FIRE STARTER!!



キルゼムオール・レポート10










第89話 第90話 第91話 第92話 第93話




第94話 第95話 第96話 第97話 第98話 第99話


第89話◆さばいばる(前編)


「どうしてこうなったーっ!!」


 無人島に響くキョーコの声!
 5時間前には沖縄へと向かう飛行機に乗っていたと言うのに、手漕ぎボートが離岸流によって沖へと流され、その上で高波に呑まれてしまったキョーコとジローは、気がついたら流れ流れて無人島。キョーコが「どうしてこうなった!」と叫びたくなる気持ちも当然です。
 ですが、ある意味それは必然でした。
 琉神○ブヤーの知名度が増したこともあってか、最近元気な沖縄の正義の攻撃を続けざまに受け、殲滅の危機に喘いでいた沖縄の悪の組織『シーサー』の依頼を受けて、キルゼムオールが提供していたサポートメカのメンテナンスに向かったジローについて来たため、アジトに着くなり正義の攻撃を受けたのです。
 談合でもしていない限り攻撃を受けるリスクはあって然るべきものだというのに、『将来の参考になるから』とホイホイ戦場について行っちゃった認識の甘さを悟るべきです。
 というか、すっかり未来の大幹部になる気満々です。
 憧れるのはいいけど、現実も見た方がいいと思われます。
 徹夜はキツいよ?マグロは辛いよ、凍えるよ?
 唐突に100円ライターの現実を訴えてしまう馬鹿はいいとしますが、寒くもなければ凍えもしない南国とはいえ、人の生活の痕跡一つない無人島に放り出された都会育ちのキョーコはうろたえます。
 ましてやジローは波に呑まれた際にオートマントを喪っており、マントの中に格納していたアイテムもまた海の彼方。
 アイテムなしでは帰ることはおろか、生存すらもままならない。本気で焦るキョーコは携帯電話を持っていることを思い出しますが―― 波に揉まれて壊れていなくとも、無人島までフォローするような基地局などあるはずもない、と気付かない辺りは相当のテンパリ具合です。
 無力感に苛まれ、ヤシの木陰で呆然と座り込むキョーコでしたが、じりじりと焦げ付くような日差しはそれでもなお容赦なく下界を照らし、内地の晩秋を感じさせない熱気をキョーコが避難していた木陰にもたらします。
 咽喉の渇きとそこから来る生命の危機に、不安を消すべくジローに話しかけるキョーコでしたが、隣にいたはずのジローは何時の間にか姿を消しており、そこにあるのは浜辺に打ち上げられた漂着物と寄せては返す波の音。
 絶望感から涙ぐみ、ジローの名を叫ぶキョーコ――「どーしたキョーコ!? 敵襲か――!?」二秒で出てきたよ、おい。
 絶望的な不安から立ち直り、とりあえずロボコンパンチで謝罪を要求するキョーコでしたが、ジローにしてみれば周辺を調べに出て行く、と伝えたのにロボコンパンチが飛んでくる理由が判りません。
 ともあれ、ジローの周辺捜索の結果、湧き水と住処となる洞窟、そしてとりあえずの食物を確保することが出来た二人は、将来の首領業の一環として大首領によって仕込まれたジローのサバイバル能力を頼りに、ピンチから立ち直っていきます。
 サバイバル能力が必要となる首領業……敗北とか壊滅とか部下に裏切られて組織から放り出されるような事態を日頃から見据えていなければならないようです。
 まぁ、出くわした野犬をひと睨みで懐かせる組織の長なので、ちょっと裏切られたらあっさり組織を任せて悠々自適の年金生活を楽しみそうではありますが。
 しかし、野犬がいるということで本当にここが無人島だかちょっと怪しくなってきました。
 野生化しているとはいえ、完全に人の手が入っていない場所に犬はいません。
 捨てられたか、今は打ち捨てられた人の集落があるのか―― 犬と人の生活圏は重なるものである以上、この辺りについては次回に注目かもしれません。
 にらみつけても野犬を退散させるにとどまり、大首領の域に達していないジロー。しかし、それでもキョーコ一人は守って見せる、と言わんばかりにジローは一人寝ずの番。
 目覚めたキョーコの目に入るジローの背中の眩しさは、サバイバル生活の生命線の一つである火種よりも、都会で感じることが難しい大きさを見せ付ける朝日よりも強いものでした。
 しかし、慣れが出てきたことで楽しみの部分が増してきたサバイバル生活に文字通り暗雲が立ち込めます。
 遠く本土で行方不明になったジロー達を案ずる渡家の皆さんの目には、沖縄を通る軌道の季節外れの大型台風の接近を示す気象情報。
 楽しい生活は、自然の猛威に吹き散らされようとするのでした。




第90話◆さばいばる(後)


「けっこーけっこーっ!」


 ジロー達が行方不明!


 その報せを聞いてシズカは色めきたちます。


 男女が二人きりでの遭難すれば、心身ともに深い仲になるのは世の摂理。


 乙型対策に追われた末に、ノーマークだったキョーコとくっつかれては一大事……と、ちょっと待たれいそこの正義見習い。


 色ボケしすぎて悪の組織の応援という重大な部分をスルーしてやがります。


 シズカの発するピンク色の電波を受信してしまったのでしょう、乙型もまたシズカの「すごい関係」という言葉に反応して合体ロボになったジローとキョーコを思い浮かべます。

 そんなずるい!二人だけで変形合体機構と自爆装置まで取り付けるなんて!!私はまだドリルだけだと言うのに!!
 またニアピンを決めながらそんな子供じみた嫉妬に燃える乙型を煽り立て、新たな強敵を前に共闘を持ちかけたシズカは、乙型ジェットで空路南へ!
 水に弱いという家電品特有の弱点を抱えながら、台風の真っ只中目掛けて空を往く乙型と、うまく空の便を確保したシズカ達を、自然災害程度なら自力で切り抜けることが出来ないようでは組織の後継者としてやっていけない、とニートは止めますが、そこはいかんせんニートです。本気出すのは明日からでいいや、と言わんばかりに制止する声にも大した熱意を乗せることはなく、猪突猛進コンビは大した抵抗も受けぬまま空を往くのでした。
 一方その頃、台風の直撃を受けた南の島では、洞窟で難を逃れたジロー達が焚き火を前に暖を取っていました。

 確かに台風は厄介だが、激しい雨風もそう長く続くものではないし、食料も火も確保している。竹やヤシの葉でドアも作って雨が振り込む心配もないんだから、あとはやり過ごせばいいだけだ、心配は要らない、と不安そうに炎を見つめるばかりのキョーコを元気づけるジロー―― 流石は台風慣れした九州人です。
 場慣れしすぎてむしろテンション上がってしまうのがある種問題ではありますが、そんな九州人のメンタリティにはちと着いていけないキョーコはドギマギ。
 暗闇で二人きり。しかも、衣服が濡れてしまったこともあってジローのシャツを羽織っただけ、というシチュエーションに加えて、危機的状況で垣間見せた意外なまでの力強さもあって、ちっさい胸の鼓動は治まることを知りません。


 その鼓動に後押しされるかのように、出会ってからの長い間で醸成され、心中に蟠った想いを「私、たぶん… あんたのこと―― 」口にしようとしたキョーコでしたが、決定的なシーンに遠く離れたシズカが悪寒を感じたその時――バキャ!


 ドア、吹き飛びました


 風雨が吹き込み、命綱だった炎が消えかねない―― もし消えなかったとしても、大風に煽られてしまえば命綱だったはずの炎は一転して命を奪う危険な刃にもなりかねません。この一大事に、キョーコの続く言葉を聞く間も惜しんで風雨渦巻く森の中へと補強材となる蔓を取りに飛び出すジロー。


 一人取り残され、胸の鼓動がやや収まってきたキョーコに舞い降りたのは羞恥心。


 それもこれもこの島の所為だ!無人島二人ぼっち、しかも台風直撃だなんて危険なシチュエーションを用意するなんてまさに外道!釣り橋効果で思ってもいないことを口走ってしまうじゃない!


 自分が着いていったことがそもそもの原因ではあった、と言う部分からは必死で目をそらしているようですが、そんなキョーコの目に飛び込んできたのは風で飛ばされてきた大振りの木の枝。


 下手な街路樹くらいはありそうな木の枝をやすやすと吹き飛ばす風の強さに、ドアがない危険を思い知ったキョーコは大人しく洞窟の奥へと引っ込んでジローの帰りを待つことにするのですが、風と荒波はキョーコの耳に一つの異音を届けます。


 振り返り、音の源である岩場を振り返る。


 この島に流れ着く救命ボートだった残骸とともに岩場に打ち上げられていたのはオートマント。


「なんだ、ジローのマントか」

 何事もなかったかのようにスルーしかけ、ようやく気付きます。
 あれさえあれば、ジローは無敵である、ということに。

ですが、この苦難を脱することにのみ意識を向けてしまったことは、あまりに危険でした。
 平たく言えば自然なめんな?


 とはいえ、台風慣れしている九州・沖縄人でもよほどのことがなければ閉じこもってやり過ごすことを選ぶ大自然の脅威は、都会っ子のキョーコには芯から理解出来るものでもありません。


 助けられているばかりの自分への苛立ちもあったのでしょう、岩を伝ってオートマントを取り戻す千載一遇の機会を文字通り掴み取ろうとするその姿を見咎め、戻るように促すジローの言葉も聞かず、左手を伸ばしてマントを掴み取ったキョーコに、自然は容赦なく牙を剥きました。

 安堵した瞬間、不意打ちのように背後から襲い掛かった衝撃に混濁する意識。
 突然重力から解き放たれ、驚く間もなく天地すらも定かでなくなる感覚。


 加速した視界に映るのは、ジローの息を飲む表情。


 そして―― 暗転

 襲いかかる荒波に呑まれたキョーコの姿を見たジローには躊躇はありません。
 飛び込むと共に波に揉まれ、四方から撹拌されるジローですが、バラバラになりそうな力の渦のただ中でもなお、鈍く暗い海の彼方へ遠ざかるキョーコの姿を見失う訳にはいかない、と力を振り絞り、手を伸ばす!


 遠く湘南では腕組みをして空を見据えるエーコの姿。


 慌てる様子もなく、泰然と構えるエーコの眼差しに映るのは―――― キョーコを抱えて海を断ち割って浮上したジローの勇姿!


 地球の丸み関係ないようです。すげぇなニート?!


 明日本気を出しさえすれば天下の二つくらいは手に入れることが出来そうなニートのハイスペックっぷりはいいとしますが、オートマントを取り戻してこの危地を脱したジローの表情は当然ながら明るいものではありません。


 ジローの代名詞というべきオートマントとはいえ、かけがえのないキョーコとはくらべられないもの


 助かるために命を捨てるような馬鹿をされてはどうしようもないではないか!


 そう言わんばかりに向けた眼差しに浮かぶ涙に、キョーコはただ謝るばかりなのでした。


 その謝罪で全てを許したジローと、許され、安堵したことでより一層絆を深めたキョーコの心模様を示すかのように、雲間からは台風一過の日差しが差し込み、穏やかさを取り戻した海の向こうからは救助にやってきたシーサーの皆さんが乗った小型船。


 その光景を湘南の渡家で確認するニートが全てを確信したかのような笑顔を浮かべるのをよそに、ただ南を目指して空を飛び続けた乙型とシズカは何時の間にか南極へと辿り着いてしまうのでした。







 ……それにしても、本当に2年生の終わり頃になる12巻辺りで連載も終わるのかなぁ?なんか急に終了が匂う展開になってきたぞ?


