FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート12





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第110話◆最後の敵


「明日また学校で、だな。 今度は遅刻すんなよ?」


 真世界の変態を片付けたジローに、最早正妻も側室もメロメロ腰砕け。
 ただ気が抜けただけだから!腰砕けになったわけじゃないから!
 そう抗弁するキョーコですが、久々にコンビを復活させた世話焼きババァ二人はその気が抜けた理由という部分をつついて責め立てます。
 しかし、戦いはむしろここからが本番。
 残り二人、と意気込む仲間達にも感じさせるほど強く、島全体を包み込むほど膨大な殺気を発する来栖、そして現在黒澤さんと交戦中の大神ちゃんという、彼らの日常を破壊するためにやって来た二人が残っているのです。
 笑顔の仮面に殺意を隠し、「そろそろ余興も終わりかな」つぶやく来栖の、実体化するほどの殺気の渦に思い切りビビる黄村ですが、その恐怖も汲んでジローは深呼吸一つ。
聞こえるか黒澤――――――!!キョーコ達を退避させる! 来栖はオレが!大神はお前!サシで決着をつけるぞ!!
 ジローの言葉に、呆れ、戸惑い、力及ばずとも従おうとする仲間達。
 しかし、今のジローにとってはその心だけで充分!
「お前達はすでによくやってくれた。あとはオレにまかせろ!」
 勝算を問う赤城にも力強く返すジロー。この期に及んでは、余分なものは足かせになるばかり、と渡すものは最早一つだけ。
「わかった。まかせた。 さすがにアレ相手じゃオレらは足手まといっぽい」
 心配も顕わにこの場に留まろうとするアキユキを制する形で言葉を発すると、赤城はジローにハイタッチで信頼のみを渡し、ごく普通に明日の再会を誓うのです。
 それこそが日常を取り戻すために戦いに臨んだ彼らがジローに渡す、最も相応しいもの。
 ジローが自分達とともに過ごす日常を護るために戦うならば、戦いを終えたジローを変わらぬ形で迎え入れるのが自分達の役目。
 通い合った思いを胸に、ジローは何の憂いもなく戦いの場へと向かいます。
 憂いが無くなったといえば、それは黒澤さんもまた同じこと。
 黒澤さんと交戦中ということもあり、放たれたジローの叫びを耳にした大神ちゃんは、余計な連中はいなくなったか。これで五分の状態…… 我々も決着をつけよう…!」ついに全ての枷を無くした黒澤さんを相手取れると、狂気と隣り合わせの悦びを以って当たるのですが、黒澤さんは大神ちゃんの歪んだ悦楽と重力場を乗せた拳を片手で受け止めます。
 その背後の立ち木を吹き飛ばすほどの螺旋の氣を帯びた衝撃波を微動だにせず受け流し、受け止めた左手が重力場によって傷つくことも構わずに大神ちゃんの右拳を握り潰さんとするかの如く、「五分? やれやれ…私も損な役回りですね……」掴み、戒める黒澤さんにただならぬものを感じたのでしょう、回し蹴りでさらに一撃を加えて大神ちゃんは黒澤さんを引き剥がそうとするのですが最初は…不意討ち。 2度目は骨折状態。そしてさっきまでは仲間をかばいながら―― あなた相手にはハンデ戦ばかり―― まるで私が弱いみたいじゃないですか怒れる正義はそのようなことを許しません。
 怒りとともに吹き上がる圧倒的な気に垣間見た正義の底力に大神ちゃんが戦慄するとともに軽く手首を返し、大神ちゃんをトスするかのように解放すると――
「今までのストレス、全部まとめて――」
 って、正義正義ッ!!ストレス言ってる時点で思いっきり私怨入ってるからっ!
 『五分』云々のくだりも含めて、かなり悪役入ってます。
 もう三段階の変身を残していてもおかしくありません(おかしいよ)。
 ともあれ、トスしたかのように解放した大神ちゃんが一瞬の停滞を経て自由落下を開始するとともに、右手で捌いて下へのベクトルを強めるとともに、震脚とともに繰り出す靠の剛撃で「返させてもらいます!!」黒澤さんは大神ちゃんを打ち砕きます。
 一撃で勝負を決した黒澤さんに、重力を操る異能を持った自らにも把握しきれないほどに圧倒的な力の奔流によって吹き飛ばされた大神ちゃんは、変身させることなく屠られたことを驚きますが、黒澤さんにとってそれは当然のこと。
 変身スーツは正義が悪と戦うための正装であり、不意討ちやだまし討ち、無差別な攻撃を厭わない小悪党に対して使うものでは断じてない。その矜持があるからこそ、重力を操る大神ちゃんよりも遥かに重い拳を振るうことが出来る――矜持故の勝利と、ただ力のみを見据えたが故の敗北を見せ付けられ、大神ちゃんはついに力尽きるのです。
 しかし、矜持――言い換えれば意地で立ち続けていた黒澤さんもまた、全ての力を使い果たして崩れ落ちます。
 例え倒れることになろうとも、後のことを託すことが出来る、全ての力を一撃に込めるだけの価値は充分にある。それ故に放つことが出来た一撃に、「後は…もうまかせましたよ。阿久野…ジロー…」黒澤さんもまた、誇りとともに一端の眠りに就くのです。
「ありゃ、大神ちゃんもやられちゃったかー」その様を高台から眺めていた来栖の貌は相変わらずの笑み。
「これはちょっと予想外だな」予想外の事態であっても崩すことのないその余裕の笑みに応じるのは、「で―― ラスボス登場ってわけか」もちろんジロー。
 実力に裏打ちされた余裕の態度に泰然と構え、「ずいぶんと余裕だな来栖。 残りはお前1人だぞ?「いや ホラ オレ男の子だから。 むしろ燃えるシチュエーション?」ついに向き合う両雄は世界の趨勢を決する戦いである、という緊迫感を一切感じさせることもなく、
「「真世界」VS「キルゼムオール」、世界を懸けた一戦だ!ハデにやろうかジローくん! ハデにね!世間話でもするかのように。
「悪いが明日も学校だ。 早めにケリをつけさせてもらうぞ
 明日の遅刻を気にしながら、最後の戦いに臨むのです。
 そして読者は、久々のカラーに相応しくハデに、という来栖のリクエストを無視されて、このラスボス戦も一週で消化されるのではなかろうか、と心配せざるを得ないのでした。

 来栖のエンダースさん化が危ぶまれます……とはいえ、TRPGと言ったらSNE派の創造主がそのようなネタは認識していない可能性のほうが大きいでしょうが。

第111話/世界の行方


「悪の組織が世界を獲ろうとする理由―― わかるか来栖?」

 ついに真世界との戦いも最終局面!
 最後の戦いに臨むべく、リベットが回転し、オートマントの形態が変化を遂げる。
 リベット周りの飾りの赤が膨張しマントと同等の面積を持ったかと思うと、入れ替わるかのようにマント本体がジローの身体を覆うかのように収斂を開始――相応の覚悟と、暴れ馬の如きその力を押さえ込むだけの力を必要とする、ジローが修行の末に手に入れたその姿こそ、「それがこの戦闘モード″だ!」
 覚悟を決めさえすればそれに呼応し、身体能力を倍加させる形態に変化するというオートマントの真の力――しかし、そこに至るまでには幾度もの死線を潜り抜け、本気のザ・フリーダムという高い壁をも乗り越えてきたジローにさしもの来栖も戦慄を余儀なくされます。
 とはいえ、背部と両手足に圧縮空気によるスラスターを配し、破壊力とスピードを両立したジローの新たな姿と力は、「いいね!それくらいじゃないと潰しがいがない…! 世界をかけた一戦… やろうか!」バトルジャンキーの来栖にとってはむしろご褒美!
 戦慄がもたらす背筋の痺れも愉悦へと変えて、殺意で硬質化した腕を差し上げ――「「真世界」日本支部隊隊長“黒霧(ブラックミスト)”来栖曜。 旧体制排除作戦――遂行する」来栖もまた戦いに向けての準備を終えると、両雄は弾かれたかのように前へと走り出すのです。
 しかし、『黒霧』とかいうと、『白岳』『雲海』『二階堂』『いいちこ』とかいうコードネームもありそうでなりません。隊長やったんかい、というツッコミよりもまず先にボケたくなる辺り、読者の方もこの漫画のボケ倒し展開に染まってしまっている感じが否めません。いい傾向です

 ともあれ、主人公が島を震撼させる戦いを開始したその時、仲間達は既に船の上。
 小島とはいえ、軽く半径500mを超える、決して規模が小さいというわけでもないこの島を揺るがすほどの激突に、目覚めたばかりの黒澤さんや彼女に付き添って船室に残っていたキョーコという洗濯板というかまな板の二人も、仲間が戦況を見守る甲板へと向かいます。
 島の形も変えるのではなかろうか、と言う余波を周囲に振り撒く戦いぶりに、緑谷をはじめとした一般人は、ジローの言う通り退避していたことで足手まといにならずに済んだことを安堵しますが、業界に片足突っ込んでいる乙型とシズカは砲撃なり投石でジローを援護しようと行動を起こそうとします。
 照準も合わせずに、見当で支援砲撃しても味方に被害をもたらすだけだ、と言う赤城のツッコミも半ば無視しようとする、そんな側室達の行き過ぎた愛情からくる行き過ぎた支援を止めたのは、「ハイハイそこまでー」正室のこんな言葉でした。「ここにいても危ないし港にもどろーよ。 明日も学校でしょ?」
 『愛するジローくんが戦っているというのに心配じゃないの?』と言いたげな、ユキをはじめとした一同からの半ば気の抜けた疑問の言葉。そして、港に戻っても夜を徹して激闘を繰り広げているジローを心配する仲間達と違い、一人だけ泰然と構えて普段通りに行動するキョーコに、ジローのことが心配ではないのか、と黒澤さんは問うのですが、「あー うん、そっか ここ心配するとこか。 そりゃそーだ!」未来の大幹部様の答えは一味違いました。
 ジローは頼りないから、確かに仲間達が心配する気持ちも判らなくはない。しかし、ボロボロになりつつも、日常を壊すために殺意を纏う来栖に立ち向かい、「まったくいい加減倒れたらどうだ… 明日の学校、遅れるわけにはいかんのだが」日常のために戦うジローに対して二年の歳月で培ってきたキョーコの信頼と愛は、容易く揺らぐものではありません。
 そして、絶大なる信頼を持つからこそ、ジローは負けることはない、と確信しているキョーコが語るのは「絶対に心が折れないのよ。 ジローのやつ」戦闘モードをも上回るジローの最大の力。
 一度言ったことは絶対に曲げることはない、決して折れない心というジローの最大の武器――その武器がある限り、負けることはない。
 キョーコの言葉の正しさを示すかのように、来栖の最大の攻撃をものともせずに跳ね退けるジロー。
 持って生まれた異能が故に世界に疎まれ、世界を、そして、『民間人を傷つけてはならない』という世界のルールを遵守する正義や悪を憎悪するに至った来栖の巨大な殺意――その具現化し、巨大な球状に織り成された破壊と殺戮の意思を受け止めてなお微動だにせず、オートマントのひと振りで打ち砕いたジローの顔には不敵な笑み。
 傷ついてなお衰えることのない力強い笑みをその顔に浮かべ、ジローは笑みと同じ力強さで自らの立ち上がる理由――悪の人間としてこの戦いに勝ち、世界を手に入れようとする理由を語ります。
「それはこの世界が好きだからだ。正義のやつらも同様」

