FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート9








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第84話 第85話 第86話 第87話 第88話



第79話◆変態の逆襲


「友情<おっぱい!」


 ジローとキョーコが一部始終を覗かれていたその頃、蚊帳の外に置かれていた野郎どももまた、何もしていないわけではありませんでした。


 いえ、むしろ蚊帳の外に置かれているこの状況こそ、水面下で悪事を企むにはもってこい。


 時間も疲労の度合いも頃合いの入浴時とあって、心に宿した光の仙術使い、帖佐理来さんも声高に叫びます。


 覗こう!!―― と!!


 友達の入浴を覗くのはよくない。使うのはいくらなんでも気まずいし ――何をどう使うのかは、全年齢対象である拙サイトでは明らかになることはありませんが、良識派を気取った凡人・緑谷のその言葉を、男子高校生であるならば―― 漢であるならば永遠の憧れにあるおっぱいへの尊崇とスリーパーホールドで黙らせ、変態という名の漢達による煩悩に満ちた夜が始まろうとしていました。


 しかし、理来さん達の野望を未然に防いだ我聞達(オフィシャル同人誌『夏休みの友〜闇に舞い降りた天才』ネタ)のように、主に平坦な胸の待つ桃源郷へと向かう彼らの野望を阻止すべく、露天風呂の外に立ちはだかる存在がありました。


 前日にも彼らの覗きを阻止した、キルゼムオールに飼いならされていると言っても過言ではない野生の猪がそこにいたのです。

  きっと彼の名前は『収束爆砕(仮)』です、覗き阻止的に言って。
 『我聞ウルトラダイナミック』でもいいかも知れませんが、それは流石にメタ過ぎるしタイピングに手間食うので、これ以降の彼の名前は“収束爆砕”で行きます。


 あと、仙術使いこの世界にいるかどーか判らないし……って、いたね。何やってんだ仙術使い?!

 そんなツッコミはおいときまして、コイバナトークで盛り上がろうとする温泉を覗くために、股の間に挟んで「実は女の子だったと言う新設定がついたでゴワス」と主張して大浴場へと堂々と入場しようと試みる黄村ですが、一見さんならまだしも知り合い相手にそんなことをやっては二秒でバレるのは火を見るより明らか。
 しかし、その『外から駄目ならあえて内から』という発想そのものは正しいもの。


 その上、赤城会長にはここぞとばかりに仕込んでおいた必殺の策がありました。


 もともとは戦闘員の人数を誤魔化すために持ち込んだものの、急遽仲間達でジローを手伝うことになったために無用の長物となったマネキンを脱衣所に持ち込んでいたのです。


 盗撮マニア・青木シンペイの隠し撮り写真によって、最強の門番として立ちはだかっていた戦部をあっさり無力化して脱衣所へと潜入を果たし、欲望の……特にエロスへのあくなき探究心のためならばジローなしでも不可能を可能にする漢達に、出来ることはと言えばあとは獲物が来るのを待つことのみ。


 一方その頃獲物達はと言えば、獲物達からも獲物として狙われているキョーコを徹底マークして虎視眈々。

 しかし、あまりにも徹底的に狙い続ければ対処法を身につけるというもの。
 キスされた、と言う事実を知るからこそ追い討ちを放つかのように踏み込んできたアキ目掛けて「いやでもファンクラブの会長さんとか。 アキの方が好きなんじゃ?」カウンターを一閃。


 反撃など考えもしていなかったところで叩き込まれた一撃に混乱した上、キョーコに向けていたはずの矛先が自分にまで向けられたことでアキは当初の目的を忘れて「もっ… あたし先あがる!」逆ギレします。


 仲間割れによってキョーコを弄るチャンスを逸したことを反省したユキとニートでしたが、時既に遅し。

 そして、思わぬ反撃によって受けたダメージに戦意を喪ったアキが脱衣所へと戻ろうとしていた時、もう一つの危難の時が訪れようとしていました。
 三人の暴走を止めようと山中を駆け回っていた緑谷が、我聞を思わせる立派な眉毛をした収束爆砕(仮)と出くわしたのです!


 緑谷を覗き野郎とみなしたのでしょう、収束爆砕は不届き者を跳ね飛ばそうと追いかけます。


 猪突猛進、と言う言葉のイメージは直線をイメージさせますが、実際の猪はスピードとともに低重心を活かした高いコーナリング性能を併せ持つ高性能の追尾ミサイルのようなもの。


 そして、収束爆砕(猪)はその名と同じく高い貫通性能も併せ持っていました。


 緑谷を蹂躙した後、脱衣所の壁をもやすやすと貫いた収束爆砕(動物)はその壁際に立てかけられていたマネキンの山を吹き飛ばし、当然そこに紛れていた三人も木っ端というかボウリングのピンのように轢き倒し、黄村と青木を驚く間もなく死に至らしめます(死んでません)。


 生き残った赤城会長の前には、この騒ぎに驚いて前を隠すことも忘れたアキの姿があり―――― あ…あの… ちょっと道に迷って 大丈夫!オレはでか胸には――」

 言い訳を試みた赤城会長でしたが、おっきな胸にもちっちゃい胸にも貴賎はありませんし、当然興味がないわけなどもありません。
 夏の夜、会長・赤城リュウジ……宇宙へと舞う。


 騒動が済んで、夏の庭先を彩る花火。


 しかし、花火を楽しむことも出来ないままに、あちらこちらで上の空。


 呆然と線香花火を眺めるキョーコ。


 一糸纏わぬ姿を見られた恥かしさと怒りに顔を真っ赤にするアキに「スンマセンした!」と言わんばかりに、大牟田から見て九州道を越えた辺りにある山川の選果場に着弾した際に失敬してきたと思しき西瓜を差し出す赤城会長。

 無力さを噛み締める緑谷と、キョーコのリアクションが理解出来ないまま今もなおポンコツから回復できないジロー。
 あちらこちらに波紋を残し、九州の夏は更け行くばかりなのでした。


第80話◆進路相談


「進路かー… 何て書こうかー…」


 無事に夏休みも終わり、久々の学校に集まる一同。

 金銭的な理由でストーキングもままならなかったシズカや、スロット狂いの首領に会うためベガスに飛んだサブローとともに、夏休みの思い出話に花咲かせるいつもの面々―― というか、友人達が悪の手伝いした、と発言してるのについてツッコまないのか正義見習い?
 ですが、問題発言の中心にいるはずのジローとキョーコは何故かギクシャクしています。
 何とか取り成そうとするジローに対して顔を背けて無視するキョーコ、という図式に、漢衆は『旅行中に渡さんを怒らせた』と結論付けてシズカにそう伝えますが、シズカがチャンス、と思ったその状況はむしろ罠!

 キョーコのウブさ故にギクシャクとしているその裏で完全な防壁が築かれているとも知らず、玉砕しにいくシズカの無謀さを全てを知るが故の余裕でスルーするアキユキですが、少なくともアキはキョーコのウブっぷりをニヤニヤしながら眺めることは出来ないと思います。
 つーか、シズカの今までの言動からしてキョーコをライバル視していたとは思えなかっただけに、シズカがこの状況をチャンスと認識出来たことがびっくりです。
 まぁ、端から正室争いを諦めて乙型とジローの側室争いを繰り広げていたのだ、と言われればぐうの音も出ません。ライバルの腰が弱いのは藤木作品の伝統芸です!!


 あ、弱いといえば主人公サイドの色恋への免疫も弱かったな。

 我聞と國生さんのギクシャクっぷりも相当のものでした。

 そりゃ周りがトス上げてラストパス出して、という気分にもなると言うものです。


 でも、少しは障害がないと盛り上がらないと思うんだ、やっぱり。


 中山名物バンケット&大竹柵とまでは行かなくてもいいので、少しくらいは鞘当てが鞘当てらしく機能してくれればいいと思いました。


 競馬ネタ……しかもスルーされる率が異様に高い障害レースネタという無駄にハードルの高いネタに好き好んで走ってしまう読者はこの際無視しておきますが、そんな感じで大騒ぎを続ける彼らを止めるのが担任の藤田先生でした。

 スルー能力が侮れない域に達している藤田先生が渡した進路調査のプリントに、キョーコは思い悩みます。
 普通ならば高校二年生になれば進学か就職かを考え始めて然るべき次期。しかし、やりたいことがなかったキョーコにとって、将来と言われてもあまりに漠然としすぎていて、何を書いたらいいのか判らない。


 思い出すのは九州でのあの日々。


 ―― そういえば、結構褒められたなぁ。


 それが阿久野家の皆さんの嫁取り計画の一環だということに気付かないキョーコは、軽い気持ちで第一志望の欄に『悪の組織』と記し―― 何でジローのところに行かなきゃいけない!と自らテンパリながらその未来予想図を否定します。


 星の数ほど、とは行かないまでも、スズメバチの巣の数ほど組織が存在していそうなのは会合を手伝ったことで知っているでしょうに、真っ先に『ジローのところ』と述べている時点で既に虚しい否定ではありますが、その否定はむしろ肯定でしかない、とニヤつきながら現れたのがニートでした。


 祭りを開始する勢いで嫁ゲットを喜ぶニートに、これではからかわれ続けることは間違いない、と気付いたキョーコは自分の未来を探す旅に出かけます。




 やっぱり陸上選手?


 いや、その前に体育系の大学に行けたらいいな。勉強はやりたかねーけど、大学行けばいろんな道が探せそーだしな。


 正義の味方?


 もちろん正義の味方ですよー。駄目でしたらお嫁さんで!


 進学?


 はい!キャンパスライフという名の撮影機会を目指して!


 オレもです。ゆくゆくは弁護士に!


 美術系の大学に行けたらいいなって思ってるよ。


 いや、オタクが多いっていうから自衛隊!


 そのままアイドル路線?


 大女優か金持ち!


