キルゼムオール・レポート16
「もうすぐセンターかー」「早いねー」
乙型を救い、無事に新年を迎えた一同は、みんな揃って初詣。
すっかりハブられるのが定番になった青木がこのままフェイドアウトするのかと思うと、涙を禁じ得ない――
ことはさらさらありませんが、一部を除けば二週間後にはセンター試験を控えてるというのに初詣とは随分と余裕が――――
「いや、さすがに中津川のヤツ、志望校までギリギリでな」「胃がいてェ」「ボクも当日の実技が不安で…」
ありませんでしたね。
とはいえ、二年の夏にはアフター・ザ・カーニバルを開催していたあのアキが体育学科とはいえ、赤城の大学の合格圏内までギリギリとはいえ辛うじて引っ掛かる域まで到達していたこと自体が驚きです。
赤城、本気と書いてマジと読むくらい優秀です。
あと、のほほんと構えてはいますが、ギリギリまで進路を決めてなかったキョーコもどこの大学に行くつもりなのか、問い質してやりたいところです。
恐らくは大学進学しつつ、実家に帰ったジローともイチャラブりたいのでしょうが、大牟田には三池高専はあっても大学はなかったはずです――荒尾かどこかに短大はあったような気はしますが、専門学校だったような記憶もあります。
仕事で大牟田方面に行ってたのもかなり昔になるので、曖昧です。
そんな記憶力の欠如著しい読者はいいとしますが、
「もっとお賽銭はずむべき?」諦めるにはあまりにも支払った努力も掛ける想いも大きいとあっては、多少の出費も惜しんではいられないとばかりに、更なる出費で神の気を引こうとするアキですが――
地獄の沙汰も金次第というんだ、それはッ!?(一同爆笑)
ですが、合格を金で買おうとするアキの愚行は、
「そんなみなさんに朗☆報!!」横から掛けたシズカによって未然に防がれました。
この神社で巫女のバイトをしているので、と現れたシズカですが、巫女装束の上下だけならまだしも、千早まで羽織って幣を手にしている辺り、バイトと言いつつも案外高い地位を任されているようです。
「実はこの神社、どんな願いも叶うと言われているスポットがあるんですよー!」それ故に手にした情報を教える上、
「どうです!?やってみませんか!?今ならタダです!」独断で値引きまで出来る時点で、主任クラスとして扱われているではなかろうかと思えてなりません。もしかすると、バイトで草壁家の財政を支えているゲンよりも稼いでいるかも知れません。
というか、少なくとも可過分所得に関しては間違いなくシズカの方が多いと思われます。ジローにコロッケ100個作ろうとしてたし。
草壁家の財政事情についてはさて置きますが、『どんな願いでも叶う』という実にアバウトな御利益に、流石に胡散臭いと訝しむキョーコ達でしたが、室町時代に身分違いの若者二人が結ばれたという伝説がある、というシズカの説明にあっさり釣られてしまいます。
伝説と聞いて逆に眉唾物と受け取った黒澤さんは極めて常識的な対応をしたことは言うまでもありません。
ただ、周囲にいるのが非常識人ばかりなだけです。
なお、俺がGMだったら
「確かに結ばれはしたさ。化け物の腹の中で一つになってね」という展開に持っていくので、大抵PLに読み切られます。
という訳で、警戒するものの、周囲のテンションに押し切られてしまう黒澤さんを差し置いて、盛り上がる一同がアミダで作った組み合わせは合計六つの――赤城とアキ、緑谷とユキといったいい雰囲気のカップル二組と、出オチ担当の黄村とサブローというある種の作為を伴っていそうな組み合わせを含む二人一組。
ですが、接点の殆どないルナと大神ちゃんやジローと黒澤さん、キョーコと乙型という組み合わせになっている辺り、その作為は小さいようです。
実を言うと、二人一組という時点で
シズカがクジに細工をしてジローとペアになるだろうと思っていました申し訳ありませんでした!!
まぁ、シズカは不参加ということなので、どの組み合わせになろうとジローを追跡するためにあえて参加しないという道を選んだという可能性も極めて高いのですが――今さらジロー夫妻はクローズアップする必要もないという神の意図に導かれ、赤城とアキは10分の滝行という試練に立ち向かいます。
ですが、
「あっほぅ!?」流石に一月の山の水は冷たく、さっさと滝に打たれればいい、と軽い気持ちで流れに足を踏み入れたアキは、冷たさを通り越した、身を切るような痛さによって一歩目で心折れそうになるのです。
しかし、赤城は意を決したかのように雄叫びを上げると滝壺へと歩を進め、
「ぐあああっ!?ちべたっ!?たしかにやばい… …だが!」打ち合う歯の根を食いしばるとともに、降りかかる水で下げられた視線を力づくで引き上げて
「これでお前が合格するならお安い御用だっ!! うおおおおおおー!」言い切るのです。
赤城の見せる真剣な眼差しに、さらに惚れ直したアキもまた意を決して滝壺へと歩み寄るとともに、本来の目的であるはずの合格ではなく、赤城と深い仲になることを願いそうになる自分を感じつつ、二人並んで滝に打たれる――――のですが、染み入るような冷たさに対抗するかのように高まる体温が、同時に赤城の存在が徐々に大きくなることによっても高まっていることを無意識に感じるアキは、傍らに立つ赤城の口元が邪悪に歪んだことに気付いていませんでした。
そして何より、赤城が外したはずの眼鏡をはめ直していることに気付く余裕などあるはずもないのでした。
10分を過ぎても滝から離れることない赤城を訝しみつつ
「どうした?終わったぞ。行こうぜ――」声を掛けるアキですが、赤城はその声を退けてアキに先に行くよう促します。
真っ青な顔になりながらも滝に打たれ続けるという赤城に、自分の合格のためにそこまで身体を張る必要はない、と止めようとするアキでしたが、赤城にはその声を退けるだけの理由がありました。
その理由とは――アキの背後から降り注ぐ透明な冬の陽光。
雑味のない冬の空気によってクリアに届く光は水に濡れた白装束をさらに透かし、
「この角度だと、とてもいい感じに透けるので――」赤城の目にはほぼ半裸と言っても過言ではないアキの肢体が映るのです。
お務めご苦労様です、アキさんッ!!(思わず敬語)
ですが、思わず口に出してしまったことで、サービスタイムは終わりの時を迎え、願い事が叶うか否かは判らないまま赤城はアッパーで宙に舞うのでした。
* * *
一方、アキがお勤めを果たしたその頃、大神ちゃんとルナはその試練の場となる洞穴を前に立っていました。
松明はあるものの、洞穴の闇は深く、
「やだなァお化け出そーだ… なァ大神?」おいちょっと待てヴァンパイア?
ヴァンパイアなのにオバケを怖がってどーするというのでしょう。
どうやらヴァンパイアな割にルナには暗視能力はない模様です。
その上、そんなヘタレヴァンパイアに追い打ちをかけるかのように、水を向けられても大神ちゃんはシカトするばかり。
苦手な相手と組むことになった内心の動揺を悟られまいと、
「な、なーなー お前は何をお願いするんだ?」悪の首領の端くれとしてのプライドを揺り起こして
「私は組織の復興か、ジローのゲットか、蚊取り線香の克服だ!」ルナは大神ちゃんに必死に話しかけるのですが、
「お前はアレか?えーと…ネ…ロス? ネ…エロス?とかいう組織の復興か?」些か空回り気味に繰り返される質問に返ってきたのは、
ネロスだとハイパー銀色の脚スペシャルじゃねーか、というツッコミ――ではなく、苛立つような殺気を孕んだ視線。
再びヘタれたルナにとって、やっと返ってきた大神ちゃんの言葉は
「吸血野郎が、騒がしいな… 少し…だまらせるか」さらに追い打ちとなったのでしょう、ルナは願いも何もかも放り投げて逃げようとするのですが――その両肩は何者かに掴みあげられ、ルナの小柄な身体は自らの意思とは無関係に宙に浮くのです。
見上げたルナが見たのは、翼長2mを超える巨大なコウモリ。
獲物にありついた喜びに輝く黒々とした瞳と、長い牙を持つ口を大きく開いたその様からも、吸血コウモリであることをありありと伺わせる相手に、ルナは動揺しつつも自らが吸血鬼であることをアピールするのですが、吸血コウモリの腹具合はルナの交渉を許すことはありません。
ですが、血を吸われることで支配力を変えられるという事態は、同じく交渉の余地を微塵も持つことのない大神ちゃんの拳によって未然に防がれました。
なお、吸血鬼が血を吸われて支配力が変わるというのは古いサンデー読者にしか判らないネタだと思いますので、興味を持った平成生まれの良い子の皆さんは『GS美神極楽大作戦!!』をご覧ください。
何はともあれ、
「すまん。お前が吸血鬼だということを忘れていた。いらぬ誤解をさせてしまったようだ」紛らわしい自らの言動で混乱させてしまったことで、
2.0に版上げされると共に捕獲攻撃がなくなったことで弱体化した感は否めないジャイアントバット(TRPGサイト要素)に危うく攫われるところだったルナに対して、
「私はどうも不器用でな。特に年下の扱いには慣れてない。 だからその…なんだ… 悪かった」不器用なりに詫びを入れる大神ちゃん。
その素直クールっぷりに、
素直ではあるけどクールではないルナは自分にない魅力を感じたのでしょう。
「ねーさーん!!」ルナは大神ちゃんに一生ついていく程の心酔っぷりを見せるのです。
てっきりドラキュリアは新生キルゼムオールに吸収合併されるのかと思っていましたが、この展開になると、大神ちゃんや来栖を加入させて再興する道も見えてきたようです。特に来栖の力は闇の眷族っぽい能力ですし。
ともあれ、懐かれて驚きと照れはあるものの、悪い気はしないことには変わりなく、“甘い物食べたい”という
別に神頼みにしなくても叶う願いを大神ちゃんは、大量のバナナと引き替えに氣を使った蚊取り線香の克服法を伝授する約束を取り付けたルナを従えて、洞穴の出口へと向かうのです。
* * *
そして前半戦のオチ担当は黄村とサブロー。
「天空」試練と銘打たれたそこは、崖に渡された幅20〜30cmの吊り橋を後ろを見ずに渡りきるというシンプルイズベストな課題。
本当にこれでありとあらゆる願いが実現出来るのかと思うと、神のハードルの低さにちょっとクレームを入れたくなります。
俺でなくとも、普通のGMであれば多分絶対にクライマックスフェイズで特大の試練を用意するところです。
しかし、このような楽な課題でも、油断が足元を掬うのは世の倣い。
「………なんでオレモテねーんだろー?」「………ツラじゃなかとですか?」盛り上がりに欠けるコンビとステージをどうにか明るく乗り切ろうと、雑談混じりに一本橋を渡る二人ではありましたが、
「いや、それはねーわ。 超美形だし!オレ!」慢心と増長を続ける黄村の足元を、無謀の精霊は見逃しませんでした。
女共の目をよくする――俺は悪くないという自信に満ち溢れた願いをサブローがウザがったその直後、事件は起こります。
「そういやここの試練ってなんだっけ? あ」
言葉を残して落下する黄村。しかし、ウザがって棒読みチックに返すだけだったサブローは黄村がバランスを崩したことに気付くことなく――出オチ担当コンビは盛り上がり一つないままにリタイアするのです。
創造主の容赦なさと3チームを消化していながら
残り4チームは果たしてというナレーションを残してしまううっかりぶり、そして黄村の悲鳴が世界に響き渡る中、独り残されたサブローは、ただただ噛ませの悲哀を味わうのでした。
「き、聞いてませんよ、こんなに暗いとこなんて…! しかもここ、入口にお墓とかありましたよ!?」「今さら何を言っとるか」
願いが叶うスポットを廻るミニクエストは引き続いて後半戦。
前半戦は成功一組、微妙一組、失敗一組――しかし、前半の三組の挑んだ試練は所詮序の口に過ぎないと言うことを、読者は勿論、残る三組も知る由もありませんでした。
まずカメラが向かったのは緑谷とユキの組。
一言も喋らずにお堂に行き、願い事が出来ればクリアという禁句の試練――しかし、広くとも30cmあるかないかという細い足場と岩肌に打ち付けられた鎖を頼りに歩いていかなければならないという、正直ヌルいと言っても差し支えなかった前半の三組から比べると極悪に難易度が上がった試練を割り振っている辺り、ここを名物スポットにして客入りを増やしたいと目論む神社の思惑は、
因果律が味方しない限り、客を増やしてバイト料5割増しを狙うシズカの思惑とともに思い切り外れることは間違いなさそうです。
そんな極悪に引き上げられた難易度の試練に立ち向かう二人。しかし、ジェスチャーだけで意思の疎通を図るこの状況は、互いの中で相手への想いを徒らに強めるばかりで――
――よし、願い事は『告白してもらう』にしよう。
――ようし、願い事は『告白出来る』にしよう。
卒業まで焦らされるのは嫌だから、どうせなら一思いにばっさりと来て欲しいと願うユキと、告白までのきっかけと勇気を欲しがる緑谷の思惑が一致した結果、チキンカップルの願い事はダブることになってしまいます。
てか、ユキは自分達が相思相愛であることは理解していることだし、この期に及んで待つ女を気取ることなく自ら踏み込んだ方がいいと思うのです。いくらリードして欲しいという欲求があっても、緑谷が告白したところで
その後の主導権は常時ユキが握ることは明白ですし(ひどい)。
しかし、それもこれもこの難関を越えてこそ。
湖に面した崖の足場の悪さとバランスを奪おうと襲い掛かる強い風。命綱となるはずの鎖は寒風に煽られることで冷え切っており、かじかんだ指で生命を託すには余りにも酷と言うより他ありません。
もし俺がGMだったら
「んじゃ判定ね。手袋も防寒着もないことだし、足場で2と寒さで1で…合計で3点のマイナス修正が入るよ」と言ってしまうところです。
プレイヤーからのブーイングは間違いありません。
何はともあれ、マイナス修正が入ったことで――というわけでもないでしょうが、折からの強風に煽られて大きくバランスを崩してしまったユキは鎖から手を離してしまい、その軽い身体は僅かな浮遊感の後に重力に引き寄せられる形で冷たい湖面に向けて落下を始めてしまうのです。
ですが、その落下は緑谷の右手によって一秒にも満たないごく短い時間にとどまりました。
崖から落ちそうになったユキの左手を掴み、必死の形相で引き上げる緑谷――しまった!これはGMの罠だッ!!
