FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート11









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第100話◆義理…チョコ?


「あ、ってことは赤城は退陣か」「だね」

 世界の裏面での戦いの傷跡がまだ癒えない三葉ヶ岡高校。
 ですが、それとともに終わりを迎えた表での戦いの喧騒はすっかり沈静化し、いつもと同じ朝が訪れていました。
 ただ、2−4の一角を除いては。
 教卓の上に立つのはワイングラスを手に、左腕に腕章を輝かせるヒゲダルマ。
 ラテン系の配管工、もしくはが何時の間に三兄弟になったのだろう、という疑問を抱きたくなったのでしょう、なんとも味のある表情で「……おはよう黄村…」一応の挨拶を送るジローでしたが―― 「ノンノンノンノン」最早黄村はただの黄村ではありませんでした。
「か、い、ちょ、う」その言葉、そして燦然と輝く腕章に刻まれる『会長』の二文字。
 そう!投票直前に三人だった会長候補のうち、一人が負傷でリタイア、そしてもう一人が消失―― というわけで、前評判を覆して支持率100%で当選を果たした黄村が赤城会長の後を継ぐ新会長として君臨することになったのです!
 人事権やら予算配分やらといった絶大な権力を誇る独裁システムの頂点を決めるだけに、このような異常事態が発生したとなれば後日再選挙で応対する、という事態も想定されて然るべきではなかろうか、とも思いましたが、有能すぎたのか、選挙戦すらなかった赤城会長の二期目の様な無風状態での選挙戦も一度や二度ではなかったでしょうし、フリーダムやらリベラルやらという校風が売りの学校なだけに、生徒達にはイレギュラーな生徒であっても選んだからには神輿として担ぎ上げるという覚悟が備わっているのでしょう。
 スゲェな三葉ヶ岡高校生?!
 ウザがられつつも会長と認られてやる気をみせる黄村でしたが、その高いモチベーションの源はもう一つありました。
 なぜなら時は2月になったばかり!支持率100%という圧倒的人気で当選したという実績は、それまでは黄村にとって憎悪の対象でしかなかったバレンタインデーを神から約束された至福と勝利の一日へと変貌させるに足るものでした。
 その時を夢想し、「太るわー!超太るわー! チョコ貰いすぎて幸せ太っちゃうわー!」内股になりながら豪語する黄村に、「安心しろ。 お前はすでに太っている」アキは冷静にツッコミ入れて返すのですが……『地獄のミ●ワ』ネタなんて見てる暇あるんだったら、セッションしましょう、神
 こちらは得体の知れない素人だし、あちらも連載中だから、と自重してましたが……マジに勧誘したくなってきました。
 ですが、浮かれきってる黄村に対して内股になっている場合ではない、とジローは返します。
 入院中のジロー達に、実に軽いノリで真世界の連中に挑戦状を叩きつけてきたことを告げた不思議生物がいたこと。
 その宣戦布告によって決戦の時は一ヵ月後になったこと。
 どうせ戦うんだったらこちらから主導権を握ってやる、というただそれだけの理由で宣戦布告を行われたことで、あまりのストレスから黒澤さんが胃を痛めて寝込んでしまうという事態になっている上、その宣戦布告を行った自由人ニートは風の吹くまま気の向くままに姿を眩ませてしまっている、というのに、このように浮かれていてはいけない、と気を引き締めるジローの言葉を、キョーコやアキも深刻に受け止めるのですが、新会長様の度量とか肝とかは一味違いました。
「オレ達はオレ達の日常を守るために戦うんだぞ? それなのに日常を犠牲にしてどーする!」
 クライマックス・フェイズでのオーヴァードを髣髴とさせる、この黄村らしからぬ言葉にただただ驚き、そして賞賛するジロー達……やっぱり創造主がよく読んでるリプレイはダブルクロスと思って間違いないようです。
 しかし、やっぱり黄村は黄村……PC1のような発言は長くは続きませんでした。
「そういうわけだ。自然体でいよーぜ!なにしろ―― もうすぐオレがモテまくる日が来るのだから…!
 私利私欲出しまくりの発言にツッコミ入れるアキですが、話題が黄村への会長職引継ぎがもうすぐ、ということになったことで、アキは一つ気付きます。
 そして、その事実に気付いたアキはキョーコに一声掛けるのです。
 所変わって放課後の渡家では、「何ィ!? 手作りチョコの作り方教えて欲しい!?」「しかも赤城さんにあげるって… いつの間にそんな関係に!?」キョーコとユキの黄色い声が挙がりました。
 キョーコを弄るのに夢中で、キョーコですらも気付いてたアキと赤城の間に満ちるラヴの気配にすら気付かんかったのか、と世話焼きババァの片割れだったユキさんを問い詰めたいところですが、当然アキにそんな余裕はありません。
 そんな余裕のなさ故にテンパリまくり、言い訳がましく好意を否定するのですが、赤面しながらのその言い訳はむしろ逆効果。
 しっかりかっきりくっきりと、キョーコどころかユキにすらも好意を見透かされ、うんうん、了解!じゃー…アキちゃんは赤城さんの。キョーコちゃんはジローくんの。残りは私が担当しよっか!」仕切られるアキと、一緒に仕切られる羽目に陥ったキョーコは流石にツッコミ入れて反論するのですが、「ひょっとして意識しちゃってるー?」残念ながらこういった場面でノンプレッシャーなユキに勝てる二人ではありません。
 というか、ユキに勝ったこと自体稀です。
 その稀なケースは6巻に収録されているため、未読の方は是非購読しましょう(←ファンサイト要素)。
 でも、その一回で根本的な力関係の是正が出来たとは到底言えません。二人に反撃させるためにも、早くやって来い、緑谷!
 何はともあれ、ユキにすっかり乗せられて、乙女二人はそれぞれの想いを込めてチョコを相手に大奮戦!
 ジローが立ち入り禁止区域に指定された台所に近寄るに近寄れぬ中、ユキも適度に義理チョコを作り上げ、ついでに乙型も前衛芸術的なジロルチョコから進化を遂げたチョコケーキを作り上げ、ついにバレンタイン当日がやってきました。
 すっかりパシリとして定着したジローに赤城会長を校舎裏に呼び出してもらうように仕向け、準備は万端!
 意識すまい、意識すまい、と自分の気持ちを必死に否定しようとしても、その意識こそが既に相手を意識していることの証明である、ということに気付かないまま深呼吸を繰り返し、往生際悪く義理だからみんなと一緒に渡すべき、と必死に主張しても自動的に却下され、涙目で取り残されたアキの下に、「おう、どうした――?なんか用事らしいが」ついに赤城会長がやってきます。
 物陰に隠れて一部始終を眺めようとするのが明確なキョーコとユキ、そしてジローの視線を感じることも出来ないほどの緊張がそのおっぱ――――ごめんなさい、反射的に茶化そうとしちゃいました――――胸の中に渦巻き、心拍数が際限なく上がっていくのが実感出来る。
 しかし、目の前にいるのはいつもと変わらない相手。
 変に意識してどうするんだ、とばかりに力を振り絞って「ホ、ホレ!やるよっ!!」声とともに右手を差し出すアキに、受験に加えて会長業務の引き継ぎをすぐ後に控えている赤城会長は、その慌しさで忘れていた今日という日がバレンタインデーであることをようやく認識するのですが、なにやら気合の入った放送と大きさから、「ま!?まさか本命か!?」動揺を口に出してしまいます。
 赤城会長のリアクションに「だっ!?ちがっ… ギ、義理だよ義理!!」思わず本心にもない言い訳で応じてしまうアキですが、その反射的な買い言葉にいつものやり取りの雰囲気を感じたのでしょう、「ははっ!わかってるよんなもん! オレが本命とかありえんだろ!」赤城会長もまたいつもの調子に戻って返します。
 変わらぬやり取りに半ば安心したものの、心の残りの半分を占めるのはぽっかりと開いた空虚のみ。
 このまま行かせてしまったら、結局何も変わらないし、想いも伝わらない――。
 その想いが、チョコを渡せただけで賞賛している今のキョーコならばズルズルと二の足のみを踏み続けているであろう“次の一歩”を踏み出させました。
「まっ…待って…!」呼び止める言葉はたどたどしく、「そ、それ、みんなからだけどっ… あんたの作ったのは… あ、あたしで…」緊張からか舌もうまく回ってくれず、「チョコ、全部一人で作ったの…初め…てでっ…」普段ならば力強さが売りの言葉使いもどことなく弱々しく、儚げなアキの見せるたたずまい、「だから、だ、大事に食ってくれると…うっ…嬉しいな――…… な、なーんて…」そして、顔中を朱に染めた表情に全てを察したのでしょう、赤城会長は口元に笑みを浮かべると、「そりゃ…貴重だな! 了解した!大事に食わせてもらうぞ中津川」懐深い笑顔と言葉で心からの感謝を述べるのです。

――春近い、晴れ渡る空に元気よく響くアキの声!!――


 想いの成就に興奮して、隠れていた生垣から思わず飛び出して抱きついてきたユキによって、ようやく今までのやり取りが覗かれていたという事実に気付いたアキですが、それでも反撃しない辺り、それまでの緊張感やらドキドキは相当だった模様です。
 そして、そのドキドキが伝染したのか、ジローとキョーコのチョコ受け渡しもぎこちなく、「あんたもこの前頑張ってたから!ご苦労様ってことで… そ、それだけだからっ!!」キョーコの言い訳もまたついさっき聞いたようなものになる始末。
 それ故でしょうか、近寄ってきた巨体に気付くことなく―― 包みを奪われることになるのです。
 全てを台無しにするためにやってきたのはもちろん支持率100%という圧倒的な指示を受けて会長になっても結局貰えたチョコは0、という黄村。
 支持率100%とはいえ、無効票や白票はカウントされないという支持率のからくりによって上げてしまったテンションがぬか喜びとともに消え失せて、残ったそこには嫉妬に狂う凶獣が一匹。
 予想されたオチではありますが、それでこそ神の声を聞く漢です。
 荒れ狂い、続けざまにユキの分そして凶獣に気付かずに現れたシズカの分も含めた、女子の持つチョコというチョコを奪いにかかるその破壊力は最早ゴジラの如し!
 不幸と嫉妬とともにチョコの味を噛み締めた結果、念願の10kg増を果たした黄村新会長。
 せめて赤城前会長の持っていたチョコは奪わないで欲しいものだ、と読者は願うばかりなのでした。