 一部の頭の悪い発言は置いておくにしても、やっぱりみんな進路については真剣に考えている。

 進学って答える人は多いけど、将来の目的がないキョーコには、今のまま進学するのが単なる猶予期間を稼ぐだけに思えてしまいます。
 余計に判らなくなったキョーコの耳に、届いてきたのは演劇部の発声練習。


 すぐ横の部室棟の一角で、ユキが花子さんを指導していたのです。

 何事も形から入るユキらしく、ジャージに鉢巻、竹刀姿という体育会系スタイルで指導するその姿に「ユキ?なにしてんの?いじめ?」と突っ込み所満載の質問をぶつけますが、もちろんそんなはずはありません。
 当て馬に据えようとしていた縁からでしょう、演劇部に入部していた花子さんを熱心に指導していたユキだけあって、やっぱり演劇の道に進むのか、と尋ねるキョーコでしたが、「うーん 考えてないなー」意外にもユキの答えはキョーコと似たものでした。


 その答えに少しの驚きで応じるキョーコですが、ただ好きでやってるだけで進路と呼べるかどうかは判らない、とするユキのモラトリアムが多分に含まれる発現の裏にある「毎日正直に好きなことやってればそれがきっと将来につながるよ! 多分!」という根拠のない自信には感心するやら憧れるやら。


 ですが、肝心要の好きなこと、と言うものがないから、と呟くキョーコにユキは「ジローくんがいるじゃん」いつもの調子で口を挟みます。


 悪の組織……ひいてはジローを意識しないがために自分探しの旅だというのにジローの名前を出されて慌てふためくキョーコですが、事あるごとにジローを意識させてキョーコで遊び倒してきたユキが、この期に及んでジローの名前を出さない道理などありません!


 ですが、この時ばかりはやり過ぎました。


 キョーコの好きなものと言ったらジローを置いて他にない!この興奮に乗せて、いざと言う時にまで取っておきたかった自分達が秘事を目撃していた、という切り札を見せびらかしてしまったのです。

 気付いた時には既に手遅れ。スルメのように長い時間をかけて楽しみを噛み締める、というJKKの目論見はユキの失言によって露と消えるのでした。
 ユキの軽率な発言によってJKKは当局の手入れを受けて一網打尽。このまま裁判なしで刑を執行される、というアキユキニートの怯えを無視し、無慈悲な執行者と化したキョーコは全てはジローが考えなしに起こした事故に過ぎない、とニート達、そしてジローに念を押すのですが、その念押しが口づけを不快に感じていたことから来る怒りによるもの、と言うジローの判断を確かなものに変え、続くジローの行為を誘発するのです。


 きょーこ


ちゅーして


ごめんなさい

 屋根に燦然と輝く反省文。
 反省文はそれだけではありませんでした。近所の屋根という屋根、乙型に両足に搭載したジェットエンジンの煙や飛行船形のアドバルーンも使って謝罪の思いを伝えるジロー。
 その精一杯の謝罪に対してキョーコは誠心誠意からのジャンピングニーをジローの頬にめり込ませることで答えとします。


 何考えてるのよアンタは!?ユキ達だけでも恥ずかしくてならないのにご近所にまで知られてしまっては恥ずかしすぎて歩くことも出来ないじゃない!


 そう言わんばかりの破壊力がこもった膝でジローの顔面を粉砕したことでひとまず溜飲を下げたのでしょう、キョーコは罪人達に反省と謝罪を、ジローには掲示物の撤去を促して一連の騒動については沙汰止みにしつつ『この騒がしい日常』だけは好きであると言う部分は肯定する、と言う形でジローへの思いを欺瞞化します。


 しかし、まだ課題は残ったままです。


 自分探しの小旅行に出たにもかかわらず結局答えを見つけることは出来ないまま夜を迎えてしまったことで悩みつつ、適当な答えをでっち上げようという思いを芽生えさせかけたキョーコは「ところで―― あんたは進路なんて書いたの?」軽い気持ちでジローに進路を尋ね、「悪の組織に決まってるだろう」返ってきたのは当然の答え。

 ですが、それに続いた言葉はキョーコにとっては寝耳に水でした。
「いや、お前の分も「悪の組織」で出しておいたぞ? お前はオレの手下になるのだし――


 さも当然、というよりは、悩んでいたのが不思議でならない、といった表情で言うジローに、勝手に人生をプロデュースされたキョーコは鉄拳制裁で応じます。


 三色昼寝におやつもついて、高校卒業していれば幹部になれる魅惑の職場・キルゼムオールはメンバー大募集中!


 でも組織が壊滅したら一直線でニート行きになることを、元幹部・現ニートのエーコは身を以って示すのでした。

 
第81話◆初めてのブログ


「おお… これがオレのブログ…」


 キルゼムオールに文明開化の風が吹く!


 ネットを通じてキルゼムオールの宣伝を行う、と言う重大な任務のため、黄村の協力を得て五千円という低価格でジャンクパーツから組み上げた高スペックパソコンを前に、思わずハイテンションになるジロー。


 かつてのメインマシンをはるかに凌駕するスペックを持つマシンの登場にあまりにテンション上げ過ぎたがために、


「ジロー様… 古い私はもうダメですか!?」


「乙型!? ま…待て待て、お前とこいつは全く別物で――!!」


 ついつい乙型との間で小芝居を繰り広げてしまう一幕もありましたが、これによって世界に繋がることが出来たジローは黄村のナビを受けてネットの海に漕ぎ出します。


 うん。既に転覆間違いなさそうです。


 しかし、水先案内人の危険さを気にすることなく、ジローは黄村の言うままに『枕崎ルナ』と検索をかけ、受験への愚痴とセバスチャンのぼやきで満載のドラキュリアのブログへと到達します。


 最初に年齢制限のあるサイトに向かわなかったことに安心すればいいのか、それとも悪の組織のブログを摘発しない公的機関の暢気っぷりを心配すればいいのか判断に困るところです。


 エシュロンとか存在しなさそうです、いやマジで。


 そして、『キルゼムオール』で検索したら拙サイトが上から三番目に……はじあく関連だったら拙サイトが最初(2010年9月現在)という検索ツールの微妙な高性能っぷりを実感したジローは相棒の影の薄さを憂慮したのでしょう、『緑谷』で検索すればどうなるか、と思い立ちます。


 緑谷の抵抗は黄村のウェスタンラリアットによって粉砕され、緑谷改めさすらいのポエマー緑谷兄貴は自らのブログ『グリーンバレー』を白日の下に晒されることになるのです。


 極めて本名に近いHNでブログ開設してる自分のうかつさを呪うが良かろうと思いましたが……そんなうかつさ全開な名前をつけていながら閲覧数7029というのは悪質業者のボットすらも素通りしてると思われます。半端無いステルス能力です。


 緑谷兄貴が一人寂しくダメージを受けているのを無視して作業は進み、ついに創造主と同じライブドアブログでブログ『キルゼムオール 業務日誌』を立ち上げたジローなのですが、待てど暮らせどアクセスカウンタの閲覧者数は本人を示す「00000001」のまま。


 いい加減待ちぼうけが苦痛になり、「誰も来ないな… 本当に繋がってるのか、コレ?」愚痴をこぼし始めたジローに「来るわけねーだろ、こんなページ」容赦ない黄村の言葉がぶつけられます。


 膨大な情報が錯綜するネットの海で、売りや特徴と言う灯りのないページなど誰も寄り付くはずなどない。HIT数を稼ぎたいならオレのように趣味に特化した画像サイトにするとかの手段を講じやがれ。


 過疎サイトの管理人としてはすっげぇ身につまされる発言です。


 というか、なんか俺に言われてるような気がしてなりません|||crz|||


 まぁ、今更宗旨替えするのも馬鹿らしいのでやりません。あくまで趣味を貫く所存ですし、何より、黄村の趣味に併せたような作りにしたら下手したら身の破滅だし。


 と、脱線しましたが、下手に社会人が真似したりすると身の破滅を招きかねない、美しい脚の画像で埋め尽くされた自らのブログ『踏み踏み365』を紹介する黄村にジローと緑谷は引く以外出来ませんでしたが、HIT数が一日2000を超えるサイト主の言葉には閲覧者の一日平均が3人……しかも一人は閲覧数を確認するために自分で踏んでる本人で、もう一人は妹というポエマー緑谷兄貴に有無を言わせぬ説得力がありました。


 踏まれフェチが少なくとも2000人はいる、と言うのは世も末としか言いようがありませんが、末法の世で生き抜くには支持者を集めることが何より。


 せめてコレくらいの画像は張れ、とブラックレディに扮したキョーコの画像を貼り付け、無骨なサイトに彩を添える黄村ですが、流石にキョーコの許可を得ることなく画像を貼り付けるのはどう考えてもまずいこと。


  肖像権は一般人にもしっかり存在するのです。


 しかし、モラルハザードを常時起こしている黄村はそれらの反論にも揺るぎません。


 宣伝するにはコレくらいしないといけない!その程度で組織の役に立つ気があると言うのか!?


 その一喝が胸に突き刺さったジローはあっさり押し切られ、黄村の言うままにブログの改造を進めます。


 PCを新調したジローは当然画像など持つはずなどなく、ブログ改造の主導権はあっという間に黄村の手に移り―――― 気がついた頃にはブログはすっかり当初の目的から逸脱したキョーコのファンページと化しているのでした。


 サイト名も『キョーコさんの部屋』と変えられ、かつての面影はアクセスカウンタのデジタル数字のみ。


 ここまでの変貌を許したことで、全てを任せてしまったことが間違いだったことを悟るジローですが、刻既に遅し。夕食時であることもあってジローを呼びに来たキョーコから問題の画面を隠してその場を誤魔化すことで精一杯。


 ですが、「2、3日で変えておく」と問題を先送りにしてしまったことは更なる間違いに繋がりました。


 ブログを準備中、と言う話題で盛り上がる鍋を囲んでの会話の中で、暇を持て余したニートが携帯から探し出してやる、と意気込んだことで、ニート経由で全てを知られてはキョーコがお怒りになられる、と慌てたジローが起ち上げたPCの画面に映るのは『00326024』という信じられないアクセスカウンタの表記。


 自サイト、そして良く行く大手掲示板にリンクを貼り付けた黄村の誘導によって大挙して押し寄せた閲覧者達でした。


 思い切りネチケットに反した行為ですが、元からモラルなど存在しない上、自らの秘蔵の画像を提供した自サイトの延長という意識もあるのでしょう、むしろ親切心で動いていると思しき黄村の暴走は止まることはありません。


