FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート15








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第141話◆チェンジっ☆




「お、久々のアイテム!」「なによ、香水?」


 文化祭も終わり、慌しい受験生の日々が戻ってきました。
「おっ先―――!勉強とは無縁だったアキもまた家庭教師があるから、と慌しく教室を後にするのですが――
「奥さん、ホラあれよ。赤木さんとの甘いひととき!」「ああ、例の… 若い人は羨ましいわねェ!」やり手ババア二人には通じません。
 お前ら二人、カウンター喰らう時のことを考えた方がいいぞ?特に、絶対無敵で元気爆発だったユキ。
 徹底的に弄る側に立っていただけに、ひとたび色恋絡みの弱みを握られてしまったら、キョーコとアキにピラニアとか鮫ばりに食いつかれてしまうのは確実です。
 ともあれ、反論しつつも教室を飛び出るアキに、いよいよ進路を見据える時期が来たことを思い知る仲間達ですが、ジローとキョーコは家業を受け継ぐことは確定的なので、進路で悩む時期は無関係――と思いきや、「いや…実はまだ迷ってて」キョーコの出した答えは未だ不確定でした。
 いやいやちょっと待て。なんぼなんでもユキですら進学を選んだというこの時期になってまで進路を決めないというのはどうかと思うぞ?
 モラトリアムも一歩間違えばニートに早変わりするこのご時勢――ましてや、同居人にニートの中のニートがいるという環境なのだから、進路はとっとと決めた方が身のためです、主におとーさんの財政的な意味合いで。
 まぁ、キョーコが卒業後に阿久野家に嫁ぐこと――キルゼムオールの次代の大幹部として猛威を振るうことは緑谷も認識している周知の事実。それを認めようとしないキョーコに緑谷も驚きますが、チキンな嫁は将来なりたいものが何なのかぼんやりしていて判らない、とボヤきます。
 あやまれ!かわいいお嫁さんになりたいと明白に意識しているのに、未だに独り身のアヤさんに謝れ!!

 ぎゃー(断末魔)

 ………………死ぬかと思いました。
 ともあれ、何が自分に向いているのかがわかればそれを目指すことも出来るのに――と、自らの格闘センスやらどSっぷりやらに気付かぬふりをしつつこぼすキョーコに対してユキは「だったら性格診断してみたら?」と返します。ツッコんだり茶化したりせずにアドバイスしてやる辺り、友情は形骸化してないようですが、雑誌でよく見る『自分に向いている職業やクラスやワークスやカヴァーやシンドロームが判る』と謳ったフローチャートを奨める辺りはどうかと思います。
 途中でTRPGネタを混入しましたが、わざとなので気にしないでください。
 第一、例に挙げた職業診断のフローチャート自体がニート路線まっしぐらです。
 きっと、作ったのはニート経験者です。
 重ね重ねニート脱出おめでとうございます、藤木先生(ファンサイト要素)
 ともあれ、雑誌に載っているフローチャートなんてあてにはならない――と笑い飛ばしてその話題が終わりそうになったところで、「だったらこれを使え」ジローが取り出したのはスプレー式の三角錐の香水瓶に入った液体。
 久々に出てきたなどと、緑谷が地味にメタいことをほざいたその新アイテムこそ性格増幅剤!
 振り掛けた者の性格を増強することで、志願兵の任務に対する向き不向きを判定するために使用することが主な目的のそのアイテムですが、ジローが詳細を説明する前に「いやいやこんなものは―――使ってみたほうが早いよ!!」思い切り確信犯の笑顔でユキはキョーコに向けて使用します。
 多分ユキは昨今のヴィジュアルシネマプレイングゲームをやる時には取説見ないで電源を入れてみて、クリアした後になってムービーのスキップなどの便利な機能があったことを知らされるタイプです。
 ですが、流石に長い付き合い――ましてや、説明不足のジローのアイテムという時点で危険さは倍加するだけあって、キョーコはその攻撃を緑谷を盾代わりにして躱し、難を逃れました。
 やはり悪の幹部の資質は掛け値なしです。
 とはいえ、「なんで避けるの―――!!」緑谷について一切気にすることなく、避けたキョーコを非難するユキもまたいい勝負です。
 いっそのこと、キョーコはユキもパトロン兼幹部としてキルゼムオールに招聘するべきだと思います。
 まぁ、スポンサー収入があったとしても、現大首領がスってしまうのがオチでしょうが。
 もうちょっと早くユキがパトロンになってくれれば、大首領がつい先ごろ廃止となった荒尾競馬にとっての救世主になったであろうことは間違いなかったはずです。
 何はともあれ、避けたことを責めるユキと予告なしの不意打ちを敢行されたことで南極条約違反を訴えるキョーコとがわきゃわきゃやりあう横で、誰も気にしていなかった緑谷はというと、影を纏って立ち上がったかと思うと、あ―― ごっ… ごめんなさい東雲さーん!!」ユキの姿を見るとともに蒼ざめて土下座を始めるのです。
 面食らうユキですが、持ち前のシャイさを性格増幅剤によって跳ね上げられた緑谷にしてみたらごく当然の行為。
「こっ…この前―― 鬼ごっこの時抱きついちゃってごめんなさい――!!」
 謝っても謝り切れない悔恨を抱えたままには出来ないと、必死に頭を地面に擦り付ける緑谷ですが、
「ユキ!?あんた文化祭でそんなことを!?」
 話題の矛先は速攻でユキへと移り、案の定緑谷の影は薄くなります。
 まぁ、徹底的に煽る側に回ってきたユキとしては、煽り、弄られる材料となる浮いた噂などは余計以外の何者でもないため、
「いやっ!たまたまですよ!あれはその―――私が動いて鬼に見つかりそうで!それを止めようと――うん、そう!
 ユキは必死こいて消臭しようとするのですが、その必死さが緑谷にとっては自らの過ちがユキに恥ずか死ぬほどの恥辱を与えてしまったのだと理解させることになり――
「みどり――!?「気絶した!?」創造主のシャイさを最も濃く受け継いだ緑谷は、訂正を求めるユキの声も虚しく気を喪うのです。
 性格を極端にして判りやすくする効果――効果は間違いないものの、気弱な部分を増幅された緑谷をショックで気絶させるほどのあまりに極端な効果を見せ付けられては、チキンな嫁はたまったものではありません。
 ですが、緑谷の有様を見せ付けられて動揺するキョーコとは対照的に、この機会をチャンスと見るのがユキでした。
 知られてはならないことを聞かれた恨みを晴らすかのように、すっげぇ悪い顔でスプレーのノズルをキョーコに向けてひと吹きふり掛けるユキ――正直言って、逆恨みもいいところです。
 それによって引き出されたキョーコの一面はべ、別に… 怒ってなんかないんだからね!こんなことされて!!ツンデレな部分。
 あのー、きっぱり言いますが、いつもと変わりねーよ!!
 そんな状態でジローのことをどう思っているかを聞き出そうとするユキですが、いつもと同じ答えしか返ってこないのは一目瞭然なので、聞く意味すらないと思われます。
 ジローもいたずらにグダグダになるのは予測していたのでしょう――「……やれやれ。 これでは判定にならんな」今度は円筒型の香水瓶を取り出すと、緑谷とキョーコに振り掛け、二人を元に戻します。
 性格逆化剤――偏った方向に向かった性格のベクトルを逆方向に向かわせることで増幅された性格を正常に引き戻す香水によって元に戻る二人ですが、「ただ、これを素の状態で使うと――――案の定、続くのは注釈。
 その注釈を語り始めたところで、黒澤さんと大神ちゃんが黄村を訪ねて教室へとやって来るのですが、生憎黄村は生徒会室へと向かって不在。
 惜しくも入れ違いになったことを悔やむ黒澤さんですが、それもやむなし、と軽く世間話を交わそうとしたところで事件は起きるのです。
 ジローが何気なく横に置いた逆化剤の瓶を無言で手に取り、僅かに怪訝な表情を浮かべたかと思うと、「む?」とりあえず怪しい罠には引っ掛かってみると言わんばかりに躊躇なく自らに使用してみる大神ちゃん。
 赤ちゃんか何かか、アンタはッ!?
 効果を理解した上で他人に向けるユキも厄介だけど、説明聞かずに見切り発車しちゃうこの人も大概厄介だよッ!!
 ジローが止めようとしても時既に遅し。
「? どうしたんですか、大神――
 何が起こったのか――――そもそもそこで何が起きていたのかも聞いていなかった黒澤さんが怪訝そうに視線を向けたそこには――
「えへっ☆ 何見てるのカナみんな!? 姫乃はいつも元気だゾ(はぁと)」

 性格ゲージを漢から乙女に振り切れさせた大神ちゃんが笑顔を輝かせていました。
――!!?
 いや、誰だよホントに。
 こうなったのも、説明しようとしたジローの背中に「このアイテムジローくんがつくったの?すごーい!」キョーコのものとは比べ物にならない立派なおっぱい押し当てて抱きつくのも逆化剤のせい。
 素の相手に使うと性格そのものが逆に振れてしまい、漢っぽい性格だった大神ちゃんはすっかり乙女な性格へとなってしまったのです。
 それを証明するために、検証してみるユキとキョーコですが、「大神ちゃん、甘いもの好き?」「大好きだよ☆」「ホントだ、乙女だ!」その判定基準では、俺も乙女になっちゃいます。

 ……どうも、乙女です☆(挨拶)

 野太い声で言っても説得力はありませんね。俺自身も気味悪いし。
 ですが、「無理―――――!!!」叫びとともにそれ以上の拒否反応を示したのが黒澤さんでした。
すっかり取り乱して「何ですか、この気持ち悪い大神は!? チェ…チェンジっ!!」チェンジを要求する黒澤さんに、「え―― ひどいよアキラちゃん――大神ちゃんは乙女の口調で抗議します。
 バトルジャンキーだったのも、他に接し方を知らないだけだから。
 誰だ、よりにもよってそんな物騒なコミュニケーション術を教えた馬鹿は?
 殴り合って理解を深めようとさせる辺り、通りすがりの番長にでも教わったのかもしれません。
「でも、これでちゃんと接することが出来るね!! いつもケンカ腰でゴメンね、アキラちゃん(はぁと)」
 鼻先を軽くつつかれ、嫌悪感と裏切られた感覚に捉われた黒澤さんが顔面を蒼白にしつつサブイボ立てるのを見て、流石に洒落にならないと思ったのでしょう、キョーコはジローに大神ちゃんを元に戻すように命じるのですが、乙女の衝動に目覚めた大神ちゃんは「あ。なんだか甘いもの食べたくなっちゃったー。行ってきまーす♪流れを無視して衝動に身を任せます。
 そこでユキは気付いてしまいます。
 ストイックな戦闘マシーンから甘いもの好きの気まぐれ乙女――強化された性格で気絶した緑谷という実例を見てしまった以上、元に戻った時のことを考えるとショックで暴れだすのは最早必然。
 鬼ごっこでの大破壊劇を再現されてはたまらない、と止めに入ろうとする一同でしたが、大神ちゃんを抑え込むだけの実力を有する黒澤さんはショックで壊れて使い物になりません。
 対大神ちゃん用の切り札である黒澤さんを戦線復帰させない限りはどうにもならないと、出遅れざるを得ない一同を尻目に甘味を求めて乙女歩きで食堂へ向かう大神ちゃんを呼び止めるのは「実は、新しいコスが手に入ったんだけど――下心満載の黄村でした。
 ハートをあしらったカチューシャとコルセットで胸を強調したフリルつきのドレスと同じくフリルのついたミニスカートという、「貴様、あいどるに相違あるまいな?」と問い質したくなるコスプレをむしろ喜びを前面に押し出して着る大神ちゃんに違和感を感じはしたものの、黄村はその違和感をあっさり受け入れると「よし、ではちょーっと胸をはだけてみようか!」さらに要求をエスカレートさせるのです。
 なお、あいどる発言を詳しく知りたいという方がいたら、下記の動画をご覧ください。色々ひどいです(褒め言葉)。
【ニコニコ動画】【アイマス×三国志×戦国ラグナロク】三国ラグナロク【ごったニ!】


 ですが、黄村の要求は間一髪で止めに入ったジロー達のハリセンで当然の如く粉砕されました。
 前後不覚の大神ちゃんにコスプレをやらせようとするのはプロとしての仁義に反する行為!ましてやセクハラメインのコスプレなどもっての他!という訳で、すっかり大神ちゃんにコスプレ担当の座を奪われたユキをはじめとした一同の天誅が黄村に下されるのですが、制裁に夢中になっていた彼らは結局大神ちゃんを捕捉するのを忘れ――当初の目的である甘味を大量に手に入れた大神ちゃんは乙女の本能に従って瞬く間に六つのプリンを平らげるのです。
 ますます以ってユキとキャラ被りを起こしています。
 基本的に無敵キャラという部分も被っていますし、ユキは色々危機感を持っておいたほうがいいと思います
 これ以上無敵キャラが増えてはパワーバランス的にも作品のバランス的にもまずい、と思ったのでしょう、一刻も早く大神ちゃんを正気に戻すために動くジローでしたが、スプレーが吹き付けられたそこには既に大神ちゃんの姿はなく、
んもー、女の子が食べてる時に―――― 邪魔しちゃダメだゾ♪

 逆に助走なしで飛び上がった大神ちゃんのソバットを喰らったジローは学食の壁にめり込むのです。
 乙女になっても変わらない強さに驚く一同ですが、あくまで性格が反転しただけであり、身体能力をはじめとした本質的な強さそのものは変化がないもの。
 キャラに合わない甘いものもコスプレも元々好きだったのであろうことを思い知らされ、面食らう一同ですが、キョーコはその中でジローに抱きついた大神ちゃんの姿を思い出すのです。
 なかなか素直に自分を出せないキョーコに対し、惜しげもなく自分を主張する大神ちゃんはライバルとしてはあまりに強力――しかし、大神ちゃんを大幅に凌ぐ形でアピールを繰り返しているのに肝心のジローは気付かないわ、キョーコも『ジローの周りの女の子』という評価以上のライバル視には至っていないわと散々な空回りっぷりを見せているシズカがいることを、キョーコは理解すべきです。
 何はともあれ、このままの状態では問題がある、と大神ちゃんに早く元に戻るように促す黒澤さんに、大神ちゃんが返した言葉はどこか物憂げなものでした。

「アキラちゃん 私――――― このままの方がよくないかな?」


 元の性格に戻るということは粗雑で乱暴な自分に戻ってしまうこと。その所為で黒澤さんに迷惑を掛けていることは自分でも判っているのだから、このままでいた方がお互いのため――――そう返す大神ちゃんの言葉に対し、黒澤さんは溜め息の後に強烈なデコピンをお見舞いするのです。
 一般人が喰らえば首がもげかげない一撃に抗議する大神ちゃんですが、その抗議を無視すると、黒澤さんは続けて言います。
「あなたの粗暴さなんて慣れっこですよ。いいからさっさと戻りなさい。
 それに――私は普段のあなた、わりと気に入ってますよ? 確かにあなたは粗暴で 常識なくて 挑戦的で やっかい極まりないですが――照れがあるからでしょう、出来るだけ視線を合わせようとせずに微かに言葉を途切れさせ――「と…「友達」…ですからね」続けられた言葉に対して目に涙を溜めて抱きつく大神ちゃんに、ユキの目にも涙が浮かびます。
 きっと素直キャラではないから微妙にキャラ被りしない、という安堵からくる涙でしょう。
 でも、ついにキョーコに色恋沙汰のつつきどころがバレてしまった以上、大神ちゃんのキャラがどうあれ、ユキもまたキャラ変更は避けられません。
 ユキはキョーコやアキからの徹底した反撃にガタガタ震えて恐れおののいた方がいいと思われます。