第101話◆モニターヒーロー


「モニターかァ… そんなこと言われても…」

 黄村新会長による新体制が構想され、意外なことにキョーコ&アキユキが執行部にはいない、と発覚する今日この頃、放課後の渡クラブの部室に於いて、第一回『真世界』対策会議が開かれようとしていました。
 議長を務めるのはもちろん仕切るの大好きな黒澤さん。
 その完璧主義故に執行部の副会長候補としてもノミネートされている彼女ですが、生憎と参加者全員のモチベーションが高い文化祭の実行委員の時と違って、今回の会議の参加者はどいつもこいつもマイペースで通っている変人集団。
 ただでさえ悪と手を組むという緊急措置にストレスを感じているというのに、お菓子を持ち込み、雑談に興じ、居眠りし、受験の合否に気を揉む、むしろ悪のカップル以上に曲者揃いの一般人どもにいいように振り回され、「話を聞いてくださいっ!!」「あ、ごめんごめん 何だっけ?」胃の痛みと進まないどころか議論の『議』も『論』も出てこない惨状に涙を流して抗議する黒澤さんですが、「安心しろ黒澤。すでにこいつらのアイテムは試作してある」そんな彼女に助け船を出したのは本来の立場ならば敵であるはずのジローでした。
 アイテムによる強化という建設的な打開策に黒澤さんは青褪めていた顔色を持ち直させ、それまで興味一つ示すことなく自由気ままに振る舞っていたいつもの仲間達も引き寄せられるのですが、生憎とその新アイテムガードスーツはまだテスト前。
 正義の者と同等の防御力を得ることが出来る、という謳い文句に惹かれて手を上げるものの「あ、ちなみに―― まだテストしてないから最初のやつで実験を――」と続いたジローの言葉に応じ、一同は一瞬で上げた手を下ろします。
 それに立ち遅れたのが緑谷。
 いつもの引っ込み思案っぷりが災いし、手を上げたその瞬間にジローからの爆弾発言が着火したことであっさり運命に吹き飛ばされた緑谷は、青木が地味に読んでいた単語帳の『Sacrifice』の一言を地味に具現化するかのように校舎の二階へと連れて行かれます。
 抵抗しようにも周りは黒服黒眼鏡を身につけたブラックメン達が固めていて逃げることもままなりません。
 ……つか、お前らこういう時のノリ良過ぎ
 悪乗りする一般人達を止めるべき現役正義も「正義も時に非常なのです」の一言であっさり見捨て、正義見習いもまたそのやり方を学習し、緑谷は最早孤立無援。
「さよなら緑谷くん!」
 実は保険金でもかけてるんじゃないのか、という勢いのユキの言葉に絶望したのでしょう、二階の窓から放り出されたことでやけになりながら左手に装着したブレスレットに手を添えて「変身!」叫ぶ緑谷!
 地面に落着し、濛々たる土煙に包まれた緑谷に向けて放たれた黄村の「殺ったか?」という言葉―― てかちょっとマテや黄村?
 流石に味方相手に殺意持つのはまずかろう。
 ですが、黄村の殺意は通じることはありませんでした。
 土煙が晴れたそこには「…痛くない。 足も全然… ダメージゼロだ!」身体にぴったりフィットするボディスーツを纏い、大地を踏みしめて立つ緑谷の姿。
 ガードスーツの頭文字から取ったのでしょう、胸とバックルに『G』をあしらったボディスーツに一同から歓声が挙がるのですが、キョーコと黒澤さんからは別の反応が返ります。
 かつて敵として認識したキョーコからは「あれ?でもあのカッコどっかで…」の疑問の声が、緑谷のスーツが自分のものにあまりに酷似している、と気付いた黒澤さんからは「あ、阿久野ジロー!なんかあのスーツ私のやつに似てますが!?」青褪めながらの震える声が。
 その問いに、病室で寝ている間に勝手に借りて参考にした、とジローは事も無げに返し、勝手に宣戦布告したニートに続いてジローにまで自分の立場を危うくされた黒澤さんはより一層キルゼムオールへの私怨を募らせます。
 この一件が終わったら音速で潰しにかかりそうでなりません。
 ともあれ、ギガレンジャーのスーツを参考に作り上げたガードスーツの耐久性能は間違いないものである、という実証は出来たとあって、あとは一週間ほどで人数分揃えればいい、と締めくくるジローに、一同から色指定が入ります。
 いや、ちょっと待てお前ら。
 赤城の赤や青木の青はまだいいけど、ホワイトとか黄金とかここじゃ正直背景色を黒にしないと見辛いことこの上ない色ばかりを指定しないで下さりやがれよコンニャロウ。
 あと、背景色黒だと黒澤さんとか来栖とかで使ってる黒系統の象徴色が見えなくなります。
 ついでに言えば、サーモンピンクがいい、というユキの指定ですが……初詣の時からのラブコメ攻勢ですっかりアキの象徴色に仕立て上げてたピンクが被ってしまいます。
 このサイトといたしましては正直ジレンマ発生しまくりもいいところです。
 しかし、ジレンマといえば緑谷にもまたジレンマが発生していました。
「緑谷、引き続きそれのモニター頼む。 何かあったら言ってくれ!」元々ジローの力になりたい、ということで戦いに加わる決意を固めただけに、ジローの頼みそのものは受け入れたとはいえ、自らの引っ込み思案な性格もあって、具体的にどうやったらいいものかという案は出てきません。
 安請け合いしてしまった自分に溜め息ついて、とぼとぼと歩く帰り道、目に入ってきたのは二人のチンピラに絡まれる御川高校の女子生徒。
 見てみぬ振りは出来ないものの、自分で止めるのではなく、警察に頼んだ方がいいか、と消極的に思いつつ通り過ぎようとする緑谷でしたが、ふと自らの左手にあるただならぬ力の源に気付きます。
 ―― これがあれば他人任せにせずに解決出来るかもしれない。
 そう思い至るものの、やはり生来の性格はそう簡単に変えることは出来ません。
 ―― まだモニターが済んでいるわけではないし、そうそうヒーローみたいに行くはずがない。
 体のいい理由をつけて、その場から逃げ出そうとする緑谷でしたが、言い訳する自分を咎めるかのようにその眼が泣き出しそうな御川高校生を捉え、手にした力が胸中の良心と手を組んで騒ぎ立てます。
 ざわめきに衝き動かされ、「まっ…待てっ!ごっ… 強引なのは…よ、よくないと」助けに入った緑谷の勇気を単なる無謀と嗤う二人のヤンキーですが、嘲笑とともに放たれた拳と膝は意外な衝撃に襲われます。
 インパクトの瞬間に緑谷を包んだピチピチのスーツ、そして、その薄そうな素材からは想像も出来ない硬度によって殴った方がダメージを受けるという訳の判らない状況に得体の知れなさを感じたのでしょう、捨て台詞とともに逃げ去るヤンキー達に、気弱そうな御川高校生は緑谷への感謝の念を、そして緑谷自身はジローのアイテムの強力さと、それに伴った自信を覚えるのです。
 切っ掛けさえ出来ればあとは行動あるのみ!
 スーツの能力を引き出した緑谷は、トラックに轢かれそうになった老婆を助け、猛犬に襲われそうになった小学生をかばい、崖から飛び降り――石切り場で爆発に巻き込まれたかどうかが不明なのは残念ではありますが、ジローに頼まれた一週間で、ジローが驚くほどのデータを収集するというタスクを達成するのです。
 しかし、ジローの感謝の言葉に対して緑谷が返したのは「……違うよジローくん」否定の言葉でした。
 いぶかしむジローに帰ってきた緑谷からの言葉は「ボクの名はグリーンバレー!! 緑の谷(グリーンバレー)に吹く一陣の風さ!」あまりにも残念なもの。
 直接に関わろうとしていなかったはずの一般人の皆さんも放心するほどに痛みを伴う発言に、「あの…?緑谷…さん?」さしものジローも呆れつつ、精神的な距離を取りながらツッコミを入れようとするのですが、過疎りまくってる自らのサイトを宣伝するというすっかり残念な人になってしまった緑谷は一番近くにいるはずのジローのツッコミよりも遠く離れた女性の悲鳴を拾ってしまうのです。
 緊急事態に早速発進する緑谷の姿に暗澹とした気持ちに包まれるジローですが、「正義のスーツを未熟な人間が着ると、たまにあるんですよ」その光景は黒澤さんには馴染み深いものでした。
 慢心から調子に乗り、周囲が見えなくなった挙句、制止の声も届くことなく、やがて手にした力に呑まれていく―― ジャーム化まであと一歩です。
 まぁ、何が善で何が悪なのかがさっぱり判らないという部分は既に誰もが知るところではありますが、それでもなお数少ない常識人であるはずのポエマー緑谷兄貴までもが深淵へと堕ちていくのは避けなければいけません。
 しかし、通りかかった花子さんの情報によれば、既に学校を休んだり変な格好で街をうろついている、という緑谷の症状は半ば手遅れ。
 最早残された時は少ない―― 事ここに至っては、力づくでも止めなければならない、とばかりに緑谷を追いかけて走り出したジローに置いて行かれ、その場に残された花子さんに、ユキは事情を尋ねるのです―― って、止める気はないんかい正義?!
 本気でスパルタンにもほどがあります。
 一方、早速一陣の風に追いついたジローはスーツを外すよう促すのですが、生憎今の彼は緑谷ではなくグリーンバレー。魂の名で呼ばなければ応えることはありません。
 痛々しい方向へと成長を果たした親友の暴走を止めるべく、強硬手段に訴えるジローではありますが、耐久値を越える打撃を与えるためにその場に転がるコンクリート製のローラーで放った攻撃は、手を添えてさらに固めたガードの前には無意味。
 そう言えば、ダブルクロスは3rdになってからガードは絶対成功するようになったんだよなぁ。
 いい加減、『なぜダブ』の続編も書かないとなぁ。
 読者の愚痴はさて置いて、「フフフ、このスーツの能力はすでに把握済みだよ。 風は全てを知っている…!」ユキに続いてジローよりも巧くアイテムの性能を引き出すことが出来るようになったグリーンバレーはすっかりいい気になって「ボクは風!ときに荒ぶり、嵐となる風!! 風をなめたらケガするぜ!」決めポーズとともに吠えまくります。
 どこのオルクス×サラマンダーだお前は。
 そのうち花子さんが貯金を薔薇を買うために持ち出して、残高が27円になってしまうぞ?
 力に翻弄されていることも知らず、ただただ自らの得た力に酔っている緑谷の前に、「おー やってるね緑谷くん!」呑気な声でやってきたのはユキをはじめとした女子の一団。
 力を得て自信も持てた。もう貧弱なボウヤなんて呼ばせない!
 最もその姿を見て欲しかったユキを前にして、そう言わんばかりに自らの雄姿を強調する緑谷に対してユキが向けるのは笑顔。
 そして音もなくターンするとともに「うりゃ」両サイドに控えたキョーコとアキのスカートをめくり上げるのです。
 あまりのことに時間が凍ったのは、一秒あったかどうかでしょうか。
 しかし、生み出された停滞時間は、主導権を握るユキ以外には永遠にも等しいものでした。
 ユキの声で思考停止から立ち戻った黒澤さんの飛び蹴りは、ガード不可状態の緑谷にとっては致命傷。
 かくして、十年もしたらトラウマにしかならないであろうグリーンバレーの引き起こした一連の騒動は幕を閉じるのでした。
 全ては貧弱な自分から脱却したことで気が大きくなったという自分の弱さが引き起こしたもの、と脳天にたんこぶ作って正座する緑谷に対する、「でもそんなの気にしなくていいのに。足りないところは補い合えばいいんだし」裁判長・ユキの言葉はあまりに優しいもの。
 諭す言葉に涙する被告・緑谷―― ですが、被告は一つ見落としていました。
 裁判長もまた罪を犯している、ということを。
 その裁判長の犯した罪によって真っ先にキョーコから鉄拳制裁喰らったのであろう、特大のたんこぶ一つ作ったジローは、もうちょっとユキに怒ってもいいと思うのです。
 ですが、ジローの胸中で怒りよりも先に立つのは緑谷のセンスという“武器”を見つけたという喜び。
 何はともあれ、これだけの成果を見せた親友を、ジローは来るべき戦いの戦力として認識するのです。
 とはいえ、同じ事件に接した黒澤さんの心をわし掴んだのは、いいこと言ったふりして誤魔化すユキとそんな彼女を追いかけ回すアキとキョーコの姿。
 危急存亡を賭けた一戦が、このようなノリに振り回されるのか、と、黒澤さんの胃はさらに激しく痛み続けるのでした。