 完全にキョーコのファンサイトと認識されている現状を改め、事態を収拾するために告知を行うジローですが、空気よりも存在の軽い管理人に浴びせられるのはその意志を無視した暴言の数々。


 こうなったら閉鎖しようと強硬手段に臨んだジローでしたが―― 同じくブログを荒らされた際に毅然とした態度で臨んだ創造主と違い、管理人Jは匿名の相手の数の暴力にも腰が引けてしまうチキン野郎でした。


 荒れ狂う管理人叩きの嵐の中、味方のはずの黄村も匿名であることをいいことに「おっぱい!おっぱい!」と暗に『ハーレムで生活してるんだから、ハプニング装ってお宝映像でも上げやがれゴルァ!!』と言う叫びを発してうす胸の画像を上げるように要求し、管理人Jの孤立は深まります。


 (主に質量的に)ないものを上げることなど出来るはずがありません


 その結論に達したジローは一人静かにPCの電源を切り、全てはなかったことになりました。


 悟りきったジローの顔は、いい笑顔でした。


 そして、本人未公認どころか本人知ったら怒り狂うこと請け合いのファンサイトが野放しにされているキョーコは自らがネットのアイドルとしてごく一部の変態どもに認知されているということを野生の勘でなんとなく知るのでした。


 つーか、この状況はマジ危険です。


 犯罪に巻き込まれる前に閉鎖した方が得策だと、一日二桁程度のお客様で満足している過疎サイトの管理人は老婆心を前面に押し出したくなるのでした。


第82話◆エーコさんの一日


「知ったことか―!!」

 いつものように惰眠をむさぼるエーコのニート。
 このところ近所で空き巣の被害が目立ってきたこともあり、最早ニートの代名詞と言うか、エーコとニートの境が曖昧になってきた観のある彼女に留守を任せることに対する不安を感じるキョーコですが、それぞれの社会生活がある以上、通勤、そして通学しない訳には行きません。
 一抹の不安を感じつつ、ジローが空き巣対策としてトラップを仕掛けることを拒否したキョーコはポチの番犬スキルを頼りに家を出るのですが、おとーさんとジロー夫妻からやや遅れてなかつがわへと向かう乙型とともに、外で飼われているというのに鎖もつけていないポチが番犬としての役割を放棄してデートに向かったことでキョーコの思惑は崩れます。
 そして、その光景を物陰から眺めてほくそ笑む影が二つありました。
 渡家を次なる獲物として狙っていた二人組の空き巣『空き巣ブラザーズ』です。
 スキー帽にマスクとサングラスの兄と目出し帽にサングラスの弟……盗みに入る前から怪しさ全開です。ジローによって散々訓練されているのでしょうが、通報しないご近所の皆さんの大らかさはたいしたものです。
 とはいえ、自ら空き巣ブラザーズと大声で名乗って決めポーズをとりまくっていては、そのうち通報されるのは明白。弟はそんな兄をたしなめつつ、本来の目標へと向かわせるのです。
 庭から誰もいないリビングへと侵入する二人……しかし、引き戸に鍵がかかっていないことをいぶかしむ弟に、兄は綿密な下調べの結果、渡家には誰もいないことは間違いないことを述べ、万一誰かがいたとしても、必殺の中国拳法で物理的に黙らせることが出来ると主張しますが―― ダイニングからトースト齧りながら現れた不思議生物(全裸)に恐れ戦いてナイフを取り出します。
 おいちょっと待て中国拳法?!
 気持ちは判らなくもないがちょっと落ち着け。
 しかし、ニートは驚く空き巣ブラザーズに目を輝かると、いい暇つぶしになる、と抵抗らしい抵抗もせずに拘束されました。
 普通ならば人質を取る立場にあるはずの悪の幹部であるからこそ、たまにはメインヒロインのように人質になってみたい。そして、ゆくゆくは人質としてTV中継に出ることによって顔を全国に売り、メディアに進出―― 最終的には女優への道に楽して乗った自分という未来予想図を幻視してBIGを買った直後と似たような妄想に耽るニートにただならぬものを感じたのでしょう、さっさと取るものとってずらかろうと冷静に主張する弟にニートは「キョーコちゃんに怒られるからやだー」と拒否します。
 拒否られた弟は地球規模の漢の中の漢よろしく漢らしい言葉で返しはするものの、やはり空き巣専門だけあって荒事は苦手なのでしょう、ボケ倒した拒絶を受け入れ、金のありかを聞き出そうとするのです。
 ですが流石に不思議生物は一筋縄ではいきません。
 腹八分目の五杯目ともなると流石にそっと出す居候であるエーコは金のありかなど知るはずがないのです。
 まぁ、油断してたら金品からガリガリくんへと物質変換を行うことは間違いないエーコにまとまった金のありかを教えることは財政破綻に繋がるというキョーコの判断があったという可能性は否定できません
 そんなボケにやはり弟は漢らしいツッコミで返します。
 きっと金剛番長の凄まじさを目の当たりにした雷鳴高校の卒業生に違いありません。
 空き巣と言うスジの通らない行いに身を堕として何が番長か、というツッコミが入るかもしれませんが……まぁ、卑怯番長も殺人以外の大抵の悪事は働いていたって言うからそこはそれこそ知ったことか。
 そして何より、多少のボケには動じないのが余裕ある漢というものです。
 そして、兄はそんな漢でした。
 エーコのボケを笑って受け止めるとともに、「だったらあんた金持ってないの?それで勘弁してやっても…」余裕たっぷりの交渉に乗り出す兄でしたが、「私、無職ゆえ」エーコに問うのが間違いでした。
 ニートだから金は出せない。だからこの身体で―― 身代金を要求すれば5兆はカタい!
 そう主張し、前半部で空き巣ブラザーズを藤木キャラらしくドギマギさせるとともに、後半部でツッコミを受けると言うハードワークっぷりを見せ付けるエーコでしたが、もちろん空き巣専門で細く長く地味に堅実に過ごしていくことが理想の弟はその要求を突っぱねます。
 しかし、余裕ある漢だった兄は残念な漢でもありました。
「でも男の人はそれくらいワイルドな方が… ステキですよ?」
 この言葉にあっさり転ばされ、「人質… ワイルド… モテる!」魅入られたかのように警察へとコールしようとする兄にツッコミ入れる弟……『モテる』という言葉に反応するという、藤木キャラらしさを見せた愚兄は、弟にとっては負担以外の何者でもないようです。
 盗みに入った先で胃に穴開けたことは一度や二度ではなさそうです。
 ですが、胃を犠牲にしてまで己のスジを曲げない弟の存在はボケ倒してペースを奪い去ることを信条としているニートにとっては厄介なものでした。
 誰かに知られないとTV中継は入らない。そうなっては将来の大女優への道は閉ざされてしまい、世界の損失は計り知れない。
 すっかり脳内で女優への道を我が物としていたニートは夢への第一歩を弟に託し、「えーと… 出前でもとりません?お腹すいたでしょ?」出前を取るように頼むのですが、兄へのツッコミが日常の中でも大きなウェイトを占めていることは想像に難くない弟はその策略を叫び一つで粉砕するのです。
 ボンクラかつポンコツな兄はまだしも、この弟の鉄壁を潜り抜けない限り世界的大女優への道は拓けない。
 だけどそのための努力もしたくないのがエーコの真骨頂。
 どうしたものか、と悩みつつ、エーコを放置して本来の目的を果たそうとする弟の言葉をダラダラ聞いてると、響いてきたのは荷物を届けに来た宅配便の声。
 自分から動かずとも外的要因で状況が変わったことに、自分が『持っている』と確信したのでしょう、弾んだ声で配達員の声に応じるニートに対し、「ドジっ娘だな」と泰然と構える兄とは対照的に全てをひっくり返された弟は慌てます。
 とはいえ、返事をしたのに出て行かないと怪しまれることは間違いありません。仕方なしに強運を物にしたニートの望み通り、荷物を取りに行くように指示する弟ではありましたが―――― 弟もまたポンコツでした。
 ようやく掴んだ女優への第一歩を無駄にしないためにも、どうやって外に知らせるのかだけを考えつつ、無造作にドアノブを回し、玄関の扉を開いたニートは未だ後ろ手に縛られたままだったです。
 つか、どっちも気付け。
 そして、予想外の事態は続きます。
 配達員は草壁ゲン―― そう、あの正義見習いにして、かつて勤労意欲が残っていた頃のニートと面接で一戦交えた草壁家の兄だったのです!
 後ろ手に縛られている女性という異常事態に反応しない正義ではありません。
 エーコの思惑とは真逆に、空き巣ブラザーズ二人を相手に独力で全てを解決しようとするゲン。
 まさか女優への道を切り拓いてくれると思っていた相手に道を閉ざされようとは思わなかった!どうしてこうなった!
 そう言わんばかりに、ニートはちょっとだけ本気を出しました。
 ニートなのに本当に『ちょっとだけ本気出す』というのはどうかと思いますが、その本気によってあっさりとロープを引きちぎったニートは下駄箱の上に置かれていた花瓶を割らないように右手に持つと、開いた左手一本で下駄箱を持ち上げます。
 ふと気配に気付いた犯罪者と正義がそちらを見ると、そこにいるのは高々と下駄箱を差し上げた全裸の不思議生物!
 ゲンに驚く暇は与えられませんでした。
 正義を遂行していたゲンの脳天に落ちかかる悪の幹部の万力も込められた下駄箱に、変身もしていない正義はいとも容易くK.O.されるのです。
 邪魔者はいなくなった、と再びダラダラ待ってるだけで女優になれる(妄想!)憧れの人質生活に戻ろうとするニートでしたが、笑顔でゴロゴロするだけの生活に戻ろうとするニートが見たのは開け放たれた扉から全力で逃げ出す空き巣ブラザーズの後ろ姿でした。
 逃走の手際を考えて既にキーも挿したままだったのでしょう、軽トラに手早く乗り込むと一目散にその場を離れる兄弟に「待って――!! ワンモアチャンス!TVカメラ来るまで待って!!」と追いすがるニート。
 もちろん車道を併走してです。
 しおらしい美女だと思っていたら、実は怪物でした―― その悪夢から離れるべく弟は急ハンドルを切り、白い軽トラはガードレールを突き破って海へとダイブするのでした。
 空き巣を退治したことを前面に押し出せば、警備会社にでも就職出来るかも知れない、という思いは骨の髄までエーコなニートの脳裏に浮かぶことはありませんでした。
 かくて、事故の原因になったことを咎められたくない、とばかりに野次馬の群がる事故現場から逃げ出したエーコは、相変わらず自宅警備を生業とするのでした。
 しかし……エーコ女優という言葉から劇団SAKURAを思い出す訓練された藤木ファンはどれほどいるのか知りたいところでもあります。
 俺だけじゃないよね?ねっ?!