「この程度の殺意で――好きだからこそ手にしたい。
「このオレの愛をどうにかできると思ったのか?」愛するからこそ自分だけのものにしたい。
「だとしたら―――――嫌われたから逆恨みして壊そうという奴らとは、背負っている覚悟が違う!「甘すぎるぞ「真世界」!!!」
 愛するが故の覚悟――その重みと戦闘モードの力、そして何より「あいつなら大丈夫」キョーコからのジローへの信頼が込められた拳を、全力の殺意の塊をぶつけた来栖に叩き込み、長い死闘はついに幕を閉じるのです。
 ほとんど最終回のようなノリです。
 そのノリのままに、生きている限り世界を壊すことを諦めない敗者を“民間人”とみなしてとどめを刺さず、「オレたちの相手は正義の連中のみ。 それがルール。それがプライドだ」ただ圧倒的な力で受けて立つだけ、と振り返らずに日常へと還るジローの姿に、来栖は何を見たのでしょうか。
 しかし、誇り高く胸を張り、朝日の中を歩き行くジローの背を眩しく見上げる来栖は、「うん、負けた!大敗だ!イチからやり直しかな」同じく敗れた大神ちゃんとともに再起を誓うのです。
 ただしその声は恨みに染まってはおらず、あくまでさばさばとしたもの。
 バトルジャンキーの挑戦は、その色合いを変えて続くのでした。
 昇る朝日とともに仲間の下へと帰還を果たしたジローを迎え入れるのは、「ね、だから言ったでしょ? 大丈夫だって」キョーコの言葉と笑顔。
 かけがえのない日常を取り戻したジロー達の姿を、「うん 上出来―― ちょっとは首領にふさわしくなったじゃん!ジロー!」ニートは超越者の訳知り顔で見守るばかりなのでした。

第112話◆ひさびさの…


「よーし祝勝会だー!いいか野郎どもー!」

 朝帰り、そして着替えの末に学校へ。
 帰るなり玄関の門扉の腕で爆睡するニートや、切り落とされた脚を応急処置で換装したロボという例外もいますが、概ね似たようなプロセスを経て登校した仲間達は徹夜の疲れに加えて激闘を生き残ったことで緊張の糸が緩んだのでしょう、肝心の授業は揃いも揃って睡魔の虜。
 日頃は真面目に授業を受けているジローの他にも、机に突っ伏しているキョーコや背もたれに頼ろうとはしていても、それが却って後ろの席の邪魔になるアキ、瞼に目を描いてカムフラージュを試みるユキと、一同はすっかり力尽き――全裸にならないと眠れない黄村はしっかり脱いで居眠りをする始末。
 てか、そこまでくると既に居眠りでもなんでもねぇ
 しかし、その疲れも心地よいもの。
 誰にも知られることはない……しかし、知られることがなかったからこそその価値が高まると言ってもいい、「真世界」の尖兵達との死闘を夜明け前まで繰り広げ、勝利を勝ち取ったによる充足感――何気ない風景もまた、眩い輝きを伴って映るのも然るべきです。
 初の居眠りを自慢するかのように語る仲間達の中、一人居眠りをしなかった黒澤さんは仲間達の修行の足らなさをドヤ顔で指摘しますが、黒澤さんはそもそも途中で意識を手放していたのだから休養はたっぷり取っている。確かに不眠不休だったあたし達とは体力的には違って当然、とユキや黄村にツッコまれます。
 ツッコまれもしないあたり、赤城や青木、サブローといった、影の薄い気絶組の立場はないようです。
 しかし、そこは精神的なリーダーである赤城。自らの影の薄さも気にすることなく、「守れたな!この日常! オレらの力で!ただただ仲間達と共に守りきった日常を大人の貫禄と共に噛み締めます。
 何よりも染み入る、赤城のその言葉と変わりない世界。
 一同の貌には一様に微笑みが宿り、その笑顔が呼び込んだかのように、なかつがわからのデリバリーを手に乙型もやってきます。
 準備は整い、お菓子やジュースも行き渡り、何より誰一人欠けることなく集まった
 さあお祭りの始まりだッ!

 赤城の音頭とともに響き渡る喜びの声。
 ごく一部で気絶している間にまた全てが終わった、と蚊帳の外だった自らの宿命を呪うウクライナ忍者もいますが、それはそれ。
 バトル展開から解放され、気心知れた仲間達の笑顔に囲まれる日々に戻れたことで、自然とジローの貌にも年相応の笑顔が浮かび、それを眺めるキョーコの顔にもまた微笑みが戻ります。
 と、そんなキョーコにバトル展開が終わったら次はやっぱりラブ米一択とばかりに絡んできたのが「どーしたの?キョーコちゃん?ニヤニヤとジローくん見つめて」ユキでした。
 戦いの際にも見せたジローがいない時のテンパリ具合にジローが戻って来てからの熟年夫婦ばりの信頼ぶり。
 すっかりジローとの間に生まれた愛とか絆とか愛とかが果てしなく大きく成長を遂げていることを指摘し、後は既成事実を作るだけ、とけしかけるユキに、キョーコはそんな目で見てない、と当然反論します。
 しかし、泰然と構えていたら横から掻っ攫われる、とユキが指摘しつつ指差した先には、並んで座るジローと黒澤さんの姿。
 非常事態だったとはいえ、正体を明かして悪と共闘した以上、上への報告の結果如何では任務を切り上げ、原隊に復帰しなければならないこと、そして、そうなれば当然仲良くなったキョーコと別れなければならないことを告げ、その時には宜しく言っておいて欲しい、と続ける黒澤さん。
 相変わらずキョーコ狙いであることに違いはないようです。
 しかし、ジローが返した答えは「ん? 誰が正義だと?すっとぼけることでした。
「ここが気に入っているならいればいい。 その方がキョーコもきっと喜ぶ」正義の決めたルールなんか知ったことか、と言わんばかりの、自分達が――主にキョーコを喜ばせるためならばルールの一つや二つぶっちぎっても構わない、と言い切るジローに、キョーコ狙いであったはずの黒澤さんも思わず陥落しかけます。
 これほどの天然ジゴロっぷりを見せ付けるジローなのだから、気を抜いたらライバルは続々と自然発生してしまうし、大切な友達もジローの毒牙にかかってしまう。だから一刻も早く既成事実なり子供なりを作ってライバルの発生を食い止めないと、と煽るユキですが、その発想が適用されるとすると、自分やアキもジローになびいてしまう可能性を孕んでいるということになります。
 絶対なびかない、という自信を持っているというか、なびくことはないと創造主が決めているのではないのか、という節すらあるユキがそんなことを言っては、世界律が乱れてしまいかねません。
 でも、ジローとキョーコをくっつけるためならば自分を餌にジローに恋人発覚か、とでも偽装しかねないネタ根性がある、ということも考え……られないか。あくまでユキは王様なので、花さんやら黒澤さんやらシズカを当て馬にしてキョーコの意識をコントロールすることしか考えてなさそうです。
 流石は生まれついての支配者です。
 そんな支配者に対するキョーコの採った対抗策は――「あー…まだ眠いや… うーん むにゃむにゃ」狸寝入りでのシカトでした。
 シカトしつつも去来するのは、ユキといい、エーコといい、なぜこうもジローとくっつけたがるのか、という憤りと、ジローの帰郷が繰り延べになったことに対するほのかな喜び。
 大首領が真世界本部を叩き潰した代わりに資金を使い込んでしまったために、組織の復興が再び延期になってしまったこと――そして、ジローとの生活が続くことは、やはり口には出せないものの嬉しいことには変わりなく、キョーコはユキに背を向けることで綻ぶ顔を悟られまいとするのです。
 しかし、平穏を取り戻したとはいえ、完全に元の通りになることもありません。
「最後にすげー思い出できたな」「ああ、いい高校生活だった」
 そう、赤城や青木は来週には卒業するのです。
 慌てふためくユキとキョーコ――そして何より、バトル展開の長さによって、キョーコとジローをくっつける活動とともにすっかり忘れていたことを認識させられ、当事者であるアキは混乱するばかり。
 混乱して、ただただ頭を抱えるアキを落ち着かせようと声を掛けるユキですが「どーした アキちゃん?つわり?」いや、だから落ち着け。
 混乱し倒してすっかりポンコツになった二人を落ち着かせるべく、「これはもう告白しかないよ!? 卒業式に……ゆけ!!」意を決して声を張るキョーコ。
 古いサンデー読者的に言えば、こーなったら、もー 告白で行こう!(@横島忠夫(GS美神極楽大作戦))と来て欲しいところでもありますが、元ネタ的に言ってもその次に待っているのは色々グデグデの大惨事しかありません。
 他人事なので下せた、勢い任せでありながらも的確な判断。
 危ういところで想いを寄せる相手と別離を味わいそうになった自分とアキを重ねあわせたからこそ、アキの気持ちは良く判る。
 かと言って、自分自身の気持ちは判らない辺り、ラブ米によるプロテクトが掛かっていることは言うまでもなさそうです。
 しかし、ジローとキョーコという未来の首領と大幹部と違い、赤城には空気を読む能力は使うことはあまりないとは言え、確かに備わっていました。
 まぁ、すぐ隣で筑後弁で告白だの特訓だのと言われていては空気を読む読まない以前の問題です。
 文字通り音速で気付いてしまいます。
 そして、キョーコ達の大騒ぎの横でもう一人の当事者である赤城は「…… そうか、卒業か」一人腕組みをして思案するのです。
 ともあれ時はやや流れ、あっという間に一週間は過ぎました。
 満開の桜の下で行われる第二十一回県立三葉ヶ岡高校の卒業式――意外に短い歴史のようです。少子化に伴って統合でもされたのでしょう。その頃と言えばちょうど数年後に本格化する少子化問題の影響で、学校の統廃合がされ初めた頃ですし、有り得る話です。
 第二次ベビーブームの末期と学校の統廃合が重なった世代は正直地獄です。受け入れ先がないので当然浪人生が増えることになりますし、やっとのことで大学に入ったかと思ったら在学中にバブル弾けて不況スタートするし。
 話が逸れましたが、そんな時代にスタートしたと思しき三葉ヶ岡高校の歴史の中でも特に有能であるとともに、特に変人でもあった赤城を待ち受けて、すっかり出来上がった準備と舞台に、キョーコは竹刀を振り振りミッションの成功を確信します。
 その確信の源は校舎の影に隠れて赤面するアキの姿。
 いつものジャージと違って上下を制服で纏めたその姿は、「えーと 大丈夫かコレ…? 制服似あわねーのに あたし…」アキ本人の気には召さない様子。
 しかし、客観的に見ればその新鮮な姿は充分に魅力的!!
 “コレで墜ちない男がいたらそいつはとんだインポ野郎だぜ!”“大きなお世話様だ”と、思わずオハラ光次郎と三影誠のやり取りをやらかしてしまうド古いサンデー読者のような発言をキョーコが本当にしたかどうかは不明ですが、ジロー達男衆をこき使い、キョーコとユキの仕切りの下、アキの告白ミッションは幕を開けるのです。
 そして、その予兆を感じつつ、赤城は独り満開の桜の下を歩くのです。
「高校最後の日… やはり今日、ケジメをつけてこねばな」
 冴え冴えと透明な空気と清冽な春の光に包まれて、決意と覚悟が交錯する卒業式の朝が幕を開けるのでした。