第102話◆悪の穴


「「戦闘モード」についてお悩みかい?」

 「真世界」との決戦の日まで残すところ一週間。人数分のガードスーツも完成し、黒澤さん指揮の下で乙型のミサイルを相手に特訓を送るスパルタンな毎日に、一般人は不平不満を漏らしますが、そんな一般人達と一線を画するかのように、「目をつぶらず軌道見ればいけるよ。 要は度胸!」キョーコは逸早く雨あられと降り注ぐミサイルに驚くべき慣れを見せて回避した上で特訓の場となった河川敷を駆け抜けるのです。
 それがユキ曰く胸の薄さからは想像出来ない度胸からなのか、それとも悪の血筋の成せる業なのかは判りませんが、黒澤さんのストレス解消の意味合いも含まれているであろう容赦の無い特訓を容易くクリアしたキョーコに引きずられ、ボコられ放題のいつもの仲間達も低くなったテンションとモチベーションを高めるのですが、仲間達の闘志の高さに黒澤さんがこの戦いの後に正義の陣営に一同を引き込むことも視野に入れ始めたそんな中、ジローは乙型キャノンの雨の中に屍を晒してしまいます。
 いやちょっと待て!何だこの鉄球はッ!?こんなものを二つも足にくくりつけて動けというのはいくらなんでも無理というものだろう!第一こちらは虚弱な科学者だ!
 そう反論するジローですが、黒澤さんは「ハンデですよ、それくらいやってもらわないと」ジローの弱音をあっさりと却下します。
 あくまで一般人達は生き残るための特訓であり、戦力としてカウント出来るのは善悪両陣営の四人だけ。しかし、ジローを除けば、万全ではない黒澤さんに力不足の見習い二人だけという状況では、ジローの力が底上げされなければ到底太刀打ち出来るはずもありません。
 乙型が加わってもなお力不足であるということはジローにも理解出来ていることではありました。そして、その底上げの最も有効な手段となるものもまた、ジローには垣間見えていました。
 ただ、到達点が見えてもなお、そこに至るまでの道が見えてこないという焦りからでしょうか、ジローは奇行に走るのです。
 夕食時、ジローを呼びに向かったキョーコが見たものは「ハイヤー!!」パンツ一丁にマントを纏い、言うことを聞かないマントへの呪詛の言葉を吐きながら頭に巻いた鉢巻の脇には蝋燭二本を立てて踊り狂うジローの姿。
 迫り来る戦いへのプレッシャーから、別のベクトルで残念な夫になってしまったことを驚きと涙で正視出来ないキョーコでしたが、その姿を見られたジローは自分がまだまともな精神状態にあることを主張するとともに、圧倒的な力を秘めたオートマントの力を自在に引き出す手段を手に入れるために奇行まがいの行動に出たことを語るのです。
 ジローも無意識に二度使用しただけのオートマントの秘められたモードを使いこなすことが出来るか否かが戦いの趨勢を左右することは言うまでもありませんが、そのモードを引き出すスイッチがどこにあるかも把握出来ていない現状では、何をどうしたらいいのかも判らない。
 じゃあおじさんに聞けば、と大首領にそのヒントを尋ねることを提案するキョーコですが、既に連絡を取ろうと試みはしたものの、何故か大首領との連絡もつかず、どうしようもない―― 手詰まりになり、押し黙る二人でしたが、その沈黙を破って登場したのはしばらく行方不明となっていたニート!
 ネットカフェにでもいるのだろうと高を括っていたのか、対して心配もしていないような口調のキョーコですが、戦闘モード、そして、「ちょっと悪の穴にね」というニートからなされた二つの謎の言葉には興味を引かれたのでしょう、ジローのパワーアップのために訓練施設『悪の穴』へと誘うニートについてジローともども東京へと向かうのです。
 東京駅の地下深く、立ち入り禁止の扉を超えてやってきたのは、一から七の扉で間仕切りされた丸盆状の奇妙なステージを持つ巨大な空間。
 何もない丸盆だけでなく、血の池、針の山、岩山……多分恐らく炎やら氷結やらのトラップも仕掛けられていることは想像に難くないその簡易型地獄こそデスホール
 既に現役を退いているシズエばーちゃんが管理人として任されている、通称悪の穴と呼ばれる悪の組織の訓練施設であり、戦前からあるこの短期間で心身ともに力を飛躍的に高めることが出来る訓練施設で修行したことによって、大首領はオートマントの戦闘に特化した形態である戦闘モードを使いこなしていた―― 心のリミッターを外し、なおかつ肉体にかかる負荷をも克服出来るだけの力を身につけていた―― のだ、と語るエーコの言葉に、希望を見出すジローの目に光が灯りますが、そんなやる気のジローに笑顔でシズエばーちゃんは言うのです。
……やる気やねじロー。 んじゃ先に言っとくけどー…ここ、死んじゃうこともあるけど。 OK?」
 しかし、真世界の強敵に勝つには力の底上げは必要不可欠。避けることなど出来ません。不退転の決意のこもった眼差しで、ジローは頷くのです。
 そしてやってきた第一の間は『土くれの間』。
 修行者の苦手な人物の姿を象った土人形を倒し、鍵を奪うことで次の間へと進むことが出来る、という説明とともにジローの前に現れたのはセーラー服のキョーコの姿。
 キョーコが苦手なわけはないだろう、と強がるジローでしたが、人形と判っていながらもスカートをたくし上げる動きには思う存分釣られてしまい、容赦ない蹴りの一撃を喰らってしまいます。
 スカートの奥に鍵があることをアピールすると見せかけての攻撃をモロに受けた上、惚れた女の姿をしていることもあり、反撃もしにくいだろうという心情は判らなくもないとはいえ、中に石塊や岩も含まれている泥人形の攻撃をこのまま喰らい続けていてはただでは済まない―― 淡々と続ける悪のご両人の言葉に動揺するキョーコでしたが、そのような外野の声は無関係とばかりに、ジローはオートマントによる豪速のアッパーで泥人形を制するのです。
「きくかこんなケリ!本物の足元にもおよばんわ!!」キョーコと同じ顔をした相手を壊すには忍びない、とばかりに掠めただけのその一撃ではありますが、精密さも併せ持つその一撃でスカートの奥に秘された鍵を奪い取ったジローはそう豪語すると、「本物ならば最初の一撃で沈んでいる! あれは心をも折ってくるしな!」と、本物への服従本能に満ちていることもアピールしつつ泥のキョーコ人形に道を開けるよう促します。
 ジローの応えの応じ、キョーコ人形がアッパーが掠めた胸元辺りからひび割れていくことでようやく一の間の突破が認められはしたものの、この先倍々で難易度は増していくというのに、一の間でこの様は先行きが不安になるのも無理はなく、シズエばーちゃんは念を押すようにジローの保護者兼飼い主兼妻のキョーコにこの試練を受けさせるか否かを問うのです。
「で、でもっ! ジ、ジローのやつ、けっこう根性あるんで!ちゃんとやりとげますっ!…たぶん」
 キョーコの答えはGOサイン!
 こうと信じた以上、最後まで信じて送り出すのが嫁の務め。
 悪の血とともに母から受け継いだ九州の血がそうさせるのか、それとも創造主が九州人だからでしょうか、意外に古風な『男を立てる、待つ女』であることをアピールするキョーコ。しかし、いくら頑張って九州の血を目覚めさせようとしても、残念ながらキョーコは神奈川県民なので福岡姐さんのように胸は大きくなりません。県民性って、本当に大事。
 そして、キョーコの残念な胸……もとい、残念ながら神奈川県民に生れ落ちてしまったキョーコの身体的特徴を模したキョーコ人形もまた、キョーコの薄さを受け継いでいることを機能停止し、崩壊することで明らかにするのです……全裸で
 セーラー服だけ崩壊し、全裸で機能停止したキョーコ人形の姿に鼻血を噴出して機能停止するジロー。
 黄村ならばこの『倍々ゲーム』が全裸に係っていると思い込み、むしろ厭な方向へと奮起しかねないというのに、道半ばにして屍を晒すジローに、ニートとばーちゃんは先行きの不安を改めて感じるのでした。

