FIRE STARTER!!

今週のキルゼムさん






第160話◆ふたりの約束


「それじゃ、いってきます!」


 高校生活が終わって三ヶ月。
「お父さーん!悪いけどお米セットしておいてー」ミュールをつっかけながら、おとーさんに家事の残りを頼んで家を出ていくキョーコ。
 家事と学校を両立させるのがやっとだった高校時代とは違い、講義の取り方を工夫することである程度時間的な余裕も持てる大学生活とあって、バイトも始めることになったキョーコにおとーさんとポチも感慨深げ。
 そんな二人の視線と声を背に、明るい笑顔と共に駆け出し、程なくして江ノ電に乗り込んだキョーコの携帯に飛び込んできたのはユキからのメール。
 “まるで夫婦”と銘打たれた画像は甲斐甲斐しく赤城のネクタイを締めるアキと、二人をからかうかのように写り込んだユキを写し、ユキの相変わらずの無敵っぷりをキョーコに示すのですが、かく言うユキも緑谷といい関係になっているという情報はキョーコも知るところとなっており、ユキの無敵モードも風前の灯。
 ですが、いい関係止まりということは、卒業しても結局一緒の大学だからと安心した緑谷は告白出来なかった模様です。
 このままだと大学卒業まで引き伸ばすことになるのは明白なので、最終巻のおまけ漫画でしっかり告白して欲しいものです。
 ともあれ、高校卒業と共に別の道を歩むことになったとはいえ、アキやユキとの今まで通りの強い結びつきは変わることなく、一生ものの付き合いとなるであろうことも変わりない。
 東京の正義本部へと戻っていったとはいえ、唯一の友達であるキョーコに頻繁に会いに来る黒澤さんはもとより、来年こそは、と正義の採用試験に全てを賭けるシズカやこちらに残って同好会から部へ返り咲くとともに、部室を取り戻すことを誓って日々頑張り続けるサブローとルナといった相変わらずの生活を送る仲間達も、別れ別れになったかと思っても意外にすぐに逢える場所にいる。
 大神ちゃんはルナの下に付くかと思いきや、敵が多いから沢山戦えるという理由で正義の試験を受けて実際に通っちゃったりと所々ツッコミどころはありますが、バトルジャンキーであるという立ち位置は変わりなく、肩書き以外はそれぞれさほど変わらぬ日常を送っている仲間の姿に、キョーコはかつて聞いた『絆の力』の強さを思い知るのです。
 ただ、そこにはそれを説いたはずのジローはいませんでした。
 別れを惜しむ仲間達の声を背に受けて、「世話になった!またな!」の一言だけで卒業と共に実家へと戻っていったジロー。
「キョーコのためなら喜んで世界を敵に回してやる!!」そう言ったはずなのに、おいそれと逢うことが出来ない場所に行ってしまった事を実感したのは空部屋になった向かいの部屋。
 所狭しと並べられていた発明品やその素材となったガラクタの山が綺麗に消え失せたことで、ついこの間まで真っ暗だった部屋に差し込む光の明るさと狭いと思っていた部屋の広さを思い知るキョーコ。
 ――フィギュアを置く場所が出来たし、お姉ちゃん達とはメールでやり取り出来るから何も変わらない。第一、あんなヤツのことなんか別に気にもしてないし――
 そう強がっては見ても、思い返せば返すほど、何も言うことが出来なかった自分への情けなさとジローがいない寂しさは膨らんで、膨らんだ感情は涙となってキョーコの双眸から溢れ出るばかり。
 しかし、悲しんでばかりいても仕方ない。バイトを始めたのも夏休みに九州に行くための資金を貯めるためのことなのだから、決意は堅い。『今度こそ』『次こそは』で先延ばしにしない、と改めて思うことで、微妙に緑谷をdisったりしながら涙を拭うキョーコでしたが、そんな彼女の目に入ったのは「ん? おい、あれなんだ?」「なんか空にでっかいのが…」車窓の外を指差す三葉ヶ岡高校生。
 その言葉に引っ掛かりを感じて視線を上げたキョーコの目に飛び込んできたのは、
 梅雨の晴れ間の海上を呑気に浮遊する、見慣れたフォルムの巨大な飛行物体ッ!!