 何はともあれ、ジローが性格強化剤を吹き付けることで逆に振れた大神ちゃんの精神の針も元通りとなり、一件落着。
 日常に戻れたことに胸を撫で下ろしつつも、また一人友達を手に入れることが出来たことを内心で喜ぶ黒澤さんですが、撫で下ろすというか引っ掛かるものが何もない直下型の胸に顔を押し当てて抱きつく大神ちゃんにそろそろ離れるように促した黒澤さんは、ん? 何抱きついているんだ、黒澤? 気持ち悪い素直になったばかりの大神ちゃんの言葉に耳を疑います。
 事態の変化についていけず、思考が停止した黒澤さんと、抱きついているのは自分であるという事態を飲み込まないまま、
「フム。ひょっとしてさば折りの練習か?よし、負けんぞ」とりあえず動くことにした大神ちゃんの意識の差はそのまま動きの差に繋がり――哀れ黒澤さんは大神ちゃんの満力によって締め上げられるのです
 今際の際にジローから掛けられたのは、「ああ、逆転中の記憶はなくなってるから気をつけろ」というあっさりとした言葉。
 いや、ちょっと待て。それだったら元に戻ったときにショックで暴れだす、という説の論拠もなくなっている。
 友情を確認出来はしたものの、散々振り回された挙句、肉体的にも大ダメージを追うというハイリスクローリターンに、黒澤さんは大神ちゃんとジローに対する恨みを新たにするのでした。

 ちーん。

 そして、大神ちゃんと黒澤さんが仲良くケンカしたその脇で、キョーコの自分探しの旅は、グデグデのまま忘れ去られているのでした。

第142話◆宿敵(ライバル)宣言


「う、うん 冷えるとよくないし! ちょっと借りて―――


 小春日和の休日に、洗濯物を取り込み終えた洗濯板――もとい、キョーコ。
 何かと手伝ってくれた乙型もアルバイトに行き、ニートもジローもポチも家にはいない。
 このぽっかりと空いた時間、受験が控えているならば、11月ともなれば勉強に励むという選択肢以外ありませんが、未だ進路は未定なので、受験とも無縁――ということで、のんびり縁側で昼寝するキョーコ。
 明らかにニート路線まっしぐらな発想です。
 仮にここから受験すると宣言したならば、ユキ以上に人生舐めてると言われても仕方ありません。
 今の状態から浪人生活でやつれてしまったら、ただでさえちっぱいなのにさらにちっぱいの肉が落ちてしまいます。フラット通り越してマイナスです。
 しかし、小春日和とはいえ海風は確実に遠い冬を感じさせ、「でも、さすがに冷えるかな」脂肪の薄いマイナスちっぱいにはちょっと応えます。
 何かないかな――そう思って視線を巡らせ、目に入ったのは洗濯カゴに入ったジローのマント。
 ジローのアイテムの中でも特に高い汎用性と使用頻度から、ある時期まではジローの本体と言っても過言ではなかったマントに手を伸ばし、自分の中の照れや羞恥心を、冷えは天敵という言い訳で押し殺したキョーコは、陽光を浴びたオートマントを嬉々として纏います。
 洗濯物独特の温かさとはまた一味違う、ジローを感じさせる温かさに包まれて、頬を緩ませたキョーコは一人悶えて縁側をゴロゴロ転がりますが、妄想初心者の無様な悶えっぷりは、妄想の代名詞というべき存在によって目撃されているのでした。
「う、うーん よく寝たァ――!」「イヤイヤイヤ。全部見てましたから」

 取り繕おうとする言葉を音速で叩き潰し、鬼の首を取ったストーカーは塀を乗り越えると、「ちょっとそこ座ってください」正妻を泥棒猫呼ばわりする勢いで「正座で」説教モードに入るのです。
 日頃ツンケンし続けてきただけに、デレまくりの現場を見られてしまった正妻に反論する力など一切残されておらず、言われるままに庭に座らされたキョーコに容赦なく浴びせかけられる罵倒の言葉。
 アキユキニートが喧伝するまでもなく、カップリングが出来上がっているというのに「やっと馬脚を現しましたね。怪しいとは思ってましたが――」さもたった今キョーコがジローを横取りしたと言わんばかりの態度です。
 と言うか、今までジローの愛を独占していたのだと思うほどの無尽蔵の自信がどこから溢れてくるのかと思うと、ある意味尊敬に値します。
まさか、ジローさんのマントにくるまって「ぐへへ、たまんねェぜ」なんて言うほどのメロメロとは…! 正直、どん引きですよ渡さん!!
 ――前言撤回。こうまで振り切ってると、下手に尊敬するとなんか洒落にならないことになりそうです。
 しかし、こちらが勘弁してもらおうとしても、色々振り切りきったシズカには人の話を聞きませんし当然言い訳も通じません。
 もちろん、猪突猛進タイプのシズカに目撃されてしまった不覚を悟ったキョーコが話を逸らそうとこの場に来た理由を尋ねても、「いえ、私はジローさんを覗きにきただけですが?」ブレることなくハキハキと返します。
 いや待てマジ待てこんにゃろう。覗きもストーカーも立派な犯罪です。
 ですが、ブレないシズカは自らが犯罪行為に手を染めていることなど全く気にしません。全てはジローをものにするための努力。努力であれば法の一つや二つくらいぶっちぎっても問題なし(許されません)。
 その努力の成果もあってジローのことで知らないことなど何一つない。その自信と共に「残念ながらジローさんに関しては私の方が上ですよ?どうせ渡さんは一緒に住んでても、好物すら知らないんじゃないですか?」超上から目線で勝ち誇るシズカ。
 ジローに関して勝ち誇られることなど許せない――独占欲と共に呼び起こされた苛立ちに任せて「そ、それくらい知ってるよ! ジローの好物はコロッケ。 肉入りの奴が特に好きで――売り言葉に買い言葉で応じるのですが、
「ええ、一度に10個以上食べちゃうくらいですね。先月、渡家でのコロッケの日は3回。合計34個を食べてます。
 学校の帰りに、コンビニでも4度買い食いしてますね。しょう油よりもソース派。渡家ではつけずに食べたりします」売る側のインフレは深刻でした。
 うわッ!ガチに犯罪レベルだ、この人ッ!?
 よそ様の食卓風景に監視入れまくっている辺り、犯罪もいいところです。
 しかし、犯罪レベルのストーカーであっても迫力で誤魔化せるのが世界の不思議。「まァ、知ってるというならこれくらいは当然ですよね?情報は大事ですから」圧倒的な迫力に圧されて、思わず月影先生化するキョーコの態度にシズカは思い切り勝ち誇り、更なる上から目線でジローの伴侶には自分こそが相応しい、と、いつぞやの表で言えば既に十馬身は放してると確信するのです。
 強敵と思い込んでいたキョーコの意外なまでの不甲斐なさは否定しませんが、よく見れば既に周回遅れです。絆の深さで言えば毎日一緒に散歩しているポチにも負けてます。
 というか、恋愛は一方通行ではなく双方向。如何にシズカがジローのことを知っていると豪語しても、毎日モニタリングしているキョーコと毎日陰日向とストーキングされているシズカとでは、残念ながらジローの持っている情報量には差がありすぎます。
 ストーキングしている間は存在を認識されていないことを思い知るがいいと思われます。
 ですが、モニタリングの事実を公言したくないキョーコが突いたのは、シズカとジローの立場の違い――将来はキルゼムオールの大幹部としてジローを尻に敷くつもりのキョーコと違い、正義志願であるシズカと悪の首領であるジローは相容れない存在じゃないのか、と尋ねるキョーコでしたが、「だからこそ熱く燃え上がるんですよ!」そのような安い障害にシズカの暴走を止めることは出来ません。
「仲間たちにはヒミツ… でも本当はラブラブで…(はぁと) 私がピンチの時には思わずかばってくれたり(はぁと) それでいつしか私の愛のパワーで正義に目覚め、仮面を被って謎の人として…」
大丈夫!アンタ秘密ダダ漏れだからッ!!前提でコケてるからッ!!

 ですが、面と向かっての指摘も馬耳東風のシズカには、読者のツッコミなど聞こえるはずもありません。
 自らの妄想がすっかり確定した事実であると誤変換を起こしたのでしょう、一通り妄想を語り終えたシズカは「てなわけで、諦めるなら今のうちですよ? さあ。「まいった」って言いなさいー!」争いの虚しさを説いてキョーコに降伏を勧告するのですが、そのようなバグった発言で降伏するほどキョーコの頭は残念ではありませんでした。
 いや、負けてないし!つか、純度100%の妄想じゃん!
 なんですって!ジローさんに抱きしめられた私の言うことのどこが妄想ですか?!
 案の定、大変やかましい言い争いの泥仕合になりましたが、この前の鬼ごっこの時にはシズカの目の前で抱きしめられたことやら、抱き心地のよさを愛でられたことやらを自慢込みで反論しようとしていたキョーコの言葉を「すみません、ちょっと休戦」シズカは一方的に打ち切ります。
 敗北を悟っての逃げ、という訳ではないことは――というか、シズカが客観的にはどこをどう見ても負けていようとも、敗北を認めない限りは負けていないと言い張るどこぞの最強死刑囚五人組のようなタイプの困ったちゃんであることはキョーコも理解済み。そのシズカが休戦を宣言したということ自体が、不測の事態が起こっていることの証明なのでした。
 その超感覚に導かれ、二人が向かった先は商店街。その一角にある銀行から響く非常ベルの高い音と野次馬、そして、二階の窓から怒声を上げるスキー帽の男に、何が起こったかを二人は悟ります。
 片手にはナイフ、逆側の脇には人質の中年を越えかけた男の禿頭を抱えるスキー帽を被った銀行強盗に、黒澤さんかジローの応援を呼ぼうとするキョーコでしたが、「気配から察するに、犯人は4、5人…何とか私でもやれるかな…?」シズカは気配で戦力を把握するとともに、押し止めようとするキョーコに笑顔で返すとその身体能力を活かして瞬く間に侵入を果たします。
 大変です!藤沢銀行のセキュリティ、結構ザルです!シズカのように常人離れした運動神経を発揮せずとも、屋上を経由すれば窓からラペリングひとつで潜入可能ですよこの金融機関!
 セキュリティの甘さを露呈した金融機関はさて置きますが、半開放された窓から犯人の人数や人質との距離を確認したシズカは音もなく行内に潜入し――「シズカブレード最大出力――「物干し竿」!!不意討ちする形で戦闘を開始します。
 極限まで伸ばしたエネルギーの刃で人質を取っている男のナイフを弾き落とし、何が起こったのか把握する前に瞬時に間合いを詰めつつの飛び前蹴りを叩き込むことで人質の安全を確保するシズカでしたが、敵の戦力が眼に見えるものだけしかないと決め付けていたシズカの判断力の甘さは、確保したと思っていた安全をあっさり喪う要因となるのです。
 響く銃声と壁に穿たれた弾痕によって、銀行強盗を企てるならば当然持っている拳銃があることに気付かされたシズカが、戦慄と判断ミスに身を硬くしますが、最早手遅れ。
 突然入った邪魔を排除するために、放たれた銃弾は真っ直ぐ標的へと向かい――
キン

 金属質の音とともに阻まれました。
 愕然とする強盗犯達と、同じく愕然とするシズカの間に巨大な壁となって立ちはだかるのは圧倒的筋肉ッ!!
 白い筋肉、そして、緋色のマントを羽織り、実写版下町カイザーを彷彿とさせる圧倒的な雄性を滲ませるその立ち姿――やや不機嫌そうなへの字口でそこに立つメガネ面の持ち主は、誰あろうキョーコでした。
 銃弾をあっさり弾かれて驚愕する強盗犯と、軽く180cmを越える筋骨隆々の肉体を得たキョーコに恐れ戦くシズカに対し、自分でも訳が判らないけれど、マントを適当に弄っている内に戦闘モードを起動させたキョーコは、「なんか戦えちゃうみたい」瞬時に拳銃を持っていた一人を含む三人の強盗犯を屠り去ります。
ジローの血の滲む修行を二秒で超えないで頂きたい(一同爆笑)

 ジローと同じく悪の穴で修行することでようやっと戦闘モードを使いこなせるようになった大首領、そしてキルゼムオールはもとより、悪の穴を作り上げた数々の組織の努力を才能一つで有名無実にしてしまった未来の大幹部様――心身のリミッターがハナから外れているのか、はたまたジローや大首領の基礎体力がキョーコの素よりも低いのかは、どっちにしろ可哀想なのであまり触れないことにしますが、容易くジロー以上の戦闘モードのポテンシャルを引き出したキョーコに、シズカはただ驚くばかり。
 そのため、残る強盗犯――人質を取っていたスキー棒の男と、もう一人の野球帽の男は、二人から目を切ってしまったシズカ、そして、おっかなびっくり戦闘モードの圧倒的な力を操っていたキョーコの隙を突いて中年男性を改めて人質に取るのですが、「今からお前らも人質だ…!こんなおっさんじゃつまんねェしな…!」スキー帽の男の言葉に続く、野球帽の男の言葉は明らかに地雷でした。
「役に立ってもらうぜ!まァ、貧乳で色気ないのが不満だが!」
 逃げて!野球帽逃げて!
 ですが、人質を取っていい気になっていた二人は逃げ遅れてしまいます。
 とりあえず抵抗を封じようと跪かせようとするスキー帽の声を無視してマッチョな左フックとジャージの右フック。
 同時にヒットした拳によって顔面を陥没させたスキー帽が声を発することも出来ないまま崩れ落ちるのが、スローモーションのように見えてしまった野球帽、そして人質の中年男性は自らの命の終わりを悟り、必死に命乞いをするのですが、「それよか誰が「貧乳」ですと?」「聞き捨てならないよね?」まな板二枚の薄っぺらいプライドの前には、他人の命などどうでもよいことでした。
まな板だから最初から薄っぺらいだなんてひどいことを言わないで頂きたい!!

