキョーコをどうにかしなければ―― と思った矢先「ぼあ――!!」闇から浮かび上がる異形の影が、光の中から現れるのです。


 その正体はズボンを頭に被った黄村でしたが、暗闇によって根源的な恐怖を掻き立てられたキョーコにはその正体が人間だろうとそれ以外の何かであろうと関係ありません。


 恐怖に任せて掴んだままのユキの腰をさらに締め付け、破壊したその技は少林寺七十二芸の一つ玉帯功!


 武闘派ヒロインとしての面目躍如を果たした勢いそのままに、手近な枯れ枝引っつかみ、怪異を撃ち払わんとご乱心!


 静かな森は大騒ぎです。


 正気を取り戻させるためには明るくなればいい、とジローが取り出したキタカZ太陽によってキョーコは切腹を免れたものの、目的地に到着してからはその明るさはむしろ邪魔。


 本来の効果である脱衣効果を発揮せぬままお役御免となったキタカZ太陽にそこはかとない寂しさを覚える読者はさて置いて、人工太陽の強い光が消えた山の空は、溺れそうなまでの星の海。


 ジローのような自然に溢れた場所で育った者ならいざ知らず、この圧倒的な星空に都会育ちの一同はただただ絶句するばかり。


 カップルがたまに来るぐらいで人の手が入っていないこともあって、余計な光がない分星の明かりが際立つ、と説明する青木に、アキはただただ感心するのですが、「……盗撮とかしてないよね?」ユキは青木を笑顔で問い詰めます。


 いや、クリスマスのときに未認可で撮影されてたアキのことを、少しは思い出して欲しいんだ?


 ともあれ、星空をフレームに収める青木以外の面々は草むらに寝そべって星を眺めつつ、会話に耽ります。


 星座はわからないけれど、のんびり星を眺めるのも悪くない―― でもオリオン座ぐらいは知っておこうや、キョーコさん。


 俺は星空見てるぞ、UFOいねーかと思って―― 黄村のその言葉にジローとユキも賛同しますが……それ星空じゃないから。


 しかし、その会話の流れからUFO召喚の呪文を唱えた矢先に天空を流れる一筋の輝き。


「ゆっ…UFOやあああ!!」「まっ…まさか今の呪文で…!! オレ…神!?」「ムーに投稿しなきゃ!!」


 何だかいろいろ大騒ぎですが、当然これは流れ星。


 ちょっぴり感動するキョーコの言葉に、普段は見えないだけで、実際はかなりの数が降っている、と応じる青木の言葉、そして、「ウチの屋根早く直りますよーに、と」星に切実な願いを託すシズカの言葉から、今度は流れ星に願いを叶える時間。「じゃあ緑谷は大声で言え!!罰ゲームだ!」クラスが変わったにもかかわらず、ユキさん家にお呼ばれされるという待遇に腹を立てた準レギュラー予備軍の怒りの槍玉に上がった緑谷の抗議の声も虚しく、星は再び流れます。


『女!女!女!!』『県大会突破!素敵な彼氏!あと…』『大学合格大学合格大学合格!』『プリン食べても太らずすっきり』


 敢えて色を変えずとも、誰の願いなのかは一目瞭然な願いが渦巻く中、キョーコが願ったことは、


『願わくば、こんな楽しい日がずっと続きますように―――』


 連載の長期化――ではなく、ジローが帰ることによって一年足らずで終わりを迎えるであろうこの日々が、出来る限り長く続くこと。


 しかし、一方のジローの願いは「ん、いや願ってない」今のままでも充分楽しい日々を過ごしているし、そもそも願うべき野望は自らの手で掴むことがスジ。


 かっこいい一言に、シズカはただただ惚れるのですが、アキと青黄村は欲望まみれの自分を思い知らされて逆切れします。


 そんな彼らを制した赤城会長ですが―― その会長の願いは「ん?世界平和」シズカよりもはるかに正義に相応しいもの。


 いっそのこと、赤城会長が正義の戦隊起ち上げた方がいいと思うんだ、俺。


 ですが、そんな読者の思いは、緑谷を吊し上げに入ったことであっさりと否定されます。


 正義の戦隊起ち上げたとしても、多分まず間違いなく内ゲバで崩壊です。


 見逃した、と弁明する緑谷ですが、「次来たら言います!!つ、次! でもまた見逃すかも――」ほぼ意図的に見逃していることは明白。


 そんな緑谷に、天の神は罰を与えます。


「おおっ でかいな」


 流れるのはあまりに巨大な流れ星――多分ディングレイです。


 あれほどの大質量が落下しては、またツングースが壊滅してもおかしくありません。某アンゼロット様とか某はわわ巫女は一刻も早く柊蓮司を射出すべきです。


 しかし、ここで描かれるべきものはナイトウィザード達の死闘ではなく、一人の少年のなけなしの勇気!


 勇気を振り絞り、特大の流れ星―― というか、人工衛星か小惑星かに願いを掛ける緑谷。


「しっ… 東雲さんっ… とっ… もっと仲良くなりたい――!!」


 ですが、「じゃじゃーん!これが夜食でーす!」「やっほー!渡さんの手作りー!」その告白はジロー以外誰も聞いていませんでした。


 折角の勇気が空振りに終わり、落胆する緑谷がともに一同と合流するジローですが、その目に入るのは再び星に願いを掛けるキョーコの姿。


 流石の強欲っぷりに、悪の素養を窺い知るジローですが、キョーコとしてはこの願いは自分の願いではなく、ジローのための願いなので、強欲呼ばわりは心外極まりありません。


 かっこつけ病が直るように、と願ってやったんだから、少しは控えやがれ、というキョーコ。


 しかし、漢はいざと言うときかっこつけることが出来なきゃ漢じゃありません。


 理不尽な願いを押し付けられて、怒るジローとそんなジローをさらにいぢめるキョーコが「よーし、ジローのニンジン嫌いも治れ!」「くっ…!? ならばオレも!キョーコの貧しい胸をゼヒ―― 」別世界に入る中、愉快な仲間達は肉を取り合って修羅に入ります。


 ……静かな星空に似つかわしくない、大騒ぎはまだまだ続くのでした。






第72話◆姉上の婚活


『ううっ 二人になると緊張する…!頼むぞみな…!』




「私は子供好きなので―― そーですね、5人は子供欲しいですね?」


 唐突なキョーコの言葉に、驚愕するジロー。


 しかし、ジローの戸惑いお構いなしに宣言即実行という漢らしいプロセスを踏みに行くキョーコにエーコとアヤは大喝采。


 ……はい、当然これもアイテム絡みの行動です。


 と言う訳で、お見合いのために大牟田からわざわざ出てきたアヤのために開発した人間コントローラーの動作確認もうまく行き、後は実際にテンパリ屋のアヤを操ってこのお見合いを成功させるだけ!


 あーもう、しっかりモンなのに素ではテンパリよるっち、見合いげなせんでも引く手数多やろうに。それでも相手がおらんっちいうんなら俺がもろちゃる!