第113話◆青春のケジメ


「オレの気持ちを伝えたいと思ってな」


「ず…ずっと前からフォーリンラヴでした! あなたを思うとナイトもスリープできません!」
 なんだかすっげぇ頭悪そうなカンペを読み、必死こいて告白のリハーサルを続けるアキ。
 しかし、キョーコ謹製の台本は日本語に慣れ親しんだアキにはあまりにもハードルが高すぎるものでした。
 途中まで読んだところで許容範囲を振り切ったのでしょう、アキはトゥギャザー出来るか!と言わんばかりに日本語と英語が混沌を織り成す台本を地面に叩きつけ、混乱と憤りを露わにするのですが、再ブレイクしたもののまた消えかけている芸人扱いされたキョーコもまた力作をあっさり打ち捨てられて憤慨します。
 自信作と自己満足の区別がつかない辺りはまだまだです。
 もうちょっと他人に見てもらい、批難されることで自分の才能に絶望しないと腕は上がりません。
 ……いえ、まぁ、他人様のことを言えた義理でもないんですけどね?
 ともあれ、自らを棚に上げて燃え盛るキョーコが主導するままに進んできた、アキの赤城への告白というミッションもついに最終局面を迎え、この期に及んで尻込みするアキの反論をねじ伏せて「まだ言っとんのか このアマ」キョーコは、卒業の後に東京へと旅立つ赤城にアキの想いを伝えないと、と大いに張り切り、ユキはそんなキョーコの熱意の前に半ば以上傍観モード。
 ここまでジローとキョーコをくっつけることしか考えてないというのが見て取れると、逆に清々しささえ感じてしまいます。
 多分恐らく緑谷に告られてもシカトしてジローとキョーコをくっつけようとすると思われます。
 ですが、視野狭窄気味に張り切るキョーコは周りや状況がまったく見えていませんでした。
 そろそろ登校しているであろう赤城を校舎裏へと呼び出すために、ユキを伴って部室へと向かうのですが、赤城がいるかどうかの確認も取らずに向かったため、たまたま取り残されたアキと登校してきた赤城が鉢合わせしてしまったのです。
 独り残され、疑問と葛藤とが綯い交ぜになる中、唐突に顕れた赤城に驚くアキ。
 しかし、キョーコ達が呼びに行った直後に逆方向から顕れるという離れ業を演じられたことで驚きはしたものの、多少予定が早まっただけ。震える心臓を抑え込み、いざ口を開こうとしたアキを制するかのように――「あ、そうだ中津川」赤城は口を開きます。
「渡くん知らんか? 最後に言っときたいことがあるんだが――

 その無自覚な一言が決定打でした。
 内心では理解していた、踏み込めない理由。
 キョーコ達の前では言えなかった尻込みする本当の理由。
 自分が赤城を本当に好きなのか、それともただ単に気になる程度なのかが判然としない上、赤城はキョーコが好きであるということは揺るぎない事実。
 アキの想いを知らないが故にそれを明確に示す形となった赤城の一言は、アキが胸中から掻き集めた全ての勇気を容易く吹き散らします。

 ――あたしには無理だ。


 たとえ勇気という名の虚飾が吹き散らされたことによって、自らの想いが明確に浮かび上がったとしても、諦めなければならない。
 その諦めを精一杯の笑顔で隠し、アキはケジメの一言を告げるためにキョーコを探して遅刻しそうになった赤城の背を押して卒業式へと送り出します。
 何時になく強引なアキにやや戸惑いつつも、それに従う赤城。
 後ろに目を持たない赤城には、背後で顔を伏せるアキの顔を見ることは出来ませんでした。
 そして卒業式。赤城を連れてくることが出来なかったとはいえ、チャンスは式が終わってから、むしろ式が終わってからのほうがメイン、と焚きつけるキョーコとユキに対して、アキが返すのは「ん…ああ。そうだな」吹っ切れた顔と声。
 あ、ユキも仕事してる。
 JKKの仕事に特化しすぎ、とか言ってスンマセンした!
 しかし、アキのあまりに違いすぎる態度にキョーコが違和感を感じる中、淡々と卒業式は進み、いよいよ赤城の答辞。
 友情と恋愛を秤にかけて、友情を取ったことを後悔しない。これが正解だ、と自らに言い聞かせるアキには赤城の言葉はまるで届きません。
 ですが、答辞が終わっての「で――実はオレはファンクラブの会長もやってるので、この場をちょっと借りまして個人的なケジメをつけさせてもらいます赤城の言葉に混じった“ケジメ”という言葉には伏し目がちな眼差しを僅かに上げて、自らの決断の行く末を見守ろうとしたアキの目に飛び込んで来たものは――
「我がアイドル渡キョーコくん!!ありがとオオオオ!!」

 ――変態でした。

 白ランの下から現れた、キョーコのものと同じというか、キョーコ曰く「あたしのブラじゃ!?」という俎板ブラ、そして、カーテンを外した向こうからはキョーコの盗撮写真やら絵やら甲型ことコックさん型キョーコ人形やらといったキョーコグッズの数々。
「そのうすい胸!うすい腰!うすい尻!! 堪能できて幸せでしたー!!」
 重大発表と見せかけて、変態が恍惚とした表情で暴挙をぶちカマし、斜め上の行動を起こされたキョーコ達が唖然とするこの状況でも先生達が騒がない辺り……つくづく自由な校風だなオイ
 三葉ヶ岡高校生の将来がちょっと心配です。
 ともあれ、キョーコに話をしたい、といっていたものがこの暴挙の許可だったことを打ち明けた赤城は、結局時間がなくなってしまい、事後承諾になったことを詫びるのですがそれでもなおこの行動は行わなければならなかったことを力説するのです。
 なぜならばそれこそが青春のケジメ!
 傍から見たらたかが一生徒のファンクラブでしかない。
 しかし、そのたかが一生徒の存在によって、いかなる部活にも負けない思い出が出来たこと、一生ものの仲間とも巡り合えたことは揺るぎなき事実!!
 卒業とともにこのファンクラブからも巣立たなければならないが、充実した日々を与えてくれたキョーコへの感謝の気持ちは伝えなければ、卒業したことにならない、と筋を通した赤城に、ジロー達はもとより、黒澤さんもまた感涙で応じます。
 赤城の激白に黙ってられるか、と、赤城達と同じく今年で卒業するみのり、そしてみのり隊の面々もまた充実振りでは負けていられない、と乱入し、それを切っ掛けに一般生徒までもが自らの青春を主張する始末。
 返す返すも自由な校風だなオイ?!
 ともあれ、厳かな雰囲気とは程遠い混沌で卒業式は彩られ、呆然としていたアキはその喧騒の中でようやく思い出します。
 赤城は常識という括りでは語ることが出来ない変態(バカ)であるということを。
 そして、ドキドキやら後悔やらを返しやがれ、という腹いせを込めた拳によって、赤城の体は宙へと舞い上がるのでした。
 そんなこんなで混沌とかグデグデとかに彩られた卒業式も無事とはいえないまでも終了し、打ち上げや追い出し会を兼ねたパーティ会場と化した部室では、卒業はするものの、向こうに住むのではなく自宅から通うこともあって、ちょくちょく顔は出せるということを明かす赤城に、アキは早まって告白しなくてよかった、と内心胸を撫で下ろします。
 お別れ、というわけでもないということで告白は保留、と問題を先送りしたアキにヘタレ夫婦の妻の方はユキとともにブーイングを送るのですが、あー中津川。相談なんだが――お前ん家でバイトさせてもらえんか?赤城のこの言葉で再び状況は一変します。
 卒業はするものの、キョーコを介しての縁だった高校時代と違って、むしろ毎日実家に入り浸ることになることでより親密になる可能性がある赤城の頼みは、アキを一気に赤面させるに足るものでした。
 あのラテン系のマッチョな親父という高くて分厚い壁がある以上、自分の一存では決められない、とテンパリながら返すアキに対してあ!お前の制服姿始めてみたがなかなかだぞ?いや、超かわいい説得してもらうためにも機嫌を取ることで取り入ろうとする赤城。
 別方向での下心丸出しの赤城のこの言葉に、照れと羞恥で真っ赤に染まったアキはパイプ椅子持って暴れるばかり。
 ――何なんだこの野郎!どうしてあたしはこんなやつに惚れちゃったんだ!?
 そう言わんばかりに癇癪を爆発させるアキにキョーコは溜め息つくばかり。
 でも距離は詰まったから進展はした、と納得するユキは、間髪入れずに一つ屋根の下で同居しているのに進展のないキョーコとジローの倦怠期の夫婦を思わせる距離の縮まらなさをつつきます。
 再び矛先を向けられて爆発するキョーコにもやはりどこ吹く風のユキが本日のノルマを達成したその脇で、ほとんど出番がなかったジローは「さっきから何してんだお前ら?今日は卒業という節目の日だろ?ちゃんとしろっ」蚊帳の外に置かれた抗議も込めて二人を嗜めるのです。
 世はなべて事もなし。
 卒業してもなお変わることない騒がしさは、春の空に解け消えるばかりなのでした。