 何はともあれ、不届きな言葉を吐いた野球帽を縦拳と右ストレートで滅殺した洗濯板まな板は、缶コーヒーを片手に和解の席を設けます。
 助けにきてくれたこと、そして、ジロー以上に戦闘モードの力を引き出したことは感服するし、将来悪の幹部として対峙する相手かと思うと恐るべき相手かもしれないが、ジローについては退く気はない――と、シズカはフェアな戦いを宣言するのです、が、犯罪の向こう側を容易く越えてくるシズカの言うところのフェアがどの辺りに線引きされているのかと考えると、不安しか起こりません。
 あと、「負けない」と言っている割にキョーコがキルゼムオールの幹部になると想定している時点で、既に正妻の座は諦めきっています。
 シズカの独占欲からして、愛人とか側室に甘んじるとも思えませんが――まさか、正妻の座を一旦渡した上で廃除することを考えているのでしょうか?
 途端にサスペンスな展開が待っているような気がしました。妻こえー。
 唐突に古畑任三郎のDVDを一気視したナポリ在住の日本人仕立て屋(ザリガニ)と化す読者はいいとしますが、ザリガニ並にチート気味な洗濯板はその挑戦を真っ向から、
「…うん、受けて立つ!」のです。
 ですが、銀行強盗騒ぎを聞きつけてやってきた肝心のジローはというと、取り敢えずの手打ちの場となった銀行の前で事件を解決した二人に――主にオートマントを使いこなしたキョーコに驚き、「こいつら応援に呼んだのだ、いらなかった様だが」急遽呼び寄せた助っ人が必要なかったことに安堵するばかり。
 しかし、応援として集めた助っ人はどいつもこいつも女子ばかり。
 乙型にルナという悪の側、正義の側からは黒澤さんと半ば黒澤さんのオプションと化した感のある大神ちゃん――善悪両陣営を問わずに異能を持った女子を集めてしまう才能は、天然ジゴロか、はたまた創造主の罠か。
 脳裏で響く銅鑼の音。
 このジローのハーレムで一番にならなければならない、と改めて思い知らされた二人は、ブチ切れそうな自らを抑えつつ互いの「頑張ろうね草壁さん」「ええ…ですね」誓いを再確認するのです。
 正妻と側室の戦いはまだ始まったばかり。
 水面下で火花散る争いに、ジローはただただ首を傾げるばかりなのでした。

第143話◆忍者VS吸血鬼


――見られた―――!!


 秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、夕食時にはすっかり真っ暗。
 そんな夜闇が音もなく降りた公園で、焚き火の赤い灯りを受けて「398――399… 400…っと!」片手逆立ち腕立てを続ける人影が一つ。
 いつしか片手腕立ても親指、人差し指、中指の三本だけに移行させ、筋力25を目指そうとしている小柄な人影の正体はサブロー。組織復興の足しにするとともに、負け続けの人生を挽回する修行のため、大首領からの援助によるゴージャスな暮らしを捨てて公園で野宿生活を続けていたのですが、文明に頼ることで野生を退化させた人間にとって野生と渡り合う生活は厳しいことも確かであり、苦労して手に入れた唯一のおかずである焼き魚は野良猫に浚われてしまいます。
 陸奥なら魚は手掴みしたり蹴り上げて確保することが出来るのに、釣りに頼る辺りはまだまだ甘いとしか言いようがありません。
 しかも、野良猫との壮絶なチェイスの末に敗れた様を「ぷくく…はははは!」よりにもよって何かとぶつかることが多いルナに見られてしまったとあっては、恥辱も倍に感じてしまうというもので、テント暮らしを知られるわけにも行かないと「なんでもなかばい。えーと…キャンプ!キャンプが趣味で――強がる言葉にも「1人でか?さみしいヤツだな――!」上から目線で返されてしまいます。
 遊んでないで組織のことでも考えろ?猫に負けるような弱さなんだからせめて修行でもしろ?まぁ、ちびっ子には無理だろうがな――矢継ぎ早に繰り出される憐れみ混じりの言葉の数々によって増幅した屈辱は翌日の部室で爆発するのです。
「ムカつくばいあいつ――!!」
 オレん方が先輩やっちゅうとに敬う気持ちがいっちょんなか!後輩やったら後輩らしく先輩を敬わないかんやろうが――と、ジロー達の前で吠えるサブローを、ユキとキョーコはやれやれ、といった苦笑でなだめるばかり。
 そもそも面と向かって言えない時点で負けモードですが、それにも気付かないサブローは続いたジローのアドバイスを真に受けてしまいます。
「そういえば昔 師匠が言ってたな。 序列で上に行くには実力を示すしかない、と」

 いや、だから負け路線一直線だから!というか、「そういやあんた、昔 あたしに挑戦してきたわね…」目の前で繰り広げられているあまりに一方的な夫婦喧嘩という、実力を示した結果に目が行っていない辺り、サブローの追い込まれっぷりは相当なものです。
 そして、尻に敷かれる事が常態化しているジローの言葉を信じ込んだサブローは行動に出るのです。
 最初からこうしておけばよかった。悪らしく、実力を示して黙らせる――平和ボケして久しく忘れていた荒んだ記憶を掘り起こし、一部男子生徒の間でマニアックな人気を得ているルナの前に立つと、「枕崎。お前はオレを怒らせた………」苦無を懐から引き抜いて言うのです。
 いつものサブローと違う、明確な敵意に一瞬面食らったルナではありましたが、そこは壊滅したとはいえ、ルナとて悪の組織ドラキュリアの首領。突きつけられた敵意には、力で以って返すのが礼儀とばかりに「痴れ者が…いいだろう。たまには吸血鬼の力――見せてくれる!!その牙を剥き出しにして迎え撃ちます。
 が、身体能力は一般人と大差ないへっぽこ吸血鬼と身体能力だけなら人外の域にある自称ニンジャとの差は歴然です。
 正面から突貫するルナの牙を流れるような身ごなしで躱すとともに「必殺――十分身の術!!全力の分身を見せるサブロー!
「フフフ…びびったか!」「全力分身!これが俺の実力ばい!」「見切れるものなら――」「見切ってみろ――――!!」
 しかし、サブロー渾身の分身の術へのルナの反応は「で?これがどうした?冷淡でした。
 分身だけでは攻撃にならない。それだけのことを言うのであれば、リアクション不可とかダメージに+10D、あまつさえ軽減不可とかバッドステータス付与の付加価値とかがついてるんだろ?ホレ、やってみろ。(藤木ファンサイト兼TRPGサイト要素)
 ですが、ルナの煽り言葉は、FEAR系システムにありがちな付加価値はおろか、攻撃そのものも考えていなかったサブローにはあまりに痛い言葉の槍として突き立ちます。
 第一、TRPGといえばシンプルなSNEという世界律から見れば、追加効果を促すルナの煽りはサブローにとっては予想外。
 いや、オレはソードワールドのルールでやりよったとに、アルシャードんごと追加で技重ねるとか出来んに決まっとろうもん、と言う内心の叫びを押し殺し、必死に分身の凄さをアピールするサブローですが、デモンパラサイトという異端のシステムを除けば、SNEのシステムでは分身技は基本的にダメージキャンセル技です。
 確かに<効果:一瞬>とされるダメージキャンセル技を持続させること自体は凄いことではありますが、一瞬で終わるはずの効果を持続させるために体力をガリゴリ削ぎ落として行く一方のサブローと、ダメージが来ないのであれば、と特にリアクションを取らないルナの間に広がる溝はあまりに深く――――渡り廊下での激突は、「お前…もう少し役に立つ技身につけろ?」サブローの自爆によって幕を閉じるのでした。
 更なる屈辱を食わされたことで、当初の目的をすっかり忘れたサブローはこうなったらどうやってでもびっくりさせてやる、と土遁の術でルナの行く手に潜むのですが、そこは忍者ならぬニンジャマニアの悲しさ。土遁や水遁といった『遁』の一文字が含まれる術は遁走――すなわち逃げることを主眼に置いた技であるということを理解するには至っていません。
 そして、本来の目的と違う用途に使われることは、更なる不幸をサブローにもたらします。
 ルナとは逆の方向から走ってきた名もなき野球部員が見たものは、人の形にうっすら盛り上がった地面。
 地中に潜むことで敵をやり過ごすという本来の用途と逆に、地中から現れることで相手を脅かそうという意図によってなされた中途半端な潜伏術が生み出したその人形は、知らない者が見たら、申し訳程度に土を掛けただけの粗末な土饅頭から現れかけた死体そのもの。
 ましてや、その土饅頭から微かな呼吸音が響いているとあっては「ぎゃース!!!」驚くのも無理はありません。
 野球部員が思わず投げた石は的確にシュノーケル代わりの造花に命中し、呼吸の手段を喪ったサブローもまた「ぎゃース!!」盛大に悲鳴を上げて土中から起き上がってしまうのです。
 白日の下に姿を晒したサブローと、あっけに取られるルナ――僅かな時間の後、この構図が生まれたのはサブローをルナのスカートの下の宇宙を垣間見ようとしたことからであると見做したルナは、サブローを変態と断じるのでした。
 しかし、変態という言葉に反応して「何!?変態だと!」「であえであえ!」瞬時に捕り物が展開される辺り、三葉ヶ岡高校の警備体制の万全さは目を見張るものがあります。
 三年連続で生徒会長が変態だったということも、この万全の警備体制にあるのでしょうか……主に不祥事を外に漏らさないために
 ともあれ、変態扱いまでされたことで「もう怒ったばい――!!頭の中からすっかり当初の目的は消え失せ、とにかくルナをぎゃふんと言わせることにのみ傾注する一方のサブローは、ジローが示した蚊取り線香という禁断の技に手を出すことを心に誓うのですが、そんなサブローの目に、校舎裏に呼び出されたルナの姿が映ります。
 人気のない校舎裏にあるのはルナと呼び出した側の男子生徒――その様に、見た目は美人だから告白されるのも判らんでもない、と納得しつつサブローは一部始終を見守るのですが、はァ。 お前ごときがこの私につりあうとでも思っているのか 下民が。 失せろルナは尊大な態度でばっさりと応じます。
 逆上して殴られても仕方ない――そう思い、いざとなったら止めに入ろう、と思いつつ様子を見守り続けるサブローでしたが、忘れていたことがありました。
 変態を表に出さない組織がしっかり確立しているということは、裏を返せば内側は変態の巣窟になりえるということとも同義!見るからにオタク気質に満ちた脂ぎった長髪と、肥大した容姿を併せ持ったその男子生徒もまた「そ…そんなっ… さっそくの上から目線!流石ルナたん!!た、たまらん!!」そんな変態の一人でした。
 堪らずに、もっと蔑んでもらおうとルナに抱きつく男子生徒に、これもまたいい薬、と溜め息一つついてその場を立ち去ろうとするサブローでしたが、踵を返したところで異変に気付いてしまいます。
 さっさと逃げればいいのに逃げずにただわめくだけ――飛ぶことも出来れば霧に変化することも出来ることも出来るはずなのに、それをしないということは、体調でも悪いのか、と思い至るサブローの見立ての通り、新月のために得ることが出来る魔力が枯渇している現在のルナは最早一般人以下。
 とはいえ助ける義理はない――と立ち去ろうとするサブローでしたが、あまりに強引に迫り、一発殴って欲しいと要求する黄村の廉価版のような変態生徒に詰め寄られるルナを見捨てることも出来ませんでした。
「そのへんにしといてくれんね?不本意やけど、そいつ、オレの後輩やけん」

 弱きを守るは先輩の務め。見逃すことなど出来るはずなどない、とばかりに止めにきたサブローを変態生徒は「ルナたんにぶたれたいなら順番守れ――」とズレまくった逆ギレをブチカマすのですが、サブローはその巨体を一本背負いで軽く投げ捨てると、「やるではないかちびっ子!!助かったぞ!よーし ほめてやるー!」意外そうにしつつも助けられたことを手放しで喜ぶルナに向き直り――
振り降ろされる拳骨一発ッ!!

「「ありがとうございました」やろ! きちんと対応しないからこうなる!」
 反射的に口答えしようとするルナでしたが、その言葉を制すると、誰彼構わず尊大な態度を振るっていては、相手次第では怪我では済まないことになりかねない――と強い口調で反省を促すサブロー。
 勢いで殴ってしまったことを思い返し、また口答えされる――と思ったところで返ってきたのは「ご…ごめんなさい…… ありがとう…ございましたサブロー先輩…」意外なまでに素直な言葉。
「確かにお前の言う通りだな…反省する」続く言葉はいつものものに戻ったものの、初めて見た素直な泣き顔のインパクトはその容姿とあいまって、サブローの心を強く揺さぶります。
 無自覚故の思わぬ反撃に、思わず頬を染めつつ「い、いや、わ、わかればよかばい…」顔を背けたサブローに声を掛けるのは、「どうだ、和解できたか?」サブローの頑張りに全てを一任していたジロー。
 何時の間にか自分だけで引っ張るばかりでなく、任せるべき場所は任せるという、真の意味でのリーダーシップを発揮している辺り、卒業と同時に本当にキルゼムオール復興させるんじゃなかろうかと不安でなりません。
 いや、復興させる時は連載終わり間近というのは間違いないですから、もうちょっと粘ってくれないと、その……困るんです。
 藤木ワールドのTRPG化を狙っている変り種の読者の事情はいいとしますが、年少組が仲良くやるというのは組織の長になる予定のジローにとっても望ましいところ。
「そうか、よかった!お前らそもそも同い年だしな、うまくやれると――
 満足げにそう呟くジローの言葉でしたが、その呟きはルナにとってはあまりに意外なもの。
 いや、ちょっと待て!そいつは先輩じゃないのか?
 知らなかったか、サブローは飛び級で高校に入ったから、こう見えて頭はいいのだぞ?
 こう見えては余計――ばってんが、優秀な先輩であることに変わりなかけん、敬い、崇め奉ればよか。困った時には頼ってくれればこがん風に助くっけんさぃ――と、ナチュラルな筑後弁では言ってませんが、自信満々に胸を張るサブローに、お返しの拳骨が振り下ろされました。
先輩どころかタメではないか!えらそーにしおってこのちび――!」
先輩は先輩やろ!?ちび言うな――!
 かくして再び始まる口喧嘩。
 ちびっ子二名の言い争いに、ジローはただ諦めの溜め息をつくばかりなのでした。


第144話◆告白シミュレーション


「え?花?何…?何の話…?」


「んーよし!今日の勉強終わりー!」
 はじあく世界の最強キャラの一人として名高いユキとは言っても、大学受験は未知の領域。
 未知の領域である以上、失敗もありえることは仕方ない。しかし、敗北を由としない以上、やるべきことは受験勉強というたった一つの冴えたやり方以外はありません。
 勉強もひと段落着いて、疲れと充足感に身を任せつつ、新見さんのココアを待っているユキの胸中に去来するのは、何故か同じく受験勉強に勤しんでいるであろう緑谷のイメージ。
 いや、ちょっと待って!なんで緑谷くんのことを考えてるの?惚れてるのは向こうの方じゃない?
 確かに友達としては頼りないけど悪い人じゃない。だからと言って、なんでこうも意識しなけりゃならないのよ?!
 自らの中に芽生えた、奇妙でむず痒い感情に悶えるユキに、追い討ちするかのように「お嬢様、お電話です」電話を携えてやってきたのはココアを淹れに行ったはずの新見さん。
 今時直接携帯電話に掛けずに固定電話に掛けてきた辺り、ユキの携帯は写メ専用である可能性が高いです。もしくは、携帯番号を教えてないか。
 どちらにせよろくな理由ではありませんが、「緑谷様から」電話とともに受け取った新見さんの言葉に、「うそっ!?うわっ!?わっわっ!?ユキは思う存分慌ててすっ転びます。
 はじあく世界有数の悪女だったユキの慌てぶりを見てほくそ笑む新見さんはさて置き、電話を受けたユキに届いた声は「もしもし先輩ですか?夜分にすみません」緑谷は緑谷でもブラコンの――もとい、花子さんの方。
 とりあえず意識し始めてしまった相手ではないと知って気を取り直したユキでしたが、相談したいことがあって翌日伺いたい、という言葉に続く「お兄ちゃんのことなんですけど――」の一言に、必死に鎮めたはずの心臓が再び鼓動を早めるのを感じます。
「えっと、お兄ちゃんも3年生の2学期じゃないですか。 残すところはクリスマスくらいでイベントもないですし、そろそろした方がいいんじゃないかな――って… 好きな人に告白を」
 ブラコンではありますが、世間一般によくある(普通ありません)歪んだ恋愛観は持っていないことを喜ぶべきでしょうが、いきなり槍玉に挙げられてしまったユキは喜ぶことなど出来ません。
 いやいやいやいや、告白される本人に相談するってどういうことよ――そう問い質したくなる衝動を辛うじて抑えるユキでしたが、抑え込めない動揺は「い、いや、まだ心の準備が――明らかにアウトな一言として口をつくほど。
 ですが、「渡先輩に」花子さんの認識はユキが教え込んだもののままでした。
 とりあえず安心はしたものの、この誤解も本を質せば自らが蒔いた種。かつてキョーコのジェラシーを刺激しようとしてユキが教え込んだ嘘を未だに信じていた花子さんに、噛ませに育て上げようとしただけだった、と説明するのもまた新たな地雷を起爆させることになりかねないと、慎重に、そして、緑谷が惚れているのはユキ本人である、ということは伏せつつ、花子さんに敷設した地雷を解体しようとするのですが――残念ながら、この自律型地雷は勝手に自己増殖しておりました。
「あ、お兄ちゃん! やったね!ユキ先輩が告白手伝ってくれるって―――!!」キョーコは既にジローに嫁いでキルゼムオールを盛り立てていくことが決まっている、というユキの説明を聞かないままに、風呂上りの緑谷を呼び止めて「ユキ先輩、渡さんの告白にアドバイスくれるって!!」盛大に起爆した花子さんに、ユキ、そして緑谷はこう思うのです。
――!!?

