FIRE STARTER!!

キルゼムオール・レポート14








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第130話◆狙われた標的(ターゲット)




「やる気か…… 今のオレは非常に不機嫌だ―――


 さらわれたキョーコを助けるために、後悔と焦燥に囚われながら廃病院へと駆けつけたジロー。
 瓦礫だらけのロビー跡に待ち構えていたスーツ姿のハーフヘルムの無数の男達に対して向けた誰何の声に、応えるものは殺気とともに握られた拳。
 明確な敵意を受けて、ジローもまた応じる形は一つだけ。
「一切手加減できんぞ!!!」
 言葉とともに、ジローが襲い掛かる黒服たちに戦闘モードで立ち向かっていたその頃、何も知らずに「浴衣は貧乳!」「馬子にも衣装ばい」といったお約束発言でブチ切れる仲間達をあしらって祭りの会場へと送り出した乙型は、ジローの無事を祈りはするものの、罠と知りつつキョーコ救出に向かったジローに嫌な予感を感じ取るのです。
 嘘をついてアキユキ達をあしらったり、不安を感じてジローを心配したりと優秀にもほどがあります。
 まぁ、三原則を軽くブッちぎってシズカを鈍器のようなもので殲滅しようとしている時点でどこまでも優秀な人工知能なのですが、流石に予感まで感じるというのは人工知能の域を超えています。キルゼムオールの科学力はいろいろと桁が違うようです。
 一方、光の乏しい地下駐車場で目覚めたキョーコはというと、頭に昇っていた血が気を喪っていたことによって下がったこともあって、ジローへの痛烈な一言を改めて思い出すのですが、立ち上がろうとして倒れたことによって、後ろ手に縛られた自らと自分が何者かにさらわれたことを理解します。
 倒れたキョーコの耳に届く「くくっ… 起きたかな眠り姫」明白な嘲りを伴った少年の声。
 爪を噛む音とともに聞こえた聞き覚えのある声、そしてその貌に張り付く下卑た嘲笑に、自らをさらった者が誰なのかを理解するキョーコ。
 以前蹴り倒した相手だということもあって強気さを取り戻したのでしょう、なぜ自分をさらったのか、そしてその目的は何なのかを問い質すのですが、その問いに答えることはせずに、ゴージャスだったコートを纏った少年は余裕に満ちた声音でジローが着実に、そして圧倒的な速度でこの場へと向かっていることをキョーコに伝えるのです。
 ジローの体力を削るためだけに戦闘員を配置した――と嘯くその少年の言葉に、キョーコは相手がジローを狙っていることを悟るのですが、ジローを呼び寄せて何をしようというのかまでは判りません。
「あんた…何をするつもり…!?」睨みつけて問うキョーコに、喜悦の笑みを浮かべて「くくく…お前はエサだ。 阿久野ジローを釣るためのな…!」応える少年。
 微妙に会話になっているようでなっていません。
 自分の世界に入ったままの相手に強気で売るキョーコも思わず気圧されますが、相手にすれば自分の思い通りにジローが動いてくれているこの状況があればよいことで、会話が成り立とうが成り立つまいが知ったことではありません。
 ですが、狂気に囚われていてもなお策を講じるだけの冷徹さは残していました。
 後先を考えずに障害を薙ぎ倒すジローに乗じ、裏から侵入してキョーコを奪還しようとしていた黒澤さんを襲うのは、裏口に配された角付きのハーフヘルムを纏った戦闘員二人。
 角付きらしく、他の戦闘員の三倍のギャラを提示されたのであろう、プロの戦闘屋二人――恐らくはキョーコをさらった実行犯でもある拳法家と杖術使いのコンビ二人に思わぬ不意打ちを受け、黒澤さんはこの一件が相当に周到に練られた計画であること、そして、後手を踏んだ自分達が完全に相手の手の内に囚われていることを察するのです。
 そして、モニタでジローの進撃を眺めていた黒幕である少年は、周到に練られた計画の肝となるピースを示します。
「さァて、ここで問題だ渡キョーコ。 お前の首についてるソレ――― 一体何だと思う?」
 問いかけとともに飛び込んで来たジローにも怯むことなく、ゆっくりと向き直り、
 心身に多大な負担を強いる戦闘モードで突っ込んできた勢いそのままに、キョーコの無事を確認するとともに展開した五本のオートマントの腕とともに突進するジローに向けて「こいつはその首のと同じリング。 これで答えがわっかるかな――?」ゆったりとした動作で放り投げられたリングは、ジローの目の前で爆発するのです。
「答えはこのオレ!!四ノ原カズ様の特製爆弾だ!! なかなかイカスだろォ!?ひゃひゃひゃひゃ!!!」

 えっと……これ、はじあくだよな?
 出勤前にサンデーを手に取った際に開いたページがちょうどここだったこともあり、真っ先に抱いたのがこの感想でした。
 あまりに日頃とかけ離れた展開に、強気だったキョーコも腰を抜かしてへたり込む事態に、ジローは怒りを顕わにするのですが、その怒りも四ノ原の狂気、そしてその温床となっている屈辱と怨念の前には何ら効果をもたらすことはありません。
 二度もジローにやられたことで、県北随一の組織だったザ・ゴージャスは求心力を喪い、求心力の低下と同時に有能な部下やスポンサーも離れていった――まぁ、正確に言えば一度目はギガブラックこと黒澤さんにやられただろ、とツッコミを入れてやりたいところですが――その恨みを晴らさんとばかりに残った資金を投じ、手筈を整えて綿密に計画を練った四ノ原が得た結論は、ジローにとって最大の弱点であるキョーコを押さえること。
 その生命を盾に「まずはそのマント、渡してもらおうか?業界でも十指に入るイイ物なんだろォ?」かつて自分を痛めつけたオートマントを奪い、「その力でお前をぐちゃぐちゃにしてやる!!!」奪ったオートマントによってジロー自身を痛めつけることで復讐となさんとする四ノ原によってその頭を――そして、生殺与奪を掴まれたキョーコは震えつつも自らが招いた事態を悔いて涙を浮かべるのです。
 愛する者を喪うわけにはいかない――ジローの決意は何よりも固く、「キョーコには… 手を出すな」ジローは歯軋りとともにオートマントを外します。
 キョーコが涙とともに見上げる先には、羽交い絞めにされたジローと「くくっ…これだ…!」喜悦の笑みに大量の狂気を添加した四ノ原。
「ひゃはははは!!これだ!!この時を待っていたァ!! 復讐だ…!!復讐をさせてもらうぞ阿久野ジロー!!
 悪夢の如くに広がるオートマントに夢見た一瞬を垣間見たのでしょう――復讐の悦楽に酔いしれる四ノ原の哄笑は、廃墟に止め処なく響き渡るのでした。






 しかし、ニート……じゃなかった、エーコが欠片も登場していない辺り、このエピソードの裏側で暗躍してるような気がしてなりません。
 あと、オートマントは別個に働くベクトルの操作が難しい上に、ジローはある程度なら思念による遠隔操作も出来たはずなので、ある程度の妨害とかコントロール不全とかいう事態が発生するのではなかろうか、とも思えるのですが――黄村がすんなり操ったので、その辺りの設定はなかったことになっているのかもしれません。
 まぁ、実際に発生したらシリアスな空気が台無しになるので――うん、実にはじあくらしいな(褒め言葉)


第131話◆ごめんねじロー


「お前に手は…出させん…だから――


 黒澤さんが傭兵二人の連携に苦戦を強いられているその時、ジローは四ノ原の操るオートマントによっていいようにいたぶられ続けていました。
 扱いの難しいはずのオートマントをすんなりうまく扱えている辺り、つまらん野郎です
 もうちょっと失笑系の噛ませギャグ要員としての役割を果たして欲しいものです。
 とはいえ、今回はキョーコを巻き込んでしまった、という自責の念がジローにあるため、実際のところはジローが思考コントロールでサポートしているのかもしれません。
 なにより、「ひゃははは!どーしたどーした!? 反撃してもいいんだぜ!?ただし―――女の首についた爆弾が――起爆してもいいならな!!」卑劣にも人質を取っての虐殺ショーに酔いしれていい気になるようなボンクラです。
 下手にコントロール不全になっていたら腹いせに起爆していた可能性はかなりの率であったと思われます。
 その人質となったキョーコはというと、自分が悪いというのに、大人しくされるがままにいたぶられ続けるジローの姿に耐えかねて、身代わりに殴られるとまで言って止めに入ろうとするのですが、そのような犠牲を払って命を永らえようなどとはジローは望んでいません。
 ただひたすらにキョーコの無事を望み、「泣くな、キョーコ」その涙を止めるためならば傷つくことをも厭わない――しかし、「かっこい――阿久野くーん!女のために命張るってか!?泣っける――!そのジローの態度は、「……お前のそういうとこ、ムシズが走るんだよなァ」圧倒的優位に立っているはずの四ノ原の癇に障るものでした。
 場違いにイチャイチャしてるのが気に食わない、とばかりにオートマントの拳と見るからに筋肉に乏しい細い足から繰り出すストンピングでジローを痛めつけ、「てめェさえいなけりゃオレは今頃世界取れてたんだ!てめェさえいなきゃ!!わかってんのかァ ああ!? おい、聞いてんのかクソが!?」はちきれんばかりの誇大妄想を顕わにするのです。
 コスい根回し使いながらも九州統一すらも出来てないのに、世界なんか取れるわけがありません。
 黒澤さん一人にもいいようにやられるのがオチです。
 しかし、オートマントという分不相応な力を手にして気分が大きくなっている四ノ原にそのような分析など出来ようはずなどありません。
 組織の復活もこれがあれば容易いと、オートマントを持つジローがいながら組織潰れて二年半経過しているキルゼムオールの現状も目に入らないほどに上機嫌で立ち去ろうとする四ノ原に、部下Aはキョーコの処遇をどうするのかと尋ねます。
「まァ もう用済みだが――そういやこいつにも1発ケリをもらってたな… その礼をしてやんなきゃな!」
 うわ、小者だッ!?
 気分が大きくなってはいても、所詮は小者。小者の性分はそう容易く改まることはなく、ジローに向けて暴力衝動を解放することによって忘れていた復讐心を思い出した四ノ原は嗜虐的な笑みとともにキョーコへと向き直るのです。
 しかし、ジローはそれを許しません。傷つき、倒れていようとも、矛先をあくまでも自らから外させまいとして鳥頭な四ノ原の足首を掴み、その身を盾にキョーコを護ろうとするジローでしたが、鳥頭の小者はオートマントの腕で掴み上げ、「しつこいんだよ!!」コンクリートの壁に容赦なく頭から叩きつけます。
 さらに壁に磔にしたまま「人に命令できる立場か?てめェ!!くたばってろこの三下がっ!!」罵倒とともに殺る気満々の攻撃を繰り出す四ノ原――ですが、それでもなおジローを止めることは適いません。
「キョーコを放せ―― キョーコを泣かすやつは―― 許さん!!!


 幽鬼のように立ち上がり、血塗れの貌の奥から睨みつけるジローの眼差しに、三下呼ばわりした四ノ原の胸を締め付ける恐怖。
 生かしていてはろくなことにならない――格の違いを感じ取ったのでしょう、背筋に感じた寒気を振り払うように虚勢とともにオートマントをドリル状に展開すると、
あぁ もういい!!もういいわお前!!そんなに死にてーのなら――殺してやるよ!!殺意を込めた一撃をオートマントによって戒めたジロー目掛けて叩き込むのです。
 しかし、キョーコの悲鳴混じりの叫びと時を同じくして、オートマントの切っ先は「やれやれ、なんとか間に合いましたね。 大丈夫ですか2人とも」脇から風を巻いて現れた黒澤さんの右手で易々と止められました。
 そんなバカな!?加勢を見越して外には雇った戦闘屋がいたはず――計算が外れて狼狽する四ノ原にとってのイレギュラーは、部下AとBを一撃で叩き伏せてキョーコを捕らえた首輪を引きちぎった大神ちゃん。
 戦いのニオイがわかるのだ、と大きなおっぱいをえっへん、と張り出して得意がる大神ちゃんが登場したことで傾きかけたパワーバランスがあっさり逆方向へと崩れ、救出に間に合ったことを告げると、「みなさんが待ってます」黒澤さんは全ての片を自らの手でつけるようにジローに促します。
 その物言いに小者は激昂します。まだマントを持っている以上、勝負は目に見えている。
 確かに見えています。
 ポテンシャルは業界十指に入るほどに強力ではあっても、戦闘モードには程遠い、ジローを散々いたぶっても致命傷には至らない程度のコントロールと黒澤さんにあっさり止められる程度の出力では、たかが知れています。
 ましてや、オートマントに頼り切った四ノ原と、自らの意志でオートマントを使いこなすジローとでは器が違うッ!!!
 器の違いを見せ付けるかのように振るわれた拳は四ノ原の頬を捉え、振り切られ、その一撃で四ノ原は敢え無くKOされるのです。
 眼鏡を掛けた奴の顔面殴っちゃいけません。失明します。
 しかし、ジローもまたその斟酌のない一撃で力を使い果たしていました。
 誰に促されるまでもなく駆け出したキョーコは、拳の勢いに負け、踏ん張る力も喪ったジローを支え、「ご…ごめっ…ごめんね…ジロー…! あたしのっ…あたしのせいで……!」涙とともに心無い言葉で傷つけたこと、そして、自分のせいでジローを危険に晒してしまったことを謝ります。
「…そうか。とにかく無事でよかった」キョーコの謝罪を受け止め、その上でただ無事を喜ぶと、「あと忘れ物だぞ」キョーコの髪に髪飾りを挿すジロー。
 相変わらずの天然ジゴロ「うん、よく似合っている」心を鷲掴みにされ、キョーコの世界がジローへと閉じていきますが、残念ながら、二人だけの世界にするにはあまりに近い場所に邪魔者が二名いました。
「ウム。礼はいいから続きをどうぞ」「わ…我々のことは気になさらず!」
 そうは言っても流石に露出趣味もなければ四人同時プレイという荒業も出来ません。
 ましてや、規制緩和とは名ばかりの規制ばかりのこんな世の中じゃ、どこぞの煩悩丁稚のように「たとえこのまんがが発禁になろうともヤる!」という犠牲を払う覚悟も背負うことも出来ません。
 そもそも管理人同様ジローも続きの意味すら判りません(しれっ)。
 ――というか、お祭り行くんでしょ!?みんな待ってるんだし早く行かなきゃ!
 焦りながら何とかその場を誤魔化したキョーコに押し切られ、江ノ島へと向かった一同を待っていたのは青木を除いたいつものみなさん。
 折角の夏休みだというのにここでもはぶられている辺り、かわいそうとしか言いようがありません。
「あ――っ!?やっと来た!!」「遅かったね2人とも!って――」地味仲間の緑谷がひっそりユキさんといい感じでジロー達を出迎えたのとは大違いの扱いです。
 ですが、青木の待遇よりもボコボコに顔を腫らしたジローの傷の方が仲間達にとっては心配なこと。
「まさかキョーコちゃんに!?」
 おいちょっと待て親友!?
 いかにこれまでの信頼と実績があるからとはいえ、あんまりな一言です。
 しかし、これはあくまで悪の組織の抗争によるものである以上、何があったのかは闇の中。
 仲間に心配を掛けさせまいとするジローは言葉を濁して誤魔化して。
 ですが、それとは対照的にキョーコははっきりと自分の気持ちを認識するのです。