第114話◆オレの…あかし


「赤城たちも卒業し、オレらも上に立つ存在」

 新学期、そして進級を明日に控え、ジローは乙型と共に自室で大張り切り。
 何をはしゃいでいるのかは知らないけれど、赤城たちの跡を引き継ぐという意志そのものは別に悪いことではない、と夕食の準備を進めるキョーコはジローのその行いをスルーするのですが……その軽率な行動があのような事態を引き起こすとは――神ならぬ彼女には想像出来ないのも無理はない話でした。
 何はともあれ新学期。
 クラス分けの結果、黒澤さんとは別のクラスになったものの、ファンクラブの生き残りである緑谷と黄村もまたアキユキと同じくジローとキョーコ夫妻のクラスに組み込まれ、二人はこれでやっと雑魚キャラと呼ばれることはなくなった、と喜びます。
 話題に昇らなかったシズカ、そして、卒業式にいなかったバカ殿様こと輔之進はどのクラスになったのかが気になるところです。
 普通にフェイドアウトしていると思えばいいのでしょうが、勉強も馬に任せていた可能性がある人馬一体のバカ殿様のことです、留年していないとは言い切れません。
 しかし、雑魚キャラを卒業してもなお扱いは女子キャラに比べて落ちることは否めない――その揺るぎなき事実に気づかされる二人はさて置いて、やって来たのは別クラスになってテンション低めの黒澤さん。
 大変なことになっている、と黒澤さんに訴えられ、事態が把握出来ないまま促されるままに校庭へと向かったキョーコ達が見たものは、新人勧誘に勤しむ各部員の姿。
 隣にブーメランパンツにネクタイというスタイルで新入生をアブノーマルな世界へと誘おうとする変タイシん士……もとい、変態紳士がいるというのに、動じる事なく演劇部の勧誘に声を張り上げる花さんに思わず兄バカを発揮して、自らも演劇部の勧誘に加わってしまう妹魂緑谷兄貴はさて置いて、黒澤さんが示したものは男子学生による長蛇の列――そして、その列の先にある「ゆっくりしていってね!」とでも言いたげなキョーコの頭を象ったアドバルーンや等身大パネル、ディフォルメされたキョーコのぬいぐるみという数々のキョーコグッズに囲まれたジローに、キョーコは驚愕します。
「阿久野ジロー、渡さんの写真を使って妙なことを。 これ、正義として止めるべきなのでしょうか?」
 堂々とキルゼムオール・三葉ヶ岡高校支部の新人勧誘を行うジローを正義として止めるべきなのか、こうまで堂々とやっているとなると、キョーコも既に承諾済みなのか、と逡巡した末にキョーコに確認を取りに来た黒澤さんなのですが、当然無許可。
 卒業式に続いての肖像権の侵害にキョーコは抗議を行うのですが、新入生達はそんなキョーコに対して「おおっ キョーコ様!」「本物だー!」何やら信仰心をあらわにするのです。
 それもそのはず、彼等はかつてネットの恐怖に負けてジローが放り出したキルゼムオールのHPを経て、本人の預かり知らぬところでネットアイドルとなったキョーコの信者達!
 制作を手伝い、IPやらアドレスも握っているとはいえ、他人のサイトを乗っ取って現在も着々と更新し続けるあたり、黄村のモラルハザードっぷりも大概です。
 一歩間違えなくとも犯罪の域です。こうして信者まで大量発生していることだし。
 しかし、喉から手が出るほどに人手が欲しいジローは黄村の趣味によって得た人材であろうとも構うことなく受け入れます。
 キルゼムオールにこれっぽっちも興味がなかろうとも、ことごとくがキョーコ目当ての変態共であろうとも、「見よ!我が組織に入りたいという輩がこんなに!」三年に進級するにあたって支部を部活として設立することを思い至ったジローは、自らのカリスマに惹かれてやって来たものと信じて疑いません。
 そもそも部活でもない、という抗議も、「ま、面白ければ別にいいんじゃねーか?」と既に許可を取っているから問題なし。
 アバウト過ぎます藤田先生。
 しかし、アバウトとはいえ人が集まる場所である以上最低限のルールはあるもの。
 教師の許可と最低限の人数がなければ許可もされません。
 現在の構成員はジロー・キョーコ夫妻にサブロー、黒澤さんの四人!部活として承認されるための最低限の人数である五人に至るために必要な残る一人を集めるため、ジローは「うおおおおおおおおいっ!?」あ、気付いた。
 正義の人だというのに勝手に悪の組織に組み込まれて黒澤さんは大いに抗議するのですが、ジローの「正義の人間が困っている人を見過ごすのか?」殺し文句に抗うことは出来ず、泣き寝入りするばかり。
 「悪党に人権はない!」と某大草原の小さな胸な女魔術師の台詞を借りて返すという手段もあるでしょうが、この系統にしては珍しく安易にパロが乱発されないというこの世界のルールもあるのでしょう、その反撃はなされることはなく、ジローは伸び伸びと自らの勢力を伸ばすべく新人勧誘を進めるのです。
 しかし、ネット番長であり、現実世界ではドMな黄村主導の仕込みで集まったと言ってもいいキョーコの信者達はネットの海に打ち立てられた虚像と現実のキョーコが大きく違うことを思い知らされます。
 言われるままに妄想を総て受け入れ、踏んでくれるような虚像ではなく、抵抗もすれば反撃もする、それどころか先制攻撃も過剰防衛も辞さない暴力の使徒であるということを、ジローの身体に徹底的に叩き込むとともに無数の信者たちの魂に刻み込んだキョーコの活躍によって、黒山の人だかりは容易く崩壊し、凄惨な仕置き場と化したその場に残るのは、この暴力の嵐がジローとキョーコなりのスキンシップだと理解しているいつもの仲間のみ。
 折角の人材確保のチャンスを粉砕され、抗弁するジローに対してキョーコはファイティングポーズをとったまま「うっさい!人をダシに使うな!! やりたきゃ自分の力でやんなさいよ!わかった!?」反論し、ジローはその言葉に素直に従って休み時間ごとに勧誘を続けるのです。
 この素直さこそがジローです。
 しかし、悪の組織に自ら足を踏み入れる者などそういるはずもありません。
 それに、下手に足を踏み入れる者を受け入れても改造手術を受けるだけ受けてぶち壊されるという危険性も捨てきれないのが難しいところ。
 特にカブトムシベースの改造人間を創る時には注意が必要です。
 何はともあれ、あと一人の構成員を引き込むために孤軍奮闘するジローですが、よほどの変態でなければ悪の組織という人の道に外れた組織に自ら加入したがる者はいるはずもなく、ジローの粘りも虚しく新入生はことごとく断り続けます。
 シズカを誘えば一発でしょうが、そこに至らない辺りは視野狭窄というべきなのか、それとも続けて行きたい、と思っているからなのか――その辺りは判りませんが、ジローのこの無茶というより他にない行為に対する理解者は少なく、唯一勧誘に付き合っているサブローも諦めモードという中、その様を教室から見下ろすキョーコは手伝ってやれば、と促すユキの台詞を「冗談!」あっさり切り捨てます。
 多少マシになってきたとはいえ、反射的な行動にしか移せないジローに呆れ、いい加減自重というものを体感すればいい、とあえて手を貸さないことで促そうというキョーコの言葉は正論には違いないものではありましたが、その状況は副会長に就任した黒澤さんの到来で一変します。
 ジローと同じ論理で副会長に就任させられたことへの悲嘆と増長する黄村に対する殺意を押し殺しながら黒澤さんが告げたのは、赤城前会長の手腕と人柄によって、キョーコらの溜まり場となっていた部室の使用禁止についての通達。
 何とかならないか、という懇願も、ルールを遵守する黒澤さんにはまったく無意味なものであり、キョーコ達の抗議も虚しくこのまま観念して明け渡さなければならないという状況は完全に構築されてしまいます。
 しかし、その状況を打破する希望を示す辺りは黒澤さんの『甘さ』というべきか。
「でもまァ、阿久野ジローが何とかするでしょう」
 ファンクラブがなし崩し的に占拠していた部室を、今度は支部として使用することで以前のように使うため――ジローが動いている理由を聞かされては、それまで静観していた仲間達も黙っているわけには行きません。
 苦戦を続けるジローの横に立ち、「悪の組織支部に入りませんかー?」「楽しく世界を獲る悪の組織!」「ぶっちゃけ名前貸してくれるだけでもOK!」声を張り上げる仲間達。
 それでも自分が入るのは勘弁して欲しい模様です。
 突然現れた仲間達に驚くジローに「ったく…早く言いなさいよ。部室確保するためなんだって?」キョーコもまたジローの水臭さをたしなめつつ、手伝います。
 しかし、ジローが行動を起こした理由はそれだけではありません。居心地のいい場所を確保する、という理由を凌ぐ大きな目的とは――
「ここに――この学校に。 オレがいたあかしを残せないかと思ってな」