第83話◆ザ・実行委員


「あのやる気のなかったキョーコが…!」「成長したんだね……! 胸以外…!」

 季節は秋!
 夏服の時期も終わりを迎えようとしているこの刻からさらに一月後に迫り来る文化祭“三葉祭”を告げるチラシを片手にキョーコは何かを思い、「よし!」そして決断します。
 その決断の向こうにいるのは、壁の向こうでいつものようにまた新たなアイテムを作っているのであろうジローであることは疑いようがありません。
 そして翌日、前年の文化祭の本番を寝過ごしたこともあり、今年こそはと目覚ましとバケツを組み合わせたアイテム・“強制目覚まし”を披露するジローを中心に、文化祭で何をやろうか、とアグレッシブかつお祭り好きの仲間達が盛り上がる中、キョーコは劇の手伝いをユキの誘いを断ってその『決断』を形にします。
 文化祭の実行委員への立候補―― インドア系ダメ人間のキョーコが人様のためにイベントごとの企画側に回って働こうと言うその決断に思わず涙ぐみ、胸以外の成長を喜ぶアキユキ。
 胸も成長している、と抗弁するキョーコですが、残念ながら相手は人間メジャーのユキです。成長の兆しすらないことは既に触診で確認しているので間違いありません。
 そんな風に鉄板扱いされていることをスルーしつつ、つられて実行委員に立候補していたジローに呆れ気味にツッコミ入れるキョーコでしたが、キョーコのダメ人間っぷりを知り尽くし、なおかつジローの意外に高いパシリとしての才能を知ったアキユキは、夫婦仲良くご出勤、という小学生じみた茶化しを入れることも忘れてジローにキョーコをしっかりフォローする役目を任せます。
 まぁ、高校生にもなってそんな茶々入れてたりするのはどうよ、と思いますが、放っといたらマジにやりかねないし、実際それに近いことは言ってきたという実績もあります。油断出来ません。
 しかし、そのような油断が挿し挟まる余地はありません。
 和気藹々とキョーコの決断を喜ぶ彼らに対して緑谷が伝える、生徒会役員として実行委員会に参加したことのある青木からの伝言は『死ぬな』という物騒なもの。
 そして、その言葉は限りなく真実に近いものでした。
 あれだけの活気を誇る文化祭を実質生徒のみで取り仕切るのです。生半可な熱意では瞬時に蒸発させられてしまうほどの圧倒的な熱量が飛び交う議場はまさに修羅場そのもの。
 その上、議長役となっている女子生徒・黒澤さんの求めるものは“より良い文化祭を作るための完璧な意見”。副会長の轟さん以上の完璧主義の彼女が仕切っていることもあって、赤城会長曰く例年よりも激しく、クオリティの高い会議の前に、果敢に挑んだキョーコは「すみません!私は貧乳でちんけな人間です〜〜!!」ユキを相手にしてもなお口にすることのなかった悲しい現実を口にするほどに心を折られ、論破されます。
 それにしても、黒澤さんもまた正義の側に属する人なのでしょうか?
 だとしたら、あの馬鹿っぽい発言の正義やらユルい発言の正義との差が気になるところではありますが―― まぁ、反面教師にしているのかもしれません。
 そんな完璧主義者の黒澤さんの「予算や時間、動員数を考慮せず、意見しないように。 なんとなくでやられても説得力がないので」という言葉に、[装備アイテム:特になし]程度の理論武装で『あとは勇気だけだ!』とばかりに挑みかかるキョーコでしたが、装備なしでもどうにかなるのは素手のデータを変更したり自前の武器を作成できるDXのようなTRPGや、WizのようなTRPGの影響を色濃く受けたCRPGくらいのもの。
 テイルズやドラクエのようなライトファンタジーRPGで踏み止まっている創造主……もとい、キョーコがどうにか出来るはずもありません。
 と言うわけで、会議に参加しての三日間で努力友情勝利の三本柱による敢闘精神を木っ端微塵に打ち砕かれ、無い胸をさらに抉られて凹まされ、キョーコは民間人でありながらもあれほどの熱気を発揮出来る部分は参考にしないと、と自らの力の無さを認めた上でポジティブに捉えるジローとは対照的に、ポテチをむさぼる全裸のニートの脇で日頃の強気っぷりが見る影もなく落ち込みます。
 やりたいことが見つからないなら探せばいいや、という軽いノリで立候補したものの、周囲は自分が思っている以上に真剣にこの実行委員という立場に、そして文化祭と言う一大イベントに向き会っていたことを知り、自分の甘さを思い知らされたキョーコ。
 ジローにとっては最後になるかもしれない文化祭である以上、しっかりと思い出を刻まないと、という思いがあるキョーコに退くことなど許されません。
 乙型にポテチを取り上げられたニートとの別れについては頭にも昇っていないようです。
 しかし、「いや 無理だろう。 お前はおつむが足りんし」そんなキョーコの想いなど知ったことか、とばかりにジローはキョーコにツッコミます。
「舌戦はお前には似合わん。 ならやることは1つ!」
 ツッコミに威圧で応じるキョーコでしたが、ジローの目には秘策の光あり。
 ならば乗るまで!
 不思議生物がどこからとも無くポテチを取り出す横で、キョーコは漢らしくジローの判断に従うのです。
 そして翌日、完璧な文化祭を模索するあまり、議論が煮詰まってきた観のある会議。
 会議に立ち会う赤城会長も、行き詰まりを感じつつも見守るしかないもどかしさを感じるとともに、キョーコとジローがいないことを気懸かるのですが、白熱はするものの、結論が出ることはない議論ばかりでは集中も切れてくると言うもの。
 実行委員の一人が思わず窓の外に視線を移すのも当然でした。
 そして、その視線の先には禍々しく巨大な構造物。
 黒澤さんをも唖然とさせるその構造物を築き上げたのはもちろんジロー。
 肩に乗る程度の小ささのボディにドリルの右手と金鎚の左手を持つアイテム・アジトビルダーを駆使して築き上げた文化祭用のステージに、勝手に動いたことを責める実行委員の皆さんですが、当然その程度で終わるはずもありません。
「いやー どうせ意見出せないなら実行ってことで!」続いてやってきたキョーコもまた予算面の不安を商店街からスポンサーを募ることで解消するという力技を見せることで、論破され続け、議論に参加出来なかった分の埋め合わせを図ります。
 ですが、具体的な形を提示することはともすれば会議の意味合いを薄れさせると言うデメリットにも繋がりますし、成功の保障もありません。
 失敗の危険を一つ一つ潰していき、精査することの重要性を説く黒澤さんでしたが「失敗したっていいじゃないですか! みんなで楽しく失敗すれば!」失敗するにしても前のめり!会議だけで何もしないよりははるかに楽しい!そんなキョーコの漢らしい意見に呆れ「ですが新鮮です。面白いです。 いいでしょう。あなたのやり方、考慮に入れるべきかと」受け入れるのです。
 校舎を半ばアジトに造り替え、文化祭へと一直線!
 登校してきたアキが驚く校舎の威容に「このまま春校祭に雪崩れこみましょうか」―― 読者の心の中で今も息づく柳昇校長がそう囁くのでした。