 講義もバイトも頭から吹き飛ばすそのインパクトに慌てて最寄駅で電車を飛び降りたキョーコは、推進用と浮遊用の二枚のプロペラを配した未確認飛行物体を目指して駆ける!駆ける!駆けるッ!!
「あれって……」初恋へのわずかばかりの感傷を覗かせて呟く花子さんとは対照的に、真っ直ぐに浜辺へと駆け降りたキョーコのその表情は明らかな喜びに包まれて――
ジロー… ジロ――!!」

 喜び、戸惑い、驚き、不安、勇気――様々な感情を綯交ぜにしたキョーコは、浜辺で浮遊アジト・スカイゼムを静止させたジローの背中に向けて叫ぶのです。
「おお、キョーコ! 久しぶりだな!3か月ぶりか!?」

 振り返ったジローが見せるのは、自信に満ちた変わらぬ笑顔!
 衣服は見慣れた学生服から黒地にシャープなフォルムの縁どりを加えた幹部用のユニフォームへと変わってはいるものの、それ以外は何ら変わることない表情で、新たに作った自分のための新アジトを自慢するジローに、「あ、あんたなんでここに…? 帰ったんじゃ………」戸惑いながら問い質すキョーコ。
 ですが、余りにも待ち望んだ再会が唐突になされたことで、ジローのアジト、という肝心な部分に気付かなかったキョーコは、続いて放たれたジローの言葉に大きな驚きを示すことになるのです。
「…あれ?聞いてないのか? オレはこっちに残る…と」

 クソ親父に維持を貫き通した結果、こちらに残って自分自身の組織を作ると卒業を前にして決めたこと。
 その許可を得るため、そして、キルゼムオールの復興の手伝いのために暫くの間帰省していたが、それが一段落したために再びこちらに戻ってきたこと。
 おとーさんには話していたものの、おとーさんはおとーさんでジローとキョーコなら当然話は済んでいる、と思い込んでいた結果の行き違いに、三ヶ月の長きに渡るすれ違いやら悶々やら怒りやらを込めた理不尽なハイキックが、あの涙を返せと言わんばかりに炸裂するのも無理からぬことでした。
 あの時と全く同じ、延髄を斬り付けるかのようなハイキックによって海中に吹き飛ばされたジローも当然抗議をするのですが、キョーコの怒りは収まりません。
 置いて行かれた怒り。
 そそくさと急いで出ていったことに対する怒り。
 大切なことを伝えてもらえなかった怒り。
 すべての怒りを滲み出る涙に変えて、「いや、オレもお前らにドッキリかけられたりしたが」「そんなの関係ないっ!!」一方的にまくし立てるかのようにジローを責めるキョーコ。
 ですが、その怒りを受け止めて、新首領は前に進みます。
 立ち上がり、尋ねるのは「そういえば、聞きたいことがあったのだが―― オレの社会勉強、アレはもう終了でいいのか?あの時交わした約束の是非。
「知らないわよそんなの! とっくに終わったんじゃない?卒業したわけだし!」勢いで答えた後になって思い出すのは――その対価。
「……そうか。 では――お前を好きに改造していいわけだな?」

 後悔しても言質を取られた以上逃げ場はなく、怖気付いても構いなし。
 新たな組織には必要だから、と逃げ場を塞いだジローは「いーや、改造させてもらう」強引に前に出ると共に
 約束を守るために踏み込んだこの世界で得た掛け替えのないものを「オレの嫁に」奪い去るッ!!
 白昼堂々の――そして藤木作品初の――キッスは約束の対価の証し。
 シャイなラブコメマスターの踏み出した一歩に初々しく顔を赤らめる二人の声も動揺を隠せず上擦るばかり。
 ですが、ラブコメをラブコメで終わらせないのもまたシャイなラブコメマスターアジア・藤木俊師匠の真骨頂!
 宙を漂うスカイゼムを目印に、やってきたのはいつもの仲間。
 邪魔する気満々のシズカとルナ、そしてラブられるのが不愉快でならない黄村の三人を羽交い締めして抑え込むのは黒澤さんと大神ちゃんに緑谷。
 赤面するアキと写メるユキというならではの反応もいつも通りなら、ラブる二人をダシにしてビールを売りさばくニートもいつも通り。
「やっぱり戻ってきたね、ジローくん!」「また騒がしくなるな」

 帰ってきた騒がしい日々を歓迎するかのようにのんびり呟く緑谷と赤城とは対象的に、「まっ…まだです!! 結婚するまで負けてません―――!」「だぞ―――!往生際悪く叫びを上げる二人の負け犬。
 乙型と共にジローの組織に入ることになったニートが被扶養家族に向けて放ったキツい暴言をきっかけに、「ジっ…ジロー!なんであんたはいっつもタイミング悪いのよ――!?」「や、やかましい!!お前だって気付かなかったではないかっ!!」再び始まる痴話喧嘩。
 どちらが勝つのか負けるのか。この日々はいつまで続くのか――
無論いつまでも!!


 あの日あの時、初めて出会った従姉弟同士の物語は、はじめてのキスで幕を閉じ――ひと足早い夏の日差しと共にどこまでも続いていくのでした。




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