…うん、認めよう―― やっぱり私――― ジローのこと……好きなんだ。


 遠く沖で打ち上げられる花火とともに湧き上がるこの想い――しかし、一瞬で消える花火と違って想いは消えない。
 尽きぬ想いを胸に、ついにキョーコが攻勢に出る――のでしょうか?
 季節とともに、微妙に二人の関係も変わり始めることを予感させ、夏休みは終わりを迎えるのでした。


第132話◆華麗なる黒澤の1日


「じゃ、さっそく今日の業務を2人でお願いします!」「まかせなさい!行きますよ、大神さん!」


 二学期になってはや二週間――文化祭や体育祭を控えた二学期は生徒会にとっても最も忙しい時期とあって、生徒会副会長である黒澤さんもまた気合満点!
 無理繰り就任させられたとはいえ、目の前にある高い山を見ると越えてしまいたくなる性分も手伝って、ついつい全力で当たってしまうのは三葉ヶ岡高校に潜入したばかりの文化祭の実行委員の時でも証明済み。
 どうやら、難題を置いておけば、喜んで完璧に処理してしまいたくなるようです。一家に一匹飼っておくと便利なのは間違いありません。
 そんな黒澤さんの耳に聞こえてきたのは、生徒会室から響く女子の悲鳴。
 主に黄村とか黄村とか、あと黄村辺りが何かセクハラ行動に及んだのであろう、と慌てて扉を開けたそこでは――堂々と着替えを行う大神ちゃんと、それをデジカメで撮影する黄村、そして、そんな二人を止めることが出来ずに黒澤さんに助けを求める無力な花さんがカオスを作り上げているのでした。
 とりあえずデジカメとメモリーカードを粉砕して黄村の悪事を最小限に食い止めることに成功した黒澤さんですが、そもそもの大きな問題が残っていることは見過ごせません。
 てゆーか、なんで大神さんがいるんですか?いくら変態や小動物系ドジっ子がいるからって言っても、ここは生徒会室。遊び場とは違うんですからメイドコスなんてやって遊ばないで頂きたい――
 至極最もな黒澤さんの意見に「ああ紹介しよう!新メンバーの大神ちゃんだ!」応じたのは他ならぬ黄村でした。
 学力は全国トップで戦闘能力は黒澤さんに伍する上、なおかつおっぱいとコスプレさせても文句一つ言わない従順さまで併せ持つハイスペックぶり――これを遊ばせるわけにはいかないと目をつけた黄村によって、空いたままだった会計のポジションに学食の食券で一本釣りされた大神ちゃんですが、学力はあってもやはり勝手は判らない。
 となれば郷に入っては郷に従え。敵対はしていたがそれも過去のことであり、今では生徒会の先輩と後輩の間柄――だからよろしく頼む、先輩。
 仮面のロンリーヒーローの時代から続く伝統である、先輩の命令は絶対という正義の年功序列を骨の髄まで叩き込まれている黒澤さんに、先輩という単語の持つ意味はあまりに大きなものでした。
 これを機会に教育して差し上げようではないかと意気込む黒澤さん――差し当たり、大神ちゃんより先に偉大なる先輩であるイナゴを食ってる後輩はとっとと指導した方がいいと思います。
 しかし、指導の後先を変えざるを得ない事態が早速発生します。
 実行委員が率先して取り仕切る文化祭と違って、体育祭の運営は生徒会が中心になって取り仕切るため、その許可を取るために校長室へと向かった二人でしたが、残念ながら校長先生は不在。
 形式上のこととはいえ、委任状なしで活動することが出来ないということは先の生徒会長選挙の一件でも明白。仕方ないから、と待つ黒澤さんでしたが、横にいるのは天性の破壊者であるということに、黒澤さんは未だ気がついていませんでした。
 油断した黒澤さんが聞こえてきた金属音にふと横を見ると、そこには棚に並べられたトロフィーを手刀で淡々と叩き斬る大神ちゃん。
「なるほど、ここは学校の統治者の稽古場か何かなのだな」
 青褪める黒澤さんに頓着することなく、「お前や阿久野を擁立する学校のボス…!! さぞかし強いのだろうな!」羨望の眼差しで歴代校長の写真を仰ぎ見ながら手刀練習用の器とみなしたトロフィーをばっさばっさと撫で斬る大神ちゃんもまたジロー同様の社会不適合者であることを思い知った黒澤さんは大神ちゃんを止めようと冬服の裾を掴むのですが、それでも破壊兵器は急には止まれません。
 腕を振り下ろす力と後ろに引っ張る力とが混ざり合い、バランスを崩して倒れる二人。
 押し倒す格好になった黒澤さんが相変わらずの百合力を発揮したのに引き寄せられるように、校長先生も戻ってきて誤解はさらに深まります。
 校長室に咲いた百合の花を何とか摘み取ることに成功したものの、余計な苦労を強いられた黒澤さんに頓着することなく「よし、次は何だ?えっと…野球部とやらに行って協力を要請…と」マイペースで次の案件を進めようとする大神ちゃんに一瞬黒澤さんはキレそうになりですが、よく考えてみれば社会不適合者を更正させることこそ正義の本懐。
 とはいえ、現実的には更正よりも抹殺の方が手っ取り早いから、悪は撲殺と言う掛け声が正義の皆さんの間に流行っているのだといえますが、流石に能力者ではあっても悪に属していない大神ちゃんを抹殺するのは世間体が悪い。
 何よりも世間の目を恐れる正義としては、その本懐を遂げないわけにはいきません。
 決意に握る拳にも力が入りますが、黒澤さんが拳を握るのとは対照的に開いた掌を野球部の部室へと向けると、「覇っ!!」気合一閃ッ!部室のドアを吹き飛ばし、「生徒会だ。体育祭への協力を要請する」大神ちゃんは協力を要請するのです。
 協力要請と呼ぶにはあまりにも暴力的な物言いに、二回戦で惨敗を喫したショックを引きずってるところでその伝法な物言いをされた野球部の皆さんはペットボトルの一つや二つも投げ返さんばかりの明確な反発を露わにするのですが、そんなブロークンハートな野球部のみなさんに大神ちゃんはよどみなく言ってのけるのです。
「なんだ、ただの負け犬か。たかだか2回戦負け程度の実力で1人前に落ち込むとは

 容赦ない一言にやけコーラを煽る手を止めて固まる野球部員ですが、対照的に大神ちゃんは止まりません。
「でもまァそんな負け犬使ってやろうというのだ。 ホレ、泣いて喜べ負けドッグ」
 うわ、ドSだ。
 ドSな大神ちゃんに罵られ、屈辱と興奮の板挟みに遭う野球部の皆さんは揺れるおっぱいに心揺さぶられて「ちょっとおっぱいでかいからってえらそーに!」「くっそう、これだから美人は!」「つかつきあってくれっ!」混乱の極みに至りますが、そんな混沌を諌めようと黒澤さんが声を掛け「ああん!?ひっこんでろぺったんこ!!」頬に三本ヒゲ生やしたピッチャーによってない胸を抉られます。
 あ、地雷踏んだ。
 というか、ただでさえぺったんこなのに更に引っ込め、というのはあんまりです。
 とりあえず抉れた胸を補うかのようにピッチャーをボコった黒澤さんが提案したのは「これを投げればいいんだな?」「ええ。私のところにスパーンと」野球部の打者との一打席勝負。
 野球などやったこともない、とこぼす大神ちゃんに、黒澤さんは大神ちゃんの身体能力の高さがあれば、未経験でも打ち取れる、と言い切り、自分と戦った大神ちゃんの実力に太鼓判を捺すのです。
 思いがけない信頼の言葉に驚き、僅かな照れを浮かべる大神ちゃんと拳で軽くハイタッチを交わし、ミットを構える黒澤さん。
 少し前までは敵同士だった相手とバッテリーを組む不思議な感覚に苦笑しつつも、傍から見たら敵も味方もない、単なる学生の―― 一組の、本当の友達に見えるのかも――。

 あ、また気ぃ抜いた

 気を抜いたところで襲い掛かる、ミットを突き破ったボールは勢いを殺すことなく黒澤さんの顔面を捉え、バックネットとコンクリートを突き破ってその後ろの立ち木に止まってようやく黒澤さんは動きを止めるのです。
 間違いなく死ねるダメージですが、「……なっ、ナイス…ピッチ!」黒澤さんは立ち上がり、サムズアップで返します。
 ただ、周囲を安堵させるにはその顔面にめり込んだ硬球が余計でした。
 比較的シリアス側の住人のはずの黒澤さんでこれだけの耐久力を誇るのであれば、ジローがいくらオートマントの一撃を受けようとも、ノックバックでコンクリで後頭部を撃ちつけようとも死なないのも道理というものです。
 悪の組織を向こうに回す正義の人間の耐久力を見せ付けられ、ドン引きした野球部のみなさんの引きつった顔での快い協力を取り付けたことで、業務も終了。
 今日の仕事を無事に終えたことに気を良くした黄村は歓迎代わりにジュースを買いに購買へ。
 えさに釣られた大神ちゃんも炭酸抜きコーラを要求して黄村について行き、花さんも書類を提出に行ったことで夕暮れの生徒会室に残されたのは疲れきった黒澤さん一人だけ。
 背もたれにもたれかかり、脱力した黒澤さんが散々な目に遭った今日という日を反芻すれば、心地よいやら腹立たしいやら。
 ふと目を横にやれば、卓の上には大神ちゃんの脱ぎ散らかした体操服。
 脱いでも直さないだらしなさを愚痴りながらも、歩み寄れた実感もまた確かに感じ、黄村によからぬことに使われる前に早いところバッグに畳んで直してやろうと手に取った黒澤さんは、余計なものまで見つけてしまいます。
 フラットな黒澤さんにはありえない圧倒的な質量差を感じさせる一枚に、絶望すら感じる黒澤さん。
 いいんです!あちらは中津川さんや清里先生、そしてザ・フリーダムくらいしかいない少数派!マジョリティは私や渡さんといったフラットな集団ッ!!
 そう言い聞かせてはみたものの、ステータス異常が何人揃っても虚しいばかり。
 服の上からでも拳が軽く入るほどの質量差に虚しさをさらに感じる黒澤さんでしたが、諦めること、挫けること、躊躇うことは正義にとってタブーの言葉。
「い、いやいやいずれ私もこれくらい!追いつきますよ。 諦めちゃダメです!正義として…!!」ポジティブに未来に想いを馳せ、「そうです、きっと1年後には私もこれくらいに! うっふーん!なんちゃって」黒澤さんは未来を幻視してポーズを取るのです。
 ですが、真面目一辺倒の黒澤さんが繰り広げたその光景はあまりにショッキングでした。
 ごとっ、という音に気付いた黒澤さんが見たのは、恐らくは買ってきたジュースの缶を取り落としたのでしょう、やけに写実的な顔をして目を見開く黄村達。
 狼狽しつつも必死に弁解しようとする黒澤さんですが、現場を見られた以上何を言っても虚しさしか残りません。
 そして、黒澤さんにとどめを刺すかのように大神ちゃん(ノーブラ)ノーバストの肩を叩いて―― 「どんまい?」この上ない上から目線で激励するのです。
 先輩の威厳も勝者の誇りも粉々に打ち砕かれた黒澤さんは、夕暮れ空を目指して廊下を駆ける。
 昨日の敵は今日もやっぱり敵――世間の荒波を思い知った黒澤さんを、和解の後にすっかり前以上に仲良くなったチキン夫妻は怪訝そうにただただ眺めるばかりなのでした。


第133話◆体育祭(前編)


「緑谷くん、次出番でしょ?ファイト!」


 暗雲立ち込める校庭で、対峙する正義と悪。
「ついにこの日が来ましたね… 正義と悪、決着をつける日が…!!」
「ふっ、このオレに勝てる気でいるのか? わが軍団の力…とくと見るがいい…!」
 双方の後ろに控える、それぞれが率いる集団を鼓舞するように羽織ったジャージとマントを荒れ狂う風の中脱ぎ捨てて、
「いざ尋常に、勝負!!」両雄はついに干戈を交えるのです!
 あー……まぁ、玉入れなんですが。
 という訳で、黒澤さんやシズカは白組、黄村は会長として実況席、それ以外のネームドキャラは紅組に分かれて争うことになった運動会のスタートを飾る玉入れは、空を飛べるルナというアドバンテージをノーコンなジローが台無しにしたこともあって白の勝ちで始まりました。
 開始早々黄村が揺れる胸やら未だにブルマという校風が生み出すフトモモやらをデジカメに収めようとして実況の放送委員さんにとっとと没収されるという一幕がありましたが、大胸……もとい、概ね順調にプログラムは進みます。
 学ランに我が侭なおっぱいを押し込んだアキやらふくらみが全く無い胸によって漢の風格を醸し出すキョーコらによる女子援団や、ユキや花さんといった勇士で結成されたチア部隊といったサーヴィスを前に二台目のデジカメを没収した創造主のドSっぷりは天下に響き渡りますが、サポートメンバーの充実振りでは紅組は圧倒的ッ!!
 その声援を受けて、我らが緑谷兄貴もまた燃えないわけがありません!
 しかし、神のドSっぷりはここを狙ったかのように降り注ぎました。
 地味に集中力を要する玉運びではゴール直前ですっ転び、パン食い競争では全てを食いつくさんとするシズカより早くパンを確保したものの、パンを咽喉に詰まらせて地味に死ぬ目に遭い、ジローが“無乳”、黒澤さんが“友”という項目を引き当てて、両者ともにキョーコ好きをアピールした借り物競争ではピンポイントで黄村が準備したトラップを引き当て、“女性下着”を求めて見知らぬ女子生徒にビンタされる始末。
 それはそーと『終わったら会長に提出』とは何事だコラ?!
 持ち主に返さない辺り、借り物でも何でもありません。どうせデストラップを準備するのならサンデー的には杉浦茂の猿飛佐助を準備すべきです。
 まぁ、そうなると競技も大障害借り物マラソンになる上、完走者なしという事態が発生するという競技的にも作品的にもデストラップになりかねませんが。
 あと、ジローは借り物としてキョーコを選ぼうとしましたが、既にキョーコはジローのものなので、借り物とはなり得ません。