第103話◆それぞれの特訓


「ごめんねキョーコちゃん。 まーこれも決まりなんで」

 ジローの鼻やキョーコの羞恥心に多大なダメージを与えたキョーコ人形もとりあえずは崩壊し、傷だらけになりながらも第一の関門を改めてクリアしたジローですが、決戦の日が目前に迫っているとあっては休んでいる暇などありません。傷の心配をするキョーコの声もさて置いて、ジローは第一の間の扉を開くのです。
 無謀を咎めるキョーコですが、「あ、それなら大丈夫」シズエばーちゃんの声とともにジローの真新しい傷は癒え―― さらには貧弱なボウヤの如き肉体が超回復によってやや強靭さを得るのです。
 どんな仕掛けなのか問い質したいところではありますが、難関を突破し、門を突破するごとにダメージから回復し、フィジカルが強化されるというこのデスホールの効果があるからこそ短期でのパワーアップが可能―― だからここは心配せずにジローが帰ってくるのを待つようにニートはキョーコに促します。
 エーコらしからぬ突然の拒絶に浮かない顔をするキョーコ。
 しかし血気に逸るジローは一歩でも先に、一瞬でも早く前に進むこと、そして、オートマントの全ての力を使いこなすことが出来るだけの強化を短期間で実現出来るとあって何時にも増してハイテンション。
「心配するなキョーコ!さっさと終わらせてすぐ戻る」珍しくするサムズアップほどの意気顕揚っぷりを見せ付けて、パワーアップを誓ったジローは場所は違えど同じく特訓の日々を送るキョーコに発破をかけるとともに駆け出すのです。
 そんなジローを買い言葉で送り出すキョーコですが、何時になく真剣な表情を見せるエーコにただならぬ雰囲気を感じます。ただ、キョーコが知るエーコはニートではあれ、無茶はさせるようなことはない―― いつものエーコを信じてキョーコは一人東京駅を後にするのです。
 そして本格的に特訓はスタートしました。
 ジャック・マイヨールに挑戦するかのように水深100mにある鍵を素潜りで取る『深淵の間』に続いては、針山とマグマの上で綱渡りという、「いや、どっちか一つだけでいいやん」とツッコミ入れたくなる『火炎の間』。そして、粘着質の糸を繰り出す無数の巨大蜘蛛と渡り合う『蜘蛛の間』に香港映画の如き反射神経を養うのであろう『木人の間』……筋力・耐久力のみならず、あらゆる方向での身体能力の強化は一筋縄ではいかず、ジローは苦戦します。
 苦しい修行に立ち向かうのはキョーコ達もまた同じ。
 戦闘能力においてはるかに勝る相手を前に生き残るための生存術や一糸報いるための連携を鍛えるべく、殺人機械と化した乙型に屠られながらその限界を少しずつ伸ばしていく一般人―― というか、乙型マジ怖えぇ!?
 流石にキョーコの戦闘能力を参考に作られただけあって、元来はキョーコをサポートするメイドロボではありながらも、ちょっと戦闘モードに移行したら即座に殺人機械に変貌する辺り、乙型が裡に飼っている狂気は恐るべしです。
 というか、それでもやっぱり負けることがないユキもまた恐るべしです。
 一体何に護られているのか、と問い質したくなります。
 不敗の星の下に生れ落ちたユキはさておいて、鬼軍曹ハートマン黒澤さんと乙型による一週間の特訓を終え、すっかりたくましさを増したキョーコ達。
「今日で皆さんはうじ虫卒業!立派な戦士です!」黒澤さんの胃を壊滅させたひ弱さは既にそこにはなく―― 「って、聞いてくださーい!」別方向で黒澤さんの胃をズタズタにするほどのマイペースさを身に着けた彼らに怖いものはありません。
 特に、ジローにも匹敵するほどのチキンっぷりで受験に失敗し、全てを喪った青木には最早怖いものも失う物もありません。絶望を味方につけた人間の恐ろしさを見せるため、涙とともに戦いへの決意を新たにするのです……地味に
 一抹どころではない不安に駆られるハートマン黒澤さんですが、「まー気に病むな黒澤」悪ふざけが通じる場合か否かの分別は理解済み。「ただの民間人が迷惑な輩を撃退! ここで決めてこその男ってもんだ!」やるべき時にビシッと締めるのが男とばかりに格好良く宣言する赤城を筆頭に、気力も戦意も充実している一同に、黒澤さんも期待を隠しません。
 アバラに受けた粉砕骨折も癒え、軽く振った手打ちの拳だけで小石を貫通させるほどの技の冴えを見せる黒澤さんに、縄を駆使したエビフライ縛り以上の新技を身に着けたサブローと、某幸薄戦士がかつて身に着けていた昇竜挙の修行から、雑念に惑わされない静かな心を手に入れるためでしょうか、どこをどう間違ったのか巫女装束に身を包んだシズカ……それぞれに修行を終えた見習い二人も加わり、戦力も充実!
 ……したと思ったのに「あ、ジローくん」不敗の星の下に生れ落ちたユキの誘導に引っ掛かり、雑念が復活する辺りには不安が高まるばかりです。
 ホント大丈夫かこいつら?
 そして、不安を掻き立てるもう一つの要素がありました。
 いえ、正しくは『見当たらない』ことこそが不安を掻き立てる原因のその要素は―――― ジローの存在の有無。
 ついに最後の難関を前にしたジローではありますが、オートマントのリミッターを自力で外せる手前まで来たジローの前に立ちはだかり、ボロボロになるまで追い込むのは、どーしたのジロー?時間がないんでしょ?早くしなさい。 カギはここ。カンタンよ?“ザ・フリーダム”ッ!!
 日頃見せるニートの不思議生物としての姿ではなく、キルゼムオールの幹部としての本気を顕わにするかのような金色の猫眼に射すくめられ、ジローの脳裏に不安がよぎりますが、不退転の決意は止まりかけた足を前に進めます。
 不安を踏み越え、勝利へと向かって力強く踏み出すジローの眼には迷いなし!。
 そして、迷いがないのは遠く離れた仲間達も同じ!
「時間です。みなさん準備はいいですね?」その黒澤さんの言葉に無言で応えとした仲間達は、ジローの合流を信じて一足早く戦場へ。
「それでは向かいましょう!決戦の地へ!」
 闇に漕ぎ出す船の上、戦士達の眼差しは光を見据えているのでした。

第104話◆再会


「着きましたね。 ここが我々の戦場… 波止間島です」

 接岸した船から降り立った一同を暗闇に包まれた無人島―― 波止間島は見下ろすかのように静かに佇みます。
 大半が人の手が入っていない山と木々で構成されていることもあり、不気味さを醸し出すこの島こそが、決戦の場所ッ!
 しかし、ジローの作ったスーツのお陰で防御力は増してはいるものの異能を持つ真世界の敵を相手にまともに当たってはひとたまりもありません。そのため、黒澤さんの指導の下、チームを編成してあたることにした一同は、乙型・シズカのダブルアタッカーに黄村・青木を配した肉弾戦兼ありさへのセクハラ担当のAチーム、サブローにキョーコというキルゼムオールの未来の幹部二人に赤城とアキののスピード重視のBチーム、そして黒澤さんに何かに護られているユキ、そして地味に緑谷を配したCチームという三チームでこの戦いに臨むのですが、黒澤さんはそれでもなお仲間達に漂う一抹の不安を感じ取ります。
 その不安の源はやはりジローの不在。
 装甲として準備した変身スーツに粘着砲とスタン棒というジローの作ったサポートアイテムに、黒澤さんの実戦指導があるとはいえ、この一団の中心となり、一つに結びつけた者はジローなだけに、その中心人物がいないことが士気を大きく左右する―― それを理解している黒澤さんは一刻も早いジローの参戦を待つのですが、生憎と、バトルジャンキーな来栖はそれを許しませんでした。
 一ヶ月の猶予期間でどれだけ力をつけたのか、心待ちにしていたジローとの決戦を喜ぶかのように、隠そうともしない濃密な殺気をぶつけ、青黒い闇色に蟠る殺気の中から真世界の面々を従えてやってきた来栖。ジローとの決着がつけられる上、本気出したニート公認でこの一戦に勝てば善悪両陣営を好きに出来るというおまけもあってノリノリの来栖――すっかりラスボス気取りですが、決着つけるのはもうちょっと待ってくれ。具体的にはGSか我聞&はじあくのSRSが出来るまでッ!!
 少なくとも半年の猶予期間を要求する遅筆な読者は無視しますが、そんな無能な読者を踏みにじる優秀な強者が支配する世界を築くことを信条としている来栖は、「キミらにはオレ達の礎になってもらうよ」そう笑顔で宣告するのです。
 その挑発交じりの宣言に、黄村はもちろん特訓を終えたシズカもたじろぐのですが、「世迷言をぬかしやがりますね」もちろんそのような言葉に圧倒される黒澤さんではありません。
 民間人を巻き込まない―― 対立関係にある正義と悪の間にもしっかりと根付く戦いのルールをも無視して破壊の限りを尽くす真世界への怒りを隠すことなく、「そんなことすらできないような連中に渡せる世界などありません!ここで潰させてもらいます!毅然とした態度で言い放つ黒澤さんに、「その通り!よく言った黒澤―― !」「正義の人みたいー!」やんやの喝采を送って緊張感を削ぐ一般人ッ!!
 そこでようやく黒澤さんが伴っているのが民間人達だ、ということに気付いた来栖に応じ、青木と黄村は高らかに自分達が日常を取り戻すためにやってきた三葉ヶ岡高校の義勇軍であることを緑谷に隠れながら宣言しますが、そこはいかんせん緑谷を盾にしながらの発言です。「ぶははは!民間人って!!ありえないんですけどー! 超ザコ!テラ烏合の衆―――!こんなんが相手!?ウケルー!!」ありさから嘲笑されるのもさもありなんです。
 見た目ガキンチョに嘲笑われたことが気に食わないアキと見た目ガキンチョなのに化粧はケバいことにロリ&薄胸愛好家としての趣味から外れたことに抗議する黄村が一歩進み出ますが、二歩目を踏み出すことは出来ませんでした。
「あ゛ん?何か言ったか?」
 実年齢を一気に5倍は跳ね上げそうな威圧とともに踏み出した足元に突き立つナイフは三本ずつ。
 都合六本のナイフによって見事に足止めされた二人に、茶番劇に付き合うのが面倒になってきたありさはその持ち前の超短気っぷりで来栖に一刻も早い開戦、そして殲滅を要求しますが、来栖はそんなありさの要求を無視するとともに「ところでジローくんは?」尋ねます。
 心待ちにしていた再戦を反故にされた――もしそうならば、楽しみはない。
「まさか逃げたんじゃ……」戦いでのみ喜びを感じることが出来る修羅の貌で、念を押すように尋ねる来栖に、緑谷と赤城は気圧され、たじろぐのですが、仲間の胸に僅かに蟠る不安を吹き飛ばすように蟠るだけの胸がないキョーコは言い放ちます。
「なになめたこと言ってんのよ!ジローは特訓で遅れてくるだけ!」
 強い絆に裏打ちされた信頼の下、歪んだ悦びに捉われた来栖には判らない、と言わんばかりに高らかに叫ぶキョーコに、来栖はその貌をやはり歪んだ性癖から来る笑顔の形に戻すとともに…そっか。なら安心だ!」指を鳴らして応じるのです。
 スナップの高い音ともに顕れた闇は黒澤さんを除く仲間達、そして来栖と大神ちゃんを除いた真世界の三人をそれぞれ呑みこみ、現れたとき同様に忽然と消滅します。
 突然の事態に慌てて問い質す黒澤さんに、「いやー ただ戦うのもつまらないじゃない?」小馬鹿にするようにへらへらと返すのは当然来栖。
「せっかくだからウチの連中も合わせてランダムに転送したんだ。この島の中で出会ったら即、バトルスタートで」
 一方的なゲームの開始の宣言に黒澤さんは色めき立ちますが、それと同時に駆け出します。
 力に勝る敵を相手取るためにチームを編成したというのに、来栖の能力によって数という武器を無にされたこの事態をどうにか立て直すためにも、散らばった仲間を束ねなおすより他にない―― ですが、「どこへ行く?」黒澤さんの意図を許さない影が流星の如くに降り立ちます。
 自らにかかる重力を操ることで破壊力を増した蹴り―― 「砕・流星落!!」によって容易く岩場を粉砕し、巨大なクレーターを穿つ大神ちゃんに、舌打ちしつつ飛び離れて難を逃れる黒澤さんですが、「お前の相手は私だろう? この前の決着、つけようじゃないか」内に秘めた殺意を見せることなく冷たく述べる大神ちゃんには逃がす気はなし。
 全ては闘争の愉悦のために―― その修羅を思わせる歪んだ趣味を満足させるために生み出した混沌たる場。まさしく修羅場というべきこの戦場に「急ぎなよジローくん」似つかわしくない笑顔で呟く来栖。
「もたもたしてると大事な仲間がやられちゃうよ」
 微笑みとともに発せられるその言葉は、天から見下ろす三日月の月明かりのように冷たいものなのでした。