こんなシチュエーションを提示されては、思わず
「ファイッ…トォ――――ッ!!!」「いっ…ぱぁ――――つッ!!!」と叫ばずにはいられません(断言)。
肉体疲労時の栄養補給に、リ〇Dが染み渡るところです。
日本人ならば抗うことは至難と言うより他にない衝動に耐え、荒い息を吐きながら小さなお堂へと辿り着いた緑谷とユキですが、助けることに夢中で繋いだままだった右手に気付いた緑谷は慌ててその手を離します。
嫌われてはいないだろうか、迷惑だろうか――その危惧から慌てに慌てる緑谷の仕草に吹き出しそうになるのを必死にこらえつつも、ますます緑谷に心奪われていくユキ。
嫌がられるかと思っていたところでの意外な好感触に、もしかしたら――と緑谷は希望を抱き、ユキもまた、自分の願いが叶い、緑谷から告白されるその時を
――今ならOKしちゃいそうだよ!――と心待ちにするばかり。
だからお前ら願い事いらねーだろ!?
付き合ってもいないのに既にイチャついてる二人に、
さっさと告れと訴えたくなる読者はいいとしますが、緑谷が覚悟を決める最後のひと押しとなるお堂の鐘を鳴らすことで、ミッションをクリアしたことを証明しようとしたその矢先に、最後のトラップは発動するのです。
吊るされた鐘から垂れ下がる綱を握りしめ、鐘の音とともに当たって砕けようとした緑谷がその手を引いたその時、
「へぶっ!?」
落下してきた鐘によって頭をしたたかに痛打した緑谷は思わず声を上げてしまうのです。
その結果、最後の最後でミッションクリアも緑谷の告白も泡と消え――心待ちにしていた瞬間を台無しにされたユキの八つ当たりによって、ラブの空気は一方的な痴話喧嘩へと塗り潰されてしまうのです。
緑谷は自らの裏目体質というか、自分の運命を握っていた
PLのダイス目を恨むが良いと思われるのでした。
ここまで裏目ると、むしろ要所要所でファンブルしたり、ランダムチャートで最悪の出目を引き当てる特性を持っているのかも知れません(TRPGサイト要素)。
* * *
緑谷が豪快に散ったその時、キョーコ・乙型ペアはというと、『熱』の試練に挑んでいました。
溶岩地帯の熱気に耐えてゴールの神棚に祈れ、という、一般人には絶対にクリアさせる気がないのであろう高い殺意を誇る試練――しかし、消去プログラムによって施されていたリミッターが解除されることで解放された新機能が目覚めた乙型にとっては、膝の高さほどある溶岩溜まりも障害にはなりません。
「おおっ、すごい!こんなこともできたんだ乙型ちゃん!」背負われたキョーコが感嘆の声を上げるその機能は、
「電磁バリアです。水とかの流動体ならはじくことができます」3D10+LV点くらいの実ダメージ軽減をしていそうな電磁バリア。
生身のキョーコがダメージを受けていない辺り、熱もかなり遮断しているようです。
他にも驚きの新機能に目覚めたことで、当社比100%性能向上に成功した、と誇らしげに語る乙型でしたが、その新機能のひとつこそがキョーコに恐るべきダメージを与えることは、誰の想像にもつかないのでした。
背負われて気付いた背後からの景色の違いに
「あれ…? 乙型ちゃん… ちょっと胸大きくなってない?」目をマジにして尋ねるキョーコに対して、
「あ、そうなんですよ。 ほんのワンサイズですけど――」悪気なく答える乙型でしたが、
せめて胸が人並になりますよーにという
因果律と染色体地図に喧嘩を売るような願い事を抱いていたキョーコにとっては計り知れない衝撃となって叩きつけられるばかり。
――な!? こやつ!?ロボットのくせになんで成長しとんねん!? ただでさえワイよりも3サイズも上なのに!!
多分きっと乙型にはDG細胞が組み込まれているはずです、創造主の趣味的に言っても。
「し、しかもすごくやわっこい!?何、この手触り――!?」「あ、あのキョーコ様、あんまり触らないでください… なんだか感度も上がってて…」
腹立ち紛れに揉んでさらにダメージを受けるキョーコに、センサーの感度なのか、それとも
大人な新機能の感度か判然としない答えで返す乙型――このやり取りに、同人作家の皆さんのアップが最高潮に達した模様です。
半年もすれば
薄い本が大量に出回ることでしょう。
ですが、高校生活も残り二ヶ月とあっては半年も連載が続くかどうか――もとい!ジローが自らの意志で立ち上がることが出来ている現在、ジローを守るための新機能や
無駄にハイスペックな胸は必要ないのでは――と問うキョーコに、乙型はよくわからないが、と前置きをした上で、
「私の今の思いは、一生ジロー様にお仕えすることなので――― たぶんそれに合わせてアップグレードされているんだと」笑顔で返すのです。
何気ない、無垢なる一言ではありました。
ですが、嫉妬とか邪心とかエロスな方向へと向かった意識とかにとらわれたキョーコにはその言葉も持てるものの傲慢にしか聞こえませんでした。
貧乳どものプライドや戦意を蹂躙する大
(きなおっぱいの)怪獣に、(主に胸が)ちっぽけな人間に過ぎないキョーコが出来ることは駄々をこねて暴れることだけ。
1cmの成長をあっさり突き放すEカップへの進化によって、ゴールと言うか目的そのものを見失った二人は敢無くコースアウトしていくのでした。
* * *
そして、キョーコが見苦しくリタイアしたその時――
「にぎゃ―――!! 暗いです狭いです怖いです!!」
「やめんか!大御所先生に怒られそーな叫び方はっ!!」
悲鳴を張り上げる暗所恐怖症の正義の味方に、悪の首領は
メタい叱責をカマしていました。
『敵がいるから』という理由で、自らの弱点をざっくり頭から外して選んだ闇試練――ですが、やっぱり闇は怖いものであると、闇の中に入ってから思い出した黒澤さんに、将来の敵がこんな情けない相手なのか、とジローは落胆の溜め息を吐くのですが、情けなさではジローも大差無い、と黒澤さんは返します。
「そーゆーあなただって――乙型さんが消えそーなとき、わんわん泣いてたでしょーが。 悪のくせに涙もろいなんてどんだけ――?」
家族が死にそうな時に泣くのは自然なことだ!第一あの時はお前も泣いてたくせに!
乙女の涙はいいんです!
正義と悪の争いは、子供じみた口喧嘩へと発展し、口では勝てないと悟ったジローは不機嫌そうに背を向けるのですが、その背中に黒澤さんが向けるのは感服と賞賛の言葉。
思わぬ言葉に照れを浮かべるジローに対して、自分もまた何時の間にかジローの撒き散らすフェロモンだか魔法の粉だかに当てられたのではないかと黒澤さんは狼狽え、キョーコに立てた操の健在を確認するのですが、そこは流石に現役の正義。
「まァそれはひとまずおいといて―― 来たようだぞ、試練とやらが」敵の存在を認識すると共に精神の動揺は消え失せ、意識は戦闘モードへと切り替わるのです。
ですが、暗闇をものともせずに豊富なスピードで立体的な攻撃を繰り出す『敵』は一筋縄ではいかない相手でした。
捕らえようとするオートマントのアームを岩盤もろとも切り裂いて、黒澤さんも躱すのに手一杯で反撃もままならない縦横無尽に闇を駆ける『敵』のただならなさに、善悪二人の余裕は消え失せ、代わりに焦りの色が覗くのですが、それはある種の覚悟を喚起することにもなりました。
「そうか…!ならば!!」言うと共にライトを消すことで周囲は完全な闇に塗り潰され、視覚に頼ることは出来なくなってしまったものの、
「中途半端に目で追うからダメなのだ!」闇の中で自在に動く相手にとって明確な標的となる灯りを消したことで、むしろ条件を五分に戻したジローは、
「たとえどんなに速くとも、攻撃の直後なら動きも――」相手が白兵戦しか出来ないことを見抜いた上で、自ら攻撃の標的となることでその動きを封じるための布石となるのです。
頬を撃つ一撃――しかし、覚悟を決めていることでその痛打を耐えきったジローは、敵の足をオートマントで掴むとともに、
「お前なら、真っ暗でも気配でわかるだろう!? マントが切られる前に――――やれ!!黒澤!!」叫ぶのです。
その言葉に応じ、
「ブラック・ストレート!!」必殺の拳を叩き込む黒澤さん!!