 と、思わず筑豊弁と筑後弁のチャンポンで取り乱した読者はさておいて、夢は“かわいいお嫁さん”なアヤはスタート時点からガッチガチ。おとーさんと見合い相手の先輩がお決まりの「あとは若い人たちで」の言葉を残して二人きりにされてしまっては、夢を実現させるために、という気負いからそのテンパリ具合もさらに増すと言うものです。


 悪の組織に属していながら日頃は銀行員、という釣書きの重要な突っ込み所をあっさりスルーして、見合い相手が繰り出してきた定番の『ご趣味は?』という質問に、ニートは小声でここが重要、とアドヴァイスを送ります。


 カラオケ、それも演歌が好きなアヤさんですが、それだけではイマイチ。もっとかわいく、かつインパクトのあるものを追加しないと印象には残らない!


 それじゃあ失敗するのも無理はない、とコントローラーのRボタンを押してうまくアピールポイントをでっち上げに入るニートですが 残念ながら、ニートのイメージする『かわいらしさ』は一味違いました。


 微妙な沈黙の後、「あ…そ、そうですかー!うん! 私もたまにダラダラしますよ!休みの日とかー!」空元気を総動員して凍りついた刻を動かす見合い相手ではありましたが、休日にだらける程度ではエーコの代名詞と言うに相応しいニートの共感を得ることなど適いません。


 


 銀行員であるアヤさんのイメージを叩き壊すニートの暴走に、「ジロ――!!お姉ちゃん黙らせろ!!」「応!!」流石に堪忍袋の緒が切れました。


 同じく堪忍袋の緒が切れていたアヤさんも、一旦席を外して完膚なきまでのエーコっぷりを示すニートに見切りをつけて、ジローを落としたキョーコの手腕に全てを掛けるのですが――   やはりキョーコも阿久野の血が入っているだけあって、変な価値観で構築されていました。


 再び引っ込んだ舞台裏で『それは違うだろ』とばかりに無言でアピールするアヤさんの微妙な視線に、危険さとミステリアスさをアピールすることが魅力に繋がる、と思い込んでいたキョーコは衝撃を受けます。


 いや、それ危険さじゃなくってただの危ない人だからっ!ミステリアスと言うよりはデンジャラスでしかないからっ!




 結局、最も無難にこの局面を乗り切れたのが、常識がないはずだったジローであったこと、そして、そのヒントをジローに与えたのが渡クラブの変態三人だったことは、確かに衝撃足りえますが、こちらとしては、常識植えつけようとしていたキョーコの常識自体がズレている部分を突っ込みたいところです。


 しかしそれ以上に「野球やサッカーは嫌い。中継でアニメ潰れるからという主張を曲げて折り合いつけにきた創造主の選択に驚きです。


 ですが、創造主のまさかの折り合いにもジローは微かな不満がありました。


 結婚ということは家族が増えるということ。それだったら自らを偽ってまでもこの場を取り繕うのではなく、全てを知ってもらう方が大事なのではないのか?


 そう主張するジローに対して、キョーコは全てを知ってもらうためにもまずこのお見合いを成功させることこそが重要なのだ。いきなり全てをさらけ出すのではなく、いい第一印象を与えることで徐々に自分を知ってもらう方がいい、と返します。


 そんなキョーコの言葉に、「大姉上は自分を偽らねばならないような人間ではないっ!!堂々としてればいいのだ!ジローは怒りを顕わにします。


 しかし、どこまでもまっすぐなジローと違い、大抵の人の心は複雑怪奇。いきなり全てを見せるのは勇気がいることな上、自分自身も戸惑っていることもあるのだから、自分にも準備期間が欲しいのだ、と返すキョーコ。


 そんな感じでいつもの如くに始まった痴話喧嘩。


 ですが、そんな悠長なことをしている暇はありませんでした。


「お姉ちゃんほったらかし」


 ニートに突っ込まれ、気付いたときには既に時遅し。


 隣の部屋では引っ繰り返った湯呑みを頭から被った見合い相手と、そのスーツを目を回しながら脱がそうとしているテンパリまくりのアヤの姿。


 どうやったらこのようなシチュエーションに持ち込めるのか、説明を聞いてもなかなか判りません。


 つーか、湯呑みのけろ。


 事ここに及んでは最早誤魔化しても恥の上塗り。それならば、とアヤは精一杯の言葉で謝ります。


 緊張してこれまで何度も見合いを潰してしまったこと。


 その失敗を繰り返したくなかったから、弟妹達にフォローをしてもらっていたこと。


 包み隠さず、裏もなく。全てを白状したアヤの言葉に、返ってきたのは「そーでしたか!実はボクも緊張しちゃってて辛かったんですよ! よかった!ボクだけじゃなくって!」意外な言葉。


 こんな形ばかりのお見合いじゃ判り合うにも限界がある。酒でも呑んで騒いで踊ればいいじゃん、とばかりにアヤ、そして未成年であるジローとキョーコを除いた関係者を誘って砕けた感じで打ち解けあおう、と提案する見合い相手の言葉に、アヤは頬を染めてこの日初めての笑顔を見せるのでした。


 そして戻った渡家で、案ずるより産むが易し、と全てをさらけ出すことでうまく行った、と主張するジローにキョーコはあれは結果論、どう転ぶか判らないんだから、鬼の首を取ったかのようにいうのはやめておけ、と受けますが、そのツッコミもそこそこに、家を出る姉に対する感慨に浸っているジローをいじる方に傾注します。


 家族が減るのは寂しいが、そうなったらオレが結婚して増やせばいいだけのこと―― と、二作連続しての長期のお見合い作品の主人公は相手を見るのですが……子作りの方法を知らないと言うのに増やそうとするのはちょっと無理があると思います。


 重婚は犯罪です。


 しかし、視線が合ってどことなく気まずくなる瞬間はあっという間に吹き飛びます。


 乙型が年長組の帰宅を告げたのです。


 乙型に背負われたアヤは頬を桜色に染め、上機嫌―――― とはいきません。


 酔いを半ば醒ますかのような涙が頬を伝っていたアヤさん。先ほどの『呑んで騒いで踊ればいいじゃん』という歌の文句そのままに、激しい絡み酒で掴みかけた未来の伴侶を逃してしまったのです。


 日頃のストレスをぶちまけちゃった結果、うまく行きかけた縁談をぶち壊してしまったアヤさんに、流石のエーコも飲酒禁止を言い渡し、全てをぶっちゃけるという行為の難しさを、改めて示すのでした。




 ……でも、絡み酒くらいなら俺なら何ぼでも付き合ってやるけどなぁ。


 一度ならず、二度三度……飽きるまでサシで呑みたいと思った読者が、ここにいるのでした。




第73話◆おっとっと夏だぜ


「そこで私から提案ー!」


 期末試験が終わり、馬鹿どもはすっかり死屍累々。


 危険ならぬ『試験が近づくと寝る』のライフパスを持つアキはもちろん、常に未来を見据えているからこそ日本史が苦手なジローと、本来ならば成績だけは優秀なはずなのに、透けブラのせいで集中力が透視能力の強化に向かってしまった黄村の三人の馬鹿どもは「つまりまったくダメだった、と」と、容赦なく傷口を抉りにきたキョーコを巻き込み、全てを諦めて後の祭りを開幕します。


 しかし、そんなショボい祭りなど待ち受ける本物の祭りの前には意味などありません。


 季節は夏!学生達の待ち望んだまごうことなき祭りの季節ッ!!