 学校という空間が持つ必然であるというのに、その空間で生きる瞬間には誰もが忘れてしまう、去らなければならないという揺るぎない事実。
 ごく早い時期から別れを覚悟してこの場にいるジローだからこそ忘れることなく向き合い、出した「赤城のつくったファンクラブ程ではないが――オレなりに青春を燃やせるものがあれば…とな」結論に、キョーコは赤面しつつ納得と溜め息を同時に吐き出すのです。
「ま、いーわ! その恥ずかしい目的、かなえてやりましょ!」
 恥ずかしい、といわれて心外なジローに応えるものは笑いばかり。
 その輪からやや取り残された感はあるものの、サブローもまたその様を笑顔で眺めるのですが、やや惚けたかのような表情を見せた一瞬、吹いたそよ風がチラシを一枚卓上から運び去ります。
 サブローが動くより早く、足元に運ばれてきたチラシを拾い上げたのは、長い銀髪の美少女。
「うわ… 美人さんばい…」サブローのその言葉に「おじょうすわーん!生徒会入らなーい!? 今なら会長の寵愛が――」即応した黄村の裏切りに、ジローは黄村の友情が紙風船の如き軽いものであると認識を新たにしつつ黄村を羽交い絞めにするのですが、「ふふふ。残念。 たった今その支部に入ると決めちゃいました」裏切りの暴君はあっさり期待を裏切られてしまいます。
 ようやく手にした入部希望者に、歓喜を持って迎え入れるジローは、彼女に入部申込書を渡しつつ名前を尋ねるのですが、銀髪の美少女が返した言葉は「あら? 私の名前なら知ってるでしょ?セ・ン・パ・イ」意外な言葉。
 その言葉に記憶を辿り、「……! お前…」思い至ったのは一つの名前。「まさか… ルナか!?」
 小学生にしか見えなかった過去を乗り越え、成長を果たしてやってきたのは枕崎ルナ!
 公立校なのに越境入学しに来た辺りから考えると、もしかするとドラキュリアは本格的に潰れたのかも知れません。
 ともあれ、また一人、平坦胸の仲間がやってきたことに、キョーコは類友という言葉を実感するがいいと思うのでした。

第115話◆ルナの変化


「よし!みんなそろったな!! それではさっそくキル部の活動を始めるー!」


 うっすい胸は兎に角としても、身長に関してはキョーコより成長を果たしたルナに驚くジロー。
 なぜここに、というジローの問いに対して、ルナはさも当然と言った様子で「フフフ。 そんなのは決まってるだろう? お前に会うためだ――!」抱きつきながら返すのです。
 何はともあれ、正義の人として釈然とはしないものの、五人という最低限の人数が揃ったからには部活として承認しないわけにはいかない――という訳で、赤城や青木が生徒会役員としての権力を駆使して占拠していた部室も以前のように使えるようになり、仲間達も一安心。
 特にユキは安心して通常営業に戻れるとばかりにキョーコとジローのカップリング活動を再開します。
 乙型やシズカに続く、積極的な当て馬登場を喜び、ここぞとばかりにキョーコをたきつけようとするユキに対して、釣られはしない、と無関心を決め込もうとするキョーコではありますが、やはり“忠誠”や“監視”という表向きの理由と最後まで踏み込めない枷を併せ持つ乙型やシズカとは違って、易々と一線を踏み越えて来るルナの態度には穏やかではいられません。
 ルアーに釣られるブラックバスの心境を実によく表しています。
 乙型もそんなキョーコを追認するかのように、ジローに言い寄る女の子がいたら、という質問に対して実に爽やかな笑顔で「殲滅します」と応じ、背中を押された形になったキョーコは決断をするのです。
 しかし、決断という形で言えばルナもまた同じく引けない理由がありました。
 とある理由があって、「一ヶ月でジローを落としてくる」という誓いを立てざるを得なかったルナの事情に、電話の向こうからセバスチャンは流石に無茶だと嗜めるのでしたが、判っていてもなお決意は固く、“理由”は重い。
 目的を果たすためにも、ルナはジローを陥落させるために行動を起こすのです。
 という訳で、始まったキルゼムオール三葉ヶ岡高校支部――通称『キル部』の活動内容は基本的には体育会系。
 ノリだけで見切り発車した、という評価を下すキョーコですが、身体が資本であることは特訓の末に強化されたジローや電柱片手に身軽に立ち回ったり気楽に音速超えまくるニートから見ても明らか。
 出来るのであれば嫁ぎ先の事情は理解しておいた方が吉です。
 ですが、ついこの間の特訓で強化されたものの、それまでジローはフィジカル面ではひ弱な頭脳労働派。
 急場凌ぎで鍛え上げた影響からか、柔軟もままなりません。
 しかし、ジローのその体たらくをむしろ好機と見たルナは「私が押してやろう!じゃない、あげます!」早速ボディタッチによるコミュニケーションを取りに走ります。
 結構背中広いんですねセンパイ。お前が小さいだけだ――そんなやり取りを目の前で行われては、気にしない、気にしちゃいない、と言い聞かせる努力など消え失せ…………いや、そもそも努力などしていませんでした。
 何浮気してやがるんだこの野郎、とばかりにジローの背中を足で踏みつけ、正妻らしく制裁を下すキョーコにルナもジローも抗議しますが、チンタラ生ぬるいやり方で柔軟なんかやっても効果はない、と一切の容赦もなくはねつけます。
 キョーコが支配する、次世代のスパルタンなキルゼムオールの姿に怯えるサブローと、未だ一般人であるにもかかわらず既に強力な悪の大幹部の片鱗をうかがわせるキョーコに震える黒澤さんを無視して、キョーコとルナは敵意に満ちた視線をぶつけ合います。
 ジローの寵愛を受けるのは私だ!
 二号さんは黙って三歩下がってろ!
 かくして始まった所有権争いはどちらも引き下がることはなく、ジローの気持ちについては取り合えず無視してジローの隣を確保するため押し合い、へし合い、競い合う二人。
 ですが、競り合いになると武闘派のキョーコとジローと同じくフィジカル勝負に向かないルナでは勝負になるはずもなく、つまずいてよろけたキョーコにぶつかるだけでバランスを崩し、転倒してしまいます。
 ぶつかったのは悪かった、と素直に謝るキョーコではありましたが、その素直さを出さずにルナとバチバチにやりあっていた不自然さはジローの目にも明らかな異常であり、「…キョーコ。 何やってんだお前… なんか今日おかしいぞ? ちょっと頭冷やせ!」ジローはそんなキョーコをたしなめます。
 しかし、ジローのまともな判断はキョーコの神経を大いに逆なでするだけでした。
「悪かったわね…」
 他人の気も知らないで何言ってんのよ――そう叫びたい気持ちを抑え、こっちが背中!と主張するTシャツの背を向けて立ち去るキョーコ。
 Tシャツに込められた、あまりに薄すぎて胸なのか背中なのかが判別出来ない人への親切心は世界レベルの朴念仁の前に擦り減り、その代わりに顕わになった嫉妬と悋気を隠すかのように走り去るキョーコを追いかけるべきか、と悩むジローではありますが、怪我人を放っておくことも出来ません。
 取り敢えずルナを連れて保健室へと向かい、応急処置を施したジローはただただキョーコの奇妙な態度に首を傾げるばかり。
 キョーコの変化の原因がジローを巡ってキョーコと争っていた自分にあると気付いたのでしょう。ルナはそれまでの元気な態度はどこへやら「ダメだな私は…」すっかり意気消沈してポツリ、とこぼします。
 身長だけは伸びたものの、中身は我が儘な子供から成長していない――これでは首領失格だ。
 キョーコへの対抗意識で暴走し、キョーコを傷つけた自分へのもどかしさを込めたルナのその言葉。
 ジローにとっては多少の覚えはあるその言葉に、少し先行く者としてジローが渡すのは一つの助言。
 背伸びしなくてもいい。少しずつ、一歩ずつでいい。無理に背伸びしようとしても結局は歩くことすらままならない――オレがそうなのだから間違いない。
 しかし、ジローのその助言はあくまでジローの立場に立ってのもの。
 ルナにはルナの理由があり、立場があるのです。
 脳裏に浮かぶのは慇懃無礼な坊ちゃん刈りのメガネの言葉。
1か月――1か月待ちましょう。それで答えが出なければこちらに従ってもらいます! あなたの組織、潰したくはないのでしょう?」
 組織が完全に潰れたことで、再興への道のりについて特に期限を切られることもないジローと違い、組織が潰れるか否かの瀬戸際に立たされた組織の首領であるルナにはのんびりと歩くことなど出来ません。
「ダメ…なんだ… 私は…子供のままじゃダメなんだ」首領とはいえ歴代最弱の非力な首領。だからこそ、一刻も早く一人前になり、愛する組織を護りたい――それこそがルナが急ぐ『理由』。
 立たされた立場の違いと理由の有無に気付くことが出来ず、ただ怪訝そうな表情を浮かべたジローにすがりつき、牙の覗く唇を開いてルナは続けます。
「ジロー… 頼む… 私を…私を大人にしてくれ
 迫り来るルナにジローが立ち尽くすその頃、相変わらずの自堕落な生活を続けるニートは「ポチー。チューしたことあるー?」ドラマの再放送のワンシーンを前にご近所きってのプレイボーイであるポチに尋ねるのです。
 ジローが立たされかけた修羅場の際を知るはずもなく「乾くヒマもない程にな」ニートに応じるポチの大人っぷりに、読者は歓迎されない仔犬が産まれることは不幸の素にしかならない、とただただポチの去勢を勧めたくなるばかりなのでした。
 いや、元犬飼いさんなので、捨てられて処分されるような事態は見たくないのですよ。

第116話◆嫉妬…?