手に残る確かな感触に酔いしれながら、改めて自ら囮を勝って出たジローに感服するとともに、近い未来に待っている敵に回さざるを得ないその時を惜しむ黒澤さんですが、それも善と悪の立場の違いがある以上避けられないもの。
せめて苦しめることなく
ひと思いに殺ることが礼儀にかなっているだろう――と思ったかどうかは判りませんが、この場は近い将来よりも何よりも、ミッションを達成した証しを立てることの方が先決。
一打必倒の拳を打ち込んだ相手の正体を見極めようと黒澤さんは懐中電灯のスイッチを入れ――
「あ…れ?」水月に拳の痕を残したジローの死骸を目にするのです。
殺気と共に立ち上がり、
「やって…くれたな… この隙にオレを…葬り去ろうとは…」ジローは敵としての本性を表した黒澤さんの宣戦布告に堂々と拳で返答をしようとし、全ては不幸な事故である、と謝罪しながら逃げる黒澤さんを追い回します。
容赦も何もないミッションで、深まったのは果たして絆か、それとも溝か。
それに応えるものはいないまま、やはりの大騒ぎの日々は今年も続くのです。
そして、唯一応えることが出来たであろうシズカはというと、サービスとは真逆の殺意まみれのバイトは、自らも死と隣り合わせになるというリスクを負うという世間の厳しさを知るのでした。
茂みの中で暗視ゴーグルの下に季節外れの汗を掻くシズカの姿を、乙型はただ見守るしか出来ないのでした。
「センター試験も終わって2月―― いよいよ本番の試験も目前となりました」
受験生の時間はあまりに早く過ぎるもの。
初詣から一気呵成に時は過ぎ、気がついたら2月になっている現状に、キョーコはこれまでになく勉強してきた揺り返しで
「私もう勉強しすぎでわけわかりませーん!」ゲシュタルト崩壊を起こしていました。
あのニートでも行ったんだから、とエーコや清里先生の出身大学を受験した結果、意外とレベルが高いことに慌てふためいた上、無駄飯を食わせていた代償を払えとばかりに(言ってません)傾向と対策を求めたところ、ポテチを抱いた全裸のニートのアドバイスは
DTFの一言だけ。
真芝第八研究所所長こと
バカ様の必殺技なんて貰っても役に立たない、と、結局ニートと一緒に酒盛りしてる清里先生のアドバイスを受けながら、諦めて地道に努力するものの、あまりに単調な繰り返しに疲弊し切ったキョーコに、
「なぜ、まず姉上をアテにした?」「ラクに通るウラワザ聞くつもりだったんじゃない?」ジローとユキは実に的確な指摘をするのです。
図星を突かれたことに動揺しつつも、キョーコは平静を装って
「つか、お姉ちゃん私が落ちるの期待してるフシがあるのよね…「無職もいいよ」とか言ってるし」話題を広げようとするものの、
「あ、そういえばセンターの帰りに青井先輩を見たんだけど―― 「もうだめだ」って言いながら駅で半裸で踊ってた。 浪人生って大変だね――」「いやああああああああ!!?」
駅員に取り押さえられる現場を目撃した緑谷の一言で、取り繕った平静は二秒で崩れ落ちました。
つか、同じ地味仲間だった青木の名前を
“青井”と間違えている辺り、緑谷に容赦がありません。
恐らく、筆記とは別に実技という難関が待ち構えている緑谷の精神もささくれだっているのでしょう。
「大丈夫だって!緑谷くんの絵、いいよー!絶対受かるって」そんな緑谷を励ますユキですが、自分自身はほぼ確実なラインの大学を受験するからこその超余裕。
その余裕は容易くボーダーライン上で攻防を繰り広げている二名にはさらに痛く響くのです。
ですが、ユキ以上の余裕を見せているのは既に受験とは無縁のジローと黄村。
既に進路は決定している以上、応援しかできない分、全力で応援するだけ――と言いつつも、自習中の教室で将棋やってる奴らの応援などむしろマイナスに作用してもおかしくありません。
まぁ、とりあえずのモラトリアムを得るために二ヶ月前に受験すると決めたキョーコがジローに苛立つのは正直筋違いではあるとツッコミ入れたいところですが。
「早く受験終わらせて遊ぶぞ」――その小学生のようなジローからのエールに出来たらそうしたい、と返すものの、敵はあまりに巨大すぎる上、こちらの武器は自分自身の積み重ねだけ――
圧倒的ではないか敵軍は。
その中でも先陣を切って戦いに挑もうとするアキの緊張をほぐそうと水を向けるキョーコとユキではありましたが、そのアキはというと
「あ゛――?」
あまりに圧倒的な彼我の戦力差に精神をやられた結果、単語帳を手に
「ゾンビ化しとる―――!!?」生ける屍と化していました。
勉強疲れが出た、と何とか返すアキをどうにかほぐそうと、黄村とユキが揉んでマッサージしようとしたり、緑谷が牛乳の安眠効果を借りてゆっくり休むようにと、地味にまともな気遣いをしたりはするものの、友人達の言葉は響いてもなおアキの胸中に蟠る不安はぬぐい去れません。
押し殺そうとするものの、しかし、それでもなお染み出してくる不安に逃げ出したくなるものの、逃げても明日はやってくる。
創造主も元々アキが受験する予定はなかった、と言うように、元々は進学するにしても運動神経を頼りにスポーツ推薦を狙っていたのに、気付いてみたら体育専攻とはいえ、無理目の大学を一般入試で狙っている自分への戸惑いと、落ちたらどうしよう、という不安は全身を駆け巡り、プレッシャーで歩みは遅くなるばかり。
沈んだ気持ちで引き戸を開けたアキを迎え入れるのは、シフトでもないのに激励ついでにバイトに来ていた赤城とラテンなアキ親父、そしてモーちゃんとフジイ+一名の顔馴染みの常連客。
『試合に勝つ』でトンカツ入りのお好み焼きを作った親父や、幼い頃から体力バカだったアキをよく知る常連客の応援に、
「いやいや、今どき大学くらいフツーだから!騒ぐのは受かってからにしてくれよ!」努めて気丈に返しはしたものの、赤城はアキのその言葉が虚勢であることを容易く見抜くのでした。
直前の模試の結果はD判定と、率にしたら20%あるかないか。押し潰されるようなプレッシャーに耐え切れず、強気で慣らしたはずの自分の弱気をアキはこれまでになく噛み締めます。
――たった半年がんばったからってうまくいくわけねーじゃん…! 陸上でだってたいした成績残せてねーのに…!あたしなんかが大学合格なんて無理なんだよ…!
「なーんてことを考えてるんじゃないのか?」
ネガティブな螺旋に迷い込んだ意識を言い当てられた驚きと恥辱に、意識と同時に視線を引き上げたアキの目に飛び込んできたのは引き締まった顔の赤城。
しかし、いくら引き締まっていようとも、その頭にアキがクローゼットにしまうことなく放り出したままだったパンツを被っている時点で台無しもいいところです。
何をしてやがるこの変態、とばかりに被っていたパンツをひったくるアキですが、
「いや、ちゃんとしまっとけ、かぶるだろーが」と真顔で返すような変態にとって変態扱いは紛れもなくご褒美――は言い過ぎとしても、少なくとも挨拶とか紹介とほぼ同義です。
なので、アキのリアクションに対して怯むことも悪びれることも、まして殊更に開き直ることもなく、赤城は平然とした態度でアキが隠そうとしていた不安を指摘するとともに、
「必死にごまかそーとしているのがバレバレだ。 そんなんじゃ本番で実力出せねーぞ? ったく、修行の足りん奴だ」ズケズケとした口調で続けるのです。
その口調が癇に障ったのでしょう、
「し…仕方ねーだろ…あたし…バカなんだし… せっかくお前にあれだけ教えてもらってもギリギリだし…!」不安とともに持たざるもの故の不満をぶつけるアキ。
「余裕なんかもてねーよ!不安しかねーよ! もし落ちたら…お前に顔向けできない―――」
自分の言葉で、改めて自身の中にわだかまるモヤモヤとした感情の源が、赤城への想いによるものであると思い知りつつ、どうしようもない気持ちを吐露するアキ。ですが、その言葉に対して、赤城は重い音と共に分厚く積み重ねたノートの束を叩きつけるかのような力強さで机上に置くと、その重みに負けない太く、力強い笑と共に言うのです。
「お前が毎日猛勉強して書きためてきたノートだ。 これだけやってきたんだからもっと自信を持て!」
いかに強大な敵相手でも、積み重ねてきたものは必ず強い味方となって自らを助けてくれるもの――たった半年とはいっても、その間に費やした努力が本物である限り、努力してきた自分を信じる限り、その努力が足を引っ張ることはないッ!!
「お前の努力はこいつらが知っている。オレも知ってる!だからそんなに心配すんな!」
お前を信じろ。努力を信じろ。俺が信じるお前を信じろ!
「まァ、たとえ落ちても来年もつき合ってやる!だから――」
力強い、しかし矛盾も潜む言葉の数々に力を分けてもらったことで頬が綻び、自然と溢れる笑いがさらに力を沸き立たせていく――その力を与えてくれた赤城に笑顔と共に返す言葉は
「ははっ!明日受験のやつに来年のこと言うなよ!お前もたいがいなぐさめ下手だな!!」「WHAT!?」明るく、力強いもの。
――落ちてもともと!やるだけのことはやったよな!
赤城によってもたらされた笑いの底力を思い知り、開き直ることが出来たアキは万軍に等しい味方とともに、
「よしわかった!胸張っていくぜ!」本番へと挑む覚悟を胸に刻むのです――が、
「あ、だがお前の場合あまり胸張りすぎてもこれ以上はムダ乳に…」「セクハラすんなっ!!」その何%かは、赤城を殴り飛ばす活力へと回るのでした。
* * *
そして翌朝、見送る家族の激励を背に、アキは気持ちも新たに家を駆け出していきます。
久々に晴れやかな気持ちになったのでしょう、すっかりクマも消え、ユキやキョーコの健闘を祈る激励のメールにも笑みをこぼす程の余裕を手にしたアキにとって、
「来たぜ早稲谷大!首洗って待ってろ!」もはや大学も恐るるに足らずッ!勇気と言う名の最強の武器を手に、天下無敵となったアキは勇んで戦いへと挑むのです。
ただし、それも戦場にたどり着くことが出来ての話。
アキがトートバックを探ったその幾らか前に、やけにシンプルな顔立ちのアキの弟が差し出したものに、
「こ…これどーしたの?」アキホママは蒼白になりつつ声を絞り出します。
床に落ちていた、と返したアキ弟が示したものは
「ないっ… ないっ…! ウソだろ…!!受験票…!!なんでっ…!!」受験票。
凍りついた思考が解凍したその時、アキホママが出来たことは、バイトにやってきた赤城に縋るだけでした。
「あのバカ何やってんだ――――!!」事情を聞いた赤木は迷うことなくタクシーへと飛び乗り、
「ウチからここまで1時間ちょい… どうあったって間に合わねぇ…!」一路アキが絶望に立ち尽くす早稲谷大学へ。
悪いことは重なるもので、あと一歩の場所でタクシーは渋滞に捕まり動かない。
しかし、事はアキの命運を左右する事態。諦めるわけには行きません。
「あと15分…」タイムリミットは15分ッ!
「何やってんだあたしっ…! ごめん…赤城…」絶望にその表情を曇らせるアキを救うため
「待ってろ中津川!!」赤城は力の限り走るのでした。
「よし、行ってこい」
「あと15分…!」「だめだ………どうあっても間に合わねェ… ごめん…赤城…!」15分のタイムリミットに交錯する絶望。そして無情に響くチャイムの音――から時は刻まれ、
「そう落ち込むなよ中津川。ああいう失敗は誰にでもある、気にするなって」落ち込むアキと慰める赤城は並んで電車に揺られ、合格発表の場である早稲谷大学へと向かっていました。
オレも開始に届けられなかったし――責任の一端を背負おうとする赤城に対して、アキが返したのは謝罪と感謝の言葉。
会場に間に合いそうにない赤城が入れた電話で我を取り戻し、そのアドバイスによる受験票の紛失届けの発行手続きがギリギリで間に合ったからこそ試験を受けることが出来たものの、パニックに陥ったことで試験の内容も上の空のまま試験の時間は過ぎていったこと――解答欄は埋めはしたものの、答えを覚えているはずも無く、教えてもらったことを発揮できなかった、と嘆くアキを
「だーから気にすんなって! 逆にそういう時の方が、未知のパワーとか発揮されたかもだぜ? まァ、ダメかも知れんが―――とにかく、結果見てみよーぜ!」力づけ、促す赤城に対し、
「うん…」アキはただ力なく頷くことしか出来ませんでした。
そして、合格発表の会場に到着した二人の前では、様々な運命が交差していました。
友と喜びを分かち合う者。
悔し涙を流す女子生徒を慰める者。
こっそり映り込んでいた天野恵さんやら住友子さん達御川高校卓球部の女子二名も喜びを分かち合っている辺り、我聞から何年経過しているのか、それともとりあえず我聞世界は
サザエ時空に取り込まれてしまったのかは不明ですが、こわしや我聞とはじめてのあくで
スーパー藤木大戦が出来るくらいの密接なリンクがあることを読者が再確認する中、アキもまた意を決して運命へと立ち向かおうと歩を前へと進めるのです。
――あの時のこと――ホントにいっぱいいっぱいでほとんど覚えてない…
ただ、覚えていたのは、耳の奥で絶え間なく鳴り響く鼓動だけ。
今も脳裏によぎるのは、赤城と苦楽を共にした半年のことばかり。
だからこそ、合格したい――赤城の苦労に報いるためにも――
願いと共に視線を上げ、数秒。
力なくへたり込むアキの口からこぼれ落ちるのは、
「あった…」信じられないものを見た驚きか――それとも余りにもあっけなく手に入ってしまった成功への戸惑いか。
ですが、その当惑も一瞬。
小さかった喜びはたちまち胸の中で膨らんで――
「あった…!あたしの番号!!」
その口からは声となり、その双眸からは涙となって溢れ出るッ!!