 夏休みと聞いて、スキップしながら来ました、とやってきた別クラスの三人も交え、夏休みへと気持ちを膨らませるいつもの仲間達。


 そんな中、ユキからの一つの提案がなされます。


「ジローくん家にみんなで行ってみない?」


 前年のキョーコの思い出話を聞くうちに、いいところだな、と思った都会育ちのユキさん。皆に特に予定がないというのなら、このメンバーで繰り出してみるのもいいかもしれない―― 夏休みをジローと過ごすことになるのはこれが最後になるのかもしれないのだから。


 一見すると友達思いという要素が強く見える発想からの計画に思えるのですが、これをきっかけに前回の旅行で結局進展なしだったキョーコとジローの仲を煽って進展させる、という底意があるのは読者的には見え見えです。


 自分やアキについてはどうするんだ、というツッコミを入れたくもなりますが、ユキの思惑とは別の角度からそこに気づいた漢がいました。


い、いや、ボクが意識しすぎなのかな? 九州まで旅行って… 日帰りじゃ無理ですよね?」


 去年の夏に策士っぷりを見せた緑谷の気付き、そして、脳内でフジイに炸裂するモーちゃんの千年殺しに戦慄する渡クラブの一同。


 


 思いも寄らぬ方向から降って湧いた女子とのお泊り旅行、という巨大なイベントに、自らの死亡フラグを認識する四人ですが、女子とのお泊りのためならば死へのカウントダウンが早まろうとも喜んで受け入れるのが漢というもの!


 高校生にはちょっと高すぎる四万円強という旅費という障害も、下心の前には無力です。


 しかし、下心というエンジンを搭載していようとも、燃料を獲得出来ない限りどうしようもないのが現実。


 旅行の予定が八月頭ならば、七月の十日ほどをバイトに明け暮れれば四万円くらいは軽い―― と、バイトを確保するために送った電話とメールと念の三種の電波も、似たようなことを考えている学生達が群がっている以上届くわけもありません。


 ですが、諦めもへこたれも出来ません。


 ある者は仲間との思い出を刻むため、ある者はジローを引き止めてあげる、という副次的な目的をも達成するため、またある者は星に誓った想いを実現するため、そして変態達はひと夏の思い出というチャンスを逃さないため―― 若者達はひたすらに駆けずり回るのです。


 とはいえ、現実は厳しく、容赦なく立ちはだかります。


 というか、10日ほどの短期バイトで4万強が最低ライン、という好条件がポンポン出るわけもありません。あったら欲しいわ


 打ちひしがれて、アキの実家のお好み焼き屋で失意のお好みパーティに入るいつもの八人は、それでも諦められらない、と最終手段を講じますが、青春18きっぷは片道だけで二日かかり、肝心の大牟田での時間がまるで取れない、とボツになり、ヒッチハイクは人数と時間、そして何より女子込みというメンバー構成上没にせざるを得ない。


 アイテムでどうにかならないか、という赤城会長の問いにも、資金難で苦労してきた上、ギャンブラーとニートが猛烈な勢いで資金を食い潰すという自転車操業な悪の組織のキルゼムオールのアイテムなので金儲けには向いていないことは明白です。


 テーブルに漂う手詰まり感に圧迫され、否定していた二つの意識が首をもたげたその時――「大将 今年は海の家やらないの?」やたら国際色の強い大将ことアキ親父に問う常連さんの声が彼らの耳に届きました。


「けっこーな稼ぎにはなるんだがなー。 今年はこっちで手いっぱいだ。 人手もねーしな」


 押し潰されそうな闇の中に突如現れた一筋の光明。


 バイトがないなら、バイトを作ればいいじゃない―― そう囁きかける心の中のマリー・アントワネットの言葉を後押しするかのように「だったらアキちゃんに海の家任せたら?」「女子高生の海の家 はやるぜー!」言葉を続ける常連二人。


 その言葉に、夏休みくらい遊びたいだろう、という親父の親心がブレーキとなりかけましたが、




 遊びのための仕事ならば、むしろ苦労もモチベーション!!


 明確な手段が見つかった以上、あとはやるだけ!


「かわいいメイドさんが基本!これ接客の常識!」「いーや、メイドはもう飽和気味。折角女子高生が売りなんだからスク水で押すのが男心をくすぐる」衣装について意見を戦わせ、


「お好み焼きメインだろ? うまく焼けるだろーか?」「大丈夫、コツさえつかめば。接客の方が大変ですよ」「シャワーにロッカー 貸しパラソル…けっこー仕事多いねー」「そこは担当決めてやんねーとな」業務内容を確認し、


「フム…立地は悪くない…が、宣伝は必須だろーな」「おお、なんか文化祭というヤツみたいだな」知恵を振り絞り、目標である『一人頭4万』というタスクを達成するための計画を練る仲間達。


 自らの軽い言葉がお泊り旅行の資金を稼がせるためのヒントになるという結果を招いたことに、そして、かわいい娘と仲良く計画を練りあう野郎どもの姿に嫉妬で打ち震えるアキ親父ではありますが、アキとユキの感謝の言葉にはめっきり弱く「はっはっはー!おじさん器デカいから!」コロリとやられて言いくるめられる。


 反対勢力を黙らせて、ひたすらに邁進する一同に、ジローの口から出たのは「しかし、自分達で店をやるとはな…! これだからお前達はおもしろい!」感心の一言。


 何言ってんの。その原動力になったのはあんたでしょ?あんたといるのは飽きないんだから、みんな多少の無茶もやっちゃうの。


 からかうように掛けられる、そんなキョーコの言葉に、赤面しながら反論するジローではありますが、あくまでその根底にあるのは喜びひとつ。


 照れ隠し気味に叫ぶジローに「よーしやるぞお前達!! 必ず成功させる!いいな!!」「お―――!?」少しばかりの戸惑いとともに、応じて叫ぶ仲間達!


 湘南の海に夏が来る。


 楽しい仲間を引き連れて、七月のみの海の家がやってくる。




 暑い夏は始まったばかりなのでした!






第74話◆みんなの海の家


「来たぞ!!海の家!!」




 輝く太陽 青い波♪ やっぱり欠かせぬ 海の家♪


 思わず節をつけてしまう当たり、管理人のおっさんっぷりは相当のものになってきたと自覚せざるを得ませんが、そんなおっさんでも心沸き立たせるのが夏の海!


 しかし、ジロー達は遊びに来たわけではありません。


 働く場所を求め、そして、九州は福岡・大牟田までの旅行資金を稼ぎ出すためにやってきたのです。


 必要な額は、少なく見積もっても7人全員で28万円強!タスクとしてはハードルが高いことに違いはありません。ましてや、隣近所にはセンスとノウハウに満ちた本業の海の家たちが林立しており、素人の高校生でしかない彼らには高い壁となって立ちはだかる―― これで不安を感じない人がいたら、不感症です。


「フ、臆するなお前ら。 あんな連中オレの力をもってすれば!!」


 いたよおい不感症。


 しかし、不感症に呆れる暇はありません。


 ジローの暴走を許しては、戦う前からタスクの達成はおぼつかない!早く阿久野を止めないと!!