 無乳についてはキョーコにこだわらなくても人材は豊富なんだから、花さん辺りを連れて行くのがいいと思われます。固まって動かない分、持ち運びは楽です。


 なお、友についてキョーコ一択だった黒澤さんについては仕方ないと思います。友達だと思っていた大神ちゃんはやっぱり敵だったと認識したことだし。


 という訳で、やることなすことが裏目り続け、すっかり憔悴しきった緑谷ですが、ただでさえ地味な上、裏目って凹むのもいつものことなので、和気藹々と昼食をとる周囲に何が起こったのかまるで気付いてもらえません。


 逆運体質で周囲の不幸を一身に背負っているのにこの扱いはあんまりです。

 黄村辺りは代わってやっても罰は当たらないと思います。
 その上、ここでいいところを見せてやろう、と思っていた肝心要のユキから「競技で活躍して好きな子にアピールしようとしてた…とか? も――、緑谷くんは色ボケだな――っ」などと言われてはダメージはさらに増すというもの。
 しかし、色ボケという点ではユキは緑谷をどうこう言う資格は無いと思います。
 ピンク色のフィルターが掛かったユキの脳味噌の中身は、あらゆることが他人をカップリングするという一事にのみ向けられており、それ以外は全て瑣末事。
 特にジローとキョーコをくっつけるためならばいかなるものをも利用し、一刻も早い種付けを実現したい、と願っている節が見受けられます。
 気分はすっかりトップブリーダーです。
 そのため、キョーコが自分の気持ちに気付いたことでジローに対する態度が変化したことには気付いも、当て馬としか見ていない緑谷に自分自身がどう見られているのか、ということも理解することはなく、キョーコの変化も精神的なものというよりは物理的というか性的というか、生殖的な方面にのみ特化したものと理解するユキは、すっかりチキン夫婦が一線を越えたものと思い込み、「や、やめた方がいいかもよ、そういうアピール! その人他に好きな人がいるかもだし!」笑顔で緑谷にとどめを刺しに行くのです。
 ユキの思惑通り、ジローとキョーコの関係は既に真空溶接並みの隙間の無さなのは一部のジロー狙いの色ボケ娘達を除けば周知の事実であり、ファンクラブの生き残りである緑谷や黄村もまたキョーコ狙いはとうの昔に諦めているというのに、いい加減空気読んで諦めろよ、この負け犬(超意訳)とでも言いたげにざっくりととどめを刺す辺り、流石は天性の女王様なだけはあります。
 ただ、生まれながらの支配者ゆえに他人がどう思っているのか、という部分に想いを馳せることなく、自分の思惑こそが正解だと思い込んでしまう節があるのは紛れもなく弱点。
 敗北を知らないユキと、負け続けてきたことですっかり自信を喪いきっている緑谷の気持ちはすれ違い――ということも出来ないくらいのあさっての方向へと飛んで行き、判りあうことのないまま午後の競技は始まります。
 まず行われるのは紅白の対抗戦とは無関係に行われるエキシビジョンマッチの部活対抗リレー。
 優勝賞金の三万円という臨時予算とパフォーマンス賞を狙って、ジローをはじめとしたキルゼムオール部や雪や花さんの所属する演劇部、緑谷が籍を置く美術部をはじめとした幅広い種類の膨大な数の部が鎬を削る大激戦とあって、熱気も桁違い。
 こんな中で帰宅部を二年間続けてたキョーコさんパネェっす!
 つか、TRPG部やら落研がある辺り、なんと言う俺ホイホイな学校なんだッ!!

 是非掛け持ちさせてくださいッ!!





 ……失礼、取り乱しました。

 しかし、興奮し、取り乱す読者とは対照的に、
 ――うーん…やっぱりバレてるのかな… となるとすでにフラれたってことかなぁ…

 緑谷は沈み込むばかり。
 暗雲のように心に巣食う諦めにユキを前にしても沸き立つものは既になく、ただただ自分の出番を待つしか出来ません。
 一方そんな緑谷とは対照的に、周回遅れも気にすることなくパフォーマンス賞狙いで最下位争いを繰り広げるのはTRPG部と演劇部。
 ダイス目の数だけしか進まないというのは甘いにもほどがあります。ただでさえ外からは面白みが判りにくいという弱点を抱えているTRPGの面白さをアピールするには、D66チャートを作ってそれに合わせた行動を取るくらいしなくては、パフォーマンスとしては成立しません。あと、判りやすいところでは某お昼の定番番組のサイコロトークとか
 話が思い切り逸れましたが、そんなアピール不足のTRPG部とは対照的に、早着替えを駆使して甲冑姿からライオン娘へと変身し、ちゃっかり文化祭で公演予定の演目である『ライオン王』の宣伝までするユキに、周囲は喝采を送ります。
 練習通りにうまく行ったことを素直に喜ぶ花さんの言葉、そして、ライオン娘から今度はフランス王朝期の貴婦人へと練習通りに早着替えを成功させたユキの見せる快活な笑顔の眩しさに、敗北を知らないユキの生き様の裏にも弛まぬ努力があったこと、その努力を活かして精一杯に輝いていることを思い知り、写真部のセクハラ攻撃を受けた書道部を抜いて一位でバトンを受け取った緑谷は自らのちっぽけさを思い知らされます。

 ――活躍できないからって悩んでた自分が情けないや。

 思い直し、自らの想いを吹っ切るためにも全力で受け取ったバトン代わりのイーゼルを抱えて走る緑谷。
 しかし、緑谷は忘れていました。
 自らの逆運体質は今もなお息づいているということを。
 そして――不運なことに、脚を人目に晒すことが何よりも下品なことと目されていたフランス王朝期やヴィクトリア期といった19世紀の欧州の風俗から生まれた衣装の特徴である、脚線美を重視する現代では考えられないほどに長い裾は、さらにその逆運の足を掬うのでした。
 突然のバランスの崩壊に文字通り足を掬われた形になった緑谷は、不運にも思わずユキの背中に手を伸ばし――
 後ろから唐突に引っ張られる格好になったユキもまた、細身ではあっても男子の体重を支えることが当然ながら出来るはずもなく――
 二人はバランスを崩して縺れ合うように倒れ込むのです。
 緑谷の頭がピンポイントでユキの股間に行ったり、後ろに引っ張られたのに何故か緑谷が上になっていたりとあまりに不自然な体勢ではありますが、バランスが崩れたので仕方ありません。
 さらに悪いことに、緑谷の体重に耐え切れることが出来なかったのは衣装もまた同じでした。
 縫製の甘い素人仕事というのもあったのでしょう――後ろに引っ張られることで前の合わせから引き裂け、破れた衣装に尻餅をつく形になったユキに残された衣装は、襤褸のように両腕に引っ掛かった袖口を残せば早着替えの影響もあって辛うじて最後の砦が一枚残るのみ。
 公衆の面前でほぼ全裸を晒したユキ、そして、そのきっかけとなった緑谷に男子の歓声が上がりますが、知り合い達にはそうも行きません。
 心配する声を上げるキョーコに、「いやー まァユキだからそこまでダメージは―――脱ぎ要員の第一人者であるアキは楽天的に返すのですが、
「でも考えてみたらユキって、あたしらにはセクハラするけど…… 自分がされるのって初じゃない?

 キョーコは気付くのです。
 ユキに攻撃される割に、自分達からはユキを攻撃したことは無かったこと。
 さながら空爆を続ける大国の爆撃機のように、あまりに一方的過ぎる立ち位置に慣れすぎたユキが受けた、無意識ゆえの不可避の攻撃に、結果的に攻撃をした側に立ってしまった緑谷は「ごっ ごめん!東雲さん!大丈夫!? わざとじゃなくって…そのっ…!」慌てて着込んでいたエプロンを渡そうとするのですが、破れた衣装で胸元を隠したユキは小刻みに震えながら「……」ぼそりと小さく呟きます。
「…どいよ… ひどいよ…緑谷くん…!
 想いを寄せていたユキから向けられるのは、羞恥を含んだ涙と糾弾。
 日頃の態度からは思いもよらぬ本気の涙に、緑谷はさらに苛まれるばかりなのでした。


第134話◆体育祭(後編)


――僕がやらなきゃならないのは―――


 まさかのポロリに騒然としつつも、進む進む体育祭。
 ですが、ユキの衣装を破ってしまった緑谷の謝罪はうまく進みません。
 謝罪の言葉をもういいよ緑谷くん。 しばらく緑谷くんと口ききたくないの。話しかけないでくれる?一方的に撥ね付けて、誰の目にも明らかな怒りと侮蔑とともに歩み去るユキに、緑谷は勿論、キョーコやアキ、花子さんも戸惑いますが、楽天家のユキが初めて見せるキツい態度の底にあるのは、
――ちょっと事実を言っただけなのに仕返しするなんて…… そんな人だと思わなかったよ緑谷くん!!
 あくまでもジローとキョーコをくっつけようとする者のとしての視点でした。
 親切心で、当て馬としての役割は終わったんだから引っ込め、と忠告してやったのに恩を仇で返された(超意訳)と言わんばかりの怒りの前には、公衆の面前で裸を晒されたという恥辱も、後輩が自分の最後の公演のために縫ってくれた衣装を台無しにされた、という建前も容易く消し飛び、取り成そうとするアキやキョーコの言葉も耳には入りませんし、言葉も出せずにおろおろする花子さんの存在も無力そのもの。
 いえ、そりゃまぁただおろおろするだけでは無力なのは当然ですが、そんな花子さんの存在よりも圧倒的に無力なのは他でもない緑谷自身でした。
 自分の行動全てが空回りし、その挙句の果てにユキの怒りを買ってしまったことで負の感情に押し潰され、設営されたスタンドの陰で一人膝を抱える緑谷に、黄村は気にすることは無い、むしろラッキーと声を掛け、ジローもまた早く謝るように促しますが、暗い殻に閉じこもってしまった緑谷にその声は響くことはありません。
 自分のような奴が調子に乗ろうとした罰が当たったようなものだ。その挙句がこの様だから間抜けにもほどがある――――第一、東雲さんには好きな人がいる以上、余計なことをしても意味はない――落ち込み、諦め、そう結論付ける緑谷に、ジローも黄村も打つ手はない、とそれぞれの持ち場に戻ろうとするのですが、歯がゆさはやはり捨てられないのでしょう、去り際に諦観に囚われて座り込む緑谷目掛けて、ジローは痛烈な一言を投げつけるのです。
「お前の東雲への想いはその程度だったのか?東雲が傷ついてるのにウジウジへこんでいられるとは。 だったらずっとそこでへこんでいるといい」
 言葉とともに踵を返すジローの厳しい態度と言葉に、諦めに縮こまっていた緑谷の心が小さく震えますが、今何をすればいいのか。何をしなければいけないのか――答えは判っているはずのことなのに、臆病者の心はそれを決めあぐね、未だ動くには至りません。
 しかし、悔しさに震えるばかりの緑谷の目に飛び込んで来たものはその猶予という名の逃げ場を奪います。
 後ろ暗い歓喜に溢れる表情をその顔に浮かべ、物陰へと立ち去ろうとする三人の男子生徒の一人が手に持っている携帯端末に映り込んでいたのは先ほどの一瞬。
 よりにもよってかつて黄村が泣いて謝ったタチの悪い老け顔二年生三人にそのようなデータを持たれていては、よからぬ劣情を抱かせることになることは間違いありませんし、下手をすると同人作家の中でも、陵辱系の作家が嬉々としてアップを始めそうな展開にもなりかねません。
 何をしなければならないのかは最早明白。
 となれば、後はそれを為すのみ!
 なけなしの勇気を集めて駆け出した緑谷は校舎裏に座り込む三人に追いつくと、怖がって隠れる黄村の驚きをよそに拳を握り締めて――言うのです。
「……それ、消してくれるかな? 悪いんだけど……」
 黒澤さんや大神ちゃんが正体隠す気も無い活躍を見せる女子騎馬戦の盛り上がりが遠く聞こえる。
 自分の心臓の鼓動もはっきりと。
 突き飛ばされる痛みも明瞭に感じ取れる。
 それほどの冷静さが、緑谷にさらなる答えを求めます。
 この子の友達でいいや、紹介してよ――ギブアンドテイクという名の屈辱を切り捨てて。
 じゃなきゃこの写メバラまくし――その応じられない脅しを跳ね除けて。
 ――思い出すのはあの笑顔――

 たとえ自分を向けられなくても構わない。
 ただ、あの笑顔を曇らせるわけには行かない、という答えを胸に、緑谷は強い口調で立ち向かうのです。
「それでもボクは東雲さんが好きだから!!それは意地でも消させてもらう!!」

 一切の妥協を認めない緑谷の言葉に、逆上した肥満体型の膝蹴りが緑谷の腹に突き刺さり、ジローとともにその様子を陰から見守っていた黄村もたまりかねて飛び出そうとしますが、助けは不要、と制するジローが示す通り、「わ…悪いね…! でも、絶対…消してもらう…」重い一撃を喰らってもなお緑谷は倒れることはありません。
 覚悟と決意、一握の勇気を持つものと持たざるものの差に、三人は気圧されますが、暴力とは無縁の緑谷では、意志の力だけ人数の差を跳ね除けることは流石に出来ませんでした。
 一方的に殴られ、蹴られ、校舎裏にその傷だらけの身体を横たえる緑谷。
 しかし、暴力なしでも根負けしてデータを消した三人と、傷だらけでも目的を達した緑谷ではどちらが勝者なのかは既に明らか。
 漢を見せた友の勇姿をジローと黄村は笑顔で称えますが、まだ緑谷にはやるべきことが残っていました。
 なんだったら口添えしてやっても――という黄村の言葉に断りを入れ、ユキに謝るという最も大事な仕事を果たすために立ち上がろうとする緑谷に手を貸すのは、すっかり世間知らずという顔を払拭したジロー。
 突き放す厳しさと手を貸す優しさとを見誤ることなく使い分け、緑谷と同じく漢として一回り大きくなったことを示すジローに対し、黄村は変わらぬ人徳のままで、
「しっかし緑谷が東雲好きだったとはなー!!渡ファンクラブだったくせに!」実質渡ファンクラブが壊滅したことを嘆くのです。
 いや、お前に言われたくないぞ?第一キョーコ達に『飽きた』とか暴言吐いたのはお前自身じゃないか!キョーコが持ち得ないおっぱいに執着してるし。
 そう返しつつ、改めて持ち場に戻るジローと黄村。
 しかし、全員が出払って誰もいないはずの校舎裏にジロー達がいたことと同様に、校舎の中にもまた人はいました。
 そして、壁一枚隔てたその場所こそ、演劇部の部室が収まった部室棟。
「衣装片しましたよ――って…先輩?」
 用を終えて、部室から出てきた花子さんの声にも反応出来ず、“先輩”はただただ戸惑い、立ち尽くすばかり。
 自らの考えていた結論が全くの見当違いだったことも、茶化し、冷やかすだけだった立場から、途端に当事者へと早変わりしたことも、何もかもが初めてで、胸を押さえようとも跳ね回る動悸が治まることもない。