第84話◆本番前日


「よっしゃ いっちょやったるか! 夜は長いぜ野郎どもー!」 「お――――っ!!」


 一ヶ月はあっという間に過ぎ去って、いよいよ明日は文化祭当日!!ジローとキョーコを含む実行委員の皆さんは駅前でビラ配りに勤しみ、翌日に控えた三葉祭の宣伝を行います。
 黒澤さんも呆れるほどに、宣伝効果には自信あり!
 おいでませ(はぁと) 
 第27回三ツ葉ヶ丘高校文化祭
 三葉祭
 10月10日(日)明日開催!!!
 ―― と、アドバルーンよりも遥かに低く、適度に目立つ上空で、三葉祭をアピールする大きな旗を翻した乙型が舞っているのです。これで宣伝効果がないと感じる人はいないでしょう。
 つか、いたらそっちがすごいわ。
 実行委員としての仕事をつつがなく終えた二人ですが、今度は自分達のクラスでの仕事が待っている。大慌てで教室へと戻ってきた二人でしたが、教室へと飛び込んだ二人を出迎えたのはハリセンの斬撃!!
大上段から撃ち下ろした袴姿の女侍と、腰だめの姿勢から抜刀術による一撃を繰り出した着流し眇(すがめ)の素浪人―― 恐らくはユキプロデュースの今回のコスプレ喫茶は『江戸茶屋』の目玉の一つとなるチャンバラによるショウタイムの衣装を身につけたアキと黄村に不意討ちを受けるジローですが、準備されたバカ殿衣装を見せられては怒りは横に置いておいて興奮する方を選びます。
 この期に及んで「全裸喫茶がよかった」と懲りずに訴える黄村ですが、茶屋遊びに心を沸き立たせきれないあたりは未熟も良いところ。
 直接的なエロスにしか興味を持てない未熟者はマスター・アジアに思い切り罵倒されるがいいと思います。
 何より、お茶屋と言えばお代官様と町娘によるお約束展開も待っていますし、女剣士スタイルのアキはアキでカラーで見れば実は緋袴かも知れないと思うと、興奮が隠しきれません
 なにやらハァハァしてる巫女好きはこの際無視しますが、実行委員の仕事もこなした上で殺陣まで覚えなければならない上、大道具として重宝するジローがいないこともあって、準備を間に合わせるには泊まりになることは避けられません。
 迷惑を掛けることを詫びるキョーコでしたが、お祭りやイベント事が大好きなアキユキは学校に公然と泊まることが出来るチャンスを逃す訳にはいかない、とむしろ大喜び!
 寝袋持参!お菓子も満載!独り寝が寂しいなら添い寝もOK、むしろ添い寝メインで!
「カマーン」と布団を勧める黄村にはとりあえずジローをあてがうことを決意する読者はさておきますが、準備万端でこの土曜の夜を楽しみつつ作業を進めようとするポジティブな一同に、キョーコも笑顔で応じると自らもまた茶屋娘となる準備に入るのです。
 そして遅くまで残って作業を進める2−4の一同に、いつもの仲間とシズカも合流……サブローがどこに行ったのか、ましてや元祖バカ殿様が何処にフェイドアウトしたのかという禁句は怖いので言えませんが、何時にも増して賑やかになった教室で、楽しい準備はその勢いを増していくのです。
 ですが、楽しい時間も長く続けば脱線してしまうのが世の常というもの。
 折しも夜から深夜へと移り変わろうとする23時過ぎ。作業の手を休めてやり遂げた漢面で武勇伝を騙る黄村の嘘自慢は、疲れが出始めた一同にとっては深い眠りを誘発するものでしかありません。
 やり残した部分もちらほらと見える作業場に死屍累々と横たわっていた一同にツッコミを入れる黄村でしたが、ダラダラとお菓子を摘みながらの作業の最中、最初から嘘と判っている話を長々と垂れ流されては意識を手放してしまう確率は殺人的に増すというものです。
 ならば自販機でコーヒーでも買ってこよう、とカフェインを摂取して睡魔の手に落ちそうな意識を覚醒させようと提案するキョーコでしたが、ここで落とし穴が待っていました。
 あわよくばJKKとしての活動に移ろうとするアキユキの思惑が芽生えるより速く「なら…ジャンケンか?」飛び出たジローの一言に、高校生達の中に色濃く脈打つイベントスキーの血は反射的に彼らを動かしてしまいます。
 そして始まったジャンケン大会の結果、敗北を喫したキョーコを独りで暗闇の彼方へと送り出すアキユキ。
 JKKとしての責務よりも罰ゲームを優先する辺りは、学校や仕事よりも策謀を優先したGHKの徹底ぶりとは比べものにはならないようです。
 ……いや、それは人としてどうよ?
 と、まぁ人として破綻しているGHKの皆さんはさておいて、懐中電灯一つを渡されて暗闇に放り出されたキョーコは震えながら校舎脇の自販機を目指します。
「誰かいる?いる?いる!?」
 尋ねながら階段を降りるキョーコですが、返事があったらあったで大騒ぎは間違いないでしょう。
 そこに気付いたのでしょうか、「い、いやこれも文化祭の醍醐味よね? た、楽しいと思えば…」無明の闇に尋ねながら歩むのを止めたキョーコは、今度はポジティブに自らを鼓舞しつつ歩みを早めますが、ポジティブな言葉の数々もリノリウムに響く足音とともに容易く溶かし消す闇は「たのしー! たの… しくないっ!!なけなしの勇気をあっさりと吹き消しました。
 根源的な恐怖に、兎に角一刻も早くこの罰ゲームを終わらせようと足早に廊下を歩むキョーコ。
 ですが、誰もいないはずの廊下の角から現れ……ぶつかった拍子に取り落とした懐中電灯が浮かび上がらせた人影にキョーコは身を竦め……夜の校舎に悲鳴が響くのでした。
 しかし、幽霊の正体見たり前世魔人、という訳ではありませんが、その人影が見知った姿だということに気付いたダイヤモンドアイ……もといキョーコは実行委員の活動内容をまとめた資料を作成するためにこの時間まで残っていた黒澤さんとともに自販機へと向かいます。
 同道する人がいる頼もしさもあり、なんとか目的を達することが出来たキョーコは実行委員を取りまとめるものとして、責任を持って万全の態勢を作り上げようとする黒澤さんに感心しつつ、手伝いを申し出るのですが、黒澤さんは一人の方がはかどるから、とその申し出を断ります。
「さっきぶつかった時、悲鳴あげたの黒澤さんじゃないですか。あたしよりびびりじゃないですか」
 猫目なのに闇に弱いビビりであることを指摘し、闇を恐れるもの同士手を携えて生きていこうと訴えるキョーコでしたが、黒澤さんも自分のことは自分でやる、というポリシーを曲げることはありません。
 その芯の強さと責任感の強さに感心し、軽い尊敬の念を向けるキョーコでしたが、実行委員としてはキョーコもまた同格。キョーコ達の尽力もあったことでより良い文化祭にすることが出来た、と黒澤さんもキョーコをねぎらう言葉をかけて感謝と尊敬を表します。
 ただ、まだ始まってもおらず、何も手にしてはいない以上、喜ぶのはまだ早い。2010年10月現在J2リーグ3位の位置につけている、九州の盟主を自認する某クラブのサポーターのようなことを延べ、単純に賛辞を受けたことを喜ぶキョーコを戒めることは忘れない黒澤さんに、すっかり恐怖を吹き飛ばしたキョーコは鼻息も荒く意気揚々と拳を掲げて言うのです。
「明日!がんばりましょう! いい文化祭にするために!」
 その力強い言葉を軽くいなし、自分の持ち場へと戻る黒澤さんですが、燃え立つ思いに足取り軽くその場を離れるキョーコの背中に掛ける言葉は何処か冷たいものがありました。
…ぜひよろしく。 あなたのイトコにも。」
 やはりというかなんというか、正義に関係していたと思しき黒澤さんの漆黒の闇の中から向けられたその言葉は、キョーコの耳に届くことなく、闇に薄れていくのでした。
 ですが、今はただ正義も悪も区別なく、文化祭を思い出深いものにするための準備を進めるのみ!
 カフェインの助けを借りて、ようやく作業を済ませた頃には日付もすっかり変わり、家に帰ることもままならない。
 寝袋に包まる者あり、段ボールを床に敷いてそのまま教室で雑魚寝する者あり、寝袋越しに揉んで成長させるユキ有り、大振りの段ボール箱をそのまま被って眠るシズカあり……各々気ままに眠りに就いて、迎えた朝の光は雲ひとつ無い澄み切ったもの!
 寝過ごし防止アイテム“強力目覚まし”の効果もあって、すっかり濡れネズミになりながらも、創造手の罠に嵌って寝過ごしたことで肝心の本番をすっぽかした前年のリベンジを果たすことができたジローの喜びもひとしお。
「緑谷!バルーンを頼む!」「了解!」
 更なる呼び込みのために、キョーコと共に駅前へと向かうジローの指示を受け、矢印型の巨大なバルーンを掲げる緑谷。
 三葉祭の開催を告げるアドバルーンは、快晴の空の下に誇らしげに浮かぶのでした。

第85話◆2年目の三葉祭


「ひざまずけ このぐみんどもー!」

 キョーコ達実行委員の頑張りもあって、文化祭は大盛況!
 好天にも恵まれ、開場前から行列ができるほどの人手は例年の倍の客の入りを呼び込んだ実行委員の頑張りを無駄にするわけにはいかない。あとは運営側がこのお膳立てを活かすのみ!
 仕事すれば優秀なはずの赤城会長の驚きと興奮を隠すことない号令一下、生徒会の皆さんは今か今かと開場を待ちわびる入場者達を迎え入れるべく、締め切られていた門を開くのです。
 さぁ、お祭りの始まりだッ!!
 呼び込みで向かった駅前で評判を聞いて小躍りするキョーコを愛でる暇なく、やはり後輩に人気のアキが模擬店の看板役を担えば、ユキは祭りの高揚感に妄想を暴走させるわ花子さんを未知の世界へと誘うわ!
 そして部外者であるニートも矢印型のバルーンの下で注目を浴びて悪としての本能を満足させる程に大はしゃぎ!
 ユキからの連絡で話は聞いてみたものの、実際に目にした盛況ぶりに呼び込みから戻ったキョーコが隠すことなく喜びを表せば、この盛況の立役者の喜ぶ様にアキユキも感慨深げに喜びを露わにするという喜びの好循環。
 ですが、その好循環の歯車に異物が紛れ込んでいました。
 この辺りでも不良の巣窟と名高い四高の生徒がチンピラよろしく女子生徒に絡んできたのです。
 無法は許せない、と追い返そうとするアキですが、彼女の売りの一つである男勝りの気風の良さが衝動のみで生きていること間違いないヤンキーどもにはむしろ仇となり、逆に喜んで絡みつかれてしまいます。
 いくら男勝りと言え、男女の力の差はやはり大きく、掴まれた手を振りほどくことも侭ならない。
 とはいえ、このまま好き勝手させては折角のキョーコの頑張りが台無しになってしまう―― 怒りと恥辱、そして焦燥がアキの胸に去来したその時、
「ハイそこまで」
 やって来たのは白馬ならぬ白ランの騎士!
 ピンチの発生とともに音速で逃げ出した黄村が連れてきたいつもの救援部隊―― しかし、祭りと喧嘩は江戸の華、という言葉はあれど、文化祭で暴力沙汰はNG。
 ならば、と赤城会長が採った手段はローションプレイ
 大丈夫かっ?!主に頭がッ!!
 暴力の世界に片足を突っ込んでいるヤンキー二人でしたが、お得意の暴力をぬらつく油に遮られては打つ手なし。こうなっては男同士の取っ組み合いもものともしない変態揃いの渡キョーコFCの一同(ただし、最近は半壊気味)を前に、プライドやら貞操やらを汚された上で完全K.O.されるより他ありません。
 かくして、公衆の面前でディフォルメもされずに全裸にされたヤンキー二人を遠くへと放り出し、キョーコが頑張っていた学園祭をぶち壊すことなく事を治めることに成功したジロー達の尽力もあり、三葉祭はめでたく大成功!
 演劇部の今年の演目であるリア王も、新人ながら三女コーデリアとして抜擢されたと思しき花さんの活躍もあって無事にカーテンコールを迎え、ひと悶着あった江戸茶屋も食材を売り切るというこの上ない成功で終わり、実行委員としてこのひと月を駆け回ったキョーコは心地よい疲労感に包まれます。
 そんなキョーコに声を掛ける旅の砂吹キンこと黒澤さんは、この大成功を導いたキョーコに感服の言葉を向けるのですが、今回の文化祭のMVPとなったキョーコは感服する旅人に返すのです。
 物事に対して消極的でやりたいこともなかった自分。
 やりたいことを好きにやっている周囲の眩しさには憧れていても、勇気がなくて踏み出すことが出来なかったけれど、あまりに好きに振る舞い、楽しんでいるジローがあまりに羨ましくて――悔しくて……だから自分でもやってみよう、という気になった。
 その一念で行動した結果、大成功に終わったことに些かの戸惑いも浮かべながらそう返したキョーコでしたが、受け手である黒澤さんはというと「なるほど… あの悪の人はあなたの理想の人なわけですね?」何故かそこからラブコメ的展開に受信するのでした。
 どこをどう弄ればそう結論づけることができるのかがよく判りません。
 やっぱり恋する乙女こそが最強、というラブコメ世界の住人だからでしょうか。
 ともあれ、世界の後押しを受けた最強存在は自分の気持ちをごまかしながら、ジローと共に後夜祭の会場へ。
 キャンプファイヤーの灯りを前に、皆で並んで食べる豚汁の味は、ジロー達には忘れられないものとなるのでした。
 ……が、今年は完全に家族を差し置いて、一人だけ栄養状態を良好に引き上げるシズカは正直どうかと思うのは俺だけかなぁ?
 草壁家の皆さんが心配です。