 色めき立ち、止めに走るアキと三人の変態達でしたが、


「隣で店をやるものだ!よろしく頼む!」


 隣の海の家の店主に対したジローの手にあったのは“新名物 ぴよこ”。


 福岡県民のジローなだけに、東京に強奪された福岡銘菓そのものズバリを出すのは気が引けたと思しきパチモンくさい名前ですが、ご近所付き合いの仁義と誠意を示すには充分なもの。止めようとした四人をすっコケさせながらもお隣さんにしっかりと挨拶も終え、いざ開店となるのです。


 あ、それはそうと福岡人に東京土産だと偽ってひよこを贈ると結構な確率でマジ切れされます。東京の皆さん、ご注意ください(←その典型)。


 話がちょっと横道に逸れましたが、いざ開店してみると当初の心配もどこへやら。アキユキという綺麗どころに真正面から見たら裸エプロンにも見える(@『まごころ便』)と言う水着にエプロンという取り合わせもあいまって、海の家“なかつがわ”は引きも切らせぬ大繁盛!!


 盗撮で随時生産される水着写真の効果もあって、お客は増える一方です。


 しかし、厨房で働くキョーコの姿までも売り出した黄村と青木が、包丁持って襲い掛かったキョーコに殺害(死んでません)されたことによって人手が足りなくなったことも響いたのでしょう。徐々に注文を捌ききれなくなり、混乱し始める仲間達。


 赤城会長がその明晰な頭脳を駆使して辛うじてオーダーそのものを把握することは出来たのですが、頭脳だけがまともに働いたとしても、手足となって動くべきスタッフ一同が身動き取れないほどの客の入りでは結局のところ客の中から不満が出るのは火を見るより明らかです。


 そして、不満が出たときにこそ素人集団の崩壊は加速度的に増す―― そう思われた矢先でした。


「豚玉3つにネギ玉2つ――! ミックスと焼きそばはお前だな!? そっちイカ玉にウーロン茶!」


 オートマントを駆使して大量のオーダーを捌きつつ、その動きを止めることなく混乱しようとしていた戦線を維持し、挫けそうになった戦意を鼓舞するジロー。


 大変!更衣室のシャワーが止まらない!


 任せろ!パッキンがバカになっているくらいならすぐ直る!


 客引きとしてはこれだけ入ってくれるのは嬉しいが、暑くて死にそうだ。


 これを使え!冷気が降りてきて涼しさアップのアイテム『ひんやり麦わら』だ!


 パラソルを差す穴がなかなか開かない。


 それならキルゼム砲の超ピンポイント射撃で穴を開けてやる!極小威力だから周囲に被害は出ないぞ!


 ジロー、卵切れたから買って来て!


 日頃からキョーコにこき使われていることが効いているのでしょう。縦横無尽に八面六臂に、休むことなく働き続けるジローの姿に、これまでにない信頼感を感じる仲間達。


 あいつにここまでのパシリの才能があったとは!


 ですが、藤木作品的には偉い奴ほどパシリの才に秀でているものというのも間違いありません。社長であるにもかかわらず、國生さんや辻やんに使われ続けた我聞の雑用係っぷりはそれはもう見事なものでした。


 そして、ジローという存在によってピンチを乗り切った彼らは、もう一つの『ジロー効果』を実感します。


 手伝いに来た、とヘルプに来たポチと乙型、偶然と言い張って合流するアイス売りのシズカに時給はラーメン半分という、安上がりなバイト料を要求してきたサブローと、続々と集まるジローを中心にした人脈に、ジローばかりに頼るわけには行かない、と仲間達も一念発起!


 そんな彼らの奮闘もあり、用意した食材は見事に完売!


 当初の不安もどこへやら。予定より早い店じまいで遠征資金の目途を立てることに成功するのでした。


 その立役者となったMVPを労うべく、視線を巡らせる一同―― 浮き輪と銛と水中眼鏡。すっかり行きたがっているジローを見つけることは、実に簡単でした。


「緑谷がせがむから」と言う主張はあっさりと見透かされますが、MVPのたっての願いとあっては断る理由もない。後片付けはそれこそ後でもいい、とジロー神輿を担いだ漢衆を先頭に、仲間は夕暮れの海へと向かうのでした。


 迫りくるお約束の瞬間を悟り、神輿が抵抗して暴れますが、知ったことか。


 ポイ。


 お疲れ様、とMVPを海へと放り込み、心地よい疲れに身を任せる仲間達。


 しかし、足がつくはず、と思っていたにも関わらず、ジローは沈んで浮かんでこない。


 そういえば、まだビート板のお世話になっていたっけ?


 奇妙な沈黙は一瞬。


 よもやのトラブル発生に、慌ててジローを引き上げにかかる赤城会長と青木でしたが、ジローの代わりに引き上げたのは――『はずれ』―― そんな札が貼られたダミー人形。


 まんまと一同を騙しおおせた歓喜の叫びとともに、キョーコの背後から浮上してきたジローへの暗い感情が彼らの中に渦巻くのは必然でした。


 足が着かない沖へと運ばれるMVPの叫びを無視する赤木会長達を止める者は、誰もいなかったそうです。




 閑話休題




 遊び疲れた身体に一鞭打って、先延ばしにしていた片付けを進める仲間達。


 そんな彼らを労うように、持ってこられた人数分のかき氷。


 隣のカキ氷屋の店主が挨拶のお返しに、と持ってきたそれもまたジローの働きの恩恵。


 思わぬ角度からまたも役立ったMVPの頑張りに、一同はジローへの感謝の言葉を述べつつ、ノルマ達成へ向けて明日への英気を養うのですが、一夜明けた海の家を埋め尽くすのは、山と詰まれたカキ氷。


 前日の大喝采に気を良くしたジローが、調子に乗ってカキ氷を自前で用意していたのです。


 ストップ高からストップ安へ―― ジローの株は一晩で乱高下を繰り返すのでした。




第75話◆恐怖のトランプ


「へー いろんな罰が――」


 荷物多めのユキが遅れそうになるというトラブルもありましたが、無事に揃った仲間を乗せて、新幹線は一路西へ!


 予想される最大の難関だった親父を卍や延髄やナックルパートでの誠意ある説得を続けたことと、ニートとはいえ成人が同行していることもあって、お泊り旅行を勝ち取ることが出来たアキでしたが、漢らしい説得術をぶつけ続けたことで勝負運を使い果たしてしまったのでしょう、新横浜を出発してから間もなく始まった駅弁争奪ジャンケン大会では最下位に敗れ、釜飯、シウマイ弁当、照り焼き弁当、チャーハン、幕の内……数々の弁当の中で特に異彩を放つクリームパンを押し付けられてしまいます。


 何のイジメだこれはッ?!