「渡さん、それって――」

 縋り付くルナの言葉に、訳の判らぬままジローはただただ混乱するばかり。
 混乱といえば、ルナの肩を持つのか、とたまらずにその場を離れてしまったキョーコもまた思い切り混乱し、追い掛ける黒澤さんに構うことなく屋上へと全力疾走してしまいます。
 行き場を失ったことでようやく頭が冷えたのか、はたまたオーバーヒートの末に機能を停止したのか――恐らくはその両方でしょうが、キョーコは疲労困憊になりつつも黒澤さんをぶっ千切り、黒澤さんに多大なる精神的ダメージを与えるのです。
 3年後もすればほぼ間違いなく新生キルゼムオールの大幹部に就任していることが確定しているのだから、と黒澤さんが自己弁護しようと――はしていませんが、現時点では辛うじて一般人に分類される人間にぶっ千切られたことは黒澤さんにとっては衝撃ではありました。
 しかし、キョーコが受けている衝撃はそれ以上。
 ジローの言っていることが正しいことも、ルナが突っかかってくることも別に悪いことではないということは理解出来る。
 とはいえ、ジローのやに下がった顔を見るのはどうにも癇に障って我慢ならない――どこをどう見たらデレッとニヤついている様に見えるのか、問い詰めてやりたいところです。
 しかし、外野であり、正義の側からの監視者である黒澤さんにはキョーコの苛立つ理由が良く判ります。
 ――何だ。ただの嫉妬じゃないですか。確かに阿久野ジローは悪だけにモラル意識が薄いとはいえ、恋人いながらその前で他の女とイチャつくなんてイラついて当然です。大丈夫、判ってますから。私は渡さんの味方ですよ?将来は敵ですけど。
 流石に外から一歩引いて監視しているだけあって、近視眼的に一生懸命くっつけようとするユキやニートと違って既にくっついていると理解している黒澤さんは、最早キョーコが古女房の域に到達している、と指摘するのですが、当の本人達はその事実に気付いておらず、恋は盲目、という言葉の正しさを体言するのです。
 恋愛関係にあることをキョーコは必死に否定しますが、同衾までしている間柄なのだから恋人というのは確かに間違いだった、むしろ内縁の夫婦関係というか、籍が入っていないだけだと黒澤さんの解釈はさらに奥深くなり、火消しのつもりがさらに燃え上がらせたキョーコは必死に消火活動に移ることになるのです。
 一方その頃、大人にしてくれ、と迫るルナでしたが、関係の変化、そして、キョーコという伴侶を持つ相手に一線を越えるように迫ることはやはり勇気がいるようで、ルナの華奢な身体には震えが宿ります。
 ジローはルナの震えと不可解な発言を骨折による熱から来るものと見るのですが、勿論そんなはずもなく、ルナはさらに混乱を深めるジローにただ汗が冷えただけだから大丈夫、と言い置いてジローを保健室から追い出すのです。
 独りになったルナに去来するのは自己嫌悪。
 大人になるという覚悟を持つことも出来ず、震えるばかりで立ち尽くすだけの子供な自分の意気地のなさに恥じ入り、悩むルナ。
 その傍らに置いた携帯から着信音。『ごまだれー』という、一部の国や地域で宝箱を開けた時に生じる奇妙な音から考えるに、創造主はディスクシステム創世記のアクションRPGが好きなようです。かつてジローがポケットティッシュをゲットした時にもトライフォースを捧げ持つアクションを行いましたし。
 創造主の趣味はさて置きますが、ルナにメールを送ったのは御付きの蝙蝠セバスチャン。
 男なんて単純だから、キスの一つでもカマシて既成事実を作ってしまえばすんなり墜ちる――たった今失敗した攻略法を伝授され、ルナはメールに対してツッコミを入れます。
 反論を予測して擬似会話の一つや二つが出来ない辺り、セバスチャンもまだまだ未熟です。
 しかし、攻略はさて置いてもルナを案じる気持ちはメールから伝わり、ルナは萎えかけた決意を改めて奮い立たせるのです。

 ――全ては部下のため、泣き言など言うことは出来るはずがない。

 部下を案じる首領であるが故に抱く、その悲壮感漂う決意。
 その決意を窓の遠くに覗く木立の影から眺める忍者――彼が修羅場やらドラキュリア吸収合併問題の打開への切っ掛けになるのか否かは、誰にも予測出来ることではありませんでした。
 そして翌日、いつもの調子で部室へと遊びに来たアキユキが見たのは黒澤さんとサブローの二人のみ。
 昨日の今日で顔を出せないと、いたたまれなくなって屋根の上にルナはまだしも、掃除当番で遅れているジローとキョーコについてはアキユキと同級なのだからいなくて当然……というか、知らなかったのか、とツッコミ入れたくなります。
 まぁ、キョーコのメンタルやルナの髪を弄くりに来たのに、と不満を垂れるユキさんは生まれながらの支配者なので掃除当番が誰なのか、ということについて興味を持たなくとも当然。キョーコとジローをくっつけることだけにのみ特化するのもさもありなんです。
 だからこそ、今の生ぬるい状況は不満であると同時に、その状況を崩しに来たルナというイレギュラーの存在はありがたい。本来ならバンバン子作りしていて然るべき、というのに、と力説するユキの言葉に、部室棟の屋上でその話に耳を傾けていたルナは沈み込ませていた視線を持ち上げるのです。
 略奪する、という後ろめたさから来る遠慮や躊躇が溶けていく。
 夕暮れ空を見上げ、暦に思いを致し――夜の眷属が最も力を発揮出来る満月の夜がやってくることを理解する。
 薄れ掛けていた決意は固まり、ルナは行動に出るのです。
 キョーコ、そしてジローを夜の学校に呼び出す手紙を残し、部室に姿を現すことはなかったルナに、キョーコは前日のやり取りについての決着を予感します。
 ですが、自分がどうするべきか、という決断を下すことを躊躇い、悩むばかりのキョーコは満月の屋上に漂う違和感に気付くのに遅れてしまいました。
 不自然に靄がかった空気と吸血鬼の眷族が持つ異能とが結びつくことに気付いた頃には、全ての準備は整っていました。
 瞬間の実体化の後にジローの首筋に舌先を這わせたかと思うや否や、再び霧に溶け、中空に再実体化するルナに、訝しげに不満の声を挙げる二人でしたが、取り敢えずこの場におけるジローは単なる賞品であり、現時点では口を挟む余地はない、とばかりにジローを眠らせます。
 ジローが支配力に負け、眠りに落ちたことによって、その場に残るのは二転三転する状況に混乱するばかりで何も掴めないキョーコだけ。
「私はジローが好きだ」コレで邪魔は入らない。胸を割って話をつけよう――とばかりに切り出したルナに、油汗を流しつつ勝手にすればいい、と流そうとするキョーコ。
 しかし、将来ジローと一緒になって組織を運営したい、と続いては流すことは出来ません。
「でもダメ」

 そんなに簡単に譲れるはずなどない!というか絶対に渡さない!と叫びたい気持ちを抑え、
「私ジローと約束してんの。 社会適合できたら私を好きにしていいって。 てなわけで私にはジローの監督責任があるの! これだけはゆずれないなっ!!
 詭弁にも似た反論で返すキョーコ。
 えっと……ジローにも選ぶ権利を与えてやって下さい
 そう思わずにはいられない読者なのでした。

第117話◆ワケありのルナ


「やはり引いてはくれないか。ならば仕方ない」


 ジローとの約束、そして監督責任をタテに高らかにジローの独占宣言を行ったキョーコ。
 いつまでという期限は区切られてないから一生掛かるかもしれない。だから譲るわけにはいかない、と力説します。
 どこをどう取り繕おうとも、愛の告白以外の何者でもありません。
 しかし、往生際の悪いキョーコさんはこの期に及んでもその発言をなかったことにしようと画策するのです。
 当事者であるジローは寝ているし、ルナも暴力に弱い。何だ、楽勝じゃん――と、バリバリの武闘派な発想でルナさえ黙らせることが出来ればこの場は切り抜けることが出来る、と問題を先送りにしつつバレバレの内心を覆い隠そうとするキョーコでしたが、その画策はジローが起き上がったことで瞬時に霧散します。
 咄嗟に宇宙意思の介入による発言であり、自分の意思とは無関係であると主張しつつ、まずジローの記憶を消さないといけない、と方針を転換するキョーコ……とあるTRPGリプレイのPC1であらせられる殺意様ばりの武闘派な発想です。



(↑殺意様)


 しかし、ジローが理不尽に蹴りを叩き込まれるという心配はなくなりました。起き上がったとはいえ、ジローは未だルナの支配によって呪縛され続け、その意識も奪われたまま。
 以前キョーコを支配した時には意識を奪うまでには至らなかったというのに、二年近い年月を経た今回は意識をも奪っている辺りもまた、ルナの成長した部分ではありますが、その成長は中身の伴わないもの。
 キスした、という既成事実のみを追い求めてジローの肉体と精神を支配し、文字通りの形ばかりの関係を築こうとするルナの抱える矛盾に対して、
ルナ、あんたさ。そんなんでキスされてうれしいの?」
 キョーコは痛烈な一言で返します。
 無意識時に奪う行為になんの意味もない。
 奪うにせよ、勝ち取るにせよ、心を伴わないようでは虚しいばかり――ルナも内心では気付いていたその指摘ではありますが、追い詰められたルナはキョーコの言葉に心を閉ざし、耳を塞ぎ、目を逸らし、ただただジローを手に入れるという目的を優先します。
「起きなさいジロ━━!!

 ならばとキョーコは声を張り上げます。
 ルナの能力によって奪われたジローの自由を取り戻すのは心で――魂で繋がった絆であることは、やはり以前の支配の経験からということは本能的にで理解し、感じている。
 吸血鬼の眷属の異能の前にただの人間の声など届くはずがない、と勝ち誇るルナでしたが、ジローとキョーコの間に存在し、育まれ続けてきた愛と言う名の絆はルナの想像をはるかに上回る強さを誇るもの。
「あたしの声が聞こえないの!?ジロ━━!!」
 叱責と共に放たれた声に満月の後押しを受けたはずのルナの支配の鎖はあっさり引きちぎられ、ジローは荒い息の下から帰還の声を返します。
「まったく厳しいなキョーコは…!」「あたしを手下にする以上、この程度なんとかしてもらわないと」
 呪縛を破り、二人の世界に入るキョーコとジローに、いちゃつくなこの野郎とばかりにルナは動揺します。
 ――何とかしないと……もう一度ジローを支配しないと――より強く、より深く、しっかりと支配して、自分のものにしないと。
 その思いと共に霧化した身体を操り、分身を生み出し、血を吐くかのような叫びを上げるルナ。
 ――私がやらなきゃ……首領である私がやらなきゃ。
 無意識に吐露する組織への思いを聞いたからには、ジローが選ぶ行為はひとつでした。
 オートマントも不必要とばかりに脱ぎ捨て、「よし。 つかまえたぞルナ」ジローは肩口でルナの牙を受け止めます。
 吹き飛んでいたルナの理性を引き戻したのは、抱き締められる感触と、口に広がる鉄を帯びた味。
 続けて訪れるのは頭を優しく掻き抱かれる心地よい感触と、
「言っただろ。無理するなと」耳朶を打つ優しい言葉。
 無意識の天然ジゴロっぷりに、ルナの張り詰めた心は溶け崩れ、涙となって流れ落ち、言葉となって噴き出します。
 溢れる感情に既に背伸びはなく、年相応の泣き顔をジローの胸に埋めたルナは涙に暮れるのでした。
 ルナの涙ながらの言葉、そして、それを受けてサブローに行わせていた調査の結果、全ては露見します。
 背後にあったのは福岡市は百道にある悪の組織、ザ・ゴージャスの首領代行である四ノ原カズ。九州制覇の第一歩としてドラキュリアの乗っ取りを図り、あろうことか借金のカタにルナに結婚を迫っていたのです。
  ロリコンもいいところです。
 つか、都市高速のトンネル上という重大なポイントな上、、隣にはTNCやらRKBといった放送局もあるというのにああも堂々と建てられている悪の組織のアジトにも何も言わない福岡市民の皆さんの大らかさに驚きです(超県民限定ネタ)。
 正義の総攻撃があれば交通と報道が麻痺するんだから、少しは止めろよとツッコミを呈したいところです。
 こうまで堂々とやっていれば、市街征服に勤しんで細々と地下活動を続けているアクロスももうちょっと表舞台に出てきてもいいと思います。