第91話◆特別な一日




 街はすっかりクリスマス一色!


 ニートを街に連れ出したキョーコもまた、人里でクリスマスを迎えることが出来る喜びを噛み締めます。


「でも無人島で2人きりのクリスマスっていうのもよかったんじゃない? えろくて!」


 ニートはそう言いますが、かなりのアニオタであるキョーコが電波も届かない無人島にひと月も取り残されたら多分ストレスで死んじゃうと思われます。


 おとーさんも「きっと帰ってくる!」と信じて録画してやろうにも、見ている、と公言している下町カイザー以外のアニメは録画対象に出来ないだろうし―― というか、女子高校生が深夜アニメを好き好んでみているとはどう考えても思えないだろうし。


 死因:アニメ見れないストレス、というのは流石に洒落になりません。


 つか、深夜アニメ見てるのバレてたとしたらストレスで死ぬ以前に自決しかねません。


 個人的な例ですが、以前多少の付き合いがあった友人(女性)も、腐はまだしも萌えアニメ趣味は流石に家族に知られることを避けていたようですし。


 ……いや、腐も正直どうよ?


 まぁ、腐ってるかどうかは別にしますが(キョーコは別に腐ってません)、「そ、そんなわけないじゃん!早く助かりたかったし! それに今年はユキの家でパーティだしっ!!」エーコの茶化しにモロに乗せられたキョーコは無闇矢鱈とテンパリながら一応の否定はします。


 とはいえ、無人島でジローに頼りきりだったこともあって、一応お礼の意味を込めてプレゼントを買うだけは買っていた。ニートやら世話焼きババァの徹底した密着マークにあってたせいでこの時期まで渡すチャンスを逃し続けてきたけど――と自己欺瞞で乗り切ろうとするキョーコに、ニートはクリスマスとジローに関する情報を渡します。


 情報料としてアイスを要求するニートに呆れ返るキョーコではありますが、冬の寒い日、暖房効いた部屋の中で半袖でアイス食うのは贅沢中の贅沢!それも、師走の誰もが慌ただしくする時期に仕事もせずに家でゴロゴロするのは格別です。


 いや、それ人間としてどうよ?特に後半。


 と、ツッコミ入れはしたものの、全裸の不思議生物に通用するのかどうかは不明なこのやり取りが行われたかどうかはさて置いて、二学期も終わり、浮かれて歌い踊るいつもの仲間達とともに、ジローも熱狂に浮かれますが、そんな熱狂に「今年は超気合入ってるから! ちょっとした死人くらいは出ちゃうかも?」軽く氷点下のスピリタスを放り込むのがユキさん。


 炎上させるのか凍りつかせたいのかどっちかはっきりしてください。


 ですが、何故イブではなくすっかりクリスマス色が抜けきった25日開催なのか―― 色々ツッコみたい日本の風習に根ざした緑谷の問いかけに、ユキはさも当然のように「24日は開けといたよ、皆も恋人と過ごしたいだろうし」サンデー読者の8割を敵に回すのです。


 しかし、斯く言うユキさん自身にも恋人などいない―― というか、恋愛関係にあるのがジローとキョーコ以外にいないグループであることは重々承知の上でこの発言をブチかます辺り、自爆もいいところです。


 JKKの活動のためならば身を削ることすら厭わぬ辺り、ものすごい執念を感じます。何が彼女にそうさせるのでしょうか?


 その執念のせいで、内心24日に告るというプランを立てていたに違いない緑谷が計り知れないダメージを受けたその脇で、「きょ、今日このあと…時間取れない? ちょっと2人で話したいことあるんだけど」アキユキに悟られないようにジローに耳打ちするキョーコ。


 どうやらユキのトラップにむざむざと引っ掛かりに行くようですが、パーティが25日開催と聞いていたジローは24日には既に予定を入れていたのです。


 その言葉に衝撃を受け、青ざめながらその『予定』の詳細を尋ねるキョーコでしたが、聞いてみればなんと言うこともありません。サブローことクラウゼ・ウンチェンコ(13)の熱望もあり、東京に住む大貫シズエばーちゃんがご近所の皆さんと開くささやかなパーティにお呼ばれする、というのです。


 ―― この野郎、いつの間に彼女なんて作ってやがったんだ?あたし一筋じゃなかったのかッ?!


 瞬間的に芽生えたその怒りをこれまた瞬間的に萎ませ、胸を撫で下ろしたキョーコ。平べったい胸なので実に良く撫で落ちますが、東京からだから帰るのはどうあっても日付は変わるだろう、と続くジローの言葉には些かの拘りとともに「何とか今日中に帰れない?」頬を染めつつ切望するのです。


 その言葉を受けて参加したシズエばーちゃん主催のパーティですが、お年寄りの皆さんと無邪気に親睦を深めるサブローとは対照的に、キョーコの見せた表情に引っ掛かりを覚えたジローは喜ぶばーちゃん達とサブローの姿に満足はするものの、やはりどこか上の空。


 疑問の答えがどこにあるのかを理解出来ないまま、鬱々とした気持ちを抱え込むジローの耳に飛び込んでくるのは、賑わう街を不思議がるサブローとばーちゃん達の会話。


 正教徒故にクリスマスよりもイースターを重視しているのか、それとも苦理済ますは修行の日と、光覇明宗の偉いお坊さんに教えられた大首領に教え込まれたのかは判りませんが、サブローのその疑問にお年寄りは応えて言うのです。


「日本でイヴと言うと好きな人と過ごす日なのよー」


 ぶばっ!


 予想外の答えにジュースを吹き出すジローですが、言われてみたら挙動不審も頷けなくもない。


 胸中で膨らむキョーコの姿に、自身もまたあからさまに挙動不審になり、時計を見るジローですが、刻はかなりギリギリの7:30。


 ですがそこは気風のよさが売りのシズエばーちゃん。焦る気持ちでさらにテンパるジローを見るなり何が起こっているかを理解すると、「女の子のエスコートもできないのかい! そんなんじゃ立派な首領にはなれんばい!」どやしつけるかのような力強さでジローを送り出すのです。


 その言葉に後押しされ、実は自分が賭けの対象にされたことを知らないままキョーコの元へと向かうジロー。


 しかし、ジローに自然という名の巨大な難敵が立ちはだかります。


 12月24日は漫画界……特にラブコメ漫画ではほぼ100%の率を誇る雪の特異日!


 温暖化という言葉など関係ない、とばかりに街を白く染め上げる豪雪に交通機関は完全に麻痺してしまい、東京から出ることすらもままなりません。


 しかし、諦める、と言う言葉はジローにはありません。


 ラブの心を衝き動かされ、キョーコの下へ馳せ参じるべく走るジローは、雪に脚をとられてもなお立ち上がり―― そして、一つの手段を見つけるのです。


 ゴミの中に転がっていた前輪のない自転車を頼りに、前輪をオートマントで補って長い道のりを走り通したジローでしたが―― オートマントでカタパルトダッシュすればよくね?


 まぁ、姿勢制御が出来ないという難しさもあるかもしれませんが、それを差し引いてもスタックするロスの方がデカい方法を選んでようやく帰り着いたジローの目に映る渡家の窓には灯りはなく、ジローは間に合わなかった痛恨を悔いるのですが、二階の窓に向けていた視線を落としたジローの目に飛び込むのは、頭と綿入れに雪を積もらせたキョーコでした。


「いや… 雪がホラ、けっこう積もっちゃったでしょ? だからちょっと心配で外で待ってた」白い息を弾ませ、表情を明るくするキョーコに驚きつつも、自らの鼓動の高鳴りを感じるジロー。


「でもよかった… 間に合ってくれて…」


 その言葉に決定的に心を揺り動かされるジローが赤面しつつどう言葉をつなげようかやや逡巡し、そしてようやく覚悟を決めた矢先―― 「はい。 誕生日おめでとうジロー!」肩透かしが決まりました。


 誕生日が12月24日なので皆に忘れられるし、本人も忘れている―― そうニートに教えられたことで、自分だけでも『ジローの誕生日』をちゃんと祝ってやろうと思い立った、と赤面しながら告げるキョーコにさらに揺れ動くジローの心…………とちょっと待てニート!


 覚えてるのに祝わないとは酷すぎだろッ?!鬼かッ!?


 忘れてる方がまだよっぽどマシです。


 ともあれ、キョーコの方からの無意識プロポーズに照れ隠しのように喜ぶと、誤魔化すかのように玄関の扉を開けるジロー。


 その声はこの上なく弾んでいるのでした。


 が―― プレゼントとして貰った下町カイザー限定フィギュアには、フィギュア属性を持たないジローの折角上がったテンションは一気に現実レベルにまで引き下げられるのでした。




第92話◆秘めたる力


「あとは肉弾戦だ!捕まえるぞドロボーを!」


 25日のクリスマスパーティをすっ飛ばして、冬休みの渡家にやってきたのはアキユキの二人。


 藤木先生の得意技イベントブッチが地味に発動していることに打ちひしがれる読者の……そして、ユキがらみのイベントがすっ飛ばされてしまった緑谷の嘆きを華麗にスルーしてやってきた二人が訪ねたのはキョーコではなくてキョーコのオプションだかフィンファンネルことジローの方。


 この冬休みに学校に忍び込んでいる不審者がいるらしく、女子のユニフォームや部室に置いていた私物などの盗難が相次いでいる。どうにかならないだろうか―― 先生やら警察にでも頼んだ方がいいそんな依頼ですが、「むう、オレの縄張りで犯罪行為とは。 ふてェ野郎だ!しょっぴいてやらァ!!」アキユキの求めに応じてジローはあっさりと自らの勢力化にある学校を狙う不届き者の排除を誓うのです。


 しかし、ジローがやって来た時にも空き巣が入り込んでいたけど、その対策がなされていません。三葉ヶ岡高校のセキュリティはどうなっとるんだッ!!


 ジローが学校に仕掛けていた数々の侵入者撃退用トラップに頼り切っていたのかもしれませんが、ゲンとの一件もあってか現在機能を停止している模様です。


 まぁ、あのままだと新入生やら受験生やら外来客が敷地内に入ることも出来ませんので、キョーコにしばき倒されて取り外したのでしょうが、そのお陰で黒澤さんが校内に潜伏することが出来たと言うのはある意味皮肉な巡り会わせと言えるでしょう。


 一方、夜の校舎に戦闘スーツの動作チェック兼カビ・サビ・カツオブシムシの付着防止にやってきたのはその黒澤さん。


 携帯端末によく似た変身ブレスレットを装着し、閃光とともに戦闘服を纏った彼女は屋上から身を躍らせ、素軽い身ごなしで地面を蹴ると『コ』の字に近い形をした校舎の僅かな突起を足がかりに、自在に夜気を切り裂いて飛び回り、幾度か天地を往復した後に反対側の校舎の屋上に降り立ちます。


 戦闘スーツが可能にする常人では不可能なアクロバティックな動きに酔いしれ、正義の職についた快感を味わう黒澤さんでしたが、彼女の至福の時は唐突に終わりを告げます。


 ジローにキョーコ、そしてサブローというキルゼムオールの未来の幹部達が屋上にやってきたのです。


 突然やってきた三人の姿に驚きつつ、物陰から様子を伺う黒澤さんでしたが、そんな彼女に気付くことなく、キタカZ太陽と同じく範囲内からの人間の脱出を拒むフィールドを張り巡らせるアイテム『人間ホイホイ』を使用し、校舎に侵入するであろう変質者を捕らえるべく動くことを力強く宣言するジロー!