 でも、流石にユキは言う資格はないと思います。
 他人事であれば――せめて緑谷の想いを知らなければまだ気楽に茶化しながら楽しむことが出来たのに、当事者となってしまったことですっかりいつもの余裕も消え失せて――
――ど、どうしてこうなった―――!?

 うろたえるばかりのユキを、新見さんはココアを飲みながら眺めるのでした。
 どーやら新見さん、ユキよりも格上の存在のようです。
 何はともあれ、素直な暴走機関車と化した花子さんの仕切りのままに、ユキの自宅へと赴く緑谷兄妹でしたが、花子さんの誤解を解くことが出来なかったことと、ユキにまでキョーコが好きだと思われていたことに緑谷は落ち込みながら、この二つの誤解をどうやって解くかと思い悩みます。
 しかし惚れた弱みとはよく言ったもので、チャイムに応じて姿を現した、部屋を掃除していた、というユキのエプロンとバンダナ姿という新鮮な姿に容易く下がったテンションを引き上げる緑谷。
 あえて掃除を手伝わなかった新見さんに感謝するがいいと思われます。
 というか、ユキは人をからかう割に自分の脇が甘すぎます。新見さんが「少年へのサービスです」と小声でこっそり言っている辺り、既にバレまくりだということを自覚すべきです。
 新見さんの策略によるささやかなサービス、そして、かつて贈った絵がユキの自室に飾られているという事実に喜ぶ緑谷でしたが、「ところで、アドバイスって一体何を?」意識過剰なユキが切り上げるかのように本題に入ることによってサービス期間は終わりました。
 マニュアルとして花子さんが用意した少女マンガの情報によると、告白には演出が大事ということ。
 しかし、肝心な“どういう演出をすればいいのか”という部分はブラコンな上、一度信じ込んだら一途に突き進むしか道を知らない花子さんには判りません。そこで、具体的にどのような演出をすればいいのか、という部分をアドバイスして欲しいと頼む花子さんに、既に答えを知っているユキは「えー…えっと、そ、そーだねー! や、やっぱり強気で来てくれるとうれしいかな…? で、心に響く一言と―― ちょっとした気遣いがあれば一般的にはOKかと」自分の希望を込め、如何にしたら自分を落とせるのか、というヒントとともにアドバイスを贈ります。
 その時点で既にユキの中にある答えは出ているようなものですが、「わかりました!じゃあちょっと先輩相手に実践しよ! お兄ちゃん、こっち来て!」「え?」残念ながら緑谷兄妹は――兄の方はこの場に於いては、そして妹の方は基本的に――ポンコツでした。
――ちょっと待って!?実践って、告白…!? さすがにそれは―――
 唐突な展開に慌てる抑えていた感情を揺れ動かしてしまうユキでしたが、僅かな時を置いてテンパリかけたユキの前に現れたのは、高校デビューを果たした緑谷と、多大な期待に目を輝かせる花子さんでした。
 あまりにもあんまりな光景に一瞬で頭に昇った血とテンションを瞬時に下げたユキが何この超展開、とばかりに青褪めるのも構わずに、「ハイお兄ちゃん!告白!!」残念な調教師の指示に従った緑谷は「おうおうオレと付き合えやコラァ!!」長ランと軍艦ばりのリーゼントを揺らし、「でないと自殺するぞ!!」カイロを渡して「あ、寒くない?カイロどうぞ!」情けない一言を立て続けに繰り出します。
 いや、あかんやろ、正味の話キミの方が寒いわ
 たとえ惚れてたとしても、ドン引きです。
 ユキもまた御多聞に漏れずにこのポンコツ兄妹にドン引きして、「うん、待ちたまえキミタチ」この一連の流れをプロデュースした花子さんに駄目出しをするのですが、こうもグデグデになってくれたお陰で、コロッと行ってしまう危機を乗り越えることが出来たのも事実。
 なびきそうな自分に危機感を感じている時点でなびきまくっているという、ジローに対するキョーコの心理状況と何ら変わりないことを自覚しないといけません。
 ですが、次の特訓は、なびきかけた自分という、ユキにとって恥辱の記憶を吹き飛ばすものでした。
「じゃ、じゃあ、次はより実践的に…… ユキ先輩に渡先輩の役をやってもらいます」
 役に入りきることに定評があるユキに下されたタスクと小道具代わりの花子さんの眼鏡――この二つでスイッチを入れたユキが演じるのは、「あ?」明確すぎるほどの敵意に満ちた眼差しと刺すような言葉「んだよ、話かけんなよ。アニメ観てんだからよ!」そしてアニメファンの魂の持ち主。
 どうやらユキの中のキョーコ像は暗黒モードがデフォルトのようです。
 緑谷は暗黒モードを正確に写し取ったユキの発言をひどいと感じますが、むしろ親友のイメージを暗黒モードで形成しているユキの方がとんでもないと思います。
 しかし、『キョーコ』という役に入りきったユキは暗黒モードを忠実に再現するのに夢中で、これでは練習になるはずなどない、とばかりに制止する緑谷の声に耳を傾けることもなく――「ああん?まだ何か用あんのかよ? そもそもてめェごときが告白なんて10年早いんだよ! だいたい、あたしにはジローっていうステディいるし!横からこられても超迷惑!!」一方的に言葉の槍で打ち据え、貫き、穿ち抜くばかり。
 そんな中でもやっぱりJKKとしての使命感を忘れずにアピールするのは流石としか言いようがありませんが、トランス状態に入ったユキの暴走は止まることなく、
「つか、地味なくせに人様悩ますとか あんた何様よ。ボソボソしゃべってんじゃねーよ!! やんのか!?ああ!?

 立て続けの致命的な言葉で緑谷の精神を折りに行くのです。これ以上いけない!
 どこぞの考古学者兼保険のオプを思わせる勢いでカチンコ持って止めに入る花子さんの制止によって、ようやくユキも正気を取り戻しはしたものの、あまりの恐怖とユキからの精神的なダメージに、
緑谷は瞬時に老化するのでした。
 とりあえず、ユキは緑谷以上にキョーコに謝るべきだと思われます。
 そんなこんなで翌日の昼休み。緑谷の老化は解けたものの、結局花子さんの誤解は解けないまま、「アドバイスももらえたし、いい天気! これなら告白いけるね!」告白の運びとなるのです。
 いや、だからアレでアドバイスになったと思っているのですか花子さん。
 そうツッコミ入れたい読者、そして、誤解を解こうとする緑谷の声をやっぱり聞かずにキョーコを呼びに行く花子さんに、緑谷はやれやれ、と呆れも入った困り顔。
 そんな緑谷に「お兄ちゃんが心配なんだよ」ユキは花子さんのフォローをするのですが、その言葉も「な、なにせキョーコちゃん手強いから」なんとかごまかして乗り切ろうとする思いが混じっているためでしょうか、どこかぎこちなさが入ります。
 しかし、そのぎこちなさに緑谷が気付くことはありません。
 花子さんがキョーコを呼びに行ったことで、今この屋上には自分とユキを除いて誰もいない――偶然がもたらした千載一遇の機。
 この機を逃してはならない――意を決した以上、それ以外は全て些細なことに他ならない。ユキの発言のぎこちなさに構う余裕などなくて然るべきです。
 息を呑み、数瞬――呼吸を止めて震える心に鞭を入れ、「……あっ…あの…!」ありったけの勇気を増幅した上で声を出す。
「じ、実はさ、東雲さん…! キ、キミに言っておかなきゃならないことが…」

 カラカラに渇いた口を無理矢理開き、「ボ…ボクが すっ…好きなのは……」振り絞る言葉はたどたどしくとも――
「ボクが好きなのは渡さんじゃないんだ!あれは花の勘違いで――――
 おいちょっと待てそこのチキン野郎。
 肩透かしにも程があるだろ!
 ですが、いよいよ核心に触れられてしまうのか、と思ってしまったユキもこの肩透かしは予想外だったのでしょう。動揺と緊張で強張らせてしまった表情と精神を元に戻そうとするあまり、「え…えっと、じゃあ… 緑谷くんがホントに好きなのは… だ…誰なのかな…?」自ら心の舵を大きく逆方向へと切ってしまいます。
 ユキから投げかけられた言葉とともに吹き付ける海風は目前に迫りくる冬を感じさせる冷たさで、頬の火照りを殊更に感じさせるばかり。
 しかし、その冷たい風は唐突に水を向けられた緑谷に奇妙な落ち着きをもたらし――
 目を閉じ、す…、と息を軽く吐いた緑谷は――って、ム、ムリに答えなくていいよ!? じょ、冗談…」怖気づいて冗談で済ませようとしたユキの言葉を振り切って、「ボクが…」ついに飛び出すのです。
「ボクが好きな人は―――


秋空に響くのは西風の言葉ッ!

 ユキの中に未だに残る動揺は、自らの言葉が緑谷が胸の奥から呼び起こした勇気の呼び水となったこと――そして、半ば以上固まっている自らの気持ちに気付くことないほどに揺れ動き、
――え!?きちゃうの!?告白!? しまった!!心の準備できてないよ…!
 心はぐるぐる渦巻くばかり。
 ですが、チキン野郎の勇気は「おーい緑谷くん、何用ー?」「どーしたこんなとこで?」「昼メシ早く食おーぜ」創造主の罠によって容易く萎んでしまうもの。
 かくして、見事な青空とは裏腹に、告白待ちのチキンと化したユキと、元々チキンな緑谷の二人の心のモヤモヤは晴れることはなく――
「い…いやいや、すごくいい天気だから、今日ご飯ここで食べようよ!!」まだまだ続く現状維持の毎日。
 天と同様、募る想いは高まるばかり。
 想いの積み重ねが目に見えるようになれば――今もなお誤解を続ける花子さんを前に、カップル未満のチキンな二人はそう思うばかりなのでした。


第145話◆正義道


「それじゃあ行きましょう渡さん!」「はい!」


 部室にハロゲンヒーターを導入する12月ともなれば、高校生活も集大成が見えてくる頃。
 そして、高校生活に別れを告げる時期が迫るということは、イコールそれは次なるステップへと向かう時期。
 という訳で、キル部の部室で進路調査の用紙に自らの進路を記していく黄緑アキユキですが――、
「早稲谷大学教育学部体育科…っと」流石に無理あるだろそこの無駄おっぱい
 いくら色ボケしたからと言っても、ハードル上げすぎです。
 ですが、上げすぎたハードルに「センターまでもう少しか…キ、キンチョーするな!!」戦々恐々とするアキに黄村は上から目線で相対します。
フハハハハ!あがけ!あがくがいい庶民ども!!オレはもう推薦で受かってるから楽ち―――ん!!」
 あ、俺がいる。
 他が受験でヒーヒー言っている間、スーパーファミコン版ウィザードリィVに興じて地下777階でレベルを上げまくっていたのはいい思い出です。
 二学期の期末試験が終わると同時にコンベンションに飛び入り参加したし……ろくな受験生じゃなかったなぁ。
 ともあれ、元々自衛隊志望だったとはいえ、支持率100%で生徒会長になったことによる内申点の嵩上げもあり、進学して学生生活というモラトリアムの日々を続ける方がおいしいと気付いたのでしょう、推薦入試という最短ルートを駆使して、家業を継ぐというジローを除けば逸早く進路を確定させた黄村に苛立ちつつも、地頭の良さが分けた差でもあるということでユキはアキをなだめにかかります。
 しかし、黄村の内申点を引き上げた生徒会長というポイントは副会長である黒澤さんに仕事を押し付けることによって為されたもの。そんな黄村にいい加減仕事しろ、とばかりにやって来たのは「そこのダメ会長、ひきとりに来ました。 進路の話ですか?」黒澤さん。
 ですが、進路が既に決まっている黄村にとっては、仕事を持ってきたはずの黒澤さんすらも周囲への優越感を満たす材料に他なりません。「そういや黒澤くんもすでに正義で受験関係なかったね! 言ってやってくれたまえ。このあわれな連中に!がんばりたまえってさ!!」
 一緒にされるのは心外だ、とばかりに白い目を向ける黒澤さんですが、黄村にとってその視線はご褒美です。アキが言うようにいつか刺されたとしても喜びそうだから変態というのは厄介です。
 変態の厄介さはさて置いて、アキだけでなく、ユキも緑谷も受験で進路を纏めることが出来たこと――特に、受験料は自腹という条件つきながら美大への受験を許された緑谷に仲間達は安堵し、応援するのですが――「はて。渡さんは?」その安堵と期待の蚊帳の外で負のオーラを出してる無乳が一匹隔離されているのでした。
 決められない進路に爆発することが容易に想像出来たのでしょう、卓袱台返し対策にと準備された熊本みかんの段ボール箱を引っくり返し、苛立つばかりの凶暴な生き物に、そうも苦しむのであれば迷う必要など無くせばいい。何を迷う必要があるのだ、お前には輝かしい悪への道が待っている、と諭すジロー。
 愛するジローの下に走ること自体は構わないものの、悪に走ったら改造される、と固辞し、「どうしよう…もうとりあえずは大学進学にしとこうかな――…」逃げを打つ選択肢として進学を選ぶキョーコに対し、進学しても悪の組織に入ることは出来るし、幹部クラスになると教養も必要だからとりあえず大学進学を選ぶのも悪い話ではない、と、キョーコの進むべき道には既にキルゼムオールへの確かなレールが敷かれていることを周囲も確認するのですが、「いやいや渡さん。何か忘れていませんか?」そのレールを破壊するために立ちはだかる分厚い壁―― 一部薄い部分はありますが、平坦という意味では壁と呼ぶに相応しい存在――が、高らかに宣言するのです。
渡さんには正義の適性が!! せひ正義に!そして、私とコンビでぷりっきゅあを!」
 大丈夫か創造主ッ!?主に版権的な意味合いでッ!!
 そのものズバリな想像を思い描く黒澤さんにジローはキョーコを横取りされる焦りから怒りの声を上げ、キョーコはどこか達観した眼差しで「フツーの選択肢はないのかなー」ボヤくのですが、読者としては黒澤さんに少々問い質したいところです。
 戦隊、辞めたいんか?
 黒澤さんが戦隊に不満を抱えているのかどうかはとりあえず置いておきますが、「させるか!キョーコは悪の―――愛妻を寝取られるという危機感から声を荒げるジローが部活での必殺技の練習をせがむちびっ子二人によって邪魔される隙を見逃さず、黒澤さんはいつぞやの銀行強盗撃退事件での活躍が正義協会でも評判高い、とキョーコを篭絡するのです。
 どうやらシズカの評判については正義協会ではスルーされている模様です。
「仲間を助ける気高き精神!犯罪者に立ちむかう勇気!実に素晴らしいと!!
 てなわけで、社会科見学!正義の活動を見にきてください!進路の参考にぜひ!!」
 持ち上げられてあっさりいい気になったキョーコに、アキユキは達観した眼差しを向けて言うのです。「キョーコもたいがい、おだてに弱いよなー」「ちょろいね」うん、アレだけキョーコを煽り倒して反発までされてるキミ達が言うのは正直どうよと思います。
 何はともあれ明けて翌日、待ち合わせ場所でキョーコを出迎える黒澤さん。
 素性が割れるのは問題だから、とあえて自分の担当外の町をパトロールするのだ、と説明する黒澤さんに、キョーコは正義という職業の大変さを感じるのですが、素性を隠してまでもやるということは、いざという時には変身して悪人をやっつけたりするのか、という期待も感じ――― いつもの変身スーツの他、地球を逆回転させて時間を巻き戻すという荒業を使ったどこぞの変身ヒーローや、概念存在になったという魔法少女っぽいスタイルの黒澤さんを想像するキョーコですが、実際の活動はさながら水鳥が水面下で水を掻くかのように地味で単調なもの。
 公園でのゴミ拾いにはじまり、お年寄りに席を譲るタイミングを計って列車に揺られ、ゴミのポイ捨てを戒めるために植え込みの中で三時間の張り込み――とりあえず、ガラ空きの列車の中で『席を譲る』というミッションのためにシルバーシートを占有するのはいかがなものかとツッコミ入れたくなりますが、やり遂げたいい漢の顔をする黒澤さんにキョーコも強く出ることは出来ません。
 ただ、正義的にもっとアクティブに悪者を懲らしめたりはしないのか、と尋ねるのですが、「え?いない以上どうしようも」明確な悪事を働いていなければ正義も動くことは出来ません。
 悪がいなければ正義は暇になる――近隣から悪を根絶した弊害で正義から足を洗わざるを得なくなった草壁家のように、予算を削減されることもある、と愚痴りだす黒澤さんに、キョーコは正義業界の大変さを感じるばかり。
 まぁ、悪がいないなら作っちゃおう、と悪事を手助けするという、頭悪い発想を出してしまう正義もいるようですが――って、あちらとはカラーリングと筋肉のつき具合が微妙に違うとはいえ、同じギガレンジャー関係の黒澤は黒澤です。
 いい加減この辺りを明らかにして頂きたいところです。
 ともあれ、一日の正義としての業務も終わり、駅前のハンバーガーショップ『ワールドワイド・ハンバーガー』で談笑する二人。その主な内容は「え?そんなにニヤニヤしてました?」黒澤さんの輝く笑顔について。
 自覚していない笑顔について指摘された、と驚く黒澤さんに、「ニヤニヤっていうか―― いい笑顔でしたよ――!」心の底からの充足の顕れたものだから、と素直に賞賛するキョーコは、地味な活動もきちんと行う正義の真面目さに感じ入るのですが――
「いや、これは私が個人的にやってるだけです」黒澤さんから帰ってきたのは意外な言葉。