 どこぞのひまわりロンドン支店の営業よろしくイジメカコワルイ、と簀巻きにされながら訴えてやりたいところですが、そんなガチャガチャとした大騒ぎもまた気心知れた仲間との旅の醍醐味。


 とはいえ、仲間にとって醍醐味であっても、周囲にしたら普通は迷惑。下手すると通報される危険性が付きまとうのが昨今の世の中の世知辛いところ―― と言いたいところでしたが、ジロー謹製サウンドキャンセラー(仮)のお陰で周囲の乗客には一切騒音による苦情は出ません。


 真芝の便利な発明品くらいならサラッと出せるジローのドラえもんっぷりもあって、ここぞとばかりに騒ぎ倒す一同ですが、如何に高校生の一団といえど、流石に代わり映えしない車中で5時間という時間騒ぎ倒すだけの体力もテンションもありません。


 新大阪を出るまでは辛うじてテンションを保てていたものの、神戸からこっちはトンネルの連続で、景色楽しむことも難しく、UNOも流石に力関係がはっきりしすぎて飽きてきた。


 ニートもすっかり眠りについて、純粋に旅行を楽しんでいるのはお子様テンションを維持し続けているジローくらい。


 そんなダレ気味の展開を読んだかのように動いたのは、創造主の代弁者こと黄村でした。


 アイテム紹介の役割を主人公から奪い取り、取り出だしたるは罰ゲームトランプ!


 ジロー発明の便利アイテムと違い、それ自体には特殊な機能はないものの、通常のトランプと違ってスートや絵が描かれている部分に緑谷には鼻血ものなセクハラの二歩ばかり手前の罰ゲームの文言が記されることで、合コンで最大限の効果を発揮することを実現させたこのトランプを使って行われたのは大貧民。


 そういえば、大牟田の方では『大貧民』って言うんだな。ウチの方ではむしろ『大富豪』と呼ぶことの方が多かったなぁ。


 統計好き・民俗学好きとしては、地域の差による名称の変容は興味深い題材なので、『いっせーのせ』と同じく大論争が起こることを希望します……っと、これは流石に無理か。


 ともあれ、罰、という言葉に正義が行う悪への罰を想像して震えはしたものの、生命に問題がない、と知ると途端に強気になる現金さを見せるジローはやはりノリノリで罰ゲームを押し付けるべく勝負を開始するのですが、ルールを知らないのに勝とうというのは無謀というより他にありません。


 ギリギリのところでアキに敗北を喫したジローが引いたカードに記されていた罰ゲームは『初恋の人の話』。


 地味にキツいけど、もしこれを女子が引いたら「初恋の人は実はあなたでした」という展開が待っているかも、という過度の期待を抱かせるものでもあります。


 しかし、ジローが提示したのは「3軒向こうの白根のばーちゃん」誰だそれは。


 初めて気になった女性を挙げろ、という言葉に対して、行くと必ずおやつを出してくれたので、よく遊びに行っていた、というご近所付き合いのあったかトークに持ち込むジローでしたが、そんな餌付け話に満足する乙女二人ではありません。


 笛吹いて警告のイエロー一枚出すと、空気を読めないジローに初恋トークの何たるかを切々と語るアキユキでしたが、基本的に揺るがない赤城会長はアキの場合は初恋というよりはドスコイだろ、と突っ込んでネックハンキングを食らいます。


 どす恋とか言ったらもれなくジゴロが相撲甚句とともにやってくるので勘弁してやってください。


 しかし、召喚するまでもなく「そーゆー女であればキョーコだな、やはり」天然ジゴロなら既にそこにいました。


 あくまでジローが言っているのは改造、と恋愛感情であることを否定するキョーコですが、そうはいっても、こいつらあとはいつ種付けするか、という部分のみが注目されるほどの公認カップルなので、キョーコの否定の言葉には説得力などまったくありません。


 しかも、この天然ジゴロの発言は周囲をニヤつかせるだけでなく『てきとー言って誤魔化す』という逃げ道を塞ぐ効果もありました。


 それによって始まる拷問と羞恥プレイの入り混じる罰ゲーム!


 特にアキの引いた『赤ちゃん言葉で自己紹介』は、爆睡中のために不参加を決め込んでいるニートをもしのぐグラマラスなボディにタンクトップのラフないでたちという要素もあって、いろいろクるものがありました。ありがとうございます藤木先生!


 というか、抱きつき役代わって下さいユキさん(哀願)!


 そんなわけで、ジローによってガチ勝負と化した罰ゲーム大貧民は、いつしか『なんとしても勝つ』から『なんとしても罰ゲームをやってない奴を負かす』へとシフトしていき、最後まで粘り続けていたキョーコをジローが逆転の革命で下したことでひと段落が着くのです。


 卓上に生まれた流れのままならば絶対『初恋話』となる、と直感したのでしょう。『初恋だけは引くな』と念を送るキョーコと『どうせ初恋は高校までない』と読みきるジローを除く一同!


 まぁ、単勝支持率ほぼ100%、100円元返しクラスの鉄板でジローでしょう。


 しかし、キョーコの念が通じたのか、ジローの示したカードの中からキョーコが引いたのは『左隣の人の耳に息を吹きかける』―― 妨害念波を出し続けたのが功を奏したようです。


 ですが、喜ぶのもつかの間、左隣はジローです。


 耳は弱いからやめてくれ、と懇願するジローに漢らしく「天井のシミでも数えてろ!」とすっかり自称清純派の道を捨てきった発言で罰ゲームを消化しようとするキョーコ。


 新幹線の天井にシミあったら、清掃員の人が怒られちゃうので控えておいて下さい。


 そんなキョーコの不穏当な発言に苦言を呈そうとしたのでしょうか―― 唐突に急ブレーキがかかり、新幹線は速度を落とします。


 逃げ惑うジローを追いかけ、追い詰めたキョーコは慣性の法則に逆らうことは出来ず、キョーコは唇でジローの頬に軟着陸するのでした。


 夏は女をこうも大胆にするのか、と一人結論付ける赤城会長に対して、キョーコと一緒にするな、と否定するアキの友達甲斐のなさはちょっと悲しいものがありましたが、携帯電話のクイックドロウどころか浦安在住のネズミへとコスプレで変身したりと新たに大技を開発してまでキョーコを茶化しにかかるユキに比べたらちっちゃいものです。


 というか、多分絶対赤城会長×アキの時にも全精力傾けて茶化しに入ると思われます。アキさんは今のうちから対策を練っておいた方がよいでしょう。


 急ブレーキの所為だから、と抗弁するキョーコですが、耳が弱点のジローは腰砕けになってすっかり腑抜け。


 むしろキョーコのキスの威力でそうなったとさらに茶化される素となり、ニートが吉塚の横を通り過ぎて(超地域限定ネタ)目を覚ますまで、一同のテンションは上がりっぱなしのままなのでした。


 でも、あと吉塚過ぎたら博多までは30秒もないんだから、とっとと荷物準備せえよ、と読者は老婆心を働かせるばかりなのでした。




第76話◆招かれざる客


「いや―― まさかこんな状況になっていようとは」




「帰れ」


 12時に新横浜を出てからの7時間近い長旅を終え、大牟田の奥地へとようやっと辿り着いた一同を出迎えたのは、Tシャツとジーンズに無地のエプロンつけたヒゲ面の三十路男の容赦ない拒絶の言葉でした。


 とはいえ長旅の疲れは拒絶の言葉以上に容赦なく、若者七人は夕食後には風呂にも入らず夜更かしも出来ず、男女それぞれにあてがわれた部屋で夢も見ることなく熟睡するのですが、目覚めた時には三十路男こと、ジローも組織が健在だった頃には何度も世話になったベテラン戦闘員戦部イオリが拒絶した理由が何なのかを理解するのです。