 ノリノリのサブローとは対照的に、今日捕まえることが出来なければ、明日、そしてあさってもそれから先も―― 捕まえることが出来るまで延々付き合わされる、と知って抗議するキョーコに、黒澤さんは彼らがやってきた理由とその状況を把握するのですが、本来ならば自分の任務であるのに、隠密故の哀しさでそれが適わないことを嘆き、そして気付いてしまいました。


 ―― このまま自分が捕まってしまっては、正義とバレてしまった上、ヒーロー職もクビになってしまう!!


 近所に正義として正式に採用される日を心待ちにしている草壁家の皆さんもいる以上、とっとと入れ替えられかねません。


 とはいえ、正義見習いと既にバレバレな上、いとも簡単に裏切りそうなシズカ抱えている草壁家をジローの監視に採用しても音速で交代されると思われます。


 正義の人材不足も深刻です。


 ともあれ、冷静になってまずは変身を解こうとする黒澤さんでしたが、スーツの着脱時に発する閃光はこの闇の中ではむしろバレる原因になりかねない、と製作チームの無駄にカッコよさを追求するスタンスを批判するのです。


 カッコよさ重視のどこがいけないッ!?


 こだわりのバカはさて置いて、いろんな意味合いで袋小路に追い詰められた黒澤さん改めギガブラックが次に選んだのは「叩き割れないですかね、このシールド…」インドアでありつつも武闘派ならではの案。


 しかし、割れたとしても次善の策があるかも知れない以上は無理は出来ません―― そう見越したことで、ギガブラックが選ぶ方策は、一つに絞られるのでした。


 その方策とは、校舎内を巡回するジローの持つアイテムを解除して脱出するという、実に武闘派らしいもの。


 自分と同じく闇に恐れを抱くキョーコは電源を落とせば簡単に無力化出来る以上、敵は実質ジローとサブローのみ。


 唐突に訪れた闇に、周辺警戒に入るサブローでしたが、実戦経験皆無のサブローの背後を取ることはギガブラックには朝飯前。


「雷神拳(ギガ・ボルト)!!」


 電撃を纏った拳の発する閃きに、サブローとギガブラックの姿が闇に照らし出されますが、それも一瞬。


 再び闇に溶け込んだギガブラックにオートマントの拳を放つジローでしたが、ジローのその一撃を難なく受け止めると伸びきった拳が引き戻されるより早く体を入れ替え、捻って投げる。


 オートマントを受け止められた衝撃に驚いていたジローにその投撃に対する備えはなく、棒立ちのまま床に叩きつけられたジローは目の前の闇に立つ不審者がただならぬ者―― 少なくとも一般人ではない、と言うことに気付きますが、その気付きに応じて動くより迅く、ギガブラックは先手を取るべく動いていました。


 近い将来キルゼムオールが復興した際に戦わなければならないのであれば、その時に備えて実力を測る―― 成り行きは唐突ではあれ、この機会をチャンスとして活かすことが出来る、と合理的に割り切ったギガブラックのその判断には迷いなどなく、『無力化して取り押さえる』という余計な加減を念頭に入れて後手に回ったジローの攻撃を多角的な体捌きで躱し、的確な打撃を叩き込む!


 苦し紛れに放たれたアッパーを余裕を持って躱すとともに、その大振りによって生じた隙を衝いて「雷神拳・槍(ギガ・ボルト・スピア)!!」八極拳を思わせる大地を踏みしめた低い重心から繰り出した強い、貫く一撃!


 まさに槍の如くにオートマントを容易く貫く電撃を帯びた拳の衝撃をモロに受け、呼吸を無理やり止められるジローに微かな落胆を覚えるギガブラック。


 しかし、落胆にも似た感想を抱いたギガブラックにとって予想外の事態が起こります。


 ごく弱い、しかし、それでもなお床面に傷をつけるほどの威力を持つ電撃の腕がキョーコの腕を一瞬掴んでいたのです。


 自らの放った攻撃の余波によって傷つけたくないキョーコを傷つけてしまった痛恨を悔いるギガブラックでしたが、その一瞬で、異変は起きていました。


 ジローの怒りを現すかのように振動するオートマント。


 止め具にボタン状に取り付けられていた二つの螺子が半ば解放されるとともにオートマントがジローの身体を鎧うかの様に巻きつき、ジローの矮躯を一回り大きなものに変えたかと思うと――貴様…キョーコに…何をする!!!」愛する者を傷つけられた怒りを乗せた一撃がギガブラックに向けて放たれました。


 本人は否定するかもしれませんが、どっからどう見ても相思相愛以外の何者でもないので弁解の余地はありません。


 ともあれ、愛の一撃を十字受けで受け止めはしたものの、衝撃を殺すことが出来ないまま教室のガラスを粉砕して吹き飛ばされたギガブラックは、たまたま教室に忍び込んで体操服を物色していた目出し帽の空き巣に直撃して教室の外へ。


 ギガブラックが吹き飛ばされたことで、何らかの仕掛けが解除されたのでしょうか、復旧した灯りが照らし出すオートマントの新たな機能に、アニメ・特撮好きの血を刺激されたキョーコは興奮気味に強化アーマーと化したオートマントについてジローに尋ねるのですが、ジロー自身もまた大首領に貰ったこのオートマントには謎の機能が多い、と強化アーマー機構が自身も始めて見る機能である、と応えるのです。




 なぞの…『なぞのキルゼムぶくろ』は標準装備ですよねっ?!





 ……失敬、『謎』という言葉に思わず反応してしまいました。


 今後もまたキョーコが絡むことによって発展するであろうオートマントの謎機能の数々はさて置いて、自らの身代わりになって捕まる事になった空き巣がサブローの得意技であるエビフライ縛りにされているであろうその影で、ジローの愛の一撃を受けたスーツの両腕部分を破壊されたギガブラック改め黒澤さんはジローがこれほどの力を隠していた、と誤認するとともに、来るであろうキルゼムオールとの全面対決に決意を新たにするのでしたが、「あれ?黒沢さん?」その決意はあっさり戦慄に変わります。

ヘルメットは外してはいるものの、両前腕部の壊れたスーツはそのまま。
 つまり顔バレした上、もみ消すこともままならない。


 シリアスなヒーロー気取って下手を打った自分の間抜けっぷりを後悔し、このどうしようもない状況をどう切り抜けようかと思索を巡らせる黒澤さんでしたがまさか黒沢さん……コスプレまで嗜むとはレベル高けェ」キョーコのポンコツっぷりは黒澤さんの予想を上回っていました。

いや、この場合は下回っていたかなぁ?
 大丈夫!あたし口固いから!何ならコスプレ仲間紹介しますよ!


 その声が校舎に虚しく響く中、黒澤さんは退くも地獄、進むも地獄の修羅の道を歩かされることを改めて自覚しているのでした。


 つか、確かに隠れオタのキョーコの口は固いかもしれませんが、コスプレイヤーを公言しているユキの口は死ぬほど軽いという事をキョーコは認識すべきです。


 無自覚に喋っちゃうからなぁ、ユキさん。


 あと、今気付いたけど『黒沢さん』って読みは変わらないだろうけど、漢字が違うのはどうなっているんでしょうか……本誌では『1−A』となっていたクラスが単行本では『1−4』となっていたあの過去を、創造主は繰り返すつもりなのでしょうかッ?!


第93話◆年越しナイト


「他の連中はどーした?」

 年も押し迫って大晦日!
 渡家も例外なく大掃除で一年の汚れを落として来たるべき新年に備えます。
 その脇で結局今年は就職出来なかった、とボヤくニートですが、就職出来ないのと、就活そのものを諦めるのとは大分違います。
 だったらハロワくらい行け、とポチにツッコミ入れられて逆ギレするニートですが、就職する気がまるで見えないニートをいつものことだから、とさながら諦めるかのように放置して、キョーコはジローとともにいつもの仲間達の待つ近所の神社へと向かいます。
 インドア派だったキョーコとは思えない行動ですが、それもこれもジローと出会ってからの二年近い時の流れがあってのこと。
 二年の月日は人は成長させるには充分です。
 …………去年はまだ就職しようとしていたニートはこの年の瀬になってすっかり堕落しきった姿を晒していますがッ!!
 ――二年の月日は人を堕落させるにも充分です。
 そんな堕落したニートに、おとーさんは無自覚に彼氏とか誘って行けばいいのに、とニート目掛けて剛速球のビーンボールを放りまが、外に出ることがない自宅警備員に出会いなど存在しようもありません。
 まぁ、アキユキと同じく何よりもキョーコとジローをくっつけることを優先している様は何度も目撃されていることもあって、恋愛経験は豊富なのだろう、と勘違いされているのかもしれませんが……毎日家で三杯目のご飯を丼で摂っている時点で彼氏などいないことは容易に類推されることです。
 そんなこんながありまして、『いつもどんぶりめし』―― もとい!JKKのメンバーであるアキユキにFCの皆さんに緑谷の妹・花子さんを加えたメンバーで、二年参りと初日の出を拝むため、やって来ました近所の神社。
 人出の多さにブチ切れたジローが早速アイテムを使って真っ先に参拝しようとしますが、年越しくらいはまったりいこう、という赤城会長の提案もあって、年明けとともに落ち合う場所を決めた上で、それぞれ一時間足らずの旧年を楽しみます。
 アキとキョーコが見つけたコロッケの屋台に心惹かれるものの、小遣いの少なさとのせめぎあいで葛藤するジロー。
 団子を頬張るユキに年明け公演を心配する花さん。
 参道をうろつく青黄村の後ろで恋愛運を占うおみくじに心を鷲掴みにされる緑谷。
 ゴリラの腕相撲マシーンにアキの姿を見た赤城会長と、それに激昂するアキ。
 それぞれが好き勝手に楽しむ中、ジローはふと気付きます。
 キョーコに赤城会長、そしてアキユキと花子さんがいない、ということに。
 そして、ジローがその事実に気付いたのと時を同じくして、キョーコと花子さんを従えてアメリカンドッグを頬張るユキ、そしてゴリラ扱いされた腕力で赤城会長をベコボコに叩きのめしているうちに何時の間にか参道から外れていたアキもまた仲間とはぐれたことに気付いてしまいます。
 女子分の枯渇に取り乱す黄村に、「願いは合格のみ」と断言していたはずの青木もまた女子分を一人占めしている赤城会長の姿を幻視して嫉妬に荒れ狂って収拾がつきません。 
 ジローがこの場を収めるために協力を仰ごうとした緑谷もまた「ハナ――!? まさか悪い人に連れてかれたんじゃー!?」妹魂の魂を全開にして既にポンコツと化しており、すっかり役立たず。
 『悪い人』扱いされない悪のエリートのプライドはひそかに傷ついていいと思われますが、パニックに陥ったポンコツ一同を引率せねばならない運命に……主に女の匂いに釣られて見ず知らずの女子の一団を付け回そうとする黄村に翻弄されてはそれもままなりません。
 ジローが翻弄される運命にただただ力なく立ち尽くしていたその頃、キョーコ達のグループは、ユキの提案で「そりゃあ もう 好きな人とか 片っぱしから 語って」人目を憚ることなく強引にガールズトーク展開に入ろうとしていました。
 いつものようにあからさまにキョーコをピンポイントで狙っての強引な展開に、いい加減飽き飽きしてきた観のあるキョーコは目を吊り上げてその展開を拒みますが、「あ、あのっ… 渡先輩って阿久野先輩の彼女なんですか!?」この展開に初めて放り込まれた花さんにはキョーコの拒否の意図は通じませんでした。
 ユキのみを警戒していたところで脇から奇襲を喰らったことでキョーコが動揺したところでカメラは赤城会長とアキの下へと移ります。
 何かと気になる相手と二人きり、という状況にいたたまれなくなったアキは「……! 走ろうぜ!」自らの気持ちを誤魔化すかのように唐突に宣言するとともに、「みんなと一緒に年越ししたいじゃん!走ろうぜよ!」赤城会長の制止の言葉を聞くことなくジロー達漢衆の待つ集合場所へと駆け出すのですが、振袖と塗り下駄という自らの今の姿を考えずに行動に移したアキの行動はあまりにも浅はかでした。
 辛うじて転びはしなかったものの、走るには向かない格好で急に駆け出したこともあって脚を挫いてしまった上、履き慣れない塗り下駄の鼻緒を切ってしまったのです。
 和装が珍しくない時代ならば手拭い一つで直すことも出来たでしょうが、生憎現代は洋装中心。『日本の気候には革靴よりも下駄だ!』と言い切った永井荷風と違って洋装に下駄を合わせるという発想はおろか、下駄そのものにも慣れていない世代ということもあり、直すと言う発想自体が湧かない赤城会長が取った手段は
「ほれ」
 ごく自然に自らの背を貸すことでした。
 下心の一つもなく、ただただ『仲間達と一緒に年越ししたい』という気持ちを汲んで自らの背を貸そうとする赤城会長に一旦は断ろうとするアキでしたが、お前陸上部だろ。足痛めてどうする。 たまには先輩に従っとけ!」続いたこの言葉に、「え、えろいことすんなよ?」最早従う以外ありませんでした。
 ですが、和装慣れしていない世代ゆえの落とし穴は下駄に留まりませんでした。
 おぶろうとしても、おいそれと脚を開くことが出来ないのです。
 多少の着崩れなら簡単に直せるならば話は別ですが、仲間を頼ろうにもダメ人間だったりドジっ娘だったり、お代官ごっこやりそうでならないコスプレイヤーだったりなので頼りにならないどころかむしろ悪化させるだろうことは明白ですし、当然一人で着付けなど出来るはずもありません。
 その事実を踏まえ、アキは決死の思いで自らの乙女回路を全開にして言うのです。
「お…お姫様だっ…こ…とか…
 アキさん、完全に墜ちました!!
 何だか主人公カップルがいつまでも先頭でモタついている大外から、猛烈な勢いでマクってきたという感じが素晴らしいです。
 ユキもピンポイント爆撃している暇があれば、別の場所で火がついたもう一つの恋心にも注目するがいいと思われます。
 ですが、拙サイトでの象徴色を赤系からピンクに変化させることになったアキの決死の思いと反比例するか細い言葉は、「こんなとこにいたのかお前ら――!!」あっさりジローに掻き消されました。
 耳まで真っ赤にして振り絞った言葉をなかったことにされたアキとは対照的に、足りなかったマンパワーを補充することが出来た安堵で「おお、阿久野!ナイスタイミング、中津川が足を痛めてな!」表情を明るくする赤城会長。
 本心ではぶっ飛ばしたいところでしょうが、この赤城会長の言動はまったく私心が無い100%善意の産物なので、アキも怒るわけにもいきません。
 私心入りまくりでキョーコに食い下がって追求を続けるユキも赤木会長を見習わなければ、逆ギレされてしまうのではなかろーかと老婆心を感じずにはいられません。。
 何はともあれ、さながら材木のように肩にアキを担いでカウントダウンの進む参道を待ち合わせ場所として指定していた大鳥居目掛けてひた走る二人。
 はぐれたままのキョーコ達にも格好の道標となった命綱代わりのオートマントは、さながらジローが結んだ絆の如くに仲間達を引き寄せて――――
!!! !!!
 歓喜の笑顔を爆発させるのです。
 乙女回路が不発に終わった約一名の涙もありはしましたがそれはそれで自分達らしいこと。
 どこかのヘタレ社長にカイゼルヒゲ生やしたかのような神主の醸し出す厳かな雰囲気も吹き飛ばすような大騒ぎが自分達には似合ってる。
 その大騒ぎを聞きつけてバイト巫女やら百合属性持ちの正義の味方やらメイドロボも駆けつけて、彼らの新年の幕開けはいつものように元気に、派手に彩られるのでした。