第105話◆ナイフ使いの女


「ま、いいか。 逃げるなら――本気出すしかねー?

 来栖の能力によって分散させられた仲間達!
 現役の正義としてこの戦いの指揮を担っていた黒澤さんは、一刻も早く仲間を束ねようとするものの、一番近くにいる仲間―― キョーコまでの距離は500m。
 かなり広いなこの小島?!
 小島の定義がちょっと心配になってきましたが、無論黒澤さんにそのような暇はありません。迫り来る相手は重力を操り、空間を支配する大神ちゃんッ!
 足場のない場所であっても重力塊を足場にすることで繰り出す連撃――『転倒の即時回復』やら『飛行状態で戦闘移動が可能』いう言葉というかスキル解説が飛び交う敵を相手にせねばならない焦燥感に駆られつつ、黒澤さんはバラバラになった仲間達の身を案じるのです。
 そしてカメラは本来ならば泣き出したいほどの恐怖を何とか押さえ込みつつ、闇の中を歩くキョーコを映します。
 背後から迫る手に驚かされますが、声を掛けるでなく、かといって容赦ない攻撃を仕掛けるでもなく、こんな時でも悪ふざけを忘れないのは“歩く悪ふざけ”の二つ名を持つニートを除けば一人しかいません。
 その手の正体――悪ふざけの大好きな性質と将来の展望からしてもニートの後を継ぐであろうと噂されている(大嘘)ユキに脅かされはしたものの、押し潰されそうな不安からは開放されたキョーコは、取り敢えずユキ、そして頼りにはならないとはいえ仲間には違いない黄村と合流できたことを喜びつつ今後の方針を話し合います。
 数が揃ったとはいえ、流石に一般人のみでは対抗など出来るはずもない。戦力的に圧倒的な不利な状況を打破するためにも黒澤さん達戦える者達と合流しなければならない、という意見に素早く纏まります。
 幸い、相手もランダムにテレポートされていてこちらの居場所は掴めていないというのは、たまたま見つけたキノピーの様を見ても明らか。
 お約束のように草で鼻の穴を刺激された黄村を物理的に黙らせて、何とか気配を殺してキノピーをやり過ごした三人は、戦える仲間と合流するために動き出そうとするのですが――「ちーっす」そのような事は許されませんでした。
 「ざーんねん。助かったと思った?思った?」抱いたばかりの微かな望みを踏み潰すかのようなサディスティックな笑みを浮かべ、ビキニとブーツの上に着崩した大降りの和服を纏ったその女は「でも―― アウト―――!!」楽しむかのように四本のナイフを投射します。
 所詮こちらは一般人。容赦の無い殺意に満ちた攻撃に晒されてはひとたまりもない――となれば出し惜しみは出来ません。変身というカードを晒すことは痛いとはいえ、まずは自らの生命を護らなければ次は続かない、とばかりに変身で切っ先を逃れた三人は、剥き出しに見える頭すらもしっかりガードするジロー特製の変身スーツの性能の高さに感謝しつつこの場を逃れることを優先します。
 つかこうして書くと本気で優秀だな。
 しかし、折角出会った獲物を逃すほどこの狩人は甘くありません。
 携えたギターケースを開くとそこには十本のナイフ。
 持ち主の命令に応えるかのように整然と宙に並ぶと、「真世界」の斬り込み隊長を自認するナイフ使い組織撃退数NO1!「ポルターガイスト」七緒ありさ」操るナイフは「狙った獲物は即ジェノサイッ!!」真っ直ぐ三人を襲うのです
 身を竦める黄村に、黄村の陰に隠れて難を逃れようとするユキ。
 ちょっとひどい話ではありますが、もっとひどいのがナイフの貫通力。
 かすめたナイフがスーツを抉るのみならず、後ろに立った木を貫通するという極悪なまでの一撃に恐れ戦く黄村ですが、一斉投撃の結果、ギターケースの中に残るナイフの数は0。
 弱みを見せた相手には容赦ないのがネット番長黄村の強み――ユキが気付いたこの好機に、一気に強気になって粘着砲を構えるのですが、いい気になった黄村の構えた砲身に二本のナイフが突き立ちます。
 呆然とする二人の見出した正気に冷たい刃を突き刺すように、「何を調子に…乗ってんの?」木立に突き立っていたナイフは再び白々とした輝きを宙に見せるのです。
 喪ったはずのナイフをあっさり取り戻したありさにズルい、と抗議するユキと黄村ですが、ありさにしてみれば自分の能力を使っただけのこと。
 キョーコにあっさりその正体を見切られはしますが、「あら 気付いた?まんざらバカでもないみたいねー?」能力のない人間に見破られたところで大した意味はない、とばかりに「あたしの能力は髪の毛を自在に操ること。これで操ってんのよ」あっさり種明かしをするのです。
 エグザイルかよこの娘ッ!?
 創造主が初セッションのために揃えたルールブックはSW2.0だというのに、DXネタじゃねーかッ!
 という訳で、射撃攻撃に見えた一撃が、実は髪の毛で持ったナイフを操る白兵攻撃だという種明かしをしたありさですが、数多くの組織の人間を屠ってきたありさにとっては予想外の事態が起こります。
 組織の人間ならば圧倒されて諦観に蝕まれる絶体絶命のこの事態から逃れようと、恐慌状態に陥った黄村が役に立たなくなった粘着砲のトリガーを引いたのです。
 悪あがきの結果、暴発した粘着砲の爆煙に紛れて一時撤退する三人ですが、どうこの場を離れようかと茂みに隠れて相談しようとするキョーコと黄村に、天啓に導かれたユキは言うのです。
あの―― ちょっといい? 隠れる必要ないかもなんだけど」

 * * *

 圧倒的な力の差にいい気になっていたのも束の間、何時まで経っても出てこない敵に明確な苛立ちを見せるありさ。
 明らかに足元をすくわれて泣きを見るタイプです。
 苛立ち紛れにナイフを放り、木を倒すことでストレスを発散しつつ、隠れた三人を燻り出そうとするありさですが、「おおっと 待ったーァ!その必要はないぜペチャパイ娘ー! お前の動きは見切った!背後から顔を出した黄村の発した意外な言葉には唖然とするより他ありませんでした。
 三白眼も点になるその言葉に意識を真っ白にするありさに構うことなく、よく考えてみたら自分にとっては全てが理想的な存在であったことに気付いた黄村のモチベーションは最高潮。
 平坦な胸も、罵倒する言葉も、弱者を踏みにじる性格も、全方向から自らの性癖を刺激する上に、フフフ…まァテンションもあがるよね。なぜならオレ――勝っちゃうからとあっては発奮しない黄村ではありません。
 その根拠ない自信にありさは苛立ちを強めますが、根拠はないわけではありません。
 根拠……言い換えるならば勝機を見出したユキの「黄村くんこの作戦で勝ったらあの子好きにしてよし!」という本人不在の許可を得て燃える黄村を囮に、見出された勝機を広げ――勝つッ!!
「いくよキョーコちゃん!」
「オッケー!反撃開始――!!」
 将来の悪の大幹部と、タチの悪さならば現時点でも悪の人間を上回る、天に愛された娘の反撃が、秘かに始まろうとしているのでした。

第106話◆ホイホイ作戦…?