達成感に拳を握り、
「赤城!やった!!あった!!! お前のおかげで――」喜びと感謝の念と共に振り返るアキが次の瞬間に見たものは、
「やったな中津川…!」迷わず抱きしめてきた赤城の姿でした。
羞恥心から振りほどこうとするものの、
「ホント…よくやったな……!」アキ以上の勢いで赤城が流す嬉し涙の前には抵抗する力も容易く消え失せて、ただ呆然と抱擁を受け止めるだけ。
合格出来るだけの実力を持たせることは出来たという自負と、しかし合格という結果を見るまで苛まれていた、人一人の人生を左右するという重大事に対する不安の板挟みからようやく解放されたという安堵と、苦楽を共にしたアキを合格へと導くことが出来た達成感と喜びからくる涙を拭い、
「と、ともかくだ!合格おめでとう中津川!」差し出された右手を
「ああ!サンキュー赤城!」アキはしっかりと握り返すのでした。
そして、時はやや流れ、喜びの高揚感も落ち着いた二人は最寄駅のホームに立っていました。
合格発表に付き合いはしたものの、本来は提出期限の迫ったレポートを抱えた身の上である以上、合格記念のパーティには流石に付き合えない、とレポートが終わり次第祝いの品を持って行く旨を述べてアキを見送る赤城。
記憶が確かなら、この時期完全に春休みだっただけに、この時期までレポートを書かなきゃいけないという早稲谷大学のカリキュラムには少々ツッコミを呈したくなります。
あと、卒論を14時間で仕上げたダメ人間としては、その程度のレポートは6時間で仕上げろ、と言いたくもなります。
人間無茶してやれないことはあまりねぇッ!!(少しはあるらしい)
まぁ、所詮は地方の私大なので
通っている大学のレベルが違いすぎると言われればぐうの音も出ませんが。
……しかし、昔は本当に書くスピード早かったよなぁ。体力と情熱の違いかなぁ。
唐突に老け込んだ発言をブチカマす読者はさて置き、やって来た電車に乗り込みつつアキは改めて
「あ、赤城。 ありがとうな、勉強見てくれて。 合格できたのは、お前のおかげだ」赤城に向けて感謝の言葉を返します。
改まっての言葉に面映ゆさを感じつつ、
「気にすんな。好きでやったことだ。 がんばったのはお前だしな」赤城はいつもの調子で軽く返すのですが、その気軽さはアキに思わぬ心境の変化をもたらします。
春から同じ大学に通う間柄になる以上、いつもと同じ安穏とした関係でいられるのだろうか?
この想いを抑え込んだまま並んで歩くことが出来るのだろうか?
否――二つの問いに出した答えはただ一つ。
その答えに導かれるかのようにアキは振り返ると、
「…あ、あのさ」閉じる扉とともにこれまでの関係を終わらせる言葉を――
新たな関係を生み出すための一言を「あたし、お前のこと好きだ」勇気と共に絞り出すッ!
唐突な言葉に面食らう赤城に、その場をごまかすかのように続ける言葉とともに閉じる自動ドア。
最初から合格したら言うつもりでいたものの、全てを壊しかねない危険をはらんだその言葉。しかし、後悔しても、言ってしまったからにはもう戻れないッ!
言ってしまった自分の決断を後悔し、ダラダラと肝心な一言を言わないまま関係を続けているキョーコを羨むばかりのアキでしたが、羞恥に頭を抱えていたアキは後ろの騒ぎに気づくのに遅れてしまいます。
「ぬん!!」「おわ!?」
取り押さえる駅員を引きずったまま、無理矢理自動ドアに指を差し込んで――力任せにこじ開けたように見えますが、車掌さんが開けてくれただけです。
かの名作『帯をギュッとね』で都立・竹の塚高校の下津田が通った道です。
「柔道着にブルマ」を愛する創造主の帯ギュリスペクトは半端ありません。
冬にも半袖で闊歩しそうなキャラを
今は亡き青木から受け継いだ赤城は、周囲に謝罪するアキに構うことなく近づくと、
「正気かお前? こんなんを好きだなどと?」モテなかった19年は伊達ではない、とばかりに念を押すように返すのです。
言葉にして返されることで照れくささは高まるものの、だからと言って言った言葉を否定することもまたありえない。
変態に違いはないけど、そこは惚れた弱みと呼ぶより他にない。
そこまで言うのならば、と
「フム…そうか… わかった」赤城も覚悟を決めました。
「ならば結婚だな」二秒で。
即断即決に凍結した思考が解凍するまではおよそ三秒弱。
唐突な飛躍に面食らって朱に染まった顔に驚きの色を混ぜて返すアキに
「いや、正直驚いた。お前にそんなこと言われるとは思ってもなかったのでな」赤城は当然の表情で述べると、その言葉の責任を取るためには、と続けます。
それで結婚に至らなければならないのであれば、ジローはキョーコの他にもシズカやルナと三重婚をしなければなりません。
アラブの王様もびっくりです。
青木と黄村が暴れるのもさもありなんです。
「待て!?待て待て待って!? そ、そんなの軽々しく言うなよ!?つか、お前はあたしのことどう思って――――――」
変態故の飛躍した発言に驚いていたアキでしたが、肝心要の一言を聞いていない。
何より、
こいつ脊髄反射で答えたんじゃないだろうなという疑いも捨てきれません。
ですが、赤城の答えは
「いや、好きだぞ当然。言っただろ。お前のファンだと。 まァ、胸は趣向の外だが」あまりにも当然な答え。
むしろなんで聞く、と言わんばかりのその回答に、さらに血を頭に昇らせるアキでしたが、
「よし、もうこっちの電車乗ったし、このまま親父さん達にあいさつだ! レポートはもう来期取り直す。幸せになるぞ、ムダ乳女ー!」そこからさらに斜め上を行く赤城の行動には呆れるやら驚くやら。
なんでこんなのに惚れてしまったのか――後悔しても最早それまで。
「いや、待てお前!?う、うれしいけどうれしくねェっ――――!!」
前途多難な二人を乗せて、列車は一路西へと走る。
ついに成立どころか、一足飛びに結婚を前提としたカップルとなった赤城とアキに、女子二名は自分を棚に上げて目を輝かせ、黄村は嫉妬で怒り狂う。
そして藤木世界のお約束である、男親とのバトルもまた、浮かれる赤城には約束されているのでありました。
つか、中学生みたいな反応してるユキとキョーコは明日は我が身と思い知るがよかろうと思うのでした。
――――この2大怪獣をオレらだけでなんとかせんといかんとですか…
時の流れは確かに進み、ジロー達の卒業も間近に迫るそんな春の日、キル部の部長の座も代替わり。
年齢や組織を率いた経験を主張するルナを退けて、ジローの後を受けてキル部の部長となることになったこともあり、サブローのモチベーションも高まります。
ですが、その高いモチベーションと共に[キルゼム部]と記された部室の扉を開けたサブローが見たものは――
「部室がねェ―――――!?」
大神ちゃんと黒澤さんの戦いによって崩壊した部室でした。
ガムテで補強して辛うじて建物としての体裁を整えはしたものの、建物を補強するにはあまりにも不安極まりない素材で支える部室同様、僅かな衝撃で崩壊・暴発しそうな緊張感を漂わせる二人の間に立ち込める空気を生み出したのは
「大神さんのプリンを黒澤さんが食べた?」一個のプリンでした。
つか、コンクリやら石膏ボードやらでも補強出来る辺り、ガムテ優秀すぎます。
そんなガムテより安い105円のプリンが命よりも大事と言い切る大神ちゃんの
命の価格はいかほどなのか知りたいところですが、それだけで拳に殺意を乗せまくる大神ちゃんも大概ですが、全く謝っているとは思えない上から目線で
「だから謝ってるでしょう!新しいの買うって言ってるのに襲ってきて!」と返す黒澤さんも相当のものです。
どうやら黒澤さんの常識キャラ、という設定は吹き飛んでしまったようです。
という訳で
「さっき食べたかったのだ。代えなどきかん。土下座しろ」「なんでそこまでせにゃならんのですか!!冗談じゃない!」ルナの制止も聞くことなく部室を犠牲にした二人をどうにかなだめなければ、せっかく受け継いだキル部が物理的に消滅してしまう――かと言って、この暇を持て余した怪物二人に対抗することが出来るジローも
「受験組に付き合って図書館に」不在という危機を回避するためにはサブローがどうにかしないといけない。
既に無茶としか言いようがありませんが、なんとかなだめようと
「事情はわかりました!でも暴力はよくなかです!たかがプリンでそんな――」まずは正論を述べるサブローに
「たかが…? よし、お前も死ぬか?ちびすけ」大神ちゃんは理不尽な殺意で返すだけ。
猫と来栖を除けば唯一大神ちゃんが心を許しているルナが必死に止めたことでサブローの命の危機は回避されたものの、これまでも何度も凹られた破壊の権化は話が通じる相手でないことは
物理的に痛いほど理解してしまっている上、黒澤さんも大神ちゃん相手に
なまじ腕力で勝ってしまっていることから一歩も引かない以上、二人を止めること自体は不可能であることは明白。
ケンカをさせないことは事実上不可能。ならば、激突をさせても平和的に決着を付けてもらうにはどうすればいいのか――考えた末、新部長はひとつの手段を閃くのです。
「決着つけるなら高校生らしくこーゆーので!」そう言ってサブローが二大怪獣とルナを伴ってやって来たのは
「ゲームセンター?」「……初めて来たな、こんなとこ」周囲に迷惑をかけることなく勝敗をつけることが出来るゲームが豊富なゲームセンター。
中でも体力自慢の二人ということで、エアホッケーで平和裏に白黒つけるように促すサブローの提案に乗り、白鬼と黒鬼は相争うことになるのですが、部室から引き離しつつ、平和的な解決をもたらすことが出来た、と自画自賛するサブローが纏う楽観的な空気とは真逆の殺意と敵意に満ち溢れた空気が二人の間に漂っていることを、サブローは知ることはありませんでした。
凶悪な熱を帯びるに至った死闘に恐れおののくルナとは対照的に、ジローを超える日も近いと妄想するサブローは、この手打ちを成功させたことをきっかけに弱小組織であるドラキュリアも傘下に入れて保護することや全国の高校にキルゼム部を広める程の勢力を伸ばしたキルゼムオールの栄光の日々を夢想するのですが、尋常でないスピードとなったパックを、
「もらった…! あ」大神ちゃんが打ち損なったことでその夢想は中断するのです。
打ち損なったパックは宙を舞い、ルナの左の頬と髪留めをかすめて飛んでいく。漂う焦げ臭さと、それ以上の充満した死の香りに戦慄するルナでしたが、
「かすった!?髪が!?こげくさい!? ちょっと左にいたら死んで――」その左に立っていたサブローはというと――
「ウヘヘヘ… バラ色の人生ばい…」「SABURO――――――!!?」
眉間にパックを突き立てたまま後頭部から柱に突き刺さった姿で、物理的に夢想を中断させられていました。
きっと、夢想の中の人生を彩っていたバラは
サブローの血を吸って真っ赤に染まっていたことでしょう。
下手な選択では命が危険でデンジャラスということに気付いたサブローは、今度こそ平和的に手打ちを成立させるために、それぞれに二千円という大枚を叩いてUFOキャッチャーでの勝負を持ちかけるのですが――開始から2秒で筐体を持ち上げて豆柴のぬいぐるみを大量にゲットした大神ちゃんによって、勝負の様相をなせなくなってしまうのでした。
もちろん使用した金額は0円。恐らくサブローが渡した二千円は大神ちゃんの飲食費へと変わることでしょう。
真面目に勝負していた黒澤さんの立場がありません。
「店長生活16年…こんなに堂々と不正をするヤツ初めてみたぜ…!」その上、実に大神ちゃんの戦闘意欲を掻き立てそうなマッチョな店長が
「指導が必要なようだな、お嬢ちゃん……!」登場したとあっては、サブローとしては出入り禁止になることも覚悟でこの場を離れることしか出来ません。
いかにいくつもの戦場を渡り歩いてきたかのような風貌の店長であっても、異能力を持つ大神ちゃんとぶつからせるわけにはいかないと、サブローは必死に謝りながら大神ちゃんを引き剥がすことに専念するのでした。
ですが、大神ちゃんをゲーセンから引き離すことに成功したとはいえ、勝負は二度水入りしただけでついてはいない。
好戦的な二人を納得させ、何とか決着を付けさせるためにサブローが続いて選んだ勝負はボウリング。
「まったく、あなたのせいで全然決着つけられません」「あ?」隙あらば、何かにつけてぶつかろうとする、
源氏と平家のような二人をいざという時に止めに入れるように、自分は黒澤さんと、ルナは大神ちゃんとペアを組ませてのチーム戦に持ち込むのですが、サブローのその目論見には大きな誤りがありました。
猛獣を止めるためには、それなりの力がないといけないのです。
大神ちゃんを餌付けすることである程度飼い慣らすことが出来ているルナはまだしも、サブローはそれだけの力を持つは未だ至らず、かと言ってルナと大神ちゃんのような繋がりもさほどない――どう頑張っても暴走を止める要素などありません。
とりあえず、
「なるほど、力よりコントロールが大事なんだな。おもしろい」「そーそー!ピン壊してもダメですよ!?」ルナの助けもあって大神ちゃんはまともにプレイに興じることは出来、黒澤さんもまともに勝負に徹することが出来そうな場を準備したサブローの労を労うのですが、ようやく自分の苦労を理解してもらったことに喜び、思わず正義へと寝返ろうと思ってしまったサブローでしたが、残念ながら今は勝負の時間。
感動にむせび震える時間は終わり、一投目を任されたサブローは、頑張ったらその分報われる、という希望と共にボールを投げ――残念ながら、6・7・10ピンを残す平行ピン。
「あー すいません、残っちゃいました!なんとかフォローお願いします!」迷惑をかけてしまった後ろめたさはあるものの、この人ならばフォローしてくれる――そう信じて声を掛けたサブローでしたが、この世界では
正義の方が心が狭いという事実を、サブローは身をもって実感するのです。
「ちっ」
舌打ちに続く、
「大神に勝つために悪の人間とも組んでるのにこのザマとは… まー、所詮は悪の見習いですね…」吐き捨てるかのような落胆の声。
戸惑うサブローを意に介することなく、それまで纏っていたと思っていた慈愛に満ちた空気を引き剥がして豹変した黒澤さんは、バッグからマイボールを取り出すと、獣のように瞳を収縮させつつ、
「ああ、すいません…私、ボウリングだけはうるさくて… ちょーっと熱くなっちゃうんですよ…!」一人ボウリングで腕を磨いた自分の足を引っ張るような真似をしたらサブローにピンになってもらう、と血走った目で宣告するのです。
休みの時くらい誰か遊んでやれよギガレンジャーッ!