第94話◆みんなの冬休み


「もう引退になるのだが――」


 週末と連休が重なって、ちょっと長めでお得感が溢れる冬休みの最終日、ギガブラックこと黒澤アキラさんは悩んでいました。


 監視対象である阿久野ジローの計り知れない潜在能力はやはり驚異。


 どうにか追加の情報を手に入れて解析を進めないと、と焦燥を感じつつポテチをぱくり。


 本気で気を揉んでいるのか怪しくなりましたが、これでも正義なだけあって真面目にジロー対策を考えていることには違いありません。


 しかし、そんな彼女の焦る気持ちを押しのけるようにして携帯電話のコールに響いたその時、ジロー対策への思いはとりあえず半分削ぎ落とされるのでした。


 なぜならそれはカラオケへのお誘いの電話!


 猫目でありながらも犬ミミ犬シッポを出すほどの懐きっぷりと流石の国家のわんこっぷりを見せ付けて、一も二もなく呼び出しの場所であるカラオケFUJISAWAへとやってきた黒澤さんでしたが、二人っきりでカラオケだと思っていた黒澤さんの期待を木っ端微塵に打ち砕くかのように、ボックスにいたのはてなわけで。冬休みも最終日―― ジロー・キョーコ夫妻といつもの仲間達。


 期待と違う、と謝罪とやり直しを要求しようとした黒澤さんでしたが、黒澤さんをコスプレイヤー属性も併せ持つ濃度の高いオタクだと思い込んでいるキョーコにしてみたら、趣味の合う友達が多いからきっと打ち解けることは間違いない、と見込んでのこと。


 キョーコの信頼、そしてキョーコから話を聞いてすっかり乗り気のユキや青黄村の期待の眼差し、そして、ジローの監視、という目的もあっては、断ることは出来ませんでした。


 『すみませんがみなさん、この場を利用させてもらいます…!』それもこれも任務のため―― ちくりと痛む心を自己欺瞞で誤魔化して、黒澤さんは心にギガブラックの仮面を纏うのです。


 しかし、黒澤さんは忘れていました。


「あなたとほ〜 こおえたい〜 ねはんんんんんんん ごぉえええ!」


 ―― 自分の流されやすい性質、と言うものを。


 一人カラオケという緑谷とも共通しそうな趣味で鍛えた小節を回し、絶賛されつつも一同の涙を誘ったところでようやく自分が隠密の立場を忘れて遊び呆けている、という現状に気付き、黒澤さんがすっかり『残念だけど面白い人』というキョーコの友人ならではの認識をされてしまったその時、赤城会長もまた本来の用件を思い出します。


 二年間と言う長きに渡って生徒会長職に就いていた赤城会長。しかし、卒業、そしてそれに伴う任期満了は避けられません。


 進学、そしてゆくゆくは弁護士へ、と言う夢を持っている以上、だったら留年すればよかろうもん、という悪魔の誘いには乗ることなどハナから考えておらず、必然的に三学期になれば代替わりの選挙が行われることになるのです。


 そこで赤城会長は本題に入ります。


「阿久野 お前、生徒会長やらないか?」


 お前ならおもしろいと思う―― この面白い集団の中心に立つジローという一つのカリスマがあれば、面白い三葉ヶ岡高校を作ることが出来る、と見込んでの赤城会長の事実上の禅譲に、彼と同じくジローと言う特異なキャラクターによって結び付けられた仲間達もまた、面白そうだから、と協力することを誓います。


 ですが、悪に属するものにむざむざと権力を渡す、という黒澤さんを戦慄させるその申し出を、しかしジローは断ります。


「確かにおもしろそうな話だが、それは無理だ。 オレはいつまでここにいれるのかわからんのだぞ?」


 黒澤さんにとっては意外な展開でしたが、ジロー、そしてキョーコ達ジローの仲間にとってその答えは必然でした。


 モラトリアムの終わりまではあとわずか。


 組織の復興が為されるその時がくれば、ジローは慣れ親しんだ仲間達の下を離れ、キルゼムオールを継ぐために遠く九州・大牟田の地へと帰らなければならないのです。


 既にジローにメロメロのキョーコに暗い影を落とすその一点がある以上、任期を途中で放り出すことになり、迷惑を掛けるだけになる――だからこそ、赤城会長の申し出を断るジローでしたが、フム。 相変わらず物を知らんヤツめ!」その程度の問題は赤城会長の明晰な頭脳には織り込み済みでした。


 そして、問題が生じることが判っている以上、それに対する手段もまた周到に準備出来るのです。


「そーゆー時のために副会長がいるのだ! で、渡くんを副会長にしとけばコスプレとかもさせられて一石二鳥――!」


 ただし、その手段については人権と言うか、キョーコの自由意志は存在しませんでした。


 とはいえ、ジローが会長になるのであれば、凸凹おしどり夫婦としてキョーコが副会長になるのはほぼ確定的。


「いや、コスプレならユキとか黒澤さんとかいるしそっちにしてよ!」という言葉も「ジ、ジローさんが会長でしたら わ…私が副…を…!」という立候補者の意志も無視して押し流すのは間違いありません―― というか、ノリのいい三葉ヶ岡高校の皆さんのことです。どつき夫婦漫才見れるから、という理由でセットで当選させそうです。




 ……いや、基本は立候補者を優先するだろ、こういった生徒会の役職は。




 嫌がらせでの推薦と組織票で通されるケースもあるんじゃなかろうか、という懸念が出てきましたが、後のことは仲間に託すことが出来、どうとでもすることが可能――ならば、ジローはただ残された短い時間で出来ることを自分なりにやればいい!


 この時点では会長票は黄村への、副会長票はシズカへのそれぞれ一票を除けば、ほぼ満場一致でジローとキョーコへ票が流れるという超無風状態での投票結果もほぼ見えていることもあり、あとはジローがこの申し出を受けるのみ。


 こうまでお膳立てされては、ジローは首を横に振るわけにはいきません。


 照れ隠しのように頬をひと掻きし、「…フン、仕方ないな…!」ジローは立候補の申し出を受諾するのです。


 ですが、赤城会長の『ジロー会長・キョーコ副会長』という計画には根本的な問題があります。


「キョーコちゃんはウチの嫁だから!」とニートがジローをそそのかして強奪させる可能性がかなりの率であるのです。


 というか、そういったひと悶着があるに決まってます。


 心当たりとか、期待がないとは言わせません!


 判ってるのかそこのJKK!?特にニートとレイヤー!!


 ともあれ、次に盛り上がるネタを見つけてさらに盛り上がる楽しい時はすぐに過ぎ去り、いつもよりも少しだけ長い冬休みも夕焼け空に飲み込まれ、明日からやってくる日常という名の現実に立ち向かうべくそれぞれの家路に就く一同。


 組織の復興、そして、ジローとの別れの時が近い―― という情報を仕入れた黒澤さんもまた、川縁の道を歩いて拠点としてあてがわれたマンションへと戻るのです。


 その脳裏に去来するのは、この任務、そしてキョーコと言う縁によって生まれた新たな絆。


 か細い、しかし、確かに存在するこの絆に思いを馳せて、かつて某爆発の仙術使いと某水の仙術使いとが戦った場所にあまりによく似たガード下を通り抜け、三葉ヶ丘高校生の男女とすれ違った黒澤さんは、『その時』が来るまで、



 ――しばらくそっとしておいてもいいのかも…


 そう思った矢先にかけられた


「へェ、しばらくそっとしておくのかー。 さすが正義の味方、やさしいなー」


 刃のように冷たい青黒い殺気混じりの言葉!