「なっ… なんだこりゃ!?」


 自らの髪の毛を自在に操るという、真世界の異能の使い手“ポルターガイスト”七緒ありさを向こうに回し、立ち向かうのは異能力などとは程遠い一般人三人!
 まともに考えれば勝ち目はありません。
 しかし、圧倒的な戦力に慢心した強者と策を弄することに長けた弱者が戦えば、戦況は一変しても不思議ではないということは、古来語り継がれる数々の兵法が実証していること。
 防御力は充分にあり、確実に一撃には耐えることが可能という唯一のアドバンテージと囮となる黄村を含めた数少ない武器を頼りに、反撃の火蓋は切って落とされるのです。
 囮の黄村に向けてナイフを投じたばかりのありさはこの十字砲火に対して躱すだけで精一杯――避けるだけでも難しい左右からの射撃攻撃を躱す辺りは流石というより他ありませんが、遮蔽物の多い森の中で分散した敵に当たる、という地の利の不利を被ってもなお力攻めをやめることなく無闇矢鱈にナイフを投げ続けるその姿はとてもではありませんが知性の欠片も感じられません。
 TRPG中毒患者としては複数回行動系のスキルを取っていない辺りと併せて雑魚臭を感じずにはいられません。
 いや、ホントに幹部的な存在なのだろうか……「ふっ!奴は所詮我々の中で一番の下っ端」という負け台詞が並びかねないと言う期待と、実はものごっつぅ層が薄い組織なのではなかろうか、と言う不安が混じり合って仕方ありません。
 格の違いを見せ付けるためでしょう、層の薄さは手数でカバーしているといわんばかりにナイフを投げ続けるありさとは対照的に、「いいぞ!さすが正義の味方だ! その強さを打ちのめしてこそ「真世界」のイミがある!」遮蔽物だらけの戦場で時に重力操作能力を活かして黒澤さんを圧倒するのは大神ちゃん。
 黒澤さんにとって好都合なことに、徐々に戦場をキョーコ達が交戦しているであろうポイントへと移動しているものの、黒澤さん曰く変態というレッテルを貼るほどの力への渇望をむき出しにしてその拳足を振るう大神ちゃんをこのままやり過ごすことは事実上不可能です。
 しかし、この状況が続けばキョーコ達が犠牲になる確率は秒刻みで増していくことも間違いない――だからこそ、「変身!」黒澤さんは一か八かの賭けに出るのです。
 変身時の閃光を利用して目晦ましとするその賭けに勝ち、一瞬の好機を得た黒澤さんは素早く離脱するとともにキョーコ達の下へと向かいます。ですが、黒澤さんの焦燥感を具現化するように、戦場ではスーツのバイザー、そして粘着砲も容易く砕かれるユキ。キョーコもまた、ユキと同じく砲身を破壊されて攻め手は一切なし。
「しょせんトーシロ!パターンが読めるんだよ!」いい気になって笑みをこぼし、勝ち誇るありさは止めを刺そうと髪を操ろうとしたその時――異変に気付くのです。
 文字通り後ろ髪を引かれる感覚に振り返ったそこに見たのは蜘蛛の巣のように張り巡らされた自らの髪――自身の意図とは無関係に展開され、自分自身を呪縛する結界に、「髪が巻き戻せない…!? なんかくっついてんぞオイ!!」驚きを顕わにするありさ。
 それこそがユキの策――文字通り木が林立するこの密集地帯で粘着砲を撃つことで、伸縮自在のありさの髪を絡め取り、攻撃を封じる事を狙ったコックローチホイホイ作戦!
 地の利と手持ちの武器を活かした策に嵌めたことで、勝利を確信した黄村は手つきも怪しくありさににじり寄るのですが、近寄る変態に身の危険を感じるとともに、素人に勝利を確信されるという事態にプライドを傷つけられたありさはふっ…ざっ…けんなやゴルァアア!!怒りとともに髪に張り付いた木をそのままに地面から引き抜くのです。
「死んだぞ…? 死んだぞてめェら…! 1人のこらず――ブッ潰してやるあああ!!」
 満ち溢れる怒りのままに叫び、引き抜いた木をキョーコとユキに叩き込むために振り回すありさ――何故でしょうか、無印アリアンの2巻という言葉が浮かびます、三下台詞的な意味合いで。
 今となっては通常のメジャーアクションに加えて《アヴェンジ》を使ってくる殺意の女王に都合二回の攻撃を喰らって1ラウンドで瞬殺されるであろうギガンドル(つーかレベルが違いすぎます)っぽい発言の殺害予告――しかし、これもまたユキにとっては想像の内でした。
「うし、狙い通り。 女の子だもんね!髪の毛大事にするよねー!」
 髪を切る事を選ばず、無理矢理にでも巻き取ろうとするであろうという推論が正しかったことに挙がるユキの快哉の声と、それに応じるキョーコの「あー… さすがユキ。 あたしなら切るけどねー」漢らしくもどことなく緊迫感の薄れた声。
 死の危険に直面しているとは思えないそのやりとり、そして頭上から落ちかかる影に異変を感じた時には既に全ては手遅れでした。
 見上げたそこにはイイ笑顔で巻き取られる黄村の姿。
 すっかりくつろいで熱いお茶で一服するほどに先を読み切っていたユキの策は、髪の毛を巻き戻して状況を立て直そうとするありさの心理を見越した上で確実に攻撃を当てるべく黄村の身体に粘着剤を塗りつけるという結論に至り――黄村という超重量に巻き込まれたありさは背中に黄村を貼り付けたままK.O.されるのです。
 ようやく駆けつけた黒澤さんが見たものは、強敵を計略に嵌めて見事仕留めた快哉をハイタッチで喜び合う二人。
 黒澤さんも苦しめられたタチの悪さが真世界の尖兵を屠ったことに唖然としながらも、今はただ戦果を賞賛する方が先。黒澤さんは持ち前の素直さで金星をもぎ取った二人を褒め称え――反応が遅れました。
 その矮躯からは及びも付かない剛力を引き出した怒りと恥辱に血走った目は爛々と輝き、気を失って重みを増した黄村の肥満体をもものともせずに立ち上がったありさの姿はまさに狂戦士のそれ。
 剥き出しの殺意を逆手に持ったナイフに乗せて、「ふざけやがって… てめェだけでも死なす!!」屈辱の源を襲うありさに不意を撃たれてユキは咄嗟に動くことは出来ず、ユキを挟んだ反対側にいた黒澤さんも対応出来ず、間に合わない――そう思われた矢先、「悪いわねおじょーちゃん」凶刃が閃くより迅くありさの動きを止めたものがありました。
 何が起こったのかを理解出来ないまま、風を巻いて放たれたハイキックに顎を打ち抜かれるありさを止めたのは、「素手ならけっこう動けるんだ、あたし。 なにせよくジロー蹴ってるから ね?もちろんジローを蹴り倒しているからこそ反射的に足技を繰り出すことが出来たキョーコ。
 ギャグの世界の住人であれば一コマで復活できたであろうありさも、なまじシリアス畑からの影響を受けていたが故に耐え切れることなく今度こそ完全K.O.!
「やっぱり女の子蹴るのは気がひけるねー… ごめんね?」
 その申し訳程度の謝罪の言葉とは裏腹に、ありさと黄村という二人分の体重を軽く超える質量を吹き飛ばすだけの容赦ない蹴りの威力に、黒澤さんはキョーコが将来のキルゼムオールの大幹部となる人材であることを改めて思い出すのです。
 周囲からは完全に外堀も内堀も埋められていることを、キョーコはいい加減実感するが良いと思われるのでした。

第107話◆誰ばい…?


「ムウ…青木の同類か…」「悔しいがナイスマッチョと言わざるを得ない」

 黒澤さん抜きでありさを倒したキョーコ達。
 とはいえ、一度は意識を取り戻してピンチを招いたことに加え、人質を取るほどの余裕はないからでしょう、ありさを黄村の背に貼り付けたままにすることなくその場に置き去りにすることにするのですが、念には念を入れて粘着剤をつけた髪の毛で簀巻きにした挙句に逆さ吊りという、先週の一言からは想像も出来ないほどのあんまりな仕打ちで放置する辺りは正直洒落になっていません。
 きっと、ユキを攻撃目標にしたことに対するペナルティに違いありません。
 手柄としてありさの身柄をどうこうしてもいい権利を与えたはずの黄村に対しても「うん、あれ嘘ー」の一言でひっくり返すほどの王様っぷりです。敵対行為を行ったありさに対して容赦するはずがありません。
 しかし、無礼を働いて罰を受けたありさはやはり五人の中では一番の小物。
 
::::::::        ┌───────────────┐
::::::::        |   チリがやられたようだな…    │
:::::   ┌───└───────────v───┬┘
:::::   | フフフ…奴は南米ファイブの中でも最弱… │
┌──└────────v──┬───────┘
| ベスト4以下で消えるとは     │
| 南米の面汚しよ…         │
└────v─────────┘
  |ミ,  /  `ヽ /!    ,.──、      
  |彡/二Oニニ|ノ   /三三三!,       |!
  `,' \、、_,|/-ャ    ト `=j r=レ     /ミ !彡      ●  
T 爪|/ / ̄|/´__,ャ  |`三三‐/     |`=、|,='|    _(_
/人 ヽ ミ='/|`:::::::/イ__ ト`ー く__,-, 、 _!_ /   ( ゚ω゚ )
/  `ー─'" |_,.イ、 | |/、   Y  /| | | j / ミ`┴'彡\ '    ` 
  ブラジル     アルゼンチン   ウルグアイ パラグアイ