第86話◆黒澤アキラ



 下町カイザーファンの黒澤アキラさんは非常に困っていました。
 手にした携帯に写るのはキョーコからのメール。
 文化祭の実行委員になったことが縁でアドレスを交換したのはまぁよくある話。
 ですが、本来自分は正義の一員として、かつて壊滅させたはずの悪の組織であるキルゼムオールの関係者である阿久野ジローの監視を行うために三葉ヶ岡高校へと潜り込んだはず。
 ……って、本人じゃねーかっ?!
 大牟田のキルゼムオールのアジトを襲撃した際のギガブラック(仮)のいい加減かつユルい言動もですが、ギガグリーンの時のデザインと違いすぎます。
 あまりの違いっぷりから『きっと正義の一家か何かだろう』と思っていたのに、本人確定となって逆にびっくりです。
 サンデー超増刊の読み切り『進めギガグリーン』から数えて三年の年月は、人を大きく変えるには充分だったようです。
 まぁ、変わっていないというか、むしろ削れたんじゃないだろうか、と言う部分もありますが。胸とか胸とか胸とか……あと胸とか。
 ともあれ、よりにもよって監視対象者の関係者であるキョーコとメル友になってしまう、という由々しき事態に、自らの流されやすい性格を嘆く黒澤さんでしたが、別に悪本人と馴れ合うわけではないこともあり、メル友ぐらいなら構わない。一定の距離さえ保っていれば問題ない――と自己欺瞞で乗り切ることにしたところで一つの気配に気付きます。
 窓を開けたところにどこからともなく飛来するのは一本の矢。
 夜気を引き裂いて窓際の的に突き立った、上層部の趣味丸出しの矢に括り付けられた矢文……気配に気付かなければマンションの管理人さんにこっぴどく叱られるであろうその指令に記されていたのは、『ミッションその5 阿久野のアジトへ潜入調査』。
 キルゼムオール本部(復興中)での定例会の監視が3、三葉ヶ岡高校への潜入が4とすれば、いつぞやの馬鹿っぽいネーミングの作戦は2と言ったところなのでしょうか?空白の1番が何なのか、と言うのも含めて結構気になるところです。
 ともあれ、ジローのアジトといえばすなわち渡家。
 折角立てた誓いをあっさり蹴飛ばされる形で接近を強いられた黒澤さんでしたが、任務は任務。拒否権なんてありません。
 と言うわけで、「偶然近くに来たから」と渡家にお邪魔することになった黒澤さんを何ら疑うことなく温かく迎えるキョーコ。
 一般家庭に似つかわしくないメイドという要素はあれど、疑念など露と感じさせることなく突然の来客をもてなす渡家の皆さんに、黒澤さんに搭載された良心回路は痛みますが、ジローの、そしてキルゼムオールの動向の調査という任務のためにはその痛みを押し殺す以外ありません。
 ですが、黒澤さんにとってその流されやすい性格はやはり弱点でした。
 半ばバレているような気はしますが、とりあえずは隠れオタクであるキョーコが振ったアニメの話題に食いついて、アニメ版下町カイザーの続編への期待を熱く語る黒澤さん。
 カイザーの漢らしさとキョーコのかもし出す空気によってに、キョーコと同じく隠れオタであることをあっさり露呈してしまった自らにツッコミを入れますが、とりあえず気付いたからには任務最優先。
 中座してジローの動向を探る本来の目的を達しようとする黒澤さんでしたが
「どこへ行く気だ? そちらはトイレではないぞ
 階段を登ったところで背後から掛けられる声に戦慄します。
 待ち伏せを受けていた、という事実に渇く咽喉から辛うじて声を絞り出し、誤魔化そうとする黒澤さんでしたが、「クックック… ごまかしても無駄だ。 お前のことは文化祭のときからマークしていた」と続くジローの言葉に、取り繕う愚を悟ると、隠し持っていた変身グッズを探り、変身するタイミングを計るのです。
 しかし、黒澤さんは知りませんでした。
 ジローが基本的にボンクラである、と言うことを。
 文化祭の時からジロー印のアイテムに注目していたことから、黒澤さんが自分と同じメカフェチである、とみなしたジローは嬉々として『同好の士』に自らの発明品をアピールするのですが、正義の側に立つ者として、黒澤さんはこんなあっさりとラボやアイテムを披露するはずがない。これはフェイクだ、とジローの行為に疑念を持つのです。
 再び中座して別の扉を開く。
 部屋に林立する電柱に驚く
 ちょっと待って!ちゃんと補強されてるのここ?!いやいや、自らの追っていた怪しさとは質が違う怪しさに、思わず三白眼を真っ白にしながら驚く黒澤さんでしたが、恐らくは前世でもジローと姉弟だったのだろうと思しき、全裸の不思議生物が人間形態に姿を変えたところで正気に戻ります。
 目の前で電柱にしがみついていたエーコこそ、業界でも悪名高い女幹部として名を馳せた『歩く悪ふざけ(ザ・フリーダム)』こと阿久野ニート!
 これほどの大物がいて何事もないわけはない。そう確信した黒澤さんは一般家庭に偽装したキルゼムオールのアジトをくまなく調査しようとしますが、メンテ中の乙型やらしゃべるどころか徳平ケンのちょっと年齢を感じさせる殺陣を楽しむポチやら、大の最中だと言うのに鍵も掛けないおとーさんやらに驚かされ、別の意味で衝撃を受け続けるのです。
 そして開いた次なる扉はキョーコの部屋。
 普通の発想なら友達相手にリビングで応対と言うのはどうかと思わざるを得ませんが、きっと、オタ特有の『なるだけ人を部屋に入れない』という防衛本能によるものだと思われます。
 同じオタ仲間だから気にしなくても―― そう思ったかどうかは判りませんが、序死公星の部屋にしてはやや殺風景なところはありますが、案外普通の部屋であることに黒澤さんは安堵します。

 しかし、「果たしてそうかな?」その安堵感は天井のモニタに現れたジローの言葉によってあっさりと掻き消されました。
 キョーコはオレが見込んだ女。やつはすでに悪の心に目覚めつつある―― そう続いたジローの言葉に、折角生まれた友情を踏みにじられたかのような衝撃を覚える黒澤さん……いえ、ギガブラック。
 信じたくない、喪いたくない―― そう思い込み、抗おうとするギガブラックの心中を知ることなく、その“証拠”を明示するジローの言葉に負け、下町カイザー全七巻の後ろに隠された一冊の文庫本を手に取ってしまったギガブラックの目に飛び込んできたのは(笑)学館文庫刊『サルでもできるバストアップ体操―108の暗殺拳―』税込価格950円。
 重い、重いと言い続ける推定Eカップの親友を見返してやろう、と『三年でA→F』という売り文句を信じてしまって買ったのであろう、くそ怪しいバストアップの本に、同じナイチチーズの一員であるギガブラック改め黒澤さんは別の意味で友情があさっての方角へと飛んでいく感覚を覚えるのです。
 大丈夫!キョーコのうす胸が成長するなんてことがあったら宇宙の法則が乱れます。
 如何にキルゼムオールとはいえ、宇宙規模の変異を起こせるようなことは……いや、次元の狭間に巨大ロボットを収納するだけの技術をフルに使えば―― 可能性はゼロではないかもしれません。
 それほどまでの犠牲を払わない限り成長を望むべくもないキョーコのちっぱいですが、成長させようと言うキョーコの意気はジローにとって改造手術を受ける心構えが生まれたことと同義!!
 そう力説するジローに、完全に警戒する意識を削ぎ落とされた黒澤さんでしたが、その警戒心の欠如から不覚を取ります。
「うん、君もトレーニング必要っぽい?」
 歩く悪ふざけにキョーコ以下の平坦胸をまさぐられ、汚された、と涙を流す黒澤さんを鉄拳制裁で救助したキョーコでしたが、「だ、大丈夫!キョーコちゃん巨乳!!」あからさまな嘘はジローのみに降り注いでいた鉄拳の行く先を増やすのみ。
 かくして、二人してたんこぶ頭を並べて正座させられる姉弟を従えて、家路に就く黒澤さんを謝罪混じりに見送るキョーコ。ジロー達の息が辛うじてあるのは、優越感を刺激されたことと無関係ではなかろうと思われます。
 その謝罪を受けながら、黒澤さんは一筋縄で行かないジロー達キルゼムオール残党達の実力、そして、それらを相手取るキョーコの底知れなさを理解します。
 それを以って任務の成功と位置づけた黒澤さんことギガブラック。
 しかし、また遊ぶ約束をしてしまうと言う、流されやすい自らの性情がもたらした失態に根が生真面目なギガブラックが頭を抱えるその横で、すっかり正義としての存在意義を忘れ去って悪と馴れ合っている草壁家の皆さんは、今日も元気に日々を食いつないでいるのでした。

第87話/疑惑の三角関係(トライアングル)