 阿久野家の広い庭先に立てられた櫓やご近所の皆さんの手伝いを受けながら、かいがいしく働く大幹部さま。


 大牟田の夏最大のイベントである大蛇山が終わり、人手がある程度落ち着くこのタ


イミングを狙って、昨年ジローが帰省した表向きの理由である、九州地区の悪の会議がここキルゼムオールの本部で執り行われることになっていたのです。


 組織の力を見せ付けるという側面があるというのに、まだ組織復活してないキルゼムオールがそんな大事を取り仕切っても大丈夫なのか、と問い質したくなりますが、悪の組織全体に流れる牧歌的かつ楽観的な空気はそれを可能にさせてくれそうだから困りものです。


 ……でも、もうちょっと緊張感持った方がいいと思うんだ、やっぱり。


 連絡役を担っていたはずのニートの脳内をアルコールがすっかり駄目にしたこともあって、繁忙期の家業持ちの家に遊びに来たような状況に追い込まれた一同。


 しかし、すんなりと引き下がっては漢がすたる!戦部の頭ごなしの物言いに反骨心を刺激されたこともあり、こうなったら準備のお手伝いをしてでも居座ってやる!とばかりに捻り鉢巻頭に巻いて、決めポーズを決める変態三人+アキ。


 アキさん、口ではどうのこうの言ってても、結局のところノリの部分ではすっかり変態達に染まっているのは疑いようもありません。


 でも、えろすなトークに対しては顔真っ赤にしてツッコミ入れるんだろうなぁかわいいなぁもう。


 そんな頼りになる友人達に、頑張った子には娘を進呈、と、仕事で出張中のアヤさんか実家に戻っていつも以上にゴロゴロしているニートを勝手に景品にしてモチベーションを上げようとするのですが、赤城会長のキョーコへの信仰を貫く意志は固い上、アキはアイテム絡みでないと百合っぽい行動に走ることもありませんので、残念ながらその条件でモチベーションを上げることが出来るのは青黄村だけです。


 とはいえ、仲間のために一肌脱いでここまでやってきた彼らには、モチベーションの底上げを図るまでもありません。


 海の家で培ったコンビネーションを発揮し、ご近所の皆さんとも力を合わせて設営作業を進める彼らには、台所に運び込まれるカエルやら「いや、これ絶対おばけ屋敷にしか使う用途ないだろ」とツッコミ入れたくなること請け合いなマネキンがどのような使われ方をするのかという言い知れない不気味さも妨げにならず、阿久野家での二日目でも遊ぶ暇なく全力出し切った彼らを労うべく、風呂を奨める大幹部エミさん。


 露天風呂、と言う言葉に疲労も吹き飛ぶ漢連中ですが、そのような見え見えの下心には厳しい対応をするのがこの作品の女性陣。それがジローとキョーコならばまだしも、その他大勢のキャラの恋愛模様など邪魔とばかりに、露天風呂の周りにトラップを複数仕掛けて無駄なフラグビルディングからしっかりガード。


 だからと言って読者まで締め出すのはどうかと思うんだ、うん。


 まぁ、無駄な読者サービスなど決して許さないと言わんばかりの鉄壁ガードで隔離されているアキユキは置いておきますが、ある意味ガードはもちろんプライバシーすら存在しない、周囲には何時ジローとの種付けに向かうかという部分に注視されつつあるキョーコはというと、その場にお相手がいないことに気がついてしまうのですが、前年の滞在の成果でしょうか?勝手知ったるなんとやら、とばかりにあっさりその居場所を突き止めます。


 発信機取り付けてるんじゃないのか、と言いたくなるほどの感知力を発揮してジローを探し出したキョーコが見たものは、訓練施設の道場で攻撃を仕掛けたオートマントごと戦部に捌かれて投げられるジローの姿。


 アイテムに頼りすぎるジローの未熟さを説く戦部の説教は、ジローの姿勢にも及びます。


 悪の組織に民間人を招くこともさることながら、組織の復活をアピールする大事な時だというのに、その妨げになることは間違いない民間人を帰さないという腑抜けたジローの姿勢もまた、組織にとって害悪になる、とみなして説教を続ける戦部でしたが、お言葉ですが戦部殿。あいつらはオレの友人です。民間人だからなどと関係ない。 あまり舐めないで頂きたいジローはその決め付けを真っ向から否定します。


 その言葉に併せるかのように露天風呂の辺りから猪に追われて山道を駆け下りるバカ三人の姿に、ジローは「……まァ 変なのもいますが…」とあっさり自らの発言を下方修正するものの、主張を譲るつもりは一切ありません。


 かと言って、それはあくまで主観に基づくものであり、生真面目で通った戦部を論破するには足りません。何らかの成果を見せて納得させねば話にならない、と返す戦部に、ジローは一つの対案を出さざるを得なくなるのでした。


 その対案とはすなわち「数あわせに構成員のフリをしてほしいのだ」定例会に一同を参加させる、というもの。


 只者ではない、というアピールをするとともに、組織の勢力を大きく見せるにはもってこいの方策だとするジローの対案でしたが、設営手伝い程度ならばいざ知らず、組織の―― ひいては阿久野家の存亡を左右する大事に関わるには流石に荷が重い、と及び腰になる一同。


 しかし、「いや、おもしろそーじゃん、それ」そんな弱気に喝を入れるのが、ジローと戦部のやり取りを聞いていたキョーコでした。


 このままじゃ漢がすたる。意地を見せたのなら最後まで貫き通さなきゃ漢じゃない、とばかりに積極的に首を突っ込むと、面白そうなことが大好きなアキユキや、ロリ系ヘタレ吸血鬼などの異属性の存在をアピールすることで青黄村の食いつきを狙い、萎えかけた仲間達の意識を高めるキョーコに乗せられて、再び一同はモチベーションを高めるのです。


 こうなっては誰にも止めることは出来ません。


 一癖も二癖もある悪の組織の連中に民間人であるお前らが太刀打ちできるはずがない、と正論を吐いて制止する戦部にも、「あー、伊達にジローの相手してないですよあたしら?」正面切って相対し、民間人の底力を悪の皆さんに見せ付けるべく気を吐くキョーコ。


 考えてみれば、次期大幹部確定のキョーコはもとより、下っ端戦闘員慣れしている緑谷や変身光線銃を誰よりもうまく使いこなす幹部・ブラックシノノメ、そして組織人よりも悪ということが証明された黄村がいるので、民間人呼ばわりされている七人とはいえ、実質的には四人がセミプロです。


 メジャーでは“新人”ではあっても、日本では既に10年近いキャリアを積んでいるプロ野球選手のような反則じみた面々が介入し、第三七回悪定例会議はいよいよ幕を開けるのでした。




第77話◆はじめての定例会


「よ、ようこそキルゼムオールへ」


 お供のセバスチャンを羽ばたかせ、鹿児島から大牟田の山奥まで、熊本すっ飛ばして飛んできたドラキュリア首領の枕崎ルナ(自称中三)を見つけたのは、キルゼムオールと同じ筑後地方……多分八女辺りに活動拠点を持つ弱小組織・ゲドウ団の若頭である影山ゲンゾウをはじめとしたゲドウ団の皆さん。


 弱小組織の幹部同士、潰されることなくこうして一年ぶりの定例会で顔を合わせることが出来た幸運を喜びつつ、会場である阿久野家の庭先へと向かいながら一年での成長振りをアピールするルナさんですが、彼らを出迎えたのはよく見たら谷間は乏しいのにやたら露出度の大きい幹部と、胸の膨らみを際立たせるかのようなぴったりとしたボディスーツを身に着けた二人の戦闘員。


 言わずと知れたキョーコとアキユキの姿に鼻血出して倒れるゲンゾウをよそに、ゲドウ団の戦闘員の皆さんを驚愕と憐憫に塗り潰した平坦胸の自称中三は嫌味か、それともあてつけか、と噛み付きますが、そんな起伏のない体型であってもファンは存在するのです。


 貧乳はステータス異常だ!