 あまりの様式美に、思わず南米ファイブのAAを貼ってしまいたくなるほどです。
 ですが、真世界の五人がそのような力関係にあることを知らない黒澤さんは、民間人三人で真世界の尖兵を屠り去った実力を重く見たのでしょう、赤城、青木の三年生二人にサブローを軸に据えた男だらけのグループならば、しばらく戦線を維持出来るであろうとみなして交戦中のグループの中でも乙型・シズカにアキと緑谷を加えたグループに加勢に向かうのです。
 そして、その“まぁ男だから”というスパルタンな思い込みから来る戦略はこの時ばかりは誤りでした。
 突き込まれるスタン棒の電撃も、立て続けに繰り出される拳足も意に介することなく、怒張した筋肉で弾き返すのは、来栖も「手を焼く」と称する老紳士キノピー。
 ますますキノピーがあの愛らしくも口の悪いキノコ型ロボットから離れていくことを嘆くべきかもしれません。
 しかも、弾き返したのがプリズムシェルだったならまだキノピーとの共通点もあったというのに、「バリアか!?バリアなのか」という青木の問いに対して「私の能力、「筋力増強(ブースター)」。筋力を10倍にする、それだけです。その筋力で攻撃をはじき返しているだけのこと」と名前以外の共通点を容赦なく叩き潰すほどの念の入れようです。
 この世には神も仏もいないようです。
 そして、神も仏もない世界を支配するのは残酷なまでの力である、と言わんばかりに、持ち前のナイスな筋肉をフルに活かしてキノピーは三人を攻め立てます。
 筋肉の重さがスピードを殺す、という某超有名漫画が提唱した理論の間違いを指摘するかのような瞬発力を、スピードを信条とするサブローの目にも止まらぬ形で見せ付けるとともに背後を取ると、「さらばです」キノピーは瞬発力に加えてスーツの防御性能を大きく凌ぐ攻撃力を兼ね揃えた平手打ちで赤城と青木を、返しの裏拳でサブローを枯葉のように吹き散らすのです。
 しかし、筋力で折れるほど赤城達の信念は脆くはありません。
 圧倒的な力を見せ付けられてもなお立ち上がり、傷ついた眼差しでなお真っ直ぐに眼光を跳ね返すその力の源は、「悪いがオレらが後輩に残せそーなものは楽しい日常くらいなのでね…! 負けるわけにはいかんのですよ……!」後を託す後輩達への想い。
 サブローもまた自らの力を預けるに足る器の持ち主であるジローに全てを託すため、屈辱を食わされた来栖を倒すという個人的な拘りを捨てて、ジローへの露払いのためにもキノピーを倒すために対来栖のために身に付けた新技を使うことを決意するのですが、実力差は明らかで、技を出すために必要な一瞬の隙を見出すこともままなりません。
 しかし、その全ては判らずとも、サブローが何かを狙っていると言う明確な意志の光は赤城の眼には鮮やかに映ります。だからこそ、赤城はあえて自ら隙を作ることでキノピーの攻撃を誘います。
 平手とは違う、ハンマーを思わせる豪腕の一撃に突き上げられ、遠のきかける意識を奮い立たせ、「今…だっ!」「サブロー!」青木とともにキノピーの腕を取って叫びます。
 振り解くことは容易いとはいえ、渾身の力を込めて全身で組み付かれていてはどうしても隙は生じます。それも二人同時とあってはなおのこと。
 一秒に満たないとはいえ、民間人が命懸けで生み出したこの隙を無駄にしてなるものか、とばかりにサブローは跳躍とともに「感謝するばい先輩方 これで決める!! 分身竜巻スラ――――シュ!!三体に分身すると苦無を手に錐揉みしつつ、キノピー目掛けて吶喊するのです。
 快哉の声を挙げる青木でしたが、数瞬の後にその歓喜は絶望に塗り潰されます。
 切っ先を受け止めた筋肉の鎧は薄皮一つ傷つけることも許さず、常人の十倍の筋力は動きを阻害するためにぶら下がった人の重みをそのまま拳の代わりとして振り回すことで三人を分身もろともに蹂躙するのでした。
 さしたる障害にならなかったとはいえ、ありさを探す時間を無駄に使ってしまったことを惜しみ、キノピーはその場を立ち去ろうとするのですが、「いか…せんばい… まだ… オレは… 負けとらん」サブローはその足を掴みます。
 ありさに雇われの身であるキノピーには理解出来ない感情――憧れ、理想、目標――たとえ嫁の尻に敷かれまくろうとも、決して服従する現実を認めることなくいつかの関白宣言を夢見る……ごめん、間違った(確信犯)――壊滅した組織を復興させ、世界制覇を夢見るジローに対して抱いた尊敬の念を杖に、力を喪った手にありったけの力を掻き集めて一秒でもその場にこの強敵を食い止めようとするサブローに、「私は木下。木下重蔵。 名を…聞かせてもらえますか?」筋肉執事は敬意とともに拳に力を込めて。
「阿久野サブロー…! いつか兄さんと… 世界ば獲る男ばい…!!」少年忍者は介錯の声に応じてもなお未来を信じて。
 全力で、一撃の下に叩き潰してこそ礼儀、とばかりに拳を振り下ろすキノピー……いえ、筋肉執事木下重蔵。しかし、必殺の意図と力を込めた拳は地面を大きく陥没させるだけにとどまります。
 いぶかしむ木下の眼に映るのは自らの拳とは別の何者かが上げる土煙。
 マントを纏ったその影の正体を誰何する声と、抱きかかえられた浮遊感とが綯い交ぜになり、朦朧とした意識の中で、我知らず尋ね――「すまん、遅くなった――」サブローはその頼もしい一言で全てを理解するのです。
「よくがんばったな サブロー」

 力を付けて、戦場に舞い戻った『兄』の帰還をッ!!

 音も微かに風は流れ、気付け薬の代わりに潮風を運びます。
 鉄の味を凌駕する潮の香りに揺さぶられ、意識を取り戻した赤城が見たものは気を喪い、静かに横たわる青木とサブローの二人の姿。
 意識を揺り起こすとともに蘇る痛みと敗北の記憶が赤城の意識を蝕みますが、それにしては自分達が蒙った傷は意外に浅いことに気付きます。
 そして、その違和感に周囲を見渡した赤城が見つけたものは一つの奇妙なオブジェ。
 岩を穿ち、めり込んだそれは先ほどまで彼らを痛めつけた筋肉執事の堅牢な肉体。
 その筋肉の城壁を拳の形に陥没させており、動く気配はまるでないことには疑いない事実ではありますが、誰がこの強敵を一撃の下に屠り去ったのかを理解することは、その朦朧とした意識では難しいこと。
 ですが、誰の仕業なのかは――城壁に撃ち込まれた破城鎚の跡の如くに穿ち刻まれた拳の跡が雄弁に語っているのでした。