 ――どうしよう。どうしよう。

 戸惑う気持ちは同じところをぐるぐる回り、火照る頬は周を追うごとに熱くなるばかり。
 ですがそのまま放っておくことも出来ないと、意を決して彼女は歩き出すのです。

 水場で傷口を洗い流す緑谷を見つけ、そっとハンカチを差し出すものの、揺れる気持ちを悟られたくないのか、目を合わせることはしないユキ。
 謝る言葉に……本当に今日は最悪だよ… せっかくの衣装は破かれるし、大勢の前で脱がされるし」不機嫌そうに返しつつ、背を向ける。

 ――大丈夫、悟られていない。顔は見られていない。

 平静を装い「でも… わ、私も緑谷くんに変なこと言ったし…ね。 まァ…おあいこかなーって…」言葉を続けるものの、いつもと違って要領を得ないことは気付かない。
 あれ、私の勘違いだから――いつもの自信たっぷりの態度とは違うぎこちない振る舞いと言葉に、緑谷が問い返しつつ、見上げたそこには振り返ったユキの顔。
「だっ!だから、とにかく さっきのはチャラ!! ゆ、許してあげるって言ってるの――!!」
 はちきれんばかりの感情に彩られたその顔は、さながら赤い風船。
 少しつつけばそれだけで様々な思いを弾けさせそうなふくれっ面で、無理矢理に謝罪を打ち切らせようとするユキに納得いかない朴念仁。
 何はともあれ仲直りした二人に喜ぶ花子さんではありますが、知ってしまったからには元通りからはちと離れ、しかし新たな関係を再構築するには勇気は出ない。
 そう言わんばかりに彼女が出した答えは――散々弄っていたキョーコとアキのことを笑えない――そのことを知ってか知らずか先送り。
 一方的に攻める側なだけに、やはり受けに回るとあまりに脆いところを露呈したユキを緑谷がいかに落とすか――楽しみな組み合わせに読者の旨も心踊るのです。

 そして一方、大神ちゃんの活躍で一旦は逆転に成功したと思われた紅組でしたが、ユキの変わりにチアに入ったジローのせいで正義率いる白組の圧勝に終わるのでした。
 黒澤さん、もう正体を隠す気は微塵も無いですよね?!


第135話◆合コン!


―― ぶっ殺すぞおっさん!!!


「このままではお嬢さんが危ない…!組織始まって以来の危機だ!まさかこんな…くっ…!」
 ジローの下に入った戦部からの緊急連絡!
 黒澤さんも適わないほどの腕を誇る腕利きの戦闘員・戦部からの危急の報せに、明日から本気出すニートも本気の出し惜しみをしないわけにはいきません。明日って今さ!
 そう言い出さんばかりに存分にその力を発揮して、湘南から大牟田へと急遽駆けつけたニートとジローでしたが、事件は大牟田駅から放射状に広がる通りの中でも特に大きな中央通を南東にやや進んだ、若者向けの居酒屋で起こっていました。
 駅東のくたびれたおっさん連中がくだを巻いてるような立ち呑み屋とは異なる趣のチェーン系居酒屋の壁越しに、筋肉質の体を隠すように座敷席を窺う戦部の視線の先には眼鏡を外したアヤさんの姿。
 ですが、座敷に一人で座っているわけではありませんし、そもそも店員も一人で座席になんか通しません。
 アヤさんの他にも後輩の女子行員が二人、そして、対面には某創造主の知り合いのメカニックデザインの方によく似た爽やか眼鏡さんとその同僚の二人という男女三対三の構図。
 平たく言えば「あのお嬢さんが合コンとはっ…! 何たる大事件…」あの、先に言わないでください。
 という訳で、握り締めた壁を破壊しそうになって店員さんにたしなめられる戦部に、せっかく本気出してジローを放り投げては超音速移動でキャッチしてを繰り返して帰郷したニートは、無駄に本気を出したことで就職のために必要なやる気元気本気を喪ったと謝罪と賠償を請求することで、反射的に抱いてしまった殺意を押さえ込むことに成功するのですが、もう29と行かず後家になりつつあるお姉ちゃんなんだから、危機感から合コンの一つや二つ位して当然、とチューハイを前に正論で返すニートの言葉はそろそろストーカーにでも分類されそうな域に達している戦部には通用しません。
 合コンとは不特定多数の男女の会合。つまり出自の判らぬ馬の骨が混じってくる可能性がある以上、アヤお嬢さんをたぶらかし、組織に近づく不貞の輩から組織とアヤお嬢さんを守ることこその構成員の務めというもの!
 そう力説する戦部ではありますが、目の前にもう一人お嬢さんに分類されてもいいと思われるのに、既に眼中にない扱いを受けている謎の生物には響きません。
 とはいえ、惚れてるのは周囲にバレバレで、気付いていないのは当人同士のみというのは藤木世界のお約束。
「ならばオレにいい考えがある!」
 あ、もう一人気付いてない奴がいた。
 という訳で、見ているだけで手を出せない、という戦部に知恵を授けたのは恋愛感情というものを未だよく理解出来ていないジロー。
 のっけから破綻の臭いが立ち込めるのですが、止めない辺りは流石にニートというより他ありません――と思いましたが、ニートの立てるジローとキョーコをくっつけるための策も結構な率でポンコツなので、基本的に似た者姉弟なのでしょう。

 キルゼムオールのツッコミ役の少なさは深刻です。

 ともあれ、和気藹々とした空気で進む合コンの中心として盛り立てられるアヤさんはそのポテンシャルの高さもあって高評価。
 中座してトイレに立った爽やか眼鏡さんの後輩・竹内も改めてアヤさん狙いで攻めに行こうと決めるのですが――その言葉は彼の不幸につながるのです。
「お!遅かったな竹内 じゃあ質問タイムに――戻った、という言葉に、改めて合コンを進めようとする爽やか眼鏡さんこと山岡さんでしたが、そこにいるのは戻ってきた竹内ではなく、彼岸の彼方からやってきた地獄の使者。
 よく見ろ!竹内…?じゃないか!?ほら、ちゃんとシャツの胸元もワイルドに開けているだろう――無言でそう主張ながら何事もなかったかのように席に着くものの、わざと開けているのではなく、体形自体がまるで違う明らかに別人。
 流石に穏健かつ理性的な山岡さん達男性陣もツッコミを入れるのですが、あくまでも自分は竹内であることを主張する竹内?の言葉と視線に、アヤさんを除く一同は追及はただ命を縮めるだけだ、と悟ります。
 ――すまない、竹内……天の星となって俺達を見守ってくれ。
 アヤさん以外の一同が心の中で竹内の葬儀を済ませたことなど知るはずもなく、ただミッションの成功を確信するジローと竹内?こと戦部でしたが、安心も束の間、さらなる難題が続いて立ちはだかるのです。
――まァいいけど ところでさ 戦部さんって合コンとかやったことあんのかしら?」
 心配をよそに合コンは再開され、猛烈な精神力で何事もなかったかのように装うと改めて質問タイムへと移るのですが、男性陣の趣味、と言う話題で早速事件は起こります。
 オレは最近スキューバー始めたんだ。最近は福岡の方でも結構熱帯魚なんかいるんだよ――!自然は大事にしないとね。
 ボクは学生の頃からハングライダー。空が好きでね。九重とか阿蘇が有名だけど、九千部山とか皿倉山も施設が整っているから、一度体験してみるのもいかがです?
 などと微妙にローカルな話題が飛び交っていたかどうかは判りませんが、さすがに爽やか好青年とその仲間だけあって、小洒落た趣味が並んでいます。
「えっと…」「そんでもって…そ、そちらの…竹内(?)さんは…?」
 後輩二人の質問に、「オレは山ですね」意外にまともな答えで返す戦部でしたが、残念ながらまともなキャラが悪の組織の構成員などやっているはずがありません。
 心配していたけど山だったら普通だよね。最近は山ガールとかいってハイキング感覚で日帰り登山なんかやってる女子も多いし、ロッククライミングなんかやってるんだったらワイルドなかっこよさが――「いえ、“山ごもり”を少々」
 いや、それ趣味じゃないから!修行だから!!
 つか、最近九州でも野生の熊の目撃情報があったとはいえ、細々と生き延びていたと思われる熊と戦わないで下さい。
 ですが、ドン引きする後輩二人と違い、山岡さんはそのような非常識な回答も軽く受け流した上で「や、山はいいですね!ハングライダーは山でやりますしボクもよく行きますよー!」自分の話題に絡めてさらに場を盛り上げます。
 最初は呑まれた所はあったとはいえ、こんな正体不明の存在を前に立ち回る機転の利かせ方といい、巧みな話術といい、ただ者ではありません。
 その話術によってアヤさんを惹きつける山岡さんを最大の敵として認識し、睨みつける戦部ではありましたが、睨みつけるかのような眼差しを見せるのはいささかピントが合わせられないアヤさんもまた同じ。
 そのピントの合わない視線で取り上げようとしたグラスを倒してしまったアヤさんに対して、「大丈夫ですか?これ、使ってください。 台はボクが拭きますんで!」爽やかにブランドもののハンカチを差し出す爽やか眼鏡さん。自然体の紳士ぶりで着々とポイントを稼ぐ山岡さんに負けじとアピールするため――
びりっ

「どうぞ。これも使ってください」袖を破って爽やかかつワイルドにアヤさんに渡す戦部。
 他人の服だろ!と言うツッコミが喉の奥から飛び出しそうになりながらも、命が惜しいから、とツッコめないF銀行の女子行員(推定)二名はすっかりドン引きですが、紳士性にワイルドさをプラスしたことでむしろ有利に立ったと思ってしまうのがキルゼムオールの男性陣。
 しかし、ジローもキョーコに対してやろうとしたら絶対に「繕うのは誰だと思ってんのよ?!」とか言って動けなくなるまで蹴り殺されると思われます。
 まぁ、アヤさんもまたボケ揃いの阿久野家の一員ということもあって、アピールにはなる可能性もなくはないですが、それでもやっぱり一般人にはちょっとついて行けません。
 何より、この合コンはそもそもアヤさんと山岡さんをくっつけようとして後輩二人が画策したもの――となれば手段は選んではいられません。後輩二人はついに最後の手段に出るのです。
 それにしても、ジローといい、アヤさんといい、キルゼムオールの……阿久野の血統の世話焼かれ体質は相当のものです。恐らくは母親同士が姉妹のキョーコも理不尽なまでにアキユキニートに世話焼かれまくっているし、唯一関係なさそうなエーコことニートも清里先生に世話焼いてもらっている――というか保護してもらっているようなものだし。
 何はともあれ、どうにか乗り切ったと思い込み、戦部が安心しきったところで後輩二人が講じた最後の手段が火を噴きます。
「さて、宴もたけなわですが!」「ここらでゲームなどを!」
 最後の手段として登場したのは王様ゲーム。
 ニートも清里先生と二人でよくやっていた合コンの定番ゲームですが、合コンがアヤさんと山岡さんをくっつけるために準備したものである以上、ただのゲームではありえません。
 平たく言えば、イカサマ、ガンパイ。
 くじを作った側である自分達が率先してくじを引き、どのくじが王様かはもちろん、どのくじが何番かなのかを覚えておきさえすれば望む通りの結果を出せる――そうまでしてやらないと、先輩は何時まで経ってもブラコンの独り身のまま。ここで無理矢理にでもフラグを立ててやって、いい加減先輩をブラコンから卒業させてやらないと、こっちの方も彼氏自慢が出来ない!
 そんな思惑があるのかどうかは判りませんが、「じゃあ、B番が―― C番に―― はにかみながら「○○さん大好き」って言う――!!ミッション達成のために動く二人の思惑に乗せられて、B番を引いたアヤさんはついに俎上に乗せられるのです。
 たとえゲームだろうと素面じゃ恥ずかしい―― そんな恥じらうアヤさんを目の当たりにして、戦部は一つ溜め息をつくと「殺すか」いや、ちょっと待て。
 ゲームでいちいち殺されるなんて、罰ゲームもいいところです。
 流石にガチで殺しに行っては穏便な潜入工作も意味がない、と作戦参謀役のニートに止められて、冷静さを取り戻した戦部でしたが、
「えっ…えっと 山岡さん… だ…大好き」

 実際にその言葉を耳にしたところであっさり破綻します。
 頭から崩れ落ち、立ち上がろうとしてさらに座敷から転げ落ち、この夏変えたばかりの液晶大画面TVを頭から突き破ると、
今までお世話になりました…!!!

 笑顔でこの世と別れを告げようとする戦部に、ジロー達もたまらず飛び出て逝こうとする戦部を引き止めます。
 つか……霊体掴めるんだ、ニート。
 どこまでハイスペックなのか…最早訳の判らない位置まで来ています。
 しかし、この騒ぎで竹内?がリタイアしてしまったことに代わりなし!ここはもう攻める以外にないと、アヤさんに促す後輩二人――でしたが、戦部の破綻したこの好奇に肝心なアヤさんもまたアルコールによって破綻していました。
 山岡さんの胸座掴んで、一升瓶を口から突っ込む姿は「うわ!?先輩の酒癖が!!」何度か見た破壊神。
 そして時は少し過ぎ、国道沿いの夜道を歩くのは、結局自ら破綻させてしまったことで合コンを失敗に終わらせてしまった幹部を背負った戦闘員。
 安堵の溜め息を一つつき、無事に合コンが失敗に終わってくれたことを喜ぶ戦部とは対照的に、アヤさんは酒臭い息と酔いの残る口調で自己嫌悪。
 恋愛に対して憧れはするものの、臆病さとそれを克服しようとするために手を出す酒癖の悪さもあって、ズルズルと独り身を続けてしまった情けなさに悔し涙を流しながらも、アヤさんは今回に限っては頑張って自制していたことを訴えます。
「普段なら早々にお酒飲みすぎて… でも戦部さん見てるし…」
 変装が全く無駄だったことを知らされ、狼狽する戦部に向けられるのは「10年以上の付き合いですよ?メガネなくてもわかります」酒臭い笑顔と言葉。
「戦部さんも合コンとか興味あったんですね――!ですが、そこにあるのは好意というよりむしろ独り身同士の共感で――しどろもどろの口からは想いが溢れることもない。
 かくしていつもの平行線。
「もし私がお嫁にいけなかったら… 戦部さん…もらってくださいね?」
 耳元で囁かれる言葉に満足して、付かず離れずの二人の距離はほとんど縮まらず、そのやきもきする展開に、「おい!!ふざけんな!!さっさともう告れ――!」無駄足踏まされたニートは凄絶にブーイングをするのです。
 大牟田の夜にブーイングが響く中、ジローは迷惑を掛けた山岡さんら男性陣三名にひたすら頭を下げるばかり。
「やー… まァ…いいけど」そう受け応える竹内さん(本物)の大らかさもまた大したものですが――そろそろ大牟田でも寒さが堪えはじめる秋の夜風は、片袖のない竹内さんには少し厳しいものとなるのでした。


第136話◆家庭教師アカギ


ウチの娘をよろしく頼む…!