「キョーコをとられる!? まずいっ!なんとかせねば…!!」


 流されやすい黒澤さんが流されるままにキョーコと仲良くなっていくその脇で、蚊帳の外に追いやられたジローはおかんむり。
 あまりの寂しさから、アキユキ黄村にキョーコが不良になってしまった、と訴えるのですが、新しい友達が出来た直後はそんなものだ。しばらくしたら落ち着くんだからそんなに寂しがるんじゃない、と、さながら赤ん坊に母親を取られた子供を相手にするかのようにジローを諭します。
 任務よりも面白さ優先で結局目的忘れてしまうGHKとはひと味ちがう、と思われたJKKの遣り手ババァコンビでしたが、形はどうあれジローがジェラっているという好機でありながらもジェラシー煽って――という基本路線を忘れ去っている辺りから鑑みるに、すっかりGHKと同レベルの存在に堕落してしまったようです。
 そんな彼女達の言葉を遮って、黄村はキョーコはジローの知らない世界へと旅立とうとしているのだと主張するのです。
 黄村の主張する女性同士の百合百合しい倒錯した世界の存在を否定するアキですが、「ねーよ」という否定の言葉をぶつける彼女に撓垂れ掛かりながら「あるよ?」と返すユキ。
 そういえば、アキさんは久々にジャージ姿を披露しているのですが、やけに一部分の成長が著しいように思えます。
 もしかして、ひと夏越す間にまた成長させたからこその「あるよ?」発言なのでしょうか?
 だとしたら有難う御座います、ユキさん!!
 しかし、全くの躊躇なく百合世界を否定する辺り、夏の上がり馬はキタカZ太陽で覗き込んだ深淵は覚えていないようです。アキさんはコミックス6巻をみるがよかろうと思います。
 ともあれ、黄村に情報を吹き込まれたジローは今日も今日とて黒澤さんと待ち合わせをしているキョーコを尾行します。エーコから借りたマイ電柱『中井診療所』は隠密性に優れた逸品で、野生の勘に優れたキョーコの感知能力を持ってしても知覚することは出来ません。
 ですが、さしもの『中野診療所』も、もう一つの目をごまかすことは出来ませんでした。
 外道照身霊波光線でも搭載しているのでしょうか、ステルス性の高い電柱『中井診療所』の効果もものともせずにジローの姿を確認―― 『まぁ、さっきの渡さんの反応で気づいたんですが』…………。
 持ち上げたのに台無しだよッ?!
 ともあれ、尾行に気付いた黒澤さんはその理由を自らが正義の人間である、ということがバレたからだと理解し、逆に仕掛けたタイミングでカウンターに持ち込もうと猫目だけに猫視眈々とするのですが、いつぞやの偽装デートよりもはるかにデートと言わざるを得ないキョーコと黒澤さんのアニメ系グッズを中心としたウィンドウショッピングはジローには眠気を、黒澤さんにはすり減りそうな緊張感をもたらします。
 しかし、水面下での駆け引きなどつゆ知らず、キョーコは、実はコスプレ限定だったユキに感じていた不満をようやく解消出来る、とアニメ好きの女友達が出来たことに大喜び。
 その割に現実のアニメネタには音速で食いつくというか、自分から振っている節もある辺り、ユキは実は現実世界にアクセスしているのかもしれません。
 ……まぁ、創造主の趣味(世界のルール)がそっち方面だからという部分は否定出来ません。藤木先生はまだ趣味を作品世界を歪めるくらい前面に押し出してはいないだけましと言えるでしょうが、皆が皆アニメ・ゲーム・漫画(ジャンプ黄金期限定)のネタに走りすぎては、パイが少なくなるのは自明の理です。
 世の漫画家は趣味を広げるなり、視野を広げるなりしてオタク趣味以外のネタを拾った方がいいと思われます。
 話が盛大にそれましたが、男子の方がまだアニメの話題に食いつくから話が通じる、と苦笑混じりに続けるキョーコが出したジローの名に反応し、黒澤さんは思考をギガブラックのそれへと切り替えてジローの趣味を探ろうとするのですが、詳しい話を聞こうとキョーコの顔へと耳を近づけるその行為は陰から動向を見守るジローにとっては黄村の言う倒錯した世界へと踏み出そうとする行為に他なりません。
 さながら主人を守ろうとするの心境で、オートマントを団扇型へと変形させるとともに「必殺!! ジロータイフーン!!」大風を起こして黒澤さんを引き剥がすジロー。
 アニメショップの店先に積み上げられた限定DVDBOXの山を崩すとともに、マリリン・モーちゃんのスカートの下の秘密を衆目に晒すその突風―― しかも、一度ならず二度までも襲いかかるオートマントのひと打ちを、情報収集を妨害するためにジローが起こしたものである、と―― ひいては完全にジローが自分を敵と認識したのだ、と認めた黒澤さんはジローの更なる攻撃を逃れる為、そして、変身しても周囲に、そしてキョーコにバレないだろうという判断の下、映画館へと飛び込みます。
 しかし、上映されている映画はよりにもよってホラー映画―― かたや落ち武者が天敵のビビり。かたや暗闇自体が怖いビビりというビビり二名にとってはあまりにもハードルが高すぎます。
 つーか、窓口で気付けや
 かくして映画館から挙がるキョーコの断末魔にも似た悲鳴に、ついに行動を起こしたか、と色めき立ったジローが飛び込んだ現場では、キョーコに抱きつく黒澤さん。
 決定的な瞬間に、黄村のいう世界が本当にあったのだ、と知ったジローはその危険な世界へと誘う黒澤さんを完全に変態と認識し、変態の魔の手からキョーコを護る為にオートマントを伸ばしてその豪腕を振るいます。
 本能的に躱しはしたものの、自らの見舞ったベアハグによってダメージを受けていたキョーコを放って回避行動に出たことが災いして、キョーコを轟沈させてしまった黒澤さんに、ジローは訴えます。
 躱すな、当たれ。この変態め!
絶対にキョーコは…渡さ――ん」

 あ、恐れていた事態が起こった。
 
 コミックス派がルビなしで見るとどっちなのか判りにくいその叫びと共に繰り出される無数のオートマントの拳撃。しかし、とどめの一撃を放った張本人の身勝手な命令を聞く義理はない、とばかりに黒澤さんは猫科の動物を思わせる俊敏性で躱し切ります。
 余裕たっぷりに砂布キンのコスプレを披露することで、充実した装備のみならず、体術にも優れたものを持っている、と証明した黒澤さんは変態扱いするジローに反論しますが、「何を言っとるか! キョーコにみだらなことをしようとしてたではないか!」負けじとジローも反論します。
 映画を観ている他の観客の皆さんには迷惑この上ない―― と言いたいところでしたが、そもそも彼ら以外のお客がいません。
 どれだけ人気ないんだこの映画ッ?!
 そんな人気のない映画よりも遥かにアグレッシブにキョーコを巡って争う二人。
 二人の漢を争わせるとは……男子三日会わざれば刮目してみよ、とはよく言ったものです。
 性別が違う、というツッコミが聞こえてきましたが、あんな色気とか胸の厚みとかがない奴らが女性であるはずなどありまぎゃー!?(断末魔)



 ……死ぬかと思いました。



 ともあれ、自らがみだらな行いに踏み切ろうとしていたとみなされた黒澤さんは度重なる侮辱に耐えかねたのでしょう、いい加減にしてください!! 私は…正義の人間ですよ!?」弾みで自らの正体を明かします。
 軽はずみに隠密裏に監視を続けていた自分の正体を明かすという失態を冒しましたが、時すでに遅し。
 ターゲットに正体を明かしてしまったということは、たとえこの場を切り抜けたとしても任務から外されてしまうであろうことは疑いなく、そのことはすなわち折角作ることが出来た友達との別れを意味するということ。後悔に平坦胸を焦がす
 ですが、「ウソをつくな――!!」ジローの倫理観では正義と変態行為は結びつくことはありませんでした。
 変態のみならず、嘘まで吐くとは言語道断、とばかりに謝罪を要求するジロー。
 しかし、怒りに任せて謝罪を求めるあまり、ジローは背後で殺気と共に立ち上がる破壊神に気付くことはありませんでした。
 足刀一撃。
 全てを根こそぎ持っていった破壊神様の一撃で混沌とした闘いは幕を閉じ、続いて公園で行われる反省会。
 変な世界に旅立つ事はない、と言うキョーコの言葉、そして、キョーコの問いに応じて返す黒澤さんの当然です。女性もスキですが!」って、……本物だ、本物っ?!
 思わぬところでカミングアウトした黒澤さんでしたが、キョーコを取り戻すことが出来た、という喜びに満ち溢れるジローはその問題発言をスルーします。
 でも、平坦同士の絡みを見てもなぁ……やはりおっぱいは偉大です。
 黒澤さんはアキをたらしこむことも視野に入れてくれたら嬉しいことになると思います。主に俺的にッ!!
 ここが全年齢対象であるということを忘れている節のある読者の趣味嗜好は置いておきますが、最近キョーコに放っておかれて寂しかった、と明かすジローの姿に、それまで延々とジローに構っていなかったことを知らされたキョーコは、取り敢えずジローに荷物持ちを命じて構うことにするのです。
 思い切り騙されているような気がしますが、本人が幸せそうなので問題なし。
 最後の最後にカミソリ一枚入る隙間のない安定したらぶらぶっぷりを見せつける二人を前に、取り残された黒澤さんは、何故だか釈然としない気分になるのでした。