 という訳で早速変態達に絡まれるルナはさておいて、次期首領として各組織のボスや幹部との顔見世をこなすジローと、幹部としてそれを支えるエーコとキョーコ。


 自分は裏方だし、銀行の仕事で出張中のアヤがいないからキョーコに幹部役を任せたのだ、と大幹部様は主張していますが、どう考えても未来の嫁だからという理由が透けて見えます。


 悪の血を受け継いだ血縁だから、という理由でないのがある意味スゲェ!


 でも、これまで散々くっつけ展開を画策されているというのに、今回もまた周囲のそういった意図にまったく気付かないままブラックレディの服着てるキョーコも別の意味で凄い存在です。


 まぁ、もしかすると日頃からくっつけ展開を繰り返されていることで色々と感覚が麻痺しているのかもしれませんが。


 とはいえ、父の代役を勤めて堂々と立ち回りながら、組織の制服を脱ぎ捨てて全裸になろうとする姉をたしなめるジローが頼もしい、と感じている辺りからして感覚の麻痺はなさそうですが、すっかり阿久野家の計略に乗せられた観のあるキョーコ、そして説得もむなしく脱衣を止めることが出来なかったジローの前に、見るからに坊ちゃんな風情を見せる眼鏡の少年がやってきて夢見がちなキョーコを現実に引き戻します。


 復興したというキルゼムオールを弱小のしぶとさと笑い、傘下に入るのであればいつでも面倒を見よう、と判りやすいばかりのムカつかせっぷりでキョーコを現実に引き戻したその少年の名は四ノ原カズ。ゲンゾウ曰く、キルゼムオールが壊滅していた間にのしてきたという金満組織“ザ・ゴージャス”の総統代理です。


 新興でありながらも資金力をバックに好き勝手に振舞い、目立つ組織を潰しているという組織らしいのですが、たしか、日本でも最高レベルに位置する資金力を持った財閥の跡取りバカ殿様がいたような、いなかったような……。


 今後電柱の上やら屋根の上やらなんかからサザンクロスを駆ってザ・ゴージャスの総統が登場したりなんかしたら正直大笑いする以外なさそうです。


 輔ノ進の忘れられ方から考えてありそうで多分ない未来予想図はさておいて、情報と友情の見返りに三人娘のメアドを要求するゲンゾウとジローが友情を確かめ合い方を番長風に改める中、薄胸大好きな戦闘員達が日頃の決めポーズ研究が日の目を見たことを喜んだり、別組織の勧誘という名のナンパをブラックシノノメが「おとといカマーン!」笑顔で却下したりと、戦部の懸念をよそに堂々と渡り合う民間人の皆さんですが、その正体はザ・ゴージャスの戦闘員によって既に看破されていました。


 自分より目立っているものが何より嫌いな四ノ原はその報告を受けてほくそ笑み、キルゼムオールを嘲笑するために盛況のまま幕を閉じようとする定例会を台無しにするために動きます。


 ターゲットは民間人の中でも幹部役を担って最も目立っているキョーコ。


 そのような色気のない幹部など見たことはない、と挑発することでキョーコを煽るのですが、ついでにルナさんまでディスってることもあり、挑発は不発に終わります。幹部どころか首領にいるわ、よく見ろ!


 いやいやあちらはステータス異常を隠してもいないだけあって潔い。パットで誤魔化しているキミとは違う。


 パットというアンタッチャブルに言及したことは流石に動揺を誘いますが、パットだけじゃなく、ヌーブラも組み合わせていること、そしてジローが泰然と構えているというのにここで安い挑発に乗ってはいけない、という思いがキョーコを押しとどめます。


 落ち着きを取り戻し、「『私を試しているつもりか?やめておけ わたしはジ… いや新首領の力でパワーが100倍に…』」四ノ原の挑発を棒読みで受け流すキョーコでしたが、その応対は形はどうあれキルゼムオールに恥を掻かせてやりたい四ノ原にはむしろ好都合でした。


「ぜひそのパワー、見てみたい!こいつと手合わせ願おう!」資金力に物を言わせて作り出した巨大戦闘員をけしかけてどうせ金で雇われたのであろう民間人であるキョーコの心を折りに掛かるのですが、生憎と、キョーコは実際に未来の大幹部であり、阿久野家の嫁であるため、金で転ぶようなことはありません。


 無防備に近づき、3倍の報酬で買収しようと耳打ちしてきた四ノ原の横っ面に、舐めるなとばかりに打点の高いハイキックが炸裂しました。


 『今までジローに振るってきた拳や蹴りの三倍をくれてやるから、それに耐え切れたら寝返ってやらんでもない』と言わんばかりの、頑丈なジローですらも一撃でKOされるそのハイキックは無造作に振り抜かれ、暴力慣れしていないであろう四ノ原を見事に吹き飛ばします。


 これまで戦闘員に守られてきたことは想像に難くない、痛みに弱い四ノ原はそのキョーコの明確な敵対行動に対して戦闘員をけしかけますが、それ以上の勝手は許されませんでした。


「ジローワイルドさば折り!」


 幹部であるキョーコを襲うと言う敵対行動にオートマントの容赦ない絞め上げで応じたジローの姿にドギマギするキョーコでしたが、場違いにラブコメる暇などありません。


 慌ててキョーコに逃げるように戦部の叫ぶ声も既に遅く、恥をかかせた報いを払わせるべく戦闘員をさらに投入して実力行使に移る四ノ原ですが、悪の組織だけあって、それを制止する人など誰もいません。


 それどころかむしろ乱闘に進んで参加するのが荒くれ揃いの九州の組織。


 これだから民間人を参加させたくなかったんだ、危ないから!


 そう嘆く戦部に先に言え、と抗議するアキですが、先に言ったところで間違いなく聞く耳持ってなかったと思われます。


 しかし、定例会名物の喧嘩祭りは長くは続きませんでした。


「なーんだ ケンカか。 じゃあケンカ両成敗ってことでやっちゃうよ――」屋上に据えられた突起の先に立つ一つの黒い影!