 本来ならば単にパトロールだけをすればいいだけの町の警戒業務活動――しかし、それ以上を求め、少しでも町をより良くする心の在り方こそが正義なのだ、と信じるからこそひと手間を加えるのだ、と返す黒澤さんは、「……渡さんにだけお見せしましょう」やや気恥ずかしそうに言うとともに右のこめかみ辺りを掻き揚げるのです。
 そこにあるのは「今はもうあまり目立ちませんが――――正義を目指す切っ掛けとなった一筋の傷。
 十二歳の時に初めて目の前で見た正義の戦隊と悪の組織の戦いと、幼い自分を守る力強い「ケガはねェか ガキンちょ?」背中と言葉に憧れ、3年間死に物狂いでトレーニングを繰り返した結果、憧れた正義の戦隊であるギガレンジャーの一員として採用されたのが高校一年の時。
「憧れの人と同じ戦隊になった時にはドキドキしましたよ!運命かなと!」
 その時の感激をやや興奮気味に語る黒澤さんに、ラブの空気を感じ取ったキョーコは「おお!?ひょっとして黒澤さんその人をー!?」音速で問い質しますが、「い、いやいや、その人彼女いましたんで!残念ながら!」黒澤さんはシズカのような略奪主義者ではありませんでした。
 まぁ、黒澤さんが略奪愛も辞さない人だった場合には下手するとギガレンジャーそのものが崩壊し、実家の農家を継ぐために円満除隊した先代のギガグリーンから、キルゼムオールの幹部の一人であるシャドウレディとくっつくことでキルゼムオール崩壊の切っ掛けを作ったと思しき現ギガグリーンに代替わりすることもなかったかも知れません。
 ……本当に単行本化しないんでしょうか、「進め!ギガグリーン」
 超増刊時代には看板作家として数々の読み切りを送り出してきた藤木先生なだけに、充分に単行本化するだけのストックも溜まっていると思われます。
 サンデー編集部は一刻も早く『私のラクロス部〜藤木俊短編集〜』を刊行するべきです。

 *** 2012年2月9日追記 
  
と、色々ボケてみましたが――ツイッターで藤木先生に凸ってみたところ、『黒澤さんを助けたのは現ギガグリーンのリア充高校生』だそうです。
 マジで何やってるんだよ正義の緑(&緑といちゃラブってるシャドウレディ)*** 


 盛大に話が逸れましたが、長年の憧れを形にするために夢を抱き、そしてそのために努力する黒澤さんの情熱はキョーコの胸を打ち、憧れとなって響きます。
 ――私もそんな風になれたら――

 同じ薄胸ゆえの共感とは一味違う感情に胸を満たされ、「あ、じゃあその傷は――気付いたキョーコの問いに黒澤さんは「ええ、その助けてもらった時です。ヒーローに出会った私は興奮してたんでしょうね…」気恥ずかしげに、そして、やや誇らしげに――応じて返します。
「帰って、ヒーローのマネして タンスのカドにぶつけてできたのがコレです」


「ヒーローあんま関係ねェ!!?」

 傷の原因を聞かれるのが恥ずかしいから、ヒーローになるための訓練中のケガだ、と言い張っているうちに本気になってしまい、実際に正義のヒーローになってしまった――と明かす黒澤さんですが……そんなんでなれるんだ、正義
 ルール面とか色々改変しなくちゃいけなくなりました。(←TRPGサイト管理人としての意見)
 追加クラスにする場合の制限とかを取り払ってもよさそうですが、下手に制限無くしてしまうと逆に世界観を破壊しそうなので難しいんですよ、ホント。
 いっそのこと、“スーパー藤木大戦TRPG(仮)”はこわしや我聞の方を中心に据えて、はじあくは追加サプリメントにした方がいいのかもしれません。

 また話が逸れましたが、こちらの話が逸れている間にグダグダになりかけた無乳二人の会話もまた別方向に方向転換をせざるを得ない状況になってしまいます。
 その原因はハンバーガーショップの客の会話とその指差す先。「おいアレ見ろ!」「ビルの上!あれ、人じゃねーか?」「まさか自殺!?」
 騒ぎを聞きつけて店を飛び出た二人が見たものは、六階建てのビルの屋上の金網を乗り越えた、四十絡みの男。
 世界総てに絶望しきった男の耳には、駆けつけた警官の説得の声はただ虚しく響き、その脳裏には、ひたすらに何をやってもうまく行かない自分を派手に散らすことばかりが消えては浮かぶだけ。
 飛び降りた男を見る野次馬の怒号と悲鳴が響く中、キョーコは黒澤さんを探して辺りを見回しますが、その姿は既にビルの陰に隠れ――
「 変 、 身 」

 弾丸の勢いで飛び出したギガブラックの腕の中に男の身体は収まるのです。
 突然現れ、惨劇を未然に防いだギガブラックに、町の人々は口々に「おお、やった!」「正義の人だ!」「ブラボ――!」快哉を叫び、キョーコもまた、「さっすが黒さ…じゃない、正義の人!よかっ…」黒澤さんの正体を明かすわけにはいかないと、やや口ごもりながら駆け寄るのですが、直後に見たのはあまりにも意外な光景でした。
「なんで…助けるんだよ!!」命を助けられた男からぶつけられるのは拒絶の叫び。
 癒えぬ絶望に引き戻されても進む道も退く道もなく、ましてや留まることも出来ない八方塞りの命をただ救われただけでなんになる――絶望からの理不尽な怒りは「自己満足のために余計なことをするんじゃねェ!この偽善者野郎!!」容赦なく正義の味方を狙い打つばかり。
 助けてもらってのあまりの言い草に憤慨するキョーコですが「いいんですよ」黒澤さん……いえ、正義の味方・ギガブラックにとってその心無い言葉に打たれることも覚悟の上のことでした。
「こういうことは時々あります。正義といえど、やったことがおせっかいだったり迷惑だったり。 そりゃ当然へこみます…


 でも――― 何もしないよりはいい

 キョーコの眼に映るのは、いつか黒澤さんが見た雄弁な後姿。
「たとえ偽善と呼ばれても手をのばす、 それが、私の正義です」

 背中で語り、影で泣き、前を向いては常に迎え撃つ――力強さと誇り高さを併せ持つその背中は、キョーコの瞳に憧れの輝きを宿すに足るものとなるのでした。
 折角の時間を最後の最後で後味悪くしてしまったことを詫びる黒澤さんですが、キョーコにとってはその信念を貫く姿勢への憧れこそすれ、嫌気する理由など何一つない、と素直に語るキョーコに、「そ、そうですか!?では―――」黒澤さんは興奮気味に正義への即時参加を呼びかけようとするのです。
 キョーコがシズカのみならず草壁家全員に恨まれることになりますから控えてください。
 ですが、コネによる勧誘は「おい見ろ!!」「あれ、さっき自殺しようとしてたヤツだろ!?」「またやってんぞオイ!!」あまりに混乱しすぎて、自殺を『じごろ』と読んでしまった街行く人の声によって未遂に終わります。
 正義に投げっぱなしにせずにパトカー内で説得しつつ落ち着かせとけよ警察官!?
 そんな叫びを上げたい気持ちをぐっとこらえ、もう一度止めに入ろうとする黒澤さんでしたが、「ジロー」黒澤さんが動くより先に、ビルの際には見慣れたマントの姿。
 自殺しようとする男の姿を怒りを宿した眼差しで捉え、指差したかと思うと、有無を言わせぬ口調で怒鳴りつけるのです。
お前の死体片付けるのに、どれだけ人に迷惑かかると思ってる!!


 死ぬならよそで…いや、地球外でやれ!!」

 突然現れた、あからさまに怪しい少年の言葉に戸惑う男に、「やかましい!オレの世界で勝手は許さん!」世界の支配者を自認する者として容赦なく鉄拳を振りかざし、心を入れ替えるまでブン殴るジローに、同じくあっけに取られていた黒澤さんもようやくジローを止めに入るのですが、正義という太陽が止めることが出来なかった自殺志願者を泣いて改心させた悪という吹き荒れる北風に、折角正義へと揺らぎかけたキョーコの気持ちは「結局、自殺を止めることに正義も悪も変わらないんだよね」再び悪の方向へと戻っていくのです。
 結局はもとの木阿弥宙ぶらりん。
 問題を先延ばしするために、「どっちがいいか判断つかないから、ひとまずは大学受けときます」学生生活というモラトリアムの期間を選んだキョーコですが――受験時にベビーブーム末期、就職時に超就職氷河期という最悪なコンボを経験した読者としては、人生舐めんな?とひたすらにドスを利かせた優しい言葉でアドバイスを送りたくなるばかりなのでした。


第146話◆欲しい物は…何?