 心を完全に見透かされて、刃とともに肩越しに突きつけられたその言葉に戦慄し、振り返る黒澤さんでしたが、彼女が振り返ったその時、言葉の主は彼女の視界に影一つ残すことはありませんでした。


「おお!?さすがの反応!はえーはえー!」


 再び背後を取られた、と言う事実を認識させる言葉が、明らかな嘲弄とともに投げかけられたその時――


 掌中に見えない珠を握り込んだかのように微かに握られた拳が黒澤さんの脇腹に添えられ



 震脚!



 見えない珠を握りこんだ拳は卵を握り潰すかのようにあっけなく閉じられ―― 半ば開いた拳との間に生まれた数センチにも満たないその空間で放たれた冷勁は、スーツを纏ってはいないとはいえ、鍛えられた正義の味方であるはずの黒澤さんことギガブラックの肺腑をその衝撃で容易く貫くのです。


 呼吸が止まり、混濁する意識の中でギガブラックが見たものは、先ほどすれ違った三葉ヶ岡高校の制服。


 気配を感じさせることなくギガブラックを屠り去ったことを誇るでもなく、むしろ任務外の行動に至った原因を作った刃の如き殺気を放った男を責めるショートヘアーの娘は、一切の温度を感じさせることない冷たい瞳と口調をそれ以上倒れ伏す正義の味方に向けることなく、任務のみに傾注するのです。


 止めを刺すまでもない、とばかりに軽い口調でその娘―― 大神という名の発勁使いの強さを称えると、「ん!そんじゃま任務を開始しますかね」糸のような目を嗤う形に留めた刃の男もまた、愉しみを以って任務へと向かいます。


 その任務の先にあるものは、ギガブラックが倒されたことを不思議な直感で感じ取ったジロー。


 『その時』は―― モラトリアムの崩壊の瞬間は、意外にも早く、音もなく、無慈悲に忍び寄ろうとしているのでした。


第95話◆転入生2人


「お祭りはいいよー? 日常を壊してくれる」


 三年生には本格的な受験シーズンの訪れを告げる三学期!


 だと言うのに三年生に登校を強いるという三葉ヶ岡高校のスパルタンな校風に、少しばかり理不尽さを感じつつ登校した赤木会長と青木が校門をくぐるなり見たものは、「清き!清き一票をお願いする!」いつもの綺麗どころを従えて選挙演説に熱を入れるジローでした。


「私が当選した暁には!えー… このキョーコがコスプレを…」「するかっ!」早速入れ知恵されたマニュフェストは光の速さで叩き潰されはしたものの、選挙民の間でも知れ渡っているどつき夫婦漫才によるアピールも上々。自作の当選ダルマも用意して、準備万端です。


 しかし、この努力も許可がなければ選挙違反で水の泡。というより明らかに無免なのに選挙カー乗り付けて演説している辺りは選挙違反以前の問題です


 いくら赤城会長にいいようにされている……もとい、リベラルな校風とはいえ、大らか過ぎるにもほどがあります。


 赤城会長の脅し文句が聞いたのか、許可を取りに2mを超える巨大ダルマと選挙カーをその場に置いて、慌てて許可を取りに藤田先生の下へと向かったジローでしたが、「選挙の受付はクラス会議の後だ」相変わらずのスルー力でジローをあしらった藤田先生の後ろには見慣れない生徒の姿。


 銀髪に笑みの形に閉じられた糸目という特徴をへらへらと掴みどころのない表情を見せるその生徒はジロー達のクラスに転入してきた来栖曜


 名もなき女性陣の人気を早速わしづかんだ来栖ですが、ジローとの関係がすっかり出来上がりきっている上、乙型に影響されて対ジローパッシブソナーを搭載したと思われるキョーコは、早速そのソナーによってHRで紹介されている来栖がジローに対して向ける視線に気付きます。


 ただ、取り付けたばかり、ということもあってか視線の理由を『マントつけてて目立つから』と理解するのです。


 ソナーの感度が優れていても、受け取る側が自分の感情で曲解していてはどうにもなりません。モテモテ王国を樹立しているジローの正妻としては、もうちょっと発想を腐らせて夫が薔薇路線に走る危険性を危惧するべきです。

 まぁ、今(2011年1月現在)のサンデーでは薔薇・男の娘路線を前面に押し出している作品が飽和状態といってもいいので、その方向に走っては連載面で問題が有りまくるためスルーすることにしますが、HRも無事に終わっての休み時間。
 隣のクラスからやってきた緑谷とシズカを交え、アキユキキョーコはそれぞれのクラスにやってきた転入生二人の話題で盛り上がろうとするのですが、「ええい、転校生の話題はいい!ジローさんを映せ!!」とその場の空気を読まずに要求するシズカに応じてキョーコが指差すのは女子が作った黒山の人だかり。


 早速ネームレスキャラによるモテモテ王国を設立に動き出した来栖が、ジローと黄村に続いて会長候補に立候補したこともあって、赤城会長からの会長選のルール説明の場が唐突に混迷を迎え始めたのです。


「会長になれば友達できるかなーと」という理由で転入するなり立候補した来栖に、ハーレム作るために、と言う理由で立候補した黄村は非難の声を上げますが、会長が副会長以下の役員の任命権を持つ上、拒否権もないというシステムは正直どうよと思います。


 うまく回ればカリスマとブレーンの両輪が噛み合ったチームが出来るかもしれませんが、黄村のような不届き者が出ることも考えると、あまりにリスクが大きく思えてなりません。何この独裁システムと言わんばかりに会長強権持ちすぎです。


 そりゃ赤城会長も好き勝手やりますし、轟副会長も殺意持ってもおかしくありません。


 そして、この独裁システムに潜り込む一歩を刻んだことに満足そうにほくそ笑む来栖は、次の休み時間の屋上で緑谷らのクラスに転入した大神ちゃんに情報交換がてら叱責を受けつつも、「大丈夫、わかってるさ。 正義も悪もまとめて排除。 それが我らの役目…だろ?」自らの役目自体を忘れたわけではありませんでした。


 ジローにサブロー、シズカに黒澤さん……そして顔自体は隠されてはいたものの、ほぼ間違いなくキョーコ以外の何者でもない人物を写した五葉の写真を示しつつ、一切の感情を示さない大神ちゃんとは対照的に、歪んだ『楽』の感情のみをその表情に浮かべ、


「せっかくのお祭りだ。オレらでも盛り上げないと」


 殺気とともに右手を突き出す来栖。


 治療で遅れたのでしょう、遅刻して校門をくぐったばかりの黒澤さんにもはっきりと認識出来る黝い刃の如き殺気は蟠り、遠く離れた位置で鋭い爪を伴った黒い手となって顕れるのです。


 TRPGに興味を示した創造主へのアピールも込みで例えるとすれば、ダブルクロスRPGのバロールかオルクス、もしくは3rdで追加された新シンドロームのウロボロスを思わせるその漆黒の右手はジローと並んで階段を下りる黄村の背後を音もなく進み、「お祭りって昔、生贄とか必要だったよね?」来栖の歪んだ悦楽とともに黄村の背を押すのです。


 何の予兆もなく落下を開始した黄村に慌てつつもオートマントの手を伸ばして助けようとするジローでしたが、未だその場に残った闇色の手はそれを許さず、黒い右手に掴まれた分だけ伸びを欠いたオートマントは寸でのところで黄村の背中を掴み損ねます。


 間に合わず、壁に叩きつけられそうになる黄村でしたが、頭から壁にダイブするという惨事は息を切らせて駆けつけた黒澤さんによって避けられました。


 ―― まさか… 民間人を狙うとは…! 私を襲った以上、悪の人かと思いましたが…


 正義、そして悪という両極とは別の、危険すぎる存在がこの学校に入り込んでいる――この事実に戦慄し、故障を抱えた自らにどこまで守ることが出来るかを危惧する黒澤さん改めギガブラックの焦燥を嘲笑うかのような気楽さで、候補者の一人を排除出来なかった、という失敗をあっけらかんと受け止める来栖。


 その実力、そして闇はあまりに深く、底知れず。


まァいいか!チャンスは何度でもあるし。次はもっとハデにいこう。 この学校がひっくり返るくらい! いやー楽しみだな――!」


 いかなる犠牲も厭わぬ底なしの闇の顎は、営々と築き上げられてきた楽園を貪欲に飲み込もうとさらに色濃く拡がるのでした。




 しかし、来栖&大神の二人が正義でも悪でもないとすると、何になるのでしょう?


1.国連の密命を受けた特命高校生

2.闇使いの仙術使いとそのサポート役のはぐれこわしやコンビ
3.影が薄くなったことを嘆いた某財閥グループの跡取りの御つきの黒子隊の中の人達



 …………大穴で3だったらスゲェ!