 今日もいつもの仲間でなかつがわ。
 ですが、集まった仲間達の顔は揃って渋い顔。
 その理由が上から順に565336312723という、下線つきの6つの赤字の数字。
「この時期に堂々とこの点数」「ひどいな…」「受験生としてこれはないよ、アキちゃん」
 言葉を精一杯選んでもなお他に選ぶ言葉がないほどの酷評に、張本人は言い訳も出来ずに呻くばかり。
 親としても娘のアキが大学に進学したい、と言うのは歓迎すべきことではあるけれど、いくらなんでも限度というものがある――人の良さそうな笑顔でバッサリと切り捨てるのは、アキの母親――通称アキホママ。
 創造主はどうやらジローの母親以外の親世代の名前は公表しない方針のようです。渡家のおとーさんはもちろん、ストーリーに絡みまくっていたキョーコ母までもが名前は公表されていないし。
 ……いえ、おとーさんの方が出てくるチャンスがあって然るべきですが。
 創造主のネームドキャラを出したくない、という方針はいいとしますが、アキの母親が講じた手段は「バイトの赤城くんに、臨時で家庭教師をやってもらうことにしました――「いえ――い」外注でした。
「よろしくねー、赤城くん。アホな子だけど」流石はアキ親父の狂乱をいつもの発作と受け流す方だけあって、やんわりと、しかし容赦なく言い切るアキ母の言葉を受けて、一同の中で最も成績優秀な赤城は「おばさんの頼みとあっては断れん。必ず合格させてやりますよ!」力強く返すのですが、アキは「そーだよー。やってもらいなよアキ――?」「手取り足取り!大人の勉強までできちゃうかも!?」他人事だからと言いたい放題煽りたい放題のキョーコとユキの茶々が入るからと、アキ親父はいつもの発作で聞いてないよ、とばかりに拒絶の言葉。
 しかし、「あーそういえば」そこに口をはさむのは緑谷でした。「この前久々に青木先輩に会ったんだけど… 声かけても気づかずに行っちゃったんだ。
 あんなにあった筋肉がすっかりなくなって…ずっと「合格・合格」ってブツブツと… 浪人生って大変だなーって……」
 肉が落ちる、という一言、そしてジローや黄村ですらも青ざめるその想像図に、同じ筋肉ダルマのアキ親父にはとても耐え切れなかったのでしょうか?それとも成長の一途を辿っていたアキのおっぱいのピンチを嗅ぎとったのでしょうか――アキ親父はそれまでの主張を曲げ、震えながら赤城にすがるのでした。
 それはそうと肉が削げ落ちるほどのストレスがかかっているだけあって、恐らくは青木のあのバンダナの下も大変なことになっていると思われます。
 二十歳前で進行度が三割超えていたら、かなり危険です。筋肉は鍛えれば戻りますが、毛根は戻らないことだし、いっそのこと今のうちからスキンヘッドにすることをおすすめしたいところです。
 ともあれ、赤城と二人きりになる、というシチュエーションを「親公認!」「事後の報告を宜しく!」などと目一杯煽るキョーコとユキの言葉に反論も出来ないほどに焦りつつ、まず部屋を片付けようと慌てて階段を駆け上がり、襖を開いたアキの目に入ったのは――スカートとブラを身に付けた赤城でした
 瞬間移動でもしたのか、と言わんばかりに先回りしていた上に、つい、の一言でスカートとブラを纏っていた変態に容赦ないハリセンツッコミを叩き込んだアキですが、「安心しろ。単なる興味本意ゆえ悪意はない!」変態はそれくらいでは参りません。
 悪意なしで他人の押入れを開く辺り、さらにタチが悪いです。
 そんな赤城になぜ惹かれるのか、と自らの愚かさを悔いるアキでしたが、その愚かさはあっさりと証明されます。
 提示された弱点を克服するために、まず基礎的な問題を解かせようとする赤城でしたが、
 ・I'm home!(ただいま!) Welcome home.(おかえり)
 この英文もアキにかかれば『私はホメです!』『ようこそホメ』――誰だよホメって?!
 脳内に登場した筋肉質の白人男性(好きな食べ物は肉)、そして、そんなキャラを脈絡もなく登場させたアキに赤城は恐れおののきますが、それはまだ序の口。
 貴族の被った高烏帽子の絵に『リーゼント?』
 森羅万象、という漢字の読みに『もりらまんぞう……有名人?』
 幼虫→□→成虫と変態する虫の生態に自分の周りがそうだからと言って『高校』
 愚かというか……控えめに言って、どうやって高校に合格したのか不思議でなりません
 このような珍回答を乱発するアキに「待てコラ ムダ乳女」流石の赤城もキレました。
 乳にばっかり栄養やりやがってこの野郎!おっぱいばかりに脂肪を溜め込むくらいなら頭に栄養を回しやがれ!
 しかし、決壊した理性の堤防から溢れ出したのは、怒りよりもプライドの方が遥かに上でした。
「くっ…だが引き受けた以上後には引けん…!この赤木隆司が意地でも合格させてやる!ビシビシいくで!ついて来や!?生徒会長時代にはまるで感じさせなかった責任感を露わにして、厳しさとユーモア、そして妄想による脱線も交えて家庭教師は進みます。
 妄想しては当り散らす思春期娘に振り回されて、心身ともにボロボロになった赤城ですが、それでも本来の目的であるアキにも解りやすくというタスクはしっかりと満たしているらしく、勉強嫌いのアキでもやり遂げた達成感と充足感を感じるという成果を挙げる程。教科書を開いて二秒で寝付いたあの頃から比べると天と地の差です。
 それもこれも教え方がうまいから、と赤城に礼を述べようとするアキでしたが――それに対して「礼なんざいらんさ。オレにも責任あるわけだし」赤城が返すのは意外な言葉でした。
「お前志望校ウチにしたんだって? オレが誘っちまったからなー」
 そこに深い意図がないことは理解していても、もしかしたら自分の気持ちに気付いているんじゃないのか、と思って狼狽してしまうのは片想いの業病。
 恋煩いをこじらせるアキに、「でも、誘ったのは事実だしな。ちゃんと面倒見ねーといかんと思って。」赤城はやはり変わることない態度で応じます。
バカな犬はきちんと躾なきゃなつか、変わりなさすぎだ。
 そんな態度に思わずいつものように噛み付くアキではありましたが、終電間近になるまでみっちり勉強に付き合ってくれた上、この短い時間で小テストまで用意するほど真剣に事に当たってくれた赤城に対する感謝の念は紛れも無いもので、労いの言葉とともに送り出された湯船の中で、アキは改めて受験への決意を拳と共に固く結ぶのです。
 しかし、パジャマ姿で部屋に戻ったアキに、赤城はいつになく真剣な眼差しを向けると――細い肩を両手で掴んで「中津川。今日はオレ、ここに泊まっていく」言うのです。
「へ?」混乱し、間の抜けた声で返すのを無視して、「お前を今夜…寝かさない」強引に言い切る赤城に、アキは風呂を勧められた理由を悟ります。
 いや、確かにそういう意味があったのかもしれないし、受け入れる気持ちもない……でもないだけどまだ心の準備が――!?
「ま、待ってくれ!!ま、まだあたし――――――」

 アキが返すのは先送り気味の微妙な拒絶。
 ですが、アキのピンク色の脳みそに続いて届いたのは、
「ひどいんだよお前の点数!!!」

 プライドを傷つけられた職人の怒りをはらんだ声でした。
 オレが教えてこの点数はありえないしあっちゃいけない。おばさんにも許可を取っているから、徹夜で詰め込んでやる。覚悟しろ!
「うあー!!これ以上入らねーよ!」
 詳しくは言えませんが、含みのある台詞と共に夜は更け、夜は開けて、アキの学力をなんとかマシレベルにまで積み上げることができた赤城は精魂尽き果てて、卓に突っ伏して五秒ほどで寝息を立て始めます。
 ただ親切でここまでしてくれる辺り、変態には違いないけどやはりいい奴なのは間違いない。
 ――変態には違いないけど……やっぱかっこいいや…
 感じる負い目に惚れた弱みも加わって、何かのお礼をしなくちゃ割に合わない、という結論に至ったアキの目に映るのは、先程解いた英文の一節。
 I want you to kiss me.
 いくらスポーツ特待生枠を狙っているとは言っても、こんな中学生男子が大喜びしそうな問題が大学受験で出ると思ってるのか、と問い詰めたくなる所ですが、残念ながら中学生男子レベルに近いおつむのアキにツッコミを入れることは出来ません。
 ――いやいや、何考えてるんだ!それじゃああたしの方が変態じゃねーか!
 首を振り、思いつきを否定する――しかし、否定しても溢れる気持ちはとめどなく、鼓動はそれに比例して高鳴るばかり。
 ――うん…でも…これはお礼だから…… あたし、何も返せねーし…これくらい――しないと……

 自己弁護と共に顔を近づけ――「…あーそうだ忘れてた…」夢うつつの心持ちで不意討ちのように目を開いた赤城にアキは固まるのです。
「今日のバイト乙型さんに代わってもらえるよう言っといてくれ。さすがに…つれーわ」赤城の朴念仁っぷりも大したものですが、朦朧とした意識を奮い起こして責任を果たそうとした赤城にとって、目の前に顔を持ってきていたアキの行動はただひたすら不思議なだけ。
 この胸のドキドキを返せこの野郎!とばかりにお礼の代わりに振るわれた理不尽な鉄拳に、赤城は首を傾げるばかり。
 一方、寸止め創造主の陰謀にまんまと引っ掛かったアキも、興味津々にキョーコとユキに大人の階段を昇った感想を尋ねられても首を横に振るばかり。
 勉強は進んでも関係はそうそう進まない――自分がそうだからといって、他人も同じようにヤろうと思えばすぐにでも雑誌を発禁に出来るなんて軽々しく思わない方がいい……読者としては、キョーコにそう言ってやりたくなることこの上ないのでした。

第137話◆スーパー鬼ごっこ@


「どうだね!?最後にビッグイベント!」


 今日はジロー達にとっては最後の文化祭!
 キル部の出し物である、仲間達の絆の証しというべきお好み焼きに、ジローの好物であるコロッケを乗せたキルゼム焼きの屋台も最後の一個を売り尽くし、無事に文化祭本番も終了。
 後夜祭のキャンプファイヤーを前に、炭水化物に炭水化物という組み合わせはどうかと思ったのであろうアキがツッコミを入れますが、ご飯のおかずにお好み焼き、という文化もあるので馬鹿にしないでいただきたいところです。
 両者ともにソース味がメインだから、親和性は高いでしょうし。
 また、ユキ最後の公演であるライオン王を大入りで飾れた演劇部を筆頭に、他の仲間達の出し物もまた盛況だった前年の文化祭の評判を引き継いで例年の倍となる大盛況。
 生徒達の手で作り上げた文化祭を成功裏に終わらせることが出来た満足感は心地よく彼らを満たし、全てが終わった今となっては寂寥と疲労に身を任せるばかり。
 ノンノンノンノン!そんなあっけない終わりなんか認めやしない――そんな派手好きな会長・黄村が用意した後夜祭メインイベントこそ「第1回!!12時間耐久スーパー鬼ごっこ――――!!!」
 せっかくの文化祭がこのまま平穏に終わるのはもったいない!どうせ明日も休みのハッピーマンデー!優勝賞金10万円を賭けて、体力0になるまで派手にやろうじゃないか!
 基本的に仕事はサボっていた前会長の赤城と違い、来たるバレンタインの実績を作るためにも積極的に黄村が仕掛けた大イベントに、ノリのいい三葉ヶ岡高校の皆さんは疲れも忘れて大盛り上がり。
 ルールは簡単、12時間の間生徒会が準備した10名の鬼にタッチされることなく学校内で逃げおおせること!
 用途は内緒でジローに作らせたリングと手袋によって管理されており、ごまかしは不可能というシビアなルールではあるけれど、それもこれも優勝賞金が懸かってのこと。ゲームとはいえ金が掛かっている以上フェアでなければなりません。
 そして肝心の賞金は10万円を逃げ延びた全員が山分け――いかにもチームワークと裏切りとが交錯しそうなルールを前に、闘志を燃やすカップルあり、自分以外は全てが敵だと確認するぼっち野郎あり、サプリ地獄からの脱出に意欲を燃やすTRPG部あり。
 でも、10万くらいじゃリプレイ&サプリメントを連続してリリース→頃合いを見て版上げのコンボを3タイトルで繰り返されたら軽くすっ飛ぶことは間違いありません。個人所蔵だけならいざ知らず、新人勧誘のためにも複数冊は持っておきたい部活では特に。
 文庫ならまだしも、\4,000〜\5,000の基本ルールと\3,000前後の上級ルール、そして\2,000〜\3,000のサプリを連発で出した後に版上げされると洒落にならない虚脱感に襲われるので、いい加減にしていただきたいところです。主にNWとかS=Fとか
 あと、公式リプレイで一旦世界を滅亡の危機に陥らせておいて、世界を再構築する上でルールを再統合するという力技でルールを版上げするというのも流石にキレたくなります。
 追いかけるの止めるぞこの野郎!(←早速キレた)

 盛大に話が逸れましたが、そういったモブの皆さんは勿論のこと、肉が食いたいとかあれもこれももっともっと欲しいと両手じゃ抱えられないくらいの物欲に駆られたりとか、スニーカーが欲しいとか、下町カイザーの限定BOXにまた手を出そうとするネームドキャラたちも欲望に満ちた瞳をギラつかせ、ジローもまた何らかの思惑とともに賞金を求め――様々な思惑が交錯する中、夜を徹しての鬼ごっこはスタートするのです。
 こうして見てみると、三年間で前夜祭、本番、後夜祭といった具合にイベントをそれぞれ分けて演出するという形になっているのは巧いやり方です。感服する以外ありません。
 今までの展開を見ていて『創造主は面白そうなイベント事を躊躇なくすっ飛ばす』と言ってましたが、考えを改めるべきかもしれません。
 それはそうと絶対キョーコはTRPGをやったら無闇にハマると思います。コレクター的な気質を持っているだけに、版上げされても大差ない内容のルールブックに騙されて手を出す可能性大ですし。
 ハマるの意味合いが微妙に違いますが、気にしないで頂きたい。ルールの無間地獄はあまりに深いのです。
 ですが、賞金独り占めを狙う参加者達の思惑を嘲笑うかのように、生徒会の準備した10人の刺客もまた手練揃い。
 それもそのはず、親の総取りを狙った黄村は、ただでさえ運動神経に長けた運動部の部長に一名捕獲につき100円の部費上乗せを約束することで、こちらも金の亡者へと変貌させているのです。
 参加者は総勢452名なので、部費としておおよそ4万5千円強。賞金として持ち出すことを10万円と併せて考えると15万円近い予算を準備しているということになります。黄村以下の生徒会役員達は本気で優秀なのかもしれません。
 とはいえ、ただひたすら壁打ちするだけの卓球部の部長はいただけません。藤木ワールドの卓球部部長なら佐々木スペシウム・ギャラクティカくらい使えてナンボです。学校違うけど、誰か佐々やん連れて来い!?
 ともあれ「山ちゃん、私のために死んでっ!!」早速カップルが崩壊する中で、一同は蜘蛛の子を散らすかのように一斉に逃げ散るのですが、流石に追い込み、逃げ場を無くすことで捕獲するのが鉄則であるケイドロ方式の鬼ごっこで、十人ぽっちで450人を捕まえようというのは無理があるもので、3時間経過した午後10時になっても、残り人数は298人と捕獲状況ははかばかしくはありません。
 そして、そんな大多数の中にアキユキキョーコの三人も含まれていました。
 教室内に潜んで柔道部とラグビー部の鬼の捜索をやり過ごしたことで安心したのでしょう、「せっかくのこの状況…なぜジローくんと逃げなかったの?」「うむ。確かに。せっかくなのに」ここぞとばかりに久しぶりにキョーコを追及してジローとの進展具合を確認しようとする二人なのですが、ただひたすらに種付け路線を歩むユキと自分自身の参考にしたいと目論むアキの温度差は否めません。
 緑谷の想いを知っているのが自分だけだからと言って安心しているユキさんですが、いい加減受ける側の立場に立つことも視野に入れた方がいいと思われます。
 ですが、「い、いや でも その…… 2人になると、どうしていいかわかんないっていうか…」照れながら吐いた台詞に、アキユキもまた中学レベルの過剰反応で返します。

この中学レベルが!