「そりゃもうイチャラブに決まってるじゃん――「えろーい!アキえろーい!」


 街はすっかりクリスマス一色。家路を歩くアキユキキョーコの話題もクリスマスパーティへと向かいます。
 受験生とは言ってもクリスマスの一日くらいは息抜きしてもいいじゃん、と甘い認識そのままに容認するアキに対して、キョーコとユキは容赦なく攻めに入ります。
 そりゃ毎日赤城さんと甘い生活を送ってたら認識も見通しも甘くなって当然だよねっ!クリスマスプレゼントとか言って自分にリボンかけるんだよねッ!
 ひとたび受けに回ったら途端に弱くなる――だったら第一に生け贄を作っておいてそこに集中攻撃すればいい……そんな力学を働かせる二人の麗しき友情に、アキは慌てて否定するものの、二人きりで勉強していることには違いないし、より親密さを増すためにもプレゼントを贈ることは悪くない、とごまかすユキの口車にいとも容易く乗せられます。
 とりあえず、ユキはバレた時のことを心配した方がいいと思います。
 え、キョーコですか?キョーコは反撃喰らったところでどうせいつもと同じ様にムキになって反論するだけなので大差ありません。
 この際キョーコは開き直ってもいいと思われます。たぶんそっちの方がダメージ食らわないというか、カウンターでアキユキに多大なダメージを与えることすら可能です。
 しかし、アキには反撃するだけの余裕などありませんでした。
 ユキの口車に乗せられたまま数日を過ごし、プレゼントを聞き出すというタスクを背負ったアキはこの日の授業の場となる近所のイタリアンなファミレスで赤城と待ち合わせるのですが、赤城にしてみたらなぜ急にファミレスで、という疑問は当然の話。
 部屋が散らかってるから――とごまかしますが、実際のところは周辺環境にありました。
 赤城からプレゼントを聞き出そうとするアキの緊張感を別の意味に取ったのか、妙な期待の眼差しと具体的に三回戦は堅い空白時間を提示しようとするアキのおかんと、アキ親父の殺意の混じった視線に晒されるのは流石に耐えられない――その点、ここならお礼と称してプレゼントも聞き出せるし、おごりであってもドリンクバー程度なら出費的にもそれほど痛くはない、と気合を漲らせるのですが、その辺りは基本的に眼中にない赤城には、「おい?どうした?」やたら気合が入っている割にあさっての方向を向いているアキの気合の出所がさっぱり判りません。
しかし、空回り気味でも気合は気合。気合というたった一つの武器を頼りに、長時間粘るために必携のドリンクバーを注文しつつ、「あ―― そうそう!そろそろクリスマスだよな!?今年もパーティーやるけど来るか?」アキは赤城に質問するのですが、その上っ滑りな質問は赤城の一言で「しかし――お前の方は大丈夫か?バカのくせに。 落ちても知らねーぞ?」「だ…誰がバカだ―――! 落ちるとか言うなっ!!不安になるだろ!」実に容易くすっ転んでしまいます。
 やわな鍛え方はしていない、とフォローする赤城に渋々機嫌を直すものの、あっさり目的を忘れ去ってしまう辺りを馬鹿と呼ばずして何と呼ぶのか、お聞かせ願いたいところです。
 そんな中々に頭のユルい言動が目立つアキが結局プレゼントを聞きだすタイミングを逸するというお約束をブチカマしたのはさて置いて、本来の目的である勉強となるのですが、この日は一味違いました。
「さっきユキ達がプリントくれたんだ。苦手な英作文に最適だって。あったあった、これだ」なんだかんだ言っても持つべきものはよい友達!恋愛以外にも心配してくれている、という心遣いに感謝して、トートバッグからプリントを取り出すアキは――
 以下の質問に英作文で答えなさい
1.赤城先輩のどこが好きですか?(5点)
2.いつから赤城先輩が好きになりましたか?(5点)
3.もう「チュー」はしましたか?(10点)
4.貧乳が好きな先輩をどうやって落とす?
 勝算はありますか?(5点)
5.なんでそんなに胸が大きいの?何食べたの?(50点)
6.もういいよ。勉強とかいいから告白しちゃえよ(25点)
 誰が作ったのかが実に判り易い設問だなオイ特に5と6!!
 実に麗しい友情を胸に、すっかり濁りきった眼差しでプリントを破り捨てるアキ。とりあえずなんでもない、とごまかしてはみたものの、文章で茶々入れてきた二人の質問で刺激された好奇心やららぶーい空気が気になって集中できません。らぶーい。
 集中できないアキの態度に何かあるのだろうと赤城が質問しても、極まった緊張で大テンパリにテンパッてしまってはそれもままならず、ただ一言聞くだけのことすら出来ない自らの意気地のなさに落ち込むアキ。
 面と向かってなければ、言葉に出さなければ簡単なのに――赤城がトイレに立った今ならば、難なく書くことすら出来る『プレゼント何がいい?』というたった一言が言えないことに自己嫌悪するばかり――しかし、あまりに落ち込みすぎたことで感覚器官が鈍りきったことで、「なんだ?プレゼント?」既に赤城が戻っていることに気付かないことを責めるのはあまりに酷なことでした。
 かくして、勇気の捻り出し方を思い出すための煩悶の甲斐もなく、きっぱりバレてしまった“プレゼントを聞き出す”というタスクが事故同然に達成されたことに釈然としないアキでしたが、羞恥心とせめぎ合っていたことが馬鹿みたいに思えてくるほどの軽さで応じると、うむ、そうだな――!今欲しいのは―――お前」赤城はプレゼントのリクエストを口にするのです。
 ――いやいやいやいやちょっと待って。あたしが欲しいって言うことは、つまりはそういうこと?アキの脳裏に駆け巡るのは、全裸に申し訳程度にリボン掛けしたアキの姿!妄想を弾けさせ、急速に頬を主に染めるアキに響く言葉は『まだ早い』の一言だけ。
 つまり、少し時間を置けば準備はOKということ。えろーい!
 なにやら近年の冒険企画局っぽい台詞が飛び出しておりますが、偶然です。現時点では創造主はまず間違いなく冒険企画局の存在を認識すらしていません。
 まぁ、PvPや完全ランダムとロールプレイが売りのサイコロ・フィクションシリーズは少々初心者にはとっつきにくい向きもあるでしょうが。
 意図的に話題をそらした読者はいいとしますが、妄想だけで突っ走っていたアキに気付くことなく、赤城は言葉を続けます。
――が、合格することかな」
 脳内麻薬の過剰分泌による、時間感覚の暴走は、その冷静な一言で収まりました。
「プレゼントはお前の大学合格だ。今、それ以上に嬉しいものはないな。 つーわけで、そいつを頼むぜ

 毛ほどの下心もない、ごくシンプルな応援の言葉――それはすなわち赤城のアキに対する気持ちは全く恋愛感情というものを介在しないこと。
 しかし、いえ、だからこそ判るストレートな優しさに、改めてアキは惚れ直すばかり。
 ですが、その優しさがどこから来るものなのか――不安に思えてきたのでしょう、「で、でも―――どうしてここまでしてくれるんだ?アキは思わず尋ねます。
 家庭教師のバイト代は夕食だけで、受験が近付く最近になってはほぼ毎日。メリットはなく、あるのはただ苦労ばかりでは釣り合わない――その問いに、赤城は腕を組んで考え――答えるのです。「ん―― なんでだろーな?」その根源的な理由はいまいち判らない、と。
 しかし、なんとなく感覚で言えることならある。
 背もでかいし胸もムダ。ガサツだし頭も残念。正直ダメダメなんだが――頑張っているお前を近くで見てたせいか、応援したくなる。
 確かに、三人娘の中で積極的に身体を動かして地味に努力してる度合いは図抜けてますし、仲間内で言っても緑谷と双璧です。あと、キョーコは基本インドアだし、ユキはなんだかうまく行くタイプなので、地味な努力とは縁遠く見えるし。
 ともあれ、なんだか応援したくなり、助けてやりたくなった結果、キョーコとはまた違った方向性でアキのファンになってしまったのかもしれない――と苦笑で返す赤城の無意識な一撃は、アキのおっぱ……もとい!胸を大きく揺さぶりました。
「ファンかー。ふーん」努めてそっけなく振る舞おうとするものの、熱くなった顔を上げることも、緩んだ頬を引き戻すこともままなりません。
――赤城があたしのファンってっ……!すげェ…なんか超うれしい…!これって、ほとんど告白じゃねェの!?

 思わぬ言葉を掛けられたことでもたらされた多幸感で胸は高鳴り、思わず極みに達しそうな勢いのアキを追い打つかのように、「まー、そういうわけで―― ちょっと早いが、オレからのクリスマスプレゼントだ」荷物を探る赤城ですが――藤木世界では、ここで台無しにするのがルールでした。
「これは?(怒)」「サラシだ!」上着の上からサラシを巻いて、立派な胸を固める姿はやけに雄々しく、赤城はその漢らしさに感服するばかり。
 女性は控えめが一番、と豪語する赤城をぶっ飛ばし、甘くなりかけたムードを一瞬で消し飛ばしたアキですが、なんだかんだ言ってもしっかりサラシを巻いてからツッコミ入れるアキも相当なものです。
 しかし、そこは惚れた弱み――怒りとともに日々の疲れを洗い流した入浴後、健気にサラシを巻くアキの姿があるのでした。
 とはいえ、赤城も胸に貴賎なしという真理に逆らうのは、流石に問題ではなかろうか――そう思いつつ、読者は赤城に向けてもげろ、と念じるばかりなのでした。


第147話◆乙型のヒミツ


「あと少し…頑張らないと」

 その日は彼女の生まれた日。
 生まれた時から背負った宿命は、幼い主人を『守る』こと。
 ですが、幼い主人は真っ直ぐに――「何を言ってる!俺は主人ではないぞ? お前の家族だ!」彼女をつくられたものとして見ることなく、家族として受け入れます。
 彼女の名前はメイド乙型。
 ジローが作ったメイドロボで――――ジローの家族。

 * * *

 それから刻は流れて十数年後の12月22日。イルミネーションをはじめとした飾りつけも気合が入りまくっている渡家で、特に気合が入っている乙型に、キョーコも少々圧倒されるのですが、ジローの18歳の誕生日を二日後に控えているこの状況で燃えない乙型ではありません。
 少し落ち着くようにたしなめるキョーコの言葉も半ば素通りさせて、じっとしていられない、と慌しくも甲斐甲斐しく働き――「あう――!」何もないところで躓いて転ぶ乙型の感じる興奮を、クリスマスと誕生日が同時にやってくると知ったジローもまた「この興奮、例えるなら そう――盆と正月がいっぺんにきたような!!」素直に受け止めるのです。
「去年まで誕生日忘れてたくせに」
 クリスマスメインで祝われて、誕生日をスルーされていた幼少期を見ていたかのように言うキョーコに、知ってたくせにジローの誕生日をスルーしていた張本人であるニートは「今年のパーティはウチでかー!お酒用意しとかないと!」やっぱりジローの誕生日をスルーしくさっている風に――って、ユキの家でのクリスマスパーティは結局コミックスでのおまけ漫画でやっただけですか創造主!?
 しかも、本番の描写はないままで、門扉で緑谷が吹っ飛ばされただけです。ただでさえ踏み込まれることを恐れるユキが相手の上に、イベントまでスルーされる地味な世界律の下に生まれた緑谷の恋路は果てしなく険しいようです。
 あと、「ジローくんも18だし飲めるかなー」おとーさんもこっそり日本の法律ブッチしないでください。多分おとーさんはかなりの確率で18の時点で酒飲みまくっているようです。
 小2でちまちま飲酒を始めて父親にぶん殴られた読者と同じような飲酒歴を披露したことでキョーコにおとーさんがたしなめられるとともに、鳴り響くインターホンが告げる来客は、「こんにちは――!」「おーす!来たぞー!」シズカとルナの二人。
 この二人の来訪に戦慄するキョーコでしたが、それには理由がありました。
「みなさん、よくぞお集まりいただきました」キョーコの部屋で行われるのは、シズカの仕切りによるジローへのプレゼントを決定する秘密会議――最も喜ばれたプレゼントを贈った者がその日一日ジローを独占するという、正妻の座についていたキョーコをイーブンにまで引きずり下ろす戦いのレギュレーションを発表するのです。正々堂々の勝負から逃げるわけにはいかない、とキョーコが戦慄しない訳はありません。
いや、キョーコさんそれダマされてるから?!アドバンテージ消されてるからッ!!

 まぁ、キョーコのうかつさをツッコむよりは、むしろここではキョーコの負けず嫌いの性格を読みきった上で、圧倒的大差を覆して横一線の勝負に持ち込むことに成功したシズカの話術と策略を賞賛すべきかもしれません。
 ですが、作戦勝ちで圧倒的不利を五分と五分に持ち込むことが出来たとはいえ、それだけでは満足するシズカではありませんでした。
 白黒つけるためにも贈るプレゼントがかぶらないよう、全員宣告していく――勝負の決め手となる最大のルールを味方につけて、シズカは先手必勝とばかりに「では、まず私から。 あげるのはコロッケ100個です!!」また草壁家の食卓が困窮を極めることを確定させつつ、ジローの好物を真っ先に確保するのです。
 どーやら、正義を目指して必死に稼いでいるゲンの苦労は報われることは未来永劫ないようです。
「フフフ、早い者勝ちです。かぶっちゃダメですよ!!」相手がルールを把握するより早くルールに精通した側がルールを利用して圧倒的有利を保持するという、GMやったら確実に嫌われる策略を駆使したことでシズカは勝利を確信してコロッケと同時に自分も食われるという妄想に耽るのですが、圧倒的大差をつけるべく採ったこの戦術は、シズカ自信の首を絞めることになりました。
 先手必勝――確かに戦術の鉄則ではあります。しかし、それもその初撃で相手の反撃を封じるだけの甚大な被害を与えることが出来てこそ。
 逆を言えば、何らかの形で反撃を蒙ることが確実な状況でありながら切り札を真っ先に切るシズカの戦術は、ただいたずらに反撃を許すだけの隙を作るものに他なりません。
 その軽率さが生み出した隙を衝くかのように動いたのはキョーコでした。
わ…私はこの前始まったアニメ「大江戸カイザー」のフィギュア!! ジローが欲しいって言ってたから!」
 シズカが持たず、キョーコが持っている武器は、一つ屋根の下で暮らしているからこそ得ることが出来る情報精度。
 シズカが毎日ジローをストーキングしているという事実を知らなかった頃には情報面では上回られていたものの、精神的に優位に立とうとするあまりにシズカが明かした犯罪レベルのストーキング歴は、キョーコを警戒させ、シズカがいない時間を狙って情報を探らせることになったのでしょう――ジローの好みを押さえるという、情報の精度と鮮度がものを言う局面に至って情報で逆転されたという事実は、シズカに少なからぬ衝撃を与えます。
 ですが、濃いオタクの選ぶプレゼントに、ライトなオタクの許容量がどれだけついていけるかどうかを考えるとそこまで有利なのかどうかは激しく疑問です。
 それでもリクエストの有無という面においての有利不利は否めませんが、不利を認めることなく「ここは引き分けってとこですね…!さすが我がライバル…」あくまでも五分の戦いである、と主張するシズカのプライドは物凄いものがあります。
「そうだね… でも勝負は負けないから!」また丸め込まれているキョーコのボンクラっぷりも大概ですが、内心の動揺を押さえ込みつつ、好敵手として対峙する二人の水面下の死闘――握手をしながら逆の手では相手の喉元を掻き斬るための刃を探るかのような空気を読むことなく、「ああっ、なんかずるいぞ!?2人だけで楽しそう!私も私もー!」わきゃわきゃと騒ぐルナの空気の読めなさもまた、ちょっと残念なレベルというより他ありません。
 しかし、その無策故に複雑に絡まる策謀の坩堝であっても構うことなく無造作に踏み込む無自覚さこそは十重二十重に策を弄する二人にとって驚異となるのでした。
「ルナは?」「まァ…たいしたものではないでしょうけど…」半ば侮りに彩られた二人の問いに、「私はマフラーだ!!手編みでがんばって作ってるぞ――!」元気一杯に答えるルナ。
 実はサブローにも手伝ってもらっていることが発覚すれば、そこを衝かれて強引にカップリングされるところでしょうが、無自覚故にサブローという援軍の存在をおくびにも出すことなく宣言したルナに二人が抱いていた優越感は木っ端微塵に打ち砕かれるのです。
 太古から言い伝えられる最強アイテムである手編みのマフラーという結論にルナなんぞが達するとは――動揺するのは判りますが、正直お前らド失礼にも程あるだろとしか言いようがない発想に捉われるキョーコとシズカをよそに、「いえ、素敵ですよー マフラー」「なー!?ロボ子はわかってるなー!」平和な空気を醸し出すルナと乙型と部屋の空気は二分され、シズカとキョーコはトーキョーN◎VA・2ndから生まれたFEAR系TRPGの鉄則――切り札は先に切った者が不利を体感します。
 そして、最後に残った乙型の切ったカードは、さらに二人の抉れた胸――もとい!胸を抉ることになりました。
「実は私、プレゼントを渡すこと知らなくて 用意してないんですよ」下がいたことに安堵するキョーコとシズカでしたが、束の間の安堵は「なので、いつも以上にこの身を捧げてご奉仕するつもりですー」鈍器を思わせる質量を伴った言葉で容易く粉砕されるのです。
 なんの衒いもない、忠誠心から来る言葉――しかし、レンタルビデオ店の暖簾の向こう側に行くことを許された年齢に達しているキョーコとシズカの振り切れた独占欲は乙型の言葉を性的な意味に捉えてしまうばかり。
「私にはこの身体しかありませんし」乙型のその言葉も、キョーコとシズカが未来永劫持つことが出来ないであろう質量兵器を標準装備している以上は単なる嫌味にしか聞こえず――
「くっ… さすがロボさん、我が唯一のライバル…!」シズカは口から一筋の血を流しつつ、乙型を排除すべき最大の障害と見做すと、「ですがさせません!!こうなったら実力で――!!」ルールをぶっちぎって乙型を排除しようと、シズカブレードを振りかざして乙型に踊りかかるのです。
 えっと……とりあえずシズカはルールに触れるな(眼がマジ)。公正を期して作ったルールも『相手のプレゼントを壊しにかかってもよい』となったら、途端にあってなきが如きものになります。
 ミスに気付かなかったのであれば遡及はしませんが、ルールを作った側がルールを無視するというのは、TRPGプレイヤーとしては気になって仕方ありません。
 あ、キョーコはシズカ認定のライバルの座から速攻でスピンナウトした模様です。
 ですが、敗色濃厚になったことでモラルハザードを起こしたシズカの暴走を止めたのは、乙型の笑みでした。
「やっぱりクリスマスは楽しいですね!みなさん生き生きしてて…」