第96話◆黒澤の告白


「私とあなたは敵同士。それを承知でお願いがあります」


 医務室で黒澤さんに下された診断結果は肋骨の骨折。
 重い結果に歯噛みする黒澤さんを病院に送るよう手配するために保険の先生が医務室を後にし、残る当事者の一人である黄村も黒澤さんの急を告げるためにキョーコの下へと走ったこともあって、医務室に残るのはジローと黒澤さんだけ。
 本来の目的を考えれば、敵同士。
 しかし、この場所を、この場所で得た愛すべき人達を大切に思う気持ちには正義も悪もない―――― 意を決した黒澤さんは、ついに口を開きます。
「私は極東方面第三分隊“ギガレンジャー”所属 「ギガブラック」。 正義の人間です
 かつて変態扱いされたジローに対して黒澤さんが改めて明かした事実。ジローが戸惑うのも無理からぬことではありますが、単純に正義を狙う悪の者と違い、民間人であっても容赦なく手にかける許されざる輩がこの学校に入り込んでいる、という動かしがたい事実からくる黒澤さん…いえ、ギガブラックの決断はあまりに重いもの。
 そのような輩相手に民間人を守ろうにも、傷ついた今の身体では自分の身を盾することすらおぼつかない―― それ故に、本来ならば敵であるはずのジローにすがって三葉ヶ岡高校を守って欲しい、と、監視対象者に機密を漏洩させたことで任務を解かれる可能性も省みずに頭を下げて持ちかけるギガブラック。
「冗談ではない…!正義の人間などと手が組めるか!」悪の人間としては当然の返答に、予測はしていたとはいえ、ギガブラックは項垂れるます。
だが――同じ生徒としての頼みならば聞かざるを得ん。 ここは我々の学校だからな」
 ここにいるのは正義も悪もない、三葉ヶ岡高校の生徒・黒澤アキラ―― その頼みとあっては断る道理もない、という実にツンデレた返答は、ギガブラック改め黒澤さんの項垂れた顔を引き上げるには充分でした。
 ジローと言う人間の本質に触れた黒澤さんが表情を明るくしたその時、医務室に飛び込んできたのは黄村に話を聞いたキョーコ達。
「きっ…黄村が「黒澤さんをキズモノにしちゃった」とか言ってたけど…!」「イタズラされちゃったの?」
 意図的に情報を歪められていましたが、存外に大丈夫そうなこともあって安堵するキョーコに応えるかのように「おい そこのでぶ」黒澤さんは殺意込みのツッコミを入れるのですが―― 『黄村氏』から『そこのでぶ』へと降格されたはずの黄村にとって、罵倒はただのご褒美でしかありません。
 黒澤さんは世界の広さを知るがよかろうと……いや、変な世界の深淵覗く羽目になるからやっぱりいいや。
 ともあれ、転落への一歩を踏み外さずに済んだ黒澤さんは、キョーコ達に黒澤さんの正体を秘したジローの思いやりと、その思いやりによって結成された正義と悪との協同戦線に一筋の希望を見出して病院へと向かうのですが、翌朝になって後悔することになります。
 ジローとともに黒澤さんを待っていたのは、やたら気合の入ったシズカと時代をふた昔ばかり勘違いしたヤンキーに似たサングラスと木刀を携えたサブロー。
 多分絶対木刀の銘は『風林火山』です。
 正義見習いなのにのっけから賄賂を贈ろうとするシズカも含めてこの増援に不安を感じる黒澤さんですが、リーダーであるジローが選挙活動を同時に進めなければならない以上、数の力は何よりの助け。
 まずは敵の存在を確認しなければ話にならない、とジローの号令一下、索敵に乗り出した一同―― しかし、それを屋上から見下ろす来栖はあくまで余裕。
 正義と悪が手を組んだ、と言う事態にも笑顔の仮面は揺るぎません。
でも――オレを止められるかな?」
 呟きとともに湧き上がった殺気の渦が目に見えぬ刃を生み出し、選挙戦の最有力候補と目されている6組の大泉純一郎くん(17・現生徒会書記)が熱弁を振るう櫓を切り裂く。
 赤城会長が好き勝手やってきた生徒会を支えてきた、と言う実績と自負を武器に、「この学校を変える」と息巻いて会長選に臨んだ大泉くんですが、土台そのものが切り刻まれてはどうしようもありません。
 ジローのマントが金属パイプで組まれた櫓を、シズカが大泉くんをキャッチして、怪我人を出さないように奮闘するのですが、その努力を嘲笑うかのように、更なる殺気の刃は石破茂子さんやポッポ山由紀夫くんの櫓を切り倒すとともに、助けてくれたシズカを口説きにかかった大泉くんの野望を、対処するために本人がポイ捨てされることであっさり潰えさせるのです。
 『射程:視界 対象:範囲(選択)』と、TRPGサイトならではの解説をしたくてたまらなくなる具現化した殺気の刃でジロー達を翻弄する来栖でしたが、その闇色に蟠る殺気を纏った来栖の背後に、二つの影が音もなく駆け寄りました。
 瞬斬二閃。
 余裕の笑みを残したままとはいえ、辛うじてそれを躱した来栖の前に立ったのは、「あんたやね?あの殺気の源は? 真っ黒でよく見えんけど… 好きにはさせんばい!」大首領にその資質を見出されたクラウゼ・ウンチェンコこと金髪忍者阿久野サブロー!
 事件の現場ではなく、まず見晴らしのいい場所を押さえることこそが戦いの鉄則。
 流石は他国と地続きの国出身です。周辺の国から攻め込まれるという実例がほとんどなかった日本人とは違う世界で生きてきただけあって、訓練された正規の兵士の活躍などではなく、狙撃兵の狙撃と民兵の火付狼藉、そしてあちこちに仕掛けられた地雷による、薄汚く、一方的な殺戮の連鎖によるもの、という戦争の本質をよく理解しています。
 その経験から逸早く正体不明の敵を見つけることが出来たサブローは首元に結わえた布を口元へと引き上げ、闇を纏った敵相手へと手にした苦無で斬りかかる!
 その斬撃を殺気を固めた闇の手で受け止め、防ぎ、「目的は何ね!? 民間人に手を出すとか!超迷惑ばい!!」怒りと憤りを帯びたサブローの気勢ごといなしつつ、闇のヴェールの向こうで被った仮面とは別種の笑顔を浮かべた来栖は、サブローの真っ直ぐな怒りを嘲笑うかのように言うのです。
「古いね。正義も悪も。もう古いシステムだ」
 時代遅れな善悪二極の体制を嘲笑い、その邪魔な存在を排除するためにやってきたことを述べると、屋上の縁から宙へと身を躍らせる来栖に、折角見つけることが出来た厄介な相手を距離をとられて逃がす愚を犯すわけには行かない、と慌てて追いかけるサブロー。
 しかし、闇を纏った相手を追いかけて飛び出したサブローの腹を衝撃が打ち抜きます。
 思いもかけない方向からの攻撃に、一瞬見たのは壁に垂直に立つ見知らぬ女生徒の姿。
 その足元にある磁性を帯びた力場を作り出すスリッパは、強烈な震脚にも耐える剛性を併せ持つオーバーテクノロジーの産物か。
 重力に引き寄せられて地面へと自由落下を開始しながらも、咄嗟に反撃するサブローでしたが、その右手を一顰の差で躱した大神ちゃんはすれ違いざまに肘の追い討ちによる二撃目を叩き込むとともに、サブローの落下速度を加速させることで地表による三撃目を止めとするのです。
 そこに植え込みが無ければ死は免れないであろうサブローを冷たく見下ろし、サブロー相手に遊んでいた来栖を責める大神ちゃんでしたが、癒え辛い故障を抱えているとはいえ、止めを確認しないで黒澤さんを放っておいたり、今もこうしてサブローの状態を確認しない辺り、大神ちゃんの詰めの甘さも相当なものです。
 その詰めの甘さ故に、サブローにヒントとなる一枚の布か紙かを握られていたことに気付かない来栖達は、もう一つの過ちに気付くこともありませんでした。
どこのどいつか知らんが…オレを怒らせるとは……いい度胸だ!
 仲間と認めた相手を傷つけられたジローに怒りの火が灯る。
 選挙戦は、暗闘の場を経て……珍しくシリアス展開での全面対決へと加速していくのでした。



 しかし、あの二人もオーバーテク持ちというのは予想外でした。
 というか、来栖の殺気の具象化も異能力というよりはオートマントと同系統のオーバーテクの産物なのかも知れません。
 だとすると、先週挙げた【3.影が薄くなったことを嘆いた某財閥グループの跡取りの御つきの黒子隊の中の人達】というのも無い話ではないかもしれません。


 こうまでバカ殿様こと九条が出てこないのも怪しい話かもしれませんし。






 ……やっぱりねぇよな。


第97話◆会長選挙当日


「私に考えがあります」


 隠密の任務中である黒澤さんに傅くシズカ。実に年功序列の縦社会である正義らしい光景です。
 …………でも、正義の大先輩であるイナゴを食べるのはどうかと思うんだ、縦社会的に言って。
 と、そのように扉では馬鹿をやってはおりますが、そんな扉の展開とは対照的にサブローを傷つけられて、ジローが激しく怒りに燃えると言う激しいシリアスな流れ。
 しかし、黒澤さんは今にも駆け出しそうなジローを制すると、極めて冷静に現状を確認します。
 斃されたサブローの手に握られているのはジロー達の写真。
 キョーコと思しき写真がないのは伏線ですが(断定)、サブローが敵から奪取した四枚の写真には正義と悪それぞれの関係者が写っており、『敵』が善悪ノーマルの区別なく無差別に生徒に危害を加えようとしているのではなく、正義と悪こそを標的としていることは明白。
 むしろ黄村や大泉くん達民間人を狙うことによって、善悪両陣営を誘き出そうとしているのではないか、と推論立てる黒澤さんに、そのような輩など逆にひねり潰してくれる、と息巻くジローでしたが、黒澤さんはさらにジローを制すると言います。
 こちらの各個撃破こそが相手の目的である以上、先走ってはサブローの二の舞であること。
 単独で詰め寄ることが出来ても、待ち構えている、と言うアドバンテージがある敵にこそ状況は味方すること。
 しかし、敵の実像が掴めなかった頃ならばいざ知らず、こうして相手の狙いが判った今ならば策はある―― 黒澤さんはそう言うとジロー達にその策を披露するのです。

 * * *

 そして二週間後、いよいよ選挙の当日

┏━━━━━━━━━━━━┓ ∧_∧  1/22 三葉5限 体育館
┃第○○回生徒会長選挙(GI)..┃(´∀` )<16歳以上(校内)オープン 別定 発走15:35
┣━┯━┯━━━━━━━━┻○━○━┯━━━━┓
┃  │  │アクノジロー        [牡17]|(2-7)藤田┃○:ネームドキャラ推薦
┃  │  │フンデクレキムラ     . [牡17]|(2-7)藤田┃×:神の声を聞く男
┃  │  │Bイトメクルス       [牡17]|(2-7)藤田┃◎:女子人気絶大
┗━┷━┷━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┛



 ここまで絞った

 と、思わず競馬バカっぷりを発揮する読者はいいとしますが、7人だった立候補者はこの選挙期間中に3人にまで減っていました。

 怪我人そのものはジローらによってゼロで済んだものの、選挙活動中の候補者に原因不明の事故が多発し、『呪われた会長選』と謳われるに至った異常事態に候補者が櫛の歯が抜けるかの如くに次々と立候補を取りやめたのです。
 先々週には2−4だったジロー達三人のクラスが2−7に変わっているという異常事態もその一環でしょう。
 しかもコミックスでは変わっている可能性が大です。
 迷信など信じない黄村はそのような理由で権力とハーレムを諦める人達を小心者、と嘲笑うのですが、相手が実体持ってたら途端に失禁して謝るヘタレだと知っているアキは黄村を勇気ある者だ、と評する来栖の意見に「そいつはバカなだけだ」と訂正するのです。
 そんな騒がしい控え室でしたが、その中にあってジローは一人静かに腕組みをするのみ。
 らしくない夫の態度に気付いたキョーコはジローに早速問い質すのですが、ジローは「ん?いや…ちょっとな」言葉少なに誤魔化します。
 言葉を濁したジローの態度をいつものチキンぶりを発揮した、とみなした黄村はますます一人勝ちを確信するのですが、ジローのチキンぶりはキョーコ絡みでないと発動しないもの。
 そして、ジローの纏った雰囲気がいつもの臆病風やら虚勢やらとは一味違うことはキョーコは既に百も承知でした。
 しかし、シリアス慣れしていないが故にキョーコにすらもその正体が理解出来ない雰囲気を纏ったまま、ジローは芸能人らしいMC慣れっぷりを発揮するみのりの呼び出しに意気揚々と控え室を出る黄村を見送ると、黒澤さんの『策』を反芻しつつ静かに『その時』を待ちます。
 民間人に危害が及ぶことを恐れ、こちらが動くことこそが相手の狙い。
 それは裏返して言えばすなわち民間人への攻撃はあくまで陽動であり、こちらが注意して防御に専念さえすれば民間人に危害が及ぶことはないということ。
 あえて動かずにされるがままにさせて置けばいい。
 正義としてそれはどうよ、というツッコミを入れたくはなりましたが、相手の殺意がこちらに向けられており、民間人への被害がない、ということが担保されているのであれば、黒澤さんのこの策は確かに有効。
 ましてやさあ動け、とばかりにつつき続けるということは、早く動いて欲しい、と相手が焦れていることの証明。
 その意図に乗ることなく、専守防衛に務めていればチャンスは来る。
 例えば、周囲に他に誰もいない―― 今この刻のような状況のような、仕掛けるには格好のタイミングが……。

「いやーもうすぐ出番かー! いやキンチョーするねー!」
 内心の緊張をほぐすかのように、静かに腕を組むジローにそう話しかける来栖。
 その言葉に対してジローは落ち着いて口を開くとともに、全てが決まる刻が来たことを噛み締めるかのように応じると、前会長直々の指名である以上、負けるつもりはないことを自信とともに語り、続けます。
まァこの学校のためならば、たとえ会長になれなくとも――迷惑な輩は取り締まるがな」
――交錯する黒白の拳!――