 驚愕する戦部ですが、驚愕する暇があるだけまだマシでした。


「ブラックシュート」


 背後から警告なしで放たれた剣呑なエネルギー弾を喰らい、ものの見事に吹き飛ばされる四ノ原を無視し、爆炎を背景に着地したのは


「ちわーっす、正義の味方でーす。 悪の人達集まってるって聞いて。来ちゃったよ?」


 額の“G”という刻印の内にさらに記された『黒』の一文字。


 スレンダーな身体に似合わない大口径エネルギーライフルを、口調と同じく軽く担いだその姿は、何だか見覚えのある正義の戦隊の黒い人。


  黒澤アキラ(14)ことギガレンジャーの毒吐き娘・ギガブラックと思われる正義の人の登場に、平和な日常を過ごしていた悪の皆さんは戦慄するのでした。


















 とはいえ、“小さい姉上”ことブラックレディとギガグリーンの登場が近いことを予感して、訓練された藤木作品の読者はただただ胸の高鳴りを実感するばかりなのでした。




第78話◆民間人魂


「つよっ!! 正義の人 強!!」


 来襲してきた正義の人に、恐れ戦く悪の皆さん。


 一方、初めて生で見る“正義のヒーロー”に、思わず童心に帰る小学生三人(『体型だけ小学生』二名は除く)でしたが、今は『キルゼムオールの戦闘員』でしかない彼らは、正義の人にしてみれば、当たりに来てくれるいい的。


「ブラックシュート」


 戦部の忠告も間に合わず、赤城会長をはじめとしたFCの三人は容赦も何もなく撃ち放たれるエネルギー弾に蹴散らされてしまいます。


 しかし、彼ら三人を屠っただけでは終わりません。


 周囲を埋め尽くすのは悪の組織の中でも幹部・首領クラスばかりとあって、数が多いとみなした正義の黒は「よっ」両手、そして四本のマニピュレーターアームそれぞれを駆使して「ブラックフルバースト――」都合六丁のエネルギーガンを乱射します。


 国がバックについていることによる資金力、それによる装備の充実と科学力の高さ―― そして何より、国に楯突く悪は容赦しないという極悪さで悪の皆さんを蹂躙する正義の人に圧倒されて、逃げるのが遅れてしまった緑谷とアキユキに容赦なく銃口が真っ黒い口を覗かせ――


「ぬん!!」間一髪、オートマントを楯状に展開したジローが防ぐことに成功しました。


 しかし、鉄をも切り裂くオートマントに焼け焦げを作るほどの熱量を有する攻撃を正面から受け続けていてはいつしかガードは抜かれてしまうのは明白。最悪の事態を避けるため、ジローは緑谷らのガードを全裸で見物していたニートに任せます。


 流石に全裸モードで受けるわけにはいかない、と制服に戻ったニート改めエーコは天地左右はみんな敵、当たるを幸いとばかりに撃ち込まれる銃撃を無造作かつ適当に弾き飛ばしながら、万一の場合は『私は民間人デス。コードネームは市民大作』と言えば巻き込まれることはない、とジローに託された民間人達、そして次期幹部であるキョーコへとアドバイスを送ります。


 だってあちらはバックに国が付いている正義の味方。民間人撃っちゃったら保障大変だし助成金もカットされちゃう。


 その点悪であるこっちは巻き込まれても自己責任。知り合いだからちょっと寝覚めが悪いかな、と言う程度。


 まぁ、そうは言っても実際には下手に横暴な振る舞いしてると反乱起こされるのが怖いので民間人は極力助けるのがこの世界の悪のクオリティ。


 善悪って何だろう?


 しかし、そう言われてはいそうですかと逃げるようでは漢がすたる。友を捨てるような真似などしたくはないし、会合メインのために武器など準備していなかった悪の皆さんがああまで蹂躙されてると、正義の方が悪く見えて仕方ない。


 既に阿久野家に嫁入りしている(まだしてません)キョーコならずとも、すっかり悪の組織に染まった観のあるアキユキ&FCの面々の見せた意外なまでの根性に、評価を改めざるを得なくなった戦部に対してジローは指示を飛ばします。


「オレが囮になる! そのスキにアイツの飛び道具頼む!」


 なんか『乗っ取られてるんじゃね?』と問い質したくなるような、幹部と戦闘員の役割が逆転してるかのような発言ですが、その発言も戦部の実力があってのもの。


 ジロー一人に銃口を集中させた隙を衝き、すれ違いざまにアームもろとも六つの銃を毟り取る荒業で、キルゼムオールの戦闘員ここにあり、と見せ付けた戦部の働きが決定打となり、悪の皆さんは数の力と日頃の鬱屈した思いを武器にしてギガブラック(仮)を撃退することに成功するのでした。


 一方、見せ場なく一撃KOを喰らった四ノ原は目覚めるとともに正義を引き寄せることになった杜撰な情報管理の責任を迫ろうとするのですが、残念ながらここは実力本位の悪の組織の懇親会。やられた理由を他人に求めるような真似はむしろ恥を晒すだけ。


 見事なまでの恥の上塗りに、四ノ原以下ザ・ゴージャスの皆さんは尻尾を巻いて退却するのでした。


 その捨て台詞の雑魚っぷりを嗤うキョーコですが、彼らと揉め事を起こしたことが正義の襲撃を許したそもそもの原因、と戦部は説教モードに入りますが、民間人だ、と言って逃げなかったことは評価しなければ、と少しばかりのデレモード。


 そこを突かれて狼狽する戦部をさらに狼狽えさせるのが退却していったゴージャスの面々と入れ違いに帰宅したアヤさんの存在でした。


 あー、ちくしょー。32歳に28歳と年齢的にもそんなこったろーと思ってたよ!


 ……失敬、取り乱しました。


 しかし、アヤさんのブラコンっぷりは三界に轟くものですので連載中にどうこうなるとも思えませんし、カプると思われた辻やん&かなちんという組み合わせもカプらせずに両者別の組み合わせを持ってきた造物主の世界ですからどうなるかは全く以って判りません。


 安定したカップリングは学生だけで充分なのです!


 さて、その中でも完全に安定したカップルは会合がひと段落してユニフォームを脱ぐ漢衆が生み出す喧騒から離れて裏山の中。


 あのままだと際限なく呑まされていたであろう宴の場から逃げ出していたジローを見つけ、既に私服に着替えたキョーコは同情にも似た溜息をひとつ。


 そんな彼女に労いの言葉を掛けるジローですが、キョーコとしてもジローの面子と言うよりは自分の意地もあったから―― キルゼムオールとは無関係じゃない、という想いが強くあったから民間人であることを宣言しなかったのだ、と明かします。


 そんなキョーコに気を良くしたジローはご褒美を一つプレゼント。


 肩を抱き寄せ、顔を寄せ、頬に唇を触れさせる。


 新幹線の中でやられたのが気持ちよかったからここでお返ししてやろう、とこの選択肢を選んだジローでしたが、あくまでもこれは偶然ではなく、意思を持っての“お返し”です。


 偶然ならばいざ知らず、必然に行った自らの行為がキョーコにとってどれほどのインパクトを与えたのかを自覚せず、反撃することもなく「…………バーカ」の一言で顔を真っ赤にしてその場から離れるキョーコに取り残され、固まるジロー。


 そして、その光景をしっかりJKKのストーカー三人に目撃されていたことで、今後ラブコメ展開がさらに前面に出ることは明白なのでした。










 でも、あんまりいじりすぎると暗黒モードに戻るような気もするんだよなぁ、キョーコって。








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