 今までであれば応戦したであろう乙型の意外な反応に面くらい、思わず動きを止めるシズカに「お互いがんばりましょう、シズカさん!」改めて正々堂々の勝負を誓うと、お茶を淹れ直してくる、と部屋を後にする乙型――何とはなしにその姿に違和感を感じ、「なんか今日のロボさん変じゃないですか?」呟くシズカの言葉を実証するかのように、台所に向けて階段を降りる乙型は、その表情には静謐な覚悟を宿らせつつ決意の言葉を口にするのです。
 その左の足首が不自然に曲がり、バランスを崩したことで階段を落ちそうになる乙型。辛うじてジローが抱きとめ、事なきを得たものの「さっきもこけてたろ?調子悪いのか? バランサーがいかれたか?ちょっと見せてみろ」自らの不調にいち早く気付かれたことに、乙型は隠し通すことは出来ない、とばかりに、「ジロー様、ちょっとお見せしたいものが――不調、そして覚悟の源となる“それ”をジローに対して明らかにすることを決めるのです。
 そして向かったジローの部屋で、「ちょっとお恥ずかしいのですが――リボンを解き、上着をはだけて胸元を露わにする乙型に、ジローは慌て、同人作家のみなさんは猛然とアップを強めましたが、残念ながら、乙型が見せたいものは質量兵器ではありませんでした。
 人間で言えば左の鎖骨と一番肋骨の中間辺り――乳房の上のスペースに覗く小さなモニタと[49:43]と記されたデジタル数字。
 やや置いて[49:42]と変わった、見覚えもなければ、つけた覚えも当然ない計器が示すそのデジタル表示に怪訝な表情を浮かべるジローに対して、「今朝、これが浮かび上がりました。これは私の中に元からあったプログラムです。不調はそのためで――静謐な、そしてどことなく寂しげな表情とともに乙型は返し――――
「これが0になった時、私は消去されます」

 愕然とするジローとは対照的に、乙型は総てを悟り、覚悟を受け入れた笑顔を浮かべるのです。
 自分が生まれた理由はジローが大人になるまで守ること。その役目はジローが18歳になるその日までであり、プログラムで設定された最期の刻が近付いたことによって不具合が出ているのだ、と続ける乙型に、
「ちょ、ちょっと待て!何言ってる!?お前はオレが作ったんだぞ!? 不具合があるならすぐ直して…」ジローは返すのですが、乙型のAIは大首領の手によるものであり、ジローにも手を出せないブラックボックスが仕込まれていることも道理です。
「このことはみなさんにはナイショでお願いします。せっかくのクリスマスですから。シズカさんなんかすごくはりきってらっしゃいますし」

 その時を前にしてもなお、乙型が優先するのは周囲の気持ち――その心遣いが、ジローの、そして心の中の同人作家のみなさんが作る薄い本の如き展開になるのではないのか、という疑いを抱いて聞き耳を立てていたキョーコとシズカの胸に突き刺さる。
 登場を期待された同人作家の出番が一旦先延ばしされる中「やっぱり乙型ちゃんにも細工してたか… お父さんもえげつないことするなァ…」訳知り顔のニート改めエーコが見据える先はどこなのか――――。
 カウントダウンが示す時間はついに49時間を切り、一同の心に暗い影を落とすのでした。




 それはそうと、ニートの“乙型ちゃん『にも』”という発言は気になるところです。
 ニートにも似たような経験があるのか、ただ単にオートマントのリミッター機能と同様の細工なのか――それとも、意表をついて阿久野家自体が機械化一家なのか。その辺りの謎が明かされるのかどうか――藤木先生、投げっぱなすところは容赦なく投げっぱなすのでその辺りは本当に気になるのですよ。いや、マジで。

第148話◆乙型のナミダ


「よし…とにかく動こう!」

 乙型が“メイド乙型”だった頃――記憶の彼方にあるのは薄暗い研究室。
 窓の外で無邪気に戯れるジロー達姉弟四人を見下ろす形のその部屋で、乙型の目の前に佇む何者かは、「……すまんな乙型」乙型に――もしかすると、その向こうに未来のジローの姿を見出してか――詫びの言葉を投げかけます。
 将来キルゼムオールを継ぐべき存在であるジローには、悪の英才教育を施している以上、いつまでも乙型に頼るようなひ弱い男になることは許されないと、時が来た際には自動的に消去するという、騙し討ちのようなそのプログラムを仕込んだ相手に、しかし乙型は従順に応じ「いえ、首領様」当然のように続けるのです。
「私はジロー様のために作られたロボットです。ジロー様のためとあらば本望―――」
 何故ならそれが彼女に刻み込まれたプログラム。
 疑うことなく、正しいことであるとただ信じ――そして秘された記憶を取り戻した現在、笑顔で自らの消去される運命を語る乙型に、ジローは絶句するのです。
 それはそうと、ギガグリーンも出たことだし『小さい姉上』ことフミさんを出してください創造主!
 このままなし崩し的にフミさん用の幹部用ユニフォームをキョーコが受け継ぐことになったら、隙間が大変なことになってしまいます。

 * * *

 明けて翌日の12月23日――クリスマス用の雑貨類や乙型用のプレゼントを買いに街に繰り出した乙型は飾り立てられたショッピングモールに目を輝かせるのですが、彼女と一緒に買い出しに出て来た四人はルナを除いてどこかぎこちなく、ホスト役であるはずのキョーコに至ってはその場にいないこともあり、乙型は首を傾げて「キョーコ様は? 今日 一緒に来てるハズですが――疑問を口にするのです。
「ええーと!ホラ!キョーコちゃんのプレゼント特殊だから!」「別のとこに行ったぜ!?」
 慌ててフォローするものの、その取り繕う言葉があまりに苦しいことにも違いなく、乙型は再び疑問に囚われるのです。
「おーいロボ子!服買うぞ、服! クリスマスくらいおしゃれせんと!」
 その言葉に応じ、疑問を引っ込めた乙型と、乙型の疑問を逸らした無邪気極まりないルナに安堵するアキとユキですが、「…ルナに知らせてなくてよかったな」「うん…なかなか難しいね、自然にするって……」その場を離れる二人の姿に、アキユキは僅かな後ろめたさと共に苦痛を伴う感情を露わにし――シズカはただただ無表情に沈黙を守り続けるのです。
「くっそ…なんで乙型が消えなきゃなんねーんだ!」

 アキユキが――乙型に懐いており、なおかつ感情を殺すことが難しいであろうルナを除く仲間達が乙型の秘密を知ったのは前日の夜。
 夜の公園で口火を切る形でジローに問い質すキョーコに、ジローが返すことが出来るのは「オレにもわからん…」苦痛と焦燥に満ちた言葉だけ。
 メンテナンスと共に現在の乙型の状態を調べたものの、自壊プログラムが施されているであろうコアユニットは首領であるジローの父の作であり、プログラムの解除方法はジローには判らない――すなわち、このままでは間違いなく乙型のデータは消去されることに他ならないことを突きつけられただけであることを述べるジローに、「じゃ、じゃあ、親父さんに連絡しろよ!」「そうだよ!解決策があるかも――黄村と緑谷はそう返します。
 しかし、二人が見出そうとした希望を打ち砕くかのように投げ掛けられたのは「お父さんの居場所はわかんないのよ。向こうから連絡が来るだけで――エーコの言葉でした。
 日頃のふざけた口調とは程遠い冷然とした言葉に、夜気とともに冷たく暗く降りる絶望と諦観――「じゃ…じゃあどうすんの? 乙型ちゃん、データ消えたら… それって…死…… 冗談でしょ!?乙型ちゃんは家族だよ!! なんとかしてよ!!」その重苦しさに耐えかねるかのようにキョーコは口を開くと、縋るようにジローに言葉と共に感情をぶつけるのですが、「わかっている!!」ただひとつの感情に塗り潰されているのはジローもまた同じでした。
「だが… 今回ばかりは厳しい…! くそっ… 親父め…! なんでこんな…!!」
キョーコの感じている恐怖という名の底冷えする感情とは違う、ただひとつの感情――理不尽な仕掛けを施した父に対する煮えたぎるかのような怒りとともに拳を握りしめるジローに、それだけではどうにもならないと促すかのように、「とにかく、時間がないわ――――エーコはさらに言葉を発します。
「私は実家の方に、昔のデータがないか探してくる。あんたはプログラムを止める方法を考えなさい」
 諦めるにはまだ早く、動き出すには時間は足りない――そんな二日弱のタイムリミットを立ち止まるだけで浪費することなどは出来ないと、仲間達もまたジロー、そして乙型を助けるために動くことを表明するのですが、ジローのアシストをする者、善悪そして異能力者のコネを駆使してジローの父の足取りを探る者、キルゼムオールのアジトに赴くエーコとキョーコの二人――エーコは「無駄足かもしれない」と言い置いてはいましたが――と違い、乙型を不審がらせないように、そして、クリスマスを台無しにしたくないと言っていた乙型の気持ちを汲むためにも、知らないふりをして乙型についておくように、と指示されたアキ達ではありますが、噴き出しそうな感情を殺して笑顔の仮面を被るのはあまりに辛いこと。
 ですが、ただ何も出来ない無力感に苛まれるばかりのアキユキに、ようやく口を開いたシズカがぶつけたのは、冷たい言葉でした。
「ま、私は別に構いませんけどね。 別にロボさんが消えたって構いません。ロボットなんてそんなものでしょう?
 むしろライバルが減って大助かり――そう続けたシズカに憤り、「おい草壁!お前…!」思わず声を荒げるアキ。
 ユキが無言で押し止め、辛うじて爆発は避けられたものの、口にすることも出来ないやり場のない怒りにアキは奥歯を噛み締めるのがやっと。押し殺すことが出来ない苛立ちを表情に残したまま、刻は夕方へと移り行くのです。
 はしゃぎながらプレゼント勝負への展望を語る二人と無言の三人という温度差を滲ませて、夕暮れの湾岸道路を連れ立って歩く五人――いつまでも続いていればいいと思わせる平穏な時間でしたが、破綻の刻は容赦なく訪れます。
 出来かけでも心がこもっているマフラーは確かに強敵。しかし、この工具セットなら勝算はある――笑顔でルナに応じ、転んでしまった乙型が立ち上がろうとして放った声は――――
「チョットふラツイタだケデスカら。 ゴしんパいなさラズに…」


 さながら断末魔を思わせるノイズ混じりの合成音。

 否が応にも迫り来る最期の瞬間を感じさせられ、乙型の照れ隠しの笑いが事情を知るものにとっては却って痛みを強いるばかり。
 その痛みに耐えかねたのか、「やっぱり消えちゃう影響ですか、それ」声を上げたのはシズカでした。
「立ち聞きしてたんですよ。てか、みんな知ってます」ユキの制止の声を振り切り、ルナの疑問の声にも耳を貸さずに――
「でもその分じゃ、満足に動けなさそうですね。ポンコツさんです。だったら、もう消えちゃってもいいんじゃないですか?どうせポンコツなんだから」あまりの物言いに激昂するアキの憤慨も構うことなく、冷たい刃を思わせる口調で乙型を責め立てるシズカ。
 しかし、その罵倒に乙型が返すのは「す、 すみません、せっかくのクリスマスに… でも、シズカさん達に御迷惑かけませんので――申し訳なさそうな笑顔の謝罪。
 その一言に、シズカは激昂します。
「そんなことどうでもいいでしょう!!」
 罵倒されても笑って返す乙型に、凍りつかせた表情で抑え込んでいた感情をさながらマグマのように噴き出すシズカ。
「どうして笑ってるんですか!これだけ言われて……!!


 本当に、あなたただのロボットなんですか!?」

 ジローのために消えるのが宿命なのだから――そう返そうとする乙型の言葉を「だから、関係ないって言ってるでしょう!!?」顕わにした怒りの言葉で遮り、乙型の胸倉を掴んだまま、黙って、笑って消えようとする乙型を責めるシズカは伏せていた顔を上げるのです。

くしゃくしゃの顔に浮かぶのは――悔し涙。


「私達、友達でしょう? 言ってくださいよ……?」

 ――遠慮も斟酌も必要ない――それが私達の関係のはず。だったら返すのは作り笑顔ではなく、本物の想いだけを返して欲しい。
 そう願うシズカが流す大粒の涙に揺り動かされ、乙型もまた貼り付けた無表情な笑顔を崩し――――
消えたくないです…… 私だって…私だって消えたくない………!!!  シズカさん……

 泣き崩れた乙型はシズカに縋りつきながら夕日の中で涙に暮れるのです。
 自壊プログラムの決定を拒否し、敵のはずのシズカと別れを惜しむのは蓄積された記憶が生み出す“思い出”。
 思い出を切り捨てることが出来ない、心優しき科学の娘の流す涙に、涙をこらえきれる者など誰一人としていないのでした。

 * * *

 ですが、無情にも絶望の刻は近付くばかり。
 キルゼムオールのアジトでデータを洗い直していたキョーコとエーコに突きつけられるのは、
「なんで…! なんでこれだけあるのに!乙型ちゃんのだけないのよ…!「やっぱりか…」無数の資料から意図的に乙型に関するデータが消去されたという痕跡ばかり。
「あたしの時と一緒だ。 乙型ちゃんが消えるのは、もう… 止められないのね…………」
 『キルゼムオール首領マニュアル』――そう記された資料を手に、エーコは殊更に感情を見せずにそう呟くのでした。