 放出される殺気に気づいた黒澤さんとシズカが会場となっている体育館を離れる様をキョーコが微かに不審に思ったその時、さながらそろそろ正体を現せと弄うかのようなジローの言葉に堪りかねたかのように放った殺意の拳と、それまで耐えに耐え抜いたことで圧縮された怒りとともに爆発させるかのように繰り出したオートマントの拳とが絡み合い、有形無形の腕が拮抗する中、自らの正体がジローに筒抜けであったことを理解した来栖はしかし余裕の笑みを崩すことなく「なーんだ バレてたのか。 いやー残念!」さほど残念とも思えぬ口調で応じます。
 そりゃただでさえ転校してきたと同時に事件が発生、という時点で怪しまれる可能性が出ると言うのに、候補者の中で唯一狙われていない、となるとあからさまに怪しすぎです。
 新機軸の推理小説でもない限りは疑われるのが当然でしょう。
 せめてアリバイ確保のために被害を受けるふりだけはした方がいいと思います。
 不定形の拳の軋みをBGMに、善悪二極の両者を狙う理由を問い質すジローに応えて曰く「新しい体制の構築…かな
 民間人を狙わない、叩きのめし、場合によってはキルゼムオールのように壊滅させても結局は殺すまではせずに結果痛み分けに終わったり、むざむざと再起のチャンスを与える、挙句の果てには見習いだから、復興中だから、と互いの芽を見逃す――そのようなぬるさを持つ正義と悪をけなし、力ある人間によって世界を構築することが目的であることを宣言するとともに、新たな殺気の腕を生み出して拮抗状態にある戦況を叩き潰そうとする来栖。
 しかし、この拮抗がいつでも崩せるものである、ということはジローにしても同じでした。
「なめられたものだな。 この代償は高くつくぞ」拮抗状態にある無数の腕ごと来栖を持ち上げてその狙いを崩し、「オレは今、怒っているからな!!」怒りとともに来栖を壁へと叩きつける!
 しかし、来栖の強すぎる――具現化して物理的な破壊力すらも有するほどの――殺気に紛れてジローの背後を取ったのは、殺気はもちろん、一切の感情すらも排したかのような女子生徒の姿。
 それが来栖の相方である大神、という名の女子生徒であることを認識するよりも早くオートマントの拳を振るうジローでしたが、その巨大な拳を受け止めたのは殺気の腕で壁への直撃を免れた来栖。
 捩じ上げられ、無理矢理に変えられたオートマントの拳が通るはずだった軌道を通って間合いを侵略する大神ちゃん。
 シズカ、そして黒澤さんがようやく控え室へと辿り着いたその時には「遅い」ジローの左脇腹に添えられた拳は力場を纏い「撃・重崩」放たれるのです……って、仙術使いかよッ!!
 案の定ではありましたが、どうせなら特命高校生の方がよかったなぁ。
 つか、大神ちゃんは重力使いということでもあったようです。
 その辺りから見ると、藤木先生が興味を持ったTRPGは、かなりの率でダブルクロスと思われます。
 アニメ化した作品ということでナイトウィザードか、NWと同じく声優出演率の高さと今回のエピソードで殺意をフィーチャーしている点からしてアリアンロッドかと思ってたのですが……今度藤木先生のブログコメントで問い質してみよっと。
 それはそうとDXなら2ndで宜しければ拙サイトは身一つで大丈夫です。人数が揃えばいつでもセッション出来ますので、セッションチャットにいらしてください。
 え?3rd?
 あれだけの分量を打ち込む時間はありませんッ!!ここの文章書くだけでも都合三日分の時間は使う奴が文庫本二冊分の打ち込みなんてしてたら、完成する前に4thが出てしまいます
 GS美神RPGやら我聞RPGやらの基本ルール作成もしたいのです。
 メインコンテンツの宣伝はさて置きますが、重力系の仙術使いと思しき大神ちゃんの至近距離からの一撃がジローを捉え―― ようとした矢先のことでした。
 オートマントの拳の軌道を曲げたお返しとばかりに、大神ちゃんの腕の軌道をジローから逸らしたのは黒澤さんの二本の脚。
 幅跳びの要領で一瞬に5mほどの間合いを侵略し、過たずに上腕部を捉えると零距離の軌道を体重とスピードを乗せて逸らしたかと思うと、後ろにいた上に万全ではない、と思っていたのであろうシズカが驚きの声を上げたその瞬間に「やはり2人組でしたか」大神ちゃんの腕を両足首を絡めてフックする。
 圧倒的な気配と虚無を思わせる零の気配のコンビによるカムフラージュがもたらすコンボ―― 一度は敗れ、サブローも屠ったそのコンボも、一度受けたからには予測は充分!ですがそのコンボは―― すでに見切りました!!」二度喰らうものではない、とばかりに体を捻って投げ落とす!!
 現役正義の意地を見せ、借りを返した黒澤さんですが、負傷を抱えている上、変身もしていない今の状態では「……今のは痛かった」決定的なダメージには程遠い。
 決定的なダメージを受けてはいないというのは来栖も同じ。
いやいややられちゃったねェ。 まァでも―― オレの演説の出番までに、全員撃破すれば問題なし、と」
 空虚な笑顔はそのままに、しかし言葉には更なる殺意を忍ばせて、その身に纏う殺気の鎧は闇の焔か、悪魔の腕か。
 ついに正面から対峙する仙術使い(推定)二人を相手にするには、見習いでは流石に荷が勝ちすぎる。
 悪のエリートと現役正義はこの底知れぬ敵にいかなる力を以って立ち向かうのか―― 人知れぬ域で行われる戦いが、火蓋を切ろうとしているのでした。



 ……でも、ジローの発言からすると黄村の棚ボタ当選あるんじゃね?!
 ジロー、来栖がダブルK.O.でリタイア⇒棚ボタ当選⇒やりたい放題やりすぎてリコール…………ありえるな

第98話◆2対2


「だから本気で… やるまでだ!」


 マニフェストとして『大和撫子』を揚げることで主に男子の支持を集める黄村!
 女子票を来栖に掻っ攫われていることを念頭に入れてのこの公約に、聴衆のボルテージは高まりますが、「いや でも黄村じゃなー」知り合いからは散々です。
 つか、どうやって女子の強い時代を変えることが出来るのか、具体的な案を見せてからでなければその政権公約も虚しいものになると言うのは今(2011年2月現在)の政権与党の体たらくを見ても明らかです。
 第一、ドMの黄村のことです……その乙女にしようとする強い女子連中の反撃食らってハァハァする未来予想図が目に浮かびます。
 つか、拒否られてもむしろご褒美にしかならないからなぁ、黄村の場合。
 しかし、高まる熱狂もシズカや黒澤さんが席を離れる様を見てしまったキョーコの耳には遠く聞こえます。
 この熱狂の裏で何かが起こっている―― しかし、その事態がいったい何なのか、想像するだけしか出来ないもどかしさにキョーコが表情に影を落としたその時、あの國生さんですらも逃れることが出来なかったアジられたら即ジークという我聞時代からの藤木世界の法則に則っての、ジーク撫子の声を受けつつ、暗闘は新たな局面を迎えるのです。
 ……やっぱ心配、ここの生徒達ッ!?群集心理的な意味合いでッ!!
 正体不明の相手に先手を打って全力で攻撃を仕掛けるジロー。しかし、機先を制して放たれた渾身のドリルキックは来栖の前に展開された盾によって止められます。
 その身を覆う黒色の霧を模した変幻自在の殺意のヴェールは腕を思わせる形のみならず、《シールドクリエイト》《フォームチェンジ》その他もろもろを組み合わせたかのような(TRPG&藤木ファンサイト要素)強固な盾にも、鉄をも切り裂く硬度を誇るオートマントを容易く撃ち貫く無数の弾丸にも変化し、「オレの力は殺気を形にして操ること。 さあ何分もつかな?」ジローを打ちのめします。
 今度は《ペネトレイト》か……やっぱりモルフェウスシンドローム持ちのようです。
 貫通性の高さを持ちながら、インパクトの瞬間には打撃に変わる―― 簡単に殺すのではなく、歴然とした力の差を見せ付けるために弄るかように無数の弾丸を叩き込む来栖に、向けて黒澤さんも動こうとします。
 しかし、その一歩目を制するのは「お前の相手は私だ」一閃の裏拳。
 躱しざまに水面蹴りを打ち、大神ちゃんの脚を払う黒澤さんは、脇腹を貫く痛みを噛み殺し、体を捻りつつ続けて左足で崩したところを追い討とうとするのですが、左足にはただ空を切る感触。
 驚愕に目を見開く黒澤さんが見たものは、「私はどこでも足場にすることができる」中空に作り出した力場に立つ大神ちゃん。
 重力、そして空間を味方につけた立体的な戦法は現役の正義である黒澤さんを容易く翻弄し格闘術では…私は無敵だ」容赦なく折れた肋に膝を突き刺す大神ちゃん。
 こちらはどうやら重力制御と同時に飛行状態になることが出来るエフェクトも持っているようです。やはりバロールシンドロームは確定でしょう。
 エフェクトやらシンドロームやらが判らない方は拙サイトのメインコンテンツのはずのRPGの部屋内の一室Room of 『Double+Cross』にいらして下さい。
 特に、ある程度ですがシンドロームについての簡単な解説をしているコラム〜『スキルとタイプとエフェクトと』〜シンドロームと役割についてをご覧頂ければよろしいかと思われます(宣伝)。
 唐突に入れた宣伝はさて置いて、さながら楽しむかのような余裕を見せて一方的に打ち据え続け、無傷のままでジローをぼろぼろにし尽くした来栖の、元々科学者だから、という言葉に、情け容赦なく黒澤さんの傷を狙い、一度は不覚を取った相手を完膚なきまでに屠り去った大神ちゃんは所詮はたかが知れた旧体制の者に過ぎない、と応じ……興味なさげに残る標的を来栖に任せます。
「さて あとは―― キミで終わりかな」視線の先には、憧れの存在であるジローと黒澤さんを一方的に痛めつけられた事実に驚愕し、立ち尽くすばかりのシズカの姿。
 右腕に蟠る殺意は無数の弾丸と化し、「これでお掃除終了――!」過たず着弾―― したかに思えましたが、動かない勝利を実感していた来栖達、そして動けない自分に歯噛みするしかなかった黒澤さんにとって予想外の事態が起きていました。
 もうもうと立ち込める塵埃の向こうに見えるぼろぼろのマントを纏った赤毛。
 改造学生服と同じく既にズタボロの身体を盾に、「ウチの連中に手出しはさせん…! ここはオレの学校だ…!」シズカの身を守り通したジローの言葉に応じ、「貴様らなぞの…」襟首に配されたリベットが反転する。
 今更何が出来る―― と言わんばかりの傲慢な油断を衝くかのように、破れ、大穴を穿たれたオートマントが翼を思わせるかのように長大に変容したかと思うと「好きに…させるか…!」ジローの四肢に巻きつき、その身を鎧う強化スーツと化す!
 怒りに任せ、正面から殴りかかるジローの拳を咄嗟にガードした来栖すらも驚愕させるその一撃は、ガードに使用した殺意の盾をも粉砕し、控え室の壁に大穴を開けるほどの威力――って、ガードしてもノックバックで大ダメージ食らうだろ、これ?
 オートマントの変化、そして、そこから来るジローにすらも予測不能な威力に、業界十指に入ると称されるオートマントのポテンシャルを十全として使いこなしていない、と言う事実を見出したのでしょう、「だったらこっちも… 本気でいかせてもらうよ!」来栖はこれまでのものとは比べ物にはならない規模と密度の殺気を拳に纏わせて――。
 未だ使いこなせていないながらも、手にした力を使わねば全てを喪うことになる―― その覚悟を胸と拳に秘め「ぐっ…しぶといやつめ…! ならば…」ジローは残る力を振り絞って――。
 両雄は正面からぶつかるッ!!
 しかし、最後の一撃を叩き込もうとした二人の間に立つ影一つ。
「何やってんのよあんたらはっ!!!」
 妙な音と胸騒ぎに居ても立ってもいられずにやってきたら、案の定の面倒ごと――ジローで既に慣れたとはいえ、場所柄を無視して破壊の渦を生み出す来栖にも「事と次第じゃぶっとばすわよ」正面切って啖呵を切るキョーコに気勢を削がれ、騒ぎを聞きつけた人が増えたこともあり、来栖と大神ちゃんは来栖の生み出した闇色の殺気に紛れてその場を去るのです。
 後に残されたのは、ボロボロになったジローと黒澤さん。
 何が起こったのか―― 黒澤さんの正体も含めて、秘密を明らかにすべきか否か……シズカは逡巡するばかりなのでした。
 そして何より、会長選は本当に黄村の不戦勝に終わったのか否か―― リコールの行方も含めて、気になるばかりなのでした