特にブラックレディとイチャラブってるリア充の緑!!
ともあれ、味方にプレッシャーかけて潰す黒澤さんのスパルタな性格が災いして、勝負は大神ちゃんの圧勝に終わり、歩くピンは土下座とゲーム代の二重の苦痛を味わうことになった黒澤さんとの友好度と自らのライフを大幅に減らしてげっそりやつれてしまいます。
ですが、それもこれも部室を守るため。部室ある限りキル部の魂は死なぬ!
この頑張りを支えに、失敗を糧に、キル部をより強く育むことが、部長たる己の使命!
夕陽の中、力強く誓いの拳を握るサブローでしたが、残念ながらそこは裏目を引くことを創造主に運命づけられていたサブロー。固く握った拳は、
「あ、そうそう。お前達の部、新学期にはなくなるぞ」「あ――そのこと言いに来たんでしたっけ」あっさり蹴散らされてしまいます。
泣こうが喚こうが、五人以上の部員がいなければ廃部になるのは三葉ヶ岡高校における数少ないルール。戦いになると周囲が見えなくなる二人のどストライクの発言によって人間ピンの人生設計はあっさり吹き飛び、砂の如くに崩れ落ちるだけ。
何とか三人の新入部員を確保すれば部の命脈は保たれるものの、キル部の存在はジローとキョーコの存在があればこそ。ジローのように強引に引っ張っていくカリスマもなく、キョーコのようにファンクラブが作られるほどの人気も望めないサブローに向けられるのは
「まぁせいぜいがんばれよ」「まァおそらくダメでしょうけど」何ら響くことのない型通りの励ましと無慈悲な本音だけ。
「なっ… なんですばいそれ!? オレの部長の座は――!?」「ちょっ!? なんとかしろサブロー!」何とかしようにもどこまでも報われない新部長サブローの叫びは、遠く響く潮騒に掻き消されていくだけなのでした。
本当に、どこまでも報われないんだろうなぁ、サブロー(ホロリ)
「でもいいな。卒業記念に植樹か」「だろう?」
いよいよ三月。
梅は咲いたか、桜はまだかいな――古い戯れ歌にあるように、間近に迫る花の季節を心待ちにする時期ではありますが、まだまだ冬の寒さも居座っており、梅はまだしも桜にはまだまだ早い――はずなのに、高知と福岡、宮崎といった開花ダービー常連を差し置いて湘南の名もなき一山だけに咲き乱れるソメイヨシノ。
開花をすっ飛ばしての満開という、異常というより他にない早い満開に、取材ヘリのレポーターも驚きの声で眼下の奇妙な絶景を伝えるのですが、その奇妙な絶景の中心では、
「おー!あれって取材のヘリじゃない!?」「何!?取材!?テレビ!?」「もしかして映ったりしたりしてー!?」
この異常事態を引き起こしたいつもの仲間達が「イエーイ!ピース!!!」いつものように盛り上がっているのでした。
この騒動のきっかけは、ジローが言い出しっぺになって行った、
ジローとポチのお気に入りの場所でのキルゼム部の卒業記念の植樹会。
街を一望する場所に植えた若木が周囲の桜とともに咲き誇る頃、世界を手にしてこの街を共に見下ろす――
2年前には竹林だったはずですが、その野望を語るジローと、ジローの野望を阻止することを宣言する黒澤さんとが火花を散らすのですが、その善悪両陣営の決戦ムードは一般人達の纏う喜びの空気を揺るがすことは出来ません。
なぜなら、
「しかし良かったな! 全員大学合格とは!」「ありがとうございまーす!」青井改め青木も含めた受験組が全員合格を決めたから!!
正直言って青木は
一生報われることはないと思っていましたすいませんでした。
あと、実質二ヶ月の受験勉強で大学合格したキョーコは何かの拍子で人生勘違いするのではないかと心配でなりません。ある意味では、幸運の星の下に生まれて努力とは無縁の人生を送ってきたユキ以上に人生舐めそうで危険です。
念願の美大生、しかもユキとも同じ大学に通うことが出来てやっと報われると思ったら、肝心のユキがついでに受けた芸能事務所にも心惹かれていることを知って愕然とする緑谷の報われなさを少しは見習って欲しいものです。
まぁ、ユキの場合は多分ほぼ間違いなく緑谷に
とっとと告れと無言の催促をしているのでしょうが、残念ながらそこはヘタレな緑谷。かなりの率で、尻込みしたまま大学卒業まで引っ張りそうな気がします。
作中最強クラスの悪女が、緑谷を牽制する手段としてちらつかせていた就職という選択肢ではありますが、
「黒澤さん達はどーするの?」黒澤さん達就職組にとってはあくまでも道具ではなく活きる術。
「私は任務終了で東京の本部に戻ると思います」「私は就職先探しだ」「正義の試験待ちですー」キョーコの問いにもそれなりの真剣さと切実さで返します。
それぞれの道を行く仲間達という現実を感じ、
「……そっか…じゃあ… この桜が咲く頃にはみんなバラバラなんだね……」感傷の呟きを漏らすキョーコ。
しかし、その感傷を笑い飛ばすかのように、寒さに耐えるべく堅く結ばれていた蕾が瞬く間に綻び、瞬時に大輪の花を咲かせます。
勿論、ジローの仕業でした。
桜を咲かせるピンポイントな用途しかないアイテム“花さかG”で桜を強制的に咲かせるジローに驚くキョーコでしたが、
どうだ、今桜が咲いたがオレ達はバラバラか?と言わんばかりに桜を咲かせたジローは、近づく別れに怯えるばかりのキョーコに対して、
「別れが来ても人はバラバラにはならん。 人のつながりをなめるなよ?」
力強い口調で返すのです。
組織が壊滅しても、相棒が世界を放浪していても、卒業しても、絆は容易く消えることはないッ!!
ましてや、大学が違うとは言っても地元から離れないのであれば、その気になればいつでも会える。
黒澤さんと同じくここから離れる予定のジローも父からの連絡一つない以上、今の生活から大して変わることもない――そう諭す仲間達の言葉に、
「そっか! だよね!」沈んでいたキョーコが表情を明るくします。
ジローを追って九州の大学に進学すると思ってたのですが、結局地元を選ぶ辺りは、居心地のいい場所から踏み出そうとしないキョーコの
潜在的なニート属性がよく現れる選択です。
そして、居心地のいいこの場所が変わらない、と言う言葉に対するキョーコの安堵が伝わったのでしょうか、この喜びの空気ををそのまま花見へと繋げるべくジローにこの山全体の桜を咲かせるように命じる赤城と黄村に、黒澤さんは大騒ぎになると訴えますが、残念ながら湘南の街のみなさんは祭りに乗りやすい気質揃い。
というか、そのような気質でない限り、
宙に浮く吸血鬼やら加減知らずの重力使いやら分身忍者やら喋る犬やら武闘派乳なし女やらコーラ飲んで酔っ払うロボメイドやらをホイホイ受け入れることは出来ません。
えっと――まぁ取り敢えず、世界の裏で隠れて能力使ってるこわしやの仙術使いの皆さんに
お前ら全力で謝れ。
そして、そのような世界なだけに、黒澤さんはジロー達と一緒にTVに映ってるところを特に恐れる必要もないと思います。
つか、それでクビになるというのであれば、出番がないまま連載が終了しそうなブラックレディこと阿久野フミさんとイチャラブってるギガグリーンこと緑川ヒカルが真っ先に首を切られるはずです。
一刻も早い
進め!ギガグリーン〜藤木俊短篇集の刊行が待たれるところです。
………………あるよな?
心配が胃に来てしまう読者はさて置きますが、能天気な湘南の皆さんも巻き込んでの突発花見で沸き立ち、浮かれる仲間達。
桜は咲いたと言っても実際の気温はまだまだ寒いんだからアイスは売れないだろうという読者のツッコミを聞き入れることなく、相変わらずのマイペースでアイスを売り始めるシズカを横目に、今後の参考と称してアキに男女の付き合いの手解きを受けようとするルナですが、ユキによってまだ手も繋いでないとバラされ、アキに向けられていた尊敬の眼差しは光の速さで失望へと変化する――正直グデグデもいいところです。
ですが、そのような詰め込み気味な密度の高いやりとりは、
「おーいお前ら! すごい絶景だぞ! 来い!」ジローの一言で吹き飛びます。
ジロー達が臨むのは、眼下に広がる桜の海と彼方に江ノ島を望む湘南の海!!