 話が逸れた。

 ともあれ、全貌が明らかになったからにはあとは動くのみ。
 ニートを一回30円の人間発射台として、湘南‐九州間の中距離弾道弾と化したジローは既に戦闘モード。
 道案内、そしてルナが隠していた経緯を説明するためにセバスチャンを引き連れて金に物を言わせて増強した警備を易々と突破したジローは、四ノ原のメガネ面に一撃叩き込むと「オレの後輩を泣かすな三下。 なんならオレが相手をするぞ?胸倉掴んで凄みます。
 力が支配する悪の組織同士のルール。そのシンプルなルールにおいて問題を片付け、セバスチャンと並んで駅までの道を行くジロー。
 ドームでナイターがなかったのでしょう、人通りも少なく、人語を介する蝙蝠を気にする者もいないこともあってか、セバスチャンはジローの協力に深く感謝しつつ、結婚を迫られていたことを言わず、一人で何とかする、と行き当たりばったりにジローを篭絡しに行ったルナと、護るべき主君にそのような行動を取らせてしまった自分達の不甲斐なさを嘆きます。
 ですが、ジローはルナの気持ちが判りました。
 大好きな居場所がなくなるという絶望も、愛する仲間を喪いたくない、という執着もジローにとっては既に通った道。
 しかし、その絶望や執着を受け止め、乗り越えての今がある。
 全てを喪うわけではないこと。残された自分自身さえしっかりしていれば、絶望の底からでも立ち上がることも出来ること。
「人さえいればやり直せるのだ」
 組織の奥で培養されるような生活では得ることが出来なかったであろう様々なものを手に入れ、感じ取ってきたからこそ言えるジローの一言に、セバスチャンは決意を固め――って、ドラキュリアの構成員って人外やないかい
 しかし、生憎と世界はそんな人外やら悪の組織やらも容認する世界――――まァ、ンなこと言ってたらシリアスに世界に弓引く来栖達の立場がなくなりますが、この漫画は基本的にはコメディ漫画なんだから、小さいことは気にすんな。
 何はともあれ夜は明けて、ジローの助言もあって一旦解散し、地道にやり直すことを決めたドラキュリアは、売却したアジトを買い戻すために構成員の皆さん総出でバイトに勤しむことになります。
 事の顛末を寝台列車で戻ってきたジローから聞き、ライバルの消失に安堵といささかの寂しさを感じるキョーコでしたが、そこは生憎ラブコメ時空。
 やり直す、と決めたからにはジローについて色々学んだ方がいい――そう判断を下して高校に残ることにしたルナの再登場に、ルナよりも平べったいキョーコはやっぱりジローへの怒りへと変換して爆発させるのです。
 怒りと嫉妬と好奇と狼狽、そして無邪気な思慕……様々な思いが渦巻き、交じり合う朝の空――その空は、何食わぬ顔でマ●ドか何かで客商売に勤しむ蝙蝠のいる九州にも繋がっていて、確かに思いを届けているのでした。

第118話◆緑谷の決断


「お、やはり緑谷は美大か」「うん、入れるかはわかんないけど」


 高校三年生と言えば将来の進路を決める時期。
 何時の間にか衣替えしていることから見るに、二ヶ月が一気に過ぎたらしく、一気に受験や就職がすぐそこに控えている彼らはそろそろある程度の具体的なイメージを掴まなければなりません。
 しかしジローはモラトリアムも許されない自転車操業自営業。高校卒業と同時に嫁連れて帰ることは決まっています。
 というか、「連れて戻らなければ帰ってくるな」くらいは言われそうです。
 ジローよりもキョーコが好きすぎる阿久野家の女衆も大概です。
 キョーコが好きすぎると言えば黒澤さんも同じ。身体能力は正義に活かしてこそ、ともっともらしい理由を付けて百合の世界へと誘う辺り、キョーコが振りまいていると思しき何らかの百合百合しいフェロモンなり鱗粉なりの威力は並じゃありません――威力が強すぎて、ジローを虜にするために来ていたはずのルナまで引っかかるとは驚きです。
 このような善悪両陣営をメロメロにする百合オーラを発するキャラが一般社会で地道に暮らしたい、という望みを持つなど、高望みもいいところです。
 地道なキャラは地味な緑谷に任せておけばいいのです、地味に(暴言)
 という訳で、唯一まともに自らの夢を見据えて将来の道を選ぼうとする緑谷は、前の年の夏休み明けから変わることなく美大への希望を示します。
 意外にオタクが多いから自衛官、と言っていたのに、裸婦デッサンに釣られて美大を選ぼうとしたり、同じく濃ゆいオタクである黒澤さんがいることもあって、オタへの親和性を見出した正義の味方を選ぼうとする黄村のブレまくりの生き様とは大違いです。
 一方、ブレるブレないというよりはブレる以前の問題なのがユキ。将来が安泰な上、運にも要領の良さにも恵まれている生まれながらの支配者ということもあってか、キョーコをいかにジローとくっつけるかだけにしか興味がないらしく、この期に及んでも「ノープランでございます」
 それでどうにか出来そうなのが羨ましいことこの上ありません。
 しかし、そのような星の下に生まれたとはいえ、真剣に生きる人にはある程度のリスペクトを持たないわけではありません。演劇部の活動を終え、花さんと一緒に帰途に就くユキは、夕暮れの放課後の校庭で何時になく真剣な表情で絵筆を握る緑谷の姿に興味を惹かれて、いつもの振り回されるばかりの埋没した個性ではなく、目の前にある課題を見据えてキャンパスに向かう緑谷に無造作に近寄ります。
 素人目には充分に上手な絵――しかし、コンクールにはこれくらい描ける人はゴロゴロしているからまだまだ納得いかない、とさらに上を目指す緑谷の姿が格好いい、と兄魂の花さんはメロメロですが、肝心要のユキさんは「うんそうだね?」と、どスルーしまくり、惚れる気配すら見せません。
 少しは他人の話にも耳を傾けてもいいと思うんだ?
 ですが、そんなユキさんが翌日の教室で見たのは緑谷を中心にした仲間達の浮かない顔。
 浮ついた夢を追うよりも将来の生活を重視した進路を選べ、と、美大に進みたい、という希望を父親によって頭ごなしに反対された緑谷にかける言葉も手助けするアイテムもなく、自力でどうにかする――今描いている風景画をコンクールで入賞する――より他ない、と言う状況では、他人は最早心配するより出来ることはないのです。
 しかし、その閉塞感漂う状況を何とかしようと動いたのはユキでした。
 その理由が演劇部の次回公演で主役になる花さんのメンタルを後押しする、と一点に掛かっていようとも、自分の絵が好きだ、と言ってくれたユキ、そして、その言葉に賛同してあらゆる場面でサポートをする、と立ち上がった仲間達に緑谷は燃えない訳には行きません。
 時間を作り、弁当で後押しし、チアボーイ+ガールのコスプレでメンタル面にダメージを与え、孤独な戦いに挑む緑谷を支えた仲間達の尽力もあり、キャンパスに向かう時間が増えた緑谷はこれまでにない手応えを感じるのですが、

 でも――

 同時に疑問も感じます。
 その気配を察したのはジローでした。
 苦労の末に完成した課題の風景画を前にして、喜ぶ一同の中で、笑顔の中に見せた微かに苦さを見逃さず、緑谷を訪ねたジローに明かしたものは、作品に感じた物足りなさ。
「コンクールに出す絵としては上出来だと思う。 自分でもいつも以上のものができたと思う。でも―― でも…何かもの足りない―― 自分の中じゃこの絵はまだ未完成なんだ」
 その『何か』の正体は掴めてはいないものの、未完成の絵を出して納得出来るのか、という悩みは尽きず、澱となって胸中に溜まった結果、微かに表情に表れたことを明かす緑谷。
 ですが、現実に締め切りは翌日に迫っており、悩む暇は残されていない。となれば最早割り切って出品するより他にない、と諦めにも似た口調で思案を放棄し、出品のため――父親に認めてもらうために、必要な作業を進めようとする緑谷でしたが、
緑谷。オレに絵のことはさっぱりわからん。その上であえて言おう。お前の心に従え!好きなように! お前の進む道なのだから
 その言葉とともに、肩を叩いて緑谷の自室を後にするジロー。
 背を押す言葉に、緑谷は改めて自らの心と向き合い――決断を下しました。
 翌朝、吹っ切れた表情で「うん。コンクールに出すのやめました。あの絵」緑谷は決断の結果を仲間に伝えます。
 折角の苦労を棒に振るその行動を仲間達は非難し、特に永遠の夢追い人であるユキは自ら夢を投げ捨てた緑谷に「ちぇすとー(家具)!!」怒りの正拳を見舞います。
 チェストと言えば家具より宝箱です(力説)!!
何やってんのー!?間に合わないならまだしも…出さない!? 絶対花ちゃん悲しむよ!!そんな…簡単に…夢を……!
 涙目になりながら緑谷の決断を責めるユキ。しかし、緑谷にしてもただ投げ捨てたわけではありません。
 自らの心と向き合い、問いかけ、見つめなおすことで得た足りないものを見つけた結果、そうなったのです。
 
「足りなかったのはボクの気持ち。 描きたいものを描く気持ちだった」


 それまで描いていた風景画に占めていたのは、認めてもらいたい、と言う気持ちであり、本心から描きたいものには邪魔にしかならないもの。
 余分なもの一切を取り払い、突き詰めた後に新たに描き足したものは、自分の絵を気に入ってくれたユキの笑顔であり、支えてくれたジロー達の姿。
「この絵はみんなのおかげでできた――だからどうしても描き加えたかった。これがボクの絵の完成形!」
 コンクールの課題である風景画から離れ、人物画になってしまった以上、出展することは適わない。
 その結果を嘆くことはなく、だからと言って諦めたわけでもなく、むしろ原点に立ち返ったことで自分自身の絵で父に認めさせる、と言う意欲に満ちた緑谷に、仲間達も責める理由はなくなりました。。
 協力を反故にしてしまったことを詫びる緑谷に、いつもと変わらぬ態度で“次”の成功を望む仲間達。
 個性の薄いことが個性だった緑谷に、ユキが初めて見た意地と芯の強さ――改めてユキは花さんの言葉を反復すると、緑谷が渡した絵を持ち帰り、自らの部屋に飾ります。
 新見さんのチェックを免れて飾られた絵は、難攻不落の絶対王者の貌に微笑みという名の手がかりを刻み込むのでした。