第88話◆チケット争奪戦


じゃあ… 奪い合え――!」


 三葉ヶ丘パーク……湘南海岸に登場した臨海型テーマパーク。
 海中に設えられたチューブ内を疾走するジェットコースターをはじめとしたアトラクションを有する他、海上に張り出した施設ならではの景観も手伝って人気は抜群。
 しかし、その人気故に入場券はいつでも入手困難―― にも関わらず、このプラチナチケットを雑誌の懸賞であっさり当ててしまったのが神奈川県平塚市在住の高校生・東雲雪路さん(17)。
 ブルジョアな上に運にまで味方されているとは、最近の天は一人に二物も三物も与えるケースが多いようです。天の野郎め、怠慢甚だしいぞトンチクショウ!
 「生きてるだけで満足しとけや」と天に返されそうな気がするので嫉妬はこの辺でやめておきますが、本当はチケットと同じく懸賞に掛けられていた一点もののコスプレグッズか特注のプリン辺りが欲しかった、と思しき生まれながらに持っている者は持たざる下々の者達に余ったチケットが一枚あることを示します。
 このチケットはペアチケット……すなわち一枚で二人が入場可能。
「誰か欲しい人いるー?」
 いつもの面子に対して投げかけられたそのユキの問いに、このチケットがあれば東雲さんと―― そう想像する緑谷、そして、その緑谷の想いを知るジローが判り易い表情を見せている緑谷に進呈するため、それぞれ挙手をします。
 ですが、残った面々が見せる表情は、ジローと緑谷のほんわかした思慕や友情とは無縁でした。
 端的に言えば、剥き出しの欲望。
「あそこ、カップルできるので有名なんだよな…」「アットラクショーン! 乗りてー…!」
 カプることが出来るかどうか、という問題以前に一緒に行く人がいるのかどうか、というツッコミを呈したい肉ダルマはまぁいいとして、ギラついた眼差しに気づかなかった二人と、欲望と言う燃料を注入した五人―― 勝負はその時点でついたも同然でした。
 持てる者の開戦の合図とともに放り投げられ、宙に舞うチケット。
 ジャンケン、と勝手に思い込んでいた二人が呆然とする中、残る五人は既に標的を定め―― 洗練された動きで襲い掛かる!!
 オールレンジで自動触手、しかもマルチアタックにオートガードまで兼ね揃えたオートマントも、基本的には着用者の思考というトリガーがあるからこそ動作するもの―― ならば、思考する前に潰してしまえばいい!
 その共通認識が、アイコンタクトすらも介さないコンビネーションを生み出していました。
 瞬時に拘束され、教室の柱に縛り付けられるジロー!
 最大の障害であるジローを排除すれば、戦力バランスは是正され、あとに残るのは恨みっこなしのシンプルな力勝負……と思われたのも束の間。封じたはずのオートマントが宙に舞うチケットを掴み取っていました。
 驚愕とともに向き直る一同が見たものは、拘束したジローから奪い取ったオートマントを身に纏った黄村の姿。
 安定した体型からでしょうか、それとも欲望の強さ故でしょうか、以前キョーコが悩まされたベクトルの多重発生に伴うバランスの崩れも起こすことなくオートマントを使いこなす黄村。
 生まれたばかりの均衡はあっさりと崩れ、黄村の勝利は確定したも同然でした。
 しかし、チケットを確保しただけでなく、いい気になってキョーコとアキも掴み上げてしまったことが、確定しようとした勝利をこぼれ落としてしまうのは皮肉と言うより他ありません。
「おお、二人のパンツが」
 やたらと短い丈の三葉ヶ丘高校のスカートを身につけている二人を頭上高く掲げたことで発生する“当然の事態”に挙がる赤城会長の声。
 思わず視線を頭上に上げる黄村でしたが、臀部から突き上げる様に発生した痛みにその言葉が罠である、と言うことに気づくのです。
 赤城会長が張った罠に瞬時に反応した青木が放った七年殺しによって、勝利の栄光とフィギュアへの夢を砕かれた黄村でしたが、自力で動くことはままならずとも意識があればオートマントは動いてくれる。
 ならば、と掴みかけたハーレムを諦めて単身逃走を試み、蜘蛛の脚状に展開したオートマントを駆使して教室を離脱する黄村を追いかける影は二つ。
 赤木会長とアキという、俊敏さに長けた二名―― しかし、追いつくことは出来ても全力移動と攻撃を同時に行うことは難しいもので、忍者でもない限り無理…………そういえばサブローはどこに行ったんだろう?
 新キャラの登場頻度はなかなか高いけど、その分消化しきれなくなったキャラのフェイドアウトの速度も半端ありません。
 ともあれ、忍者でもなければ、《韋駄天》《一閃》といった『全力行動と同時に<白兵>攻撃を行えるエフェクト』(TRPG系サイト的ネタ)も持っていない以上、高速で離脱を続ける黄村に対して打つ手なし。
 このままみすみす逃がしてしまうのかッ!?
 無論、答えは否ッ!!
 と言うわけで、渡り廊下を走りつつ赤城会長はアキに共闘を申し込むのですが、一枚しかないペアチケットを巡って共同戦線を張るということは即ちチケットの権利を二人で共有しようと申し出ていると言うことである、と結論付けてしまったアキは、異性として意識し始めている赤城会長の『合体攻撃』という言葉……端的に言えば合体という釣りバカ平社員を連想させて止まない単語に対してまでも過剰反応を示します。
 いちいちウブで可愛すぎるぞこんにゃろうッ!!
 ですが、小学館に対する忠誠度が高いアキの妄想はあっさりと終わりを告げました。
 合体攻撃によって見事黄村を仕留めるとともに共同戦線の終了を一方的に告げた赤城会長は、アキのおっきなおっぱいよりもキョーコのうっすいちっぱいの方を選んでいた―― 否、選ぶ以前に選択肢そのものが存在しなかったことを態度で示したのです。
 しかし、この行為は自殺行為でした。
 裸を見られたにもかかわらず、それが却って異性として意識することになった相手の裏切りに対する怒りは、世界法則が最強存在として認める恋する乙女を戦闘能力のみで言えば上位互換している一人の修羅と化すには充分過ぎるもの。
 拙サイト的には『アキ:(はんにゃ)』とでも表記したくなることこの上ありません。
 ですが、はんにゃが怒りに任せて獲物を追い詰めようと奔り出したその頃、教室でも地味に局面に変化が訪れていました。
 影が薄い程度でガタガタ言うな、外見は濃いのに背景扱いされる準レギュラーに比べたら台詞があるだけまだましだ、と言わんばかりに緑谷を捕まえて地味にヘッドロックでギブを取り、地味王座に地味に着いた青木でしたが、何やら片言っぽい喋りになりながら、影の薄さを自称しつつ準レギュラーの中でもダントツの登場機会を誇る緑谷を追い落としたところで青木に当たっていたスポットライトは再び光を喪うのです……地味に。
 スポットライトを掻き消したのは拘束されていたはずのジロー。一度は拘束したはずのキョーコがこっそり開放したが故の不意打ち、という前振りがあったとはいえ、去年の春にはオートマントに頼りすぎる貧弱なボウヤだったのに、オートマントなしでもフライングクロスチョップと瞬天降魔脚で肉体派の青木を沈めるという成長ぶりを見せ、死に瀕した友を救出したのです。
 なお、瞬天降魔脚については『こわしや我聞』の9巻をご覧ください。仙術使いでもないのに最強です(ファンサイト要素)。キョーコといい、果歩りんといい、おっぱいは戦士には邪魔ということなのでしょう。
 ……うん、戦士など不要ッ!!
 ですが、ジローの参戦はあまりに遅すぎました。
 掴まり、絞め上げられた状態では躱すことはままならず、倒れた青木に巻き込まれる格好で止めまで刺された緑谷。
 存在感がないが故の悲劇に涙するジローでしたが、亡き戦友(とも)に涙を流す暇などありません。チケットを持つ黄村や、それを追いかけたアキと赤城会長はもとより、ジローを開放したキョーコすらも既に教室から姿を消していたのです。
 致命的な立ち遅れを挽回し、亡き友に報いるためにも勝たねばならぬ!
 決意も新たに教室を飛び出したジローですが、そんなジローとユキの耳に飛び込んできたのは、赤城会長の頬に紅葉を張り付けた上で、ベコボコにボコったアキの悲鳴でした。
 何が起こったのか、と現場に向かったその先には、内股でへたり込むアキと、アキから毟り取ったパンツを頭に被ったほぼ全裸の不思議生物の姿。
 真っ先にジローを封じて戦力バランスを取るのが、戦士達の共通の戦略ではありました。
 しかし、黄村がオートマントを駆使したことで均質化した戦力バランスがあっさり崩壊したことで、キョーコは馬鹿正直に真っ向勝負に出る他の三人とは戦略を変えることにしたのです。
 一度『死んだ』ことで、ジローはいまやノーマーク。アキと赤城会長が黄村を潰しに向かったこともあり、このまま縛り付けておくよりは他の戦力を削ぐための駒として活かすことにしたのです。
 果たしてキョーコの計画通りに踊ったジローではありますが、潰し合いの果てに黄村がリタイアするであろうことも、鮮烈に復帰したジローが程なくして戦力を取り戻すであろうことも織り込み済み。計画通り、と眼鏡を持ち上げつつ、キョーコは身体能力ならばオートマントつきのジローに匹敵するであろうニートをこの泥沼の戦いへと引き込んだのです。
 成功報酬500円で。
 実に経済的です。どこからともなく「納得いかーん!!」という声が聞こえて来そうですが、実働数分で500円と時給換算したら、時給255円のゴーストスイーパー見習いに比べたら格段に高いので、デミアンにはちょっと我慢していただきたい。
 斯くも恐るべきは人の欲ッ!!
「時間稼ぎご苦労様…ジローくん。 でもサヨナラ」いとも容易く人を振り回し、「やあっておしまいっ、お姉ちゃん!!」「500円――!!」そして、堕落し、破滅させる欲望に、悪のエリートは戦慄します(※ニートの破滅は欲望とは直接関係ありません)。
 しかし、いずれ世界を制する悪の誇りにかけて、欲望ごときに負けるわけにはいかないッ!!
 黄村の亡骸から取り戻したオートマントを再び纏い、流星の如くに襲い掛かるエーコをドリル状に展開したオートマントの拳で迎え撃つッ!!
 ですが、ジローの最強の盾とエーコという無敵の矛が真っ向からぶつかれば、両者の共倒れは必然のこと。
 人の世から争いがなくならないことの虚しさを嘆くユキですが、それは持てるものであるが故のある種の傲慢。
 争いを生み出した張本人が悲しいけど、コレ戦争なのよね、とぬけぬけと抜かす横で、チケットは風に漂い争いに参加することなく通りかかったシズカの手へ。
 かくして、ブルジョア発貧乏一家経由という皮肉な旅路をたどった片道チケットは、金券ショップというひとまずの終点へと到着するのでした。


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