オートマントに支えられることで、ようやく眺めることが出来る絶景に、溜め息にも似た歓声を挙げる一同。
「でもこれ、ジローいないと見られないねー」キョーコの言葉に頷きつつも、
「まァ、いつでも見せてやるさ。 仲間だからな」いつまでもここにいる、という想いを込めて返すジロー。
無論、それは叶わぬ願いではあるのですが、若さ故の思い違いは、時というものが絶え間なく刻まれ、瞬く間に過ぎ去っていくものであるという道理を忘れさせ、一瞬が永遠に続くものであるかのように錯誤させるもの。
ジローの言葉に頷き、そのマントをそっと握ろうとするキョーコ――でしたが、正妻が向けられた言葉は自分にこそ向けられたものである、と理解していた側室二人もまたマントの端を握ろうと手を伸ばしており、ジローを取り合って相変わらずの醜い争いがまた巻き起こるばかり。
キョーコ達の繰り広げる凄惨な争いをよそに、結局ジローの背中はまたもや漁夫の利を得た乙型が手にしているのですから、キョーコ達はいい加減無欲の勝利という言葉を学習するべきだと思われます。
まぁ、ルナはまだしもシズカが欲望を喪ったら
貧乏しか残らないだろうから、それも無理な注文といえるでしょうが。
何はともあれ、日は暮れて、明日また会うためにそれぞれの家路へと歩く仲間達。
乙型は夕飯の買い物をするために別行動ということもあって、久々に二人きりで並んで歩く帰り道。キョーコは久しぶりの大騒ぎを満喫出来た充足感を伸びを打ちつつ表しますが、ひたすらに詰め込み続けるかのように勉強することで溜め込んでいたストレスが吹き飛んだことで、ようやく忘れていた懸案を思い出します。
「…………あのさジロー。 あんたどーすんの?結局?」
卒業も近いというのに実家からも父からも組織が復興したという連絡は来ないのであれば、すぐに帰ってどうこうするという訳にもいかない――組織を継ぐとはいえ、その組織がない以上、立場は宙ぶらりん。平たく言えばニート生活です。
しかし、ジローの美学ではやることがないまま帰るというわけにはいかず、かと言ってこちらで居候生活を続けることも心苦しい。それ故に、今後の身の振り方を決めかねている、と返すジローに対して、
「……そっか。だ…だったらさ、こっちでバイトでもしてたら?」キョーコはひとつの提案を口にします。
まだ社会適合で合格点をやるわけにはいかないのだし、自分はこちらで大学生になるのだから、ジローが社会適合に合格するまでは自分のそばにいればいい――そう呟くキョーコではありますが、連載中にかなりのハイレベルなダメ人間であることが発覚しているキョーコが社会適合云々を口にするのはどうかと思われます。
むしろジローの方がまともな反応をする場合の方が多々ありますし。
言い訳じみたその言葉。しかし、
「そ、その方が…その…私も うれしい…し…」続けて本音を垣間見せたその小さな言葉は確かに届き、ジローは気を良くして高笑いを上げるのですが、そのほんの数秒で笑顔は曇り、凍りつくのです。
肌に感じる禍々しい空気。
力こそがルールという精強な一団を率いる者のみが纏うことが出来る独特の気配に戦慄しつつ、弾かれたかのように家の中へと駆け込むジローに面くらい、キョーコはその後を追いますが、キョーコが感じることが出来なかったその気配に、ジローの顔からはそれまで覗かせていた余裕は消え失せ、代わりに浮かぶのは焦燥と憤り――そして、わずかばかりの恐怖。
しかし、そこに向かわないわけにはいかない――さながら誘われるかのように扉を開き、磁力に引き寄せられるかのようにリビングへと駆け込んだジローが見たのは、微かな戸惑いを見せるエーコ、そして、その前のソファに腰掛けたスーツの男の姿。
「おう、戻ったか」
「お、だいぶガッチリしてきたな!背も伸びた!」成長したジローの姿を認めるその男の周囲にあるのは、押し殺すことが出来ない闇色のオーラ。
荒くれを実力で服従させてきた力を示すかのようなそのオーラに圧倒されるかのようにジローは目を見開き、口から溢れ出したのはただ一言だけ。
「親父…」
ジローを精悍にしたかのような顔に顎髭を生やした素顔を晒し、何の報せも無く登場したジローの父こと
キルゼムオール首領・阿久野イチローは、戸惑うジローに構うことなく、
「待たせたな。ようやく資金のメドが立った。 帰るぜ!我が家に!」一方的に言い放つ。
しかし、どう言おうとも、今までのサブローの発言から考えるに、その資金も
二日あったらギャンブルで全部スりそうな気がしてなりません。
というか、下手の横好きでベガスにぶち込むくらいなら、ただでさえ産業が冷え込んでいる大牟田・荒尾近辺の経済を回すためにも、今は亡き荒尾競馬に行くべきだったと思われます。
親父は地域密着型悪の組織の長としての自覚を持つべきです。
ですが、読者がボケる暇は続く親父の言葉によって、一方的に奪われてしまいます。
「3日後に出発だ! 忙しくなるぜ!!」
何時までも続くかと思われた心地よい時は唐突に終わりを告げ――代わりにやって来たのは別れの時。
残された時間はたった三日。
一週間後に卒業を控えたジロー達にとって何より残酷なその言葉に、ジローは、キョーコは――――息を呑むのでした。
――――でも―――
何の前触れも無くやってきた親父こと阿久野イチロー。
男たるもの女性は口説かないと、というラテン系の信条を基に、夕食に腕を振るったキョーコを口説くという、とても
シャイガイな創造主の生み出したキャラとは思えない――もとい、悪らしさを感じさせない親父の軽さにキョーコは戸惑いますが、ジローはその明るさと軽さがあったからこそ、組織が壊滅した中でも前向きに組織再興を目指すことが出来た、と、親父への尊敬の念を呈します。
ですが、あまりに性急かつ一方的に帰郷を伝える親父に対して、ダラダラする時間を奪われてしまうことを恐れたのであろうニートは、ジローの卒業を理由にせめてあと一週間だけ――たった四日でもいいから帰郷を伸ばせないのか、と訴えます(言いがかり)。
ですが、わがまま親父は仲間内にも声を掛けた後であること、そして、年度が変わっての四月からの活動再開ということで申請を出した、と譲ることはありません。
どうやら番組改編期に先立って
放送権を売り込むことに成功したようです。
しかし、連絡をすることなく、また、連絡を取れない場所にばかり行っていたというのにいざ顔を出すなり唐突すぎる組織再興と帰郷命令を言い出した親父に納得出来ないニートの憤りを、
「姉上、そう言うな、仕方ない」ジローは抑えるように訴えます。
一日も早い組織の復興が組織の仲間達の――ひいては家族の悲願であった以上、自分自身の都合で帰郷を引き伸ばすわけにはいかない――むしろ、唐突とはいえ、組織復興の目処が立ったという報は喜ばしいこと。
「次期首領としては是否もなし、だ」
笑みを浮かべてそう語るジローの横顔に、急速にジローが遠ざかる感覚を覚えたのでしょう、キョーコの顔は曇りがち。
「………ん。 そーだね!やっと復興したんだし、おめでと!」取り繕うかのように笑顔を見せて、通り一遍の祝辞を述べはするものの、大人達が酒盛りへと移行するその頃、キョーコは独り自室で仰向けに寝転がることでしか涙をこらえることは出来ませんでした。
ジローに組織復興という夢がある以上、その夢を邪魔するかのように「行くな」と止めることは出来ないし、してはいけない。
判っていたはずなのに、いざその時がやってきてしまうとなると、やはり別れを惜しむ気持ちは強くなるばかり。
キョーコの抱く想いはエーコにも伝わっているのでしょう――あくまで組織のことを最優先に考える親父に対して、
「……何考えてんのよ、お父さん」乙型に仕込んでいた自壊プログラムと同様に、奪うことによって親父の思い描く『キルゼムオール首領の後継者・ジロー』を完成させようとする親父に対して釘を刺しに行くのですが、おとーさんから芋焼酎の酌を受ける親父は
「オレはただ、ジローにいい首領になってほしいだけなんだからよ」ブレることなく返すだけ。
コップに注がれる焼酎の銘柄は――魔王―― 一切の妥協を許すことない、淀みない金色は、親父の姿を映しつつコップで揺れるのでした。
* * *
一夜明け、補修跡も痛ましいキル部の部室へ向かったジロー達が見たものは、
「何やっとるか親父――!!」大牟田名物草木饅頭を手にジローの友人達に挨拶に来ていたはずが、ジローの周囲の予想外の女子率の高さに、
「どうだい撫子のお嬢さん!オレと一晩のアバンチュールでも!?」とりあえずシズカを口説きにかかった親父と、
「うっ!?ジローさんに似てるうえにダンディ!?」ジローの代用品としてその口説きに乗ろうとしてしまうシズカの姿でした。
とりあえず、
オカンに連絡入れた方がいいと思われます。
この親父、サブローを養子として迎えなくても、素でジロー以外の後継者候補を作っている可能性が高いです。
ジローのツッコミで親父の正体を知ると共に、意志力ですっかり未来の義父に挨拶をしたものと事実を上書きする作業に入ったシズカはさて置きますが、親父がこうして挨拶に来たということは、すなわちジローが卒業式を待つことなくこの場を離れるということが仲間達にも知られてしまったということ。
「ジローくん、明後日帰るんだって…?」問い直す緑谷に、微かな逡巡を感じさせる間を置いて、しかし務めて明るく
「ああ、すまん。そういうことになった。世話になったな、みんな!」別れの言葉を返すジロー。
改めてジローの口から聞かされたことで、アキユキもシズカも戸惑うしか出来ず、この“ジローを中心に築かれた日常”の終焉を否応なく知らされるばかり――ですが、その日常の終わりを食い止めようと、
「おじさん!」緑谷が真っ先に動くのです。
「お願いします!卒業式まで…一週間だけ待ってください…!」
自分達のわがままであることは理解している。
しかし、それでも初めての親友であるジローとは、こうした唐突な形ではなく、きちんとした別れの場で共に門出の刻を迎えたい――緑谷のありったけの想いは仲間達にも届き、
「そうだぜおっさん!」「お願いします!一週間だけ!」「一緒に卒業させてください!」「頼むよ!最後なんだ……!」口々に親父に対して懇願を始めます。
ジローを諦めない――ジローにとっても初めての親友である緑谷から発された、強い想いを受けて、抑え込んでいた気持ちが揺らぐ。
揺らいだ気持ちを追い打つように、
「私からもお願いします… もうちょっとだけ、ジローといさせてください」キョーコもまた頭を下げて親父に対して頼み込む。
この場にいる者全ての中でも、誰より強く抱いていたジローを喪いたくないという気持ちが、口を開くたびに弾けて溢れ、キョーコの言葉が弾ける度に、ジローの心もさざめき、騒めく。
その様子に、
「……あ――お友達はああ言ってるが―― どうなんだ、ジロー? 帰るのか?残りたいのか?」親父はジローに問うのですが、
――悪の首領になりたい――この気持ちは変わらん…!だが―――だが―――
自らの中に生じた迷い。自分自身でも理解出来ないこの感情に、ジローは戸惑い、歯噛みするばかり。
その姿に“何か”を感じたのでしょう、親父は溜息を漏らすと共にジローの肩を叩き、
「わかったわかった。もういい」諦めにも似た口調で言うのです。
「お前を首領とするべくやらせた社会勉強。そろそろいい頃合いかと思ったんだが――もうちょっと勉強させるべきかもな」
親父の出した答えに、小躍りしそうな勢いで喜びをあらわにするキョーコ達。
ですが、誰もが忘れていました。
ジローを首領へと導くため――と称して、乙型に時限式の消去プログラムを施していたのは、誰だったのかを
「え?」
キョーコの薄い胸板に、突き立てられた貫手。
刃状に変異した手袋は容易くキョーコの身体を貫き、血塗れた切っ先は背中へと抜ける。
あまりにも自然に振るわれた、何気ない殺意――そして、信じられない光景に、誰もが思考を凍りかせる中、現実は無慈悲に動き出す。
何が起こったのかを理解するより早く、致命的な損傷を受けたキョーコの心臓が力を喪い、血流が止まる。
「あ…れ?」
血流が停止したことで膝から力が抜け、刃を引き抜かれたことで支えも喪った身体は自らの血溜まりに倒れ伏す。
身体は痙攣することで急速に喪われようとしている生命を繋ぎ止めようとするものの、血が傷口から噴き出すのではなく、溢れ出るということで、心臓がその役割を奪われてしまったことを如実に物語るだけ。
「キョーコ? おい…? キョーコ……」
何が起きたのか。起こしたのは誰なのか――二重の意味で信じられない、とばかりに愛する者の名を繰り返すだけのジローですが、広がる血溜まりの紅は否応なしに仲間達の思考を現実へと引き戻し、キョーコへと駆け寄ったその時――
音速の壁と部室を砕いてエーコが飛来するッ!!
「なんてことしてんのよこのクソ親父!!」
危惧していたというのに、愛すべき従妹を護ることが出来なかった―― その憤りも込められたかのような、かつてない程の本気で放たれた蹴り――しかし、その飛び蹴りを視線を向けることなく受け止めたかと思うと、親父は“それ”でエーコを弾き飛ばします。
「お前にはがっかりしたぜ、ジロー」
言葉とともに、エーコを弾き飛ばした“それ”――業界十指に入るとされるフレキシブルアーマー ――オートマントを身に纏い、
「最後の仕上げだ。本当の「悪」ってのを教えてやる」
三年間教育放棄していたにも関わらず、今さら親父面して教育語ってるんじゃねぇクソ親父ッ!!