第119話◆ヒーロー試験


「ええ、要は正義の採用試験です」


 富士の裾野に響く誰何の声。
 不審者を追う屈強な男たちの築き上げた包囲網はあまりにも強固且つ厳重で、猫の子一匹逃がす隙もない。

 ――ど… どうしてこうなった…

 徐々に狭まりつつある網の中、繁みに隠れたジローは自らを襲った事態を呪うするのです。
 事の起こりは三日前、次代のキルゼムオールの大幹部であり、現在も嫁としてジローと共にあるキョーコを狙っ……もとい、誘った黒澤さんの言葉から。
 高い身体能力と幹部としての立場を併せ持つキョーコを正義の陣営に引き込めば、戦力の増大とキルゼムオールの弱体化を両立出来る上、自分自身もキョーコと四六時中きゃっきゃうふふ出来ると目論み、「正義としての素質がある」とキョーコをすっかりその気にさせることで、現役の正義の人間として試験官を務めることになったヒーロー試験の見学をする約束を取り付けた黒澤さん。
 少々正義としては私情入れまくりな気もしますが、猫眼なのにイヌミミイヌシッポと言う器用な技を見せてわっふぅと喜ぶ姿は可愛いので由とします。
 しかし、犬なのか猫なのかはっきりしていただきたいところです。
 あと、勝手にチームを解散させてキョーコと二人組みヒーローユニットを結成するという人生設計を立てると言うのもどうかと思います。ギガレンジャーの仲間達――主にやっとの思いでヒーローにしてもらったグリーンが泣いて縋り付くのが目に浮かぶようです。
 ですが、その緑は現在キルゼムオールの幹部・ブラックレディときゃっきゃうふふ中……うん、グリーンに関しては解散に賛成しそうです。

 まぁ、リーダーのレッドがそんな理由での解散は許さないと鉄拳制裁したり、ブルーが説教モードに入って数時間問い詰めるでしょうが、そんなギガレンジャーの事情はさて置いて、キョーコを取られてなるものか、と二人を尾行して到着した富士の樹海で受験生である正義見習いに見咎められたジローは今更ながら自分の立場を悟るのです。
 キョーコは確かに未来の悪の大幹部ですが、現時点ではまだ民間人であり、現役の悪の人間はこの場にジローただ一人。
 対して見習いが大半とはいえ、正義の関係者は数知れず、その上、現役の正義である黒澤さんまでもが控えているとあっては、多勢に無勢もいいところ。
 正義の会合に潜入した、とバレた悪の末路に震え、何か打開する術はないか、とマントの収納スペースを探るジローの手に金属質の硬く冷たい感覚が触れ――同時に、ジローが隠れた繁みについに検索の手が入るのです。
 しかし、繁みから出て来た姿は「あれ?こんな奴だったかな?」不審者のものとは少々違った、[J]のマークをバックルとヘッドギアに配したボディスーツを纏ったもの。
 咄嗟の判断で対真世界戦で作った変身ブレスレットによるスーツを纏い、「や、やあ!オレは通りすがりの正義のヒーロー! ジ…いや、ス…スーパーJだ!」試験を見に来た通りすがりの正義のヒーロー・スーパーJを演じることでこの場を乗り切ろうとするジローでしたが、残念ながらジローの演技力は残念なレベルでしかありません。
 見たことも聞いたこともないヒーローのぎこちない行動に、訝しげな眼差しを向ける正義見習いの皆さんでしたが、不審者と断じて取り押さえるか否か、と正義見習い達が逡巡する中、ジローよりも切羽詰った人がさらに状況を一変させました。
「あなた、正義の人ですね?」
 言葉とともにジロー ――否、スーパーJの肩を掴む黒澤さん。
 自分とともに試験官を勤めるはずだった正義の人が体調不良で休んだことで、誰かに応援を頼もうとしたところで見つけた謎のヒーロースーパーJ。渡りに船とはこのこと、と言わんばかりの有無を言わせずに試験官として連行した辺り、『試験官なんて面倒なことはさっさと終わらせて渡さんときゃっきゃうふふ』とでも思っている可能性は極めて高いと思われます。
 というか、風邪で休みを取った正義の人も、案外サボりなだけと言う可能性が高いです。
 次は『門限があるから』『ばーちゃんが危篤だから』『ハムスターが死んだから』という理由でドタキャンするでしょう(偏見)。
 ばーちゃんが何人いるのか問い質してやりたいです。
 名も知らぬ正義の人の非実在的ばーちゃんはさて置き、連れてこられた広場には、正義志願者が有象無象。
 栃木のイチゴ農家の方やら都会では絶滅していると思われる田舎のヤンキーやらバニー姿の中年親父やら進むべき道を間違えている人も少なからずいる辺りに、正義のカオスっぷりを感じざるを得ませんが、拉致同然に敵地のど真ん中へと連れてこられ、周囲を敵に取り囲まれたジローにはそのような感想を抱く余裕などありません。
 いかにしてバレないようにこの場を離れるか――黒澤さんの魔の手からいかにキョーコを護るかという本来の目的すらも脇に置き、この一点のみに思いを致して内心の動揺を隠すだけ。
 その甲斐あってか、正妻以外には――キョーコと同じく来賓席に座っているシズカがまったく気付いていない辺りはどうよ、と言うより他にありませんが――正体がバレることもなく来ることが出来たジローではありますが、そんなビビッてばかりのチキン夫妻をさらなる衝撃が襲います。
「フム、ではスーパーJさん!例のアレやりましょう!?」スーパーJの声に気づきかけた黒澤さんを何とか誤魔化し、追及の手を緩めたと思ったのも束の間、黒澤さんが要求したのはヒーロー試験の定番のやりとり。正義の定番など当然知らないジローがうやむやなやり取りで流そうとすることを気にも留めずに、黒澤さんが続けた言葉は知力体力時の運を要求する懐かしのクイズ番組を髣髴とさせる正義かけ声!しかし、物騒なことにこの正義かけ声は「悪の連中は――!?」「撲殺!!」「撲殺!!」「撲殺!!」悪の生命を生け贄にすることに恍惚を覚えるかのような、あっち側に踏み込んだもの――つーか、どこの邪教の集会だ、これはッ!?(一同爆笑)
 この世界の正義って……なんか本気で心配ッ!!
 そんな正義かけ声でトランス状態にある黒澤さん達に恐怖するジロー夫妻ですが、お構いなしに試験は始まります。
 最初の試験であるピラニア池渡りでは参加者の影に紛れて逃げようとするジローですが、「スーパーJさん、すみませんが手本見せてくれますか?」という黒澤さんの依頼に逃げ道を塞がれ、第二の試験では逆に真っ先に突破して逃げようとしたところが参加者達のやる気に火を着けてしまって逃走経路を塞がれ、脱出を図っては失敗を繰り返したジローは何やかんやで最終試験まで付き合わされてしまいます。
 すっかり憔悴しきったジローを見かねてアドバイスにやってきたキョーコの「次の試験の模擬戦闘でわざと負けて、正々堂々と怪我して退場すればいい」という言葉に一縷の望みを見出しますが、図らずも対峙することになったゲンの拳はスーパーJの顔面を狙ったもの。
 家族への想いやその弟妹を困窮に追い込む三度の落選に折れかけた心を奮い立たせる気合のこもった一撃は、まともに喰らえば間違いなくKOを余儀なくされるものであり――つまるところ、喰らってしまえばマスクが割れて正体がバレてしまうほどのもの。
 気付いてしまったジローは思わずオートマントで反撃してしまい――「あ」 反射的に放ってしまった、申し開きも何もない一撃に、すっかり間に合わない後悔とともにジローはキョーコやおとーさん、ポチに乙型、そして誰だか忘れてしまったニートのような存在に別れを告げるのですが「スーパーJさん…その技…」――残念ながら黒澤さんをはじめとした正義の皆さんのボンクラっぷりは深刻すぎました。
「ブラボーです…!!」

 心からの拍手を送る黒澤さんの双眸から溢れる熱い涙!
 自らの行動で規範となし、時に試練にともに挑み、そして、戦いでは一切手心を加えることない気高さを兼ね揃えたスーパーJの真剣な態度は、試験官なんか適当に流せばいいや、早く終わらせて渡りさんときゃっきゃうふふな甘い時間を過ごそう、という邪念に満ちた黒澤さんの驕り、濁った心に喝を入れるとともに、一撃の下に叩き伏せられたゲンの諦めようとした心を折ることなく鍛え上げる槌となり、ボンクラだった正義の人々魂に炎を宿すことになるのです。
 ただし、その熱狂の炎は疑いと言う言葉を持たない諸刃の剣。邪教の集会の盛り上がりと同種の熱狂に浮かされて、すっかり危険を忘れてしまったジローは正義の皆さんの崇拝を受け入れ、キョーコもキョーコでバレたら大問題になる、と理解していたはずなのに思わずそれを忘れて「あの… あの人のマント見て何か感じません?」ジローの正体を明かしそうになる始末。
 そのキョーコのツッコミにも動じない信奉と熱狂で「超かっこいいですよね!?マントが拳になるなんてびっくりです!」謎の仮面のヒーロースーパーJに黒澤さんが向けるのは憧憬の眼差し。
 ――悪い人じゃないんだ。正義なだけに。ただ、視野が狭いだけなんだ。
 自分にそう言い聞かせ、黒澤さん、そして正義見習いの方々に囲まれていい気になってるスーパーJを置いて「あ、私疲れたんで帰ります」当初の目的をすっかり忘れ、伝説の正義のヒーローとなったスーパーJほどの我の忘れっぷりは、永遠に持てないだろう――そう思いつつ、キョーコさんは家路を急ぐ。
 しかし、当のキョーコもまた、どこかの使者・ハンケチ仮面になったということだけは、忘れてはいけないのでした。