第99話◆仲間



完成間近の東京スカイツリー。
 いつぞやの東京見物の時と違って塔の上には作業者の影もなく、闇を払いのける地上の光もここまでは届かない。
 闇を引き立てる満月の銀光が照らすそこに佇む影は三つ。 何かを待つように立つその影たちの声なき声に応えるかのように闇が濃度を増し、「やーっと来たわね」「遅かったですな 来栖くん、大神さん」漆黒の闇の中から二つの人影が現れる。
 遅刻を詫びつつ闇を纏って降り立った来栖に、正義と悪が揃っていたとはいえ、排除に二週間もかかったことを責め、自分達はその日のうちに標的を片付けたことを自慢気に述べるのは、短めの髪を左右に分け束ねたありさという少女。
「撃破したのは私ですが?」「うっさい、黙ってろ木下」
 ……って、キノピーじゃねーかッ!?
 『元々は“木下くん”という名前の少年執事でした』という、昔神が降臨なされた某所のチャットで明かした初期設定がここにきて日の目を見ました。
 つか、あの幻のキノピー剣法さみだれの太刀振るうんじゃねーだろうな、このじじい執事!?
 だとしたら尻尾振って喜んでやるぞ、俺はッ!!
 唐突にわんこと化す読者はいいとしますが、ありさとキノピー、そしてもう一人の覆面の……何と言いましょうか、変態という言葉以外思い浮かばない目玉柄の覆面を被った、敵対勢力を三日で屠ったことを誇るでもなく淡々と語る変態男に来栖、大神の二人を加えた五人はそれぞれがどれだけの正義と悪を排除したかの結果報告と情報交換を行います。
 一方その頃、手痛い敗北を喫し、気を失っていたジローも目を覚ましますが、目を覚ましたそこで見たものは愛すべき学び舎と憎むべき敵の姿ではなく、見慣れぬ白い壁とカーテン、そしてともに戦った正義の姿。
 病院、と言う黒澤さんの一言に、ジローに去来するのは痛みとともにせり上がってくる敗北の実感。
 執拗に痛めつけられた結果、大ダメージを受けたジローに加え、黒澤さんも二週間でくっついたアバラを狙われたことで粉砕骨折という重傷を負っており、治癒には相当の時間がかかることは言うまでもない―― その悔しさに唇を噛み、どれくらいの間眠っていたかを問うジローに、黒澤さんは変身ブレスレットでもある携帯端末を操作しつつ、ジローと自分がほぼ丸一日寝ていたこと、その一日で学校に存在していた記録の一切を消されており、追跡の手がかりを掴むことは出来ないことを告げるのです。
 キョーコの一喝で水入りとなったとはいえ、実際は正体不明の敵にいいようにあしらわれての完敗という、揺るがし難い重い事実は彼らの気持ちに粘りつくように取り付き、焦燥感を駆り立てます。
 しかし、その焦燥感を「なーんか新しい世界をつくる、とか言ってみたいね?」一変させる声が響きます。
 扉を開けて病室へと入ってきたのは「「ザ・フリーダム」!」シズカから無理矢理黒澤さんの正体について聞き出したニートでした。
 ニートとはいえ流石は元幹部。正義の下っ端と引きこもり気味な悪の科学者では到底知りえない情報を噂程度、と前置きしつつも明かす彼女の口から飛び出すのは、正義と悪を徹底的に嫌う過激な第三勢力の「真世界(ネビロス)という名前とその善悪二極とはまったく異なる立ち位置。
 これまで日本ではその活動は少なかったものの、活動の範囲は全世界に及び、正義と悪を潰すためなら直接のみならず、互いを潰し合わせたり民間人を巻き込むことも厭わないこの組織が割り込んできた以上、ジローが取るべき道は二つ―― 民間人を巻き込まない、と言う信条を持つ悪の人間らしく、皆を巻き込まないように学校を辞めて立ち去る道か…………って、どこが悪ッ!?
 ですが、エーコがジローに示したツッコミ所に満ちたその選択肢に揺れるジローは、都合六人のチョップによって叩き潰されました。
 アキユキにファンクラブ、そしてチョップこそしなかったものの、弱音を吐く夫に喝を入れることについては黙認したキョーコが雪崩れ込み、一気に密度と熱気が増した病室で、ジローを傷つけた敵を撃退する力になることを宣言する彼ら。
 驚きながらも危険を理由にその申し出を拒否しようとする黒澤さんですが、生憎この場に揃っている『民間人』は奸智に長けたりむしろ製作者よりも巧くアイテムの性能を引き出しているブラックシノノメだったりと一筋縄ではいかない連中ばかり。
 真っ向勝負は無理でも、ジローのアイテム使って罠を張るなどして立ち回れば、充分にかき回すことは可能―― なにより、標的になっているのはジローや黒澤さん、そしてその仲間の集う自分達の学校。ならば自分たちで守るのがスジと言うもの!!
 仲間達……そして何よりキョーコのその言葉に、ジローにこみ上げてくる力強い感情。
 ならばもう大丈夫だ!「よかろう!ならばともに守るぞ、学校を! われわれの日常を!!そう言わんばかりに高らかに宣言するジローに、応じる仲間達。
 喧騒の中、約束を守れなかったことを詫びるジローに、赤城会長は身体を張って学校を―― この場に集う仲間を護ったことを称えるのですが、そうなると、結局生徒会長には誰が座るのか、という疑問がジローの中に持ち上がります。もちろん読者的には決定事項ですが、むしろその次の流れが当たるかどうかが気になるところです。

 リコールされたらおいしいだろうなぁ?(にやり)

 ともあれ、そのような仲間に恵まれたジローに安堵したのか、エーコは一人屋上へ。
 賑やかな場にいない、ということにすらも気付かないほどに盛り上がる病室の雰囲気を確認すると、「そんじゃま久々に――」狙いを定め―― 「お姉さんも本気出させてもらいますか」『もう一つの選択肢』に移るべく、猫眼の瞳を見開いたエーコは金色に光るオーラを纏うのです。
 ……って、ニートが本気出したよ!ニートなのにッ!?
 『明日から本気出す』というエーコの精神こそがニートの売りだというのに……もしかして、『明日』が来ちゃったんでしょうか?!
 それまで培ったキャラクターを翻し、両膝のバネを撓め、解放したニート改めエーコの跳躍は空気の壁を易々と突き破り、衝撃波による空震で病室の窓ガラスを盛大に揺らすと、目標の位置まで一飛びで飛んでいくのです。
 なんかここまで来ると、実はキルゼム砲の生体ユニットという新設定が生えてきそうです。
 キルゼム砲も漫才中には空気読んで砲撃しなかったし、エーコも地球の丸み関係なしに遭難してたジロー達の位置掴んでたし、ありえそうで困ります
 ともあれ、音速超えてやってきた先は件のスカイツリー。
 指導者であるアバドンの理想郷を創り出すため、という目的のために善悪両極の組織を潰そうとしている『真世界』のびっくり人間達にも少なからぬ驚きをもたらした正義と悪とが手を組んだ、という事実、そして、自らの能力をも上回る破壊力を示したジローのオートマントに好戦的な興味を示す来栖ですが、そんな来栖を戦闘バカと断じ、アバドンの理想のためにも一日も早く目的を達することをダブルポニーの少女は訴えるのです。
 どうやらこのありさ、という少女、任務一途、という部分では大神ちゃんと共通するものの、基本的に無感情な大神ちゃんと違って、『アバドン様大好き』という余計な感情を持ち込みまくっているようです。
 実によく挑発に乗ってくれそうです。
 黄村のセクハラじみた陽動に思い切りよく引っ掛かってくれる姿が、今からもう目に浮かびます。
 そして、そのような性質だからこそ「何か来る、よけろ」――ほら、巻き込まれた。
 ありさも西南西の方角から飛来したUMAに跳ね飛ばされながらも反撃するのですが、生憎相手は通常の計りを大きく離れた不思議生物。投げつけられたナイフを容易く二本の指で受け止めると、熱烈な歓迎を心から喜んで受け流すのです(全裸で)
 悪の勢力の中でも厄介な存在、ということもあり、対処を後回しにしていたザ・フリーダムの方からやってきた、という事実に驚きはするものの、順序が変わっただけの話、とばかりに弛緩した空気を引き締め、各々身構える真世界の一同ではありましたが、そのようなシリアスな空気を前にして、不思議生物はシリアスモードを維持したままの状態で『もう一つの選択肢』を明らかにするのです。
「1か月。 1か月後に江ノ島沖の孤島で勝負よ!ジロー達が負けたらそっちの好きにするがいいさー!」
 その『もう一つの選択肢』とは、期限を区切ってこちらから討って出ること。
どうせ完膚なきまでに打ちのめすためにもう一度仕掛けに来る、というのであれば、小細工抜きでぶつかればいい。
 その一方的な宣告に、「ハッ!別に勝手に襲うしー!」それはあくまでそちらの都合、こっちはこっちで自分達のやりたいように襲う、と返すありさでしたが、
「プフー!ひょっとして怖いのーん?」そこはニートの交渉術が一枚上手でした。

 まともに相手しちゃ駄目だ――――ッ!!(一同大爆笑)



 思わず心の中のトラン・セプターを呼び起こしてしまいましたが、もちろんダイナストカバル極東支部長の改造人間がツッコミ入れた時には既に手遅れ。
 宣告など無視するのが常道。しかし、「あ?」強さに自信を持つが故に挑発に乗せられ、殺意とともに返してしまった時点でペースは完全にエーコのもの。
 手玉に取られ、一方的に了承の言質を取られてしまったことに地団駄踏むありさに、すっかりしてやられてしまったことで『ザ・フリーダム』の通り名の確かさを思い知らされたキノピー。
 ですが、来栖はむしろその状況を楽しむばかり。
 全力で叩きのめす機会が出来たこと。
 自分の想像を上回るポテンシャルを持つ相手の全力を引き出し、完膚なきまでに叩き潰せる、という歪んだ悦びを煮詰めるには、一ヶ月という時はむしろ短すぎるほど。
 来栖が一日千秋の想いでその日が来ることを待ちわびるその一方で、自分自身もまた悪の関係者と思われていたことを知らされたキョーコもまた、ジロー達と同じく一ヶ月というごく短い期間での強化訓練を余儀なくされるのでした。


戻る