育み、培ってきた絆を、日常を壊され、読者も思わず普段の語り口を忘れてブチ切れる急展開――しかし、肝心のジローは未だ呆けたままで、反攻の糸口を見ることすら適わない。
ですが、クソ親父によって壊された日常を取り戻すためにはジローの力は必要不可欠。
喪われようとするキョーコ蘇生の可能性を掴み取るための戦いが今、幕を開けようとするのでした。
「……しゃーねー。 君達にも特別に教えてやろう」
突き立てられた兇刃。
血に濡れる床。
砕かれた平穏。
壊される絆。
瓦礫と粉塵、殺意と悪意、戸惑いが錯綜する部室で、ジローを悪の首領にするための最後と仕上げと称してオートマントを纏うクソ親父。
なおも息があるキョーコにとどめを刺そうとするクソ親父の右手を掴むジローでしたが、クソ親父はジローの胸ぐら引っつかむと、
「お前がここに来た目的はなんだ? え?ジロー?悪の首領になるための社会勉強だろーが」自分が負けて組織を壊滅させたというそもそもの原因を差し置いて、平穏な生活に染まってしまったジローを責め立てると、立ちはだかるジローを吹き飛ばしてキョーコにとどめを刺すために歩み寄るのです。
ですが、むざむざとそれをさせるほど甘い面子ではありませんでした。
首筋に突きつけられた光の刃と苦無。その奥には現役の正義と異能の持ち主による鉄壁を作り上げた四人に対し、余裕たっぷりにキョーコを楽にさせたいだけだ、と語るクソ親父。
奪うことのみで物事を語るしか能がないクソ親父の言うがままにさせるわけにはいかない、と、エーコも戦列に加わりながら、一刻も早くキョーコを病院へ連れていくように指示を出すのですが、クソ親父に抱いていた憧憬とキョーコに抱いていた純愛という二つの
ロイスをここにきてタイタス化されてしまったジローの動きは緩慢で、キョーコを抱えて飛び出すその動きもどことなくぎごちなさがうかがえます。
藤木先生、未だTRPG未経験だというのに
のっけからダブルクロスに行こうとするとはチャレンジ精神旺盛にも程があります。読者も知り合いの方の初TRPGにDXを選択して大失敗しているだけに、まずはオーソドックスなところから初めていくようにアドバイスをしたいところです。
しかし、最近(2012年5月現在)は
TRPGにあまり興味がないのに、クトゥルフの呼び声RPGのルールブックを買ってしまうというチャレンジャーが続出しているという異常事態も発生しています。
いかにアニメと動画のダブルインパクトが後押ししたからとは言っても、所属サークルが解散したTRPG経験者が
減価償却出来ないから、とスルーする以外出来なかった6000円もするごっついルールブックと同じく値が張る各種サプリメントが、未経験者相手に飛ぶように売れるとは恐ろしい時代になったものです。
逸らした話を元に戻しますが、慕っていた養父であっても許すことが出来ない、と対決姿勢を露わにするサブローや、正義として、キョーコの友として、動けば即攻撃する、と警告する黒澤さんを意に介することなく、クソ親父は本物の「悪」を教授するとうそぶきながら無造作に前に出ます。
実に何気ない動きのはずなのに五人が五人とも虚を突かれて背後に立たれてしまった辺り、もしかするとこのクソ親父、《時間凍結》
(@ダブルクロス)まで持ってやがるかもしれません。
ダブルクロスのエフェクトは冗談としても、時間を止めたか空間を操ったか、
「ひとつ――悪たる者、強くなければならない―――」スピードとは無関係のところで繰り出された先制攻撃によって、部室の壁もろともに吹き飛ばされるシズカとサブローを空中で捉えたかと思うと、
「自分の目的を果たすためにも―――圧倒的にな」両者の頭を掴んで頭から地面に叩きつけるクソ親父。
先制攻撃で二人を瞬殺したクソ親父がとどめを刺す際に生まれた隙を狙い、一旦外した間合いを再び詰めて殺到する黒澤さんと大神ちゃんでしたが、二人の拳の前に突きつけられる
「ひとつ、悪たる者 目的のためには手段を選ぶな」気を失ったシズカの姿に、黒澤さんと大神ちゃんもまた振り上げた拳を突き出す機会を喪ってしまうのです。
そして、クソ親父相手にその躊躇は致命的でした。
「今のオレの目的は、ジローを理想の首領にすること…… そのためには非情にもなるぜっ!」
言葉と共に繰り出されるオートマントの二つの拳は黒澤さんと大神ちゃんという学生サイドの実力者を難なく叩き伏せるのです――が、もし盾として利用したのがサブローだったとしたら、
盾もろともぶん殴られていたことは間違いありません。
クソ親父はいい気になって教授する前に、黒澤さんと大神ちゃんが挟撃することなく同じ方向から攻撃してきたという運の良さを喜ぶべきです。
一方、クソ親父が決して弱くはないはずの四人を数秒で戦闘不能に追い込んだその頃、ジローは血塗れたキョーコを抱えたまま校舎を駆けていました。
一直線に病院に向かうのではなく、靴を履き変えるためでしょうか、校内を走るジロー、そして、滴り落ちる血に驚く一般生徒やキョーコを抱えて走るジローの形相にただならぬものを感じる清里先生の姿をあえて見せる辺りに、ジローが砕け散った日常を必死に繋ぎ止めようとするかのような足掻きを感じるのは穿ちすぎでしょうか――その答えは定かならぬまま、ただただジローはすべての破綻を招いた原因が自らの中にわだかまっていた迷いにあることを痛感しつつ校舎を駆けることしか出来ません。
ですが、その迷いの萌芽もこの三年で確固たる自我をもったが故のこと。
クソ親父に言われるままに――クソ親父のエゴを押し付けられるままに従っていては持たなかったであろうジローの意志を守るために振るわれた
「エーコさんメガトンパンチ!!ジローはお父さんの人形じゃないのよ!親のエゴ押しつけんな!」エーコの拳もまたクソ親父を止めるには至らず――――
「「エゴの押し売り」が悪の人間だろーが。 ひとつ――悪の人間たるもの、自分の欲望に忠実たれ、だ」ひたすらに自らの“分身”を作り上げようとするクソ親父は、その欲望にジローを染め上げるための障害を排除するためにオートマントを展開するのです。
そのような状況でありながらも、キョーコを抱えて逃げる以外に出来ないジローを気遣い、
「ごめんね…ジロー……」穿ち抜かれた身体の痛みではなく、ジローを迷わせた挙句、このような事態に追い込んでしまった心の痛みに堪えかねて謝るキョーコ。
「悪の首領は…ジローの…夢…だもんね… ジャマするつもり…なかったんだけど…… ダメだね…私……」
自らの生命の灯火が消えようとしていることを知った上でもなおジローを気遣うキョーコの言葉は却ってジローの心を抉り、苛みます。
「違う…!! オレは…オレは… オレは…怖かったのだ…! 悪の組織とこっちの生活…どちらかを選べば一方を失う――それが…怖かった…!」
全ての原因はどちらか片方を失うことを恐れた自らの怯懦にある――だというのに、なおもジローを気遣うキョーコに本心を吐露し、仲間達やキョーコと育んだ愛しき日常が追い求めていたキルゼムオールの首領の座と変わらぬ物へと――何物とも代え難いものへと育っていたことを叫ぶジローに、キョーコが向けるのは
「そっか…うれしいな…」あまりに生命力の薄い透明な笑顔。
「ジローはそれだけ… こっちを大事に思ってくれてたんだ―――――」
その儚い笑みに心が軋み、失いたくない、と訴える。
ですが、
「ったく、やっぱ失わねェとわかんねぇようだな」その心の底からの希求は無慈悲に奪われました。
腹を貫き、胸を穿ち、肩口を突き破る三本の刃は胸前に抱え上げるように持ち上げていたジローのオートマントのさらに下から突き上げるかのように放たれ、相当量の血を失っていたキョーコの軽い身体を易々と持ち上げるように奪い去る。
血飛沫が顔に跳ね、時間が止まる。
奪い取ったキョーコの身体を、抵抗の無意味さを示すかのようにジローの目の前に放り捨て、ジローから一切合財を奪い去ったクソ親父は勝ち誇るかのように自らの後継者という名の実験材料を一から作り直すべく
「帰るぞ。 一から鍛え直しだ」無理矢理帰郷させようと促すのですが――――
「……さわるな…」
全てを奪い去られたジローの怒りは遂にクソ親父を敵として認識しするのです!
「殺すぞ……… クソ親父……!」
余裕綽々にジローの怒りを受け止めて、
「やっといい顔するようになったじゃねーか。 それだよ、見たかったのはよ」不敵に笑うクソ親父。
しかし、エゴこそが悪の本質であるというのであれば、
ジローに芽生えたエゴを無視することはまさしく片手落ちッ!
奪い、捨て去ることだけが強さと抱え、貫く強さ――意志の力がぶつかる時まであと僅か。
大口叩いたクソ親父に、
より大きなブーメランが飛んでくるまで、さほどの刻は残っていないのでした。
「なァジロー。 「悪」とはなんだ?」
ハイキックと共に刻み込まれた初対面。
戸惑いと共に返された感謝の言葉。
羞恥心と引き換えに交わされた誓い。
全ては奪われ、奪われた者は復讐に滾る心を
「よくも…よくもキョーコを!!キョーコを!!」怨嗟の叫びで解き放つ。
しかし、慟哭と共に繰り出された戦闘モードの本気の拳もクソ親父にダメージを与えることはありませんでした。
教室の壁をも撃ち抜くノックバックの中でも傷ひとつ受けることなく、
「迷いのあるヤツは首領になれねぇ。 迷いは組織にとってマイナスだからな。んなこともわかんねぇのか?」オートマントによる迎撃の拳と共にキョーコを殺した理由を返すクソ親父に対し、自らこそ責めを負うべきであり、キョーコを殺す必要などない、と応じるジローですが――
「もし必要だというのなら――悪の首領などクソくらえだ!!」ジローの叫びは圧倒的な力によって呑み込まれるのでした。
「そのクソくらえな悪の首領に――一発も入れられねェで何ほざいてんだ。 なめんじゃねェぞクソガキが!!」
ドリルキックを同じくドリル状に展開したオートマントの拳で受け止めたかと思うと、オートマントのセーフティを解除し、クソ親父はその本来の力を一つ一つ見せつけるかのように開放するのですが――――
勝利条件が一気に引き下げられましたーッ!!
ですが、勝利条件が『一発入れればOK』になったとはいえ、それでもやはりクソ親父との力の差は圧倒的。
真っ向からドリルキックを粉砕したかと思うと、オートマントを全身に纏いながら未だ宙にあるジローの身体を大振りの一撃で吹き飛ばし、校舎を殴り抜いてジローを校庭へと叩き出したクソ親父は、悪の本質を説きつつその歩を進めます。
社会悪や法に反することが悪の本質なのか――否。
正義と悪は所詮立場の差によって生まれる違いでしかないもの。
そして、多数派が正義を名乗り、ルールとなることが世の倣いであるならば、自ずと少数派は悪となるだけのこと。
しかし、悪と呼ばれる少数派は間違いなのか――断じて否。
「たとえ全世界を敵に回しても自分を貫く。 それが「悪」だ」
貫き通した果ての姿は、頭蓋の両脇に曲がり、歪んだ角二本を備えた禍々しいフォルムを誇る、戦闘モードの完全体。
律に背いてもなお家族や仲間を守るために悪を貫く者――首領の生き様を述べ、自らの語る首領としての信念を否定するだけの武器の有無を問うと、クソ親父は立ち上がり、懸命に一撃を入れようとするジローの未熟を責め立てるかのように容赦なく打ち据えます。
ですが、それでもなおジローの心は折れません。
憧れと家業で悪をやるだけの未熟者――それを受け入れつつも、立ち上がるだけの強い意志を与えてくれたのは、
「……だが――そんなオレを…叱ってくれたヤツがいた…」狭い世界で生きてきた自分を叱りつけたひとりの少女。
今はもういない「いっしょに怒って…泣いて… 笑ってくれる大切な…人が…!」たった一人への想いを胸に
――未熟な雛鳥は今、巣立つッ!!
「たしかにオレには信念はない」一歩を踏み出すとともに、脱ぎ捨てたオートマントを――クソ親父から与えられたオートマントを――羽撃くかのように翻した雛鳥は「だが――やっと気づいた…」クソ親父の操るオートマントの一撃をやり過ごすと同時に、「オレは――この思いのためなら――この身がどうなろうと構わん――」――高く飛び上がるッ!
「キョーコのためなら… 喜んで世界を敵に回してやる!!」
父への憧れを捨て去って、叫びと共に繰り出したのは、
キョーコ譲りのハイキックッ!!