 思わずバスケの高校総体神奈川県予選でどこぞの赤坊主が吐いた台詞で返してしまいましたが、そんな中学レベルの対応で大騒ぎしている迂闊さは、シュートレンジに入ったメガネくんをフリーにするのにどことなく似ているもので――騒ぎを聞きつけた柔道とラグビーの鬼の接近を許した三人は、安息の地を追われて全力疾走で逃げ惑うことになるのです。
 一方、キョーコ達が油断と慢心と侮りの末にフリーのメガネくんにスリーポイントを打たれたその頃、背後から近付く気配を感じたシズカは10万円を独り占めにするべく拳を固めます。
 鬼ごっこで真っ先に戦うことを選択する辺り、流石に九州人である創造主が生み出した藤木ワールドの住人です。
 ついこの間こんなweb漫画を見た後だけに、ますますそう感じざるを得ません。
 しかし、独り占めを目標にしている以上、間違いなく鬼だけでなく他の参加者も倒しますよこの娘。
 ですが、それも仕留めることが出来る相手であればの話。シズカの攻撃は半自動で攻撃を止めるオートマントによって受け止められて、その持ち主を倒すには至りません。
 という訳で、図らずも一年校舎の渡り廊下で合流を果たしたジローとシズカですが、
「あっ… あの!! で、できたら一緒にいませんか!? そっ…その、1人じゃ心細くて…」獲物を鬼からジローへと切り替えた狩人・シズカと違って、ジローの決意はあくまで固く、今は共闘するにしても「場合によってはお前にも手をかけるやもしれん――それでもかまわんな?」金額が目標に満たない場合は見捨てることも倒すことも視野に入れることを明言するのです。
 やっぱり九州人だよ藤木先生!?発想がいちいち好戦的過ぎます。
 しかし、この修羅の巷でジローと出会ったこと、そして、直前に上半身裸の鬼をやり過ごすために抱きとめられたことはシズカの決意を草壁家の食卓から自分自身の欲望へと切り替えるには充分すぎるものであり、シズカはこの10万円をジローとの結婚式の費用と受け止めるのです。
 取らぬ狸の皮算用にも程があります……というか、公民館を式場にしたジミ婚でもその額では流石に無理があるということを知るといいと思われます。
 何はともあれ、両者の意思統一という面で怪しい部分があるとはいっても、戦力という面で言えば間違いなく常人に太刀打ち出来ない最強のコンビ。
 ですが、鬼を狩ることも容易なコンビが結成されるという事態を神は許すことはありません。
 それを証明するかのようにカメラは移り、「しつこいこいつらー!!」合気道部と卓球部の鬼の追撃を振り切ろうと全速力で逃げるルナの姿を映します。
 どうやら調子こいてMPを使いすぎたらしく、飛ぶことも出来なくなったルナはほとんど一般人と変わりなく、いずこかにいるであろうジローに助けを求めつつ走るだけ。
 そんなルナの耳に入るのは、「生徒会よりお知らせです。 現在深夜12時。5時間経過しました。 これより生徒会の最強コンビ――「白鬼」「黒鬼」を投入します!!」増員を告げる花さんの宣告。
 半ばギブアップ気味に叫びつつ、しかし逃げることをやめないルナを嘲笑う気配が一つ。
 しかし、声もしなければ姿も見えないその気配の正体は、
――フフフ…愚かばい枕崎!逃げ回るとか! そもそも見つからなければどーということもなか!
 忍びスキルをフルに駆使して潜伏中のサブローでした。
 ただでさえモブとキャラクターとの性能差は著しい上に、スキルまで使ったら一般人に見つかることなどありえない――FEARゲー的な論理で、ただひたすらやり過ごすことを狙うサブローでしたが、その論理は判定が出来るNPCには通じません
 身を隠していた布が顔面に急速に近付き、めり込む。
 風景を描いた布が自らの視界をも遮っていた、ということに気付くより早く、圧倒的な質量と速度を伴った布――の向こうにある拳――を顔面にめり込ませ、サブローの身体はコンクリートの柱をへし折って壁を突き破り、校舎の裏庭へと吹き飛ばされるのです。

――わかっとった… わかっとったばい… オレってこんな役回りってことくらい…



 やられ役のNPCとしての役割を忘れかけていたサブローを戒めるように拳を繰り出したのは、「まずは1人…」深いスリットの入ったチャイナ服を纏った白鬼「さてと…行こうか。狩りの時間(ハンティングタイム)だ」大神ちゃんと、「ノリノリですねあなた」大神ちゃんと同じ鬼の角のカチューシャ以外はジャージと飾り気のない黒鬼「ま、仕事熱心なのはいいことです」黒澤さん。
 色と同様対照的な、しかし剣呑なところは共通しているコンビを前に、逃げなきゃいけない236人の命運は風前の灯。
 鬼が力を喪う朝日が昇るまで、残る時間は7時間。
 絶望的な戦いは、まだまだ終わりそうにないのでした。

 しかし……裏切りやら同盟やらが繰り広げられるであろうこの鬼ごっこ――持ち前のステルス能力を発揮して、緑谷が地味に逃げ延びる、という展開になったなら……どうしよう?


第138話◆スーパー鬼ごっこA


「ギャース!!」「ギャース!?」


「逃がさん!!」
 驚異的な機動力で瞬く間に五人の生徒達を抜き去り、餌食にしていく白鬼・黒鬼。
 人外の異能を一般人に隠すことなく「死して屍拾うものなし!!」廊下を駆け抜ける鬼のコンビの容赦のなさは、まさに本物の鬼のそれに等しく、「強すぎるぞあいつら!」「逃げられるかあんなのー!」「本物の鬼だ…!」後に続くのはアウトにされた屍達の泣き言ばかり。
 あまりの楽しさにテンションを真世界時代に戻す大神ちゃんに、「あなた、一体どんな陰惨な子供時代を」黒澤さんは呆れ声。
 ですが、あらゆることを勝負に繋げたがる大神ちゃんには黒澤さんの呆れなど知ったことか。
 鬼無双で雑兵達を薙ぎ払うことでテンションが跳ね上がったのか、この鬼ごっこもまた黒澤さんとの勝負のチャンスとみなし、どちらが多く獲物を狩れるかと勝負を持ちかけます。
 この戦い好きのベクトルが違う方向に向かったならば、ギャンブルにハマるなどして身を滅ぼしかねません。
 大神ちゃんの刹那的で破滅的な将来を危ぶんだのか、黒澤さんは場を盛り上げるという目的を忘れて本気を出し過ぎないようにたしなめるのですが、
「のわりには――――きちんと下に黒鬼用のドレスを着てるではないか」
 大神ちゃんは黒澤さんがジャージの下に隠していた好奇心を見逃してはいませんでした。
 いいではないか、羽目を外すことくらい。なにしろ今日は祭りだ。真面目すぎるのも考えものだ。
 正義ゆえの真面目さに縛られていては窮屈だろう――そんな大神ちゃんの言葉に乗せられて、「し、仕方ありませんね。そこまで言われては、やらない訳にも―――渋々というポーズとともに押し殺していた好奇心に身を任せる黒澤さんでしたが、
「うむ、やはりその服だと胸ないの目立つな」あっさり梯子を外されました。
 大神ちゃん、容赦なさすぎです。
 そんな容赦のない大神ちゃんに黒澤さんもまた容赦のない拳で返しますが、生憎そこはバトルジャンキーの大神ちゃん。そんな見え見えの一撃なんぞ喰らうはずなどありません。
「いいぞ!その意気だぺったん。それでこそ勝負のしがいが!」余裕たっぷりに肩の高さまで飛び上がって軽く躱すと、大神ちゃんは脱がせたジャージを持ったまま勝負に戻ります。
 あの「どんまい?」以降すっかり精神的な上下関係が確立してしまっています。
 多分絶対黒澤さんは暴力以外では大神ちゃんには勝てないことでしょう。
 そして、羞恥心やら何やらで壊れ始めた黒澤さんの背後に現れたのは「おーい、やってるかね!?――って、なんじゃその服――」逃げて、校長、逃げて――――ッ!!
 しかし、読者の声など届くはずもなく、校長の目に叩き込まれるのは二本指。
 ダイイングメッセージも残させない早業で校長を亡き者にした黒澤さんの口からこぼれる黒い笑み。

 ――この姿を見た人間は…消す!!


 正義にあるまじき発言ですが、生憎今の黒澤さんは黒澤さんではなく、鬼。鬼なんだから人に仇なすことも仕方ない。
 鬼なんだから許される。
 でも、鬼である以上はやりすぎて正義に狩られることも覚悟しておいた方がいいと思われます。
 そんな訳で、草木も眠る丑三つ時に、鬼、覚醒。
 どこのホラーかおとぎ話か判りません。
 一方その頃、3時間ずっと逃げ通しだったアキとルナは二年棟の廊下で合流しますが、二人が合流したということは、二人をそれぞれ追いかけていた二人ずつの鬼も合流したということでもあり、むしろピンチは雪だるま式に増すばかり。
 つか、お前らスタミナスゲェな!?特に卓球部!!
 いくらルナ相手だったとはいえ、三時間走り続けることが出来る体力があれば、卓球以外でも大成するでしょうに……惜しい漢よ。
 親戚に、静岡出身のプロゴルファー(元柔道部)がいないかどうか確かめたくなるくらいです。
 今や古いサンデー読者くらいしか思い出せないであろう“超(老けてる)高校生”原田彦造無段ばりの惜しさはいいとしますが、味方が増えたと思ったら敵まで増えてしまったアキは、ルナに何で飛んで逃げないのか、と問い質しますが、鳥が飛び立つために地面との反発力を利用するように、飛ぶためにはタメが必要であることを訴え、こうして全速力で追い立てられている状態では必要なタメが生み出せない、と体力的には一般人にやや劣るルナは息を切らして走るばかり。
 ですが、振り切るための広さを求めて飛び出た中庭は、プロレス部か水泳部と思われる海水パンツ一丁の変た……もとい、鬼やらサッカー部、バレー部といった屈強さと瞬発力、そしてネットや凶器までも兼ね揃えた三人の屈強な鬼がいたことで広いはずの校庭は実質的な袋小路へと変貌を遂げており、逃げ場とはなり得ません。
「こうなりゃイチかバチかだ!」叫ぶとともにルナを抱えると、飛ぶためのタメを作るように訴えるアキに「ふぇっ!?でも鬼がもう!」ルナは泣き言で返しますが、「やんなきゃわかんねーだろーが!」やる前から諦めることをアキは許しません。
 どうせこのままならばジリ貧。ならば一縷の望みに賭けるのみ――そんな漢らしい魂の発露とともに「いけ――――!!」アキは地面を蹴るのです。
 重力から解き放たれ、宙に舞うのは満月に照らされる銀と黒の長い髪。
 空の高みへと逃れる獲物を惜しむかのように伸ばされる鬼達の手は虚しく虚空を掴み、空を駆ける術を持つ者と持たざる者の差を如実に示します。
 去年と同じく合体技の発射台となったアキですが、赤城の裏切りによって破綻した去年の今頃と違って今回の目的は明確であり、山分けも可能。何より、裏切ってはこの合体技は成り立たない以上、裏切りが発生することもありえない――勝利を確信し、いい気になったアキとルナですが、いい気になったところで絶頂から叩き落すのは藤木世界の普遍のルールッ!
 遮るものが存在するはずがなかった目の前に現れた影に目をやると、そこにはチャイナの白鬼。
 ルナにとってはいらないものである重力を足場に、ルナよりも容易く空を駆けることが出来る大神ちゃんの手にかかり、「ツーアウト」ルナとアキは鬼の待ち構える中庭へと墜とされるのでした。

つか……お前ら能力隠す気ないだろ!?