第108話◆仲間の声


「行きなさい!!」


 仲間達が無人島で戦いを繰り広げているその頃、東京の地下深くでは敗北を喫したニートが瓦礫の中から這い出てきていました。
 使い物にならなくなった一張羅のスーツの代金を請求することを明言するニートですが、就職活動で使ったことがないし、今後も使いこなす予定などないスーツで金を取ろうという了見はちと酷すぎです。
 流石は悪の血統です。
 ですが、悪の血統に生まれたものとしてはその敗北はより強力な次期首領を生み出すための呼び水であり、むしろ歓迎すべきこと。
 正義との戦いでも敗北を積み重ね、代を重ねるごとにより一層強くなっていく――「俺達○代武装は歴代最強のチームだ」と繰り返す武装戦線と同じじゃねーか、というはじあく読者には判り辛いツッコミは置いておきますが、時代を託すに足る強者を生み出した喜びを宿した笑みをその表情に浮かべると、エーコはジローの向かった戦場に思いを馳せるのです。
 と、いう訳で――また重要エピソードがすっ飛ばされました
 JとかMとかいう頭文字の別雑誌なら挿入するエピソードで軽く一冊分は稼げそうなのに、一切寄り道をすることなく本筋のみを消化するあたり、プッシュしない作品に関しては出来るだけストーリーを伸ばしたくないという編集部の差別的待遇やら、出来るだけリアルタイム感を出したいという創造主の意志はダイヤモンド並みに強固なようです。
 アニメ化された場合にはこういったエピソードを挟む余地が余りに余っている分、いくらでもストーリーを追加出来ると期待したいのですが、肝心の創造主が「アニメ化なんか夢のまた夢」と断言しています。
 お願いですから読者の希望を二秒で摘まないでください。
 一方、その戦場の無人島ではキョーコ達が、シズカら四人と合流するために、黒澤さんの変身ブレスレットに搭載されたのセンサーを頼りに闇に包まれた林の中を駆けていました。
 闇の中、それも不安定な足場とあっては体力で劣り、ダメージも抜け切っていないユキと黄村は黒澤さんとキョーコの全力疾走からは遅れ気味。
 しかし、スパルタンな黒澤さんはその甘えを許しません。
 一刻も早く合流し、数の有利を築かない限り、勝利など夢のまた夢――敗北を許されない戦いに身を置く黒澤さんだからこその厳しい要求を突きつけるのですが、その要求とは裏腹にセンサーに映っていた、緑谷達と交戦中と思しき敵の反応は消失します。
 乙型、そしてシズカという見習い相当二人を抱えているとはいえ、戦力的にはまだ足りないと思われていたチームが真世界の尖兵を撃破したことに驚きつつも、巧く立ち回って勝利を収めたキョーコ達という実例を見ている以上、認めないわけにはいきません。
 その報せに意気込み、歓喜に満たされるキョーコ達に満ちる希望と戦意。黒澤さんもこの勢いを駆って一気に制圧したい、と目論むのですが、歓喜は驚きに取って代わられます。
 消失した反応が、一つ、また一つと増えていき、瞬く間にセンサーを満たしているのです。
 その驚きを感じているのはその謎多い敵と相対している四人もまた同じ。
 アキの放つ粘着砲を躱す動きに合わせて肘と拳で受ける形でカウンターを取り、物理的な硬度を伴った防御力をそのまま攻撃力に変換する「スーツ特性ふっとばしカウンター!!」で緑谷が吹き飛ばし、宙に浮いて防御出来ない相手に向けて――「乾坤一擲シズカブレード!!!」シズカが手刀を一閃し、「乙型ビームバズーカですー!!」乙型がとどめを刺す。
 高い練度とそれぞれの資質を活かした連携を発揮して敵を倒したものの、訓練とは比べ物にならない明確な殺意を向けて迫る相手を退けることは、HPやMP等の各種の数値でのみ構成された『キャラクター』ではなく、人間である以上、心身ともに疲労を強いられるもの。
 肩で息をする三人、そして身体的には疲労は薄いものの、装備を戦闘用に換装している乙型にもオーバーヒートの兆候が見え、決して楽な戦いでなかったことは言うまでもありません。
 ましてや、倒したはずの敵が無数に増え続け、四人を包囲していては、「全っ然へらねェ…!」「くそっ…これじゃあキリがないよ!」疲労と恐怖、絶望が胸中で水位を増していくのも無理からぬこと。
「なかなか…がんばるな… だが全てムダなこと…」そして、そういう戦いこそが、覆面の変態の戦い方でした。「オレは…いくらでも増える…」言葉ととともにかざす手の動きに従って、砂が盛り上がり、また一体変態と寸分違わぬ姿の変態が生み出されます。拙サイト的に言えばダブルクロスで言うところのDロイス《黄昏の支配者》持ちのブラム・ストーカー×《砂人形》使いのモルフェウス。データを組み上げやすいことこの上ありません。
 その能力で以って作り上げた砂人形の数という力で圧倒し、じわじわと嬲るように四人を攻め立てる変態――変態、という呼び名は通常あんまりかと思われますが、正式名称も出てないし、ねちっこく、いやらしい戦い方を選ぶその性格からも変態と呼ぶより他ありません。
 緑谷達が相対しているのがそのような異能を持つ、ということを知る由もない黒澤さんですが、このままでは増えていく敵に押し潰されていくことは必定。そのような事態はどうあっても避けねばならないということは、黒澤さんならずとも理解できることです。疲れも忘れて再び駆け出そうとするユキと黄村でしたが、その歩みは右方向に吹き飛ばされる形で止められます。
 縦横に荒れ狂う重力の乱流を乗せていたのでしょう、裏拳の一閃からは考えられないベクトルで二人を跳ね飛ばしたのは「見つけたぞ黒澤。私を置いていくとはつれないな」黒澤さんを追いかけてきた大神ちゃん。
 この狂気に等しい妄執に衝き動かされるかのように、黒澤さんは拳を振るいます。
 大切な仲間、それも初めて出来た一般人の仲間を何の躊躇もなく吹き飛ばしたこの強敵に、精神的な枷は既に外れていました。
 初めて見せた怒りを乗せた掛け値なしの『本気』の拳に、「やっと本気を出したか… いいぞ…!」狂喜する大神ちゃん。
 この狂気をこれ以上野放しにしておくわけにはいかない――この戦いに臨む一団を導く指揮官としてではなく、しかし、正義の戦士としてでもなく――感情を持った一人の人間として、黒澤さんは「行ってください渡さん! 東雲さん達は私が… ですから早く!」この力に取り憑かれた強敵に当たるため、キョーコに最後の指示を出すのです。
 ただ事ではない剣幕ですが、それでもなお黒澤さんの身を案じるキョーコに向けて放たれたのは、強い言葉。
 その言葉に弾かれるように、キョーコは仲間の下へと走ります。
 首を掴まれ、吊り上げられるシズカ。
 砂人形の爪に左足を斬り飛ばされ、砂地に倒れ伏す乙型。
 既に倒され、後ろ手に踏みつけられる緑谷とアキ。
 濃厚に漂う敗北の香りをより鮮明にするかのように、「それではとどめと…いこう。 まずは…そのハカマ娘か… 我らにタテつく以上…それなりの覚悟はあるな?血臭で彩ろうとする変態に、自らを鼓舞するかのような叫びとともに弾かれたかのような勢いで駆け出し、キョーコは蹴りを繰り出しますが、歴然とした実力差は如何ともし難く、砂人形の腕はそれなりの威力を誇るキョーコの飛び回し蹴りを軽く受け止めます。
 それでも構うことなく、仲間を鼓舞しつつさらに蹴りを繰り出すキョーコですが、変態人形は新手に慌てることなく、粛々と処刑に移るとともに、無謀にも単身群れに飛び込んで来た愚か者を取り囲みます。
 いかにキョーコとはいえ、この圧倒的不利を覆すことは不可能とみたのでしょう――いざとなったら自爆してでも自らが仲間達を護るから、とキョーコに逃げるように訴える乙型に、こみ上げてくるのは遣る瀬無い怒り。
 ――みんなが踏み躙られているというのに、何をやっているというの。
 ――みんなあんたを待っているというのに、今来なくてどうすんの。
「早く…来なさいよ…!ジロ――――!!
 その声に応えるかのように破壊の渦は駆け抜けて、仲間達を戒める砂人形は砕け散る。
「悪いキョーコ。今回は全面的にオレが悪い」
 苦境に陥った仲間を助けるため。
 明日の日常を護るため。
 因縁の対決に終止符を打つため。
「遅くなってすまん」
「……!ほんと…っ 遅いのよ あんたはっ…!」そして何より、キョーコの目に光る涙を止めるため「ジロ――!!」阿久野ジロー、ついに参戦ッ!!
 真打の登場に、日常を取り戻すための戦いは風雲急を告げるのでした。

第109話◆新たな力


「さがっていろキョーコ」

「あ…!」
 無数の敵を残らず砕いた、風にたなびくマントに誰とはなしに開いた口から溢れた安堵の呟き。
 一変した空気に宿敵の襲来を感じ、月下に来栖はほくそ笑む。
 ついにジローが戦場に姿を現したッ!!
「ホント… 遅いのよ…! バカジロー…!」
 今まで何をやっていたのか、というキョーコが上げる涙ながらの抗議の声に、笑顔と共にジローが返すのは「安心キョーコ。 オレが来たからにはもう大丈夫だ」軽く頭を撫でながらの言葉。
 のっけから作り出された二人だけの世界に、側室二人も謝罪となでなでを要求します。
 緊張感のないその要求に早速応えるジローですが、そのいつもの空気に釣られたのか、赤城やユキら傷ついた仲間たちもまたその場に到着すると、互いの傷ついた姿に驚きつつ「おいおい中津川…! お前そのスーツ…! アホか貴様!! こーゆーときのスーツはエロく切り刻まれてないとダメだろがっ!!相変わらずの緊張感のないやりとりを開始します。
 心配してくれているのか、と過剰反応を示した乙女回路をぬかよろこびで空回りさせてしまったアキが赤城をはじめとした変態どもをまとめて成敗するところも含めて、戦場の空気をいつものユルい空気に戻したジローの存在の大きさを改めて感じる緑谷ですが、そのジローの存在の大きさ故に黒澤さんの不在、そして、「どこへ… 行くつもりだ?」覆面の変態の能力を失念していたことは失態というより他ありませんでした。
 何度倒しても、本体が傷つかない限り蘇る砂人形を操る能力・ドッペルゲンガー ――何処に本体がいるのかを掴ませず、シズカ達に疲弊を強いたその異能を持つ変態を前にしてもなお「そうか。さっきの攻撃で倒せなかったか。 なかなかやるな「真世界」」ジローは慌ても騒ぎもせず、静かに前に進み出ると、落ち着いた表情をキョーコに向けるのです。
 その佇まいに、普段との違いを感じるキョーコは、シズカと乙型同様に頬を染めつつただ見入るのみ。
「そうか…お前が…阿久野ジローか。 来栖から聞いている… マントを操り、すさまじい力を誇るらしいな…」
 ですが、初対面の哀しさか、空気が読めない変態はジローの纏う雰囲気に気付くことはありません。
 善悪両陣営の猛者を屠ってきた自らの能力に絶対の自信を持つためか、はたまた、「だが…それはあくまでマントの力… ならば――来栖からの情報に既に勝算を見出していたためか、巨大な砂人形を三体生み出すと、その巨大な腕でジローを襲います。
 圧殺を避けるため、唯一の逃げ場である宙へと身を翻すジローですが、あえて包囲を外すことで、逃げ込んだ敵を鏖殺するという兵法の常道に則るかのように、そこは既に無数の変態砂人形が埋め尽くしている場所でもありました。
 オートマントに伸びる手の一つが端を掴んだことを契機としたかのように殺到する無数の手。
 最大の武器であり、弱点でもあるオートマントを狙い、飢えた蟻かピラニアの群れを思わせる勢いで取り付くその様に、「おおい!弱点ばれとるがな!」「まずっ…」「逃げてジローくん!」慌てる仲間達。
 しかし、ジローは慌てることなくオートマントを外すと、躊躇なく放り捨てます。
 オートマントを奪い取ったことで勝機を確信したのでしょう、一時凌ぎのために勝機を放り捨てたジローの愚かさを嘲笑うとともに、ジローをなぶり殺しにする未来を幻視する変態ですが、予想だにしないことが起こります。
 奪い取ったオートマントが意志を持つかのごとくに展開し、瞬く間に全ての変態を包み込んだのです。
 ……あ、いや、変態とは言っても、あくまで名称不明のために呼んでいる仮名なので、マジモンの変態であるFCの皆さんは包み込まれてはいませんが。
 ともあれ、いつぞやの勉強会でジロー自身を包み込んだ時を思わせる、巨大な茶巾縛りによるドームを生み出したジローは、ドームの上に降り立つとともに「これなら全部捕らえただろう?」軽く手を添えて言うのです。
「くらえ 新・必殺―――ドームの内側には、砂人形に変態本体も加えた数をも大きく凌駕するオートマントの巨大な拳。
「ジロー・ワイルド・プリズナ―――!!!」

 驚愕する変態に防御を許すことなく繰り出される圧倒的密度の拳の豪雨は、容易く砂人形を砕き、数で押すことで相手の戦力を削ぎ落とすという戦いを好んだ変態をそれ以上の数で以って抗う間も無く破砕します。
「生憎だったな。 昨日までのオレになら通じただろうが―― 今のオレには通じない
「うわ… なんか…ジローのやつ… めちゃくちゃ強くなってない?悪の穴での特訓を経て、桁違いの強さを得たジローに、正妻、側室ともに見惚れるばかり。
 特にキョーコが夫婦間の力関係の逆転を危ぶむのをよそに、「これでザコは片づいた」真世界の強敵をあっさりザコ扱いしたジローは「出て来い来栖」お笑いラブコメ路線という日常を取り戻すために、因縁の相手を求めるのです。
 決着の刻は、すぐそこまで迫っているのでした