キョーコを奪い去った“敵”に対して、目に浮かぶ涙とともにジローが示したのは貫き通す己のエゴ――“悪としての信念”。
その訣別の強い意志を伴った答えに、クソ親父は高笑いを上げ
「だ、そうですよ――― キョーコちゃん」待てやコラ。
その突然の振りに
「ちょっ…おじさん!このタイミングでこっちにふる!?まずそっちで処置してからにしてくださいよ!?」キョーコもまた抗議――うん、とりあえずお前も待てや。
てっきり強化改造して蘇生させたまではよかったけど、要らん新機能まで搭載したジローを
抗議のハイキックで仕留めるオチかと思ってましたよ。
第一、そうでもしないと
キョーコのおっぱいは永遠にちっぱいのままです。
まぁ、そうなるとキャラ崩壊しますが。
『健太やります』の二の舞は避けねばなりません(古いサンデー読者限定ネタ)。
訓練されたサンデー読者の
ぶっといトラウマはいいとしますが、変幻自在の刃ならではのイカサマで服だけを貫いたクソ親父と小声の「ごめん、合わせて」の合図だけで見事に即興芝居を完成させたキョーコにおもっくそ騙されて、先程まで流していた涙とは全く別の意味合いの涙を流して抗議するジローに対して
「ごっ、ごめん!! おじさんが必要なことだからって――」クソ親父に責任擦り付けつつ弁解するキョーコ。
『必要なことだから』まで付け加えたりしたら、間違いなく会話してるのがバレます。刺された瞬間ジロー隣にいるんだし。
あと、
取り敢えず創造主はオンセやりましょうや、マジで。
演技なんて恥ずかしいから、と尻込みしてるようですが、キョーコが即興でこれだけの演技が可能なんだから、創造主も
出来て当然です。
GMとして目一杯楽しませてくれるわわはははははー!(魔王チックに)
何はともあれ仕込みもバレてすべて決着大団円。
その欲望に従って、手に入れたいものはとっとと手に入れろ、とアドバイスを残し、顔を見合わせるジローとキョーコに背中を向けて、
「その「悪」忘れんなよ」クソ親父はやってきた時同様に唐突に立ち去るので――――
「なーんて、それで収まると思ってんの?」
立ち去ろうとしたところで――肩、掴まれました。
ジロー同様、二人の芝居に騙されたのは皆同じ。
ジローのためなら、とあっさり乗ったキョーコはまだしも、なんの説明もなしに部室や校舎をぶち壊されて、一方的に痛めつけられた者としては堪ったものではありません。
「やられたぶん10倍で返す」
「悪ですし変身してもいいですよね?」
「なめんなよおっさん―――!!」
「お父さんが動くときって、ホントにハタ迷惑なのよ―――」
戦闘マシーンの大神ちゃんや正義として変身を解禁する黒澤さん、騙された怒りに燃える一般人はもとより、同じく悪の首領なはずのルナや忠誠度が半端なく高かったはずのサブローすらも敵意を露わにする逆境に、
「………と、このよーに。悪の首領は大変だぞ!?覚悟しとけよジロー!!」ただ逃げるしか出来ないクソ親父。
「いや、自業自得だ」穏健な緑谷すらも
粉砕バットを握るほどの怒りをなだめる義理はジローが持つはずも無く、助け船もないままに人騒がせ極まりないクソ親父がボロボロの校庭を逃げ惑うその横で、ジローはキョーコへの説教タイムへと移るのでした。
「それじゃ、いってきます!」
高校生活が終わって三ヶ月。
「お父さーん!悪いけどお米セットしておいてー」ミュールをつっかけながら、おとーさんに家事の残りを頼んで家を出ていくキョーコ。
家事と学校を両立させるのがやっとだった高校時代とは違い、講義の取り方を工夫することである程度時間的な余裕も持てる大学生活とあって、バイトも始めることになったキョーコにおとーさんとポチも感慨深げ。
そんな二人の視線と声を背に、明るい笑顔と共に駆け出し、程なくして江ノ電に乗り込んだキョーコの携帯に飛び込んできたのはユキからのメール。
“まるで夫婦”と銘打たれた画像は甲斐甲斐しく赤城のネクタイを締めるアキと、二人をからかうかのように写り込んだユキを写し、ユキの相変わらずの無敵っぷりをキョーコに示すのですが、かく言うユキも緑谷といい関係になっているという情報はキョーコも知るところとなっており、ユキの無敵モードも風前の灯。
ですが、いい関係止まりということは、卒業しても結局
一緒の大学だからと安心した緑谷は告白出来なかった模様です。
このままだと
大学卒業まで引き伸ばすことになるのは明白なので、最終巻のおまけ漫画でしっかり告白して欲しいものです。
ともあれ、高校卒業と共に別の道を歩むことになったとはいえ、アキやユキとの今まで通りの強い結びつきは変わることなく、一生ものの付き合いとなるであろうことも変わりない。
東京の正義本部へと戻っていったとはいえ、唯一の友達であるキョーコに頻繁に会いに来る黒澤さんはもとより、来年こそは、と正義の採用試験に全てを賭けるシズカやこちらに残って同好会から部へ返り咲くとともに、部室を取り戻すことを誓って日々頑張り続けるサブローとルナといった相変わらずの生活を送る仲間達も、別れ別れになったかと思っても意外にすぐに逢える場所にいる。
大神ちゃんはルナの下に付くかと思いきや、
敵が多いから沢山戦えるという理由で正義の試験を受けて実際に通っちゃったりと所々ツッコミどころはありますが、バトルジャンキーであるという立ち位置は変わりなく、肩書き以外はそれぞれさほど変わらぬ日常を送っている仲間の姿に、キョーコはかつて聞いた『絆の力』の強さを思い知るのです。
ただ、そこにはそれを説いたはずのジローはいませんでした。
別れを惜しむ仲間達の声を背に受けて、
「世話になった!またな!」の一言だけで卒業と共に実家へと戻っていったジロー。
「キョーコのためなら喜んで世界を敵に回してやる!!」そう言ったはずなのに、おいそれと逢うことが出来ない場所に行ってしまった事を実感したのは空部屋になった向かいの部屋。
所狭しと並べられていた発明品やその素材となったガラクタの山が綺麗に消え失せたことで、ついこの間まで真っ暗だった部屋に差し込む光の明るさと狭いと思っていた部屋の広さを思い知るキョーコ。
――フィギュアを置く場所が出来たし、お姉ちゃん達とはメールでやり取り出来るから何も変わらない。第一、あんなヤツのことなんか別に気にもしてないし――
そう強がっては見ても、思い返せば返すほど、何も言うことが出来なかった自分への情けなさとジローがいない寂しさは膨らんで、膨らんだ感情は涙となってキョーコの双眸から溢れ出るばかり。
しかし、悲しんでばかりいても仕方ない。バイトを始めたのも夏休みに九州に行くための資金を貯めるためのことなのだから、決意は堅い。『今度こそ』『次こそは』で先延ばしにしない、と改めて思うことで、
微妙に緑谷をdisったりしながら涙を拭うキョーコでしたが、そんな彼女の目に入ったのは
「ん? おい、あれなんだ?」「なんか空にでっかいのが…」車窓の外を指差す三葉ヶ岡高校生。
その言葉に引っ掛かりを感じて視線を上げたキョーコの目に飛び込んできたのは、
梅雨の晴れ間の海上を呑気に浮遊する、見慣れたフォルムの巨大な飛行物体ッ!!
講義もバイトも頭から吹き飛ばすそのインパクトに慌てて最寄駅で電車を飛び降りたキョーコは、推進用と浮遊用の二枚のプロペラを配した未確認飛行物体を目指して駆ける!
駆ける!駆けるッ!!
「あれって……」初恋へのわずかばかりの感傷を覗かせて呟く花子さんとは対照的に、真っ直ぐに浜辺へと駆け降りたキョーコのその表情は明らかな喜びに包まれて――
「ジロー… ジロ――!!」
喜び、戸惑い、驚き、不安、勇気――様々な感情を綯交ぜにしたキョーコは、浜辺で浮遊アジト・スカイゼムを静止させたジローの背中に向けて叫ぶのです。
「おお、キョーコ! 久しぶりだな!3か月ぶりか!?」
振り返ったジローが見せるのは、自信に満ちた変わらぬ笑顔!
衣服は見慣れた学生服から黒地にシャープなフォルムの縁どりを加えた幹部用のユニフォームへと変わってはいるものの、それ以外は何ら変わることない表情で、新たに作った自分のための新アジトを自慢するジローに、
「あ、あんたなんでここに…? 帰ったんじゃ………」戸惑いながら問い質すキョーコ。
ですが、余りにも待ち望んだ再会が唐突になされたことで、
ジローのアジト、という肝心な部分に気付かなかったキョーコは、続いて放たれたジローの言葉に大きな驚きを示すことになるのです。
「…あれ?聞いてないのか? オレはこっちに残る…と」
クソ親父に維持を貫き通した結果、こちらに残って自分自身の組織を作ると卒業を前にして決めたこと。
その許可を得るため、そして、キルゼムオールの復興の手伝いのために暫くの間帰省していたが、それが一段落したために再びこちらに戻ってきたこと。
おとーさんには話していたものの、おとーさんはおとーさんでジローとキョーコなら当然話は済んでいる、と思い込んでいた結果の行き違いに、三ヶ月の長きに渡るすれ違いやら悶々やら怒りやらを込めた理不尽なハイキックが、あの涙を返せと言わんばかりに炸裂するのも無理からぬことでした。
あの時と全く同じ、延髄を斬り付けるかのようなハイキックによって海中に吹き飛ばされたジローも当然抗議をするのですが、キョーコの怒りは収まりません。
置いて行かれた怒り。
そそくさと急いで出ていったことに対する怒り。
大切なことを伝えてもらえなかった怒り。
すべての怒りを滲み出る涙に変えて、
「いや、オレもお前らにドッキリかけられたりしたが」「そんなの関係ないっ!!」一方的にまくし立てるかのようにジローを責めるキョーコ。
ですが、その怒りを受け止めて、新首領は前に進みます。
立ち上がり、尋ねるのは
「そういえば、聞きたいことがあったのだが―― オレの社会勉強、アレはもう終了でいいのか?」あの時交わした約束の是非。
「知らないわよそんなの! とっくに終わったんじゃない?卒業したわけだし!」勢いで答えた後になって思い出すのは――その対価。
「……そうか。 では――お前を好きに改造していいわけだな?」
後悔しても言質を取られた以上逃げ場はなく、怖気付いても構いなし。
新たな組織には必要だから、と逃げ場を塞いだジローは
「いーや、改造させてもらう」強引に前に出ると共に
約束を守るために踏み込んだこの世界で得た掛け替えのないものを「オレの嫁に」奪い去るッ!!
白昼堂々の――
そして藤木作品初の――キッスは約束の対価の証し。
シャイなラブコメマスターの踏み出した一歩に初々しく顔を赤らめる二人の声も動揺を隠せず上擦るばかり。
ですが、ラブコメをラブコメで終わらせないのもまたシャイな
ラブコメマスターアジア・藤木俊師匠の真骨頂!
宙を漂うスカイゼムを目印に、やってきたのはいつもの仲間。
邪魔する気満々のシズカとルナ、そしてラブられるのが不愉快でならない黄村の三人を羽交い締めして抑え込むのは黒澤さんと大神ちゃんに緑谷。
赤面するアキと写メるユキというならではの反応もいつも通りなら、ラブる二人をダシにしてビールを売りさばくニートもいつも通り。
「やっぱり戻ってきたね、ジローくん!」「また騒がしくなるな」
帰ってきた騒がしい日々を歓迎するかのようにのんびり呟く緑谷と赤城とは対象的に、
「まっ…まだです!! 結婚するまで負けてません―――!」「だぞ―――!」往生際悪く叫びを上げる二人の負け犬。
乙型と共にジローの組織に入ることになったニートが被扶養家族に向けて放ったキツい暴言をきっかけに、
「ジっ…ジロー!なんであんたはいっつもタイミング悪いのよ――!?」「や、やかましい!!お前だって気付かなかったではないかっ!!」再び始まる痴話喧嘩。
どちらが勝つのか負けるのか。この日々はいつまで続くのか――
無論いつまでも!!
あの日あの時、初めて出会った従姉弟同士の物語は、はじめてのキスで幕を閉じ――ひと足早い夏の日差しと共にどこまでも続いていくのでした。
はじめてのあく〜完〜