 三葉ヶ岡高校において、真世界の理念が大きく揺らいでいる気がしないでもありません。
 多分この学校、レネゲイドウィルスだろーと悪魔憑きだろーと忍者だろーとゾンビだろーと異能使いだろーとあっさり受け入れます。
 まぁ、忍者については既に受け入れてますが。
 ごめん、サブロー、素で忘れてた。書いてて思い出したわ。あーはっはっは。
 すっかりやられ役が板についたせいで、影が薄まりきっていたサブローはさて置きますが、美術室に潜んでいたユキは無念のリタイアを遂げたアキとルナの様を見て戦慄します。
 ――ここで大神ちゃんに見つかったら、キョーコちゃんとジローくんのラブシーンが見られないよ。何とか2人を見つけてのぞき…いや、合流しないと……。
 うわっ!まるでブレてねぇッ!?
 いくら金には困っていないからと言っても、皆が賞金を狙って殺気立っているこの期に及んでまだ二人の種付けシーンを見ること以外考えていないとは、ある意味恐るべき精神力としか言いようがありません。
 つーか、こんな中でいちゃついたりえろいことをしたり種付けしたりなんて出来たら一発アウトです。賞金的な意味でも発禁的な意味でも。
 ですが、敵は大神ちゃんだけではありません。
 バットを担いで廊下を歩いてくる野球部の鬼に気付き、何とか息を殺そうとするのですが、限定された空間に逃げ込んでいることは見つかりにくい反面、一度察知されたら容易に逃げ場を喪うという弱点も秘めているもの。
 ――お願い 通り過ぎて―――!!
 動いては墓穴を掘り、かといって動かなければ逃げ場を喪うのを待つばかり。運否天賦に身を任せ、ただ祈るだけしか出来ないユキの祈りも虚しく、バットを担いだ鬼は美術室の入り口へと近付き――同時に、背後からユキの口を押さえる右手がユキの小柄な身体を強引に後ろへと引き寄せるのでした。
 引き戸を開いた野球部の鬼が見たものは、イーゼルや椅子が車座に並んだ美術室の光景。
 人が隠れた可能性がある、と思ったのか、開いた掃除用具入れにもモップが一本あるだけで、とても人がいるようには見えず、「……いないか…」野球部の鬼は自らの勘が外れたことを残念そうに呟くのですが――明るい場所で見ればその掃除用具入れの上に微かで不自然な隙間があることに気付くことでしょう。
 という訳で、その隙間の向こうにいたのはユキと緑谷。
「助かったよ緑谷くん。これ、トリックアート?」「うん。遊びで描いてたやつだけどね。間に合ってよかった」
 今もまだ美術室を離れない鬼に聞きとがめられないように、小声で囁きあう二人ですが、「ご、ごめんね 狭くて…! 鬼が行くまでの辛抱だから!」「うん、大丈夫!助けてもらって文句は言わないよ!ここは協力ってことで!」狭い中で密着する状況は互いに胸の高鳴りを抑えることに専念するのがやっとであり、
 ――よかった…演劇部で!動揺してるのばれてないよね……!? まさかここで緑谷くんと2人きりだなんて……!
 取り敢えず、脇役同士ではありますが同人作家の方でも地味好きの方がアップを強めたかもしれない状況に、ラブコメシーンや種付けシーンを求めていたユキは自らがそのような局面に陥ってしまったことを嘆くのです。
 ステルス緑谷がそのまま地味にスルーされる、というありそうにない予想が外れたのはちょっと残念ですが、どうやらユキさんは自分が弄られる羽目に陥るのは厭なようです。
 よほど復讐が怖いのでしょう。
 しかし、物理的な痛みを伴った怖さに比べれば、恋愛感情を茶化される程度の復讐なんぞかわいいものです。
 という訳で、物理的な痛さを伴った怖さの権化こと黒澤さんは「ブラックストレート!!」ジローを捕捉し、殲滅するために拳を繰り出します。
 辛うじて腕をオートマントで防ぐことで手袋に触れてのリタイアは避けたものの、容易く仲間を見捨てた大神ちゃんへの怒りと突き抜けた羞恥心によって、変身せずともオートマントを圧倒する力を見せ付ける黒澤さんに対してはそれだけでは足りません。
 殺意に囚われ、フフフ…滅殺…! この姿を見たものは――死、あるのみ!!」正義としてどうよ?と問い質したくなる台詞とともに、黒澤さんは右拳を止めることで精一杯のジローを空いた左の拳で屠り去ろうとするのです――が、黒澤さんにとって盲点だったのは、キョーコと一緒ではないとはいえ、ジローが一人ではなかったということでした。
シズカブレード…ネコだましフラッシュ!!!」
 ジローの背後から飛び出すとともに、光を宿した二つの手刀を打ち合わせ、そのスパークによって目くらましとする――古いサンデー読者ならば、サイキックネコだましを思い浮かべることでしょうが、あの伝説の煩悩塗れの高校生ゴーストスイーパーと肩を並べる器だとでも……いや、言えますね――事あるごとに色ボケした妄想を垂れ流すし、貧乏だし、得意技も似てるし。
 創造主もかつてブログのコメントで某煩悩高校生を英雄と崇めていることを公言した古いサンデー読者なだけに、意識している可能性は捨て切れません。
 キャラ考察はさて置いて、目くらましに怯んだ隙に黒澤さんを窓から投げ捨てて一時の難を逃れることに成功したジロー達ではありますが、この限定された場所に留まっていては危険であることに違いはないと、鬼の包囲を許さない広さと、鬼の侵入を見極めやすい限局された入り口という二つを兼ね揃えた体育館へと逃げ込みます。
 逃げ込むに最適な場所を確保したことで安堵したのか、はたまた格上である現役正義の黒澤さんを撃退出来たコンビネーションに興奮しているのか、シズカは歓喜とともにジローに話し掛けるのですが、
 ――とはいえ、最後にはこのシズカも切らねばならんのだが――こうなると切りにくい…!いや、だが勝負は非情…!
 ジローは思い切り最後に裏切る気満々です。
 十万円は夫婦の共有財産なのだから、ジローさんと生き残ることさえ出来れば同じこと、とばかりに、貨幣価値が昭和三十年代のシズカが家族の存在を頭から除外して十万円を結婚資金と位置づけているのとは対照的です。
 ですが、隣に座るジローから裏切りの空気を感じることないシズカは、「……にしても、なんだか不思議ですね―― 正義志望の私と悪のジローさんがこうして共闘するなんて」ただただジローと肩を並べて戦うことが出来ることに言いようのない喜びを感じるばかり。
 悪は滅殺、が基本だった正義の常識と異なり、優しさと思いやりを持ち、別け隔てなく人に接して面白い――そんなジローと接することによって、悪に抱いていた偏見を氷解させていったシズカは思わず口にします。

「だから私、ジローさんのこと好きなんですよ。尊敬していますし――


 言ってしまって気付いた“好き”の二文字に舞い上がったシズカは、間髪入れずに引き寄せられたことで告白=関係を持つという法則が成り立ったと思い込み、妄想によって加速した興奮の末に目を回します。
 ですが、ジローは当然シズカの告白を受け入れて行為に及ぼうとしたわけではありません。
 近付く気配を感じて警戒を促したのに、二秒で意識を手放されてしまったことに焦りつつも、流石にそのままにしておくわけにもいかないと抱きとめたジローが見たのは悲鳴とともに体育館へと逃げ込んできたキョーコ。
 味方が減ったどころか、足手纏いと化した状態で鬼と争わなければならない、という最悪の状況にはならなかったと安堵するのも束の間、キョーコに浮かぶ鬼の黒澤さんに勝るとも劣らない殺意にただ射竦められるばかり。
 キョーコにしてみたら、鬼を振り切ってジローと合流することが出来た、と思ったところで、肝心のジローはシズカを抱きしめて今にも行為に及ぼうとしているところ。

「草壁さん抱きしめて…何やってんのかって聞いてんの」


 独占欲を燃料に、めらめらと燃え上がるのは嫉妬の炎ッ!!
 最早鬼ごっこのことは頭から消し飛ばし、言い訳を無視して制裁を加えようとするキョーコに対し、たじろぐことしか出来ないジローに悪いことは重なるもので、「なーんだ、あなたたちもここでしたか」瞬く間に鬼ごっこのことなど忘れて暴力の化身と化した鬼までもが加わる修羅場へと早変わり。
 前門の虎に後門の狼、加えて手元には脳味噌沸騰大荷物。
 安全だと思われていた体育館の安全神話の崩壊に、ジローは状況が最悪なものになったことを悟るばかりなのでした。




 それにしても、相思相愛だからと言っても、説明したところで納得せずに一方的にボコることしか考えていないキョーコは流石に理不尽だと思います。
 思い込みという点では、相手のことを考えずにひたすらポジるシズカも厄介ですが、ひたすらネガって嫉妬するキョーコも同じように厄介です。
 元はといえば嫉妬が原因で拉致事件に発展したのをすっかり忘れているのではなかろうか、と心配になってきます。
 いい加減キョーコも少しは相手の話を聞いたり、選択肢を与えるか、でなければ、とっとと告白した方がいいと思われます――まぁ、そんな風にキョーコの物分かりがよくなると、連載終了を危惧しなければならないのでしょうが……。

第139話◆スーパー鬼ごっこB


 「フム、33名か。思ったより残っているな…… もう一工夫必要か…」


 修羅場と化した体育館で、ジローを貫く殺意に満ちた視線は二つ。
「フフフフ、さっきはよくもやってくれました。やはりあなたは侮れませんね」好奇心に負けた自分とスーツを着ていないとはいえ敗北した自分――二重の意味での恥辱を雪ぐために、「というわけで――――まず潰すべきは阿久野ジロー!!悪鬼羅刹と化した黒鬼はイベントということを忘れて拳を振るいます。
 おもっくそ私怨ですが、指摘したらぶっ飛ばされそうなのでしないことにします。
 だってぶっ飛ばされたら痛いじゃん。黒澤さん、海老せんべいよりも簡単にコンクリぶち抜くし。
 という訳で、そんな豪腕で真っ先に狙われたジローはこの絶体絶命の危機を脱するためにシズカに目を覚ますように促しますが、残念ながら妄想のあっち側に行ってしまって帰ってくる気配も見せないポンコツ状態。
 しかし、味方は一人ではない!何故か怒っているが、この危機に協力しなければ各個撃破されるのがオチなのはキョーコも判っている――そう信じたジローでしたが「あ?」残念ながら、キョーコは鬼ごっこの勝敗よりも自分の気持ちを優先するタイプでした。
 あたしというものがありながら、女の子と二人きりになったら早速浮気するとは何事だ。アンタなんかとっとと痛い目に遭った方がいいんだ――だから黒澤さん、遠慮せずに思う存分殺っちゃってください。
 ある意味黒澤さんを上回る殺意のこもった眼差しで、やきもちで人一人の命を危険に晒すキョーコに見離され、愛と逃げ場を喪ったジローの命は風前の灯。
 鬼ごっこで命を落とすとはどういうことだ、と問い質したいところではありますが、既に理性も遊び心もかなぐり捨てて、ジローに殺意を向ける二名を相手にしては、実際に命の一つや二つは落としそうでなりません。
 ……しかし、キョーコからの愛を喪ったとはいえ、ジローの愛され体質は未だ健在でした。
 黒澤さんの掌がジローを貫こうとしたその寸前で、身を挺してジローをかばったのはシズカでした。先程まで妄想世界のあっち側で気絶していたことを詫びながら、行ってください、ジローさん。ジローさんのお役に立つことが私の本望ですから」ジローの背中を横に突き飛ばしたシズカの満ち足りた笑顔に「すまんっ…!」ジローは一言だけ詫びると、オートマントでキョーコを掴んでその場を逃れるのです。
 ですが、そのやり取りも黒澤さんにしてみればジローが仲間を盾にして自分だけが逃げた、という邪悪な行動にしか見えないもので、「正義の血が滾ります!!必ず滅殺してあげますよー!!」黒澤さんはより一層強い気持ちで邪悪を滅殺することを誓います。
 正義ではなく独善です。
 そして、独善といえば「ウフフ…私、悲劇のヒロインみたいです…!」自らの行為に酔ったシズカもまた似たようなもの。
 こんな正義に任せていいのか、世界?
 世界の未来が果てしなく心配です。
 正義の面々が自分の世界に入ってしまったことで辛うじて窮地を脱することは出来たものの、正義の二人同様に自分だけの世界に引きこもって拗ねるばかりのキョーコは、ジローの弁明にも耳を貸すことなく「どーせ抱き寄せてデレデレしてたんでしょ!?サイテー」自分以外の女の子にも色目を使うジローに対する不満を漏らすばかり。
 ですが、いつものように痴話喧嘩をしているような状況ではないことを、ジローは理解していました。
「いい加減にしろ!!」


 賞金を得るためにもただでさえ負けることは出来ない上に、シズカに窮地を救ってもらったことでまた負けられない理由を背負ってしまったこの状況で、二人がバラバラになって争っていてどうする!少し頭を冷やして考えろ。
 頭ごなしに叱られて、思わず反論しようとするキョーコでしたが、表裏もなければ下心もないジローの言葉は、嫉妬で煮えたぎるばかりの自らの心を冷ますには充分過ぎる効果があったのも確かで、キョーコは自らの言葉を猛省するのです。
 まぁ、そんなことを言っているジローも最終的にはシズカは見捨てるつもりだったようですが
 というか、キョーコに関しては当然のように見捨てるつもりがなさそうな辺り、どれだけジローはキョーコが好きなのか問い質してやりたいところです。
 そんな訳で、ジローに軽々しく他の女に色目使うな、抱き寄せたりして期待させるようなこともするな、と釘を刺した(意訳)ことでジローとキョーコという鉄板カップルがようやくパーティを組んだその時、既に時間は午前五時。
 花子さんの眠そうな放送とともに発表された生き残り人数はこの時点で33人と、黄村の予想を上回る数。
 ここまで生き残ったからには、いずれ劣らぬ歴戦の猛者揃い。このままでは逃げ切られてしまう可能性もある、と踏んだ黄村はリタイア組の収容されているキャンプファイアー前のスペースを確認します。
 暇を持て余してフリースローやってるバスケ部員や、TRPGの魅力を実体験してもらういい機会とばかりに未経験者を引き擦り込んで突発セッションを行うTRPG部員など、思い思いの暇潰しをやっている生徒達は取り敢えず無視して、「先生――!おしるこおかわりー!」「負けてよかったばいー」残念賞代わりに振る舞われているおしるこをバクバク食っているネームドキャラを見つけた黄村は「……よし」手を打つのです。
 一方、全員捕まえないと臨時部費が支給されないという無茶なレギュレーションなのに、ジローが未だ健在という情報を掴んだ鬼達が必死になって走る中、ひっそりとステルス能力と美術部としての画力を生かして生き残っていた緑谷とユキは今も掃除用具入れで息を潜めていました。
「身動きできなくて辛いかもだけど、もうちょっと頑張ろう!」
 小声でそう励ます緑谷ですが、自らの行動によって発禁に追い込まれるわけにはいかないと、胸中で渦巻く衝動を押さえ込むことは緑谷にとっては苦行の連続で、「ど、どーしたの東雲さん?気分でも悪いの?」勤めて紳士的に振る舞うことで、妄想の果てに襲い掛かりたくなる自分を必死にセーブするので精一杯。
 ですが、それ以上に一杯一杯なのが「い、いえ…なんでもござらんよ?」不自然に武士の口調で語るユキでした。
 無論、緑谷の妄想のように、緑谷の魅力にメロメロというわけではなく、生理的な理由――平たく言えば排尿衝動
 何でこんな時に、と自らを責めるユキですが、トイレの前を鬼に張られていては一網打尽――かといって、野外ライブのようにそこらのペットボトルにぶちまけるわけにも行かず、我慢するしかないというこの修羅場では、流石に12時間も我慢することは不可能。
 トイレ近辺を非武装エリアとする代わりに、非武装エリアに一定時間以上留まっていたら失格で、鬼も非武装エリア近辺で一定時間以上張っていると手袋が作動しない、といった具合に仕掛けを施すなどしてルールを整備するべきだと思います。
 まぁ、そうなったらなったで鬼が協力プレイで追い込み漁に走る懸念も無きにしも非ずですが、一部を除けば逃げる側も鬼も人間である以上、健康には配慮していただきたいところです。
 元ネタが元ネタだけに、健康に配慮するようなことはないと思いますが――ただでさえ若手に無茶をさせることで笑いを取ることに定評があるグループですし。
 ともあれ、流石にのっぴきならないこの現状を口にするわけにもいかず、必死に耐えるだけしか出来ないユキですが、そうやって膀胱の活動を押さえ込もうともじもじと身じろぐ振動は、緑谷にとってものっぴきならない事態を引き起こします。
 暗くて狭い空間に二人きり、なおかつ相手は惚れた娘とあれば、若い衝動が張り詰めるのは至極当然。
 張り詰めた箇所に押し当てられる太股に堪らず声を上げそうになる緑谷の口を掌で押さえ、「声出しちゃ…ダメっ……」紅潮した貌で囁きながら、集中力を下半身に注力するあまり、より一層上半身を密着させながら時間が過ぎるのを祈るばかりのユキの身体の柔らかい感触によって、緑谷はドーパミンやらエンドルフィンやらちょっと大きな声で言えない分泌物やらを生成しながら理性を削ぎ落とし、現実と妄想の境界線を見失っていくのです。
 分泌物が何のことかよく判らない良い子のみんなはお父さんにでも聞いてみてください。多分ぶっ飛ばされます
 我慢の限界を感じて、掴まってもいいから兎に角トイレに駆け込みたいと念じつつ、か細い意識の糸で縛り付けていたユキの耳に飛び込んで来たのは、不自然なまでに美術室前から離れなかった鬼達の発する「おい、あっちにいたっぽいぞ!応援たのむ!」「応!」天啓にも似た響き。
 千載一遇の好奇と慌てて用具室から飛び出そうとしたユキですが、かつての発言の報いが思わぬ形で現れます。
 ――東雲さん――――!!