第149話◆乙型のキオク


『雪か…』

 12月24日――クリスマスイブの街に雪が降る。
 喜び、騒ぐ街のざわめきを包み込むかのように。
 消え逝く友のために流れる涙を覆い尽くすかのように――――儚く消える、雪が降る。
 イルミネーションで飾り立てられた渡家では、泣きはらしてもなお涙を流すシズカ達四人と「すみません。正義の方では父親を追えてなくて…」「こちらも情報まるでなしだ」「すまんばい…」三者三様にジローの父を探し、しかし糸を手繰り寄せることが出来なかった三人、そして、「今もなんとかプログラム止めようとがんばってる」「おとといから寝ずにやってるらしいが――アクセス出来ないうえに電源すら落とせない」目の下に隈を作ってジローと共に乙型の心身を侵すプログラムを止めようと尽力した二人がキョーコとエーコを待っていたのですが――「あれは正直、止められる気がしねェ」阿久野家で突きつけられた絶望を、キョーコ達は再び突きつけられるのです。
 容赦なく時は刻まれ、タイムリミットまであと6時間――「くそっ!! これでもダメか…!なんて硬いプロテクトだ…! 次だ…!リビングにまで響き渡る、憔悴しつつもなお諦めることをせずに足掻き続けるジローの声に、自分に改めて出来る範囲でジローの父を探そうと、再度動き出そうとする黒澤さん達でしたが――部屋を飛び出そうとする彼女達を止めるかのように、静かにリビングのドアが開かれるのです。
「だ、大丈夫だよ、なんとかなるから…! ジローがきっと直して……」「そ、そうだぞロボ子」ぎこちない笑顔に乙型が返すのは、
「何してるんですか、みなさん! 夜はクリスマスパーティですよ?まだまだお料理とか飾りつけとか終わってないんです!
 お手伝い!お願いしますね!爽やかな笑顔!
 せめて最期の思い出を――黙って消えるのではなく、消える運命を判ってもらった上で、自分のわがままに付き合ってもらうことが出来る。
 自分の本当の気持ちは既に判ってもらっている。だから、心置きなく大好きな人達に囲まれて、最期の刻を過ごしたい――その想いを詰め込んだ笑顔に、誰も抗することは出来ませんでした。
 ただ一人、ジローを除いては。
 プログラムに逆らおうとするジローが孤独な戦いを続ける中、乙型は仲間達とともに街に繰り出し、必要な買い物を済ませ、飾りつけを続け――
「大丈夫なのか、こんなことやってて…」「わからねェ…… でももう、あたしらにはこれくらいしか……」釈然としない気持ちと、しかし乙型の気持ちも尊重したいという思いとを綯交ぜにしつつ、仲間達は粛々と準備を進めるのです。
 時は流れて午後四時――準備を済ませたことに喜びを示す乙型とは対照的に、「あともう1時間………」キョーコが浮かべる重い表情。
 ですが、同じ顔をした乙型は、それでも笑顔で……キョーコ様 メリークリスマスです!」前日に買っておいた仲間達へのプレゼントを手渡すのです。
「あ、ありがと。 でもパーティはまだ―――言いかけながら、キョーコは気付いてしまいます。
 パーティの時までに乙型は自我を保つことは出来ない、ということ――そして、乙型もまたその覚悟を済ませてしまっている、ということに。
「みなさんありがとうございました。 今日まで仲良くしてくださって…」

 奇跡を待ち、力づけようとするキョーコでしたが、乙型の堪えられずに流す涙は、運命を相手に奇跡に頼ろうとするキョーコの愚かさを戒めるかのようで――「楽しかった……………たくさん思い出になりました…!」乙型の言葉に、キョーコ達はいつしか言葉を喪うのです。
 掛け替えのない思い出と、最期の時に挑むための勇気をくれた大切な人達に、胸一杯の感謝の言葉を涙混じりに返すことも出来、もはや思い残すことなど何もない――乙型は、ひと筋の涙と晴れやかな笑顔を残して、一番大切な人のところへと向かいます。
 遺された最後の一時間を大好きな人と過ごしたい、という最初で最後の“わがまま”を受け入れてもらった乙型は、暗い自室でプログラムと孤独な戦いを続けるジローの傍らに座ると、安らかな表情で静かに寄り添います。
「しばらくこうしていていいですか?」

 抱きしめてもらう必要はない。愛を語らうことも今は余計なこと。
 ただ傍にいるだけでいい。
 その息遣いを、ぬくもりを、鼓動を感じるだけでいい。
 それが彼女にとっての幸せであり、“生きる”喜び。
 ましてや、彼女を生かそうと持てる全てを駆使するジローの心を感じることが出来る――その一点で彼女の心は天にも昇るばかりの幸福感を感じます。
 ですが、だからといって本当に天に召される訳にはいきません。
 まだ最後の言葉を伝えていないのだから。
 一言では語り尽くせない想いを伝えるには、皆から貰った一時間では足りないのかもしれないのだから。
「覚えてらっしゃいますかジロー様。 私、ずっと昔にジロー様と会ってるんですよ」
 エーコを除けば誰よりも前から――もしかすると幼い頃のキョーコよりも前に出会い、培ってきた想いは深く、十年やそこらの途絶では崩れることのないもの。
「小さい頃のジロー様はすごくやんちゃで。 ふふ、手を焼きました」
 期間そのものは短いものの、自分を家族と呼んでくれた主との珠玉の思い出の眩しさに、目を細める乙型ですが、楽しげに語る乙型の思い出話に、ジローは慄然とします。
「ジロー様ダメですよ。イタズラしちゃ」裏庭の竹林でトラップを作り、自分が引っ掛かってしまった時に傍らにいたのは誰だったのか。
「ジロー様ダメですよ!危険ですから!」その声を無視して無謀にも崖登りに挑戦した結果、落下した幼い自分の下敷きになってしまったのは、誰だったのか――それを思い出してしまったのだから。
 他でもない自分自身の過失で、家族と呼んだ乙型を壊してしまった幼き日の悔恨。
 それ以上に、その悲しさを忘れ、単なるパーツとして捉えたことで、一度眠りについていたはずの乙型を再び呼び起こしてしまった自らの愚かさ――それに気付かされ、悔やむジローに、乙型が返すのは、偽りなき感謝の言葉
「ありがとうございました、私を作ってくださって… ジロー様にお仕えできて幸せでした」

「……!すまん…!」謝らないでください。私は貴方を守るために生まれたのだから。
「オレは…お前のことを忘れていた…!」一度目の生で貴方を守る役目を終えた私が二度目の生を受けることが出来たのは、他でもない貴方のおかげ。
「大切な家族を――!」だから、泣かないでください。貴方に家族と呼ばれただけでも嬉しいのに――
「情けない!許してくれ…なんならバスーカの一発も撃ちこんでいい…」貴方のおかげで大切な友達とも出会うことが出来たのだから。
「この先はお前のことを守ってみせる!だから…だから…!」こんなに嬉しいことはありません。だから…だから…
「消えるな乙型!!」――おやすみなさい、ジロー様。

 返ってくる声はなく、叫びは虚しく響くばかり。
「おい…乙型…?」よりかかる重みにも力はなく、さながら子供のように喜びに輝いていた瞳も、カメラアイの無機質なレンズがモニタの光を反射するだけ。
「冗談はよせ… おい…」主の声に応えることはなく、
「乙型!!」2011年12月24日、午後5時――メイドロボ・キョーコ乙型、自壊プログラムにより機能停止(システム・ダウン)――――――
 残された仲間達にも言葉はなく、三日前までは何事も無く楽しみにしていたはずのパーティ会場は無力感と涙と遣る瀬無さに彩られるばかり。
 かつて自分も味わった喪失感を再び感じつつ、しかしその悲しみを乗り越えることで、ジローは父の思う通りにひ弱さとは無縁の悪の首領として完成する、とエーコは自分を無理矢理納得させるのです。
 しかし、納得しきれない部分は澱のように残り、心の奥底でたゆたい続けるもの。
 ――これで満足?お父さん…

 心を掻き乱され、溜まった澱を巻き上げるかのようにわずかばかりの不満を心の中で愚痴るエーコ――ですが、彼女は思いも寄らぬものを目にします。
「ならば8番からもう一度―――今度はロジックを逆に―――」

 機能停止した乙型をよそに、未だプロテクトを突破しようとするジローの悲痛なまでの頑張りをいたたまれなくなったのでしょう、「ジロー、もういいわ。乙型ちゃんは役目を終えたのよ」ジローを制止しようとするエーコでしたが、ジローはキーボードを叩く手を休めることはありません。
「オレは…首領になる男だぞ… これくらいなんとかしてみせねば…」諦めずに打開策を探そうとするジローに
「その首領になるための試練なのよ。 乗り越えて前に進むしか―――諦めなければならないこともある、と説くエーコ。
「ふざけるな……!!」

 家族を喪うという瀬戸際で、諦めることなど出来る訳ががない!
 何かを犠牲にすることで首領になれないのであれば、そのようなものに興味はない!
「大切な家族を守れないで………… 何が首領だ!!

 ましてや、乙型を二度死なせてしまったのは他の誰でもない自分のせいである以上乙型を取り戻すのは自分の役目だ!!
 仮にこれで首領になる資格を喪うとしても、そこに後悔などありはしない。


 乙型を忘れてしまっていた自分の愚かさと、苦手分野だからと安易に父の技術に頼ってしまった自分の弱さ――この二つと決別し、試練を与えた父を越えるため。


 家族を取り戻すため、「戻って来い!!乙型!!」ジローはENTERキーを叩くのでした。



第150話◆乙型のキモチ


「…そうですか、やっぱり私… 消えちゃうんですね…」

戻って来い… 乙型!!」ジローがそう叫びながらキーボードを叩く少し前、乙型は独り暗い世界に立ち尽くしていました。
 テスクチャの地面と漆黒の闇、そして、その中に存在する自分を認識するとともに世界は拡がり、宙空に現れるのは無数のウィンドウとそれに浮かぶ映像。
「これは… 私の…記憶?」怪訝そうに呟く乙型に「そうだ。ここはお前の記憶領域…データの中だ」応じて答えるのは、目と額のセンサー以外はほぼ白一色の裸身の乙型――自らを乙型の消去プログラムと称する“彼女”は、現在、乙型の記憶領域……すなわちこの世界そのものが消去されている最中であると宣告するのです。
 その背後に見える、純白の渦に飲み込まれて消えていく闇色のマトリクス。
 全ての色が混じり合うことで生まれた黒を染め上げてゆく、虚無と言う名の白い秩序に、乙型は改めて自分が消えることを認識し、消去プログラムも乙型がその運命を受け入れたはずと念を押し、「では行くぞ、滅びの道に」乙型を伴って滅びの道へと誘うのです。
 その言葉に従い、歩み出そうとする乙型でしたが、ひとつ気になることがありました。
「あ…あの…… 私って、消えたら…その…どうなってしまうんですか…?」

 それは自らが消去された後に遺されるもの。
 大切な思い出と愛する者達への数々の想いを胸に逝けるのであれば――そう思っていた彼女にしかし、
「無」だ。私達は、ただのデータだからな」

 消去プログラムは冷徹に言い放ちます。
 いかに高度とはいえ、元来が無から擬似的に生み出された0と1との数字の羅列。
 その役目を終えた今、1が再び0に戻るだけのことでしかないと切り捨てて、乙型を伴って光り輝く一本道へと向かう消去プログラムに従い、のろのろと一歩を踏み出した乙型でしたが、その歩みは程なくして止まります。
「どうした?早く――」訝しむ消去プログラムが振り返り、乙型を促しますが、乙型は歩みを止めたまま動くことはありません。
「………知ってますか…? これは…シズカさんです…」
 乙型の眼差しの先にあるのは、邪悪な妄想でジローに言い寄り、何度もぶつかった相手であり、何度叩いてもへこたれることない我の強さと強引さで乙型を困らせた――厄介な相手の姿。
 しかし、乙型を友と呼んでくれた大切な人の一人。
「あれはルナさん――」ちょっとわがままだけど、純真で部下思いの優しい娘。
 その映像を皮切りに次々と浮かび上がる、乙型の人工の魂に刻み込まれた大切な人々の姿。
 動物でありながら、クールで頼れるお兄さんが。
 頼れる枠をポチに奪われはいるものの、困ったら助けてくれるチートなニートが。
 何をされても笑顔でおおらか――それ故に、未だに名前も明かされてないのに文句一つ言わないおとーさんが。
 再びの生を受けるきっかけとなった、乙型にとって姉というべき存在に位置付けられているキョーコが。
 アキやユキ、ジローを取り巻く全ての人々と触れ合うことで織り成されたこの絆が、思い出が、記憶が――――乙型の0と1の繰り返しで成されていたはずの人造の魂を揺さぶり、「いやです…………」一旦は納得し、受け入れたはずの滅びへの歩みを拒ませるのです。
「消えたく…ない…… みなさんのこと忘れたくない…! 大事な…大事なデータなんです…!
 大切な思いと共に消えることを覚悟することで消去を受け入れ、一切が無に帰することを知って、消去される運命を拒む――被造物としてはありえない、矛盾した思考に至り、「わがままなのは…わかってます… でも…!」自らの存在よりも大切なデータを消すことを止めるよう懇願する乙型に、消去プログラムは何を言っている。 プログラムは絶対だ。 お前のわがままなど通らん」あくまで冷徹に、そこに迫る【滅び】は被造物である限り拒絶することが出来ない運命(プログラム)にあることなのだと言い切るのです。
 滅びへと至る光り輝く道は一つしかなく、後ろに戻ることも適わない。
 自らの滅びをそのまま受け入れなければならない苦悩を思い知らされ、乙型は打ちひしがれるのですが、
「だが――――私もお前の一部。お前の記憶を共有している私は、お前の気持ちも痛いほどわかる――」
 消去プログラムもまた引き裂かれそうな矛盾を抱えて苦悩する乙型の気持ちを理解していました。
 そして、“彼女”もジローのために創られたプログラム故に、他でもないジローによってアンチプログラムを組み上げられた今、自らもまた矛盾した存在となっているのだということも――。
 乙型を掬い上げるべく、一本道とは別に新たに創られた光輝く階段と、その先から響く「戻って来い乙型…!!!」「乙型ちゃん!!!」「ロボ子ー!!」「乙型さん!!」「ロボさん!!!」大切な人達の声。
 新たな創造主であるジローによって創られた新たな道に、「ジロー様やみなのためにも――――」“彼女”は抗うことは出来ませんでした。
「お前は生きなきゃダメみたいだな」

 呼び声に誘われ、自分自身にジローの今後を託された彼女は崩壊を続ける世界から立ち戻る。
 三度目の生を受けた彼女が最初に見たものは、涙を流して呼び続けるジロー達。
「プロテクトが外せないなら、逆に消去が始まってから出来る隙間から抗体を送るか…」「消去される順番次第じゃ、アウトでしたね…!本当によかった…!!」そのジローの賭けにも似た挑戦が生んだ奇跡に、喜びと涙とを綯交ぜにして喜ぶ大好きな人達に、
「おかえりなさい…!」「ただいまです…!」


乙型が返すのは、ただいまの声ッ!!


 全てが丸く収まったなら、涙は忘れ、「おっしゃあ!パーティーじゃ――!!」宴は始まる。
 招待されていた清里先生や赤城も集まって、ボルテージは増すばかり。
 浪人とはいえ、ハブられた青木が不憫でなりません。
 呑む者、食う者、騒ぐ者――――それぞれに宴を楽しむ喧騒の中、宴の主役の一人であり、今回の事件の最大の功労者であるジローは輪の中からやや離れて今回の事件の引鉄となった父への不満を漏らすのですが、
「いやー、よく頑張った!感動した!!あんた、父さん超える首領になるかもね――!!」諦め、受け入れることしか出来なかった自分と違い、父親越えを成し遂げて乙型を取り戻したジローをニートはほろ酔い加減で絶賛します。
 という訳で、藤木先生……結局ニートの過去については投げっぱなしで終わったようです。
 ですが、文化祭を準備、本番、後夜祭といった具合に三年掛けてやりきった実績もありますので、逆に考えればニートの過去について触れるまでこの日常は続くと思って差し支えないと言えるでしょう。
 頼むから信じさせてくださいッ!!
 何はともあれ、「だーかーらー!ロボさんさっき2人きりだったでしょ――!!次、私です!ジローを取り合ってケンカするのも、「ちょ!?勝負はどーしたんですか!離れてくださいっ!」シズカが設定したルールを捻じ曲げて自分本位に持っていくのも、彼らの日常。
 取り戻した大騒ぎな毎日に、笑顔を見せない者など誰ひとりとしていないのでした。