 度を越えた妄想が暴発し、緑谷がユキに抱きついてしまったのです。
 かつて「二人きりで男女がやることといえば一つだけ」と発言しといてここまで寸止めしていては、一杯一杯だった緑谷が暴走するのもさもありなん。
 ですが、容量を越えようとしている膀胱に物理的な衝撃を加えられることは、ハードSFばりの新たな世界への扉を切り拓くこと。
 えっちなのはいけないと思います、とばかりに悲鳴とともにビンタ一発……あー、そういえば「えっちなのは〜」発言の元ネタの漫画描いてた人は、お漏らしネタというジャンルでも有名だったなぁ。

 唐突な脱線はよしとして、悲鳴とビンタの二つの音によって、何とか脱しかけていた危機を自ら引き寄せたユキ、そして、現実に引き戻された緑谷も得意のステルス能力を発揮することが出来ないままに鬼に捕捉され、アウト。
 こうして、鉄板夫婦以外のネームドキャラが皆脱落して残す時間は一時間。
 この大詰めでなお新たな局面が幕を開きます。
「なお、残り1時間ということで。会長の独断と偏見により―― 鬼を4名追加します」

 欲に目が眩んでルールを弄ってきやがった黄村の餌に釣られて追加されたのは紫鬼、紅鬼、茶鬼、蒼鬼の悪堕ち軍団ッ!!
 この期に及んでルールを改変する辺り、黄村にGMやらせたら、多分絶対パーティ全滅が続くことと思われます。
 しかし、やはりボディラインがモロに出るチャイナはおっぱい大きくないと映えません(力説)。紅鬼はまだしも、フラットな紫鬼と蒼鬼や、そもそも性別も男の茶鬼にチャイナを着せる辺り、黄村の趣味も疑いたくなるところです。
 何はともあれ、バトルジャンキーの白鬼が目を見張る追加の鬼の面々を加え、生き残り20人に対して鬼は総勢16人。
 しかも、黒鬼は完全暴走状態で、逃げ場は天地何れにもなしッ!
 何だよこの詰めろ状態ッ?!
 袋小路に追い込まれた鉄板夫婦に残された時間はあと一時間。
 ルールをかなぐり捨ててきた黄村、そして、倫理観も完全に捨て去った黒澤さんに相対するためにも戦闘モードで立ち向かうことになるのか、夜明けまでに校舎は修復可能な状態を保つことが出来るのか――戦いはいよいよ最終局面へと向かうのでした。

 ――それはそうと、家族よりもジローを選んだ割に、結局食堂のチケットで釣られてしまった紫鬼ことシズカって、結局自分大好きということなのかなぁ?


第140話◆スーパー鬼ごっこC




「まさかルナ達が鬼になってるなんて…!」「ああ、気をつけろ!きっと他にも――――


「いたぞ!右だっ!!」「わかっとる!!」
 物理的に上から目線で指示を出す蒼鬼と、上から目線にむかっ腹を立てつつも分身する茶鬼によって、「ひいっ!」「しまっ…」「TRPG部に栄光あれー!」あっという間に亡き者にされる三人の標的。
 いや、だから栄光のためにもセッションしましょうよ、神。オンセの場所なら喜んで提供しますってば。
 世間一般のTRPG好きが訳の判らない方向にまで得意分野を広げているとはいえ、TRPG部員がここまで残っていたことにも驚きですが、それ以上にここまで――週刊少年誌では間違いなく最大の頻度でTRPGをネタに組み込んでいながら、まだセッション未経験というのもちょっと驚きです。
 藤木ファンサイトであり、TRPGをメインコンテンツに据えているサイトとしての要望はいいとしますが、悪の組織という観点で言えば友好組織の幹部候補と首領、しかし、学校という括りになれば先輩後輩と逆転関係にあるちびっ子コンビの活躍によって、残り30分を切ったところで逃亡者の残りは14人。
 ですが、サブローに油断はありません。
 サブローが心服するジローが残っている以上、人海戦術で押し包むという常套手段もおいそれとは通用しない――それを理解しているからこそ、一刻も早くジローという逃亡者側の急所を抑え込むことを「いた―――!!」「ぎゃ―――す!!」心に誓うと同時に出会ってしまいました。
 ですが、心の準備が完全でなくとも立場が明確な以上、やることは一つ。
「何々!?なんで!?」「なんでお前らが鬼に!?」混乱しつつも逃げるチキン夫妻と「会長にチケットもらったからな!!」「悪く思わんでほしかばい!」追いかける二人の小鬼。
 しかし、逃げなければならない時にこそ余計なことに気付くのも人の性というもので、「でもサブローくん…けっこう似合ってるね 女装」キョーコはこの非常事態にみすみす地雷を踏み抜きます。
「そげんかこつ言う人は―――アウトになってもらうばい!」地雷を踏み抜かれた怒りに、キョーコを狙うサブローですが――やられ役の血は健在でした。
「させるか!!」
 という訳で、オレの女に手を出すんじゃねェ!と言わんばかりの一撃を喰らってK.O.するサブローに続き、ルナを蚊取り線香で撃退したジローはキョーコと手と手を取って逃避行――火をつけるだけでなく、台座に挿してそっと置く辺り、とんでもない余裕を持った対応です。
 ですが、その余裕を持った行動は長くは続きません。
 校長室でソファーの下で砂糖スティックを舐めつつ飢えを凌いでいた逃亡者二名を仕留めた紅鬼と紫鬼のコンビが、すぐさま立ちはだかったのです。
 ただでさえ日頃の採取生活で磨き上げた獲物山の持ち主の気配を察知することには定評がある上、ジローが絡むとなればその感知能力は跳ね上がるシズカがいる事で、あっさり挟撃のチャンスを得る二人ですが、あっさり得たチャンスはあっさり吹き飛びます。
「とう」

 キョーコの声とともに響くちゃりんという音に「マニー!!」目の色変えて反応すると、鬼としての立場を忘れて一心不乱に小銭の在り処を探すシズカ。
 前回のラストでシズカは自分大好き、という評価を出していましたが、評価を改めます。
 自分大好きなのではありません、目の前の利益しか見えなくなっちゃう残念な子です。
 包囲網の一端がこじ開けられたことに焦りつつも、窓から階上へと逃げようとするジロー達に追いすがろうとするアキですが、「あ、アキ。 そのカッコいいじゃん!赤城さんに送るから写メ撮らせて」キョーコはユキのお株を奪う写メ攻撃でアキの追撃を振り切ります。
 目前に迫った10万円をなんとしても手に入れるという目的意識によってすっかり黒くなったキョーコに恐れ戦き、キョーコを敵に回すのはやめておこうと心に誓うジロー ――改めて、近未来のキルゼムオールはカカア天下間違いなしと思い知らされます。
 それにしても、つくづくチャイナはおっぱい大きくないと映えないとつくづく思います。特にアキの場合は恥じらって腕で隠そうとするから、腕からはみ出た部分がより一層強調されるし。
 という訳で、渡り廊下を逃げるジロー達に続けて襲い掛かるのはおっぱいが残念な黒鬼と、恥じらいが残念な白鬼。
 もうちょっとアキさんを見習ってください(思わず敬語)。
 ですが、一気に九人の逃亡者が葬りさった二体の戦闘マシーンは紛れもなく脅威。
「逃げろキョーコ!こいつらには小手先は通じん!」
 言葉が終わるか終わらないかの瞬きするほどの僅かな時間。しかし、ジローの注意が逸れたその僅かな隙を見逃さず、間合いを侵略した二人の鬼は、踏み込みの勢いそのままにボディストレートを叩き込む!
 自らの身体を弾丸と化した黒澤さんと大神ちゃんに反応しきれず、振り向いたキョーコが見たのは辛うじてオートマントの自動防御機構によって二人の左拳を掴んだジローの姿。
「ぐっ…… さすがに… 2人はっ…!」この拮抗した状態でさらにオートマントを操作することは、バランスの崩壊を招くことにつながり、押し切られるだけ。
 対して、二人の鬼はそれぞれ右手が開いており、絶対的な優位は動かない。
「よく止めました! が! これで終わりです――!」勝利を確信し、黒澤さんは無駄に力の込められた右の一撃を叩き込もうとするのですが――
「そぉい」残念ながら、白黒コンビにチームワークというものは備わっていませんでした。
 開いた右の裏拳で致命の一撃を邪魔する一撃を入れると、自分が仕留めようと右拳をジロー目掛けて振るう大神ちゃん。
 奇しくも仕留めた数はともに煩悩と同じ108人ッ!煩悩を超えてさらなる境地に達するために、そして何より黒澤さんとの勝負に勝つために、あっさり黒澤さんとの共闘を放棄するその姿は鬼をも喰らう修羅の如しッ!
 でも、大神ちゃんの煩悩は結局闘争本能を満たすものだけに集約すると思うんだ。
 ともあれ、鬼の仲間割れの隙に難を逃れたチキン夫妻ですが、残り時間三分を切ったところで野球部の鬼によって、モブなのに地味に名前を持ってる女子生徒・岡本さんが捕まったことによっていよいよ生き残ったのは二人だけ。
 高きに逃げようと体育館の屋根へと登る二人ですが、追い詰める鬼は十四人の大群と多勢に無勢。
 ですが、追い詰められたと思ったそこは、さらに一歩先に行けば絶対の安全圏。
「くっ… 飛ぶぞ!!」

 飛び掛かる鬼達の手を逃れ、宙へと身を躍らせるジローとキョーコ。
 唯一空を飛ぶことが出来るルナはアキやサブロー、ルパンダイブで飛び込んだプロレス部だか水泳部だかの海パン一丁の変た……鬼が覆い被さっていて身動きをとることもままならず、「やった!」「追えるものなら――」カウントダウンが終息を迎えようとする中で二人の逃走劇は完遂するのです。
 しかし、体育館の屋上にいたのは十四人であり、鬼の中でもエースと呼ぶより他にない二名の姿がどこにもないことに気付いていなかったことは失策でした。

風を巻いて現れるは 黒白の鬼ッ!!


「危うく逃がすところでしたが…」「空中なら身動きも出来まい」
 空を飛びはしているものの、オートマントによって風を受けて滑空しているだけの上、キョーコを抱きかかえていることで機動性はなきに等しいジローと違い、大神ちゃんの重力操作によって機動性を確保している鬼二人に詰め寄られ、最早逃げ場は存在しない。
 絶体絶命、王手詰み。となれば、この局面でジローのやることは一つでした。
 オートマントにキョーコの身を託し、自ら拳を受けるジローの口元に浮かぶ笑み。
 大神ちゃんが重力の足場を作っても、「おっと。 お前達は――オレにつき合ってもらうぞ!」ジローに腕を掴まれて動きそのものを戒めてはなす術はなく――プールに落ちていった三人をよそに、パラシュート状に展開されたオートマントに守られて校庭に降り立ったのは、たった一人の勝者!
 優勝は3年7組渡恭子さん!! 10万円獲得です!

 沸き起こる歓声と嫉妬の言葉、そして、ジローに守られて優勝を果たしたことに心地よさを覚えるキョーコですが、その守った当人はというと――
「こっち見ないでください!うう、なんで私がこんな目に…」「寒い…」
 濡れてピタピタになったチャイナの綺麗どころに囲まれるハーレムで震えているのでした。
 より一層際立つボディラインやら、押し当てられるおっぱいやらに反応しないジローも大概ですが、この状況でまた暗黒モードに突入しようとするキョーコも大概です。
 ですが、嫉妬心よりもはるかに強い、ジローが守ってくれた、という満足感が今昇った朝日のように暗黒モードを打ち払い、
「いろいろあったけど 楽しかったね 鬼ごっこ!」

 キョーコは満足げにそう呟くのです。

 * * *

 戦いが済んで和やかに刻は流れ―― ユキのビンタが効いたのか、それとも洒落にならない事態が発生したのか、一部凹んでいる緑谷なんかもいますが、概ね平和裏に表彰と賞金の授与も終わった校庭で賞金の使い途を聞かれるキョーコは、ジローのおかげで優勝出来たのだから、と賞金の一部はジローにあげようとするのですが、それをジローは断ります。
「いやー、実はこの前実験中にお前の部屋の棚吹っとばしてしまってなー! そのとき下町カイザーのフィギュアをいくつか壊してしまって…」
 フィギュア属性を持たないライトオタに贖罪と賠償のためにもなんとしても10万円を得ようとしていたことを明かされ、コレクター属性の強いへヴィオタはブチ切れました。
 つか、自分の部屋の変化くらい気付けや

 休日の朝に響き渡る痴話喧嘩の声。

 しかし、喧嘩と呼ぶにはあまりにも一方的な力関係は、未来のキルゼムオールがどうしようもないくらいにカカア天下になることを明示するのでした。
 そして、賞金10万円はレアフィギュアの買戻しによって二秒で飛んでいったのですが――10万円に加えて、校舎の修繕費用も出るであろうことを考えると、総額でどれだけの額が動くことになったのか、小心者の読者としてはすっげぇ気になるのでした。